横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)1996号 判決 1988年8月29日
原告
斎木博
ほか一名
被告
飯島正
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は、原告両名に対し、それぞれ一〇三五万円及びこれに対する昭和六〇年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言の申立て
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
発生日時 昭和六〇年五月七日午後三時五〇分頃
発生場所 藤沢市藤沢三八〇〇番地先市道交差点
加害車両 普通貨物自動車(相模四〇け七一五六)運転者 被告
被害者 訴外斎木康之(以下「康之」という。)
事故の態様 被告が加害車両を運転して石川方面から善行駅方面に向け進行中、折から左前方の六会方面から自転車に乗つて交差点内に進行してきた訴外康之に自車前部を衝突させた。
2 訴外康之の受傷、治療経過、死亡
(一) 受傷
訴外康之は、本件事故により頭蓋骨(左後頭、頭頂、側頭、前頭の各骨)骨折、頭蓋底骨折等の傷害を受けた。
(二) 治療経過
訴外康之は、昭和六〇年五月七日から同年同月九日まで入院し、治療を受けた。
(三) 死亡
訴外康之は、昭和六〇年五月九日に死亡した。
3 被告の責任
被告は、加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法第三条により本件事故により生じた損害を賠償すべきである。
4 原告らと訴外康之の関係
原告斎木博は訴外康之の父、同斎木フミは母であつて、訴外康之には他に相続人はいない。
5 損害
(一) 訴外康之が受けた損害
(1) 治療費 二万二九〇〇円
(2) 入院経費 四万七六一九円
(3) 逸失利益 三三六八万二一五七円
訴外康之は、本件事故当時満一〇歳であつて、本件事故にあわなければ満一八歳から満六七歳まで四九年間就労可能で、その間少なくとも昭和六一年賃金センサス男子全年齢平均年収額(四三四万七六〇〇円)に五パーセントのべースアツプ分を加えた四五六万四九八〇円の収入を得ることができたから、これから生活費として四〇パーセントを控除し、ライプニツツ方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その原価は、次のとおり三三六八万二一五七円になる。
456万4980円×(1-0.4)×12.2973=3368万2157円
(4) 慰謝料
ア 入院慰謝料 一〇万円
イ 死亡慰謝料 一七〇〇万円
(5) 相続
以上の合計は五〇八五万二六七六円になるが、原告らは、各その二分の一である二五四二万六三三八円宛相続した。
(二) 原告らの損害
(1) 葬祭費 二〇九万二一〇六円
原告らは、訴外康之の葬儀をとり行い、その費用として二〇九万二一〇六円を支出し、各その二分の一の一〇四万六〇五三円宛を負担した。
(2) 墓地、墓碑費用 一一五万五六〇〇円
原告らは、訴外康之の供養のため仏壇を購入し、その費用として三〇万二二〇〇円を支出し、墓地を購入し、その費用として四〇万三四〇〇円を支出し、墓石を購入し、その費用として四五万円を支出し、各その二分の一の五七万七八〇〇円宛を負担した。
6 損害の填補
以上によると、原告らの受けた損害は相続分も含め各二七〇五万〇一九一円になるが、原告らは自賠責保険から二三五六万円の支払を受けたので、その各二分の一の一一七八万円を原告らの右損害に充当し、その結果、原告らが受けた損害は各一五二七万〇一九一円になつた。
7 弁護士費用
原告らは、被告が原告らの損害賠償請求に応じなかつたため、本訴の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用として、各一三五万円宛を支払うことを約定した。
8 結論
よつて、原告らは、被告に対し、6項の損害のうちの各九〇〇万円及び7項の損害各一三五万円を合計した各一〇三五万円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和六〇年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 1項ないし3項の各事実は認める。
2 4項ないし7項の各事実は知らない。
三 抗弁
1 本件事故現場の交差点は、石川方面から善行駅方面に向かつて道路が右カーブ状態になつており、六会方面からの道路は、右石川方面からの道路と善行駅方面に向け、鋭角的に交差しているため、石川方面から善行駅方面に向かつて自動車を走行させて進行した場合、六会方面から進行してくる人車の動向は、極めて視認しにくく、六会方面から進行してきた場合、石川方面の状況は殆ど視認しにくい。
このため、六会方面から右交差点に進入してくる車両のため一時停止の標識が設置されている。
2 被告は、加害車両を運転して、石川方面から善行駅方面に向け時速約三〇キロメートルで進行し、本件事故現場である交差点に差しかかつたところ、進行方向左側の六会方面から一時停止義務に違反し、相当なスピードで同交差点に進入してきた訴外康之運転の自転車が加害車両の前部に衝突した。
3 前記の交差点の状況からすると、石川方面から善行駅方面に向けて進行して来て右交差点を通過しようとする自動車の運転手にとつて、六会方面から相当のスピードで自転車が交差点内に飛び出してきた場合、自転車との衝突を避けることは殆ど不可能に近い。
仮に衝突を避けようとすると、交差点手前の横断歩道手前から減速し、交差点に入る手前で一旦停止するつもりでなければならないが、現場の道路標識は、石川方面から善行駅方面に向けて進行する自動車にそこまで要求していない。
4 本件事故は、訴外康之が一時停止の標識を無視し、相当なスピードで本件事故現場の交差点に進入してきたことに主たる原因があり、訴外康之の過失は七〇パーセントを下らないから、本件事故により発生した損害につき右割合による過失相殺をすべきである。
四 抗弁に対する認否
1 1項の事実は認める。
2 2項の事実は否認する。
本件事故は、被告が加害車両を運転して石川方面から善行駅方面に向け進行中、進行方向左側の六会方面の見通しが困難な交差点を、前方注意、速度調整、安全運転の注意義務を怠り、漫然時速三五キロメートル以上の速度で進行し、訴外康之が自転車に乗つて進行してくるのを発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、これに激突したことにより発生した事故である。
3 3項、4項の各主張は争う。
本件事故発生の主たる原因は、前方注意、減速調整、安全運転の注意義務を怠つた被告にある。
第三証拠
証拠の関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当事者間に争いのない事実
請求原因1項(事故の発生)、2項(訴外康之の受傷、治療経過、死亡)、3項(被告の責任)の各事実は当事者間に争いがない。
二 原告らと訴外康之の関係
原告斎木博本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告斎木博は訴外康之の父、同斎木フミは母であつて、訴外康之には他に相続人はいないことが認められる。
三 損害
よつて、本件事故による損害について検討する。
1 訴外康之が受けた損害
(1) 治療費 二万二九〇〇円
弁論の全趣旨によると、訴外康之は、本件事故後野中脳神経外科クリニツクに入院し、治療費として二万二九〇〇円を支出したことが認められる。
(2) 入院経費 四万七六一九円
原告斎木博本人尋問の結果により原本の存在、真正に成立したものと認める甲第三号証の一ないし一〇、同尋問結果によると、前記の入院期間中、諸経費として四万七六一九円を支出したことが認められる。
(3) 逸失利益 二八〇六万八四六四円
原本の存在、成立に争いのない甲第一、第二号証、弁論の全趣旨によると、訴外康之は、本件事故当時満一〇歳の健康な男子であつたことが認められ、本件事故に会わなければ満一八歳から満六七歳まで四九年間就労可能で、その間少なくとも昭和六一年賃金センサス男子労働者学歴全年齢平均年収額の四三四万七六〇〇円に五パーセントのベースアツプ分を加えた四五六万四九八〇円の収入を得ることができたから、これから生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニツツ方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は、次のとおり二八〇六万八四六四円になる。
456万4980円×(1-0.5)×12.2973=2806万8464円
(4) 慰謝料 一五〇〇万円
訴外康之は、前示のとおり本件事故により受傷し、二日後に死亡したもので、本件事故の態様、その他本件に顕た諸般の事情を考慮すると、訴外康之の精神的苦痛を慰謝するには一五〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。
(5) 相続
以上の合計は四三一三万八九八三円になるが、原告らは、各その二分の一である二一五六万九四九一円宛相続した。
2 原告らの損害
(1) 葬祭費合計八〇万円
原告斎木博本人尋問の結果により原本の存在、真正に成立したものと認める甲第四号証の一ないし一三、第五号証の一ないし一三、第六号証の一ないし四、第七号証、第一一号証、第一二号証の一ないし四、同尋問結果によると、原告らは、訴外康之の葬儀等をとり行い、その費用として二〇九万二一〇六円を支出し、各その二分の一の一〇四万六〇五三円を負担したことが認められるが、弁論の全趣旨、経験則によれば、本件事故と相当因果関係のある損害としては、右金員のうち、原告ら各自につき四〇万円合計八〇万円をもつて相当額と認める。
(2) 墓地、墓碑費用 合計一一五万五六〇〇円
原告斎木博本人尋問の結果により原本の存在、真正に成立したものと認める甲第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし四、第一〇号証、同尋問結果によると、原告らは、訴外康之の供養のため仏壇を購入し、その費用として三〇万二二〇〇円を支出し、墓地を購入し、その費用として四〇万三四〇〇円を支出し、墓石を購入し、その費用として四五万円を支出し、各その二分の一の五七万七八〇〇円を負担したことが認められ、右金員は本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
3 損害の合計
以上によると、原告らが受けた損害は、相続分も含め原告ら各自に二二五四万七二九一円になる。
四 過失相殺
被告は、本件で過失相殺の主張をするので、この点につき検討する。
成立に争いのない乙第一号証、第三ないし第八号証、第一三、第一四号証、本件事故現場の写真であることが当事者間に争いがなく、原告斎木博本人尋問の結果により昭和六〇年六月一一日に斎木博が撮影したものと認める甲第一四号証の一ないし二四、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。
1 本件事故現場の交差点は、北西の石川方面から南東の善行駅方面に向かう市道(以下「甲道路」という。)に北方の六会方面から南方に通ずる市道(以下「乙道路」という。)がTの字型に交差する交差点である。
甲道路には歩車道の区別がなく、幅員は路側帯も含め七・三メートルで、最高制限速度が時速三〇キロメートル、甲道路の本件交差点の北西側には横断歩道が表示され、同道路は石川方面から善行駅方面に向け右カーブ状態で下り坂になつており、乙道路には、歩車道の区別がなく、幅員は六メートルで、最高制限速度が時速三〇キロメートル、本件交差点に入る直前には一時停止の道路標識が設置されている。
両道路とも人家、商店が建ち並び、両道路は善行駅方面に向け鋭角的に交差しているため、甲道路を石川方面から善行駅方面に向かつて自動車を走行させて進行した場合、六会方面から進行してくる人車の動向は、極めて視認しにくく、視認可能な距離は、発見可能地点から相手方まで一七・五メートルである。
2 被告は、加害車両を運転して、甲道路を石川方面から善行駅方面に向け時速三〇キロメートルで進行し、本件事故現場である交差点に差しかかり、横断歩道に至つて、進行方向左側の六会方面から同交差点に進入してきた訴外康之運転の自転車を左前方七・六メートルの地点に発見し、直ちに急ブレーキをかけたが及ばず、五・二メートル進行して訴外康之運転の自転車に加害車両の前部を衝突させ、同人を約一〇・一メートル跳ね飛ばして停車した。
3 訴外康之は本件事故当時一〇歳で、小学校四年生であつたが、同級生の訴外角幸治(当時九歳)と遊んでいるうち、本屋に行くことになり、それぞれ自転車に乗り、乙道路を進行して本件交差点を右折し、本屋に行こうとしていた。
二人は、乙道路を、訴外康之が左になり、いずれも時速約二〇キロメートルで、並んで走つていたが、本件交差点にさしかかり、訴外角は速度を落としたが、訴外康之はそのままの速度で交差点を大回りで右折しようとして交差点に進入し、加害車両と衝突した。
以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、右事実によると、本件事故は、被告が加害車両を運転して石川方面から善行駅方面に向け進行中、進行方向左側の六会方面の見通しの悪い交差点を、徐行せず、左前方の六会方面に対する注視を怠り、漫然時速約三〇キロメートルの速度で進行し、訴外康之が自転車に乗つて交差点に向かつて進行して来るのを発見するのが遅れたことに原因があるが、訴外康之にも、一時停止の標識のある見通し悪い交差点で、一時停止も、徐行することも無く、右前方の石川方面に対する注視を怠つて交差点に進入した過失があり、右事実に本件に顕た諸般の事情を考慮すると、本件事故により生じた損害につき、その六〇パーセントを控除するのが相当と認められる。
五 損害の填補
前示の原告らの損害から、過失相殺としてその六〇パーセントを控除すると、原告らの損害は、原告ら各自につき九〇一万八九一六円となるが、原告らが自賠責保険から合計二三八三万二九〇〇円を受領し、各その二分の一の一一九一万六四五〇円を原告らの損害に充当したことは、原告らの自認するところであるから、右金員を原告らの前記損害に充当すると、原告らの損害は全て填補されたことになる。
六 結論
よつて、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木下重康)