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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)986号 判決 1988年2月04日

原告(反訴被告) 甲野太郎

<ほか一名>

被告(反訴原告) 渡辺久

被告 株式会社 近江恒業社

右代表者代表取締役 渡辺美知子

右被告両名訴訟代理人弁護士 坂本廣身

木村武夫

松本輝夫

主文

一  原告(反訴被告)甲野太郎及び同乙山春夫の被告(反訴原告)渡辺久及び被告株式会社近江恒業社に対する本訴請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)乙山春夫は、被告(反訴原告)渡辺久に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)甲野太郎は、被告(反訴原告)渡辺久に対し、金二七万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  本訴被告らは連帯して原告(反訴被告)甲野太郎に対し金五九二万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告(反訴被告)乙山春夫に対し金九七万三〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は本訴被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は原告(反訴被告)らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  主文第二項ないし第四項と同旨

2  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

被告(反訴原告)渡辺久の反訴請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  原告(反訴被告)甲野太郎(以下「原告甲野」という。)は別紙物件目録(二)記載のアパート一室(以下「甲野借室」という。)を、原告(反訴被告)乙山春夫(以下「原告乙山」という。)は同目録(一)記載のアパート一室(以下「乙山借室」という。)を被告(反訴原告)渡辺久(以下「被告渡辺」という。)からそれぞれ賃借し、同被告の承諾を受けて右アパート(以下「わかたけ荘」という。)の乙山借室前の廊下部分及び同廊下備付の棚(以下「本件動産設置場所」という。)に各々自己の所有する別紙動産目録記載の各動産(以下「本件動産」という。)を置いていた。

2  ところが、被告渡辺及び同株式会社近江恒業社(以下「被告会社」という。)は、昭和五八年一〇月一五日、本件動産が原告らの所有するものであることを知りながら、原告らに無断で、訴外主婦二名をしてこれを持ち去らせた(以下「本件持去行為」という。)。

3  原告甲野が本件持去行為によって被った物的損害は約三〇万円相当であり、原告乙山のそれは約二〇万円相当である。

4  原告らは、本件持去行為によって多大な精神的苦痛を蒙っており、右苦痛を慰謝するための慰謝料としては、原告甲野につき五六二万六〇〇〇円、原告乙山につき七七万三〇〇〇円が相当である。

5  よって、原告甲野は被告らに対し右損害金合計五九二万六〇〇〇円、原告乙山は被告らに対し右損害金合計九七万三〇〇〇円、並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日から各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  請求原因第1項のうち、原告甲野が甲野借室を原告乙山が乙山借室を、それぞれ被告渡辺から賃借していたことは認め、その余の事実は否認する。

2  同第2項のうち、被告渡辺が訴外主婦二名をして本件動産設置場所に置かれていた動産を持ち出させた事実は認めるが、持ち出させた動産が本件動産であること、本件持去行為が昭和五八年一〇月一五日になされたこと、本件持去行為が原告らに無断で行われたこと及び被告会社が本件持去行為をなさしめたことは否認する。

3  同第3、4項の事実は否認し、主張は争う。

三  本訴についての抗弁(違法性の阻却)

原告乙山がわかたけ荘の乙山借室に入居した昭和五八年五月二〇日ころから乙山借室の前の廊下に荷物が置かれていたので、被告渡辺は、同原告にすぐに片付けるように申し入れ、同原告はこれに応じる旨を返答した。ところが、三か月経過しても依然として原告ら(原告甲野は同七月二〇日ころ甲野借室に入居後、原告乙山の行為に加わった。)の荷物が廊下に置かれたままなので、被告渡辺は、原告らに「八月末までに廊下の荷物を片付けるように」との置き手紙をして整理を催促した。しかし、同年九月上旬になっても荷物が廊下に放置されたままで原告らは不在であったので、被告渡辺は九月一〇日までに片付けてくれとの最終催告を記載した張り紙を原告乙山のドアに貼りつけた。しかしながら、九月一〇日を過ぎても従前のままであったので、被告渡辺はわかたけ荘の掃除を依頼している訴外主婦らに頼んで放置されていた原告らの荷物を処分したものである。この荷物の中に使用可能なものはなかった。

以上のとおり、右の荷物は、原告らが一般道路と同じ場所に所有権を放棄したと同一に評価されても仕方ないものであり、これを何度も期限を切って催告した後に処分した被告らの行為には何らの責任もない。

四  本訴抗弁に対する認否

抗弁の主張は争う。

五  反訴請求の原因

1  被告渡辺は、昭和五八年五月一七日原告乙山に対し乙山借室を、同年七月一七日原告甲野に対し甲野借室を、いずれも賃料一か月一万二〇〇〇円、毎月末日限り翌月分持参払いの約定で賃貸し、直ちにこれを引渡した。

2  しかし、原告乙山は昭和五九年七月一日以降の、同甲野は同年九月一日以降の賃料が未払いである。

なお、わかたけ荘の所有者である被告会社は昭和六〇年七月、原告乙山及び同甲野を被告として、乙山借室及び甲野借室の明渡訴訟を提起し、昭和六一年六月一三日に成立した裁判上の和解において、原告らが、被告会社に対しそれぞれの借室を、昭和六一年七月末日限り明渡す旨が合意され、原告らは同年九月一三日にこれを明渡している。

3  よって被告渡辺は、甲野借室及び乙山借室の賃貸借契約に基づき、原告甲野に対し昭和五九年九月一日以降昭和六一年七月末日までの未払賃料合計二七万六〇〇〇円、原告乙山に対し昭和五九年七月一日以降昭和六一年七月末日までの未払賃料合計三〇万円、並びにこれらに対する昭和六一年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

六  反訴請求の原因に対する認否

反訴請求原因第1、2項の事実はすべて認める。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  本件の経過

1  原告乙山が昭和五八年五月一七日わかたけ荘の乙山借室を被告渡辺より借受け、原告甲野が同年七月一七日わかたけ荘の甲野借室を被告渡辺より借受け、各々直ちに入居したことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告乙山は昭和五八年五月中旬の、原告甲野は同年七月中旬の、いずれもその入居後から本件動産設置場所に賃貸人たる被告渡辺に無断で原告らの荷物を置き始めた。その量は一時的には、荷物の高さがわかたけ荘の廊下の天井につかえる程に達したこともあった。被告渡辺はわかたけ荘を訪れ、原告らの右荷物に気付くと、その都度片付け方を要請した。それは、建物共用部分である本件動産設置場所に荷物が放置してあると、見栄えが悪く、わかたけ荘の他の部屋の賃借人募集の障害となり、かつ通路としての役目を十分果たせなくなる危険があるからであり、被告渡辺は、近くの神奈川大学の学生が入居することの多い九月に間に合わせるために、昭和五八年八月中旬までにはこれらを片付けるように原告らに申し入れた。原告らは、口では了解したと述べたが、同年八月中旬になっても荷物は片付けられていなかった。

(二) そこで、被告渡辺は、同年八月中旬に乙山借室のドアに張り紙する方法又はドアの下の隙間からメモ用紙を入れる方法により、必ず八月下旬までに荷物を片付けるように記載した用紙で片付け方を催促した。しかし、その期限を過ぎても荷物が片付けられていなかったので、被告渡辺は同月下旬に、同年九月一〇日までに原告自らが荷物を本件動産設置場所から撤去しないならば、被告渡辺においてこれを片付ける旨を記載した張り紙を原告乙山の居室のドアに張り付けておいたところ、原告らは右張り紙を見たにもかかわらずなお荷物の一部を本件動産設置場所に放置していた。

(三) そこで被告渡辺は、昭和五八年九月一〇日の夜にわかたけ荘の掃除をして貰っていた二人の主婦に原告らの荷物が未だ放置されているかを電話で確認した後、右主婦らに荷物を整理処分することを依頼し、右主婦二名が翌一一日ころ本件動産設置場所にその時点でなお放置してあった原告らの荷物を廃品収集ステーションまで運搬し片付けた。荷物の中には、右主婦らの目から見れば使えるものはなく、量もそれ程多くなかった。

以上の各事実が認められる。

3  原告らは、本件動産設置場所に原告らの荷物を置くことにつき被告渡辺の承諾を受けたと主張し、原告両名の各本人尋問中にはこれに沿うかの如き供述部分もある。しかし、原告らもその本人尋問において、原告らがまず事実上無断で本件動産設置場所に荷物を置くことが先行した旨を自認しており、このことや前認定の事実に照らすと、被告渡辺は承諾したというより、事後的に渋々承諾させられたというのが実体であり、事前に本件動産設置場所に物を置くことを被告渡辺において積極的明示的に承諾したとの事実は到底認められない。

原告らは、本件持去行為が原告らに無断でなされたと主張し、原告乙山は、片付け方を催促した張り紙に記載された猶予期限を徒過する前に原告らの荷物が持ち去られた旨を供述する。しかし、右のとおり片付け方の催促を記載した張り紙があったことは原告乙山も自認するものであるところ、わざわざ片付けの催促を張り紙でするような不動産賃貸人たる被告渡辺が、その猶予期限徒過前の段階で早くも他人の物を無断で片付けるような手荒な行動に出るとは通常考えられない。また、もし右原告乙山の供述どおり、猶予期限前に持ち去られ、そのために原告らが本件持去行為直後にそれについて激昂していたのであれば、後刻の証に右猶予期限の記載された張り紙を保存していたであろうとも推測されるのに、右張り紙の証拠提出はない。以上のことからすれば、被告渡辺が無断で、とりわけ自ら付与した猶予期限前に原告らの荷物を本件動産設置場所から持ち去った旨の原告主張事実は認められない。

原告らは、持ち去られた原告らの荷物が別紙記載の本件動産の如き大量のものである旨を供述するが、前認定のとおり被告渡辺から依頼されて普段わかたけ荘の掃除を担当している主婦二名が被告渡辺からの前の晩の電話による指示で原告らの荷物を二階の本件動産設置場所から運び出したことからすれば、荷物の量はそれ程多くなく、また重量もそれ程はなかったと推認するのが相当である。また、《証拠省略》によれば、右主婦らがさしたる抵抗感を抱くこともなく運び出したことが窺われるのであり、それ程の貴重品の類があったとは到底推認できないのである。のみならず、当初天井につかえる程の量があり、被告渡辺において片付け方を強く要請していたことと対比すると、被告渡辺の度重なる催促と警告により相当程度のもの、とりわけ使用できる価値の高い荷物が警告を見た原告らにより原告らの部屋の中に入れられた後になお本件動産設置場所に残っていた不要に近いそれ程多くない量の荷物が右主婦らによって片付けられたと推認するのが相当なのである。

以上のとおり前記1の認定事実に反する証拠はいずれも措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない(なお、原告らは本件持去行為のあった日時が昭和五八年九月一一日ころではなく同年一〇月一五日であると主張するが、神奈川大学の学生の入居をタイムリミットに片付け方を催促していた旨の被告渡辺の供述に合理性と説得力があるので、この点も原告らの主張は採用できない。)。

二  不法行為の存否

1  右一の認定事実によれば、わかたけ荘の共用部分たる廊下の一劃に原告乙山においては四か月近く、同甲野においては二か月近くにわたり荷物を賃貸人たる被告渡辺に事前に断ることなく放置しておいたものであり、原告らの右行為は賃貸人たる被告渡辺の利益を害し、社会通念に著しく反する非常識なものといわざるを得ない。のみならず、《証拠省略》によれば、原告らはそれぞれわかたけ荘に転居する前は、部屋数ないしその広さがわかたけ荘より倍近く大の部屋を借りており、荷物もそれだけ多かったこと、原告らは、それにもかかわらず荷物を整理処分することなくそのまま漫然と四畳半一間のわかたけ荘に転居してきたことが認められ、当初からわかたけ荘の共用部分をも自らのために利用する意向を持っていたといわざるを得ない。これに対し、被告渡辺は、前認定のとおり口頭で原告らに対し整理方を要請し、書面によっても二度にわたり同旨を要請し、特に最後の書面では期限を付して同旨を要請すると共にそれに応じられない場合には被告渡辺において片付ける旨の警告をした上で、猶予期限後に本件持去行為に及んだものである。しかも、前認定のとおり、片付けられた原告らの荷物は不要といってよいもので、それ程量も多くなかったわけである。

2  以上のような共用部分たる本件動産設置場所についての原告ら側による違法な使用状態、これを是正するために催促ないし警告を重ねた被告渡辺の行為態様及び右警告後に片付けられた対象物件の価値の乏しさと量の少なさ等を勘案すると、被告渡辺による本件持去行為は自力救済禁止の原則に形式的には反する面があるものの、実質的には社会通念上許容されるものとして違法性を欠くと解するのが相当である。

3  また、被告会社については、そもそも本件持去行為に関与している事実を認めるに足りる証拠がない。

4  よって、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

第二反訴請求について

反訴請求原因第1項の事実は当事者間に争いがなく、同第2項のとおり賃料の未払いがあることは原告らの自認するところであるから、被告渡辺の反訴請求は理由がある。

第三結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求をいずれも棄却し、被告渡辺の原告甲野及び同乙山に対する反訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し、仮執行の宣言についてはその必要がないと判断して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄)

<以下省略>

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