横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)1491号 判決 1990年6月25日
原告
荒木万松
ほか一名
被告
花上正司
主文
被告は、原告荒木万松に対し、二七九九万〇六四〇円及びこれに対する昭和六〇年三月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告荒木万松のその余の請求及び原告荒木トシ子の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告荒木万松と被告間に生じた分は、これを三分し、その二を原告荒木万松の、その余を被告の各負担とし、原告荒木トシ子と被告との間に生じた分は、原告荒木トシ子の各負担とする。
この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告荒木万松(以下「原告万松」という。)に対し、八一五六万〇一八〇円、原告荒木トシ子((以下「原告トシ子」という。)に対し、四四〇万円及びこれらに対する昭和六〇年三月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び認定される事実(証拠の掲記してある部分は認定される事実である。)
1 左記のとおりの事故が発生した。
(一) 日時 昭和六〇年三月二三日午後九時四〇分ころ
(二) 場所 神奈川県大和市草柳一丁目二〇番地先市道交差点横断歩道上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車
(四) 右運転者 被告
(五) 被害者 原告万松
(六) 事故の態様 原告万松が、本件事故現場交差点の横断歩道上を東から西に横断中、おりから西側車道上を北進してきた加害車が原告万松に衝突し、原告万松は、後記傷害を受けた(以下「本件事故」という。)。
2 右事故について、被告は、前方を注視して、車両を運転すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があるから、民法七〇九条により原告万松に損害が生じていれば賠償する責任がある。
3 原告万松は、本件事故により頭部打撲、前額部挫創、左脛骨骨折、左腓骨骨折、中心性頸髄損傷等の傷害を受け、外科関係で本件事故当日から昭和六〇年九月七日まで一六九日間大和徳州会病院に入院し、同月八日から昭和六一年二月三日まで同病院(実通院日数六二日)に、同月六日から同年五月一二日まで虎ノ門病院(実通院日数一一日)に通院し、同月一三日から同年一〇月二四日まで一四三日間同病院に入院し、同月二五日から昭和六二年六月一〇日まで同病院(実通院日数一一日)に通院し、耳鼻科関係で昭和六一年七月四日から昭和六二年三月一七日まで虎ノ門病院(実通院日数八日)に通院し、昭和六二年六月一〇日症状固定となつた。
甲七号証及び原告万松本人尋問の結果によれば、原告万松は、その後も、右の治療のため虎ノ門病院に通院し、昭和六三年四月一四日から五月一三日まで三〇日間同病院に入院している。
4 原告万松は、損害の填補として、四〇四万円の支払いを受けた。
二 争点
原告万松は、原告万松の後遺障害が完治せず、頸髄高位の著しい脊髄傷害による運動障害等があるとして、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表三級三号の後遺障害が残つたと主張するが、被告は、原告万松の、右についての後遺障害が、原告万松主張のように重大なものではなく、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表九級程度のものであるとし、事故後の被告の就労もそれに影響しているとし、それにともない損害を争い、本件事故の発生には、原告万松の過失も寄与しているとして、過失相殺の主張もする。更に、一部弁済の主張もしている。
第三争点に対する判断
一 原告万松の後遺障害の程度について判断する。
1 前記争いのない事実、甲四号証、五号証の一、二、第六号証から一二号証まで、乙二号証の一、二、証人桃井康晴の証言、原告万松本人尋問の結果(第一、二回、後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告万松は、症状固定後も入通院して治療を継続したが、後遺障害が残存し、その症状は、左膝について可動域制限は著名であり、後方不安定性、X線写真では、中程度の変形症があり、関節鏡では、内側の脛骨大腿関節軟膏(脛骨側に著名)に強度のびらんがあり、頸部肩にかけては、可動域制限が強く、頸部―肩にかけての筋萎縮が著名であり、第五頸椎及び第二、三胸椎支配領域に知覚異常があり、歩行時痛、運動時痛がみられ、正座ができない。さらに、上肢、左下肢に痺れがあり、中等度の難聴となり、左耳に補聴器を装用しているが、これによつて、会話上の支障は特に認められないというものであつた。
自動車保険料率算定会調査事務所からは、左膝部外傷による、左膝関節の機能障害について自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級七号、頸部外傷による神経症状について同表一四級一〇号、頭部外傷による両耳・聴力障害について同表一一級五号、これらにより併合一一級の認定を受けている。
ところで、原告万松の後遺障害による日常生活に支障がある状況は、杖なしでも歩行はできるが、一〇分から二〇分歩くときは、杖を持つていく、日常生活の中で長期間立つていることができない。膝が動かしにくいので、すぐに立ち上がれない、炬燵で座つていると立つとき大変、入浴は、静かにやれば何とか一人でもできるが、腕が痛くて背中に手を回せないので、妻に洗つてもらう、ズボンの着替えは、時間がかかる。ワイシヤツは自分で着るが、下着は、腕が回らないので、手伝つてもらうといつたものであり、これらは、前記障害が単発ではなく、頸髄損傷による神経症状も起因しているものということができる。
そして、右の障害の程度からみて、前記の左膝及び神経症状についての後遺障害は、あわせて自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表九級程度と認めるのが相当である。
2 ところで、鑑定の結果及び証人今井望の証言によれば、原告万松の症状について、頸椎運動が制限され、手指のつまみ、対立、開閉運動はいずれも巧緻運動に円滑さを欠く等と記載されており(中略)、膝蓋腱反射、アキレス腱反射は、両側亢進とあり、足間代については陽性等とされている(後略、鑑定書の一部を記載した。)。下肢の各関節の自動運動は円滑性を欠き時間を要するとし、階段の昇降についての支障が当然出るはずで、非常に困難であるとしている。日常生活機能として起立、歩行は、杖使用にて約一五分程度可能とし、原告の脊髄損傷の程度であれば、膝に何もなくても歩行困難は当然出てくる、杖をとつて歩くのは、非常に困難であり、下肢機能は著しく障害され、歩行は、室内ないし家の近辺を自力で移動できる程度にとどまるとしている。
3 しかし、前記の亢進や間代については、甲四号証、七号証から九号証までにあるように、原告が入通院して治療を受けていた虎ノ門病院の所見中にはうかがわれない。
さらに、乙五号証、六号証の一から一四まで及び証人鎌田武行の証言によれば、以下の事実が認められる。
原告万松の動静について、保険会社から依頼を受けた証人鎌田武行らが、原告万松の動静を写真及びビデオに記録し、その行動を調査したが、それによれば、原告万松は、現在団地の三階に居住しているところ、ベランダで草木の手入れ等を中腰になつて、杖も使用せずに行つたり、ベランダにたまつた水を箒で掃いたりし、三階から一階へは、杖も使用せず、手摺りにもつかまらずに昇降し、外出の際は、自転者を使用して、遠方の商店まで買い物に出かけたりしている。また、首に頸推用装具等の保護のための用具も使用しておらず、原告万松の本人尋問の際、原告が頸椎用装具を使用して、苦しげな様子をしていたのと、かなりの相違があることは否めない。
右の状態と、鑑定の結果とは相当程度齟齬しており、鑑定の前提となる鑑定人の診断の結果と、本人の症状に乖離があるのであるから、その原因についてはともかくとしても、鑑定の結果は、にわかに措信することができないものというほかない。
4 また、原告万松は、本件事故による治療中に一時就労しているが、右が左膝の悪化をもたらしたか否かについては、悪化をもたらしたと認めるに足りる証拠はない。
5 前記のように原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表九級程度のものであり、その他、両耳の聴力障害は、自動車保険料率算定会調査事務所から自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表の一一級の認定を受けているので、原告万松の後遺障害の程度を、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表でいうと、ほぼ八級程度のものであるということができる。
以上の事実が認められる。
二 前記の原告万松の症状を前提として、原告万松の損害(請求額八一五六万〇一八〇円)について判断する。
1 治療費(請求額同額) 六三万六六四〇円
弁論の全趣旨によれば、原告万松は、治療費の自己負担分として、右金額を支出していることが認められる。
2 入院雑費(請求額同額) 三三万四〇〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告万松は、前記入院期間中のうち原告主張の三三四日間、一日当たり一〇〇〇円の入院雑費を支出したことが認められる。
3 付添費(請求額一三三一万二九七八円) 〇円
前認定の原告万松の症状では将来の付添を必要と認めることはできず、過去に付添の必要性については、その必要性及び付添したとする証拠がない。
4 慰藉料(請求額一五〇〇万円) 九五〇万円
原告万松の、前記傷害の内容、治療の経緯、後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を考慮すると、同人の後遺障害による精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては右金額が相当である。
5 逸失利益(請求額四八九〇万六五六二円) 一九五六万円
前記認定の事実に、甲三号証、原告万松本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
原告万松は、昭和七年七月一〇日生まれで本件事故当時満五二歳の男子であり、いすず自動車株式会社に勤務し、事故の前年には年間五二〇万六四二六円の給与所得を得ていた。しかし、前記後遺障害により、その労働能力を一部喪失した。
前記認定の後遺障害の程度、原告万松の職種、稼働状況その他本件訴訟に顕れた諸般の事情を総合すると、原告万松は、症状固定時(満五四歳)から稼働可能年齢である満六七歳までの一三年間、前記賃金の五二〇万六四二六円を基礎にし、四〇パーセントの労働能力喪失があると認めるのが相当であるから、ライプニツツ方式で中間利息の控除をすると、次のとおりの計算式により、逸失利益は、右金額となる。
(計算式)
五二〇万六四二六円×〇・四×九・三九三五=一九五六万円 (一万円未満切捨て)
小計 三〇〇三万〇六四〇円
6 過失相殺
過失相殺を認めるに足りる証拠はないから、被告の主張は理由がない。
7 損害の填補及び弁済
原告万松が四〇四万円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがなく、被告が五〇万円を支払つたことは、原告万松が明らかに争わないから自白したものとみなし、右額を前記損害から控除することとする。
なお、他の損害の填補についても被告の主張があるが、原告の請求していない費目についてであり、過失相殺もないのであるから、前記損害から控除しない。
小計 二五四九万〇六四〇円
8 弁護士費用(請求額七四一万円) 二五〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告万松は、被告が任意に右損害の支払をしないので、その賠償請求をするため、原告万松代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、右金額が相当であるというべきである。
合計 二七九九万〇六四〇円
三 原告トシ子の損害(請求額慰籍料四〇〇万円、弁護士費用四〇〇万円)については、原告万松の前記傷害、後遺障害の程度では、妻である原告トシ子に近親者の固有の慰藉料を認めることができないことは明かであり、その請求は理由がない。
(裁判官 宮川博史)