横浜地方裁判所小田原支部 平成22年(ワ)545号 判決 2011年3月17日
主文
1 被告は、原告に対し、金269万0248円及び内金182万7505円に対する平成22年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
被告は、貸金業者であり、原告は被告との間で、別紙計算書1及び2の各「年月日」欄、「借入金額」欄、「弁済額」欄記載のとおり、金銭消費貸借取引(以下、別紙計算書1記載の取引を「本件第1取引」、別紙計算書2記載の取引を「本件第2取引」という。)をしてきた者である。
(2) 本件取引の概要
(本件第1取引)
ア 取引開始日 平成5年8月11日
イ 取引終了日 平成13年1月25日
ウ 取引の経過 別紙計算書1記載のとおり
(本件第2取引)
ア 取引開始日 平成16年3月16日
イ 取引終了日 平成22年2月12日
ウ 取引の経過 別紙計算書2記載のとおり
(3) 引き直し計算及び不当利得
ア 本件第1取引につき、利息制限法所定の法定利率を適用して計算すると、別紙計算書1記載のとおり、本件第1取引の終了日である平成13年1月25日における過払金元金が181万9152円となり、被告は、上記金額を法律上の原因なく取得している。
イ 本件第2取引につき、利息制限法所定の法定利率を適用して計算すると、別紙計算書2記載のとおり、本件第2取引の終了日である平成22年2月12日における過払金元金が8353円となり、被告は、上記金額を法律上の原因なく取得している。
(4) 悪意の受益者
被告は、貸金業者であり、利息制限法所定の制限利率を超える金利であることを知りながら原告から返済を受けていたのであるから、利息制限法所定の制限利率を超える利息を収受していたことにつき悪意であったといえる。したがって、上記過払金が発生した段階で過払金元金に対する年5パーセントの割合による利息を支払うべき義務を負っているところ、本件第1取引の平成22年7月1日現在の過払利息は合計86万2556円であり、本件第2取引の平成22年7月1日現在の過払利息は合計187円である。
(5) まとめ
よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、過払金元金及びその利息の支払を求める。
2 請求原因に対する認否等
(1) 請求原因(1)は認める。
(2) 請求原因(2)は認める。
(3) 請求原因(3)のうち、本件第2取引の過払金元金が8353円であることを認めるが、本件第1取引については、平成8年8月26日以降の利息制限法の適用利率が年率15%であることを否認ないしは争う。
利息制限法1条1項所定の「元本」について、取引の過程で新たな借入れがされた場合、制限利率を決定する基準となる「元本」額は、従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額をいい、従前の借入金残元本額とは、約定利率ではなく制限利率により弁済金の充当計算をした結果得られる額であるところ、平成8年8月26日における新たな借入金100万円と従前の借入金残元本(-24万1426円)との合計額は75万8574円であるから、同日以降の利息制限法の適用利率は年率18%とすべきである。
(4) 請求原因(4)は否認ないし争う。
被告は、顧客に対し、貸付け、弁済を受けた際には、貸金業法17条及び同法18条所定の書面(以下、それぞれ「17条書面」、「18条書面」という。)を交付していたのであって、原告に対しても、取引の度に上記書面を交付していた。
なお、被告が顧客に対して交付していた17条書面には、貸金業法17条が要件の一つとして定める「返済期間及び返済回数」の記載がなかったが、これは、リボルビング返済方式を採用した基本契約の下では、予め返済期間及び返済回数を記載することが不可能である上、そのような場合であっても「返済期間及び返済回数」を貸金業法17条が定める17条書面に該当しないことを示した判例及び学説が大多数を占めていたという一般的な状況になかったのであるから、被告が「返済期間及び返済回数」を記載しない当該書面の交付をもって、貸金業法43条(みなし弁済)の適用があると認識していたとしても、やむを得ない「特段の事情」があるというべきである。
また、被告が顧客に交付していた18条書面には、貸金業法18条が要件の一つと定める「契約年月日」の記載がなかったが、当時施行されていた貸金業規制法施行規則15条2項により「当該弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示する」ことで「契約年月日」の記載に代えていたという一般的な状況に鑑みれば、被告が当該書面を交付したことをもって貸金業法43条(みなし弁済)の適用があると認識していたとしても、やむを得ない「特段の事情」があるというべきである。
(5) 請求原因(5)は争う。
第3当裁判所の判断
1 請求原因(1)及び(2)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 請求原因(3)の事実について
(1) 本件第2取引の過払金元金が8353円であることは、当事者間に争いがない。
(2) 被告は、本件第1取引について、平成8年8月26日の新たな借入金100万円と従前の借入金残元本(-24万1426円)との合計額は75万8574円であるから、同日以降の利息制限法の適用利率は年率18%である旨主張する。
継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約に基づいて金銭の借入れと弁済が繰り返され、同契約に基づく債務の弁済がその借入金全体に対して行われる場合には、各借入れの時点における従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額が利息制限法1条1項にいう「元本」の額に当たると解するのが相当であり、同契約における利息の約定は、その利息が上記の「元本」の額に応じて定める同項所定の制限を超えるときは、その超過部分が無効となる。この場合、従前の借入金残元本の額は、有効に存在する利息の約定を前提に算定すべきことは明らかであって、弁済金のうち制限超過部分があるときは、これを上記基本契約に基づく借入金債務の元本に充当して計算することとなる。そして、上記取引の過程で、ある借入れがされたことによって従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額が利息制限法1条1項所定の各区分における上限額を超えることになったとき、すなわち、上記の合計額が10万円未満から10万円以上に、あるいは100万円未満から100万円以上に増加したときは、上記取引に適用される制限利率が変更され、新たな制限を超える利息の約定が無効となるが、ある借入れの時点で上記の合計額が同項所定の各区分における上限額を下回るに至ったとしても、いったん無効となった利息の約定が有効となることはなく、上記取引に適用される制限利率が変更されることはない(最高裁平成21年(受)第955号平成22年4月20日第3小法廷判決)。
そうすると、本件第1取引について、平成8年8月26日の新たな借入の時点で従前の借入金残元本との合計額が100万円を下回るに至ったとしても、いったん無効となった利息の約定が有効となることはないから、同日以降の取引に適用される利息制限法の利率は年率15%ということになる。
3 請求原因(4)について
(1) 貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが、その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には、当該貸金業者は、同項の適用があることの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があったときでない限り、民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成17年(受)第1970号平成19年7月13日第2小法廷判決)。
ところで、利息制限法の制限を超過する約定利息の支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約の下で制限超過部分を支払った場合、貸金業法43条1項にいう「任意に支払った」ものということはできないとした最高裁平成18年1月13日判決(以下「平成18年判決」という。)の言渡し以前にされた上記期限の利益喪失特約下の支払については、これを受領したことのみを理由として当該貸金業者を悪意の受益者であると推定することはできないから(最高裁平成20年(受)第1729号平成21年7月14日第3小法廷判決)、平成18年判決以前の取引については、上記「任意に支払った」という要件以外の、他の貸金業法43条1項の要件を充足するか否かを検討する必要があると解されるところ、貸金業法の登録を受けた貸金業者は、みなし弁済規定の適用要件を充たすことを前提として、利息制限法の制限利率を超える利率の利息や損害金による貸付け行い、これを受領することができること、実務の大勢は、17条書面には、貸金業法17条1項所定の事項の全てが記載されていることを要求し、その一部が記載されていないときはみなし弁済の適用要件を欠くとする立場をとってきたこと、さらに、貸金業者の業務の適正な運営を確保し、資金需要者等の利益の確保を図ること等を目的として貸金業者に対する必要な法の規制等を定める法の趣旨、目的や、上記業務規制に違反した場合の罰則が設けられていること等をかんがみると、貸金業法43条1項(みなし弁済)の適用要件については厳格に解するのが相当である。そうすると、貸金業法17条1項所定の書面の記載内容が正確でないときや明確でないときには、同法43条1項(みなし弁済)の適用要件を欠くというべきである。
(2) 証拠(乙10の1、2、乙11の1、2、乙12の1、2、乙13の1、2)によると、本件第1取引において、被告は、原告に対し、平成18年判決以前の平成5年8月11日、平成7年2月1日、平成8年5月14日及び平成12年4月26日に、いずれも、「省令第16条3項に基づく書面」を交付していたことがみとめられる。しかし、被告が原告に交付した「返済期間及び返済回数」が記載されていない「省令第16条3項に基づく書面」には17条書面がみなし弁済の適用要件の一つとして定めている「返済期間及び返済回数」が記載されていない。したがって、これら書面は同法17条1項の要件を満たさないことになるから、貸金業法43条1項の適用要件を欠くことになり、被告は悪意の受益者と推定されるところ、被告が、みなし弁済の適用があるとの認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情を基礎づける事情は認められない。そうすると、平成18年1月13日以前の本件第1取引についても、被告は民法704条の「悪意の受益者」となる。
なお、貸金業者が17条書面に貸金業法17条1項所定の事項について確定的な記載をすることが不可能な場合には、17条書面の当該事項に準じた事項を記載すべきであり、いわゆるリボルビング式貸付けをしたときには、各貸付けごとに18条書面に「返済期間及び返済回数」、その回の「返済金額」として、当該貸付けを含めたその時点での全貸付けの残元利金について、毎月定められた返済期日に最低返済額及び経過利息を返済する場合の返済期間、返済回数及び各回の返済金額を記載すべきである。しかるに、被告が18条書面と主張する書面は貸金業法18条所定の要件を満たさないものであり、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
第4結論
以上によると、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林康男)
(別紙)計算書1、2<省略>