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横浜地方裁判所小田原支部 昭和27年(ヨ)2号 決定 1952年3月20日

申請人 横山久 外三名

被申請人 平塚工業株式会社

主文

被申請人会社が昭和二十七年二月七日申請人四名に対し為した懲戒解雇の意思表示の効力はいづれも之を停止する。

被申請人会社は申請人四名を従前の地位にある従業員として待遇しなければならない。

(無保証)

理由

本件懲戒解雇の理由の要旨は、

被申請人会社の従業員で組織されている平塚工業労働組合は昭和二十七年二月一日組合員たる申請人四名を同人等が社長岩堀政臣に非行ありとして横浜地方検察庁に告発し、更に社長岩堀の退陣その持株の解放等を要求し、而もそれらが組合員の総意であるようにせん称したことを理由として、組合規約に基き除名した。而して被申請人会社と組合との間の労働協約にはユニオン・シヨツプ条項があるので、右除名並びにその理由に照らし、被申請人会社は同月七日申請人四名を、就業規則第五十条第七号「従業員が不都合の行為をしたときは懲戒処分する」、第五十一条「懲戒はその程度によりけん責、減給、資格はく奪、解雇に分ける」の条項により懲戒解雇した、と謂うにある。

然しながら本件懲戒解雇は左の理由により無効と認める。

一、組合の除名は無効と考えられる。

昭和二十六年半頃より被申請人会社の監査役、一部の重役、従業員及び申請人四名等は、社長岩堀政臣及び経理課長磯崎重信が交際費機密費の名の下に費消している莫大な金額の使途に疑惑を抱き、又工場敷地内より堀出された旧海軍工廠の所有と思われるバビツト(鉛と錫の合金)七、八屯の過半を社長岩堀がほしいままに売却横領したのではないかと疑い、健全な会社経営のためには、岩堀社長のかかる行為は厳に是正されなければならないとの気持が強かつた。

そこで申請人四名は田中監査役や細野取締役らに経理の明朗化を強く進言したのに拘わらず、自己の保身を考える会社幹部は、株式の過半数を所有する岩堀社長の威力に屈し、強硬な態度に出ようとしなかつたので、遂に申請人四名は、岩堀社長や磯崎経理課長に前記のような非行があるとして、昭和二十六年十一月九日横浜地方検察庁に告発したのである。

社長岩堀政臣と経理課長磯崎重信とに、真実そのような非行があるか否かは軽々に断じがたいが、その嫌疑はあるように思われ、申請人四名がさように信ずるのも無理からぬところである。ところがこの告発が洩れ、岩堀社長や磯崎課長は大いに驚いたが、会社幹部従業員の中には申請人四名を支持するものも相当あつた。かようにして会社内部は重役から従業員に到る迄、岩堀社長派、申請人派及び中間派に分れ夫々の立場で善後策を協議した結果、昭和二十七年一月十九日岩堀社長を除く取締役四名、田中監査役、平塚労働組合代表組合長水野荘太郎、一般従業員代表鈴木進、鈴木次男、田代、仲戸、吉川、清水及び申請人四名の間で、(一)、昭和二十七年五月開催される株主総会まで岩堀を社長に留任させること、同総会に於て志和池顧問を社長に選任し、岩堀の進退については志和池に一任すること、(二)、岩堀の持株全部の処分を取締役会に一任し、五月の株主総会に於て総会の決議によつてその株式の配分をなすこと、(三)、人事の改革をなし磯崎経理課長等三名の配置変更をなすことの三ヵ条を実行する代りに、前記告発を取下げるとの議が全員一致で承認された。

そこで申請人四名は早速告発を取下げ、同月二十五日労働組合委員会を開催し、全委員及び申請人四名が出席し、申請人四名の従来の行動を説明したところ、申請人の行動を諒承し、全委員一致で前記一月十九日の三ヵ条の推進方を会社側へ申入れることを決議し、これにそつて水野組合長より細野取締役に対し口頭でその旨を伝え、更に組合書記たる申請人府川は書面で右委員会の決議を組合決議として田中庶務課長に伝えた。

ところが、告発が取下げられるや俄然岩堀社長派は申請人等を排撃し始め、申請人等は一部重役と結托して会社乗取りを策していると宣伝し又課長、課長附きを通じて組合に対し申請人四名を除名するよう働きかけたものらしく、遂に二月一日臨時組合総会で、緊急動議により具体的な理由を示されることもなく申請人四名は除名された。

然しながら、会社の業務に関し非行があると信ずるに相当の理由があればそれが取締役たると一般従業員たるとを問わず、これを是正し排撃することは、健全な経営、経理の明朗化のために当然の事柄であつて、経営の一翼を担う労働組合としても又なすべきことである。申請人四名が告発したのも、結局は被申請人会社幹部の弱腰に原因するのであつて充分了解されるところであり、この場合被申請人会社の信用に係わるとして「臭い物には蓋」式にウヤムヤにしてしまうことは、決して抜本的な策ではない。申請人四名にしてみれば、被申請人会社の健全な発展のために、恐らく岩堀社長の圧力と戦わねばならないであろうとの一大決意の下に告発したものと察せられ、申請人等が一部重役と結托して会社乗取りのためになしたとは認められない。殊に前記三ヶ条の実行は一月二十五日組合委員会に於て決議され(組合規約第十条によれば委員会の決議は場合により組合の最高決議となる位である)たので、申請人府川は組合書記として、書面により組合決議として三ケ条の実行を会社側に要求したことも道理である。

してみれば申請人四名は組合規約第三十八条の除名理由たる「組合精神に反し又は決議に違反したる行為ありたる者」「組合の統制を紊したる場合」に該当する何等の事項もないのであるから前記除名は無効と言わねばならない。従つて又除名の有効であることを前提とする労働協約のユニオン・シヨツプ条項に基く解雇も無効である。

二、申請人四名には、懲戒解雇の一事由たる就業規則第五十条第七号の「不都合の行為」がないから本件懲戒解雇は就業規則に反し無効である。

岩堀政臣及び磯崎重信の個人的主観的な感情からすれば申請人四名の前示行為は憎むべき「不都合な行為」であろう。然しながら就業規則第五十条第七号の「不都合の行為」とは、就業規則全般から考え、会社の健全な経営上からみての「不都合な行為」であつて、個人の主観的感情によつて判断されるべきものでないこと明白である。

してみれば申請人四名の行為が右の条項に該当しないことは、前述のところから明らかである。

三、本件懲戒解雇は不当労働行為の疑がある。

平塚工業労働組合は昭和二十六年頃からは殆んど無力化していた。そして組合員の中には守衛その他非組合員たるべき者が入つていたところ、前記の通り告発が取下げられるや、岩堀社長派は課長や課長附きの者を通じ申請人四名を除名するよう策動して組合員をして之に同意せしめたものの如く、かような組合活動に対する使用者側の介入のため、平塚工業労働組合は殆んど御用組合に等しかつた。これと共に岩堀社長は二月四、五日頃組合長水野荘太郎との間に二月一日附で、ユニオン・シヨツプ条項を含む労働協約を締結したが、これは当時双方が従前の労働協約(ユニオン・シヨツプ条項がある)は昭和二十四年五月三十日限りで失効しているものと解し結果、二月一日の申請人四名の除名に応じ、ユニオン・シヨツプ条項により申請人四名を解雇すべく、組合総会の決議も組合委員会の決議も経ることなく、急遽二月一日附にさかのぼらせて締結した疑が濃厚である。

而して申請人四名の告発は組合や組合員の名でなされたものでなく従業員としてなされたものであるがそれは組合員の活動としても正当な性質のものであること及び一月十九日の三ヵ条について組合決議の名に於て会社側にその実行を要求した行為も又組合活動として正当なものであることは前述したところより肯認されるのであつて、申請人四名を懲戒解雇した実質的理由は、実に申請人四名のこれらの行為にあるものと判断される。してみれば、本件懲戒解雇は申請人四名が正当な組合活動をしたことがその主たる理由で、而もこれを擬装するため、組合に対し申請人四名の除名を策動して之に介入し、御用組合化した平塚工業労働組合より申請人四名が除名されたのに乗じ、ユニオン・シヨツプ条項を利用して懲戒解雇したものと認められるからである。

以上の理由により本件懲戒解雇は無効と認められるところ、これを放置して本案訴訟の確定を待つていては、申請人四名が著しい損害を受けるものと考えられるので主文の通り決定する。

(裁判官 室伏壮一郎)

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