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横浜地方裁判所小田原支部 昭和46年(ワ)172号 判決 1972年10月13日

原告

大竹保夫

ほか二名

被告

吉本秀雄

ほか一名

主文

被告らは各自、原告大竹保夫に対して金一二五万六三三四円、同大竹晴美及び同大竹昭一に対して各金五〇万六三三四円並びにこれらに対する昭和四五年九月二五日より右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用についてはこれを二分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

この判決は第一項に限り、原告大竹保夫において金一三万円を、その他の原告らにおいて各金五万円を夫々担保に供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(原告)

被告らは各自、原告大竹保夫に使し金三〇〇万円、同大竹晴美および同大竹昭一に対し各金二五〇万円並びに右各金員に対する昭和四五年九月二五日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言を求める。

(被告ら)

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二原告の請求の原因

一  事故の発生

原告らの被相続人である大竹慶子(当時二九才、以下亡慶子と称す)は、昭和四五年九月二四日午前一〇時二五分頃、訴外稲木利子運転の乗用車(相模四ら七三七三)に同乗、国道一二九号線を平塚方面から町田方面へ向けて進行中、厚木市栄町二―四―三五先路上で、厚木駅方面へ右折するため徐行し、道路のセンターライン寄りに停止したところ、後続して来た被告吉本秀雄運転のトラツク(群一あ五〇八一)が追突し、その衝撃で亡慶子は車外にほうり出され死亡した。

二  責任

右事故は、被告吉本が、十分な車間距離をとらなかつたうえ、前方注視義務を怠り、漫然と進行したため発生した事故であり、被告吉本は、被告三和運輸の従業員として同社所有のトラツクを運転中本件事故を起したものであるから、被告会社は運行供用者としての責任を負うものである。

三  損害額

(一)  亡慶子と原告らの関係

原告保夫は右慶子の夫であり、同大竹晴美(昭和四〇年七月八日生)および同大竹昭一(昭和四一年七月二七日生)はいずれもその子である。

(二)  慰謝料

原告保夫は、幼児二人を残して妻に先立たれ、会社勤めと同時に二児の面倒までみなければならず、その精神的・物的負担並びにその悲しみは甚大なものである。現在八方手をつくした末、やつと伊勢原中央保育園で二児を午前七時半より午後五時半迄預つてもらえることになつたが、子らの送りむかえなどの世話、勤務との調整などで、原告保夫の負担は限界にきている。この様な点からすると、その慰謝料は少くとも金二〇〇万円を下らない。

また原告晴美、同昭一は幼くして母を亡くし、今後の成長過程における影響も危惧されるところであり、その慰謝料はそれぞれ金一五〇万円を下らない。

(三)  逸失利益

亡慶子は前記事故により死亡する迄、アルバイトとして自動車部品仕上の仕事に従事し、一カ月平均一万二四六九円の収入があつた。また、同人は家事労働一切を一人で行つてきたものであるが、現在神奈川県下の家政婦の最低報酬額は一日につき金一五〇〇円であるから、一カ月当り金四万五〇〇〇円となる。従つて、亡慶子の家事労働を金額で評価すると一カ月当り金四万五〇〇〇円を下らず、同人の一カ月当りの収入、家事労働の対価は合計金五万七四六九円を下らない。また、同人の生活費は一カ月当り金一万五〇〇〇円を上回ることはないので、その一カ月当りの逸失利益は金四万二四六九円となる。右金額を基礎に六三才まで(三四年間)稼働可能であるとして年毎複式ホフマン方式(係数一九・五五)により計算すると、その損害額は金九九六万三二二七円となる。

原告らは、亡慶子の右逸失利益損害賠償請求権をそれぞれ金三三二万一〇七六円づつ相続した。

四(一)  原告保夫は、妻慶子の死亡により葬祭費用その他として合計金三一万八九一九円の出費を余儀なくされた。

(二)  さらに原告保夫は、事故当時、配管工主任として会社勤めをし、一カ月平均金八万円の給料を得ていたが、亡慶子の死亡により子供の面倒をみるものがいないため会社を辞めざるを得なくなつた。

すなわち、長女原告晴美は当時幼稚園に通つていたが、幼稚園で面倒みてもらえる時間は午前九時より午後二時迄にすぎず、事故後入園年令に達していなかつた長男原告昭一も無理に頼み込んで幼稚園に入れてもらつたが、原告保夫の仕事の性質上夜遅くまで仕事をし、しかも仕事現場が遠く結局昭和四五年一〇月より仕事を辞めざるを得なかつた。

翌年四月より、晴美、昭一とも保育園に入園ができたが、保育園の時間も無理に頼んでもせいぜい午前七時半より午後五時半迄しか面倒を見てもらえず、前の会社に復帰して仕事をすることも出来なかつた。そこで、午後五時半迄に保育園に子供を迎えに行ける様な仕事を探したが適当な仕事がなく、結局日雇労働者として今日迄過さざるを得なかつた。従つて、原告保夫固有の逸失利益は次のとおりとなる。

1 昭和四五年一〇月より同四六年三月迄(六カ月月金八万円) 合計金四八万円

2 昭和四六年四月より同年一二月迄(九カ月 月金四万円) 合計金三六万円

この間は日雇として日給金二〇〇〇円ないし金三五〇〇円で、月のうち半分位は仕事に出て、月平均金四万円位の収入を得ていた。

3 昭和四七年一月より同年五月迄(五カ月 月金八万円) 合計金四〇万円

一、二月は日雇の仕事がほとんどなく、それ以後は、新しい仕事(配管関係)を前の勤め先の好意を得て、独立して始められることになり、その準備のため日雇の仕事も出来なかつた。

以上合計金一二四万円

(三) 右のとおりであるから原告らの損害賠償債権の合計額は原告保夫は合計金六八七万九九九五円原告晴美同昭一はいずれも合計金四八二万一〇七六円であるから、以上の総合計は金一六五二万二一四七円となるが、右のうち、金五〇〇万円が既に強制保険により支払われているので、右保険金五〇〇万円を左のとおり充当する。

1  原告保夫について

その相続した逸失利益に金二〇〇万円

2  原告晴美、同昭一について

その相続した逸失利益に各金一五〇万円

従つて、その残額は金一一五二万二一四七円となる。

そこで、原告保夫については、右の内慰謝料金二〇〇万円、葬式費用金三一万八九一九円、逸失利益金六八万一〇八一円、以上合計金三〇〇万円、原告晴美、同昭一については、いずれも慰謝料金一五〇万円、逸失利益金一〇〇万円、以上合計各金二五〇万円と、これらに対する昭和四五年九月二五日より右各支払済みにいたるまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

第三被告の答弁

(一)  請求原因に対する答弁

一  第一項認める。但し、訴外稲本にも運転上の過失があつた。

二  第二項認める。但し、吉本の一方的過失であるとの点は否認。

三  第三項(一)認める。

(二) 否認。慰謝料総額金五〇〇万円は著しく高額である。

(三)(1) 亡慶子がアルバイトに従事していたこと、家政婦の報酬が主張の通りであることは不知。

(2) 家政婦の報酬を基準にすることは争う。

逸失利益が認定されるとしても、女子労働者の平均賃金によるべきである。

(3) 生活費は争う。

(4) 稼働年数は争う。

(5) ホフマン式計算法は争う。ライプニツツ方式によるべきである。

四  第四項(一)葬儀費用は不知。

同 (二)否認

(二)  被告の主張

一  本件事故の態様は、原告の主張通りであるが、被害車はライトバンで五人乗車しており、加害者と接触し被害車が一回転して亡慶子が車外にほおり出されたものであるが、右ライトバンの後部ドアは手ドアであつた

その結果重大な結果を生じたもので、この点に亡慶子ないし稲本の過失が存するといわなければならない。

よつて右の点は原告側の過失として過失相殺されるべきである。なお、他の乗客はいづれも車外にほおり出されることなく軽傷ですべて示談が成立している。

二  原告は亡慶子の主婦労働の対価とアルバイト収入を基礎に逸失利益を請求するが、右の如き場合は主婦労働の対価が算定される場合でも合算して請求することは許されず、いずれか一方を請求しうるにとどまるというべきである。

有職の主婦の場合に家事労働分を請求するのは、通常生ずべき損害を超えると考えられるからである。しかも、本件の場合アルバイト収入は一時的で永続的収入ではないから、そのような収益を将来にわたつての逸失利益分として請求するのは妥当でない。

第四証拠〔略〕

理由

一  原告主張の請求原因事実一、二項及び三項の(一)については、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、被告らは、亡慶子が本件事故に際し、車外に抛り出されたのは、被害車の後部ドアが半ドアであつたから、本件のような重大なる結果を生じたのであつて、右の点は右慶子或は当時被害車を運転していた稲本に過失が存するので、過失相殺されるべき旨主張する。

そこで、被告ら主張の半ドアということが錠がしつかりかかつていなかつた趣旨か、またはドアが半分開いたままになつていた趣旨か、必ずしも明確ではないけれども、後部ドアが右いずれの状態であつたにしても、そしてまたそれが亡慶子の行為に基ずいたとしても、(右稲本の行為によるとするならば、本件では過失を相殺する必要はない。)通常後部ドアから人が抛り出されるようなことは考えられないところであつて、そのようなまれな事まで予防すべき義務を負ういわれはなく、しかも右のような状態に陥らしめたのは、全く加害車の強度の追突に基因するものという外ないのであつて、この点をもつて被告吉本の責任を軽減すべき道理はまつたくない。従つて右の点は、主張自体失当というべく、その他相殺されるべき過失の存在を認めるに足りる立証は何ら存しない。

三  亡慶子の逸失利益に基づく損害

(1)  原告は、亡慶子が死亡するまで自動車部品仕上のアルバイトに従事し、月平均金一万二四六九円の収入があつた旨主張するが、しかしアルバイトであるならば、あくまでも臨時的或は一時的な収入であつて、これを就労可能な限り継続する意思はないものと考えるべきであるし、また何時まで継続するか不定の収入まで損害算定の基礎にすることは適当ではない。

(2)  亡慶子は、右の外定職或は定収入を有する旨の主張も立証もないので、主婦としての逸失利益のみが問題となるところ、この点に関しては種々の考え方があるけれども、主婦は現実に賃金を得ていないからといつて、逸失利益が全くないとすることは社会の実情に添わないし、そもそも逸失利益を損害賠償させるとの考え方も、人の死亡或は傷害そのものについての賠償の方法がないので、金銭で賠償するについてこれを換算するための一つの手段に過ぎないものと考える。従つて、右換算手段のうち、どれが最も適切妥当かということにある、そこで、主婦については現に職業について稼働はしてないとしても、稼働する能力を有している以上、稼働能力を喪失せしめたことそれ自体もまた損害といゝ得るのであつて、これを金銭に換算して賠償させる方法も考えられ、これが最も適切と考える。そして、さらに右の考え方についても、家政婦の賃金による算定方法と、女子の平均賃金を基準にする方法とが一般に行われているところである。そこで先ず、前者について考えてみると、家政婦の一日の賃金は地域によつて相当の開きがあり、都市においては相当の高額であるから、これを基準にすると地域によつて均衡がとれないことになる。しかも、家政婦の職業は、大体が臨時的或は副次的なものといゝ得るのであつて、年中間断なく仕事があるという種類の職業ではない。従つて一日の賃金を基準に月または年に換算して逸失利益の計算をなすことは実情にそぐわない結果となり、家事労働が家政婦の仕事に類似しているからという理由から、直ちに換算評価することは適切とは思われない。

そこで前記のような稼働能力の喪失という考え方からするならば、最も確実で普遍的な女子の平均賃金を基礎にするのが一番妥当であると思われる。

(3)  ところで、女子の平均賃金(月収)は、昭和四一年度は金一万九九〇〇円、同四二年度は金二万一七〇〇円、同四三年度は金二万五八〇〇円である(日本統計年鑑(昭和四五年))ところ、右賃金の上昇率その他から考えて、亡慶子死亡の昭和四五年には、少くとも金三万円程度と見るのが相当である。そして同人の生活費は五割とみるのが妥当と考えられるので、これを控除すると、年収入は金一八万円となる。

そして右慶子は、本件事故当時二九才であつたことは、前記争いのないところであるから、運輸省自動車局保障課作成「政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準」によると、同人の就労可能年数は三四年であり、年別のホフマン式計算方式により、その係数一九・五五に基ずいて年五分の割合による利息を控除した額は金三五一万九〇〇〇円となる。

なお、亡慶子と原告らとの間柄は前記争いのないところなので、それによると、原告らは右慶子の死亡によつて各三分の一宛右損害賠償債権を相続したことになり、その金額は各金一一七万三〇〇〇円となる。

四  (慰藉料)

原告保夫が、本件事故によつて妻を失つた悲しみは、想像に難くないところであるし、さらに、右事故の態様と相手方の原告らに対する態度、そしてまた〔証拠略〕によつて明白な、同原告が当時五才と四才の幼ない子供を残され、その面倒をみながら五人の従業員を連れて三共製薬の工事現場において配管工としての仕事に従事していたが、子供を連れていたのでは結局仕事にならず、右の仕事も辞めざるをえなかつたこと、その後は日雇仕事等によつて細々と生活していたが、昭和四七年二月一三日七才の子供のある現在の妻と結婚し、双方にいくらか不満は残るにしても、一応安定した生活を営み、従来の仕事に戻る計画も進んでおり、或る程度精神的負担も軽減されていること、以上の事実とその他諸般の事情をも勘案して、同人の慰藉料としては金一五〇万円が相当であると考える。次に、原告晴美、同昭一は、幼くして母親を失い、現在は新たな母親ができたとはいえ、実の母の愛情には代え難く、将来においてもその心の傷手は消えることはないものと思われる。従つて同人らに対する慰藉料としては、いずれも金一〇〇万円が相当であると考える。

五  (葬儀に関する費用)

原告保夫は、亡慶子の葬儀等の費用として金三一万八九一九円の出費をなした旨主張するところ、この点に関し、同原告は何ら立証をなさない(この点に関すると思われる甲第二号証の一、同号証の三ないし五〇についていずれもその成立についての立証がないため証拠として採用することができない。)けれども、現代の社会においては、特段の事情がない限り、死者の葬儀をとり行わないことは、常識としてあり得ないところであつて、葬儀がなされた場合には、通常は金二五万円程度の費用の支出は当然余儀なくされるものと考えられるので、この範囲において損害として認めるのが相当である。

六  (原告保夫の逸夫利益について)

原告保夫は、妻慶子の死亡により子供の面倒をみるものがいなくなつたため、会社を辞めざるを得なくなつたとして、そのための減収を損害として請求している。

ところで、不法行為に基ずく損害賠償を請求するためには、単に不法行為と損害との間に因果関係があるというだけでは足りず、一般的に或る行為に基ずいて通常生ずるであろうと思われる損害か、或は特別の事情に原因して生じた損害であつても、当事者が特に予見しまた予見することが可能であつた損害についてのみ賠償せしめるというのが、我が国における損害賠償の制度である。そこで、右主張の場合について考えてみるに、妻の本件事故死と原告の辞職との間には、原告主張の事情からすると、なるほど因果関係が存することは間違いのないところであるが、しかし右の原因と結果との間には、一般的にいつて通常直ちに右のような結果が生ずるといつた関係に立つものとはいい難いところであるから、従つて右の職を辞めたことに基づく損害をもつて通常生ずべき損害に該当するものとも認め難いところである。そしてさらに右の関係を特別の事情によつて生じた損害に当るとした場合にも、右のような結果の発生を事故の当時加害者において予見しまたは予見可能であつたとするのは、一般人の社会常識としていさゝか無理であるといわざるをえない。従つて右の点をもつて慰藉料として勘案するのであれば格別、逸失利益の損害の賠償としては、右の請求を採用することはできない。

七  (保険金の充当)

ところで、原告らがいずれも自動車損害賠償保障法に基ずく保険金として合わせて金五〇〇万円を受領していることは、原告らの自認するところである。そこで、右金員の充当関係については特別の事情のない限り、相続分に応じた割合によるのが妥当であると考えられるので、これを三等分した金一六六万六六六六円宛を夫々充当すると、差引き、原告保夫は金一二五万六三三四円、その他の原告らはいずれも金五〇万六三三四円となる。

八  以上のとおりであるから、被告らは本件事故の損害賠償として原告保夫に対しては金一二五万六三三四円、その他の原告らに対してはいずれも金五〇万六三三四円並びにこれらに対する本件事故の翌日である昭和四五年九月一五日より夫々右支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、これを求める原告らの請求は、右の範囲においていずれも正当であるからこれらを認容し、その余は失当であるから夫々棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言については同法一九六条一項を夫々適用し、よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 安間喜夫)

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