横浜地方裁判所小田原支部 昭和52年(ワ)364号 判決 1980年3月31日
原告
中村茂一
ほか二名
被告
椎野篤子
ほか二名
主文
被告等は連帯して原告中村茂一、同中村シゲ子に対し各々金一一九万六、〇三九円及び内金一〇八万六、〇三九円に対する昭和五一年一二月二六日より、内金一一万円に対する本裁判確定の日より夫々完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
被告等は原告東京西南私鉄連合健康保険組合に対し連帯して金三三二万八、五〇六円及び内金三〇二万八、五〇六円に対する昭和五二年一一月二〇日より、内金三〇万円に対する本裁判確定の日より夫々完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
原告中村茂一、同中村シゲ子のその余の請求を何れも棄却する。
原告東京西南私鉄連合健康保険組合のその余の請求を棄却する。
訴訟費用中、原告中村茂一、同中村シゲ子と被告等との間に生じた分は之を四分し、その三を同原告等の負担とし、その一を被告等の負担とし、原告東京西南私鉄連合健康保険組合と被告等との間に生じた分は全部被告等の負担とする。
この判決は原告等の勝訴部分に限り仮に執行することが出来る。
被告等が夫々原告中村茂一に対し金二〇万円、原告中村シゲ子に対し金二〇万円、原告東京西南私鉄連合健康保険組合に対し金三〇万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることが出来る。
事実
原告等訴訟代理人は、被告等は連帯して原告中村茂一及び原告中村シゲ子に対し各々金五二一万三、五九三円並びに之に対する昭和四三年一二月一三日より完済に至る迄年五分の割合による金員を、原告東京西南私鉄連合健康保険組合に対し金三三二万八、五〇六円及び之に対する訴状送達の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員を夫々支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告等の主張に対する認否として、
一 訴外亡中村芳子(以下、単に芳子という。)は左記の交通事故により左記の傷害を蒙り、このため昭和五一年一二月二六日死亡するに至つた。原告中村茂一、同中村シゲ子(以下、単に茂一、シゲ子という。)は、訴外亡芳子の父母である。また、原告東京西南私鉄連合健康保険組合(以下、単に組合という。)は、健康保険法に基き設立された組合であつて、原告茂一は原告組合の組合員兼被保険者であり、訴外亡芳子は原告茂一の被扶養者であつた。
被告小田原製パン有限会社(以下、単に会社という。)は、パン類の製造、卸売、小売等を目的とする会社であり、被告湯川光雄は被告会社の取締役であり、被告椎野篤子(旧姓湯川)は、左記の交通事故当時被告湯川の子で、且つ被告会社の従業員であつた。
(交通事故の表示)
(一) 事故発生時。昭和四三年一二月一三日。
(二) 事故発生地。神奈川県足柄上郡松田町惣領三三四番地先路上。
(三) 事故車。普通貨物自動車相模う八六二三(以下、本件事故車という。)。
(四) 本件事故車の所有者。被告会社。
(五) 本件事故車の運転者。被告椎野。
(六) 事故の内容。被告椎野が本件事故車を運転中、事故発生地に於て訴外亡芳子に衝突したもの。
(傷害の表示)
訴外亡芳子は、右事故に基く頭部打撲、脳挫傷、右側頭部挫創により、本件交通事故発生時から昭和四四年一月三一日まで神奈川県立足柄上病院に入院し、引続き同日より昭和四五年四月一四日まで東京警察病院に入院し、更に同日より昭和五一年四月一五日まで厚生年金湯河原整形外科病院(以下、単に厚生年金病院という。)に入院し、翌昭和五一年四月一六日より自宅治療に切り替えたが、昭和五一年一二月二六日県立足柄上病院に於て死亡した。
事故発生時より二年二ケ月程経過した昭和四六年二月一九日の厚生年金病院の診断によれば、頭部外傷後遺症により自力による体位変換不可能、食事摂取不可能、中枢性失語症、粥食程度の食事摂取可能、直腸膀胱障害、精神症状(記憶、判断、思考力の喪失若しくは極度の減退)は残るとのことであり、その後、右厚生年金病院々長の昭和四九年九月二日付調査報告書によると、同日当時の症状として、精神症状は了解力低下、言語理解文字理解はある程度残存しているが発語は全くなく、右半身不全麻痺、両足尖足、直腸膀胱障害、大小便失禁月に零ないし二回、慢性尿路感染による発熱、日常生活動作は体位変換不能、食事動作不能、衣類着脱動作不能、排尿排便はおむつ使用等のことが認められる。而して、これらの症状は、労働者災害補償保険法第一級に該当する後遺症であり、この症状は死亡するまで続いた。
二 被告等は、次の事由により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
被告椎野は、本件事故発生地が見通しのきかない場所であるから、徐行して危険を未然に防止すべき注意義務(道路交通法第四二条)があるのに之を怠り、更に訴外亡芳子が自転車に搭乗してくるのを認めた際にも、警笛を吹鳴することなく唯漫然と同一速度で進行し、訴外亡芳子の動静に注意を払わなかつた結果、本件事故を惹起したものであるから、被告椎野には民法第七〇九条の不法行為に基く損害賠償責任がある。
被告会社は、本件事故発生当日はパンの配達業務のため、被告会社所有の本件事故車を従業員被告椎野に運行させ、よつて本件事故を発生させたものであるから、自賠法第三条に基く損害賠償責任がある。
被告会社は、資本金二〇〇万円の有限会社で、事故当時の従業員は被告湯川を含めて約二〇名程度にすぎず、その内七名は被告湯川の身内であり、且つ、被告会社は本件事故車を含めて五台の車両を保有していたのであるが、このような小人数の会社では代表者が直接実質的な監督をなし得ないような大規模な会社と異り、その代表者である被告湯川が使用者たる被告会社に代つて社員の選任監督をしていたのであるから、被告湯川には民法第七一五条第二項に基く損害賠償責任がある。
三 訴外亡芳子には、本件事故現場の道路を横断するに際し、徐行ないし安全確認及び直進車両の進路妨害禁止違反が認められるので、訴外亡芳子の側にも過失があるが、その割合は一〇のうち三と考えるのが相当である。
四 訴外亡芳子は、被告等を相手に前記第二項掲記の帰責原因に基き、昭和四六年(ワ)第八〇号事件をもつて横浜地方裁判所小田原支部に対し損害賠償請求訴訟を提起し、また、原告組合も被告等を相手に健康保険法第六七条に基き、昭和四八年(ワ)第一八六号をもつて同裁判所同支部に対し損害賠償請求訴訟を提起した。之に対し同裁判所同支部は昭和五〇年一月二九日の判決により、前者については、事故発生日より昭和四九年一〇月三一日迄の財産的精神的損害額合計金一、六九七万二、五九九円と認定し、後者については、昭和四六年二月分より昭和四九年八月分までの療養費及び家族療養費の求償分金二一七万一、一七二円が認定された。
そこで、本件に於て次に請求する損害賠償額は、前者については、昭和四九年一一月一日以降の分であり、後者については、昭和四九年九月以降の分である。
五 原告茂一、同シゲ子が被告等に対して請求し得る損害賠償金は、次の第六乃至第一五項の通り、各金五二一万三、五九三円宛である。
六 訴外亡芳子の障害の程度は、前記第一項の傷害の表示に述べた通りであつたので、昭和四九年一一月一日以降も引き続き厚生年金病院に於て入院治療を行つており、父の原告茂一、母の原告シゲ子は事故発生以来始んど毎日訴外亡芳子の付添看護に当つていたが、遂に母親は看病疲れから床に伏す身となり、職業的付添人をつけてはみたものの、訴外亡芳子は両親以外からは食事を受けつけなくなり、一週間程で再び母親が付添看護を始めた。然し、母親の看病疲れはひどく、そのままでは母子ともに益々病状が悪化して了うので、やむなく昭和五一年四月一六日に訴外亡芳子を自宅治療に切り替えたが、同年一二月二六日同訴外人は県立足柄上病院に於て死亡した。これにより原告茂一、同シゲ子は前同日訴外亡芳子の蒙つた左記第七乃至第一一項の損害賠償債権を各二分の一ずつ相続した。
七 入院治療費金二三三万一、一九七円。右は、昭和四九年一〇月三一日迄の発生分以降の、昭和四九年一一月一日より昭和五一年四月一五日迄の厚生年金病院に対して支払つた入院治療費合計金三〇七万九、八〇六円より、原告組合から填補された同期間中の高額療養費金二三万九、七〇九円(別表Aの昭和四九年一一月分より昭和五一年三月分までの合計)及び家族療養付加金五〇万八、九〇〇円(別表Aの昭和四九年一一月分より昭和五一年四月分までの合計)を差引いた残額(但し、昭和四九年一一月一日より訴外亡芳子死亡に至る昭和五一年一二月二六日までの高額療養費、家族療養費、家族療養費付加金合計金二六五万九、〇六六円―別表Aのうち昭和四九年九月分及び一〇月分を除いた額―については、原告組合より支払われているので、入院治療費の合計額は金四九九万〇、二六三円)。
八 付添看護婦費金四万二、四二六円及び付添看護料金一九四万七、五〇〇円。訴外亡芳子には、既に述べたような症状が続き、何事も自力ですることが出来ないので付添看護婦は当然必要とするところ、昭和五〇年一一月一一日より同月一七日迄の七日間の付添看護料(文書料二通分も含む。)金四万二、四二六円の外、近親者の付添費として一日金二、五〇〇円の割で昭和四九年一一月一日より昭和五一年一二月二六日迄の七七九日間分(但し、右七日間は除く。)。
九 諸雑費金四七万一、六〇〇円。訴外亡芳子は、昭和四九年一一月一日より昭和五一年四月一五日迄の五三一日間厚生年金病院に入院し、同月一六日より死亡する昭和五一年一二月二六日迄の二五五日間は自宅で治療した。然し、訴外亡芳子は前記のような病状にあつたのであるから、全期間を通じて栄養補給費、両親の交通費、通信費、おむつ代等諸雑費として一日金六〇〇円が相当である。
一〇 以上合計金七四五万一、七八九円(原告組合より支払われた高額療養費、家族療養費、同付加金合計金二六五万九、〇六六円を含む。)となるところ、訴外亡芳子の過失割合三割分を差引くと金五二一万六、二五二円となり、これより原告組合から支払われた金二六五万九、〇六六円を差引くと、訴外亡芳子の損害は金二五五万七、一八六円となる。
一一 慰謝料金三〇〇万円。訴外亡芳子は、事故以来八年の長きに亘り植物人間的な状態にあつて病床で青春を過し、遂には死亡するという悲惨な結果に終つたものであり、途中に於て金四〇〇万円の慰謝料の支払を受けてはいるものの、右金額に少くとも金三〇〇万円が加算されるべきであり、原告茂一、同シゲ子はその二分の一宛を相続したものである。
一二 葬儀費金四四万円。原告茂一は、一六年間神奈川県松田町々議会議員を勤め、また、小田急電鉄株式会社の嘱託の地位にあつたところから、通夜及び葬儀への参列者が多く、通夜、祭壇、火葬、埋葬を通じて少くとも金五〇万円以上の費用を要したが、そのうち原告組合より填補された金六万円(別表B)を差引いた残額金四四万円を原告茂一、同シゲ子の両名に於て負担した。
一三 原告茂一、同シゲ子の慰謝料金三五〇万円。前記の通り、原告茂一、同シゲ子の両名は、訴外亡芳子のため日夜をいとわず献身的な看病を八年間も続けたものであり、然も遂に最愛の娘を失つたのであるから、両親の精神的苦痛に対する慰謝料は少くとも各金一七五万円を下らない。
一四 弁護士費用金九三万円。被告側の従来からの支払態度、事件の難易等からみて、以上の損害額の約一割に相当する金九三万円が損害として相当である。
一五 以上の通り、原告茂一、同シゲ子の被告等に対する損害賠償請求権は、入院治療費、付添費、諸雑費等金二五五万七、一八六円、訴外亡芳子の慰謝料金三〇〇万円、葬儀費金四四万円、原告茂一、同シゲ子らの慰謝料金三五〇万円及び弁護士費用金九三万円を合算した金一、〇四二万七、一八六円の二分の一の各金五二一万三、五九三円である。
一六 原告組合の損害は次の通りである。
(一) 請求の原因第六項に述べたように、訴外亡芳子は、引き続き厚生年金病院、県立足柄上病院、渥美医院に於て治療を継続したことにより、原告組合は昭和四九年九月分より昭和五一年一二月分の家族療養費として、湯河原厚生年金病院に金二〇九万八、四三九円、県立足柄上病院に金六、二八六円、渥美医院に金二、九四〇円、合計二一〇万七、六六五円(別表Aの家族療養費合計分)を健康保険法第五九条ノ二第四項により、原告茂一に代り、社会保険診療報酬支払基金を通じて前記各病院に夫々支払つた。
(二) 昭和四九年九月分より昭和五一年三月分の高額療養費金二七万三、四四一円については、同法第五九条ノ二ノ二、同施行令第七四条により、被保険者である原告茂一に支給した。
(三) 昭和四九年九月分より昭和五一年一二月分の家族療養付加金五八万七、四〇〇円については、同法第六九条ノ三、組合規約(甲第五号証の一)第四二条、第四九条により、被保険者である原告茂一に支給した。
(四) 別表Bの家族埋葬料金五万円については、同法第五九条ノ三により、被保険者である原告茂一に支給した。
(五) 別表Bの家族埋葬料付加金一万円については、同法第六九条ノ三、組合規約第四二条、第四八条により、被保険者である原告茂一に支給した。
(六) よつて、原告組合は、同法第六七条に基き、被保険者である原告茂一が被告等に対して有する右の合計金三〇二万八、五〇六円の損害賠償債権を取得した。
(七) 弁護士費用金三〇万円。被告等の過去に於ける支払態度、事件の難易等からみて原告組合より被告等に対する請求金額の約一割に相当する金三〇万円をもつて原告組合の損害とするのが相当である。
(八) 以上、合計金三三二万八、五〇六円が原告組合の損害額である。
一七 よつて、原告茂一、同シゲ子は被告等に対し前示の各責任原因に基き、連帯して各金五二一万三、五九三円及び之に対する事故発生日の昭和四三年一二月一三日以降完済に至る迄、民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求め、原告組合は被告等に対し健康保険法第六七条に基き、連帯して金三三二万八、五〇六円及び之に対する訴状送達の翌日より完済に至る迄、民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
一八 被告等の主張事実中、第五項の事実を認め、その余の原告の主張に反する部分を何れも争う。
と陳述し、立証として、甲第一号証、同第二号証の一乃至一九、同第三号証の一、二、同第四号証の一乃至五、同第五号証の一乃至三、同第六号証の一乃至四、同第七号証の一、二、同第八号証の一乃至一六一、同第九乃至第一一号証を提出し、証人柳瀬正佳の証言及び原告本人茂一の尋問の結果を援用すると述べた。
被告等訴訟代理人は、原告等の請求を何れも棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決並びに仮執行免脱の宣言を求め、答弁及び被告等の主張として、
一 請求の原因第一項は、前文、交通事故の表示及び傷害の表示のうち前段の事実を認め、傷害の表示の後段の事実は不知。同第二項は何れも之を争う。同第三項を争う、仮に被告椎野に過失が存するとしても、過失割合は訴外亡芳子が七、被告椎野が三の割合と考えるのが相当である。同第四項は、前訴及びその判決の存在は認める。同第五項を争う。同第六乃至第九項は不知。同第一〇項を争う。同第一一項を争う、前訴の判決の慰謝料額をもつて訴外亡芳子の精神的苦痛は慰謝されたと考えるべきである。同第一二乃至第一五項を何れも争う。同第一六項は、(一)乃至(六)については不知、(七)及び(八)を争う。同第一七項を争う。
二 原告茂一、同シゲ子らは、訴外亡芳子の慰謝料の追加分を金三〇〇万円と算定しているが、前訴の判決に於ては、「死にもまさる精神的苦痛」に対して金四〇〇万円(入院慰謝料金一〇〇万円、後遺症慰謝料金三〇〇万円)が認められているのであり、訴外亡芳子の慰謝料としては、前訴の判決により充分認められたものであり、今回新たに死亡に基く慰謝料は発生する余地がないと考えるべきである。仮に、慰謝料の発生する余地ありとしても、同原告らの主張する金三〇〇万円から大幅に減額されるのが相当である。
三 原告茂一、同シゲ子らは、右両名の固有の慰謝料として各金一七五万円、合計金三五〇万円を請求しているが、前訴に於て同原告らは、訴外亡芳子の慰謝料請求に当つて「原告芳子及びその家族の現在及び将来の損害(精神的苦痛)を金銭に見積るならば」として請求しているのであつて、この請求につき前訴判決の認定した慰謝料金四〇〇万円により、右両名の精神的苦痛に対する慰謝料も包含されていたと見るべきである。
そして、前述の通り、訴外亡芳子に対する慰謝料としては死亡の場合と同等の金額が認定されているのであるから、新たに遺族固有の慰謝料を請求する余地はないものと言うべきである。
仮に然らずとしても、本訴に於て、訴外亡芳子の死亡に基く慰謝料が許容されるとすれば、その遺族の慰謝料は訴外亡芳子の右慰謝料に包含され、特段の事情のない限りは遺族固有の慰謝料を更に認める余地はないと考えるべきである。
四 原告等は、本件で主張する全損害について、本件交通事故発生日である昭和四三年一二月一三日以後の遅延損害金を付加して請求しているが、次の理由に基き、遅延損害金は事故発生日を起算点とすることは出来ないと言うべきである。
(一) 死亡に基く損害賠償関係。言うまでもなく、死亡に起因する損害賠償については、死亡時以後の遅延損害金が発生すると考えるべきである。本件に於ては、葬儀費、訴外亡芳子の死亡に基く慰謝料、同訴外人の死亡に基く両親の慰謝料がこれに該当し、これらの損害については、訴外亡芳子の死亡した昭和五一年一二月二六日以後の遅延損害金のみが許容されるべきである。
(二) 前訴判決後訴外亡芳子の死亡までの入院治療費、付添看護婦費、付添看護料、諸雑費について。これらは、本訴状に記載の通り、最も発生日の早いものでも昭和四九年一一月一日以降であつて、それ以後の出費にかかるものである。従つて、昭和四三年一二月一三日から遅延損害金の支払を命ずることになれば、未だ発生していない損害に対し遅延損害金を支払うことになり、公平の原則に反する。もとより、昭和四九年一一月一日以後現実に発生し、且つ額の確定した損害につき、年五分の中間利息を控除し、昭和四三年一二月一三日の現在額を算出してこれに年五分の遅延損害金の付加支払を命ずるのが厳密には論理的であるが、このような方法は実益が少ない。然し、原告等の請求額について昭和四九年一一月一日以降の遅延損害金の付加支払を命ずれば、右の厳密な計算方法により得られる数字を上回ることが計数上明らかである。従つて、遅延損害金の起算点としては、最大限さかのぼつても昭和四九年一一月一日以前にはないと言うべきである。
(三) 弁護士費用。弁護士費用については、訴状に明記されていないが、本訴終了後(判決確定後)に現実に支払がなされる旨の約定であると推認される。従つて、遅延損害金の発生日は、本判決確定の日であると言わねばならない。
五 尚、前訴の判決主文第一項に「被告ら(本件被告らを指す。)は各自原告芳子に対して金一、三九七万二、五九九円及び之に対する昭和四三年一二月一三日より右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」とあるのを、昭和五〇年七月三一日、訴外亡芳子と被告ら(本件被告ら)間に於て和解により、「被告ら(本件被告ら)は各自原告芳子に対して本和解契約成立後直ちに金七四三万六、八三二円並びに金五〇〇万円の合計金一、二四三万六、八三二円及び内金七四三万六、八三二円に対する昭和四三年一二月一三日より昭和五〇年二月末日まで年五分の割合による金員を支払う。」ことに変更したのち、本件被告らは直ちに右金員を訴外亡芳子に支払つた。
六 以上の次第であるから、被告等は本訴請求に応ずることが出来ない。
と陳述し、立証として、被告本人湯川光雄の尋問の結果を援用し、甲第一号証、同第一〇、一一号証の成立を認める、爾余の甲号証の成立は何れも不知と述べた。
理由
一 請求の原因第一項のうち、傷害の表示の後段の部分を除くその余の事実、同第四項のうち、前訴(横浜地方裁判所小田原支部昭和四六年(ワ)第八〇号及び同庁昭和四八年(ワ)第一八六号各損害賠償請求併合事件、以下単に前訴という。)とその判決が存在する事実及び被告等の主張第五項の事実は、何れも各当事者間に争いがない。
二 よつて案ずるに、成立に争いのない甲第一号証、原告茂一の本人尋問の結果により成立を認め得る同第七号証の一、二及び同本人尋問の結果を綜合すると、請求の原因第一項傷害の表示の後段の事実、及び同第六項の事実(但し、末尾の、損害賠償債権相続の点を除く。)を夫々認定することが出来る。他に之を左右するに足りる証拠は存在しない。即ち、訴外亡芳子は、本件交通事故に因り頭部打撲、脳挫傷、右側頭部挫創の傷害を受けたため、健康体より一転して所謂植物人間と化し、事故発生時より昭和五一年四月一五日迄引続き入院加療したのち、翌一六日より自宅治療に切り替えたが、同年一二月二六日県立足柄上病院に於て病状が恢復しないまま死亡するに至つたものであり、その間継続して、入院加療、自宅治療、職業的付添人若しくは近親者の付添看護を要したものであることが認められる。
三 そこで、本件交通事故に関する被告等の責任原因について順次検討するに、前顕甲第一号証によると、本件事故車を運転していた被告椎野に、見通しのきかない交差点を通過する際の徐行義務違反(道交法第四二条)と、前方に自転車に搭乗した訴外亡芳子を認め乍ら警笛を吹鳴することなく、また、その動静に充分注意を払わずに漫然と同一速度で進行した過失が認められるので、同被告には民法第七〇九条に基く不法行為責任がある。
前顕甲第一号証及び被告本人湯川の尋問の結果によると、本件事故当日本件事故車の所有者である被告会社は、業務執行のため従業員の被告椎野に同車両を運行させ、よつて本件事故を発生させたのであるから、被告会社には自賠法第三条に基く賠償責任がある。
前顕甲第一号証及び被告本人湯川の尋問の結果によると、被告会社は資本金二〇〇万円の有限会社で、事故当時の従業員は被告湯川を含めて約二〇名であり、然もその内七名は被告湯川の身内であつて、且つ本件事故車を含めて五台の車両を保有する程度の規模であつたことが認められるから、このように比較的小規模な企業体に於ては、取締役として代表権を有する被告湯川が具体的に事業の監督に当つていたものと推認すべく、他に之を覆えすべき証拠もないので、被告湯川には民法第七一五条第二項の代理監督者責任があると言わねばならない。尚、以上の被告等三者の賠償責任は、不真正連帯債務の関係にあるものと解される。
四 次に、前示の当事者間に争いのない事実、前顕甲第一号証、成立に争いのない甲第一〇、第一一号証及び証人柳瀬正佳の証言によると、請求の原因第四項の事実全部を認めることが出来る。即ち、訴外亡芳子と被告等との間に於ては、前訴の判決及び之に基く昭和五〇年七月三一日の和解契約により、昭和四九年一〇月三〇日迄に生じた損害について解決済であるので、被告等は、訴外亡芳子関係につき同年一一月一日以降、原告組合関係につき同年九月分以降の各損害を、前認定の各帰責事由に基き賠償すべき責任を負うと言わねばならない。
五 よつて、順次損害の点について検討を加えるに、証人柳瀬の証言と原告茂一の本人尋問の結果により成立を認め得る甲第二号証の一乃至一九、同証言により成立を認め得る同第六号証の一乃至三及び同証言同本人尋問の結果を綜合すると、請求の原因第七項の事実全部を認定することが出来る。他に之に反する証拠は存在しない。
原告茂一の本人尋問の結果により成立を認め得る甲第三号証の一、二及び同本人尋問の結果によると、訴外亡芳子の看病のために、昭和五〇年一一月一一日より同月一七日迄七日間職業的付添人に付添を依頼し、金四万二、四二六円の費用を支出したことが認められ、之に反する証拠は存在しない。その外、前認定の通り、昭和四九年一一月一日より昭和五一年一二月二六日迄の七七九日間(但し、右の七日間を除く。)を通じ、原告茂一、原告シゲ子ら近親者の付添を要したものであるが、この点については一律に一日金二、〇〇〇円を相当とすべく、従つて、合計金一五五万八、〇〇〇円を損害と認めるべきである。
前顕甲第二号証の一乃至一九、原告茂一の本人尋問の結果により成立を認め得る同第八号証の一乃至一六一、同第九号証及び同本人尋問の結果を綜合すると、訴外亡芳子は、昭和四九年一一月一日以降昭和五一年四月一五日迄五三一日間の入院期間中、及び昭和五一年四月一六日より死亡する同年一二月二六日迄二五五日間の自宅治療期間中、栄養補給費、家族交通費、通信費、おむつ代等として相当多額の諸雑費を必要としたことが認められるが、この点は、受傷に伴う当然の費用で然も著しく煩雑であるから、個別的に主張立証を要しないものとした上、且つ定額化して一日金六〇〇円の割合で合計四七万一、六〇〇円をそのまま損害と認めるべきである。
六 以上認定の合計金七〇六万二、二八九円(原告組合より支払われた高額療養費、家族療養費、同付加金合計二六五万九、〇六六円を含む。)は、本件事故による直接の損害であると認められる。
ところで、本件事故の発生につき被告椎野に過失があること前認定の通りであるが、前顕甲第一号証により本件事故の態様について検討を加えるに、本件事故の発生地点は、幅員約六メートルの直進路に、幅員約四・一メートルの突当り路が変形に交叉する丁字型交差点内であり、同交差点は交通整理が行なわれておらず、然も見通しの悪い箇所であるところ、右直進路を直進していた本件事故車と、自転車に搭乗したまま右突当り路から右折して交差点内に進入した訴外亡芳子とが衝突し、もつて人身事故に至つたものであることを認めることが出来る。このような場合、直進路を直進する車両も道交法第四二条の徐行義務を形式的には免れることができないわけであるが、突当り路から進入する自転車は必然的に右(左)折することになるため、直進車よりもはるかに徐行するであろうとの期待性が高いものであり、また、直進路の方が突当り路に比し交通量が多く、主要な道路であるのが通例であり、本件もその例外ではないから、直進路から交差点に進入する車両は、突当り路から進入する自転車に対し優先するのが事実上の慣行と言つてよく、この慣行は過失割合を考慮するに当つて十分に斟酌されるべきものと解する。然らば、直進車の前方を自転車に搭乗して不用意に横断したと認めるに外なき本件では、訴外亡芳子にも一時停止義務違反及び右折に際しての左右安全確認義務違反の重要な過失があるものと認むべく、その過失割合は、如何にゆるやかに解しても五割を下廻るものではないと考えられる次第である。そこで、過失相殺により右損害額より五割を減殺すると金三五三万一、一四四円となり、これより原告組合から支払われた金二六五万九、〇六六円を差引くと、訴外亡芳子の損害は金八七万二、〇七八円であつて、原告茂一、同シゲ子らは夫々その二分の一の金四三万六、〇三九円宛を相続したものである。
七 原告茂一、同シゲ子らは、訴外亡芳子の慰謝料として金三〇〇万円が追加されるべきであると主張するが、この点は消極に解さざるを得ない。即ち、前顕甲第一号証によると、前訴の判決に於て訴外亡芳子の慰謝料として金四〇〇万円が認定されており、右金四〇〇万円を既に受領したことは同原告らの自認するところであるが、昭和四三年に発生した人身事故に対し金四〇〇万円の慰謝料は優に死亡事故の場合に匹敵するものであり、且つ訴外亡芳子の過失割合を考慮すると、その後に同訴外人が死亡したからと言つて、特に死亡に基く慰謝料を追加すべき理由はないものと解する。
八 原告茂一の本人尋問の結果により成立を認め得る甲第四号証の一乃至五及び同本人尋問の結果によると、原告茂一、同シゲ子らは、訴外亡芳子の死亡に伴い葬儀を執行し、その費用として金三〇〇万円以上を支出したことが認められる。ところで、被害者の遺族が葬儀費用として支出した金員のうち、一体何程をもつて交通事故と相当因果関係のある損害と認めるかは困難な問題であるが、この点に関しては所謂綜合判定方式により、個々の支出にとらわれず葬儀を執行した事実が証明されれば或程度は損害として認めるべきである。本件では、証人柳瀬の証言により成立を認め得る甲第六号証の四によつて、原告組合より金六万円が填補された事実が認められること、及び過失割合をも斟酌した上、金三〇万円の範囲で認めるのが相当である。
九 次いで、被害者の父母である原告茂一、同シゲ子らの固有の慰謝料請求について案ずるに、既に認定した通り、訴外亡芳子は事故後八年余の長期に亘り、所謂植物人間として生存し続け、遂には恢復することなく死亡するに至つたもので、その間献身的な看病を続けた末、最愛の娘を喪つた両親の精神的苦痛が筆舌につくし難いものであつたことは容易に推認し得るところである。従つて、このような場合には遺族固有の慰謝料請求権を認めるべきであつて、その額は、本件に現われた一切の資料、特に過失割合を斟酌した上、同原告らに各金五〇万円宛を認容するのが相当であり、之に反する被告等の主張は採用し難い。尚、被告等は、同原告らの慰謝料は、既に支払われた訴外亡芳子に対する金四〇〇万円の慰謝料の中に含まれている旨抗争するが、前訴の当事者は訴外亡芳子であつて同原告らではないのであるから、右主張はにわかに採用することが出来ない。
一〇 原告茂一の本人尋問の結果によると、原告茂一、同シゲ子らは、本件終了後に訴訟代理人に相当額の報酬を支払う旨約束したことが認められる。そこで、以上の認容額合計金二一七万二、〇七八円の約一割に相当する金二二万円を、事故と因果関係のある弁護士費用として損害のうちに加算する。
一一 以上の通りであるから、被告等は連帯して原告茂一、同シゲ子らに対し、総計金二三九万二、〇七八円の二分の一に当る各金一一九万六、〇三九円宛を夫々支払うべき義務がある。
ところで、被告等は遅延損害金の起算点を争うので検討するに、入院治療費、付添看護婦費、付添看護料、諸雑費については、支払時説に従うのが妥当であると考えるが、余りにも煩雑な結果になることを避けるため、最終の支払日と認められる死亡時をもつて起算点とする。遺族固有の慰謝料及び葬儀費は、結果発生時の死亡時となるべきである。また、弁護士費用は、支払時説に従うべきであるから、本裁判の確定時となる。
そうだとすると、被告等は連帯して原告茂一、同シゲ子に対し、各々金一一九万六、〇三九円及び内金一〇八万六、〇三九円に対する昭和五一年一二月二六日より、内金一一万円に対する本裁判確定の日より完済に至る迄年五分の割合による金員を夫々支払うべき義務があるので、同原告らの請求を右の範囲に於て正当として認容し、その余を失当として棄却する。
一二 次に、原告組合の請求について案ずるに、前顕甲第六号証の二及び証人柳瀬の証言により請求の原因第一六項(一)の事実を、前顕甲第六号証の一、証人柳瀬の証言により成立を認め得る同第五号証の二、三及び同証言により請求の原因第一六項(二)の事実を、前顕甲第六号証の三、証人柳瀬の証言により成立を認め得る同第五号証の一及び同証言により請求の原因第一六項(三)の事実を、また、前顕甲第五号証の一、同第六号証の四及び証人柳瀬の証言により請求の原因第一六項(四)(五)の各事実を夫々認定することが出来る。他に之に反する証拠は存在しない。然らば、原告組合は、健康保険法第六七条に基き、被保険者である原告茂一が被告等に対して有する右の合計金三〇二万八、五〇六円の損害賠償債権を取得したことが認められる。更に、証人柳瀬の証言により、原告組合は、本件の終了時に於て訴訟代理人に金三〇万円の報酬を支払う旨約束したことが認められるので、認容額の約一割に相当する右金三〇万円を原告組合の損害と認めるのが相当である。尚、右金三〇二万八、五〇六円については、被告等全員に本訴状が送達された日の翌日であること記録上明白な昭和五二年一一月二〇日より、また、弁護士費用については本裁判確定の日より、夫々年五分の割合による遅延損害金が発生するものと認められる。従つて、原告組合の請求を右の範囲に於て正当として認容し、弁護士費用に対する訴状送達の翌日から本裁判確定前迄の遅延損害金の請求を失当として棄却する。
一三 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法第一九六条を各適用した上、主文の通り判決する。
(裁判官 石垣光雄)
別表A
<省略>
別表B
<省略>