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横浜地方裁判所川崎支部 平成元年(ワ)80号・平2年(ワ)38号 判決

理由

二1 然して、原告らは、

(一)  被告鹿児島県の捜査員らは、鹿児島簡易裁判所裁判官に対し、原告林に対する贈賄の被疑事実とは無関係な受取手形や計算書類まで差押えの目的物とする違法な捜索差押許可状の発布を請求し、右裁判官にいわゆる盲判を押捺させてこれを発布せしめ、

(二)  さらに、平成元年二月一一日、原告千代田建設の事務所を捜索した際、本件捜索差押許可状を呈示せず、しかも、関田からそのコピーを交付して欲しい旨求められたにもかかわらずこれに応じなかったとし、

(三)  また、原告林に対する贈賄の被疑事実とは関連性のないことが一見して明白な約束手形等のその余の差押文書類をも差し押えたが、これらはいずれも事案の解明に有用とはいえず、差押えを要するとの捜査員らの判断には合理的理由がないから、本件捜索差押許可状の執行は刑訴法九九条一項、同法二二二条一項に反するのみならず、原告林に自白を強要するための手段として敢行されたものであるから、それ自体公務員職権濫用罪を構成するとし、

(四)  被告鹿児島県の捜査員ら及び同国の検察官が、原告らの請求を無視してすでに留置の必要性がなくなった差押物を還付せず、不当に長期間留置し続けたとし、それらの行為がいずれも違法である旨主張するので、以下、順次判断する。

2 〔証拠略〕を総合すれば以下の各事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

3 二の1の(一)について

(一) 被告鹿児島県の捜査員が鹿児島簡易裁判所裁判官に対して捜索差押許可状の発布を請求するまでの捜査の経緯は、大旨次のとおりであったと認められる。

すなわち、鹿児島県警国分署の司法署察員である出口翼ほか一名は、昭和六三年八月二一日に国分署管内で発生した脅迫被疑事件の捜査中、同県曽於郡内の会社員村山典を通じて、改良区の徳田理事長が太陽興産の佐藤から多額の賄賂を収受したとの情報を入手したため、徳田理事長や佐藤らに関する贈収賄の事実の有無に関して捜査を開始し、内偵を進めていたが、原告千代田建設の購入した六筆の土地が改良区内にあるらしいことや土地改良区理事長には改良区の土地を転用するに際して県知事に提出する転用許可願に意見書を添付する権限があること等の情報が得られたため、平成元年二月一〇日に至り、徳田理事長、佐藤及び太陽興産の事務員佐藤廣子らを鹿児島県警国分署に呼んで任意で事情聴取した結果、徳田理事長からは「昭和六三年一月二六日頃、佐藤と原告林から県知事に対する転用許可申請のことで便宜を計って欲しい。」(〔証拠略〕)との供述を、佐藤からは「昭和六三年一月下旬頃、鹿児島に来県した原告林から一〇〇万円を渡されたので、そのうち九〇万円を茶封筒に入れて徳田理事長に渡した。」旨の供述を得たうえ、佐藤廣子からも「原告林が遠く離れていて管理も出来ませんので宜しくお願いしますといいながら、茶封筒に入れた包みを徳田理事長に差し出した。」との内容の供述が得られる等、いずれも大筋において、原告林から徳田理事長がその職務権限に関連して請託を受け、九〇万円を賄賂として収受した旨の内容で一致をみたので、それら供述調書やその間の捜査報告書等を疎明資料とし、原告林に対する贈賄の被疑事実の存在を理由として、同原告に対する逮捕状や本件捜索差押許可状と同一内容の令状を請求した。

(二) そうすると、本件においては、捜索差押許可状や逮捕状が請求された時点において、右のとおり、現金授受の現場に居合せた佐藤廣子のみならず直接の当事者である徳田理事長や佐藤らまでもが右金員は徳田理事長の職務に関して便宜を図ってもらうことの対価、すなわち賄賂として授受されたものであることを認める供述をしていたうえ(なお、原告らにおいても甲五号証等の成立自体は認めている。)、前記のとおり、原告林が購入する予定の六筆の土地が改良区内に存在する蓋然性があること及び徳田が改良区の理事長であって改良区内の土地を転用するに際して県知事宛に提出すべき転用許可願に添付する意見書を作成する職務権限を有する点についても一応その裏付けとなりうる疎明資料が収集されていたのであるから、これら当時の捜査状況に照らす限り、捜査員らにおいて、原告林に対する贈賄の嫌疑が一応確かであるとの判断に至ったのは当然であったというべきである。

なるほど、犯罪の強制捜査は必要のある場合に限って行なわれるべきものであることはいうまでもないが、一般に、贈賄事件は密行性の高い犯罪であって賄賂性の認識などが争われる場合も少なくないことからすれば、捜査側にとって、初期段階における客観的証拠の収集が最も重要な課題であると解されるが、本件では、すでに平成元年二月一〇日の時点で徳田理事長や佐藤らから事情聴取をしていたのであるから、もし仮に同人らが原告林に鹿児島県警の捜査の開始を知らせようとすれば電話等の手段で容易に連絡しうるのであり、それだけに罪証隠滅や逃走の危険性も高いと思料される場合であったうえ、捜査側としては、原告千代田建設の事務所や原告林の居宅が遠隔の川崎市内にあることから有効な対応策を講じるのが困難な状況にあったことが認められ、このような客観的事情の下で捜査側が強制捜査を必要と判断して捜索差押許可状や逮捕状を請求したとしても、それを違法ということはできないというべきである。

(三) ついで、原告らは、本件令状には差押えの対象物として、原告林に対する贈賄の被疑事実と関係のない受取手形や計算書類まで記載されており、そのようなものについてまで差押えの対象とする捜索差押許可状を請求したこと自体をもって違法と主張する。

(1)  確かに、本件令状には「支払手形記入帳、受取手形記入帳、約束手形控」は差押えるべき物として記載されているが、手形そのものは差押えるべき物として明示されておらず、その点が、後述のとおり、令状に差押対象物として記載されていない物を差し押えたか否かの問題になるとしても、原告林に対する贈賄の嫌疑は現に存在したのであるから、仮にこれが後に差し押える物にあたらなかったと判断されるに至ったとしたとしても、そのことから直ちに令状請求行為自体が違法となるものではないというべきである。

(2)  そこで、計算書類を差押えるべき物として請求した点について判断すると、一般に、法が令状に差押えるべき物の明示を要求する趣旨が、裁判所が許可した差押えの対象物を明示することによって、捜査機関の権限の及ぶ範囲を確定してその権限濫用を防止するとともに、差押えを受ける側(被処分者)に対して法律上受任すべき処分の範囲を知らしめることによって不服申立の機会を保証しようとする点に求められることからすれば、令状の記載はできるかぎり個別的、具体的になされるのが望ましいことはいうまでもない。

しかしながら、捜査の初期段階においては、疎明資料にも限度があり、証拠が存在するらしいことまでは疎明できても、証拠物の個々、具体的な名称までは逐一把握しがたいことは決して稀ではなく、その詳細な記載を要求することが不能を強いたり捜査の遂行に著しい支障を来す場合があることを考慮するならば、前記法の趣旨が没却されない限り、ある程度抽象的概括的な記載をすることもやむを得ない場合があるということができる。

そのような見地からすれば、一般には、例示物に続いて、「本件に関係ありと思料される一切の物件」という記載がなされている場合であっても、例示物の記載に照らして、当該令状に記載された被疑事実に関係があり、かつ、例示された物に準じる物を指示している事が客観的に明らかな場合であれば物の明示として欠けるところはないのである(最大決昭和三三年七月二九日、刑集一二巻一二号二七七六頁等参照)。

然して原告林に対する容疑は贈賄であり、この種事件においては、金員の授受はもとより、金員の捻出方法を隠蔽したり、偽装する目的で、個人が家族名義の預金通帳を用い、会社がいわゆる裏帳薄を作成するなどして一見無関係な文書中に証拠を混入せしめる等の方法により証拠の隠蔽が目論まれることは決して稀ではなく、金員の流れを解明するためには、多岐にわたる取引関係文書や会計帳簿類等を差押えの対象として想定することもやむをえないものと思料されるところ、平成元年二月一〇日当時、捜査は、佐藤らの供述によっても原告林が鹿児島県蛤良郡隼人町の農業協同組合に金員を振込みその中から九〇万円が工面されたらしい程度にしか解明されておらず、三〇〇〇万円の代金の工面や前記農協への振込の経路等は未だ解明されていない段階にあったこと等を考慮すると、本件の場合には、「本件に関係のある」との限定により、例示物であっても被疑事実と関係のないものは目的物たりえないとの趣旨を明示していたのであるから、計算書類を差押えの対象物として掲げたことはやむを得なかったものと評価することができる。

(3)  また、原告らは、本件捜索許可状を請求した捜査員らは鹿児島簡易裁判所裁判官に対していわゆる盲判を押させて右令状を発布せしめた旨をも主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

3 二の1の(二)について

原告らは、被告鹿児島県の捜査員らが原告千代田建設の事務所を捜索するにあたり、関田に対して本件捜索差押許可状を呈示せず、コピーの交付を求められたにもかかわらずこれに応じなかったことが違法である旨主張する。

本件捜索差押調書(〔証拠略〕)には、「同事務所に居合せた立会人に捜索差押許可状を示した」、すなわち原告千代田建設の事務所において関田に対して本件捜索差押許可状を呈示したとの記載があり、宝満もこれを呈示した旨証言している等、捜査員らはいずれも右令状を呈示したとするのに対し、関田は右令状を呈示されなかったとし、かつ、同女の報告書(〔証拠略〕)によれば、鹿児島県警の捜査員らのことを指して一見暴力団員と見紛うような勢いで事務所に押し寄せて来たとするなど同女自身捜索の当初は詳しい事情が飲込めずにいたらしい様子が窺われるけれども、たとえそうであったにせよ、捜索現場で右令状のコピーを交付して欲しい旨要求していることからすると、関田には少なくても本件令状についての認識があったと推認されるから、もし仮に令状が全く呈示されていなかったならば、コピーよりはまず原本である本件捜索差押許可状そのものを見せて欲しい旨求めるのが自然であると解されるにもかかわらず、令状の呈示に関する限り、これを求めたり呈示されなかったことで抗議をした形跡は窺われず、後に捜査員らに対して西村弁護人が関田にゴピーを交付しなかった点を抗議したことは窺われるものの、原告林が逮捕されて鹿児島に押送されるまでの間、原告らの側から捜査員らに対してその点で抗議したり不服を申し述べた形跡は窺がわれず、本件捜索差押許可状の呈示を受けなかったとする原告らの主張を首肯することはできないといわねばならない。

さらに、被告鹿児島県の捜査員らがコピーを交付して欲しい旨の関田の要請を聞き入れなかったことは当事者間に争いがないが、捜査員らにおいてコピーの交付要求に応じなければならないとする法的根拠はないから、交付しなかったことを違法とすることはできない。

4 二の1の(三)について

(一)  原告らは、差し押えられた文書類のうち太陽興産綴(一覧表2番号86)、太陽興産土地関係書類(一覧表2番号116)、生産計画表綴(一覧表2番号87)、酒井様関係書類綴(一覧表2番号117)を除くその余の差押文書は、いずれも原告林に対する贈賄の被疑事実とは関連性がないことが一見して明白であるから、これらの差押えは違法である旨主張する。

なるほど、約束手形を除けば、それらの差押物は形式的にはいずれも本件捜索差押許可状に例示列挙された差し押えるべき物に含まれるということができるけれども、一般に、差押物が証拠物または没取すべき物と思料されるものである場合であっても、「犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押えの必要がないと認められるときにまで、差押えを是認しなければならない理由はない(最決昭和四四年三月一八日刑集三三巻三号一五三頁以下参照)。」のであるから、原告らの主張するとおり一見して被疑事実に関連性のないことが明白であれば、差押えの必要がないことはいうまでもない。

しかしながら、原告らの主張するその余の差押文書類は、約束手形を除けば、形式的にいずれも本件捜索差押許可状に差押えの目的物として例示された中に含まれると解釈できるうえ、証拠物の内容や相互の関係を精査すれば関連性の有無が判明しえたということができるとしても、それら文書類は多種多量であって、贈賄容疑における情況証拠の重要性やそれまでの原告林に対する捜査の進行状況にも照らすと、時間的に制約の大きい捜索現場において、捜査員らが証拠物の価値や証拠隠蔽の可能性等について即座に判断を下すことができた場合であったとは到底評価しがたい。

したがって、約束手形を除くその余の差押文書類については、原告林に対する贈賄の被疑事実とは関連性のないことが一見して明白であったとする原告らの主張は首肯できない。

もっとも、原告らは、原告林は、平成元年二月一一日に幸警察署で事情聴取を受けたときからいわゆる「酒井様関係書類」や「太陽興産土地関係書類」によって本件土地を購入した経緯、経過を説明する姿勢を示していたものであって、翌二月一二日には金庫から出された前記文書に基づいて土地購入の経過をひととおり素直に供述したのであるから、同原告に説明を求めさえすれば被疑事実と関連する証拠物を容易に識別できたとする。

しかしながら、原告林は九〇万円の授受等を認めてはいたが、それは仲介手数料であるとしていわゆる賄賂性の認識を否認していたのであるから、捜査を追行して証拠物を精査しない限り差し押えた物と被疑事実との関連性やその程度等は量りがたかったものと思料されるのであって、原告林の説明のみによって被疑事実と証拠との関連性が判明しえた場合とはいいがたく、しかも、仮に原告林の説明があれば関連性が判明する場合であったと仮定してみても、原告林は、平成元年二月一一日の捜索時、仮称第三千代田ビル建設工事現場に赴いていて自宅にも原告千代田建設の事務所にも不在であったから、直ちに捜索現場に臨場できる状態にはなくその時点での証拠説明もできなかったと認められる以上、原告らの右主張を首肯することはできない。

(二)  約束手形の差押えについて

(1)  原告らは、本件令状には差し押えられるべき物として約束手形(受取手形)の記載がなく、鹿児島県の捜査員らが一覧表2番号63ないし74の約束手形を差し押えたことは違法である旨主張する。

然して、前述のとおり、捜査の初期段階に発布される捜索差押許可状については、差押えの対象となる物の記載がある程度概括的抽象的であったとしてもやむをえない場合があるということができるとしても、憲法三五条一項に基づいて刑事訴訟法二一九条が捜索差押許可状に差し押えるべき物の明示を要求した趣旨が、捜査機関に対して裁判所が許可した差押権限の範囲を明確に知らしめることによって権限の逸脱や濫用を防止するとともに、当該令状の呈示を受ける被処分者に対し、その令状によって法律上受忍すべき差押えの範囲を知らしめることにより、万一許可された以外の物が差し押えられたときは不服申立の機会を保証しようとする点にあることに鑑みるならば、ある物が令状に差押えられるべき物として記載された物に該当するか否かが当該令状の記載に照らして判断することができなければ右の法の趣旨は没却されることになる。

そのような見地からすれば、たとえ捜索によって差押えの必要があると解される物(証拠物)が発見された場合であっても、捜査機関においてその物を差し押えることが許されるのは、被処分者に呈示した捜索差押許可状に、その物が差し押えられるべき物として例示列挙されている場合、差し押えられるべき物がある程度概括的抽象的な特定のされ方をしている場合であっても、その物が差し押えられるべき物として記載された物の中に含まれることが令状の記載に照らして判断できる場合に限られることになるから、そうと認められぬ限り、被疑事実との関係でどれほど証拠価値の高い物であっても、その物は裁判所が当該令状によって与えた差押権限の埒外にあるから、その差押えは刑事訴訟法二一九条に反する違法な処分となる。

(2)  これを本件についてみると、まず、約束手形(受取手形)の文言は本件捜索差押許可状(乙一号証)に差し押えるべき物として例示されてはいない。、そこで、右本件令状の記載に照らして約束手形(受取手形)が差し押えるべき物の記載に含まれるかどうかを検討すると、差し押えるべき物の中で約束手形ないし受取手形という文言が使われているのは「受取手形記入帳」「約束手形控」のみであり、その他の物は名称も名称から想定しうる内容も約束手形ないし受取手形とはおよそ別物というべきものである。

そして、本件令状には、「請求書」「請求書控」「領収書」「領収書控」等、原品とその控とが別個の物として判然区別されて記載されていることに照らすと、原品である手形は「受取手形記入帳」「約束手形控」のような控とは明らかに別物であってそれに包摂されないものであると推測されるうえ、実質的に見ても、手形記入帳及び手形控と手形自体とでは形状はもとより、前者は通常その保有者が手形内容を記帳する備忘的な機能を有するものであって、被処分者の手元に手形がなくても使用された手形の種別や内容を把握するためのものであるのに対し、手形そのものは有価証券として取引界において支払や信用供与の機能を有するものとして、前者とは全く異なる機能を営むものであって、差し押えによって被処分者の被る不利益が著しいことは明らかであり、捜査官である証人廣濱すら、西村代理人の質問に対して、「約束手形の控という場合には、通常約束手形の耳という認識を私は持っています。」と証言して約束手形とその控とではその認識が異なることを認めるなど、手形記入帳及び手形控と手形とでは機能も性質も異なるものであって、手形記入帳及び手形控の中に手形を包摂させることはできないから、本件令状の差し押えるべき物の中に約束手形(受取手形)を含ませることはできないというべきである。

したがって、被告鹿児島県の捜査員らによる前記手形の差押えは刑事訴訟法二一九条に反する違法な処分であるから、たとえ、その後捜査員が勾留中の原告林に対して本件手形の処理は出所後で構わない旨の上申書を口授し、作成せしめたところで、そのことが差押えの違法性に影響を及ぼすことにはならないといわねばならないから、被告鹿児島県は、原告らに対して、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負うことになる。

(3)  しかしながら、原告千代田建設が本件訴訟において主張する前記請求原因欄六(一)記載の損害(別紙損害額一覧表掲載)及び同林の主張する前記請求原因欄六(二)記載の損害をみると、それらはいずれも右手形の差押えに起因して生じうべき損害とは別個の原因に基づく損害であるから、原告らの本訴各請求における損害と右手形の差押えとの間には因果関係を認めることはできず、結局、右手形の差し押えが違法であることから原告らの主張する損害を導き出すことはできない。

5 2の1の(四)について

原告らは、被告鹿児島県の捜査員及び同国の検察官が、原告らの返還請求を無視し、留置の必要性がなくなった差押物を還付せず、不当に長期間留置し続けたと主張するので、以下検討する。

(一) 約束手形の留置について

前述のとおり、約束手形とその控とでは概念が異なり約束手形は本件捜索差押許可状の差し押えるべき物に含まれていなかったにもかかわらず、被告鹿児島県の捜査員は一覧表2記載の前記約束手形を差し押えたのであるから、それらはいずれも令状に記載のない物の差押えとして違法ということになる。

したがって、それら約束手形に関する限り、捜査官には差押えの権限が与えられていなかったのであるから、それらを留置することも違法を構成するといわざるをえず、被告鹿児島県は、原告千代田不動産に対し、国家賠償法一条一項に基づく責任を免れないことになる。

しかしながら、原告らが本件口頭弁論終結時までに主張した損害は別紙損害額一覧表記載のとおりであるところ、それら損害は前記約束手形の留置により生じたものとは認められず、還付の時点におけるそれら約束手形の満期の到来、未到来を問わず、その留置とそれら損害との間に因果関係を認めることはできない。

(二) 約束手形を除くその余の差押物(以下「約束手形以外の差押物」という。)の留置について

前述のとおり、約束手形以外の差押物の差押えには違法は認められないから、被告鹿児島県の捜査員が留置を開始したことに違法はない。

しかしながら、一般論としては、差押えにより被処分者にある程度の不利益が生じることが予想される場合であっても、法は、公益優先の見地から、捜査の遂行に必要な限度においてそれら不利益を不可避な損害としてやむをえないものとしたに過ぎず、差押えが私人の財産権を制約するものであることから憲法が令状を要求した趣旨に徴すれば、たとえ適法に差し押えられた物であっても、当該犯罪の態様、軽重、差押物の証拠価値や重要性、隠滅毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける被差押者の不利益の程度等諸般の要素を捜査の状況に対比して勘案した結果、留置の必要を喪失したと思料されるに至ったときは事件の終結を待つまでもなくこれを還付すべきことは当然である(刑事訴訟法二二三条、一二三条一項)うえ、証拠物であっても隠滅毀損のおそれが少なく被処分者の不利益が相対的に大きい物に関しては仮還付(法律上押収の効力に何らの影響を持たらすものではなく、一時的に押収物を返還する処置に過ぎず、法律上押収の効力はそのまま継続するから、仮還付を受けた者は押収物を保管し、捜査機関の必要に応じていつでも提出すべき義務を負うことになる。)によって被処分者の受ける不利益を少しでも軽減する措置を講ずるのが相当というべきであろう。

(1)  そこで、本件をみると、〔証拠略〕を総合すれば、平成元年二月一一日に差押えが執行されてから同年三月二五日に押収品番号16の1、101、102及び123を除くその余の差押物が還付がされるまでの経緯は大旨以下のとおりであったと認められる。

原告林は、平成元年二月一二日午後逮捕され、鹿児島に押送されることになったが、同原告に会いに幸警察署に赴いた西村弁護人が、宝満に対し証拠物の入れられたダンボール箱を指していつ返してもらえるかを訪ねたうえ、同行した関田も送料着払いでかまわないから警察の用が済み次第原告千代田建設に対して返送して欲しい、もし早急に返還できないならばせめて顧客の電話番号をファックスで知らせて欲しい旨依頼したため、宝満は、鹿児島に戻った後の平成元年二月一三日頃、関田の要望通り取引先の電話番号等を控えた写しを原告千代田建設宛にファックスで送信した。

(2)  原告林は、幸警察署で平成元年二月一〇日に事情聴取を受けたときから徳田理事長に対して現金九〇万円を交付したことは認めていたものの、その趣旨については、一貫して昭和不動産に対する仲介手数料として交付したものである旨述べて賄賂性の認識を否認していたものであり、平成元年二月一二日、逮捕されて鹿児島に押送され、同月一四日には贈賄の被疑事実により鹿児島地方裁判所に勾留請求され、同日、同裁判所裁判官のした勾留決定に基づいて鹿児島拘置支所に勾留された。

(3)  西村弁護人は、平成元年二月一六日、弁護士事務所に電話してきた宝満に対し、原告千代田建設で差し押えた文書類を早急に返還して欲しい旨伝え、同日、原告林の弁護人新保昌道(以下「新保弁護人」という。)も、百田に対し、三日以内に被疑事実と無関係な差押物を返還して欲しい旨内容証明郵便で通知し、さらに原告林の弁護人らは、平成元年二月一七日、百田に対し、被疑事実と無関係で原告千代田建設の営業上必要な差押文書を直ちに返還し、弁護人らに文書で連絡するように求めた(〔証拠略〕)うえ、同月二〇日頃には西村弁護人が直接宝満に電話し、民事訴訟を提起する準備を進めていることを告げて差押物の返還を求めたため、宝満は同弁護人に対し、証拠物は現在精査中であるから是非とも必要なものについては鹿児島に来たうえ写しを取って欲しい旨回答した。

(4)  原告林の弁護人は(鹿児島地方裁判所に対して原告林の勾留理由開示の裁判を申し立てたが、同原告は、平成元年二月一八日に開かれた右勾留理由開示の法廷においても、裁判所に対して賄賂性の認識を否認し無実である旨訴えた。

(5)  一方、被告鹿児島県の捜査員らは、徳田ら関係者の供述等に照らして原告林が徳田理事長に九〇万円を交付したのは昭和六三年一月二六日であると考えていたが、廣濱は、その後、差押えた原告千代田建設の総勘定元帳の「昭和六三年一月二五日、第一勧業銀行川崎支店の原告千代田建設名義の当座預金(口座番号一〇二二六五)から太陽興産への支払分として小切手(番号一二七六五五)により一五〇〇万円を引き出した」旨の記載に基づいて隼人町農業協同組合職員である今吉時春から事情徳取した結果、昭和六三年一月二六日、第一勧業銀行横浜地区センターを通じて隼人町農業協同組合に開設された太陽興産株式会社林常重名義の口座(番号九八一三八六一)に一五〇〇万円が振り込まれたが、同日、右今吉が太陽興産の女性事務員の依頼により一九〇万円と一三〇〇万円の貯金払戻請求書二通を作成して右口座から合計一四九〇万円を引き出し、太陽興産の事務所の右女性事務員のところまで届けた旨の供述を得て、為替発信受信モニター、貯金払戻請求書、当座性貯金取引明細表等の内容と照合した結果、同月二五日、第一勧業銀行川崎支店の原告千代田建設の当座預金口座から一五〇〇万円が自己宛小切手により引き出され、前記の経緯でそのうち一四九〇万円が右女性事務員に渡されたこと、同月二六日、徳田理事長宅で原告林から同人に交付された問題の九〇万円はその中から工面された金員であること、それが同理事長に渡されてからの用途等についてようやく一応の概略を窺い知るに至ったため、平成元年二月二〇日付で、「贈収賄事件の賄賂金の流れに関する捜査報告」(〔証拠略〕)を作成したが、右時点では一四九〇万円のうち佐藤が保管したとされる二〇〇万円の行先や原告千代田建設がその後に送金したとされる一五〇万円の事実の有無、原告林が取引に関与する以前の酒井博、和郎名義の土地の来歴等に関してはなお解明されておらず、その後相当の裏付捜査が必要と思料される状況であったにもかかわらず、重要な参考人である太陽興産の女性事務員佐藤廣子が入院するなど、捜査は必ずしも順調に進捗しているとはいいがたい状況にあった。

(6)  宝満は、平成元年二月二六日頃にも原告千代田建設に電話して差押物のことにつき連絡しようとしたが、原告らはこれに返答せず、新保、西村両弁護人が、同年三月一日、同月三日に廣濱、百田及び宝満らに対して、同月四日及び同月一五日に前記捜査員ら及び吉瀬検察官に対して、いずれも内容証明郵便(〔証拠略〕)により、被疑事実と無関係な差押物を直ちに還付ないしは仮還付することを求める通知をした。

なお、一覧表2番号86、116については、平成元年二月一六日には既に還付されていた。

(7)  原告林は、その間に勾留延長の裁判を受けた後、平成元年三月三日、鹿児島地方裁判所に土地改良法違反(贈賄)の罪で起訴されたので、同日鹿児島県警の捜査員が鹿児島拘置支所の原告林を訪れ、差押物の一部を還付するので同県警捜査二課まで取りに来るようにと伝えた。

しかし、原告林は、同月四日、保釈されてからも自分では取りに行かず、川崎に戻ってから代理の者を取りにやらせたい旨電話で伝えたに過ぎず、宝満としては、同月八日まで待っても誰も取りにこなかったため、同日、差押物を鹿児島地方検察庁に送付した。

(8)  然して、総勘定元帳(昭和六二年九月一日から同六三年八月三一日までのもの)、太陽興産用、生産計画表綴及び隼人町農業協同組合発行の太陽興産林常重名義の普通貯金通帳一通を除くその余の差押物は、平成元年三月二五日までの間に数次にわたって還付された。

(9)  原告林の弁護人らは、平成元年三月二〇日、鹿児島地方裁判所に対し、本件差押処分の取り消し等を求める準抗告を提起したところ、同裁判所は、同年四月一三日、右申立を棄却するとの決定(〔証拠略〕)をした。

したがって、この時点で右総勘定元帳(昭和六二年九月一日から同年六三年八月三一日までのもの)、太陽興産綴、生産計画表綴、原告林名義の普通預金通帳一通を留置していた検察官の処置は準抗告裁判所から是認されたこととなった。

(10)  以上の事実が認められるところ、これらによれば、原告林は九〇万円を徳田に交付したこと自体については当初から認めており、その年月日や交付場所等に関しても徳田や佐藤らの供述調書等の関係証拠により証明可能であったということかできるから、廣濱が前記甲五号証を作成した平成元年二月二〇日の時点までの捜査の進行は、現金授受の事実については一応裏付が得られていたといえる反面、原告林は、賄賂性の認識については終始一貫してこれを否認し、勾留理由の開示の裁判を申し立てるなどして激しく争っていたのであり、その取り調べも難航し、同人の自供を得て起訴に至ることは難しいことが見込まれたのであるから、捜査側としては事案を解明するため、徹底した裏付捜査や証拠物を精査、解明する以外に手段はなかったのであり、右時点では、前記のとおり、川崎から送金された送金の回数はもとより現金の流通経路は解明し尽くされていなかったことに加えて、贈賄の成否に関連して、本件土地が改良区内にあるか否かが重大な争点を構成するにもかかわらず、本件土地の来歴に関する手掛かりは十分ではなく、それだけに捜査側としてはその点に関する原告林の認識及びその程度等を十分把握しがたい状況にあったため、同原告が贈賄に関与したと推認するのもやむを得ない状況であったと認めることができる。

このような事情にあったことを考慮するならば、捜査側においては、本件差押物の証拠価値を極めるため、少なくてもその後も裏付捜査をしたうえ、その結果と本件差押物とを照合、精査しない限り、前記の争点について解明し難い状況にあったと認められるところからすれば、原告林を起訴するまで前示の差押物を留置したとしてもそれは捜査の追行上やむをえないものであり、これを違法ということはできないというべきである。

さらに、その後差押物が検察官に送致され、平成元年三月二五日まで留置されたことについては、鹿児島県警捜査二課の捜査員が、前述のとおり、平成元年三月二日原告林に面会して差押物の還付ないし仮還付を指示したのに対して、同原告や弁護人らの態様を考慮すれば、その後捜査員が検察官宛に差押物を送致したとしても、その立場上やむをえないものといわざるをえないし、証拠の送付を受けた検察官においても、自己の職責に基づいて公判維持の見地から差押物の証拠価値を検討する権限を有する以上、その検討に必要と思料すべき相当期間差押物を留置することができるのは当然であり、これを違法ということはできず、検察官の前記処置についてもこれを不当に差押えを継続した場合にあたるとすることはできないというべきである。

三 結論

以上の次第で、原告らの本訴各請求にはいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 永井崇志 伊澤文子)

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