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横浜地方裁判所川崎支部 平成4年(ワ)277号 判決 1998年6月02日

第一事件原告兼第二及び第三事件被告

株式会社日本航器製作所

右代表者代表取締役

福塚文子

第二事件被告

福塚泰助

右両名訴訟代理人弁護士

小林康志

第一事件被告兼第二及び第三事件原告

渡利宰幸

第一事件被告兼第三事件原告

渡利洋子

右両名訴訟代理人弁護士

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

主文

一  第一事件について

原告株式会社日本航器製作所の請求をいずれも棄却する。

二  第二事件について

1  原告渡利宰幸が、被告株式会社日本航器製作所の株式一四〇〇株の株主の地位にあることを確認する。

2  被告株式会社日本航器製作所は、原告渡利宰幸に対し、同被告の株式一四〇〇株の株券を引き渡せ。

3  原告渡利宰幸のその余の請求をいずれも棄却する。

三  第三事件について

1  原告渡利宰幸及び同渡利洋子が、被告株式会社日本航器製作所の従業員の地位にあることを確認する。

2  被告株式会社日本航器製作所は、原告渡利宰幸に対し、平成四年五月から毎月二五日限り、一か月当たり金七一万九四五九円及びその内金五八万二〇八〇円に対する右各支払期日から各支払済みまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。

3  被告株式会社日本航器製作所は、原告渡利洋子に対し、平成四年五月から毎月二五日限り、一か月当たり金四五万〇九〇二円及びその内金三七万三九〇二円に対する右各支払期日から各支払済みまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、全事件を通じてこれを五分し、その四を第一事件原告兼第二事件及び第三事件被告株式会社日本航器製作所、その一を第一事件被告兼第二事件及び第三事件原告渡利宰幸の負担とする。

五  この判決は、第二項の2、第三項の2及び同3に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

1  第一事件について

(一)  被告らは、原告に対し、各自金四三八〇万円並びにその内金一二〇〇万円に対する平成四年一一月一日から支払済みまで及び金三一八〇万円に対する平成九年四月一日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(二)  (一)の請求が認められないときは、

(1) 被告渡利宰幸は、原告に対し、金二一九〇万円並びにその内金六〇〇万円に対する平成四年一一月一日から支払済みまで及び金一五九〇万円に対する平成九年四月一日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告渡利洋子は、原告に対し、金二一九〇万円並びにその内金六〇〇万円に対する平成四年一一月一日から支払済みまで及び金一五九〇万円に対する平成九年四月一日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  第二事件について

(一)  原告渡利宰幸が被告株式会社日本航器製作所の株式一万七八〇〇株の株主の地位にあることを確認する。

(二)  主文第二項の2に同じ。

(三)  被告福塚泰助は、原告渡利宰幸に対し、被告株式会社日本航器製作所の株式一万六四〇〇株の株券を引き渡せ。

(四)  (三)の請求が認められないときは、被告福塚泰助は、原告渡利宰幸に対し、金八二〇万円及びその内別紙交付金目録記載の各交付金額に対する各交付年月日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  第三事件について

主文第三項に同じ。

二  事案の概要

本件は、第一事件原告兼第二事件及び第三事件被告株式会社日本航器製作所(以下単に「日本航器」という。)が、その従業員である第一事件被告兼第二事件及び第三事件原告渡利宰幸(以下単に「宰幸」という。)及び第一事件被告兼第三事件原告渡利洋子(以下単に「洋子」という。)において、訴外石川島播磨重工業株式会社(以下「石川島播磨」という。)からの受注を同業他社へ移転させて終了させ、または、右受注の同業他社への移転に関する事情を知りながら報告を怠った服務義務違反行為に基づく債務不履行ないし不法行為があったとして、宰幸及び洋子を懲戒解雇し、宰幸の所有する株式を退職従業員持株として買取請求した上、さらに、宰幸及び洋子の右債務不履行ないし不法行為により右受注終了分の損害を被ったとして、宰幸及び洋子に対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求めたところ、これに対し、宰幸及び洋子が、右服務義務違反行為は事実無根であり、右懲戒解雇は無効であるとして、日本航器に対し、従業員の地位確認及び給与支払いを、宰幸が、右懲戒解雇の無効により右株式買取請求は無効であるとして、日本航器に対し、株主の地位の確認及び株券引渡しを求め、さらに、宰幸が、日本航器の代表取締役である第二事件被告福塚泰助(以下単に「泰助」という。)から日本航器の株式を譲り受け、または、泰助に日本航器の株式取得名下に金員を騙し取られたとして、日本航器に対し、株主の地位の確認を、泰助に対し、株券引渡し又は不法行為に基づく損害賠償を求めたという事案である。

三  争いのない事実(当裁判所に顕著な事実を含む。)

1  当事者

(一)  日本航器は、航空機部品の製作、修理等を目的とする株式会社、泰助は、日本航器の代表取締役の地位にあった者である。

(二)  宰幸は、泰助の甥であり、昭和五四年五月ころ、日本航器との間で、雇傭契約を締結し、営業、納品、下請関係その他の事務に従事し、航空機部品の研磨作業の受注先の石川島播磨に対する営業を担当していた者、洋子は、宰幸の妻であり、昭和五四年七月ころ、日本航器との間で、雇傭契約を締結し、経理事務に従事していた者であり、いずれも日本航器の従業員として、指揮命令服従、業務専念、作業能率の向上、職場秩序維持、権限踰越の禁止等日本航器の利益に反してはならない義務(以下「服務義務」という。)を負っていたものである。

2  宰幸及び洋子の給与等

(一)  平成四年一月から同年三月までの三か月間の宰幸の平均賃金は一か月当たり金五八万三二八〇円、平成四年一月から同年三月までの三か月間の洋子の平均賃金は一か月当たり金三七万三九〇二円であり、日本航器の給与支払日は毎月二五日であった。

(二)  宰幸の平成三年夏期の賞与は金八〇万〇五五〇円、同年冬期の賞与は金八三万三六〇〇円、洋子の同年夏期及び冬期の賞与はいずれも金四六万二〇〇〇円であった。

3  日本航器・石川島播磨間の取引状況

(一)  石川島播磨に対する技術関係を担当していた日本航器従業員訴外三浦昭市(以下「三浦」という。)及び訴外中里浩(以下「中里」という。)は、平成三年二月、日本航器を退職し、そのころ、航空機部品の製作、修理等を目的とする同業者の訴外株式会社渡航機(以下「渡航機」という。)に就職した。

(二)  宰幸は、同月、石川島播磨瑞穂工場第三製造部翼工作グループ担当課長訴外菊田鉄夫(以下「菊田」という。)に対し、三浦及び中里が退職したため、受注継続が困難になった旨申し入れた。

(三)  日本航器は、平成二年七月から同年一二月末日までの間、石川島播磨から航空機部品の研磨作業の発注を受け、その間の売上げは合計金一一二一万四一四五円であったところ、石川島播磨からの受注は、平成三年二月末日限り終了した。

4  宰幸及び洋子の懲戒解雇等

(一)  日本航器は、平成四年三月三〇日、宰幸及び洋子に対し、両名を懲戒解雇する旨意思表示した。なお、日本航器は、その際、宰幸及び洋子に対し、解雇予告手当名下に一か月分の賃金相当額を支払った。

(二)  宰幸は、同日当時、日本航器の株式一四〇〇株を所有していた。

(三)  日本航器は、同年四月二二日、宰幸に対し、その所有する日本航器の株式一四〇〇株を買い取る旨請求した。

5  本件各請求

(一)  日本航器は、宰幸及び洋子の服務義務違反行為に基づく債務不履行ないし不法行為により石川島播磨からの受注が終了し、これにより損害を被ったとして、宰幸及び洋子に対し、損害金四三八〇万円の支払いを求めた(請求1(一)又は同(二))。

(二)  これに対し、宰幸は、日本航器に対し、その株式一四〇〇株の株主の地位の確認及びその株券の引渡しを求めるとともに(請求2(一)のうちの一四〇〇株及び同(二))、宰幸が日本航器の代表取締役である泰助から日本航器の株式を譲り受け、または、泰助に日本航器の株式取得名下に金員を騙し取られたとして、日本航器に対し、一万六四〇〇株の株主の地位の確認を求め(請求2(一)のうちの一万六四〇〇株)、泰助に対し、その株券の引渡し(請求2(三))又は不法行為に基づき、損害金八二〇万円の支払いを求めた(請求2(四))。

(三)  また、宰幸及び洋子は、日本航器に対し、その従業員の地位の確認を求めるとともに、各夏期及び冬期の賞与を一二等分した金額を各平均賃金額に上積みして一か月当たりの給与金額を算出し、平成四年五月から毎月二五日限り、宰幸の給与金七一万九四五九円及び洋子の給与金四五万〇九〇二円の支払いを求めた(請求3)。

四  当事者の主張

1  第一事件、第二事件(ただし、後記2を除く。)及び第三事件

(一)  日本航器の主張

(1) 宰幸及び洋子の服務義務違反行為

<1> 三浦及び中里の右転職は、宰幸がその実兄である渡航機代表取締役訴外渡利峻介(以下「峻介」という。)と共謀の上、日本航器の石川島播磨からの受注を新たに渡航機に移転させることを企て、平成三年一月ころから同年二月ころまでの間、三浦及び中里に対し、日本航器から渡航機への転職をそそのかしたことによるものである。

<2> 仮に<1>が認められないとしても、宰幸は少なくとも日本航器の石川島播磨からの受注を新たに渡航機へ移転させるという峻介の計画並びに三浦及び中里の渡航機への転職を知りながら、これを日本航器に報告しなかった。

<3> 日本航器の右石川島播磨からの受注の終了は、宰幸が日本航器において石川島播磨からの受注を断れば、右受注が渡航機に移転することを予想しながら、これを容易にしようと企て、三浦及び中里の退職のころ、権限がないのに独断で、石川島播磨の担当者菊田に対し、三浦及び中里が退職したため、受注継続が困難になった旨申し入れたことによるものである。

<4> 洋子は右一連の事情を知りながら、日本航器にこれを報告しなかった。

<5> このような宰幸及び洋子の行為は日本航器従業員としての服務義務に違反し、かつ、不法行為にも該当する。

(2) 損害の発生

日本航器は、平成二年七月から同年一二月末日までの間、石川島播磨からの受注による売上金一一二一万四一四五円から諸経費を差し引いた金三六三万七一一一円の利益を得ており、少なくとも一か月平均金六〇万円の利益を得ていたところ、宰幸及び洋子の右服務義務違反行為により石川島播磨からの受注が終了したため、平成三年三月から平成九年三月末日までの間の七三か月にわたり、合計金四三八〇万円の得られるべき利益を失った。

(3) 懲戒解雇(従業員の地位確認及び給与支払請求に対する抗弁)

日本航器の宰幸及び洋子に対する前記懲戒解雇の意思表示は宰幸及び洋子の右服務義務違反行為を懲戒解雇事由とする正当なものであり、右懲戒解雇の意思表示は有効である。

(4) 株式買取請求(株主の地位確認及び株券引渡請求に対する抗弁)

日本航器の宰幸に対する前記株式買取請求は日本航器が退職従業員持株を買取請求できる旨の日本航器従業員持株制度規約九条に基づき、宰幸の右懲戒解雇を理由にしたものであり、右株式買取請求は有効である。

(二)  宰幸及び洋子の反論

(1) 宰幸及び洋子は日本航器で単なる営業や経理を担当しているにすぎず、三浦及び中里に転職をそそのかすだけの影響力はなく、三浦は石川島播磨からの受注減少に不安を感じ、日本航器に常務取締役として勤務していたことのある峻介を頼り、渡航機へ転職したもの、中里も同様の不安を感じて三浦に追随したものであり、いずれも自主的な意思で退職したにすぎず、宰幸及び洋子はその退職の意思を事前に知っていたものでもない。

(2) 石川島播磨担当者の宰幸は、平成三年二月下旬ころ、三浦及び中里が退職した際、日本航器が大口取引先の訴外日本航空株式会社との取引を優先し、石川島播磨からの受注を処理できない状態にあったため、石川島播磨への迷惑と日本航器に対する損害賠償責任の発生を回避しようと、やむを得ず事前に日本航器副社長訴外浜村孝(以下「浜村」という。)に対し、受注処理が困難であると石川島播磨に申し入れる旨相談し、浜村の承諾を得た上、そのころ、石川島播磨にその旨申し入れたにすぎず、また、右申し入れは将来も石川島播磨からの受注を断る趣旨でもなかった。

(3) 石川島播磨が日本航器への発注を終了させたのは、日本航器において、平成二年七月ころ、従業員二五人が一斉退職したこと、同年一一月ころ、渡航機の応援が受けられなくなったことにより製品の納期遅れや品質低下を発生させたため、日本航器を不適格業者と判断し、既に他社への発注変更を決めていたからであり、また、その発注も一部が渡航機へ移転したにすぎない。

2  第二事件(ただし、前記1を除く。)

(一)  宰幸の主張

(1) 宰幸・泰助間の日本航器の株式の売買契約

<1> 泰助は、宰幸との間で、日本航器の後継者として必要な株式を取得させる目的で、金員払込みの都度、一株当たり代金五〇〇円の割合で日本航器の株式を売却する旨合意し、これに基づき、宰幸は、泰助に対し、別紙交付金目録記載のとおり、合計七八回にわたり、代金合計金八二〇万円を支払い、日本航器の株式一万六四〇〇株を取得した。

<2> 仮に<1>が認められないとしても、泰助は、宰幸との間で、宰幸が日本航器の後継者となることを条件として、積立金に対し、一株当たり金五〇〇円の割合で日本航器の株式を売却する旨合意し、これに基づき、宰幸は、泰助に対し、別紙交付金目録記載のとおり、合計七八回にわたり、代金合計金八二〇万円を支払っていたところ、泰助は、宰幸に対し、平成四年三月三〇日、日本航器代表取締役として宰幸を懲戒解雇する旨意思表示し、宰幸が日本航器の後継者となるという条件の成就を妨げたのであるから、宰幸は日本航器の株式一万六四〇〇株を取得したというべきである。

(2) 泰助の株式取得金騙取

仮に(1)が認められないとしても、泰助は、株式売買代金支払名下に金員を騙取しようと企て、日本航器の株式を取得させる意思がないのに、宰幸に対し、将来は幹部として日本航器の経営に携わらせるからその株式を取得すべきである旨申し向け、これを信じた宰幸から、別紙交付金目録記載のとおり、合計七八回にわたり、合計金八二〇万円を支払わせて騙取した。

(二)  日本航器及び泰助の反論

日本航器は、泰助の依頼を受け、宰幸に貯蓄させる趣旨で、昭和五六年一二月二五日から昭和五八年一二月二四日までの間は毎月金一〇万円及び賞与時金五〇万円、昭和五九年一月二五日から昭和六二年二月二五日までの間は毎月金五万円及び賞与時金三〇万円を、宰幸から合計六七回にわたって合計金七四〇万円を預かり保管したにすぎず、いかなる形でも宰幸と泰助との間に泰助が預かったり、あるいは日本航器の株式を売買するとの合意をしたことはなく、また、泰助には宰幸から金員を騙取する意図もなかった。

五  争点

1  宰幸及び洋子の服務義務違反行為の有無

2(一)  宰幸及び洋子の債務不履行ないし不法行為の成否

(二)  宰幸及び洋子の懲戒解雇の成否

(三)  宰幸の株式の買取請求の成否

3  宰幸・泰助間の日本航器の株式の売買契約の有無

4  泰助の株式取得金騙取の有無

六  争点に対する判断(文中のAは第一事件の書証番号を、Bは第二事件及び第三事件の書証番号をそれぞれ示す。)

1  争点1について

(一)  関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 日本航器は、平成二年七月中旬ころ、従業員二五人の一斉退職にともない、泰助の甥峻介が代表取締役を務める同業者の渡航機に支援を依頼し、渡航機との合併を前提にして、同月以降、峻介に受注の全権を委任し、渡航機から支援を受けて操業していたものの、同年一〇月三〇日限り右合併を解消し、渡航機からの支援を断り、これに関連して、同年一二月一七日、峻介の実弟宰幸及びその妻洋子に対し、仕事上の公私を区別し、会社のために精一杯努力する旨の誓約書を作成させた(<証拠・人証略>)。

(2) 石川島播磨に対する技術担当者の日本航器従業員三浦は、平成三年二月一四日、既に渡航機への就職が決まっていたにもかかわらず、実母の世話を理由に、また、同様の立場の中里は、同月二一日、退職の理由を明らかにせず、相次いで日本航器を退職し、同業者の渡航機へ就職したところ、石川島播磨に対する営業担当者の宰幸は、平成二年七月ころに三浦が日本航器を一時退職の意思を表明した際には三浦を慰留したにもかかわらず、三浦及び中里の退職の際、事務室でこれを聞き、挨拶にも来たのに、全く慰留しなかった(<証拠・人証略>)。

(3) 宰幸は、平成三年一月の売上げが金一四一万四九五三円であるなど一定の売上げを維持していた石川島播磨からの受注を、研磨技術を有する日本航器従業員訴外渡辺満、同鈴木喜良らの従業により処理できると認識しながら、中里の右退職の四、五日後、泰助の妻で日本航器代表者訴外福塚文子にあらかじめ報告しないまま、石川島播磨の担当者菊田に対し、受注が困難である旨申し入れた(<証拠・人証略>)。

(4) 宰幸は、その後、三浦及び中里が渡航機へ転職したことについて、渡航機代表取締役の峻介に説明を求めず、また、石川島播磨は、平成三年三月ころ、それまで日本航器に発注していた研磨作業を渡航機へ変更したが、宰幸はその理由について石川島播磨に説明を求めず、再度の発注も要請しなかった(<証拠・人証略>)。

(二)  しかし、他方、関係証拠によれば、以下の事実も認められる。

(1) 日本航器の訴外日本航空株式会社との取引は、以前から売上げの多数を占め、三浦及び中里の退職した平成三年二月の売上げも、製作部門が金一一六〇万七八九四円、修理部門が金六二二万五二二一円であるなど高水準で推移していたのに対し、石川島播磨からの受注は、これまで平成二年六月の売上げがブレードタービンの研磨作業を中心に金五八七万四九六三円であるなど高かったが、同年七月ころ、従業員二五人が一斉退職して、石川島播磨からの受注を処理しきれず、同月の売上げが金二二〇万八五六八円に落ち込み、三浦及び中里の退職直前の平成三年一月の売上げも金一四一万四九五三円と低かった(<証拠・人証略>)。

(2) 石川島播磨は、既に平成三年一月下旬ころ、人的物的設備を検査し、業者選定基準に合った渡航機への研磨作業の発注を決め、同年二月限り日本航器への発注を終了し、同年三月下旬ころから、それまで日本航器へ発注していた訴外株式会社日本エアーシステムの航空機部品の研磨作業の発注を渡航機へ変更した(<証拠・人証略>)。

(3) 日本航器副社長浜村は、三浦及び中里の退職の一週間ないし一〇日後、訴外日本航空株式会社に対し、右退職を報告したが、石川島播磨に対し、これを報告せず、当時、日本航器は石川島播磨からの受注について役員会で協議しなかった(<証拠・人証略>)。

(4) 日本航器は、平成三年三月ころ、石川島播磨からの受注のないことが判明し、同年五月ころ、受注が終了したことが明確になったが、同年一二月二五日に石川島播磨瑞穂工場生産管理部発注グループへ赴くまで、石川島播磨に対し、発注終了の理由の説明や再度の発注を求めず、また、宰幸に対し、石川島播磨からの受注のないことの説明を求めなかった(<証拠・人証略>)。

(三)  以上の事実に基づき検討するに、確かに、右(一)の事実からは、宰幸が三浦及び中里の渡航機への転職をあらかじめ知りながら、これを容認し、日本航器にこれを報告しなかった事実を推認することができる。しかし、他方、右(一)、(二)の各事実を総合すれば、三浦及び中里の転職は石川島播磨からの研磨作業の受注が日本航器から渡航機へ移転したこととは無関係にそれぞれ自主的な意思で行なわれたものと推認できる上、日本航器は訴外日本航空株式会社との取引を優先する必要があったため、三浦及び中里の退職により石川島播磨からの受注を処理するのが困難となり、浜村としても、宰幸が石川島播磨に対して受注の困難な旨を申し入れることをやむを得ないこととして、あらかじめ黙示的に承諾していたことを十分推認する余地があると認められ、これらの事情からすれば、右(一)の事実からだけでは、宰幸又は峻介が、三浦及び中里に対し、渡航機への転職を働きかけた事実、宰幸と峻介が共謀した事実、宰幸が権限がないのに独断で石川島播磨からの受注を断った事実を肯認することはできないといわざるを得ない。また、洋子が右一連の事情を具体的に知っていた事実を推認させる事実や証拠はない。

そして、宰幸が新たに石川島播磨からの受注を渡航機に移転させるという峻介の計画をあらかじめ知っていた事実を推認させる事実や証拠はない。

(四)  もっとも、浜村は、宰幸が、石川島播磨に対し、受注が困難である旨申し入れた際、その承認を求められたことはなく、右申し入れを知らなかった旨日本航器の主張に沿う証言をするが、右証言は全体として三浦及び中里の具体的職務内容を知らないなど不自然な部分が多い上、右(二)で認定した日本航器の対応に照らして不合理であって、到底採用することができない。他に、右転職容認及び不報告の事実を除くその余の日本航器の主張する争点1の事実についてこれを認めるに足りる証拠はない。

(五)  右のとおり、宰幸が三浦及び中里の渡航機への転職をあらかじめ知りながら、これを容認し、日本航器に報告しなかった事実が認められるとしても、単に従業員の転職を知りながら、会社にこれを報告しなかったのみでは、服務義務違反行為に該当すると直ちに評価することはできない上、日本航器が服務義務違反行為に当たると主張するその余の事実も認めるに足りないことは、前示のとおりである。

2  争点2について

(一)  宰幸及び洋子の不法行為又は債務不履行

以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、日本航器の宰幸及び洋子の服務義務違反行為に基づく債務不履行ないし不法行為責任の主張は理由がない。

(二)  宰幸及び洋子の懲戒解雇

また、以上によれば、日本航器の宰幸及び洋子の服務義務違反行為に基づく懲戒解雇の抗弁は理由がないことに帰するから、宰幸及び洋子は依然として日本航器の従業員であると認められ、他に特段の主張立証のない本件では、宰幸は、毎月二五日限り、その夏期賞与金八〇万〇五五〇円及び冬期賞与金八三万三六〇〇円を一二等分した金額を平均賃金五八万三二八〇円に上積みした一か月当たりの給与金七一万九四五九円の支払いを日本航器から受ける権利を有し、また、洋子は、毎月二五日限り、その夏期及び冬期の賞与各金四六万二〇〇〇円を一二等分した金額を平均賃金三七万三九〇二円に上積みした一か月当たりの給与金四五万〇九〇二円の支払いを日本航器から受ける権利を有する。

(三)  宰幸の株式の買取請求

そして、以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、日本航器の宰幸の懲戒解雇に基づく株式買取請求の抗弁は理由がないことに帰するから、宰幸は依然として日本航器の株式一四〇〇株の株主と認められ、その株券の引渡しを日本航器から受ける権利を有する。

3  争点3について

(一)  宰幸の本人尋問の結果及びその印影が泰助の印章によるものであることは当事者間に争いがないので、この印影は泰助の意思に基づいて顕出されたものと推定され、真正に成立したものと推定される(証拠略)によれば、宰幸は、泰助に対し、別紙交付金目録記載のとおり、昭和五六年一二月二五日から昭和六二年一二月二五日までの間、合計七八回にわたり、合計金八二〇万円を支払っていた事実が認められる。なお、右認定に反する日本航器代表者の供述部分及び(証拠略)は伝聞と推測に基づくもので信用できず、(証拠略)は右認定を左右しない。

(二)  そして、昭和五六年一二月二五日当時、日本航器の株式のほとんどを泰助が、その残りをその妻であり、日本航器代表者である福塚文子が所有していたこと(<人証略>)、峻介は、以前日本航器に在籍していた際、日本航器の経営者となる目的で、泰助に対し、株式積立金名下に給与から金員を支払っていたことがあること(<証拠・人証略>)、宰幸の泰助に対する支払いも給与及び賞与から株金積立金又は株式積立金名下でされていたこと(<証拠・人証略>)、泰助は、宰幸に対し、昭和五八年四月二五日、昭和五七年度配当金名下に金一六万八〇〇〇円を支払っていること(<証拠・人証略>)、泰助は、昭和六一年一月三一日ころ、役員の高橋五郎及び江頭俊助に対し、株式を一株当たり代金五〇〇円で譲渡し、日本航器は、そのころ、従業員持株制度規約に基づき、従業員持株制度運営委員会を発足させた上、洋子ら従業員に対し、一株当たり代金五〇〇円で株式を譲渡したが、宰幸は、その際、右株式を取得しなかったこと(<証拠・人証略>)の各事実が認められる。

(三)  しかし、他方、前記積立金は一株当たりの価格の特定がなく、その累計も株式数ではなく、金額により行われていること(<証拠略>)、前記配当金も金額を基礎に計算されていること(<証拠略>)、泰助及び宰幸は右積立金の存在を日本航器内で一切公表していなかったこと(<人証略>)、日本航器は、昭和六一年、昭和六三年、平成元年及び平成二年の合計四回、株式配当金を支払っているが、その際、宰幸は日本航器からも泰助からも株式配当金を受領していないこと(<証拠・人証略>)、宰幸は、平成四年一二月ころ、外井浩志弁護士に対する事情説明の際、株金積立金は泰助が将来宰幸を日本航器の後継者とするため、株式を取得させようとして積み立てさせたものであるが、泰助が宰幸に株式を取得させたことはなく、また、宰幸の解雇に当たり、泰助がもはや宰幸に株式を取得させる意思がないことが明確になった旨認識していたこと(<証拠・人証略>)の各事実も認められる。

(四)  以上の事実に基づき検討するに、確かに、右(一)の事実からは、前記積立金は将来日本航器の経営者として必要な株式を取得させる目的のものであった事実を推認することができる。しかし、他方、右(二)の事実によれば、泰助及び宰幸は、右積立ての際、一定の株金額に基づき、株式譲渡の対価として積立金を支払うという明確な認識をそもそも欠いていたものということができる。そうすると、右(一)の事実からだけでは、泰助が、宰幸との間で、金員払込みの都度、一株当たり代金五〇〇円の割合で日本航器の株式を売却する旨合意した事実を推認することはできないといわざるを得ない。

(五)  もっとも、宰幸及び洋子は、宰幸と泰助との間で支払いの都度、株式を売買する合意があった旨宰幸の主張に沿う供述をするが、そのような合意の内容や経緯については極めて抽象的である上、右(三)で認定した事実についての説明も甚だ曖昧であって、到底採用できず、他に、宰幸の主張する事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

(六)  また、右(一)の事実からは、前記積立金は将来日本航器の経営者として必要な株式を取得させる目的のものであった事実を推認することはできるけれども、それ以上に、泰助が、宰幸との間で、宰幸が日本航器の後継者となることを条件として、積立金に対し、一株当たり代金五〇〇円の割合で日本航器の株式を売却する旨明確に合意した事実を推認することはできないといわざるを得ず、他に、右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

(七)  以上によれば、宰幸の日本航器の株式の売買契約の主張は理由がない。

4  争点4について

前記のとおり、右積立金は将来日本航器の経営者として必要な株式を取得させる目的であった事実を認めることができるものではあるが、それ以上に、泰助が宰幸から日本航器の株式取得名下に取得金を騙取した事実を認めるに足りる証拠はないから、宰幸の泰助の株式取得金の騙取の主張は理由がない。

七  結論

よって、第二事件のうちの株式一四〇〇株の株主の地位の確認及び株式一四〇〇株の株券引渡請求並びに第三事件の請求はいずれも理由があるので認容し、その余の請求はいずれも理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条を、株主の確(ママ)認及び従業員の地位確認を除く認容部分の仮執行の宣言につき同法二五九を(ママ)それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 福島節男 裁判官 河本寿一)

<別紙> 交付金目録

<省略>

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