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横浜地方裁判所川崎支部 昭和48年(わ)385号 判決 1974年9月25日

主文

被告人西山勁を懲役三月に処する。

被告人伊藤勝を免訴する。

理由

〔被告人西山勁について〕

(罪となるべき事実)

被告人西山勁は常習として昭和四七年六月一七日頃川崎市高津区二子七七二番地高木實方において、長谷川利雄ほか約九名とともに花札を使用し金銭を賭けて俗に「手本引き」と称する賭銭博奕をなしたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人西山勁の本件賭博は常習性の発現として行われたものではなく、刑法一八五条をもって処断されるべきものと主張するのでこの点につき付言するに、前掲各証拠によれば各被告人はかつて博徒の集団である加藤組に属したこともあり、昭和二三年一一月から昭和三七年七月までの間前後四回に亘り賭博罪により各罰金刑に処せられたほか、昭和三九年四月三〇日横浜地方裁判所小田原支部において常習賭博罪により懲役六月(執行猶予三年)に処せられ、次いでその執行猶予期間中に前後三回に亘り俗に「バッタ撒き」と称する賭博等をした事実により昭和四一年一〇月二六日横浜地方裁判所において常習賭博罪で懲役一〇月に処せられ、さらに昭和四四年八月三一日常習として俗に「手本引き」と称する賭博をした事実により昭和四六年一月一三日静岡地方裁判所沼津支部において常習賭博罪で懲役六月に処せられていること、さらに本件賭博は暴力団稲川会幹部の黒川広治が開設した賭博場でなされた賭銭博奕でこれに加った賭客は殆んどすべて博徒あるいは暴力団関係者等であって本件賭博における賭金の額も一勝負平均一人二ないし三万円にのぼること、のみならず被告人西山勁は前刑受刑終了後僅か一年余にして本件賭博に加わりかつ本件賭博の方法等についても精通していることが明らかであり、かかる事実ことに被告人西山勁の経歴、賭博歴、本件賭博の性質、方法、賭金額等諸般の事実に鑑みると同被告人には賭博の常習性があって本件賭博も右常習性の発現としてなされたものといわざるを得ない。尤も≪証拠省略≫によれば、本件賭博は同被告人が所用で高木實宅を訪れたところ、たまたま賭博場が開設されていたため右高木が帰宅するまでの約一時間程度これに加ったものであって、賭金に供した金員も合計約二万円にすぎなかったことが認められるが、これは同被告人が本件賭博場の開設を予め知らず、従ってこれに供する金員を用意しえなかったためであるにすぎないから、右を根拠として被告人西山勁の賭博常習性を否定することはできない。従って弁護人の前記主張は失当といわざるを得ない。

(累犯前科)

被告人西山勁は、(1)昭和四一年一〇月二六日横浜地方裁判所で常習賭博罪により懲役一〇月に処せられ(昭和四二年七月一九日確定)、昭和四三年六月二七日右刑の執行を受け終り、(2)その後犯した常習賭博罪により昭和四六年一月一三日静岡地方裁判所沼津支部で懲役六月に処せられ、同年六月三〇日右刑の執行を受け終ったものであって、右事実は横浜地方検察庁検察事務官作成の同被告人に対する前科照会書回答欄ならびに同被告人に対する前掲各判決書の謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人西山勁の判示行為は刑法一八六条一項に該当するところ、同被告人には前示の前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により累犯の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役三月に処することとし、主文第一項のとおり判決する。

〔被告人伊藤勝に対する免訴の理由〕

一、被告人伊藤勝に対する本件公訴事実は「同被告人は常習として昭和四七年六月一七日頃川崎市高津区二子七七二番地高木實方において長谷川利雄ほか九名位とともに花札を使用し金銭を賭し、俗に『手本引き』と称する賭銭博奕をしたものである」というのであるが、≪証拠省略≫によれば、同被告人は昭和四八年一月二〇日頃の午後七時頃から翌二一日午前六時頃までの間、静岡県熱海市泉二二五番地の六旅館「ふるさと」において、さいころ、花札などを使用し金銭を賭けて俗に「さい本引き」と称する賭博をした事実により、昭和四八年九月二〇日東京簡易裁判所において賭博罪で罰金一〇万円に処する旨の略式命令を受け、右命令は昭和四八年一〇月五日確定したことが認められるところ、右各証拠ならびに≪証拠省略≫によれば、同被告人は昭和二九年頃博徒小金井一家の一員となり本件公訴にかかる賭博をなした当時はその幹部をしていたこと、なお同被告人はいずれも博徒あるいは暴力団関係者と思料される者の開設した賭博場において花札を使用して俗に「バッタ撒き」あるいは「手本引き」などと称する賭銭博奕をした事実等により昭和四〇年四月三〇日川崎簡易裁判所において賭博罪で罰金三万円に、昭和四一年三月二二日神奈川簡易裁判所において賭博罪で罰金一万円に、昭和四二年一〇月二七日神奈川簡易裁判所において賭博罪で罰金三万円にそれぞれ処せられ、さらに昭和四三年四月四日から昭和四四年八月三一日までの間六回に亘り前同様の者が開設したと思われる賭博場において、常習として「バッタ撒き」あるいは「手本引き」等と称する賭銭博奕をなした事実により昭和四五年八月四日横浜地方裁判所において常習賭博罪で懲役六月に処せられ、右各裁判はいずれもその頃確定していること、また前記略式命令および本件公訴にかかる各賭博は共に前同様の者が開設した賭博場でなされた賭銭博奕でこれに加った賭客は殆んどすべて博徒あるいは暴力団関係者であって、被告人伊藤勝は右賭博の方法等についても精通し、賭金の額も一勝負二ないし三万円にのぼること等の事実が認められるが、かかる事実とくに被告人伊藤勝の経歴、賭博の前科受刑の事実、前記各賭博の性質、方法、前記略式命令および本件公訴にかかる各賭博の性質、方法、賭金額等諸般の事情に鑑みると、同被告人には賭博の常習性があって、前記略式命令および本件公訴にかかる各賭博はいずれも右常習性の発現としてなされたものというべきであり、しかも本件公訴にかかる賭博は右略式命令発付前の犯行であるから本件公訴にかかる行為は右略式命令の対象たる行為と共に一個の常習賭博罪を構成すべきものであったといわざるを得ないところ、刑事訴訟法四七〇条によれば昭和四八年一〇月五日に確定した右略式命令は確定判決と同一の効力を有するものであるから本件公訴にかかる賭博についてはすでにその一部について確定裁判があったものというべきである。よって被告人伊藤勝に対する本件公訴は同法三三七条一号に該当するものといわなければならない。

二、尤も検察官は、(1)被告人伊藤勝に対する本件訴因はすでに常習賭博罪から賭博罪に変更されており、従って審判の対象は賭博罪であるから裁判所は右訴因に拘束され、本件を常習賭博罪に該当すると認定することは許されないばかりか、(2)被告人伊藤勝は前記略式命令を受けた賭博について取調を受けた当時すでに本件につき常習賭博罪として起訴されていたにもかかわらずその事実を秘匿し、その結果賭博罪として罰金一〇万円に処せられた結果、本件につき法律上の障害が生じ常習賭博罪として処罰し得なくなったので検察官はやむなく訴因を賭博罪に変更したものであって、かかる場合に裁判所が本件行為を常習賭博罪と認定し免訴の判決をすることは犯罪を秘匿した者を利することになり著しく正義に反する結果を招来するので到底許されないものであると主張する。

よって先ず右(1)の点について判断するに、審判の対象は訴因であって裁判所の審理および裁判は原則として検察官の定めた訴因に拘束されるべきものであることは検察官主張のとおりであるが、訴因の設けられた主旨は当事者の攻撃、防禦の対象を明確にし、被告人の防禦権を全うさせるところにあるのであるから、裁判所が訴因の範囲を越えて審理および裁判することが許されないのはその結果が被告人の防禦権を侵害するおそれのある場合すなわち実体裁判をする場合に限られるのであって、本件のごとく確定裁判の存在により公訴権が消滅したことを理由として訴訟を終局させ、あるいは訴訟条件を欠くために公訴棄却の判決をしなければならない場合のごとく被告人の防禦権を全く侵害するおそれのない形式的裁判をなす場合には、裁判所は検察官の主張する訴因に拘束されなければならないものではないから審判の対象とならない事件につき審判をした違法をもたらすものでもない。

次に検察官の主張(2)について検討するに、たしかに検察官主張のごとく被疑者もしくは被告人の否認ないし証拠隠滅工作が原因で事実上同時審判の可能性がなかった犯罪行為についてまで既判力を肯定し、免訴を言渡すことは一見奇異な感を免れなくはない。しかしながら本来公訴権は実体法的に一個の刑罰権に服すべき事実については一つの訴訟において行使すべきものであって、事実を個々に分割して訴追することは公訴不可分の原則そのものの要請から許されず、また被告人の権利保護ないし法的安定性の点からみても許されないものであり、従って確定判決の既判力はその事件の全体すなわち判決のあった事件と事件を単一かつ同一にするかぎりその全部に及ぶべきものと解すべきところ本件公訴にかかる賭博は前記略式命令にかかる賭博と共に一個の常習賭博を構成するものであり、しかもすでに前記略式命令が発せられこれが確定していること前叙のとおりであるから、右略式命令の既判力は当然本件賭博にも及ぶことになるといわなければならないばかりか、被疑者ないし被告人には供述拒否権が保障され、自己に不利益な事実を供述する必要は毫も存しないのであって、犯罪事実の究明はあくまで捜査官憲に課せられた責務であるから、かりに被疑者ないし被告人が自己に不利益な事実を秘匿することによって本件のごとき結果を将来したとしてもこのことを理由にして被告人らにその責を帰することはその供述拒否権を剥奪することになって到底許されないものであり、検察官主張のごとき見解はあまりに捜査官憲の立場を重視しすぎるきらいがあり、にわかに左袒しがたいものがある。のみならず≪証拠省略≫によれば、同被告人は前記略式命令にかかる賭博の取調の際司法警察員に対し本件公訴にかかる賭博をなした事実を少なくとも一度は供述していることが明らかであるから検察官においてこれが調査をなしたうえ同被告人に常習賭博罪の責任を追及することは十分に可能であったはずであるから、この点からみても検察官の前記主張は失当であるといわなければならない。

三、よって被告人伊藤勝については刑事訴訟法三三七条一号により免訴の言渡をすることとし、主文第二項のとおり判決する。

(裁判官 福井厚士)

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