横浜地方裁判所川崎支部 昭和53年(わ)323号 判決 1981年5月19日
主文
被告人を懲役二年に処する。
この判決の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、右猶予の期間被告人を保護観察に付する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、その保有する普通乗用自動車、トヨタカローラ(登録番号横浜五六も七〇六八)の車輪のスプリングを取り替えて車体の床面を低くするなど、ほしいままに改造して運行の用に供し、いわゆる暴走族ルート二〇の集会に時に応じて参加していたものであるが、昭和五三年六月三日(土曜日)夜、女子高校生A子ら三名を前記自車に同乗させ、ルート二〇の仲間であるBらと、普通乗用自動車、自動二輪車等を連ねて、川崎市高津区宮崎台付近にあるタロウ家具店前の空地で開かれた暴走族の集会に参加したのち、さらに同区子母口四五八番地に所在するスーパーマーケット、サンコー子母口店前の川崎市道宮内新横浜線及び付近空地に集結が予想されている暴走族の集りに参加するため、右Bらと車両を連ねて同地へ向い、同日午後一一時五〇分ころ、右サンコー子母口店より約一二〇メートル北方の、江川の東側に沿った狭い道路を進行して来たところ、暴走族らしい若者が先方から駈けて来て、サンコー子母口店前の市道上で警察官が暴走族を検挙中である旨告げてくれたが、逃げようにも、自車の後方には仲間の車両が詰まっていて、後退することはできなかった。そこで被告人は車を進め、江川沿いの道路とサンコー子母口店前市道とが交差する江川橋北詰交差点へさしかかったが、そこで左方を見ると警察官が暴走族を検挙中であるため左折できず、直進方向は人影に遮られて道路の有無がわからず、結局右折するしかないと思い込み、やむなく右折を始めたところ、予想に反し、右折して行く方向にも市道の車道部分に一〇名以上の警察官が点々と立って、暴走族の駐車違反等の取締中であり、これら警察官の間をかいくぐって逃走することは困難であった。しかしながら、被告人は、その約三時間前にビールを飲んでいたので酒気帯び運転で検挙される恐れがあり、またほしいままに改造した自車を運転していたので整備不良車両運転のかどで検挙される恐れもあり、過去に道路交通法違反を重ねたため、違反行為に係る累積点数がやがて運転免許の取消しの基準に近づいていたので免許の取消しを恐れ、かつ深夜女子高校生三名を同乗させていたため、同女らが警察官に補導されれば、同女らに迷惑がかかるのではないかとも考え、前方の警察官らの間隙を縫って逃走しようと企て、その際自車が警察官らに接触し、警察官が負傷することがあっても止むをえないと決意し、午後一一時五二分ころ、右折を終えた自車を時速約三〇キロメートルにまで加速し、なるべく警察官を避けようと車道中央線を左右にまたいでジグザグに進行させている間、子母口四五八番地先で被告人車を停車させようと被告人車の進路上に進み出た神奈川県警察本部高津警察署巡査森本義則(当時二三歳)に自車右前部を衝突させて右斜前方へはねとばし、よって同巡査に加療約四か月を必要とする頭部、顔面打撲傷及び擦過創、頸部捻挫、腰部打撲傷、左外側半月板損傷等の傷害を負わせるとともに、同巡査の公務の執行を妨害したものである。
(証拠の標目)《省略》
(検察官の主張に対する判断)
検察官は、被告人は自車を時速四〇ないし五〇キロメートルにまで加速し、進路上の警察官らに向って自車を疾走させたものであるから、被告人には警察官らを死に至らせることの未必の故意があった旨主張する。
一 まず、被告人車と森本巡査との衝突時ないし衝突直前の被告人車の速度について検討すると、本件事故現場にいた警察官や付近住民のこの点に関する供述は、時速二〇ないし三〇キロメートルという者から、時速六〇キロメートルという者まで、まちまちであって、直ちにそのいづれかを措信することはできない。しかしながら、
(一) 本件衝突の態様は、森本巡査の右腰に被告人車が衝突したものであることは争いのないところであるが、同巡査の証言によれば、右腰の傷害は、腫れもなく、青くもなっておらず、押すと痛みを感じる程度であって、数日後には治癒していたことが認められる。
(二) 《証拠省略》によれば、衝突地点と衝突後森本巡査が路上に転倒していた地点との距離は、僅か四・五メートルくらいしかないことが認められる。
(三) 森本巡査及び付近住民C子の各証言によれば、同巡査は、衝突される直前に衝突を避けようとして飛び上ったところを、右腰に衝突されたことが認められる。従って、この事故は、路面に足を着けている歩行者の身体が、衝突後空中を飛んで地上に落下したという形態ではない(そのような形態であれば、その間の距離が、約四・五メートルということはありえない。)。してみれば、本件がはねとばし型の事故であることを前提として、衝突時の車速が経験則上四〇キロメートル毎時以上であったとする検察官の主張は採用することができない。
(四) 《証拠省略》によれば、被告人車が右折を始めた江川橋北詰から本件衝突現場まで約四〇メートルしかないことが明らかであるが、その間被告人はセカンドギヤで加速したものの、未だサードギヤに切替えるまでには至っていない旨弁解している。この弁解は、他の関係証拠に照らして措信しえないものではない。
(五) 江川橋北詰交差点を右折後衝突までの被告人車の加速の程度について、目撃警察官らは、被告人車が著しく速度をあげたように供述しているけれども、付近住民である証人C子、同D、同乗者である証人A子は、被告人車の速度は終始それほど変っていない旨供述しており、これら供述の方が、他の関係証拠に照らして措信できる。してみれば、被告人が右折後アクセルを力一杯踏み込んで加速したものとは考えられない。
以上の各事実を総合して考察すれば、衝突前の被告人車の速度は、せいぜい三〇キロメートル毎時程度であったものと推認するのが相当である。
被告人車の速度を高くいう警察官らの証言は、自己に向って来る車両の速度は実際よりも速く感じ勝ちであるという人間の習性によるものと推認される。
二 次に、被告人が江川橋北詰を右折した際に、自車の進路前方にいる警察官らを被告人がどのように認識したかについて検討する。
司法警察員後藤定雄作成の「事故現認警察官の配置状況等について」と題する報告書添付の図面及び昭和五五年七月一五日付実況見分調書添附の写真によれば、右折後の被告人車の進路前方の車道上には、警察官が一面に立ち並んでいて、被告人車が警察官に衝突しないで、その間隙を縫って進行することなど、到底できないようにもうかがわれる。しかしながら、右報告書は、それ以前に行なわれた三回の実況見分における警察官の位置の図面を合成したものであって、必ずしも同一時点における警察官の配置が右図面のとおりであったとまでは断定できない。また右写真においては、肉眼で視認したときと異って遠近感が十分に出ないために、警察官が一面に立ち並んでいるように見えるけれども、被告人が右折した際に進路前方の状況を右写真のとおりに見たとまでいうことはできない。
被告人は、公判廷では(昭和五三年六月一二日司法警察員に対しても、ほぼ同旨。)、右折後衝突まで車道中央線をまたいで左右にジグザグ運転をしたのは、なるべく警察官の少ない方へ進路をとるためであったと弁解している。この弁解を排斥する根拠は見当らない。被告人は、検察官の面前では、警察官を左右の歩道の方に蹴散らす為にジグザグ運転をした旨供述しているけれども、そのように警察官を威嚇するためならば、著しい加速、前照灯の点滅、警音器の吹鳴等の手段を用いるか、あるいはこれらを併用するのが効果的と思われるのに、被告人がそのような手段をとった形跡はないから、右検察官に対する供述は措信できない。なお、仮に、死の結果をも顧みないで単に速度をあげて逃走する目的ならば、ジグザグ運転などしないで、まっすぐに進行した方が有利であろう。
三 以上のとおり、進路上の警察官の所在、配置に関する被告人の認識の程度、被告人の運転の態容などに照らせば、被告人が警察官を死に致してでも逃走しようとしたものとまでは認められない。
従って、検察官主張の殺人未遂の訴因は証明がないことになるが、後記のとおり被告人には傷害の故意が認められるから、訴因よりも縮少された範囲内で傷害の事実を認定する。
(弁護人の主張に対する判断)
第一 弁護人は、被告人は本件現場で現行犯逮捕されるに際し、警察官より殴る、蹴るの暴行を受け、逮捕後も押送車内で殴られ、右暴行により傷害を負ったのに、高津警察署では被告人に治療を受けさせず放置し、同署員らが被告人のいる留置場の房に来ては、代る代る被告人を罵倒し、さらに取調に際しては、被告人に対して甚だしい誘導や理詰めの質問が行なわれたのであるから、司法警察員及び検察官に対する各供述調書中の被告人の自白は任意性を欠くものである旨主張する。
一 《証拠省略》を総合すると、当夜暴走族の検挙が始まり、その場にいた暴走族らが逃走したあと、その逃走した方向から被告人車がジグザグに進行しながら高速で、車道上にいた警察官ら十数名の間に突入し、多数の警察官らは逃避して難を避けることができたものの、森本巡査が被告人車にはねとばされて、その身体が宙を飛んだが、これを見た樋口巡査らは森本巡査が重傷を負ったものと考え、殺人(未遂)事件が発生したと判断したこと、被告人車は森本巡査をはねた後一旦停車したが、被告人車のエンジンはかかったままであり、被告人は警察官の「降りろ。」という声にも下車しようとしなかったこと、そこで樋口巡査らは殺人犯人が逃走しようとしているものと判断し、まず同車を運転できない状態に置くため、警棒で同車の前面及び後面のガラスを強打して破壊し、次いで車内に手をさし入れて、被告人がハンドルにしがみついて抵抗するのを実力で車外へ引き出し、その際はずみで樋口巡査と被告人はもろともに道路上に倒れたが、同巡査らは被告人を被告人車から引き離すため路上を数メートル引きずって行き、そこで手錠をかけ、押送車に乗せたこと、被告人は右警察官らの行動によって腹部、背部等に擦過傷を負ったが、右傷害はなんら治療手段も施されないまま数日後には治癒したことなどが認められる(なお、逮捕の際被告人が打撲傷を負った疑いもあるが、そうだとしても、現場の混乱した状況の下では、警察官がことさら被告人を殴打したものとは断定できない。)。
右事実に本件現場の一般的状況を照らしあわせれば、樋口巡査らが、殺人(未遂)事件が発生し、その犯人が自車を運転して逃走しようとしていると判断したことは無理からぬものがあったと思われ、また右判断を前提とすれば、同巡査らがとった手段が現行犯逮捕に際して許される実力行使の限度を超えているものとも認められない。被告人の弁解を十分に聴き、他の関係証拠も取り調べた現在からみれば、前に示したように被告人に殺人の故意は認められず、又被告人が衝突後その場から逃走しようとしたものとは必ずしもいえないけれども、このことが遡って現場における警察官の判断やとった手段の当否を判断する基準となるものではない。
従って、逮捕の際の警察官の実力行使の違法を主張する弁護人の所論は採用できない。
二 しかしながら、警察官が被疑者を完全に自己の管理支配下に置いた後においては、被疑者が傷害を負っているか否か、負っているとすれば治療が必要か否か等について、警察当局は細心の注意を払わなければならないのはいうまでもない。軽い擦過傷であっても重大な疾病に至る危険が全く無いわけではないことを考えると、軽い傷害だからといって警察当局の責任が軽減されるものではない。ところで、本件で逮捕されたとき被告人の着用していたシャツに相当量の血液が付着していることからみて、被告人を留置場に入れるまでの間において、又入れた後においても、高津警察署警察官が被告人の負った傷害について気付かなかったはずはないものと思われる。それにもかかわらず、同署員らがこの点に配慮した形跡は見当らない。してみると、仮に被告人の側から治療を受けたい旨の申出がなかったとしても、被告人の傷害を放置した同署の処置は違法というほかない。
なお、同僚の森本巡査に重傷を負わせて留置されている被告人に対して、同署員の見る眼が少くとも暖かいものでなかったことは、想像に難くないところである。このような状況の下で、逮捕の翌日である六月四日林則義警部補が被告人を取り調べたのであるが、同警部補の証言によると、取調に先立ち供述拒否権が告げられたものの、同日作成の供述調書中「お巡りさんにそこのけそこのけお馬が通るという具合に、お巡りさんを蹴散らかして通過しようとしたのです。」という供述部分は、同警部補がその文言を発案し、被告人に承諾させたものであることが認められる。そうだとすれば、右引用した供述部分は、前記のとおりの被告人の肉体的、精神的状況の下において甚だしい誘導の下になされたものであるから、その自白には任意性がなく、証拠能力は認められない。
三 その後、被告人は、同月六日弘中弁護士を弁護人に選任する際、同弁護士と面接し、あらためて供述拒否権のあることを告げられ、自己の傷害部位を同弁護士に見てもらったことが認められるほか、被告人の傷害は、治療を受けないながらも順次快方に向かったものと推認できるのであって、被告人の肉体的、精神的状況は、同月四日ごろに比し著しく改善されたものと認められる。このような状況の下で、同月一二日及び一九日司法警察員により、同月二三日検察官により被告人の取調がなされたのであるが、各当日作成された供述調書は、その形式、内容に照らして検討してみても、特に自白の任意性を否定すべき根拠は見当らない。右各調書中には、取調官の理詰めの質問に基く供述部分が散見されるけれども、この程度の理詰めの発問が許されないわけはなく、これが供述の任意性に影響を及ぼすものではない。従って、六月一二日以降の各供述調書には証拠能力を認めるのが相当である。
第二 弁護人は、被告人は、進路前方にいる警察官らの姿を認めながらも、これに自車を衝突させるつもりはなく、警察官らが自車に気付いて待避していることを認識しつつ、警察官らに接触しないように進行したのであるから、被告人には暴行の故意がなかった旨主張する。
一 しかしながら、《証拠省略》によれば、被告人車が右折した時点において、被告人車の進路前方車道上には、前方約一〇メートルから約三〇メートルの間に二〇名くらいの警察官が立っていたこと、そのうち歩道寄りにいた者を除いても一〇名以上の警察官がいたことが認められる。警察官の密度が右の程度であっても、被告人車が徐行しつつ進行すれば接触は避けられるであろうが、それでは逃走の目的を達することはできず、又被告人車が徐行しなかったことは争いのないところである(右折の際、被告人が同乗者に対して「逃げるぞ。」と宣言して加速したことは、A子の証言等に照らして、明らかである。)。《証拠省略》を総合すれば、被告人は、進路上の警察官らをひき殺すまでの意図はなかったにせよ、これら警察官らに自車が接触する危険を予想しながらも、なるべく接触の危険が少いように警察官らの間隙を縫って通り抜けようと企て、その間被告人車の接近に気付かなかったり、気付いてもうまく逃げられなかった警察官に自車が接触し、これら警察官が負傷してもかまわないとの気持で、右折中の恐らく時速二〇キロメートル程度の速度から時速三〇キロメートル程度にまで加速進行したと認めるのが相当である。そして自動車が時速三〇キロメートルで人と接触すれば、人が傷害を負うことはいうまでもないから、被告人には暴行の故意に止まらず、傷害の故意があったものと認定するのが相当である。
二 弁護人は、本件は森本巡査が被告人車の進路上へ飛び出したことによって発生したものであると主張する。
よって検討すると、森本巡査の証言及び前記「事故現認警察官の配置状況等について」と題する書面によれば、はじめ同巡査が被告人車を停車させようとして、歩道寄りの地点から被告人車の進路上へ出て行った時点では、同巡査と被告人車の距離は約一八メートルもあり、同巡査が被告人車の直前へとび出したということはできない。次に同巡査は、右地点にいたとき、被告人車が停車する様子がないのを見て危険を感じ、衝突を避けるため更に車道中央線の方へ駈け出したのであるが、たまたまその時被告人がハンドルを右へ切り直したので、森本巡査の逃げる方向と被告人車の進路が一致し、同巡査が被告人車にはねられる結果となったことが認められる。もし同巡査が危険を感じたとき、後方歩道寄りへ退避していれば衝突を避けることができたであろう。しかし、被告人車のようにジグザグ運転をする車両は、車外の者から見れば、今後ハンドルを切り直すのか、それともそのままの進路で道路端まで暴走するのか、予測できないのが一般である。本件現場でも、《証拠省略》によれば、大多数の警察官は車道側端の方向へ退避しているけれども、後藤尚康巡査(尚彦とあるのは誤記と認める。)は車道右側から中央部へ退避したことが認められる。これは、同巡査が、被告人車はハンドルを右に切ったまま車道右側端まで暴走するものと予測したことによるものと推察される。森本巡査もまた、被告人車がハンドルを左へ切ったまま車道左側端方向へ暴走するものと判断して、車道中央部の方へ駈け出したところ、そのときたまたま被告人がハンドルを右に切り直したため、被告人車に衝突されることとなったものである。従って、本件衝突は、警察官を逃げまどわせるようなジグザグ運転をした被告人がその責を負うべきものであって、森本巡査が被告人車の進路へとび出したという非難は当らない。
第三 弁護人は、森本巡査をはじめ現場にいた警察官らの職務執行の適法性についても種々疑問を呈するので検討する。
《証拠省略》を総合すると、現場にいた警察官らは、当夜サンコー子母口店前に集った暴走族の駐車違反等の検挙の任務を帯びていたものであり、被告人車が現場へ進入した時には、警察官のうち、ある者は、いち早く江川橋方向へ逃走した暴走族を追って行く途中であり、ある者は、逃げ遅れた暴走族に対して職務質問を行なうなどしていたことが認められる。してみれば、これら警察官の職務執行の適法性について問題の余地は存しない。
次に、森本巡査が被告人車を停車させようとした行為の適法性について検討すると、同巡査の証言によれば、同巡査は、被告人車が車道上の警官隊を左右に分けるような形で進行して来たので、これを停車させなければならないと判断したことが認められる。このことは、被告人が公務執行妨害罪を犯し、なお引き続き同罪を犯そうとしていて、その行為により警察官の身体に危険が及ぶ虞れがあって、急速を要する場合であったことを意味するから、同巡査が、警察官職務執行法五条にのっとって、犯罪の制止の手段として被告人車を停車させることができたものといわなければならない。同巡査が被告人車を停車させるために採った手段が、日頃上司から指導訓練を受けていた方法でなかったことは認められるが、それは手段方法の技術上の問題に止まり、職務の適法性に影響を及ぼすものではない。
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち森本巡査を傷害した点は、刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同じく同巡査の職務執行を妨害した点は、刑法九五条一項に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるので、同法五四条一項前段、一〇条により刑の重い傷害罪の懲役刑で処断することとし、その刑期の範囲で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの判決の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二第一項前段により右猶予の期間被告人を保護観察に付し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文にのっとり、全部被告人に負担させる。
(量刑の理由)
本件は、暴走族の集会に参加しようとした被告人が、暴走族取締の場に出合い、逃走しようとして警察官に重傷を負わせたという事案であって、その動機において許し難く、その犯行形態が極めて危険であり、その結果において重大である。被告人は自車をほしいままに改造し、本件よりも前に整備不良車両運転等で数回検挙されたにもかかわらず、なお暴走族との縁が切れず本件犯行に及んだこと、被告人は自己の非は過少に、他人の落度は過大に評価するという他罰的傾向が著しく、改悛の情に乏しいことなどの事情もうかがわれ、被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。
しかしながら、他方、本件は暴走族の計画的暴走行為に基づくものでなく、偶発的なものであること、被告人は犯行時二一歳余であったが、その後暴走族とも離れ、ハンドルを握らないですむ職業に変ったほか、森本巡査個人に対しては申訳ないことをしたという気持を抱くなど、公判段階を通じて人間的に成長したとみられること、被害者森本巡査とは示談が成立していること、被告人車を停車させようとした同巡査の勇気と正義感は賞讃すべきであるが、そのためにとった手段はむしろ危険なものであったこと、逮捕時に傷害を負った被告人を留置した高津警察署の処遇には遺憾な点があったことなど、被告人に有利ないし同情すべき点も見当らないではない。
そこで、被告人を社会内において更生させるのを相当と認め、保護観察付きで刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤野豊 裁判官 平澤雄二 福島節男)