横浜地方裁判所横須賀支部 昭和23年(ワ)59号 判決
原告 長谷川彦五郎
被告 杉野留吉
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人等は「被告は原告に対し神奈川県三浦郡南下浦町金田鋒二千三百八十一番地所在畑三反二畝十八歩外畦畔一畝十二歩(以下本件土地と略称する。)の内二反四畝二十八歩(後記の第二、三、四号地を合わせた本件係争部分で、以下本件耕作地と略称する。)を地上の耕作物を收去して明渡し、かつ金四万七千五百七十二円及びこれに対する昭和二十三年一月十五日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うこと、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように陳述した。
本件土地の前所有者塩田トミは被告の娘で、昭和十五年三月十四日右土地を買受けたが、その頃夫節義と共に、東京都大森に居住してアルミニユーム工場を経営していたので、実父である被告にこれを全部賃貸耕作させた。
被告は昭和十六年に至り、長男三郎、次男酉松の相次ぐ入隊により労力不足となつたので、本件土地を四分割した二つの部分(当事者間においては第一、第二号地と呼称されている。)をトミに返還し、トミはこれを訴外藤平市松、同進藤市蔵に賃貸したところ、昭和十八年被告の長男三郎が除隊するに及び再び右第一、二号地を被告に貸与したが、昭和十九年八月同人の応召に伴いまたも被告から同部分の返還を受けた。
原告はその頃生活上の必要から農業による收入の増加を計画していたところ、偶々トミ及び被告とは親族関係にあつたので、右の希望を披瀝し同人等の快諾の下に前記第一、二号耕作地を賃借しその農耕に従事した。
ところがトミは昭和二十年四月前記東京都で罹災し、已むなく一家を挙げて被告方に身を寄せるに至つたが、塩田夫妻としては当時帰農する外收入の途が無かつたので、その頃被告より本件土地の残余の被告耕作部分(当事者においては、第三、四号地と呼称されている。)を原告より第二号地の返還を受け被告の指導、援助によりこれが耕作に従事していたが、終戦に伴い同年十月頃横須賀市に転居する際原告に対し本件土地の買取方を申入れ原告はこれを承諾し昭和二十一年一月三十日神奈川県知事の許可を得て賃貸価格の六十倍に相当する代金二千三百余円で買受け同年二月六日その旨の登記手続を完了した。
すなわち原告は本件耕作地をその所有者であり、かつ耕作者であつたトミから直接買受けたものである。
トミは前記のような被告との関係から、本件土地を実父である被告に譲渡すべき筋合ではあつたが、被告宅に同居中食料不足を主な理由に、事毎に被告から冷遇された為感情の悪化を来たし、遂には相反目する事態に迄達したので、被告に譲渡するを快よしとしないで、右事情を原告に説明しこれが買取方を懇請したものである。
原告はその頃家族七名を有し、加えて前記のような希望を有していた際であつたから、前記トミの申込を承諾はしたけれども、出来る限り被告との関係を円満に処置したいと考え、原、被告の親戚に当る訴外三橋熊蔵を介してその頃被告に対し、本件耕作地を含む本件土地を買受けたこと及び同日以降は本件土地の二分の一宛を、原、被告において耕作したい旨並に被告が原告の右申込を承服しない場合は、仮に被告が本件耕作地につき耕作権を主張するも、これが解除を為す旨の意思表示を居町地方における慣習に従つて行つたところ、被告は原告の右申入を承諾し、同年五月四日原告に対し本件耕作地の賃借権のすべてを抛棄すると言明した。
されば被告は原告が本件土地を買受けた当時前記のように右耕作につき何等の権原を有しなかつたものであるが、仮にその頃の耕作関係が被告の責任において為されており節義トミ夫妻はその単なる労務提供者に過ぎない手伝若しくは補助者であり、従つてトミより右土地の所有権を取得した原告が賃貸人の義務を承継したとしても、遅くとも被告の前記耕作権抛棄の意思表示により、原、被告間の右土地に関する賃貸借は終了した。
かくて原告は同年六月一日被告より本件耕作地の全部の任意明渡を受け、これを適法公然に耕作して来たところ、被告は同年十月二十一日農地調整法の一部改正を口実に前記経緯を無視して原告の適法な土地の占有を、小作地の不法取上げとして居町南下浦町農地委員会に対して農地取上解決の申立を為した。
同農地委員会は被告の右申立を取り上げ、昭和二十二年六月二十四日附裁決で、被告を小作人であるとし、同月二十九日現在で本件耕作地を被告え返還すべき旨の通知を原告に為した。
しかし乍ら原告は前記賃貸借の解約は農地委員会の成立していない頃、当事者間に為されたもので、同委員会の承認を得なくとも勿論差支えないこと及び塩田夫妻の耕作関係につき何等の考慮を払つていない同裁決には服し難いので同月二十五日同委員会に異議の申立をした。
従つて原告の本件耕作地の適法な占有は、未確定の同委員会の裁決では何等の消長がないにも拘らず、被告は同年十月十五日同裁決に乗じて原告が同所に栽培中のねぎを拔去り、大根を切取るの不法を行い原告に対して次の損害を与えた。
イ、ねぎの拔去りによるもの(第三号耕作地上)
種子一合五勺(反当り五合の割合) 七十五円
労力四人分(一人百円の割合) 四百円
堆肥六十貫(一貫四円の割合) 二百四十円
人肥十二荷(一荷三十円の割合) 三百六十円
合計 千七十五円
ロ、大根の引拔きによるもの(第三、四号地上)
種子一升五合(反当り一升の割合) 百五円
労力六人分(一人百円の割合) 六百円
堆肥五百六十貫(反当り四百貫一貫四円の割合) 二千二百四十円
人肥四十五荷(同三十荷一荷三十円の割合) 千三百五十円
化学肥料過燐酸一俵(十貫入) 百円
硫安一俵(十貫入) 二百六十円
合計 四千五百五十五円
ハ、若し被告の不法行為がなければ、普通平年作の收穫は当然予想されたので、ねぎは百八十貫(当時の公定価格貫当り二十二円四十銭)四千三十二円相当の、大根は四千四百六十貫(同貫当り八円五十銭)三万七千九百十円相当のそれぞれ得べかりし利益を喪失した。
すなわち原告は合計四万七千五百七十二円の損害を受けた。
しかも被告は同日以来本件耕作地を権原なくして占有し、原告の明渡請求に応じない。
よつて原告は被告に対し本件耕作地の明渡を求め、かつ被告の不法行為に基く原告の損害金四万七千五百七十二円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十三年一月十五日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴請求に及んだ。
なお前記南下浦町農地委員会は本件耕作地につき昭和二十三年十二月十七日附で、原告に農地買收決定通知を為したが、原告は同月十七日これが異議の申立を為したところ、同委員会は昭和二十四年一月七日これを棄却したから、更に神奈川県農地委員会に訴願した。
同県農地委員会は昭和二十五年二月十六日裁決で前記原告の訴願を容れ、南下浦町農地委員会の買收決定を取消したから、原告の本件耕作地に関する所有権は何等の消長を来していない。<立証省略>
被告訴訟代理人等はまず妨訴抗弁として、
原告の本訴請求は昭和二十二年六月二十四日の南下浦町農地委員会の裁決を不服とし、被告に耕作権がないとの主張を理由とするものであるが、同裁決のあつた日から一ケ月以内に訴を提起しなければならないのに、原告はこれを為さなかつたから、訴権を喪失している。
従つて原告の本訴は不適法として却下されるべきであると述べ、
本案につき主文と同旨の判決を求め、原告の主張事実に対して次の通り答弁した。
原告がその主張日時に、訴外塩田トミから本件耕作地を含む本件土地を買受けたこと、被告が昭和二十一年十月二十一日農地調整法の改正に伴い原告の本件耕作地の不法取上げを理由に昭和二十二年五月南下浦町農地委員会に対し農地取上げ解決の申立を行い、その結果同委員会が原告主張のような日時に原告に対し「本件耕作地を被告(小作人)に返還せよ」と裁決したこと及び被告は昭和二十二年十月十五日右裁決に基き自力を以て同所に原告が栽培中のねぎ、大根を拔捨て、以来同所を占有耕作していることは認めるも前記土地についての耕作権の推移に関する部分中、昭和二十年四月以降の耕作関係に関する部分、原告より賃貸借の解約の申込を為したこと及び被告が昭和二十一年五月四日これを承諾し、賃借権を抛棄したとの点は否認する。その余の原告が本件土地を買受けた動機、右売買の成立の経過価格神奈川県知事の許可の有無並に登記手続の日時等の事実はすべて知らない。
もともと本件土地の賃貸借関係が被告の娘である塩田トミの家族が被告方に寄寓するに至る迄の間原告主張のような経過を辿つていたことは、争わないが、昭和二十年四月頃右のトミ家族が東京で、被告の父である訴外杉野嘉吉が横浜でいずれも罹災し、被告方に寄寓するに及び被告はその食糧補給の途を講じなければならぬ立場となり、その一助にその頃原告が賃借中の第二号地をトミの協力を得て返還を受け耕作地の増加を図つたが、トミ等では到底充分な收穫が期待出来ないので、被告が耕作その他一切の運営に当りトミ等は除草を行う程度の補助者に過ぎなかつたが、被告は右二号耕作地の收穫の大部分は賃料の支払に代えてトミ家族に与えた。
従つて被告は本件耕作地のうち第三、四号地は昭和十六年頃から引続き残余の第二号地は昭和二十年四月よりそれぞれその所有者トミから賃借耕作していたものであり、原告が所有権を取得した頃も、またその登記手続を行つたという時期においても勿論適法な賃借人であり、かつこれを占有していたから、被告の賃借権は新に所有権を取得した原告に対抗出来たものである。
然るに原告はこれを偽り、神奈川県知事に対し本件土地の売買は塩田トミか非農家の為小作人の原告に譲渡するとの架空な原由で許可申請を行つた。
原告は前記の不実な方法で所有権移転登記を終了し、被告の賃借権を無視して昭和二十一年三月下旬頃本件第二号耕作地に被告が作付中であることを知り乍ら、これを掘返して馬鈴薯を、また同年七月初旬頃第三、四号地にも同様の方法で甘藷をそれぞれ植付け、終始実力を以て被告の占有を侵害し、以来昭和二十二年十月中旬頃被告がこれを回復する迄、不法な占有耕作を続けた。
もとより農地の賃貸借の解除は賃借人の不信な行為がない限り、これを行い得ないのみならず、賃貸借の解除、解約並に更新拒絶は当該地方長官の許可を必要とすること農地調整法に明記するところであるが、
被告は前記のように原告より本件耕作地の賃借権につき解除、解約の申入もなく、またその抛棄もしていないし、仮りに原告主張のようなそのいずれかの場合があつたとしても、これにつき地方長官の許可を得ていないから、その効果は発生していない。
よつて被告は昭和二十二年五月原告の不法な耕作地の取上げの解決を、南下浦町農地委員会に申出て、同年六月二十四日同委員会から「小作人の被告に同月二十九日現在で本件耕作地を返還せよ」との裁決を得たので、直にその引渡を求むべきであつたが、当時原告が粟の作付中であつたから、道義上その收穫を待つていたところ、原告は被告の申込を拒絶し、引続きねぎを挿植し大根の作付を行つて明渡に応じないので、被告は已むなく法令の保護に基き、かつかゝる場合においては自力を用いることは道義的にも法律的にもこれを許されるものと信じ、同年十月中旬原告の耕作物を取り除き実力を以て占有を回復した。
仮りに被告は前記自力による耕作権の回復に基いて、原告に対して与えた損害を補償すべき義務ありとしても、原告の従前の占有は悪意のものであるから、原告の右耕作物につき要した種苗、肥料、人件費を合算した範囲内に限定さるべきで、ねぎ三畝歩につき千五百八円、大根一反四畝二十六歩につき四千七百四十円、計六千二百四十八円の範囲内である。<立証省略>
三、理 由
先づ被告の妨訴抗弁につき按ずるに、
原告の本訴請求は、原告がその所有権に基き被告に対し本件耕作地の明渡と、被告の不法な占有侵害に基く損害の賠償要求とを内容とするものであり、その理由は被告は右耕作地につき何等の権原を有しないにも拘らず、南下浦町農地委員会が昭和二十二年六月二十四日被告の申立により農地調整法附則第三条に則り「同月二十九日現在で小作人である被告に右耕作地を返還せよ」との裁決をした為、被告がこれに藉口し、同年十月頃自力を以て原告の耕作物を除去し、以来原告よりの明渡要求を退け占有耕作を続けているからこれが明渡と、耕作物の除去による損害金の賠償を求めるというにあり、被告の妨訴抗弁は同附則第五条を原由とするものである。
成立に争のない甲第三号証によれば原告は前記南下浦町農地委員会に同年六月二十五日異議の申立をしていることは認められるも被告の右申立を以て、直に都道府県農地委員会に対する訴願の申立とはいえないし、また原告はこの点何等の立証も為さないが、同附則の第五条は地区農地委員会が農地の賃貸借に関する協議等に関し、違法な裁定裁決を行つた場合におけるその取消若しくは変更を求める訴についての提訴期間の制限を定めたものであるから仮りにこれを徒過した結果当該農地委員会の裁決に覊束される場合であつても、この規定あるの故を以て直に原告が被告の為にその所有権を侵害せられたとして被告に対し本件耕作地の明渡と不法行為に基く損害賠償を求める民事訴訟法上の訴権を排除せられたものでなく寧ろ裁判所においてその当否を判断すべきものであるから被告の抗弁は理由がない。
進んで本案につき按ずるに
原告が昭和二十年十月頃訴外塩田トミから、本件土地の譲渡を受けその登記手続を終了したこと及び同年四月以前における右土地の賃貸借関係はいずれも当事者間に争がない。
よつて同年四月以降における賃貸借関係と、これが解除、解約の有無に関する争点につき考案するに、
先づ成立に争のない乙第五、六号各証と、これに証人藤平初太郎、同杉野三郎(第一回)同三橋熊蔵同森四郎の各証言及び当裁判所の昭和二十三年(セ)第一号小作調停事件における証人杉野マツの訊問調書並に弁論の全趣旨を綜合すると
被告は本件土地の第一、二号耕作地は昭和十九年八月頃より労力不足の為原告に占有耕作させていたが、昭和二十年四月塩田節義同トミ夫妻が東京で、訴外杉野嘉吉が横浜で戦災を受け、いずれも被告方に寄寓するに及び、その頃の耕作面積では供出量を控除すれば、到底同人等に満足な食糧の補給は出来ないと考え、トミ等とも相談の結果、原告よりその頃第二号耕作地の返還を受け、これによりその需要を充たすことにしたが、嘉吉は老令であり、トミ夫妻は農の経験に乏しいので、右第二号地の耕作は被告の責任で行い、トミ家族等はこれからの收穫物の大部分を取得する代償として賃料の請求は抛棄し、かつ右耕作地等の除草等の補助的な仕事に当ることとなつた。然し不幸にして終戦前後の混乱期であつた為、些細な事が親子である被告とトミ間の感情の悪化を招き、遂にトミの家族は同年十一月末頃横須賀市へ転居するに至つたが、トミは右転居に際し原告に前記諸事情を訴え本件土地を譲渡したこと及び被告とトミ並に原告間の右耕作地の賃貸借は何等の変更がないのみならず被告は昭和二十一年三月頃から原告に右耕作地の占有を逐次侵害される迄従前に引続き耕作占有していたこと。原告は本件土地を買受け登記後、原、被告いずれにも親族関係を有する訴外三橋熊蔵に依頼して本件土地の耕作を、原、被告で折半して行おうと試みたが、三橋は原告の従来よりの措置を快よしとせず、独自の見解から原、被告間の感情の融和を図り、その妥協策を講じたに止つて、何等原告の趣旨に副うような処置を為さなかつたこと及び昭和二十一年五月末頃被告の妻訴外杉野マツが、原告の実力行使に基く農地の取上げに、激昂の余被告とは何等の連絡もなくかつ真意に基かず本件耕作地の賃借権を抛棄する旨放言するや、被告はこれに藉口して同年六月初旬頃右耕作地をすべて自力により占有するに至つたことが認められる。右認定に反し原告の主張に副うような証人塩田トミの証言及び原告本人訊問の結果は信用出来ない。従つて原、被告間には賃貸借の解約の合意は成立していないのであるから被告は昭和二十年四月頃から引続き本件耕作地の権原ある賃借人でありこれを占有耕作し、また占有耕作し得たものと謂うべきである。
成立に争ない甲第一号証同第二号証の一、二によれば原告は前記日時に塩田トミより本件土地を買受け、知事の許可を得て登記手続を完了したことを明認し得るけれども、右事実のみによつては農地調整法の保護を受ける被告の小作人たる地位を軽易に抹殺することは出来ないし、また右耕作地の取上げは小作人たる被告に不信な行為がない限りこれを行い得ないこと勿論であり、なお成立に争のない甲第六号証は本件耕作地に関する賃貸借関係とは別個の問題である自作農創設特別措置法に基く農地である本件土地の買收が、有効なりや否やの点に関するものであつて、何等右認定の妨げとはならない。
されば原告は前記認定のように、塩田トミから承継した被告に対する本件耕作地の賃貸人であつて、かつ右承継後において被告との間の賃貸借を解除、解約した点についてはこれを認め得べき証拠がないから、被告の同耕作地の占有耕作を容認する義務があり被告に対し本件耕作地をその地上の耕作物を收去して明渡を求める本訴請求の部分は失当であるから棄却されるべきものである。
次に原告の損害賠償請求の点につき考察する。
被告が昭和二十二年五月中旬頃南下浦町農地委員会に対して原告の本件耕作地の不法取上げを理由に、農地取上解決の申立を為したところ、同委員会は被告の申立を取り上げ、同年六月二十四日、被告を小作人であるとし、同月二十九日現在で右土地を被告に返還すべき旨の裁決を為したことは当事者間に争なく、
被告が同年十月中旬頃前記農地委員会の裁決を根拠に、本件耕作地の賃借権を確保しようとして、原告が同所に栽培中のねぎ、大根を取除いて自力を以てこれが占有を回復し以来同所を占有耕作していることは被告の自認するところであり、被告が本件耕作地の賃借権に基き原告に対して右耕作地の引渡を請求し以て占有を自己に移すは格別、これによらずして原告の意思に反して自力を以てその占有を自己に移したことは原告の占有を不法に侵害したるが如き観がないでもないが、被告の妨訴抗弁について一部言及したように、原告が前記南下浦町農地委員会の同年六月二十四日の裁決をその頃受領し乍ら、都道府県農地委員会に対し訴願の申立を為したと認むべき何等の証拠もないので右裁決は一ケ月を経過した同年七月二十四日頃に確定している事実に証人杉野三郎の証言(第一、二回)と弁論の全趣旨を綜合すると、被告は原告が昭和二十一年三月下旬頃より実力を以て被告の適法に占有耕作していた本件耕作地に逐次立入り自己の為にこれを耕作使用し来つた間も原告の右行為は唯だ被告の占有を妨害するに過ぎずと看做して右耕作地の占有を継続する意思を抛棄せずその返還を要求し来り前記農地委員会の裁決直後、当時粟の作付中であつた原告に対してこれが明渡を求めその收穫迄待つこととしたところ、その收穫期に至つても原告は被告の誠意を容れないで、その明渡を拒み同年十月初旬頃大根を蒔付け、ねぎ苗を挿植して頑強に被告の申入を拒絶する態度を示したので本件耕作地につき前記認定の如く正当なる賃借権者である被告が原告より暴力を以てその占有を侵害せられるに至つた点をも考慮して已むなく賃借権に基く権利の実行として前記方法による占有回收を行つたことが認められ右認定を覆すに足る何等の証拠もない。
されば叙上認定の原告がその所有権を取得した本件耕作地を昭和二十一年三月頃より昭和二十二年十月頃までの間占有耕作したがこれは被告の賃借権に基く適法な占有を侵害して得たものなること、被告が右耕作地の小作人なる旨の前記裁決の確定した後被告において賃借権に基く権利の実行として自力を以て原告よりその占有を回收したこと等違法の評価の相対立する彼此の事情を綜合考量するときは、被告が既存の占有に基いて従来の占有状態を維持しようとして、侵害者である原告の右耕作地の占有が前記の如く約一年半に亘つたがその支配の未だ確立していなかつた時期においてその実力行使に対して防衛的の実力手段を講じたものであり、前記諸事情の下においては被告の自力救済による本件耕作地の占有回收は已むを得ない行為として違法性を阻却し許容せらるべきである。
従つて原告が被告の本件耕作地の占有が有責違法の行為であることを前提として被告に対し損害賠償の請求を為す本訴請求は爾余の争点につき判断を為すまでもなく既にこの点において失当であるからこれまた棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石原辰次郎)