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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和33年(わ)139号 判決 1960年12月09日

被告人 堀内文吉こと堀岡文吉

明二五・五・二一生 著述業

主文

被告人を禁錮弐月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、明治四十五年東京外国語学校を中途退学してから著述業に従事し来り、昭和三十一年四、五月頃から三浦市三崎町東岡三千六百六十一番地小島政儀方において不定期刊行新聞である「三浦放送新聞」を編輯発行している者であるが、三浦商工会議所、三崎魚市場並びに三崎漁港の各運営問題及び観光、運輸等同市の発展策につき三浦商工会議所会頭、三崎漁業協同組合連合会長寺本正市、同会議所副会頭、三浦市議会議員、三崎魚商協同組合長久野又兵衛、同市議会議員、三浦観光協会副会長宮口若太郎、日刊新聞「三崎港報」の経営者向坂寿史、同市議会議員、開業医師矢島晴夫らと所見を異にするものであるところ、

第一、(一) 昭和三十二年十一月八日頃同日附の右「三浦放送新聞」紙上に「商工怪疑所は、市民の敵の巣窟、皆公正会の陰謀だ」と題し、「類をもつて集るとはよくいつたもので、三浦市百年の繁栄を犠牲にしても私利私欲を死守するといつた不心得者は皆申し合せたように公正会に集つてしまつた感がある。公正会の会長は魚頭怪疑所の副会頭又兵衛さんで、現魚市場釘付論の本家本元、総元締であるから、貫録はあり過ぎる程ある有名な暴力ボスである。毎月市役所に支払わねばならぬ魚市場使用料を本年度になつてから一度も支払わず、ナンダカンダと難クセを付けて、千数百万円もの金を流用していた。……………しかも公正会の寺本弘議員の厳父は怪疑所の怪頭であるのだ。この正副両怪頭が腹を合せて払わないのである。…………千数百万円に達するアズカリ金を流用してその金利だけでも計算すればたいした儲けになるのだが、市に対する損害など知らぬ顔の半兵衛であるばかりでなく、市会開会中であつた(に)も拘らず料亭で闇取引の話をするのに市にその費用までもたせたものだ。これ程スサマジイ暴力ボスが愛市の念のある市民の味方であり、恩人であるなどとはお世辞にも言えるであろうか。…………なにしろ過去に於いて十数億円の巨額に昇る水揚げを伏せて、暗から暗に魚を泳がせようとしたのがバレた時など、最早税金も使用料もネコババが出来なくなると、カブトをぬいで頭をさげ、クサイのをシブシブ吐きだしたことなどを思えば、こんどは使用料を額面通り払つてやるのだから有難く思えというので酒席までもうけさせたのだからスゴイものだ。これがノマセロダカセロ、ニギラセロ主義の正副怪頭の合作であるのだから、われわれ市民はつつしんで市民の敵という尊号を彼等に奉つても不当な讃辞とは言えまい。」と。さらに「魚尾族の醜態」と題し、「人を見れば泥棒と思え、石川や川の真砂はつきるとも世に盗賊の種はつきまじ、というのと同じだ。同じなるなら盗賊の頭となれ式である。戦時下一億一心でナニがナンでも勝たねばならぬというので、すべて統制され配給制度となつた。こんな時に統制組合の組合長は全組合員の死命を掌中に握つている程の重大な役目であるから公明正大で絶対に信頼されねばならぬ地位にある。然るにそれをよいことにして闇からヤミに流し、配給の漁具やアブラで巨利を占めたことがバレて尻尾をつかまえられてしまつたから、流石の怪頭も法の裁きをうけるとなるとシヨゲざるを得ない。そこで迷つたあげくの迷案が飛行機を献納することになりドロを吐いてごめん願いをした。新聞ではその愛国的美挙をほめそやして書き立てられ、本人鼻を高くしてよろこんだ程オメデタイ人物なのである。その会頭が、通産省と不義密通して魚頭怪疑所を産みおとしたと書くとこれを迷余毀損だと市議会でさわいだものだ。汚職の火の手が消しても消しても燃え上る通産省に汚職の種はつきまじだ。」と。

(二) 昭和三十三年三月六日頃同日附の右新聞紙上に「裏切者不義密通」と題し、「漁港三崎の悪の根源は寺又の握手にある。握手を可能ならしめる原因は、この両者間に不正の利益を追及するという共通点があるからである。…………寺本父子がモシ魚商と密通して三浦市をカキマワスことがなく、焼津のように業者同志が協力して市場も魚港もやつて呉れるなら三浦市民はどんなによろこぶことであろう。…………此度の署名運動(市場拡張促進運動の署名を指す)にしても、楽屋裏をのぞいてきた人の話によると、寺本、又兵衛、カネリキ、狡報が合議し合作していたというではないか。「在港船主」もあつたものじやない。事実は寺又新聞の「在狡潜主」がデツチあげたものではないか。尻尾をつかんで来た者がいるのだから、イヅレは狐か狸に違いないから三浦市民たるモノ眉にツバつけてだまされぬ用心が肝要だ。」と。

それぞれ執筆掲載した上同新聞紙各約二千五百部ずつを、いずれもその頃三浦市内、横須賀市内、横浜市内、東京都内において多数の読者に配布し、もつて公然事実を摘示して前記寺本正市及び久野又兵衛の各名誉を毀損し、

第二、(一) 昭和三十二年八月十九日頃同日附の右新聞紙上に「表面に出してはならぬ、三名の有名人」と題し、「三崎という所は実に困つたところである。表面に出しては三崎のためにならぬばかりか、本人も恥のうわぬりとなり、三浦市の恥さらしになるような有名人をよりによつて表面に出したがり、かつぎ上げたがるのである。…………ここに特筆大書したいのは、三浦市民を馬鹿にした三馬鹿太郎の行状である。先づ第一の馬鹿太郎は、私が三浦放送新聞を出す当初は其名の示す通り、関東電波管理局の許可を得たので有線放送を三浦市で始めると同時に週刊新聞を発行することであつた。そこで最近三崎観光KKが十二万円で権利を買収した広告塔を放送室にしたいと思つて協力を馬鹿太郎一号君に申出たのであるが、協力を拒否して権利を七万円で売るというのであつた。私はあきれて引下つたのであるが、彼がもしその時に協力者になつて居たら、今頃は三浦市の第一人者として彼の右に出る者はない程の勢力をかち得ていたことであろう。五万円高く売れたとよろこんだトタンに見苦しくも市会議長の椅子から転落だ。国鉄誘致には一人で反対するし、現魚市場釘付論には全面的に賛成するといつた風に馬鹿太郎ぶりを余すところなく発揮している。」と。

(二) 同年十一月八日頃同日附の右新聞紙上に「魚尾族の醜態」と題し、「九月の改選に当つても第一商工会議所の議員に立候補する者がいない程熱がなかつた。議員は皆御手盛りのスイセンで押しつけたのだ。セメて問題の会頭、副会頭だけでもゴセンでセンキヨの形だけでも取りたかつたであろうが、そんなことをすると、いよいよ人気ガタ落ちの寺又が落ちる公算が多くなつている。現に市会議長の席から追い出されたバカタローの場合を見ても明らかであるので、当日はムダグチバカタローがイの一番に会頭、副会頭は現在のまま引続き御苦労を願うことにしたいと発言し、…………醜名悪名の高い怪疑所をつくつてまで、三浦市の発展を妨害する必要がどこにあるのか。それは大勢を無視し、時代に逆行してまで彼等の私利私欲を死守すること以外には何もないのである。」と。さらに「久里浜三崎線の延長」と題し、「国鉄誘致の促進を計り、三浦市の生命線を確保するために、三浦市民は総立ちとなり、京浜急行の三浦市乗込み絶対反対の決死的運動をすると共に一寸の土地でも買収に応じないのが当然である。…………何故なれば、ムダグチ馬鹿太郎のような非市民は只だ一人の例外として、全議員が国鉄三崎線延長を決議したことであり、代々の理事者が伝統的に運動して来た悲願を達成せずにはおれぬからである。」と

それぞれ執筆掲載した上同新聞紙各約二千五百部ずつを、いずれもその頃三浦市内、横須賀市内、横浜市内、東京都内において多数の読者に配布し、もつて公然事実を摘示して前記宮口若太郎の名誉を毀損し、

第三、昭和三十三年一月十五日頃同日附の右新聞紙上に「盲犬珍話」と題し、「今年は犬年である。狂犬も犬顔して年を迎える以上狂犬にカミツカれぬように用心せねばなるまい。三崎では白昼大道を歩いている通行人に噛み付く狂犬が出没するからだ。調べて見ると「三崎狡報」と書いてある。飼主は三崎の魚屋である。ナル程エサがよいので元気でドウモウである。…………それ程の忠犬であるが畜生のあさましさ、善悪の判断力に欠けているので、飼主以外は皆敵と見做して誰彼の区別なく噛みつくほどの盲犬であり、猛犬なのである。」と執筆掲載した上同新聞紙約二千五百部を、その頃三浦市内、横浜市内、東京都内等において多数の読者に配布し、もつて公然事実を摘示して前記日刊新聞「三崎港報」の経営者向坂寿史の名誉を毀損し、かつ、虚偽の風説を流布して同人の同新聞経営の業務を妨害し、

第四、昭和三十三年三月六日頃同日附の前記「三浦放送新聞」紙上に「化けの皮をはがされた、筍医者の診断書、白昼市会で化物退治」と題し、「彼等は自ら三浦市百年の繁栄を妨害しながら、彼等の思うようにならぬのをくやしがつて、最後の一戦を交えようとしたのが此度の署名運動であり、三浦市振興研究会であり、「明るい三浦」と題する公正会の機関紙の発行であつたのだ。一味一類が類をもつて集まり勢揃いしたのであるから、「市民の敵」の顔ぶれ一覧表が出来たも同様である。…………中でも最も傑作は、三浦市会議員中で最高学府を出、しかも東大の赤門出だという迷医が、母校の名誉も医師会の名誉も顧みず、廃娼となつた今日魚娼の太鼓持ちに成下り、犬畜生にも劣る狡報と肩を並べて、川崎市政を葬るために、オブラートに毒薬を包んで一服呑ませようという寸法だ。昔御殿医が御家騒動の際にやつたことを現代版でやろうというのだ。」と、執筆掲載した上、その頃同新聞紙約二千五百部を三浦市内、横須賀市内、横浜市内、東京都内等において多数の読者に配布し、もつて公然事実を摘示して前記矢島晴夫の名誉を毀損し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(刑法第二百三十条の二の規定の適用があり犯罪の成立を阻却するとの主張に対する判断)

被告人並びに弁護人は、被告人は三浦市を明朗にするため、もつぱら公益を図かる目的で判示所為に出でたものであつて、判示新聞に掲載した判示各摘示事実は、いずれも真実であるから、本件被告人の所為については刑法第二百三十条の二の規定の適用がありその違法性を阻却し、いずれも罪とならないものであると主張する。

思うに、用語はこれを用いる人の自由であり、思想、良心の自由(日本国憲法一九条)並びに一切の表現の自由(同二一条)は日本国憲法の保障するところであるが、すべて国民は、「個人として尊重される。」(同一三条前段)ものであるから、各人はその自由に包懐する思想、良心等を言論、著作、出版その他の方法により表現する場合においては、苟しくも個人の尊厳を害なわぬよう努めなければならぬことは、もとより言を俟たないところである。けだし、表現の自由をあまりに強調するときは、その窮極においては、個人の尊厳を害なうの結果を招来することのあるのは免かれえないからである。およそ、国家は各人の結合、団結を基底として成立しているものであつて、各個人は国家社会を形成する一員であるにすぎない。したがつて、個人の尊厳に対する保障も、国家社会の伸展に必要な「公共の福祉」に貢献する公益のまえには、なお多少の譲歩をせねばならぬことのあるのは、各人の共同生活形態である国家社会においては、やむをえないことであるといわなければならない。しかしながら、各人が不断にきずきあげてきたその社会上占める地位に対する一般的の評価、すなわち名誉は、日本国憲法第十三条前段の保障する、人を「個人として尊重」する上において、最も重要なものであるから、表現の自由を強調するのあまり、みだりにこれを侵害してはならない。これ、日本国憲法が、その第十三条後段において、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定している所以である。

刑法第二百三十条に規定する名誉毀損罪について、その客観的構成要件に該当する摘示事実が真実であることの証明があるときは、その行為の違法性を阻却することを定めた同法第二百三十条の二の規定は、すなわち、基本的人権を尊重し、個人の尊厳を維持高揚することを主眼とするわが日本国憲法の下における、個人の尊重に最も重要な、個人の名誉の保障は、なお、同憲法の希求する理念である「公共の福祉」に貢献する公益のためには、その保障する思想、良心の自由、表現の自由に対し、多少の譲歩をしなければならぬ趣旨を闡明したものであると解すべきであるから、同条の解釈及び同条に規定する要件を具備すると認むべきか否かの認定にあたつては、常にこの点に留意し、一方において表現の自由、批判の自由を強調するのあまり、他方において、これらの表現により、不当に個人の名誉ひいてはその尊厳を侵害し毀損することのないよう、細心の注意をはらい、適正な解釈運用をしなければならない。

そこで、まず、被告人の判示各所為について、刑法第二百三十条の二の規定が適用されるものであるか、どうかについて案ずるに、前記久野又兵衛、宮口若太郎、矢島晴夫らが、当時いずれも三浦市議会議員である公務員であつたことは、証人久野又兵衛、宮口若太郎、矢島晴夫の各当公判廷におけるその旨の供述によつて明らかであるから、判示三浦放送新聞に掲載した右久野又兵衛、宮口若太郎、矢島晴夫に関する判示各摘示事実(久野判示第一(一)(二)、宮口判示第二(一)(二)、矢島判示第四)は、いずれも、同条第三項にいわゆる「公務員ニ関スル事実」であつて、その事実が真実であることの証明があるときは、その行為の違法性を阻却し、同罪の成立を阻却するものであるといわなければならない。

そこで、次に、同新聞に掲載した前記寺本正市、向坂寿史に関する判示各摘示事実(寺本判示第一(一)(二)、向坂判示第三)について、同条の規定が適用されるものであるか、どうかについて案ずるに、まず、右寺本正市に関する判示第一(一)の摘示事実は、これを要するに、「三浦商工会議所会頭である同人が、副会頭久野又兵衛と腹を合わせて、三浦市に対する千数百万円に達するアヅカリ金を不正に流用している。また、十数億円の巨額にのぼる水揚げを伏せて、税金を不正に免かれようとした。戦時下の統制時代に、配給統制違反の行為をしている。通産省の係員に、贈賄をしている。」との趣旨であつて、該事実は、「未ダ公訴ノ提起セラレザル(同)人ノ犯罪行為ニ関スル事実」であることは、右摘示事実の趣旨及び証人寺本正市の当公判廷における供述によつて明らかであるから、同条第二項の規定によつて「公共ノ利害ニ関スル事実ト看做」されるものであり、右寺本正市に関する判示第一(二)の摘示事実は、要するに、「当時三浦商工会議所会頭であつた同人が、三崎魚市場、三崎漁港等を、不正の利益を追及するためにカキマワス」との趣旨であり、また、右向坂寿史に関する判示第三の摘示事実は、要するに、「日刊新聞「三崎港報」の経営者である同人が、三崎の魚屋に飼われているため、善悪の判断力を失なつていて、その飼主以外の者については、誰彼の区別なく、噛みついた記事を同新聞に掲載する。」との趣旨であるから、右各摘示事実は、いずれも同条第一項にいわゆる「公共ノ利害ニ関スル事実」であるといわなければならない。

よつて、右寺本正市に関する判示第一(一)(二)の各所為及び向坂寿史に関する判示第三の所為が、刑法第二百三十条の二第一項にいわゆる「其目的専ラ公益ヲ図ルニ出テタルモノ」であるか、どうかについて案ずるに、右各所為における各摘示事実の具体的内容、当該事実の公表がなされた相手方の範囲、その表現の方法等、その表現自体に関する諸般の事情を仔細に検討し、これに本件において取り調べた各証人の当公判廷における供述などを綜合すればば当時三浦市議会においては、城ヶ島大橋が竣工の暁は同市三崎魚市場を城ヶ島に移転して三崎魚港を拡張することを主張する市長川崎喜太郎の立場を支持する市政会所属の議員と、これに反対し、同魚市場は現在の所におきこれを拡張し、三崎漁港を改修すべきであると主張する公正会所属の議員とが、互いに対立して論争をつづけ、被告人は右市長を支持する市政会の主張に同調していたのであるが、市民の多くはこれに反対し、同地における有力者である三崎商工会議所会頭寺本正市及び同会議所副会頭、三崎魚商協同組合長、同市議会議員久野又兵衛らが被告人らと反対の立場にあり、日刊新聞「三崎港報」の経営者向坂寿史がこれを支持していたので、被告人はまず、同人らの非行を新聞に掲載してその社会的信用を下落させる意図のもとに、判示のごとく、右寺本正市、向坂寿史らの私行にわたり、世上一部に流布されている風説等にもとずき、その事実の真実であるか否かも確かめることなくく、何んらその真実であることを確認するに足りる確固たる資料もないのに、これをさも真実げに、しかも、不当に終始人を愚弄する措辞のかぎりをつくして、実にきくに堪えない侮蔑的な言辞をならべ、それぞれ同人らを揶揄嘲弄し、これを非難攻撃する趣旨に読まれる前記各記事を前記新聞にそれぞれ執筆掲載し、これを同人らが現に居住する三浦市の地域その他において、多数の読者に配布していることが認められるのであつて、その意図するところは、まず第一に、それによつて右寺本正市、向坂寿史らが三浦市民等から受ける社会的評価を一段と下落させ、ひいては同人らを三浦市政ないしは三浦商工会議所又は三崎魚市場移転三崎漁港拡張等の問題から葬むり去り、もつて右市長川崎喜太郎の立場を有利に転回することを目的としていたものであることを窺知するに十分であるから、よしや、被告人が、それによつて三浦市を、被告人のいわゆる「明朗にし」、公益を図かることを、その窮極の目的としていたにもせよ、到底これを同法条項にいわゆる「専ラ公益ヲ図ル」目的で右各所為に「出デ」たものということはできない。

してみれば、被告人の右寺本正市に関する判示第一(一)(二)の各所為及び向坂寿史に関する判示第三の所為については、いずれも刑法第二百三十条の二第一項の規定は適用されないものであるといわなければならないから、これらの点に関する被告人並びに弁護人の右主張は、当該各摘示事実が真実であるか否かの点につき判断をするまでもなく、到底これを採用することができない。

よつて進んで、前段認定のごとく、刑法第二百三十条の二第三項にいわゆる「公務員ニ関スル事実」である、同新聞に掲載した前記久野又兵衛、宮口若太郎、矢島晴夫らに関する判示各摘示事実(久野判示第一(一)(二)、宮口判示第二(一)(二)、矢島判示第四)が、果たして、真実であるか、どうかの点について審究するに、右久野又兵衛に関する判示第一(一)の摘示事実は、要するに、「三浦市議会議員の団体である公正会は、同市の繁栄を犠牲にして私利私欲を死守する不心得者の集合であつて、その会長は久野又兵衛であるが、三浦商工会議所副会頭である同人は、同会議所会頭寺本正市と腹を合わせて、三浦市に対する千数百万円に達するアヅカリ金を不正に流用している。市に与える損害などは全然念頭になく、市会開会中市側と料亭で会合した際の費用までも市にもたせている「市民の敵」だ。」、同(二)の摘示事実は、要するに、「三崎漁港の悪の根源は、不正の利益を追及するという点で共通点のある寺本正市、久野又兵衛の握手にある。」という趣旨に帰し、また、右宮口若太郎に関する判示第二(一)の摘示事実は、要するに、「宮口若太郎は、私が三浦放送新聞を出す当初、有線放送を始めるため、三崎観光KKの広告塔をその放送室にしたいと思つて同人に、その協力方を求めたところ、これを拒絶して、その権利を七万円で売ると云つた、また国鉄誘致には一人で反対していたほどの、三浦市の恥さらしになるような、有名な大馬鹿者である。」、同(二)の摘示事実は、要するに、「宮口若太郎は、九月に行なわれた三浦商工会議所議員並びに役員の改選にあたり、会頭、副会頭の選出方法を選挙にすると、人気ガタ落ちの会頭寺本正市及び副会頭久野又兵衛が落ちる公算が多かつたので、当日イの一番に「会頭、副会頭は現在のまま引きつづきご苦労を願うことにしたい」と発言し、また、三浦市議会の全議員が、三浦市の生命線を確保するため、国鉄三崎線延長を決議した際、ただ一人の例外として、これに反対したほどの大馬鹿者である。」という趣旨に帰し、また、右矢島晴夫に関する判示第四の摘示事実は、要するに、「公正会に属する矢島晴夫は、東大出の迷医であるが、母校の名誉も、医師会の名誉も顧えりみず、魚商の太鼓持ちに成り下り、、犬畜生にも劣る「三崎港報」の経営者向坂寿史と肩をならべて、三浦市長川崎喜太郎を葬むるために、オブラートに毒薬を包んで一服呑ませようという寸法の、ふらちな「市民の敵」である。」という趣旨に帰するのであるが、右の各事実は、いずれも、その真実であることを認めるに足りる何んらの証拠もないから、これを真実とは認め難い。したがつて、いずれも、その真実の証明があつたものとはいえない。

してみれば、被告人の右久野又兵衛に関する判示第一(一)(二)の各所為、右宮口若太郎に関する判示第二(一)(二)の各所為及び右矢島晴夫に関する判示第四の所為は、この点において、いずれも刑法第二百三十条の二第三項所定の違法性阻却の要件を欠くものであるといわなければならないから、右各所為に関する被告人並びに弁護人の主張も、またこれを採用することができない。

なお、仮りに、その事実を真実とするも、これをたんに事実として摘示するにとどまらず、被告人の判示各所為にみられるごとく、これに、終始人を愚弄する措辞のかぎりをつくして侮蔑的な言辞を附加し、人を誹謗することは、不当に、著しく人の名誉、ひいてはその尊厳を侵害し毀損するものであるから、「表現の自由」を、濫用するものであり、これを保護すべき理由はないから、かかる場合には、刑法第二百三十条の二の規定は、適用されないものであるといわなければならない。

よつて右の主張は、いずれもこれを排斥する。

(法令の適用)

これを法令に照らすに、被告人の判示所為中各名誉毀損の点はそれぞれ刑法第二百三十条第一項に、業務妨害の点は同法第二百三十三条に該当し、(一)判示第一(一)の寺本正市、久野又兵衛に対する各名誉毀損と判示第二(二)の宮口若太郎に対する名誉毀損、(二)判示第一(二)の寺本正市、久野又兵衛に対する各名誉毀損と判示第四の矢島晴夫に対する名誉毀損、(三)判示第三の向坂寿史に対する名誉毀損と業務妨害とは、いずれも、同日発行の同一新聞紙に、数人の各名誉を毀損し、若しくは、人の名誉を毀損しかつその業務を妨害する事実を摘示した記事を掲載し、これを多数の読者に配布した、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、各同法第五十四条第一項前段第十条を適用し、それぞれ犯情の最も重い、又は重い、右(一)の罪については判示第一(一)の寺本正市に対する名誉毀損の罪、(二)の罪については判示第四の矢島晴夫に対する名誉毀損の罪、(三)の罪については業務妨害の罪の、各刑をもつて処断すべきところ、本件犯罪の情状についてこれを顧えりみるに、近時暴力については、世上あげてこれを非難するの声高き折柄、被告人は、その自供するごとく(被告人提出の弁駁書(3)頁「検察官と証人」の項)、暴力にも優さる偉大な力をもつ言論文筆の力を用いて、わが日本国憲法の保障する「表現の自由」に名を藉り、前記寺本正市、久野又兵衛、宮口若太郎、向坂寿史、矢島晴夫ら五名に対して、それぞれ、人を愚弄する措辞のかぎりをつくし、きくに堪えない侮蔑的な言辞をならべ、同人らを非難攻撃する、真実に反する記事を、被告人の発行する判示新聞に執筆掲載し、しかも、これを同人らの現に居住する三浦市の地域その他において、多数の読者に配布して、右寺本正市ら五名が、それぞれ、従来その不断の努力によりきずきあげてきた同人らの社会上占める地位に対する一般的の評価、すなわち名誉を、毀損し、或いはその業務を妨害しているのであつて、それによつて、その名誉を毀損された右寺本正市ら五名の被害者が、被告人の右所為を憎くむ心情が、いかに深刻熾烈なものであるかは、あえて、同人らが本件につきなされた各告訴状中の告訴の趣旨、同人らの当公判廷における各供述などを俟つまでもなく、容易に、これを看取することができるのであり、また、一方被告人の本件犯罪後の情状についてこれをみるも、被告人は、本件の審理に要した前後約二年有半に及ぶ審理期間中の当公判廷における被告人の陳述及びその態度などに徴すれば、いまなお一点の改悛の情も認められないのであつて、被告人が、判示各所為により、日本国憲法第十九条の保障する、右寺本正市、久野又兵衛ら五名を、それぞれ個人として尊重する上に最も重要な、その各名誉を毀損した本件犯罪の情状は、決して軽いものとはいえない。由来、人の名誉は、その人の行為ないし人格の如何によつて、不断に形成され、また、これを保持しうるものであることは、もとより言を俟たないところであるが、不法にこれを侵害し毀損する者があるときは、国家は各人の共同生活を規律するため、法律の命ずるところにしたがい、これを規正しなければならない。よつて、右の情状にかんがみ、本件各犯罪を敢行して未だその非をさとらず、さらに改悛の情のない被告人に対しては、一定の期間、これを、社会の雑事より遠ざけ、おもむろに、深くひとり、静かに沈思黙考するにふさわしい静閑な境遇におき、もつて被告人に、飜然その非をさとらせる機会を与えて、被告人が今後かかる犯罪を再び繰り返えさぬよう措置することが、最も適切であると認められるので、右各罪につき所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、以上の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条にしたがい、犯情の最も重い右判示第一(一)の寺本正市に対する名誉毀損の罪につき定めた刑にもとずき併合罪の加重をした刑期範囲内において、なお、被告人がすでに六十八才の老齢期にある点などをも考え、被告人を禁錮弐月に処し、訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り、全部これを被告人に負担させるものとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 上泉実)

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