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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和33年(ワ)74号 判決 1962年2月22日

事実

原告合資会社横須賀東宝映画劇場は請求原因として、原告と被告亀井功との間に、昭和三十三年二月二十一日付連帯保証契約公正証書が作成されており、それによれば、債権者被告、債務者訴外沢木真一郎間の昭和三十一年九月二十日付、元金三十五万円、弁済期昭和三十二年四月十一日、利息年一割八分なる消費貸借契約につき原告が連帯保証契約をしたことになつている。そして被告は、原告に対する右債務名義に基く強制執行として、昭和三十三年三月八日債権差押及び転付命令を得て、原告が訴外東宝株式会社に対してもつている本件建物(劇場)の賃料債権の転付を受け、その結果同会社から昭和三十三年四月十日金三万二千八百二十四円、同年四月二十四日金六万三千二百六十円、同年五月二十二日金七万五千三百九十八円、以上合計十七万一千四百八十二円の賃料を受領取得して債権の弁済に充てた。

しかしながら、前記公正証書記載の原告の債務は次の理由により存在しないものであり、右公正証書は存在しない債務を記載したという意味で無効なものである。すなわち、訴外沢木真一郎は被告に対する前記金三十五万円の借受金債務につき、弁済期前の昭和三十二年三月五日十万円、同月七日十万円、同月十五日二万円、以上合計二十二万円を弁済していたが、同年五月三十日同じく沢木に対する貸金債権をもつていた訴外藤田、鈴木、前田、石川及び被告と、沢木及び原告との間に次のような更改契約が成立した。即ち、被告の沢木に対する前記貸金債権残額を十四万円と定め、これと藤田の債権額百五十万円、鈴木の債権額百六十万円、前田の債権額四十万円、石川の債権額五万円とを合算した三百六十九万円を、被告を含めた以上五名の債権者の共同債権額と定めるとともに、債務者沢木に代つて原告が債務者となり、右三百六十九万円の弁済期を昭和三十三年三月十五日、利息年一割五分と約定してその旨の借用証書を作り、同時に原告はその支払担保のため原告所有の本件建物(劇場)に抵当権を設定して、同月三十一日その旨の登記を経た。この債務者の交替による更改契約が成立したことにより、被告ほか四名の前記債権者が沢木に対して有していた従前の個々の債権は消滅したことが明らかである。

ところが被告は、昭和三十三年二月頃原告の代表社員沢木清司から交付を受けていた原告の委任状及び印鑑証明書を使用して前記連帯保証契約公正証書を作成したのであるが、これを作成した時には、主たる債務とされた沢木の債務は既に右に述べた経過で消滅して存在していなかつたのであるから、かような存在しない債務について原告が連帯保証契約をしたところで、その連帯保証債務もまた不存在というべく、このような存在せざる債務を記載した前記公正証書は実体関係を欠く無効な公正証書といわなければならない。

しかるに被告は、右無効な公正証書に記載された原告の連帯保証債務が有効に存在すると争つているので、その存在しないことの確認を求め、且つ前記のとおり被告が転付を受けて取得した本件建物の東宝株式会社に対する賃料債権及び既に被告が取得した金十七万一千四百八十二円の金銭は、存在しない債権の強制執行として取得したもので、結局は被告が法律上の原因なくして不当に利得したことに帰着するから、右金額に対しては完済までの遅延損害金を付して、その返還を求める、と主張した。

被告亀井功は答弁として、原告主張のように、債権額三百六十九万円の借用証書が作られたことにより、債務者の交替による更改契約が成立したのではなく、従つてそれによつて各債権者のもつていた個々の債権が消滅したわけではない。すなわち、被告が昭和三十一年九月二十日沢木真一郎に貸与した金三十五万円の貸金債務については、原告が既に昭和三十二年一月中に連帯保証契約をしていて、その証として被告に対し金額三十五万円の約束手形一通を振り出し交付していた。原告が被告を含めた五名の債権者に対し債権額合計三百六十九万円の借用証書を差入れたのは、被告との関係では、右の連帯保証債務の履行を確保するため、原告所有の本件建物に抵当権を設定するための方便としてしたに過ぎないことで、原告主張のような債務者の交替による更改契約をしたためではなく、従つて、そのため沢木真一郎の被告に対する債務が消滅すべきいわれはなかつたのである。そして被告は、昭和三十三年二月二十一日原告と合意のうえで、原告の白紙委任状の交付を受けて、訴外亀井温が原告の代理人となつて、原告主張の連帯保証契約公正証書を作り、原告の被告に対する連帯保証債務を証書によつて明らかにしたのである。従つて、右公正証書は有効に作られたものであつて、存在しない債務を記載したものではないから、原告の請求は失当である、と主張して争つた。

理由

原告の主張にかかる、訴外沢木真一郎が被告に対する金三十五万円の借受金債務について合計二十二万円を弁済したことは当事者間に争いがない。

また、昭和三十二年五月三十日付で、被告の債権額十四万円に訴外藤田、鈴木、前田、石川の原告主張の各債権額を合わせ、合計三百六十九万円について、債務者を原告とし、弁済期昭和三十二年六月一日、利息年一割五分と定めた借用証書が作られ、その債務担保のため、右同日原告所有の建物に抵当権を設定して、翌三十一日その設定登記を経たことも、当事者間に争いがない。

そこで、以下、右借用証書が作られた経緯について検討するのに、証拠を合わせ考えると、沢木真一郎の被告に対する前記三十五万円の借受金債務については、昭和三十二年一月頃原告会社が連帯保証契約をしていたほか、沢木清司(原告会社の代表社員)が連帯保証人となつて、昭和三十二年四月五日付で金銭消費貸借契約公正証書が作られていたことを認めることができる。

次に、他の証拠を綜合すれば、次のとおり認めることができる。すなわち、昭和三十二年頃原告会社は合計四、五百万円位の多額の債務を負担していて、債務の支払いが困難な状態であつた。そのため昭和三十二年一月頃債権者が集まつて、各自の債権を個別に取り立てて原告会社をつぶしては困るから、共同で取り立てて各自の債権額に応じて配分しようと相談し、原告会社もこれに同意して、被告を含む前記五名の債権者の間に相談がまとまり、被告の原告に対する前記連帯保証契約に基く債権額を十四万円と計上し、他の四名の原告会社に対する債権者の債権元本額と合算して、前記借用証書を作るとともに、これらの各債権については物的担保がなかつたので、前認定のように抵当権設定契約をしてその登記を終えた。しかしその際、被告をはじめ各債権者の債権について利息ないし遅延損害金の清算をしたわけではなく、また各債権者がもつている債権証書を原告に返還したわけでもなかつた。そしてこれら債権の取立については、貸金業者として手続に馴れている被告に一任することとされていたが、一方被告は、昭和三十三年二月になつて、さきに昭和三十二年四月五日付で作つた公正証書では連帯保証人が誤つて沢木清司個人とされていて、連帯保証人たる原告会社に対する強制執行を求める方法が欠けていたので、改めて原告代表者の白紙委任状及び印鑑証明書の交付を受けて、沢木真一郎に対する前記三十五万円の貸金について、原告会社を連帯保証人とする昭和三十三年二月二十一日付連帯保証契約公正証書を作つた。

以上の事実が認められるところ、右認定の事実によると、被告を含む五名の債権者が原告会社に対する債権額合計三百六十九万円の借用証書を作つたことは、矢張り被告の主張するように、債権の物的担保を得るための手段であつたとみるのが相当であり、それ以上に原告主張のような更改契約ができたとまでみることは相当でない。他に右認定を動かし、少なくも被告との間で債務者の交替による更改が行なわれ、被告の沢木真一郎に対する債権が消滅したことを認めさせるに足る証拠はない。

してみると、原告と被告との間に作られた昭和三十三年二月二十一日付連帯保証契約公正証書は、原告の主張するように既に消滅した沢木真一郎の債務について作られた無効のものとはいえないことになるから、被告が原告主張のような強制執行に及んだことは、沢木真一郎の被告に対する債務額が残存する限り、正当な執行としなければならない。

ところで、原告の本訴請求は、沢木真一郎の債務が債務者の交替による更改によつてすべて消滅したことを前提とするものであり、この前提の理由がないことは前認定のとおりであつて、沢木真一郎の被告に対する債務が弁済によつて消滅したかは、原告の問うところではなく、また本件に現われた限りでは、これを確定するに十分な証拠もない。

原告の請求は、すべてその前提を欠き、理由なしとすべきである。

なお、本件転付命令は、将来の賃料債権も一括してその対象としているかにみえるが、将来の賃料債権について転付命令を発することは不適法であり、その限りでは債権転付の効力を生じていないのであるから、原告の請求中、本件転付債権の返還を求める部分は、この点からみても理由がないことを付言する。

よつて原告の請求はすべて理由がない。

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