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横浜地方裁判所相模原支部 平成9年(わ)192号 判決 1997年12月17日

主文

被告人Aを懲役一年六月に、被告人B子を懲役一年に処する。

被告人B子に対して、未決勾留日数中三〇日をその刑に算入する。

被告人Aに対し、この裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予する。

被告人Aから、押収してある覚せい剤一袋(平成九年押第三七号の1)を没収する。

本件公訴事実中、被告人B子が覚せい剤を所持したとの点については、同被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人Aは、法定の除外事由がないのに、平成九年一〇月一日ころ、神奈川県津久井郡《番地略》所在のメゾン甲野一〇一号の同被告人方居室内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の左腕部に注射し、もって、覚せい剤を使用し、

第二  被告人両名は、共謀の上、法定の除外事由がないのに、前同日ころ、前同所において、被告人Aにおいて、被告人B子に対して、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を加熱し気化させて、これを吸入させてやり、もって、覚せい剤を使用し、

第三  被告人Aは、みだりに、前同日、前同町《番地略》所在の駐車場内に駐車中の普通乗用自動車内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶粉末約〇・三五八グラム(平成九年押第三七号の1はその鑑定残量)を所持したものである。

(証拠の標目)《略》

(一部無罪の理由)

一  本件公訴事実中、判示第三の覚せい剤の所持に関する点は、被告人両名が共謀の上でこの犯行に及んだとするものであるが、検察官は、当裁判所の釈明命令に対して、右公訴事実は、B子が、Aと共謀したにとどまらず、本件覚せい剤を(共同)所持したとする趣旨である旨釈明し、その主たる理由として、B子は、本件覚せい剤が残存していることを認識し、Aと共同使用するつもりで、その保管を同人に委ねていたということをあげている。

二  ところで、覚せい剤取締法四一条の二第一項に規定する「所持」とは、覚せい剤に対して実力支配関係があることを意味し、もとより、覚せい剤を物理的に直接把持することは必要ではないものの、その存在を認識してこれを管理し処分し得る状態にあることを要するものと解するべきである。

三  被告人両名の捜査段階、公判段階における各供述によると、以下の事実を認めることができる。

1  B子は、覚せい剤の使用によって、平成八年二月、懲役一年六月、三年間執行猶予の判決の言渡しを受け、その後しばらくは、覚せい剤の使用をやめていた。

2  一方、Aは、同年一月ころから、覚せい剤を使用するようになり、同年二月にB子が釈放されて以降は、B子に隠れて一人で使用していたが、同年夏ころ、覚せい剤の使用をB子に気付かれ、その際は、B子から覚せい剤の使用を強くとめられたものの、やがて、B子とともに、覚せい剤を使用するようになった。

3  しかしながら、Aは、覚せい剤の使用回数が次第に増えるようになったことなどから、B子が執行猶予期間中であることに思いをいたし、B子に覚せい剤を頻繁に使用させないため、B子の目に触れさせないように、入手してきた覚せい剤を本棚の陰とか自動車の中などに隠し、B子のいないときやトイレの中などで使用したほか、自己が使用した際、B子を誘い、同人とともに覚せい剤を使用することも少なくなかった。

4  Aは、覚せい剤を入手して、平成九年一〇月一日の午前〇時ころ、自宅に帰宅するやいなや、居間ですぐに覚せい剤を注射して使用したが、B子は、そのときは、寝室で横になっていて、右のAが覚せい剤を使用しているところは目にしていなかったが、がさがさという物音などからして、Aが覚せい剤をどこからか入手してきて、これを使用していることに気付き、Aから、「どうする。」などと声をかけられ、覚せい剤の使用を勧められたことから、起き出してきて、居間に行き、Aが覚せい剤を入れたガラスの筒を手に持ってこれを自分でライターの火であぶり、煙をストローで吸って、覚せい剤を使用した。A及びB子は、その後、一緒に外出したが、同日午前三時ころ、帰宅し、再び覚せい剤を使用しようということになり、Aが、自ら覚せい剤を注射して使用した(判示第一の罪)後、覚せい剤をガラスの筒の中に入れ、これをライターの火であぶり、B子がその煙をストローで吸って、覚せい剤を使用した(判示第二の罪)。

5  Aは、右の当日、使用した以外の本件覚せい剤の入ったビニール袋を自宅の道路を挟んだ向かい側にある駐車場に駐車しておいた自己の自動車のドアの物入れ内に隠しておいた(判示第三の罪)が、同日午前七時二〇分ころ、捜索にきた警察官によってこれが発見された。

四  以上の事実が認められるところ、前記のように、Aが、B子の目に触れさせないように、入手してきた覚せい剤を本棚の陰とか自動車の中などに隠すようになって以降、B子が隠してある覚せい剤を見付けだそうとして探したり、現にこれを発見したりしたことを認めるに足りる証拠はなく、また、B子が、Aに対して、覚せい剤を使用するために覚せい剤を出すように要求したことがあることを認めるに足りる証拠も存しない。

さらに、B子が本件覚せい剤が前記の自動車内に隠されていたことを知っていたことを認めるに足りる証拠もなく、かえって、被告人両名の捜査段階以来の各供述や、前記のように、Aが、B子の目に触れさせないように、入手してきた覚せい剤を隠していた経緯にも照らすと、B子は本件覚せい剤が前記の自動車内に隠されていたことは知らなかったものと認めることができる。

なお、Aが、いつ本件覚せい剤を自動車内に隠したかについては、Aは、捜査段階においては、判示第二の罪の覚せい剤の使用後である旨供述し、B子の捜査段階における供述中にもこれに沿う部分が存するところ、Aは、当公判廷において、帰宅して覚せい剤を使用した後、すぐに覚せい剤を小分けし、当面の使用分を残して、本件覚せい剤を自動車内に隠し、その後寝室にいたB子に声をかけて覚せい剤の使用を勧めた旨供述を変更するに至っているところ、Aの当公判廷における供述には必ずしも全面的に信用しにくい面も存することは否定し難いものの、前記のように、Aが、B子の目に触れさせないように、入手してきた覚せい剤を隠していた経緯をも考えあわせると、Aの右の当公判廷における供述を不自然なものとしてにわかにこれを排斥することはできない。

五  以上のことを前提にして、検討するに、確かに、前記認定のとおり、B子は、Aが帰宅した際の物音などからして、同人が覚せい剤をどこからか入手してきたことに気付いたことが認められるから、同人が、本件で使用した以外の覚せい剤を自宅内やその周辺に隠している可能性を認識していたと認める余地はあるものの、それだけで、前記の「覚せい剤に対する実力支配関係」を認めるに十分であるとは認め難く、B子が、当該覚せい剤を使用するなどのために直接これを取り出すことができ、あるいは、Aに要求してこれを隠し場所から取り出させる意思があったことを認めるに足りる証拠の存しない本件状況下においては、「これを管理し処分し得る状態にあった」と認めるに十分ではなく、したがって、B子には、本件覚せい剤に対する「実力支配関係」を認めることはできないものと思料する。

六  結局、B子の本件覚せい剤の所持の事実については、合理的な疑いが存し、右公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条後段により、被告人B子に対して無罪の言い渡しをすることとする。

(法令の適用)

一  判示第一の所為(被告人A)

覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

一  判示第二の所為(被告人両名)

それぞれ、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

一  判示第三の所為(被告人A)

同法四一条の二第一項

一  併合罪の処理(被告人A)

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重)

一  未決勾留日数の算入(被告人B子)

同法二一条

一  執行猶予(被告人A)

同法二五条一項

一  没収(被告人A)

覚せい剤取締法四一条の八第一項本文

一  訴訟費用(不負担)(被告人両名)

それぞれ、刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

本件は、被告人Aが、覚せい剤を自己使用しかつ所持し、さらに、被告人両名が、共謀の上、被告人Aが妻である被告人B子に覚せい剤を使用させたという事案であるところ、いずれの犯行においても動機において何ら酌量すべき余地がないこと、被告人両名の覚せい剤使用の期間、回数、被告人B子は、本件と同様の覚せい剤の使用によって、平成八年二月、懲役一年六月、三年間執行猶予の判決の言渡しを受けたのにもかかわらず、その執行猶予期間中にまたしても本件犯行に及んだことからして、被告人両名の覚せい剤に対する親和性、遵法精神の乏しさを否定することができないことなどに照らすと、犯情が芳しくなく、その刑事責任を軽くみることはできない。

そうすると、被告人B子の本件犯行への関与は、被告人Aに比して、従属的なものであったこと、被告人Aにはこれまで全く前科がなかったこと、それぞれの親において今後の指導監督を誓っていること、相当期間身柄を拘束されていること、その反省状況などの弁護人が主張する被告人両名について酌むべき事情をも考慮して、主文のとおり刑の量定をすることが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊田 健)

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