大判例

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横浜家庭裁判所 事件番号不詳 決定

少年 P(昭一五・二・二九生)

主文

本件を横浜地方検察庁の検察官に送致する。

罪となるべき事実

少年は性的興奮をすると火焔を見て自涜をしたい衝動にかられるのであるがその衝動により

第一、昭和三四年一月一一日午後九時三〇分頃○○市○○○○番地○上○男方住家の土間に入り、そこに置いてあつたベットマットレスの上にあつた紙屑に所携のマッチで点火して放火しベットマットレスの裏布及びその上にあつた洋傘一本を焼燬し(損害額計一、〇〇〇円位)その儘放置すれば右の家屋を焼燬するに至るべき状態を生ぜしめ因つて公共の危険を生じさせた。

第二、同月三〇日午後一〇時頃同市○○○○番地バー○○こと○谷○政方前道路に置いてあつた米軍人G所有のオートバイを同人方東側路地の奥に押込み、そのオートバイを倒しガソリンタンクの蓋を取りはずしてガソリンを地上に流出させそのガソリンに所携のマッチで点火して放火し、右のオートバイ一台を焼燬し、(損害額三、六〇〇円位)その儘放置すれば前記○谷○政方所有の住家を焼燬するに至るべき状態を生ぜしめ、因つて公共の危険を生じさせた。

第三、同月三一日午後一〇時二〇分頃同市○○○○番地○崎○雄方住家西側路地に到り、右の住家の羽目板に接して積んであつた薪とその羽目板の間に附近より拾つてきた紙屑を入れ、所携のマッチで点火して放火し右の羽目板に燃え移らせたが、近所の者が発見消火したためその羽目板を燻焼させたにとどまり(被害額僅少)前記住家を焼燬するに至らなかつた。

第四、同年二月四日午前一時四〇分頃同市○○○○番地中華料理店○○○こと○永○雄方の住家に附属している物置内に入り、そこにあつたボール箱内のクリスマス飾りに所携のマッチで点火して放火し、右の物置に燃え移らせたが、夜警員が発見消火したためその物置の羽目板を燻焼させたに止まり(損害額三〇、〇〇〇円位)前記住家を焼燬するに至らなかつた。

第五、同年三月二日午後九時三〇分頃米海軍厚木航空基地○○クラブ倉庫に附置されている自転車置場内に入り、そこに置いてあつた○上○所有のオートバイを倒し、ガソリンタンクの蓋を開けてガソリンを地上に流出させそのガソリンに所携のマッチで点火して放火し、右のオートバイ一台及び附近にあつた○木○雄所有の自転車一台を焼燬し(損害額合計六六、二五〇円位)その儘放置すれば前記○○クラブ倉庫を焼燬するに至るべき状態を生ぜしめ因つて公共の危険を生じさせたものである。

適用罰条

第一、第二、第五の各事実につき 刑法第一一〇条第一項

第三、第四の各事実につき 刑法第一〇八条、同法第一一二条

送致の事由

少年が外国人であることを考えると少年に対し保護処分をもつてのぞむことは適当でないと思われる。そうして本件の罪質及び情状に照し刑事処分が相当と認められるので少年法第二〇条により主文のとおり決定する。

(裁判官 猪股薫)

別紙 精神鑑定書

目  次

鑑定事項

犯行の要旨

家族歴

生活史

少年の性格

現在証候

少年の放火嗜癖について

犯行の事情

犯行後の状況

説明ならびに考察

鑑定主文

昭和三十四年五月二十一日横浜家庭裁判所裁判官猪股薫氏は自分に対し昭和三十四年少第二一二七号放火同未遂保護事件の少年Pに関し左記事項を鑑定するよう依嘱した、よつて自分は昭和三十四年六月四日、同十三日横須賀米海軍病院神経科に於て医学士長谷川和夫・同福井東一を助手として同少年を診査し次の鑑定書を作成した。

鑑定事項

一、少年Pの知能程度

二、少年の性格

三、昭和三十四年一月十一日、同月三十日、同月三十一日、同年二月四日、同年三月二日当時に於ける少年の心身の状況

犯行の要旨

本籍米合衆国コロラド州○○○市○○○○通○○○○番地

住居米海軍厚木基地○○部隊(現在米海軍病院神経科)

少年は性的衝動にかられて

一、昭和三十四年一月十一日午後九時三十分頃○○市○○○○番地○上○雄方土間に侵入し紙屑にマッチで放火し

二、昭和三十四年一月三十日午後十時頃○○市○○○○番地バー○○こと○谷○政方東側空地にあつたG所有のオートバイを空地の奥に持込み、ガソリンタンクの蓋をとり外してオートバイを横にし、マッチで点火したが早期に発見消火され

三、昭和三十四年一月三十一日午後十時二十分頃○○市○○○○番地○崎○雄方西側露地につんであつた薪と羽目板の間に紙屑を入れてマッチで放火したが早期に発見消火され

四、昭和三十四年二月四日午前一時四十分頃○○市○○○○番地○永○雄方物置に侵入し、ボール箱内のクリスマス箱に放火し衣類等を焼き

五、昭和三十四年三月二日午後九時三十分頃、米海軍厚木基地○○クラブ倉庫自転車置場にあつた○上○所有のオートバイをガソリン蓋をあけて横仆しにしてマッチで放火した。

家族歴

(一) 少年の父Cは五十三才、好人物で呑気な人、人にも好かれよく笑わせるという。人夫頭をやつている。母Eは四十四才くらいになつていて相当に感情家だが社交的で愛情深い人だという。夫婦仲は円満である。彼らは共に生粋のメキシコ人である。

(二) 少年の同胞は八名で第一子H(男子)は二十一才、父と一しよに働いている。第二子が少年である。第三子I(女子)は十八才、物わかりがよいといわれる。等四子J(男子)は十七才、少年に似てスマイル・ガイだという。第五子K(女子)は十六才これも評判わるくない。第六子L(男子)は十三才、第七子M(男子)十二才、第八子N(女子)は八才、いずれも尋常な子だという。

(三) 父母両系の祖父母に関しては不詳。みな死亡していて農夫をやつていたろうという。家系中に精神病者、テンカンの人、精神薄弱者、犯罪者、自殺者などがいた話はきいていないと少年は言つている。

生活史

(一) 少年の出生状況は不明だがニューメキシコ州チャコン市で出生し、幼時には六才のときに肺炎となつたほか著患なく頭部外傷や痙攣の発作も経験したことがない。夜尿は十二才ころまであり医療をうけて治つた。両親に養育され父は長子のHを偏愛していたけれどこれについて少年は特にひがんでいたことはない。兄Hはスマートな容姿をしているので羡む気持はもつていた。小学校に入学し、学業成績は尋常で怠学することもなく、十一年間在学の後海軍に入りたくなつて中途退学しすぐ入隊した。それは一九五七年二月で十七才のときだつた。入隊前に問題の行為を発したことはなかつたという。米国で一年ちかく基礎訓練をうけているとき歩哨に立つていて居眠りし、三日間の拘禁をうけたことがある。一九五八年三月、日本に来た。

(二) 彼は六才のとき肺炎になつて入院加療中、なにかしようとした時手がふるえているのに気付きそれで指の爪をかむようになりその癖はいまだにつづいている。何度もやめようとしたが遂にやめることができなかつた。また彼には眉をしかめたり肩をゆすつたりする強迫的な行為があり、それはチック運動といわれるものだつた。しかしチック症にしばしばみられる他人の気をわるくさせるようなことを言つたり或はやつたりする汚言・汚行等が彼に発したことはないらしい。発声チックなどもおこらなかつた。その状況をたずねるに次のように少年は述べている。

問「爪かみ以外にクセはないか。」答「首をうごかしたりすること。(肯く)そういうことは止められますが……ほかには自淫。」

問「自淫をやめたいと思つているか。」答「はい。なくすために包茎を治したらと思つています。」

問「手を洗う癖、物を片付ける癖はあるか。」答「ありません。」

問「ジンクスを気にかけるか。」答「いいや。」

緊張したときに爪をかむと気分が楽になるからやめられないという。彼には強迫的な傾向があり、非常にこまかく気を使い、これでよいか、これでよいかと気にする点がある。

少年の性格

(一) 彼の性格を問診によつて検討するに次の通りである。

問「君は友人が多いか。」答「ええ沢山。むこうにいるときも……」

問「人を笑わせるような話をするのが好きか。」答「はい。」

問「いつも何かしているのが好きか。」答「何かしていたい。」

問「人のことをかまうのは好きか。」答「ええ、できるだけのことは……。」

彼には発揚性の傾向が相当著明である。

問「人から誘われると断れないか。」答「事柄によつては……。」

問「遊びなどを誘われると断らないか。」答「断ることはできます。」

問「怒りやすいと人からいわれたか。」答「いいえ。」

問「自分で損だと思つてもやつてしまうか。」答「損だと思えばやりません。」

問「もし胃が悪くて食事を禁じられているとき、うまそうな食物が目の前にあつたらどうするか。」答「一応すこし食べてみます。それで大丈夫だつたら、もつと食べます。」

問「望んだことはやつてしまうか。」答「はい。」

問「それを中止することは困難か。」答「困難です。」

彼には自制欠乏という弱志傾向があるようである。

問「君は同じことをくり返してやるというが例えばどんなことか。」答「テストをやると云われると一日それが気になります。」

問「そのほかにはどんなことが気になるか。」答「自分がしなければならないことです。」

問「戸じまりなどは気になるか。」答「何度でも見に行きます。」

問「そんなことをするのはバカらしいと思わないか。」答「バカらしいと思うことはありません。」

問「確かにしまつていても又見に行くか。」答「見に行きます。」

問「火の始末などはどうか。」答「同じように確かめます。」

問「それはなぜか。」答「危険ですから。」

問「あまり何回も確かめるのはバカらしいと思わないか。」答「そうは思いません。思慮深い人はそうするものです。」

この強迫現象は強迫行為といわれるもので、自らバカらしいと思い否定しながらも気にかかる強迫観念ではない。彼には強迫傾向があると云えるが、その成立機制は弱志性格によると思われる。気になつたことを抑制なく反復遂行せずにいられないのである。

(二) 米海軍病院で行つたM・M・P・Iテストでは無駄な行動と一般化された精神葛藤を指示する精神衰弱傾向が著明になつているほか、正常な結果を示している。即ち、強迫現象だけが指摘されている。

現在証候

(一) 体型は肥満斗士混合型、変質畸形徴候なく一次ならびに二次性徴発育順調、右腕にイカリの刺青がある。心肺に外診上病変を認めない。反射・知覚・運動の機能も尋常であり瞳孔は常大、その対光反応も常存する。

(二) 姿態尋常で顔貌も表情運動活溌であり病的表出なく独語や空笑することもない。行動は流動的で敏活であり、応対するに卒直円滑で、疎通性や親和性に欠けるところがない。対話も流揚・多弁で思考進行形式に病的な様相を認められない。問診してその精神機能を検するに次の通りである。

問「今気分はどうか。」答「OK」

問「心配な事はないか。」答「これが治るかどうか。」(放火嗜癖を指す)

問「人から噂をされているように思うか。」答「火をつけたりしたから時々はそう思う。」

問「何か変なものが見えたり聞えたりしたことはないか。」答「いいえ。」

問「今日は何年何月何日か。」答「一九五九年六月十二日、土曜。」

問「ここにいつから入つているか。」答「三月二日から。」

問「なぜ入院させられたと思うか。」答「火をつけたりしたから。」

問「私たちにこの間会つたのはいつか。」答「先週。」

病的気分や妄想性思考あるいは幻覚の体験を証明できず、見当識や記憶も尋常である。

問「一年は幾日あるか。」答「三百六十五日。」

問「今の大統領は誰か。」答「アイゼンハウワー。」

問「その前の大統領は誰か。」答「トルーマン。」

問「最初の大統領は誰か。」答「ジオージ・ワシントン。」

問「ヘンリー・フォードとはどんな人か。」答「自動車製造。」

問「トマス・エジソンとはどんな人か。」答「科学。」

問「ヘレン・ヶラーとはどんな人か。」答「さあ。」

問「ブーカー・ワシントンはどんな人か。」答「詩人ですか。」(誤)

問「ロングフエローとはどんな人か。」答「作家です。」(不確)

問「マダム・キュリーとはどんな人か。」答「知りません。」

問「自動車と飛行機はどんな点が似ているか。」答「はこぶものです。」

問「リンゴとトマトとはどんな点が似ているか。」答「食物。」

問「ダイヤモンドと石炭はどんな点が似ているか。」答「鉱物。」

彼の知識はそれほど乏しいとはいえない。海軍病院で行つた、ウエクスラー・ベルヴュ知能テストでは言語テスト指数八九、動作テスト指数一〇三、総合指数で九四を示して居りこれは平均知能の領域にある。

少年の放火嗜癖について

(一) 少年は十二才ころから燃える火に特別な愛着・関心をもつようになつたという。

問「小さい時に火をつけたというのは幾つ位の時か。」答「十二才ころ……。」

問「そのころは、何に火をつけたのか。」答「草、田舎にある古い家……。」

問「自分一人でそんなことをやつたのか。」答「はい。」

問「はじめから一人だつたのか。」答「はじめは、自分より年上の子供たちが。」

問「最初は君が手を出したのか。ただ見ていただけか。」答「はじめは、見ていたけれど、それからだんだん自分でやるようになつた。」

問「大きい子たちはどんなことをやつていたのか。」答「マッチで草に火をつけて燃していた。」

問「その子たちは何のために、そんなことをやつていたのか。」

答「ただ彼らは、燃していた。」

問「必要があつてもしていたのか遊びでやつていたのか。」答「湖のふちで遊びで……」

問「それを見たとき、どう思つたか。」答「小さい時、肺炎をやつて、それから神経質になつて、火をみるとよけい神経質になつて爪をかむんです。緊張したような亢奮したような、スリルです。」

問「むこうで火をつけたのは、主にどんなものか。」答「草なんか……。二-三マイル出かけてこわれかかつた家など……。」

問「それが問題にならなかつたか。」答「いえ別に誰もしらなかつたから。」

問「十二才ころから火をつけ始めて、軍隊に入る頃まで、しばしばそんなことをやつたのか。」答「まあ四-五回やりました。はじめの時も二回三回のときも同じような時だつた。火をつけた時、ほかの人は怖がるけれど、私は好きです。子供の時から火に手をかざして喜んでいたんです。その頃は性的に興味があつたわけじやない。ただ火が好きだつた。はじめは火が燃えるのが面白かつただけです。」

問「火が燃えるのを見て性的に亢奮するようになつたのはいつ頃からか。」答「十四-五才ころから……。自淫するようになつたけれど、それは火をつけた時じやないです。日本にきてから火をつけて自淫したんです。前には寝ている時に自淫したけれど……。」

問「米国で火をつけた時に性的に亢奮することはなかつたか。」答「やはり小さい時から、火をつけるとベニスが立ちました。十四才ころからでしようか……。」

問「そうすると、火をつけたのは何回もあるのではないか。」答「十七才の時故郷をはなれたけれど、それまでに四-五回火をつけました。火をつけないでも、もえているのを見るだけで性的に亢奮しました。十六才の時下町のほうで大火があり、その時亢奮し、家に帰つてから自淫しました。」

母国にいるとき、放火の件で警察の取調べをうけたことはなく、他人に知られて問題とされたこともないという。

問「海軍に入つてから、日本にくるまでの間、火をつけた事はないのか。」答「火をみて喜びましたが、自分ではつけません。私は精神科医のところに行けばよかつたんですけれど、それが日本にきてからだんだんつよくなつてきました。この空想を追いはらおうと思うとよけいつよく出てくるんです。」(強迫現象)

彼の放火には性的亢奮がつきまとつていた。

(二) 少年が性的関心をもつようになつたのは火に対する関心をもちはじめて少したつてからであつた。十四才ころ、年長の少年たちが話してくれたので興味をもつようになつたという。そのころ女性の友人はいなかつた。十四才ころから自淫する癖をおぼえ、それは殆ど毎夜であり、最近に至つても同様である。自淫するときははじめは大概少女を空想して之を行うが後には火を空想して自淫した。火のもえる音、赤や黄の光、くるくる火が廻る状態などを空想し、そして自淫した。火によつてかきたてられる亢奮は性亢奮に転化したがそのほかに彼に性欲異常の傾向が示されたことはなかつた。十五・六才ころ兎や鶏を飼つたことはあるが動物に対する性的嗜癖をもつたことはなく、同性や物品などに性的興味をむけたこともない。また性行為遂行の形式も、十六才のとき二才年長の女性と性交渉をもつたのが初交であるが、そのときもそれ以後もサジズム或はマゾヒズムのような行為仆錯が示されたことはなく窃視や露出に興味をもつたこともなかつた。彼は燃える火に対しても、少女に対しても性亢奮を感じるが、飲酒し多少酩酊すると特に火に対してあこがれをいだくようなのが常だつた。彼はいう。「酔つてしまうとベニスがグタッとするからダメだけれど、トムコリンス一-二杯のんだときに黄色い焔を空想し、そんなことをしてはいけない、誰かに告げなければと思うけれど、どうしても火を付けたくなつてしまう。性的に亢奮し、女のことをすこし考えるけれど、むしろ火、火ということを考えるんです。女のことが考えからなくなつて、火だけが大きく考えられるんです。女の空想のほうを続けようと思うんだけれど、火のほうの空想にひかれるんです。」と述べ、火に対する興味が軽い酩酊に際してつよくおこり、それが性的亢奮となつている様子を語つている。

(三) 少年の飲酒は放火に際して性衝動をおぼえるようになつてからはじめられた。

問「君は幾つ位から酒を飲みはじめたか。」答「十七才から……まだ酔つぱらつたことはない。」

問「よほど沢山のめるか。」答「ウィスキーあまり好きじやないが、ビールなら四-五本。」

そして酔えば燃える火の空想がおこり、それに没頭した。

問「酔うと必ずそうなつたか。」答「いつもじやないけれど、非常にしばしばそうなりました。」

問「いつ頃からそうなつたか。」答「十七才ころから飲みはじめて、そうなりました。そのころから飲むと火を空想したけれどそのころは火を空想するだけで、やることはなかつたんです。日本にきてからやりはじめました。」

問「酔わないでも火を付けたいと思うことはあつたか。」答「はい。飲まない時でもそうです。人がいない時、坐つているとそんな考えが出ます。消防車見ても連想してしまうんです。精神科医のところに行こうかと思つたけれど、行きませんでした。海軍に入つて四月目くらいにそう思いました。だけれど怖かつたんです。」

彼は放火嗜癖をもつたけれど、それが日本にきてから実行に移されるに至つた。

犯行の事情

少年の犯行の事情を検討するに次の通りである。

問「こんどはどうして入院するようになつたか。」答「何回か火をつけて厚木の人たちが検査するために、ここに連れてきた。私自身もわるいことしたと思つている。」

問「何回くらい火をつけたのか。」答「八回か。」

問「一番最初はいつ頃だつたか。」答「一九五九年一月と二月の間……。」

問「去年はそんなことをやらなかつたか。」答「いや、小さい時にはやつたが。」

問「軍隊のなかでもやつたか。」答「いや……。日本にきてから……。」

問「軍隊の施設のなかでも放火したのか。」答「厚木ベースで中でもやり、外でもやつた。」

問「いつ頃から日本で放火するようになつたか。」答「相模大塚でやつたのが初めです。一月のはじめ……。」

問「日本では何回くらい放火したか。」答「八回くらいだろうと思います。」

問「民家のそばで放火しただけではなく、隊内でも火を付けなかつたか。」答「モーター・サイクルに火をつけました。やつているときには悪いこととは考えずに、あとになつて非常にわるいと思うんです。」

彼の本件諸犯行のうち第二回と第五回の放火は、モーター・サイクルのガソリンに点火してこれを燃したのであつた。

問「こんどの放火に際しいつも自淫したか。」答「はい。火を見ながら自淫しました。かくれて火を見ながらやりました。」

問「自分で火をつけた時のほうが亢奮がつよいか。」答「やはり自分で放火したほうがつよいです。」

燃えるときの光と音に亢奮を感じる、オレンジ色・黄色・赤色、それが亢奮をおこさせる。自ら放火するようになる前には燃える音が痛快だつたが、自分で放火しはじめてからは燃えている状態全体が亢奮を誘うのであつた。

問「はじめて日本で放火した時はどんな状態だつたのか。」答「バアで飲んでいて性的に亢奮して火をつけたくなり、新聞紙に火をつけて、道をこしたところで、それを見ていて自淫しました。ドアをあけはなしてあつたから、そこから見えました。ただ紙が燃えただけだけれど夜だから大きく見えました。」

問「その時どの位飲んだのか。」答「トムコリン一杯。」

問「飲んでからどのくらいたつてからやつたのか。」答「飲んですぐやりました。」

こうして昭和三十四年一月から彼の放火が実行されだした。彼の犯行追想は卒直な態度でおこなわれ、いつも少量の飲酒をした後に性衝動がおこり放火してその焔を見ながら自淫したと述べている。第五回目の放火は三月二日夜、米軍基地内で日本人所有のモーター・サイクルに対して行われ、その後彼は同じく基地内で米軍人所有のモーター・サイクル四台に放火したのであつた。

犯行後の状況

(一) 彼は犯行後昭和三十四年三月四日、米軍基地内に於ける放火の故に逮捕され、取調べをうけ、同月十二日横須賀海軍病院神経科に移され現在も同所に入院中である。入院後、火焔をみることができず、イライラしていた。マッチの火だけでは亢奮しないといつていることが四月の上旬に記録されている。彼の供述によれば四月中旬ころには朝十一時ころ他の入院患者がリクリェーションに出ているとき、ひそかに手に入れていたマッチをすつて紙屑に火をつけた。この焔を見たとき亢奮したけれど急に犯罪事件を思いだして、あわててコーヒーをかけて消してしまつた。それで病室付の看護人に見つかることもなかつたという。そのとき自淫しなかつたが夜になつてから思出してやつたと述べている。また看護日誌によれば、五月になつて彼は憂鬱状になり、「死にたい死にたい」と云い、人のみているところで頸をつるマネをしてみたり、五月六日と七日には夜間に縊首しようとしたり、ガラスで手を引つかいたりしたことがあるという。しかし行動は軽快で人ずきのよい態度を保持している。

(二) 彼は現在でも自淫をやめない。その際の空想はほとんど火焔のことである。火を空想するのを恐れる気持はあり、まぎらそうとしてカード・プレイなどをやるが、一寸赤い色や灯色をみると、すぐ火に対する空想がよみがえつてしまう。そして亢奮し自淫し、その最中には火の恐怖も浮ばずただ夢中でやつてしまい、自淫後に火の空想を恐れ、これをとりのぞきたいと真剣に考える。しかしとりのぞくことができないという。

説明ならびに考察

(一) 現在時に於て少年Pには精神病を思わせる徴候を見出せないし、その過去に於ても彼が精神病像をもつたという証左を認めがたい。しかし彼の精神状態特にその性格にはかなり問題な点はある。彼は六才ころから爪かみの癖をもち、いくらやめようとしても之を矯正できなかつた。また肩をゆすつたり眉をしかめたりするチック運動様の癖をもつていた。これらは強迫行為であり自らやめようと思つていても、不愉快な気分がするので、つい行為に出してしまうので反復して行為し、これが癖となつているのである。こうした強迫行為の基礎には気分本位で抑制の薄い弱志的性格があると知られる。彼にはまた調子がよく行動的な発揚性傾向も顕著にみとめられる。彼には性格的な弱さがあり、そのために反社会的な嗜癖が固定されるに至つたもので彼は精神病質人(異常性格者)といわれるべきである。

(二) 少年の嗜癖で最も問題とされるのはその放火嗜癖である。彼は十二才のころ年長の友人たちが郷里の湖畔でタキ火するのに加わり、火が燃えあがるのを見て快感をおぼえ、それから自分でもやるようになつた。草や廃屋に火をつけるのを例とした。十四・五才ころになつて自淫することをおぼえ、性的興味が芽生えてくるにつれ火焔による快感は次第に性的快感に転化してきた。火をつけると性亢奮を発し、火事などをみると亢奮して、あとで自淫するのだつた。それで性亢奮をもとめて放火することがあつたけれど、従来はその放火のために取調べをうけたことはなかつた。一九五七年三月海軍に入隊し翌年三月、日本にきた。そして厚木基地に配属され、一九五九年一月から放火嗜癖にもとづいて放火行為をやりはじめ本件の諸犯行を遂行した。彼は軍隊に入隊後放火嗜癖を顕化することなく過していたが、昭和三十四年一月になつてから、外出していて飲酒後に放火するようになつた。そのころから飲酒時に放火衝動を制御できなくなつてきたのであるが、特に精神障碍を発してそうなつたのではない。軍隊生活の馴れと、外地にあつて夜間の開放感と、飲酒とがそうした衝動を発揮させやすくしていたのだろう。

(三) 放火には利慾放火、怨恨放火、酩酊放火、嗜癖放火、精神病放火等、いろいろな心理的動因がある。少年の場合は快楽のために放火を行いもしくは放火を空想していたので、嗜癖放火といわれるべきである。嗜癖放火にもいろいろあつて、第一には火事場の騒ぎが面白くて火をつけるものがあり、これは精神薄弱者に多い。第二には火の燃えさかる有様に快感をもつもので、年少者に多くこれは後に性快感と結びつきやすい。第三には性欲異常としての放火嗜癖でピロマニア、放火狂といわれるものである。ピロマニアは性欲異常としては複雑な形式で、それは性対象の仆錯であり残忍性欲でもある。性欲異常には対象の仆錯として正常の性対象以外のものがえらばれることがあり、また行為の仆錯として正常の行為以外に露出・窃視・残忍等の行為がおこなわれることがある。ピロマニアは性対象として火がえらばれ、行為形式として放火のような残忍行為がえらばれるのである。もともと火を燃すというスリルが快感となり、ついで性欲発達と共に火を燃す快感が性快感に転化するのである。

(四) 放火嗜癖のありかたは、性欲のおこつたときに放火衝動としてあらわれることもあり、また火をみたときに性欲がおこつてくることもある。火焔によるスリルと性欲との結合である。そしてこうした性欲の仆錯は普通にもおこり得るけれど、これを実現して性欲の満足を得ようとするのは抑制の薄い弱志性精神病質人である。また放火嗜癖は酩酊に際して発揮されることがある。それも酩酊の浅い程度のとき、すなわち第一度酩酊(発揚期)や第二度酩酊(麻痺期)のときにあらわれ、深い酩酊すなわち第三度酩酊(泥酔期)に行われることはない。多くは酩酊の発揚状態で気分は亢揚し抑制のみ哀えたときに、平常もつている放火嗜癖を抑制できずに発揮するのである。従つて酩酊も精神障碍として問題とするに当らない程度なのを常とする。少年のばあいにも放火が飲酒の後でなされている。しかし少量の飲酒で追想困難となることもなく、性欲発揮可能な程度だつたのであり、この酩酊を特に問題とするに当らない。また彼の放火行為は飲酒後でなくても行われることがあつたのである。

(五) 放火嗜癖はそれ自身激烈な精神障碍ではない。一種の快楽追求の錯誤なのであり、快楽は変容する性質をもつている。ただ変容した快楽を、それが反社会的なものであると知りながら敢えて遂行するところにブレーキのきかない弱志性格がみとめられるのである。こうした弱志性格、弱志的精神病質を責任性の減免理由になるような精神障碍と考えるのは正しくない。反社会的行為を恒常的に示す性格は、行為の弁護理由になることはないとみなされているのである。責任性という観点からみれば、本件の少年の人格や行為は精神障碍として遇するには適当でないことになる。しかし矯正治療という観点からみれば、少年の性欲異常としての放火嗜癖、強迫的な放火衝動、抑制困難な弱志性格は、治療し矯正されるに適当な広義の精神障碍ということになる。彼の嗜癖や性格が矯正されるのは相当に困難であるが、長期間にわたつて心理療法がおこなわれ、生活指導がなされれば矯正不能というわけではない。

(六) 少年の人格的一側面である知能の点についていえば、ウエクスラー・ベルビユ知能テストの結果も総合指数九四で平均知の範囲内にあり、問診の結果も社会的知識・概念構成能力等の点で欠けるところはなく、彼が知能的に低格であるとはいえない。彼にあつて問題なのはその性格であり嗜癖である。彼は海軍病院神経科に収容されてのち拘禁によつて抑鬱反応を発した時期があり、希死を表明したりしたがそれは一過性の反応であつて精神障碍として考えるに適当でなく、全般的にみれば調子のよい軽卒な人物としての評価がなされるだけである。以上を説明し考察し次のとおり鑑定する。

鑑定主文

一、少年Pの知能程度は平均水準に達している。

二、少年は弱志性・発揚性の精神病質人(異常性格者)であり、強迫行為や放火嗜癖を保有している。その放火嗜癖は性欲異常の一形式であり、強迫的な放火衝動としてあらわれている。

三、昭和三十四年一月十一日より同年三月二日に至る本件諸犯行時に於て、少年はその異常性格に基いて放火嗜癖を実現しようとして行為した。その際の精神状態は弁別の能力に支障はないが強迫的な放火衝動であつた故に抑制が困難であつたと推定される。この状態を重篤な精神障碍として考えるのは適当でない。

四、現在時に於ける少年の精神状態も第二項記載の通りで、弁別に支障あるものともいえないが、その性格や放火嗜癖は矯正治療の対象となり得る。 以上。

右の通り鑑定する。

昭和三十四年九月十二日提出

鑑定人 医学博士 竹山恒寿

横浜家庭裁判所

裁判官 猪股薫殿

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