横浜家庭裁判所 平成13年(家)1481号 審判 2001年12月26日
申立人 X
相手方 Y
主文
相手方は申立人に対し財産分与として410万円を支払え。
理由
第一事案の概要
本件は婚姻期間17年(同居期間10年余)の夫婦が平成11年に協議離婚し、現在バンコクに滞在中の元妻から元夫に対し、財産分与として、夫所有財産(総計3249万6983円)の2分の1に相当する金額(約1625万円)の支払を求めたものである。
これに対し、相手方の夫側は、第一に、申立人から相手方に対し突然申立人の署名捺印済みでかつ必要事項を記載した離婚届用紙が送付されてきたために成立した協議離婚であり、申立人はその際無条件での離婚を懇請してきたものであって、申立人の財産分与の請求は信義則に反するものであり、第二に、仮に財産分与義務があるとして、相手方と申立人との婚姻期間は17年、同居期間は10年であり、かつその寄与率はせいぜい3割に過ぎないから、相手方の退職金の支給額1116万8500円に前記同居期間率と寄与率を乗じた額である約197万円が相当であるところ、相手方は平成4年(1992年)に帰国する際、申立人に対し額面150万バーツ(750万円相当)を渡したから、既に財産分与は支払済みである、と反論した。
第二当裁判所の判断
一 前提となる事実関係
一件記録によれば、以下の事実を認めることができる。
1 (婚姻関係)昭和56年(1981年頃)頃、申立人は、シンガポールを訪れた際、当時○○シンガポール支店に勤務していた相手方と知り合い、翌57年(1982年)6月4日、シンガポールで婚姻して同居した。当時、相手方は、昭和51年(1976年)10月22日に離婚したタイ人の前妻Aとの間の子で、いずれも親権者として引き取った長男B(昭和○年○月○日生)、二男C(昭和○年○月○日生)、長女D(昭和○年○月○日生)の3人を引き取っていたので、必然的に申立人はそれらの子どもの面倒を見ることとなった。
2 (外国と日本での結婚生活)申立人と相手方は、シンガポールで結婚生活を始めたが、申立人も仕事を持ち、働きながら3人の子どもを育てた。シンガポールで5年ほど生活した後、相手方は、昭和62年(1987年)頃日本勤務となって、5人の家族で来日し、平成元年(1989年)に相手方がバンコク勤務となった際には、長男・二男は学校の関係で日本に残し、申立人ら夫婦と長女の3人がバンコクに渡った。長男は、全寮制の○○学校を中退後、ブラジルへのサッカー留学を経て、平成8年(1996年)(株)△△に就職して現在に至り、平成12年(2000年)5月に結婚した。なお、長男はその間、平成11年(1999年)12月14日申立人の養子となる縁組をした。また、二男は、山村留学等を経て、平成10年(1998年)に○○大学を卒業して就職し、長女は、シンガポールやバンコクのインターナショナルスクールを経て、△△大学比較文学部に入学し、平成13年3月卒業した。
3 (別居と離婚)相手方は、平成4年(1992年)9月タイでの任期が満了し、同年10月帰国して国内勤務となり、以後二男と同居しており、以後申立人と相手方は別居状態となった。結局、申立人と相手方の同居期間は、1982年6月から1992年10月までの10年4か月ということになる。同居期間中は、申立人は通常の妻としての役割あるいは相手方の連れ子たちの事実上の母としての役割を果たしたものと推認され、これを疑うに足りる証拠はない。相手方は、帰国の際、約750万円を申立人の元に置いて行ったが、この点については後述する。申立人は、その際、長女と共にバンコクに残り、更に長女は、平成7年(1995年)12月、受験のために来日したが、申立人は仕事の関係もあってバンコクに残った。その後、申立人は、平成8年4月に、日本に一時帰国したことがあり、同年8月には相手方が一時バンコクに来たこともあるが、夫婦間は不和状態となって、同年10月には、日本に戻った相手方から「世の中のしがらみを一切持ちたくない」と、突然離婚届用紙が送られてきたが、申立人はこれを預かり相手にしなかった。申立人は、バンコクの家に住んでいたが、平成11年(1999年)になって、離婚届用紙に署名捺印して相手方に郵送したところ、相手方がこれを提出して、同年7月7日協議離婚が有効に成立した。
4 (別居時の750万円授受等の事情)申立人は、平成4年(1992年)10月に相手方が国内勤務のため帰国する際、額面150万バーツの銀行振出小切手(750万円相当)を受け取ったが、この点について、申立人は金額は720万円相当だとしつつ以下のように主張し、陳述している。すなわち、「長女のインターナショナルスクールの月謝が月10万円以上かかり、その他長女の塾や生活費に使われた。申立人もずっと働いてきたので、申立人も自分と長女の生活費を負担したが、相手方より預かった720万円からも支出した。その外、その中から、相手方が持っていたシンガポールの会社を閉鎖するための費用や、相手方がタイを訪問したときの費用やカンボジアの渡航費用等、相手方のために使用した経費にも使われている。更に、相手方は、結婚以来月々定額の生活費しか渡さず、ボーナス等は一切渡してくれなかったので生活費が不足し、申立人はシンガポールにいるときから働き始めて、その収入も全て家計の生活費のために使ってきている。長女が日本に戻る際、申立人がバンコクに留まったのは、相手方が買った家の管理が必要だったこと、仕事を持ったので継続したかったこと、相手方がいずれバンコク勤務に戻る可能性が高いと思われたことなどによるものであり、以後子どもたちもバンコクと日本を行き来しながら生活をしていたのであって、そのための経費も必要であったのであり、いずれにしても、その720万円は費消してしまっていて、現在存在しない」というのである。これに対し、相手方は、「申立人この内約20万バーツから30万バーツを相手方の長女Dの学費として支出した外、残りは全て(120万バーツから130万バーツ・600万円から650万円)申立人において取得した」と主張している。なお、相手方は、「相手方がタイ国内で所有していた自動車2台(三菱ランサー、クラウンスーパーサルーン)について、相手方が日本へ帰国した後、申立人はこれを売却し、その代金合計約55万バーツ(275万円)も取得している」と主張する。
5 (相手方の退職金その他の残余財産)相手方は、昭和62年(1987年)2月1日から12年余り勤務した××(株)を平成11年(1999年)3月31日退職した。会社等から支給された退職金関係としては、退職手当金関係が約1475万円、財形貯蓄関係が約122万円、互助会餞別金が10万円、××の株式3000株(平成13年11月22日取引値による評価額約113万円)、××持株会の端数株清算金約35万円、同持株会の配当金約1万円、社内預金約5万円で、合計1761万円であった(甲20)。
6 (バンコクの不動産取得について)申立人は、相手方はバンコク所在の不動産(土地建物)を、昭和63年(1988年)4月15日から平成7年(1995年)8月7日までの間に代金を支払い、同年8月8日付で売買契約を締結し、所有権を移転する方法で、二男C名義で購入したが、その買取価格は170万バーツ(当時の為替レートで765万円)であり、これも財産分与の対象に含めるべきだと主張する。この点、相手方は、所有者ターメテック(所有名義はその妻マーメテック)がかねてより可愛がっていた二男Cを指名して譲渡を申し出たものであり、その購入資金は同じく二男Cを可愛がっていた相手方の亡兄舟越進から相手方が託され、それを相手方が二男Cに贈与してCが購入したもので、相手方の所有に属するものではないと主張する。
二 財産分与の額
前記認定の事実関係に照らせば、申立人の本件財産分与の請求を信義則違反ということは困難であり、かつ以下に検討するとおり、申立人主張の退職金関係の金額については財産分与の対象になるが、不動産関係については対象にならないものであり、別居時に渡した750万円は本件財産分与額に影響しないものと解するのが相当である。
まず、退職金関係であるが、前記一、5認定の1761万円がその対象となるが、その退職金等は、相手方が××(株)に勤務した昭和62年(1987年)2月から平成11年(1999年)3月までの12年2月(146か月)の期間を対象としたものであるが、申立人が相手方と同居してその維持形成に寄与したのは平成4年(1992年)9月までの5年8月(68か月)と認めるべきであるから(非同居期間にも子どもたちとの接触があり、同居義務違反とまでいうことができる根拠に乏しいが、その期間を財産分与の対象期間に含めるほどの寄与はしていないものという外はない)、その同居期間だけを寄与期間と計算すべきである。そうすると、1761万円に寄与期間率(0.4658)を乗じた820万円(1万円未満四捨五入)が計算と基礎となるところ、申立人の妻としての寄与率について2分の1を下回るべき特段の事情は認められないから、それを乗ずると410万円となる。
次に、バンコク所在の二男C名義の不動産については、これが相手方の所有物件であることを認めることは困難である。上記認定の事実関係に照らせば、少なくとも相手方の二男に対する贈与意思は明確であるので、二男の単なる名義貸しということはできず、したがって本件財産分与の対象にはならないという外はない。
なお、相手方は別居時の750万円を渡したことによって、財産分与は履行済みであるなどと主張するが、当時は未だ離婚の話は出ておらず、申立人には全くその認識はなかったものであって、財産分与の前渡しとならないことはもちろん、婚姻費用の前渡しであったとしても、これが離婚時に残存していることを認めるに足りる証拠は存在せず、本件財産分与の額に影響を及ぼすと認めることはできない。
三 結論
以上の次第で、相手方から申立人に対し、離婚に伴う財産分与として、前記410万円の支払義務があるものと定め、この即時支払を命ずることとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 梶村太市)