横浜家庭裁判所 昭和56年(少)2782号 決定 1981年6月01日
少年 K・S子(昭三七・一〇・二二生)
主文
少年を保護処分に付さない。
理由
一 本件送致事実は、
「少年は、Aと共謀のうえ、
第一、昭和五六年四月七日午前三時五分ごろ、横浜市○○区○○××番地×○○荘一階B方において、同人所有の○○銀行総合口座通帳二通(残高合計二六万九、一六〇円)、印鑑二本(時価一、〇〇〇円相当)を窃取し、
第二、同日午前九時五分ころ、横浜市○区○○×丁目×番×号○○銀行○○支店に、Bから窃取したC子名義の総合口座通帳二通(○○銀行○○支店発行のもの預金残高二〇万一、七二〇円、同銀行○○支店発行のもの預金残高六万七、四四〇円)、印鑑一個を持参し、同所において、行使の目的をもつてほしいままに普通預金払戻請求書用紙に窃取にかかる「○○」と刻した印鑑およびボールペンを用いて、C子名義の金額一九万九、〇〇〇円および金額六万七、〇〇〇円の普通預金払戻請求書二通を作成偽造し、前記C子のように偽り、これを同銀行係員D子に対し真正に成立したもののように装い、前記C子の総合口座通帳二通とともに提出行使して、右口座の払戻しを求め、右係員をして預金払戻名下に右金額を騙取しようとしたが、盗難届のあつたことから同係員に看破されて、その目的を遂げなかつた
ものである。」というにある。
二 そこで、右非行事実の存否について判断する。
1 送致事実第一の非行(以下、第一非行事実という。)について
(一) 第一非行事実を積極的に肯定する直接証拠としては、少年が昭和五六年四月七日午前一〇時三〇分に第一非行事実を被疑事実として緊急逮捕された際の司法警察員に対する弁解録取書(以下、単に弁解録取書というときはこれを指す。)が存するのみである。右弁解録取書によれば、少年はその際に、「ただいま言われたとおり、○○荘一階のBさんの部屋から預金通帳と印鑑を盗んで、○○銀行で現金をおろそうとしたことは間違いありません。お金が必要だつたので同棲しているAと相談してやりました。弁解することはありません。」と述べている。ところが、少年はその翌日である同月八日の司法警察員による取調べ時には、これをひるがえして、弁解録取書における供述はAの罪を軽くするためにしたもので真実に反するものであるとして第一非行事実を否認し、その後も一貫して同旨の供述をしていることは、少年の司法警察員に対する昭和五六年四月八日付及び同月一一日付各供述調書、検察官に対する弁解録取書、裁判官に対する勾留質問調書、当審判廷における供述により明らかである。このように少年が供述を変えるに至つた理由について、少年は当審判廷において「弁解を聞かれた時には、そのように言えばAの罪が軽くなると私が考えて言いましたが、留置場に入つて考えたところ、いずれ警察で調べられると本当のことがばれてしまいかえつてAが不利になると思い、翌日言い直しました。」と述べる。この理由については、必ずしも十分な説得力があるかについては疑問の余地が残るところであるけれども、弁解録取書の作成者である証人Eの当審判廷における供述によれば、同人は弁解録取時には簡単に事実の確認をしたのみで、少年に対し警察官による具体的な取調べがなされたのは翌日からであることが認められるのであつて、その後の取調べの際の第一非行事実を否認する少年の供述内容が具体的かつ詳細であるのに比して、弁解録取書の少年の自白は余りにも抽象的なものであり、その信用性を評価するについては十分に慎重であらねばならないと考えられる。
(二) ところで、共犯被疑者Aの供述を検討するに、同人作成の上申書(謄本)、司法警察員に対する昭和五六年四月八日付供述調書(謄本)、同証人及び証人Fの当審判廷における各供述によれば、Aは、当初より、B方に忍び込んで預金通帳と印鑑を窃取したのは同人の独断による単独犯行であり、これに関して事前に少年と相談したこともないと述べており、この点に関する限り、同人の供述内容は捜査段階、当審判廷を通じ終始一貫していることが認められ、これに照らしても、弁解録取書の少年の自白はにわかに措信できないといわなければならない。
(三) なお付言するに、前掲各証拠(但し、弁解録取書を除く。)を総合すれば、少年とAは昭和五四年一〇月頃から少年の住居地で同棲していたこと、同五六年四月当時少年は無職でAも月の半分位アルバイトをする程度であつたので生活資金に窮し、同月六日夜、二人で自室で雑談した折も友人や○○のクレジツト等への合計約五万円の借金の事が話題となり、その際少年は軽い気持で、「お金がないね、借金もあるし、どうしようか。天からお金が降つてこないかな。犬が者話のように掘つてこないかな。」と冗談まじりに話していたところ、Aが「泥棒でもできたらいいね。」と笑いながら言つたので、少年も「そうだね。」と笑つて答えたこと、もつとも、Aは同日の昼間アパートの階下の被害者方居室のガラスサツシ窓が割れているのを発見し、被害者が新聞配達のため早朝留守にすることも知つていたので、右会話をした頃内心ではB方へ泥棒に入ることを決意していたのであるが、右計画を少年に打ち明けることはなかつたこと、同夜は少年は深夜までテレビを見た後ふとんに入り寝ながら本を読んでいたが、Aは翌朝午前三時頃被害者が外出する音を聞き、うとうとしている少年に「ちよつと行つてくるよ。」とだけ言つて出かけて窃盗の犯行に及んだこと、以上の事実が認められる。けれども、右認定事実によれば、少年はAとの間で本件窃盗の実行された前夜たまたま雑談の最中に冗談のつもりで泥棒の話をしたというにすぎないのであり、特に少年がAから本件窃盗を実行する意思のあることを具体的に打ち明けられた訳でもないのであるから、右のような会話がなされたことをもつて、少年とAの間に本件窃盗に関する共謀が成立したと認めることは到底できないのである。その他、少年の第一非行事実を認めるに足りる証拠は存しない。
2 送致事実第二の非行(以下、第二非行事実という。)について
(一) 第二非行事実についても、少年は前記のとおり逮捕時の弁解録取の際にこれを認めたが、その翌日の司法警察員による取調べ時以降一貫してこれを否認している。すなわち、少年の司法警察員に対する昭和五六年四月八日付、同月一一日付各供述調書、当審判廷における供述(なお、勾留期間中少年に対する検察官の取調べはなされていない。)によれば、少年の第二非行事実に関する弁解の要旨は、「昭和五六年四月七日午前三時ころAがアパートの部屋から出掛けた後、私はうとうとしていたが、同日午前四時ころAが帰つてきて、通帳を見せて友達から借りてきたと言つていた。今までにもAの友達のG、H等からお金を借りたことは何度もあつたし、Aの友達は夜の仕事をする人が多いので、夜中に友達から通帳を借りてきたことについて別に不審には思わなかつた。その朝早く、Aは○○クレジツトの支払で○○まで行くのだから○○駅まで出ようと言つたので、Aと共に○○銀行○○支店に行つたが、銀行ではAが一人で窓口の方に行つて手続をしていたので、私は離れた所に座り雑誌を読んでいたところ、しばらくしてAが警察の人と来たので、何か悪いことをしたのかと思つた。それまでは、友達から借りてきた通帳をおろすものだと思つており、盗んだ通帳であることなど知らなかつた。」というものである。そして、右の少年の弁解中銀行内での少年とAの行動に関する部分が真実であることはD子(同人は銀行内で終始Aの応待をした窓口係員である。)の司法警察員に対する供述調書により十分に裏付けられる。このように、弁解録取書の少年の自白は具体性に乏しいのに比して、その後になされた少年の弁解はかなり詳細でその内容自体必ずしも不合理なものとまではいえないのみならず、それが逮捕、勾留及びそれに引き続く観護措置期間中(但し、観護措置は昭和五六年四月二七日取り消されている。なお、いずれも少年にとり初めての体験であることは司法警察員作成の「非行歴、補導歴の照会」と題する書面二通により認められる。)を通じて一貫していることからしても、その証拠価値は軽視できないものがある。
(二) 次いで、第二非行事実に沿う証拠としては、共犯被疑者であるA作成の昭和五六年四月七日付上申書(謄本)及び司法警察員に対する同月八日付供述調書(謄本)があり、その要旨は、「通帳と印鑑を盗んでから自室に戻り、寝ている少年を起こして通帳を見せながら事情を話したところ、少年は初め驚いていたが、私が「お金がないのだからおろそうよ。」と言つたら少年も「そうね、やつちやたんだから仕方ない。おろしちやいましよう。」と相談に乗つたので、朝早く二人で銀行へ行つた。」というものであり、この証拠によれば、少年の第二非行事実が認められそうである。
しかし、この証拠にも以下のような問題点がある。すなわち、Aは勾留期間中である昭和五六年四月一一日に同人に対する有印私文書偽造、同行使、詐欺未遂被疑事件について警察官による取調べを受けたが、その際同人は自己の被疑事実は全面的にこれを自供しているものの少年との共犯関係についての供述は全くなされていないことが同人の司法警察員に対する同日付供述調書(謄本)により認められるのである。この点について、同調書の作成者である証人Eは当審判廷において「同日の取調べ時に、Aは少年が共犯であるともないとも言わず、従前の供述との相違を質すと黙つていて、共犯でないと断定したわけではないので調書には何も書かなかつたが、結局のところ少年が共犯ではないという調書になつていると思う。」と供述する。また証人Aは当審判廷においては、「通帳と印鑑を盗んで部屋に帰つてから、少年に対してはそのことを話さず、」「友達から通帳を借りられたので、お金をおろしたいからつきあつてくれ。」と言つたのが真実である。逮捕されて当初もそのように供述したが、取調官は初めから少年を共犯者だと決めつけ私が違うと言つても受け入れてくれないので仕方なく嘘を言つた。検察庁に行つて本当のことを言つたが「勘弁してやる。」と言われただけで調書は取られず、その帰り、刑事さんに「少年は共犯ではなかつたのか。」「と言われたが調書にはとつてくれなかつた。」と供述する。そして、司法警察員作成の緊急逮捕手続書、同謄本中には「Aと少年を任意同行して取調べたところ、両名は被害者から貯金をおろすことを依頼されたと供述したが、既に窃盗事件の被害届出がされていることが判明したので更に被疑者を追究したところ両名は否認を続けたが説得に耐えきれず自白するに至つたが、その内容はA作成の上申書のとおりである。」旨の記載部分があり、Aの司法警察員に対する昭和五六年四月八日付供述調書(謄本)中には「先程までは、少年をかばうために嘘のことを言つたのですが、これからは少年と相談した事も含めて正直に申し上げたいと思います。」との記載部分(なお、右調書の作成者である証人Fは当審判廷において、「Aは取調べの当初から通帳と印鑑を盗んできたことは少年に話していたと述べていた。右取調べ時には少年が自供しているという報告も受けていたので、私としてはその点について特に疑問も持たず、Aを追及したような記憶もない。」と供述するが、右供述は前掲記載部分と対比してたやすく措信できない。)が存するのであり、Aの検察官に対する供述調書が作成されていないことは本件記録上明らかであり、更に、同人の司法警察員に対する昭和五六年四月八日付供述調書(謄本)、司法警察員作成の「個人照会結果報告について」と題する書面(謄本)によれば、Aは高校卒業後、調理専門学校を出たが、その後は約一年毎に勤務する飲食店を変えており、その理由というのも勤労意欲に乏しく無断欠勤や遅刻のために解雇されたり自分から行きにくくなつたというのであり、本件当時も母と同居している少年宅に寄住してアルバイトをする程度であつたので生活に窮するや短絡的に他人の財物を窃取する行動に出るというように、従前の生活態度からして同人の性格には自主性を欠いた依存的かつ浮薄な一面のあることが窺えること、同人は身柄を拘束されて被疑者として取調べを受けたのは今回が初めての体験であることが認められるのであつて、これらの諸点を併せ考えると、証人Aの当審判廷における供述にはかなりの程度の信憑性があるものと評価できるのである。
(三) 以上のとおり、少年の第二非行事実について、これに添う弁解録取書の少年の自白は具体性に乏しく、その後の少年の弁解と対比すると信をおくに十分とはいえず、またA作成の上申書(謄本)及び司法警察員に対する昭和五六年四月八日付供述調書(謄本)は、同人の捜査段階における他の供述及び当審判廷における供述と対比すると、その信用性はかなり減殺されるのみならず、それが捜査官の誘導に迎合して真意に反して供述したことにより作成されたのではないかとの疑念も相当残るのであつて、十分な信用力を有するものと評価することはできないのであり、結局、当裁判所は、少年が第二非行事実を行なつたことについて合理的な疑いを超える程度の心証を形成するには至らなかつた。
三 結論
よつて、本件送致事実は非行の証明がないことに帰着するので、少年法二三条二項により、主文のとおり決定する。
(裁判官 三木勇次)