横浜家庭裁判所小田原支部 平成9年(家)1294号 審判 1997年12月25日
申立人 柴原知也子
主文
申立人の氏「柴原」を「武田」と変更することを許可する。
理由
1 申立て
申立人は主文と同旨の審判を求めた。
2 認定判断
一件記録に基づく裁判所の認定判断は次のとおりである。
(1) 認定
ア 申立人は、平成8年7月24日、本邦において韓国国籍の柳鎮雄と婚姻の届出をした。
イ ところで、申立人の夫鎮雄(1970年8月29日生)は、両親が在日韓国人であったため、東京都内で出生して以来本邦で生育し、日常生活関係においてはすべて両親の通氏「武田」を使用してきた。
ウ 夫鎮雄の外国人登録証明書上の氏名欄の表記は「柳鎮雄」であるが、括弧書において「武田鎮雄」と併記されている。また、夫鎮雄の本邦における在留資格は「特別永住者」であり、今後とも本邦において生活するつもりである。
エ 申立人は、平成7年5月ころ、夫と同居して以降「武田」の使用を開始し、婚姻届出の際にも、夫の氏「柳」へ変更することなく(戸籍法107条2項)、日常の生活関係においては、専ら夫の通氏「武田」を使用している。
オ 申立人は、夫鎮雄の外国人登録証明書上の通氏「武田」を戸籍上の氏として使用できないため不動産賃貸借契約のほか役所や病院における各種手続など戸籍上の氏「柴原」を使用する必要がある場合に、法律上の夫婦であることを疑われるなどの不利益を被っている。
カ 申立人らの夫婦仲は円満であり、将来、子をもうけた場合に、子の戸籍上の氏と父鎮雄の通氏が一致しないことによる子の社会生活上の不利益を慮って、申立人の戸籍上の氏を夫鎮雄の通氏に変更することを強く望んでいる。
(2) 判断
戸籍法107条2項は、外国人と婚姻した日本人が、その氏を外国人配偶者の称する氏に変更しようとするときは、婚姻の日から6か月以内であれば、届出のみでこれを認める。その趣旨は、夫婦の社会生活上の便宜のため、日本人の氏を外国人配偶者の称する氏と一致させることを簡便、容易にしたものと解される。ところで、この規定にいう外国人配偶者の称する氏とは、正規の氏(本国に戸籍又はこれに準ずる制度があればその記載、本邦の外国人登録証明書上の氏名欄の表記がこれに対応する)に限られる。したがって、日本人がその氏を外国人配偶者の通氏に変更するためには、戸籍法107条1項の問題として、日本人自身による通氏の永年使用その他の「やむを得ない事由」が必要となる。
しかし、そもそも、外国人には本邦における戸籍の編成単位としての氏の概念はないから、たとえ通氏であっても、それが社会生活関係上呼称として定着しているならば、これを正規の氏と区別する理由に乏しい。このような観点からすれば、戸籍法107条1項の判断に当たっても、同条2項の趣旨を勘案し、日本人と外国人との婚姻という事実に着目して、<1>外国人配偶者の通氏が永年使用と認められる程度に定着していること、<2>日本人が婚姻後、外国人配偶者の通氏を夫婦共同体の呼称として使用し、将来も使用を継続する見込みがあることを要件として、「やむを得ない事由」を認めることができるというべきである。
本件では、申立人の夫鎮雄には、出生以来27年余の永きにわたり、一貫して「武田」氏を使用してきた実績があるし、外国人登録証明書上の氏名欄においても「武田」氏が併記されているから、本邦における社会生活関係上、「武田」氏が呼称として定着していることは明らかである。他方、申立人は夫鎮雄との婚姻届出前から今日まで2年余の間夫の通氏「武田」を使用し、夫婦仲は円満であるし、夫鎮雄においても特別永住者の在留資格を有し、今後とも本邦で生活する意向であるから、「武田」氏が、将来的にも継続して申立人ら夫婦共同体の呼称として使用されることが見込まれる。その他、申立人は、戸籍上の氏が夫の通氏と一致しないことにより、社会生活上夫婦であることを疑われるなどの不利益を被っているから、氏を変更する必要性は認められるし、氏変更を認めたことによる呼称秩序の混乱その他の弊害も見い出し難い。
以上によれば、本件申立人の氏の変更は、やむを得ないものとして許可するのが相当であるから、これを認容し、主文のとおり審判する。
(家事審判官 松田亨)