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横浜家庭裁判所横須賀支部 平成11年(家)240号 審判 2000年12月27日

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

1  申立ての要旨

(一)  相手方乙野春子(以下「相手方春子」という。)は被相続人の妻であり、相手方乙野一郎、同乙野二郎(以下「相手方一郎」、「相手方二郎」という。)及び参加人は被相続人と相手方春子間の子であって、申立人は被相続人の公正証書遺言により遺言執行者に指定されたものである。

(二)  被相続人は、遺言公正証書において

(1)  相手方春子につき、被相続人の資産を蕩尽したあげく病身である被相続人を介護せず家出した上、離婚調停の申立てをなしたことは被相続人に対する虐待及び重大な侮辱に当たるので相続人から廃除する旨、

(2)  相手方一郎につき、昭和60年に家出しその後住所・居所を知らせず多年にわたり音信を絶っていることは被相続人に対する重大な侮辱に当たるので相続人から廃除する旨、

(3)  相手方二郎につき、実姉である参加人を強姦しようとして未遂に終わった著しい非行があったほか、昭和63年以降住所・居所を知らせず多年にわたり音信不通の状態である上、相手方春子が家出して被相続人を悪意で遺棄した際にこれを幇助したことは被相続人に対する重大な侮辱に当たるので相続人から廃除する旨

の遺言をした。

(三)  申立人は、相手方らには被相続人の遺言どおりの廃除事由があるので、遺言執行として相手方らを被相続人の推定相続人から廃除するとの審判を求める。

2  当裁判所の判断

(一)  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  相手方春子は、被相続人(昭和4年2月16日生)と昭和32年7月10日婚姻届出をした被相続人の妻であり、相手方一郎、同二郎及び参加人一子は、相手方春子と被相続人間の子であって、相手方ら及び参加人一子は、被相続人の推定相続人である。

(2)  被相続人は、洋画家を志望し、昭和26年4月束京芸術大学芸術学部に入学し、相手方春子と婚姻後の昭和34年に国展の国画賞を受賞し、昭和37年からスペインに留学し、昭和41年に帰国後短大や大学の美術講師をしていたが、その間に洋画家として各種賞を受賞していた。

(3)  被相続人は、留学から帰国後まもなくして、相手方春子との間では口論等の夫婦喧嘩が次第に多くなり、相手方春子は昭和50年ころには、被相続人からの暴言・暴力や相手方二郎に対する暴力を避けるためとして数日間家出したことがあった。その後も相手方春子は、数回家出することがあったが、被相続人の入院期間と重複することはなかった。

(4)  被相続人は、画商等からの画料を多額の現金で受取っていたことから、その家計は、いわゆる丼勘定のところがあり、被相続人の昭和61年分から昭和63年分の事業及び不動産所得の合計は約5850万円であった。被相続人は、昭和57年から昭和62年ころまでの間に銀行借り入れを受けたり、手持現金で多数の不動産を購入しており、昭和60年2月以降の返済金合計は月約41万円、昭和62年4月以降の返済金合計は月約72万円となっていた。

相手方春子は、被相続人から月金130万円から金150万円を生活費として渡されていたが、このうちから住宅ローン月額70万円強の返済、光熱費、接待費等も負担していたものの、家計の管理能力は高くなかった。

また、相手方春子は、茶道の趣味を持ち、多数の茶道具のほか、装身具、洋服や和服等も買い揃えていた。被相続人も、資料として多数の書画、刀剣、陶磁器等を購入していた。

相手方春子は、さくら銀行から昭和62年から昭和63年にかけてサクセスとの融資形態で合計約3838万円を借入れたが、これらを茶道具の購入費や生活費等の不足に充てていた。

(5)  相手方春子は、被相続人が嫉妬深くかつ不倫関係をもっていたと不満を持ち、被相続人との間で双方とも感情的になって夫婦喧嘩が絶えず、その際には怒鳴られたり暴言を浴びせられるとして、被相続人の看護体制は参加人を中心になされていたことから、平成9年7月7日に家出をして相手方二郎の許に行った。相手方春子は、同月24日当庁に夫婦関係調整調停申立をなし、そのなかで被相続人との離婚及び相当額の財産分与を求めていた。右調停の期日は6回重ねられたが、平成10年5月29日調停不成立となった。その後、被相続人が、離婚訴訟を同年12月9日横浜地方裁判所横須賀支部に提起した(同庁平成10年(タ)第40号事件)。

(6)  相手方一郎は、慶応大学在学中に被相続人の了解を得てドイツ・アメリカに2年間留学し、昭和60年4月帰国し、その後まもなく交通事故を起こした。相手方一郎は、これまで被相続人から大声で怒鳴られたり罵倒されたりし、時には殴られることもあり、被相続人を感情の起伏が激しく、自己中心的で、意に反すると暴力を振るう性格と考えていた。相手方一郎は、留学から帰国後大学に復学し大学院受験の準備をしたが、専攻についての意見も対立し、これまでに私生活面でも干渉を受けていたことから、被相続人の意向に沿って生活することに疑問を持ち、昭和60年10月末ころ無断で家を出た。その後の居所を相手方二郎や相手方春子に伝えていたが、被相続人には家出後の居所を知られると、相手方春子が被相続人から暴力を振るわれると考え、転居先を伝えなかった。その後の転居に際しては、住民票の異動手続を取っていた。

また、相手方一郎は、家出後にJRの通学定期券を改竄して使用したことから、不正使用料を家に請求されたことがあったが、被相続人は本人に払わせてほしいと支払いに応じず、相手方一郎が、不正使用料をすべて支払った。

(7)  相手方二郎は、父である被相続人との折り合いが悪く、叱られたり、殴られたりしたこともあったが、中学2年生のころ、1歳年上(学齢では同学年)の姉である参加人に対し、夜中、参加人の部屋で寝ていた参加人の胸を触る等の行為をしたことがあったが、参加人はこれを強姦されそうになったと感じていた。

また、相手方二郎は、昭和57年3月大学受験に失敗したことを機会に、被相続人に話して家を出ることにし、千葉県市川市内で新聞配達のアルバイトをしながら、予備校に通い、翌年(昭和58年)4月成蹊大学工学部に入学し、新聞配達や家庭教師等をしながら自活し、昭和63年3月同大学を卒業して就職したが、その間被相続人に対し、大学に入学したこと、在学中に転居したこと、卒業して就職したこと、社員寮の住所等を葉書等で連絡していた。さらに、相手方二郎は、転居についてはそのたびに住民票の異動手続をとっていた。

なお、相手方二郎は、相手方春子が平成9年7月7日家出後、今日まで同居しているが、家出する際に相談等を受けていたわけではない。

(二)  以上の認定事実に基づき検討する。

(1)  相手方春子は、さくら銀行からの借り入れを含めて家計の管理が必ずしも充分とはいえない。しかし、被相続人の収入は、その職業・地位等からして一般家庭と異なり高額であって、その家計はいわゆる丼勘定的なところがあり、相手方春子は被相続人から高額な生活費を渡されていたものの、住宅ローン等の支払いもその中からなされていたこと、被相続人の収入や社会的地位からみると、相手方春子の家計管理・支出は、放蕩とまでいうことはできない。

また、相手方春子は、病身の被相続人の看病をしないで、平成9年7月に家出したことは認められるが、これまでの夫婦関係の悪化は相手方春子にのみ問題があったとはいえないこと、参加人を中心とした看護の体制はできていて、相手方春子の関与は必要でなかったことからすると、悪意の遺棄または虐待したとまではいえない。さらに、別居・調停申立ては相手方春子が行ったものであるが、離婚訴訟は被相続人によって提起されたものであり、かつ夫婦関係の破綻があったとしても、専らないしは主として相手方春子にその原因や責任があるとはいえないので、重大な侮辱にあたるとはいえない。

したがって、相手方春子には推定相続人廃除の事由は認められない。

(2)  相手方一郎は、家出して被相続人にその所在を連絡しなかったことが認められるが、その原因は、被相続人との長年の親子関係の確執にあり、相手方一郎のみの責任とはいえないので、被相続人に対する重大な侮辱とはいえない。相手方一郎は、通学定期券の改竄も1回のみであって被相続人に経済的負担もかけておらず、交通事故を起こしたことを含めて考量しても、相続関係を破壊するような被相続人に対する重大な侮辱ないしは非行とはいえない。

したがって、相手方一郎には推定相続人廃除の事由は認められない。

(3)  さらに、相手方二郎は、中学生時代に参加人に対し性的嫌がらせをしたことは認められるが、強姦の故意がある同未遂行為であったか不明確であるし、20年以上前の1回限りの行為であり、かつ被相続人に対するものではないので、著しい非行とはいえない。また、相手方二郎は家出したが、その原因は被相続人との長年の親子関係の確執にあり、相手方二郎のみの責任とはいえないし、家出前には被相続人と話し合いをし、その後自活し、1年後の大学入学や就職の際には葉書で連絡していたことからすると、相続関係を破壊するような被相続人に対する重大な侮辱ないしは非行とはいえない。なお、相手方二郎は、相手方春子が平成9年7月7日家出する際、相談されていたわけではないので、同相手方の家出を手引きしたものとはいえない。

したがって、相手方二郎には推定相続人廃除の事由は認められない。

(三)  よって、本件申立ては、いずれも理由がないので却下することにし、主文のとおり審判する。

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