水戸地方裁判所 平成10年(わ)866号 判決 2001年12月21日
主文
被告人甲工業株式会社を罰金四五〇〇万円に、被告人Bを懲役一年六月に処する。
被告人Bに対し、未決勾留日数中一〇〇日をその刑に算入する。
被告人Bに対し、この裁判確定の日から三年間、その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人甲工業株式会社(以下「被告会社」という)は、水戸市○○町○○○番地に本店を置き、空気調和設備工事、給排水設備工事等の設計及び施工等を目的とする資本金一二億六三〇〇万円(平成六年四月一九日より前は三億四〇〇〇万円、平成七年六月二六日より前は五億五二〇〇万円)の株式会社であり、被告人B(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役の地位にあって、被告会社の業務全般を統括していたもの(平成八年一一月二六日、被告会社代表取締役辞任、平成九年五月三〇日、被告会社取締役辞任)であるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空材料費及び架空外注費を計上するとともに、受取利息を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、
第一平成四年九月一日から平成五年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が七億九四九五万八一一二円であったにもかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年一一月三〇日、水戸市北見町一番一七号所在の所轄水戸税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六億七九九五万三〇四六円であり、これに対する法人税額が二億四七〇四万三八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億八三七五万四三〇〇円と右申告税額との差額三六七一万五〇〇円を免れ、
第二平成五年九月一日から平成六年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が七億九六七二万四六〇八円であったにもかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年一一月二五日、前記水戸税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六億三六四四万四八八六円であり、これに対する法人税額が二億二六一三万四八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億八六二三万九八〇〇円と右申告税額との差額六〇一〇万五〇〇〇円を免れ、
第三平成六年九月一日から平成七年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が七億二一八六万五七八〇円であったにもかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年一一月二八日、前記水戸税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が五億一五六六万三三一八円であり、これに対する法人税額が一億八四九一万八五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億六二二四万四三〇〇円と右申告税額との差額七七三二万五八〇〇円を免れたものである。
(証拠の標目)
省略
(弁護人の主張に対する判断)
一 弁護人の主張(公訴棄却の申立て)
弁護人らは、①本件公訴事実における各期のほ脱税額が正規の税額に占める割合(ほ脱率)は、約一二・九パーセント(平成五年八月期)、約二一・〇パーセント(平成六年八月期)又は約二九・五パーセント(平成七年八月期)であり、法人税法違反で起訴された他の事件に比して極端に低く、このような低いほ脱率の犯則事件を起訴したのは、検察官の恣意に基づく被告人及び被告会社に対する差別的な取扱いであるから、本件公訴は訴追裁量を逸脱した違法なものである、②本件は任意調査から起訴までに約二年九か月という異常に長期にわたる税務調査の末に起訴されているが、この間、被告会社は調査への協力を強いられたのであり、本件調査は受忍限度を超えた違法なものである上、その後に行われた強制捜査においては、十分な根拠がないのに、被告人を逮捕勾留し、取調べにおいては、検察官と査察官が同席して、強制や偽計により被告人に自白を迫っているほか、証拠のねつ造や弁護権の侵害等の違法な捜査が行われていたから、以上のような違法な捜査に基づいて提起された本件公訴は、違法なものであるので、棄却されるべきであると主張する。
そこで、以下、弁護人の主張について検討する。
二 訴追裁量逸脱の主張について
弁護人が主張するように、本件のほ脱率は、他の起訴事例に比較すると低率であることが認められるが、過少申告ほ脱事犯における起訴不起訴は、ほ脱率のみではなく、ほ脱の動機、その態様・規模、更には罪証隠滅工作の有無等諸般の事情を総合考慮して決せられるべきものであるから、他の起訴事例に比べてほ脱率が低率だからというだけで、本件公訴が訴追裁量を逸脱してなされた違法なものということはできない。そして、関係各証拠によれば、本件の脱税額は三期通算で約一億七四〇〇万円余りという高額に及んでいること、本件の動機が交際費等の原資となる簿外資金を留保するためという酌量の余地のないものであること、工事受注を仮装して架空材料費等を計上したり、借名口座等を利用して簿外資産を隠匿したりするなどの巧妙な手口によりなされた会社ぐるみの組織的で、かつ、複数の関係会社をも利用した大がかりな犯行であること、被告人は、被告会社の代表取締役として、社員に指示するなどして、各種脱税工作の計画、実行から簿外資産の管理及びその処分に至るまでを終始主導して行った本件の中心人物であること等の事実が認められ、これら諸事情にかんがみれば、本件は悪質な法人税ほ脱事犯ということができるとともに、被告人の責任は重いといわざるを得ないから、検察官が本件について公訴を提起したのは当然というべきであり、これが検察官の恣意に基づく被告人及び被告会社に対する差別的取扱いの結果なされた違法なものということはできず、この点に関する弁護人の主張は理由がない。
三 違法捜査の主張について
1 税務調査等の期間
平成八年二月に関東信越国税局が本件の任意調査を開始してから平成一〇年一一月に本件が起訴されるまでに約二年九か月の期間が経過しており、通常の場合と比較して本件の税務調査等に長期間を要したことは明らかであるが、国税局や検察庁がことさら本件の調査・捜査を遅らせ、引き延ばしを図ったとの事情は認められない。また、被告会社の従業員が国税局の調査に協力したとしても、それはあくまでも任意のものであり、およそ受忍限度を問題にするようなものではない。
弁護人は、国税局が調査中に検察庁が捜査に着手した点が異例である旨指摘するが、法人税法違反の嫌疑がある以上、検察庁が国税局の調査中に捜査に着手することに何ら違法、不当な点はない。
2 逮捕勾留手続
被告人は、本件公訴事実と同一の被疑事実で、平成一〇年一〇月二七日に通常逮捕され、同月二九日に勾留されたこと、この裁判に対して、弁護人らから、同日付けで、被告人には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がないなどとして、原裁判を取り消し、検察官の勾留請求を却下するとの決定を求めて準抗告が申し立てられたこと、これを受けた準抗告審は、同日、一件記録を検討した上で、被告人自身が過去の一時期に被疑事実を認めていたことと関係各証拠を総合すると、被告人には罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があると判断していることは当裁判所に顕著であるが、以上の事情等からすれば、本件逮捕勾留当時、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったことが認められるから、十分な根拠なくして被告人を逮捕勾留したとの弁護人の主張は理由がない。
3 被告人に対する取調べ
本件の調査、捜査を通じて、査察官又は検察官が、自白獲得のために被告人に対し暴行・脅迫を加えたとの事実は認められない。
被告人の当公判廷における供述(以下「供述」とは、被告人又は証人の当公判廷における供述のほか、公判調書中の被告人若しくは証人の供述部分又は被告人若しくは参考人の供述録取調書をいうこともある)及び証人Cの供述によれば、検察官が、水戸拘置支所において、査察官を同席の上、勾留中の被告人を取り調べたとの事実が認められる。弁護人は、このようにしてなされた取調べが違法である旨主張するのであるが、通常、検察官は被疑者を取り調べるに際し検察事務官や通訳人等を同席させて取調べを行っており、右の者以外の補助者を同席させたとしても、そのことのみによって検察官の取調べが違法となるわけではないところ、被告人に対する右取調べにおいて、強制的に被疑者を取り調べる権限を有しない査察官が、被告人の身柄拘束の状態を利用して、国税局の立場から調査活動の一環として取調べを行ったわけではなく、また、その点について被告人が誤解していたとの事情もうかがわれないことからすれば、右取調べの捜査主体はあくまでも検察官であり、査察官はその補助者であったと認められるのであるから、当不当の問題はともかくとして、査察官を補助者としてなされた検察官の右取調べが違法とまではいえない。
また、弁護人は、検察官らが被告人に対して偽計を用いて自白を強要したとも主張しているが、被告人は、本件によって逮捕される前から、所得の帰属問題、財団法人丙墓園に対して支出した一七億五〇〇〇万円の性格等について、国税局と被告会社との間で見解が分かれていたことを十分認識していたと認められるところ、右取調べに際して、検察官らが、「被告会社の優先受注の目的があれば、被告人個人、有限会社丁商会等の貸付けも被告会社の貸付けになるのだ。」などと述べたとしても、それは従来の国税局側の主張を繰り返したものにすぎず、被告人もこのことを十分認識していたと認められるから、被告人の取調べに際して検察官が右のような発言をしたことをもって「偽計」があったということはできない。
以上の事情に加え、被告人は、逮捕前から所得の帰属等の本件の問題点について、弁護人らとその対応を検討していたとの事情もうかがわれる上、身柄拘束中においても弁護人からの助言・援助を受けていたとの事情を考慮すれば、被告人の捜査段階の自白の任意性について疑いを差し挟むような事情は認められない。
4 証拠
(一) 丙墓園関係者の供述調書
弁護人は、「D、E及びFの検察官に対する各供述調書について、供述者が異なるのに、それぞれの記載内容が同一であるのは不自然、不合理であり、各調書に供述者の署名があるにしても、誰の供述を記載したものか分からないから、調書の署名者の供述調書として証拠能力を認めることはできないし、同一日付けで多数頁の供述調書が作成されていることからして、供述者においてその内容を理解して署名したとは認められず、この点からも証拠能力を欠いている。」旨主張する。
そこで検討するに、弁護人が同一と主張している部分のうち、添付資料を供述者に示した旨の記載部分については、同一の資料を示している以上、ほぼ同じ記載内容になるのは当然であるから、この部分の同一性をもって、当該供述調書の証拠能力の有無を論ずるのは当を得ないというべきである。また、その他同一とされる部分についても、被告人と丙墓園との関係、丙墓園の借入れ状況等という同一事項について、丙墓園に所属する右三名の供述内容がほぼ同じになるのはある程度必然的といえる。確かに、右各供述調書は、弁護人が主張するように、記載内容、記載順序、更には使用している語句等までが非常に似通っており、調書作成の上で工夫する余地は大いにあったものといわざるを得ないが、供述内容を仔細に見れば、被告人との関係や、自らがその契約に関与したか否か、当該事項について知っているか否かの区別は供述主体に応じてその記載内容が異なっていることからすれば、前記各供述調書はいずれも各署名者の供述をそれぞれ録取したものと認められるから、その点について証拠能力に問題が生ずることはないというべきである。なお、弁護人は、被告人の検察官に対する供述調書についても、Dらとは異なる検察官が取り調べたにもかかわらず、同人らの前記各供述調書と同一の表現があることを理由に証拠排除の申立てをしているが、弁護人が同一の表現であると主張する部分は、添付資料を除き六三頁にも及ぶ同調書の中の六頁足らずにすぎず、記載内容も被告人を供述主体とする内容になっていることからすると、前記各供述調書と同様に証拠能力において問題はないというべきである。さらに、同一日付けで多数頁の供述調書が作成されている点については、証人Eの供述にもあるように、本件関係者の取調べは複数回に分けて行われたものの、取調べの都度供述調書が作成されたわけではなく、複数回の取調べによって得られた供述をある程度まとめた上で一通の供述調書が作成されていたとの事情がうかがわれるが、複数回の取調べによって得られた供述を一通の調書にまとめて記載すること自体は何ら違法ではない上、証人Eは調書の内容を確認した上で署名押印した旨供述していることを併せ考えれば、前記各供述調書の証拠能力に問題が生じるような事情は見当たらないというべきである。
(二) 支払利息・割引料調査書及び支払手数料調査書
弁護人は、大蔵事務官作成の支払利息・割引料調査書及び支払手数料調査書中の各借入金(丙墓園関係)明細書の中で、貸主を丁商会、借主を被告会社、借入方法を金銭消費貸借契約書として、契約日付け、借入金額、借入期間が明記されたものについて、このような契約内容を記載した契約書が作成されたことはないから、これらの証拠は虚偽記載のある証拠で、証拠能力がない旨主張している。
そこで検討するに、前記証人Cは、このような消費貸借契約書は確かに存在せず、これがある旨の前記調査書の記載は誤記である旨供述している上、このような消費貸借契約書が存在しないことは、被告人や被告会社においても関係者へ問い合わせれば容易に判明する事情といえるから、国税局が自らの主張を裏付けるために意図的に虚偽の記載をしたとは認められない。
以上によれば、この点に関する弁護人の主張も理由がないというべきである。
(三) 同意の撤回
なお、右(一)及び(二)記載の各書証は、弁護人の同意を得て適法に取調べがなされたものであるが、弁護人は、右同意は検察官を信じたがためになした錯誤によるものであって無効であるから、前記各書証は証拠から排除されるべきものである旨主張する。
しかしながら、(一)記載の書証については、その記載内容を見れば、その類似性は一目瞭然であり、また、(二)記載の書証についても、被告人や被告会社の関係者に問い合わせれば、右各契約書が存在しないとの弁護人指摘の事実は容易に判明することからすると、証拠の請求に対する意見を述べる段階において、本件について事実関係を詳細に争い、個々具体的な事実を摘示して無罪を主張している弁護人がこれらの点について検討しなかったとは到底考えられない。
したがって、前記各書証についてなされた同意が錯誤によるものであったとも認められない。
5 弁護権の侵害
弁護人は、検察官が被告人や被告会社関係者を取り調べるに当たり、これらの者に対し、弁護人を侮辱するような言辞を弄して解任をそそのかすなど、本件捜査には弁護権を侵害する違法があった旨主張するが、検察官が、弁護人のする個々具体的な弁護活動を妨害し、被告人及び被告会社の防御権を侵害したとの事実は全く認められないから、この点に関する弁護人の主張も理由がない。
四 結論
以上のとおり、本件公訴が訴追裁量を逸脱してなされた違法なものとは認められないし、本件公訴を棄却しなければならないほどの違法な捜査が行われたとの事情も認められないから、本件公訴の棄却を求める弁護人の主張はいずれも理由がない。
(事実認定の補足説明)
一 弁護人の主張
弁護人は、本件に関し、概ね、①被告人が被告会社の代表取締役の名において行った取引は、被告会社の取引として認めるが、それ以外の被告人個人名義の取引はもとより、被告人が関与した丁商会名義の取引等は被告会社の関知しない取引であり、被告会社とは関係がない、②戊交易株式会社等の名義の預金口座は被告人個人の借名口座であって、被告会社の借名口座ではないから、右各口座を利用した取引は被告会社とは関係がない、③被告会社が丙墓園に対して支出した一七億五〇〇〇万円は貸付金ではなく立替工事金である、④Gの被告会社に対する詐欺被害三億円は損金算入されるべきであるなどと主張し、右各主張によれば、ほ脱税額は各期ともマイナスとなるから、被告人にほ脱の犯意がなかったことは明らかであり、被告人らは無罪である旨主張する。
そこで、当裁判所が前記「罪となるべき事実」を認定した理由について、以下、項目ごとに補足して説明する。
二 被告人個人名義及び丁商会名義による丙墓園に対する貸付け及びその受取利息等の帰属
1 弁護人の主張
弁護人は、①右貸付金の原資は、被告人個人又は丁商会が己信用金庫又はその関係会社から借り入れ、その担保も被告人個人や丁商会が提供しているが、被告会社は右借入れには関与せず、担保も提供していないこと、②右貸付けに関する受取利息や受取手数料などは被告人個人や丁商会において受け取り、前記借入金の利息の返済に充当しているほか、丙墓園から返済を受けた元金一億円についても被告人において己信用金庫からの借入金の元本に充当しているが、これらについて被告会社は一切関与していないこと、③丁商会から丙墓園に対する貸付けに関する受取利息は、丁商会が被告会社の株式を取得した際にした銀行からの借入金の利息の支払に充てられているほか、丁商会は、丙墓園に対する貸付けについて税務申告していることから、この貸付けは丁商会の計算の下に行われたものであるといえることなどの事情を根拠として、被告人個人又は丁商会名義の丙墓園に対する貸付けについては、法律的帰属と経済的帰属が一致しており、それらの受取利息等が被告会社の所得になることはないと主張している。
2 当裁判所の判断
(一) 実質所得者課税の原則
法人税法一一条は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する法人に帰属するものとして、この法律を適用する。」と規定し、課税要件の一つである所得の帰属は、単なる名義・形式ではなく、実体・実質に基づいて判断すべき旨定めている。ところで、所得の帰属は、事業全体について問題となる場合と、個々の取引について問題となる場合とがあるものの、結局は、いずれの場合も、何人の収支計算によって得られた所得であるかという実質的な問題に帰着する(最高裁判所昭和三三年七月二九日判決・税務訴訟資料二六号七五九頁)のであるが、その判定は、収益活動の行為者、収益の管理や処分の行為者、収益活動に伴う各種経費の支払行為者、経費の支払資金の調達者等の要素を総合的に判断して行うべきである。本件では、貸付けの実質的な主体が誰であるかが問題となっているが、これを確定するには、①貸付けの行為者、②貸付け原資の調達状況、③貸付けの目的・使途、④貸付けに伴う利息等の受領及び費消状況等の諸点について考察する必要がある。
そこで、以下この点について検討する。
(二) 検討
(1) 貸付けの行為者
本件貸付けの名義人は、被告人又は丁商会であるが、被告人は、自分個人名義の貸付けのほか、丁商会名義の貸付けについても、丁商会の代表取締役Hに指示し、Hはその指示に従って所定の手続を行ったとの事情が認められることからすると、いずれの貸付けについても実質的にはすべて被告人が行っていたと認められる。
ところで、本件貸付けの名義人であり、かつ、実質的な行為者である被告人は、被告会社の実質的な創業者であり、被告会社の筆頭株主であった(なお、「乙工業株式保有割合 調査表」によれば、被告人の被告会社の株式保有割合は、平成元年八月期は約五〇パーセント、平成二年八月期は有償第三者割当増資によって新たに九万株が発行されたものの、三八・四パーセントであり、その後、平成五年八月期まで同じ割合であるが、平成六年八月期の公募増資により新たに四〇万株が発行されたため、三二・七パーセントに下がり、さらに、平成七年八月期には無償増資と公募増資により二七・四パーセントまで下がったものの、依然として筆頭株主であり続けた。)。
また、被告人は、本件貸付け以前から本件各犯行に至るまでの期間、被告会社の代表取締役として従業員に指示命令するなどして被告会社の業務を統括していたのみならず、被告人自ら被告会社の営業活動に当たっていた。
丁商会は、そもそも、被告会社の株式店頭公開を控え、被告人個人の持ち株比率を下げるため、第三者割り当てされた被告会社の株式保有を目的として設立されたもので、特段の事業活動を行っておらず、その株式のほとんどを被告人個人及びその家族が保有しているのであるから、その実質は被告人が直接、間接に支配している持株会社といえる。
(2) 貸付けの原資の調達状況
① 被告人の借入れ状況
関係各証拠から認められる被告人の己信用金庫からの借入れ状況は以下のとおりである。
(ア) 平成元年四月一一日付け 二億円の手形貸付け(年利率五・八パーセント、丙墓園が神奈川県三浦市内に所有する土地・建物に極度額二億円の根抵当権を設定、被告人の妻が保証)
(イ) 平成元年四月二八日付け 七億円の手形貸付け(年利率六・五パーセント、丙墓園が横浜市栄区内に所有する土地に極度額七億円の根抵当権を設定、丙墓園が連帯保証)
(ウ) 平成二年三月一三日付け 九億円の手形貸付け(年利率七・五パーセント、丙墓園とその理事長Dが連帯保証)
(エ) 平成二年一〇月三〇日付け 一億円の手形貸付け(年利率九・〇パーセント、被告人の妻が連帯保証)
(オ) 平成三年六月一九日付け 二億円の手形貸付け(年利率八・九パーセント、被告人の妻が連帯保証)
(カ) 平成三年一一月一一日付け 一億円の手形貸付け(年利率九・〇パーセント、被告人の妻が連帯保証)
(キ) 平成四年一〇月一五日付け 一億円の手形貸付け(年利率七・〇パーセント、被告人の妻が保証)
右の(ウ)の借入れが受取利息・割引料調査書の貸付金(丙墓園関係)明細書中のY-3の貸付けの、(オ)の借入れが同じくY-6の貸付けの、(カ)の借入れが同じくY-5の貸付けの、(キ)の借入れが同じくY-7の貸付けの原資となっている。
いずれの借入れにおいても、被告人が己信用金庫側と折衝の上、融資を受けている。
② 丁商会の借入れ状況
関係各証拠から認められる丁商会の己信用金庫及び己信用金庫の関係会社である庚リース株式会社からの借入れ状況は以下のとおりである。
(ア) 己信用金庫から平成三年三月二二日付け 三億円の証書貸付け(年利率一二・〇パーセント、被告人及び丁商会代表取締役Hが連帯保証、被告人所有の被告会社の株式四万五〇〇〇株を担保提供)
(イ) 庚リースから平成三年九月三〇日付け 三億円の証書貸付け(年利率一二・〇パーセント、被告人及びHが連帯保証、被告人所有の被告会社の株式四万五〇〇〇株を担保提供)
(ウ) 庚リースから平成四年二月五日付け 三億円の証書貸付け(年利率一二・〇パーセント、被告人及びHが連帯保証、被告人所有の被告会社の株式四万五〇〇〇株を担保提供)
(エ) 庚リースから平成四年六月一五日付け 二億円の証書貸付け(年利率一二・〇パーセント、被告人及びHが連帯保証、被告人所有の被告会社の株式三万株を担保提供)
右の(ア)の借入れが受取利息・割引料調査書の貸付金(丙墓園関係)明細書中のA-1の貸付けの、(イ)の借入れが同じくA-2の貸付けの、(ウ)の借入れが同じくA-3の貸付けの、(エ)の借入れが同じくA-4の貸付けの原資となっている。
いずれの借入れにおいても、被告人が己信用金庫側と折衝の上、融資を受けている。右借入れに際し、丁商会の代表取締役であるHは被告人の指示により所定の手続をとったにすぎない。
③ 己信用金庫側の認識
前記各借入れについて、己信用金庫等の融資稟議書等には、「転貸資金 転貸先 (財)丙墓園」、「工事受注により乙より入金になる。」、「乙(株)が工事受注見込み先に対するつなぎ資金」、「丙墓園との受注に伴なう先行投資」、「ゴルフ場用地買収資金」、「財)丙墓園の事業計画の中でいわき市○○町のゴルフ場建設にあたり乙(株)が優位な工事受注を確保するためにゴルフ場の用地買収資金を支援するものです。丙墓園の企業内容は良好であり、保全面も充分にて不安なく思考する。」などの記載がある一方で、「下請企業育成資金((株)辛への運転資金援助)」、「下請け企業への工事発注代金により(乙で発注)」、「社長個人で支援するもの」などの記載も見られる。しかしながら、いずれにしても、被告人は、己信用金庫側から融資を受けるに際し、被告人個人又は丁商会独自の使途ではなく、被告会社の業務に関連した使途である旨の説明をしていたものと認められる。
また、右各融資当時、己信用金庫本店営業部長であったIは、「己信用金庫としては、被告人個人名義、丁商会名義の融資は、名義上のことで、実質的には被告会社が被告人個人、丁商会の名義を借りて融資を受けているとの認識であった。他人の名義で融資を受けていたのは、被告会社で受注できるかどうか不確定な時はリスクがあるからであり、被告人個人名義や丁商会名義で融資を受けて、その資金を被告会社のための先行投資に使っていた。被告人に対しては、平成六年以降、何度か、融資の名義を被告人個人から被告会社名義にするように勧めたことがある。」旨供述し、また、平成二年二月から平成五年八月まで、己信用金庫本店営業部融資課長であったJは、「平成二年三月からなされた被告人個人に対する融資は、被告会社の工事受注のための資金援助であり、将来的に現実に工事が受注されて被告会社のもとに工事代金等が入金されてくる見込みがあり、その代金から融資金の弁済が受けられるものと判断してその旨の資料(事業一覧表)の提出を受けた上で禀議に上げ、融資が決定されている。被告人個人名義、丁商会名義の融資はいずれも被告会社の先行投資の資金として融資したものである。その弁済財源も被告会社の収益を予定していたもので、被告人個人や丁商会の収益をあてにしたものではない。」旨供述している。
以上によれば、融資をする己信用金庫側としては、被告人個人又は丁商会名義の借入れについては、被告人又は丁商会に融資したとの認識はなく、実質的には被告会社に対する融資であるとの認識を有していたものと認められる。
④ まとめ
弁護人が主張するように、右融資において、被告会社は保証人にはなっておらず、担保の提供もしていないが、被告会社の代表取締役である被告人は、被告会社の事業に関連して、その取引先である丙墓園に対する貸付資金を得るために右借入れをしているのであり、借入先の金融機関においてもそのことを認識していたのである。そして、被告人自身も同様の認識であったことは前記の稟議書の記載等から明らかである。これに加えて、後記(3)、(4)のとおり、これら借入金を原資としてなされた丙墓園に対する貸付けが被告会社の優先受注のための先行投資として行われたこと、この貸付けに対する利息等の大半が被告会社の簿外口座に入金されていること等を併せ考えると、被告人個人又は丁商会名義による己信用金庫等からの借入れは、被告会社がした丙墓園に対する貸付け行為の一部をなすものにすぎないといえるから、これらは、実質的に見ると、被告会社がなしたもので、被告人及び丁商会は単なる名義人にすぎないというべきである。
(3) 貸付けの目的・使途
右貸付けは、被告人個人又は丁商会が利益を得る目的で行われたものではなく、被告会社の優先受注のために先行投資として行われたこと及び融資を受けた丙墓園においては、その貸付金を丙墓園及びその関係会社の各事業の資金として費消していることは明らかである。
このように、右貸付けは、被告会社のために行われたもので、被告人は、これによって生じた利ざやについても、当初から被告会社の簿外口座に入金するつもりであったのであるが、それにもかかわらず、右貸付けが、被告会社名義ではなく、被告人個人又は丁商会名義でなされたのは、返済が滞るなどして損失が発生した場合でも、被告会社に不良債権を残さないようにという被告会社の代表者としての被告人の配慮によるものと認められる。
(4) 受取利息等の受領状況及び費消状況
被告人個人名義の丙墓園に対する貸付けに関する受取利息等は、丙墓園振出しの手形・小切手の形で飛龍戊交易口座等(○○銀行○○支店の戊交易株式会社K名義の普通預金口座、××銀行××支店の壬研究会L名義の普通預金口座及び△△信用金庫△△支店の壬研究会L名義の普通預金口座を総称して、このようにいう。なお、これらの口座は、後述するように被告会社の借名口座である。)において取り立てられているか、株式会社癸名義の口座(丙墓園の借名口座)から戊交易名義の口座に振り込まれたものもあり、同口座から、己信用金庫への支払利息相当額が己信用金庫○○支店の被告人名義の口座に送金されるなどしている。
丁商会名義の丙墓園に対する貸付けに関する受取利息等は、大半が丁商会名義の口座に振り込まれているが、戊交易口座等に留保されたものもあり、同口座から己信用金庫への支払利息相当額が己信用金庫○○支店の被告人名義の口座に送金されていたりしている。
(三) 小括
以上の検討の結果、認定できる各事実を総合すると、被告会社の業務を統括する被告人が、実質的に被告会社において調達した資金を、被告会社の業務に関して貸し付け、その貸付けに伴う利息等は被告会社の借名口座においても取り立てているが、他方、貸付けの名義人は被告会社の代表取締役である被告人と被告人の支配下にある持株会社であるなどの事情からすると、被告人個人又は丁商会名義の貸付けは実質的には被告会社の貸付けというべきである。
右の認定に対して、弁護人は、丁商会は、前記貸付けによって得た利ざや分を被告会社の株式を取得する際の借入金の利息支払に充てていたから、本件貸付けが丁商会の計算で行われた同社の貸付けであることは明らかである旨主張する。
しかしながら、前述のとおり、丁商会は、何ら実体のある企業活動を行っていない上、同社の代表取締役Hは、本件貸付けに際して被告人の指示に従っただけで、何ら主体的な活動をしていないこと及び担保に供されたのが被告人所有の被告会社の株式であったことなどからすれば、同社は被告会社に名義を貸しただけで、その対価として利ざや分を受け取っていたにすぎないというべきである。
なお、弁護人は、丁商会で受け取った利息は、丁商会において公表処理していることを指摘するが、そのことのみをもって、これが被告会社の貸付け及びその受取利息であることを否認する理由にはならない。
三 戊交易口座等を利用した各種取引の帰属
1 弁護人の主張
弁護人は、「被告人個人の借名口座である戊交易口座等からの資金による丙墓園に対する貸付けは、被告会社とは関係がない。また、戊交易口座等を利用したその他の取引も、被告会社は全く関与していないので、被告会社とは関係がない。」旨主張する。
2 当裁判所の判断
(一) 戊交易口座等の帰属
(1) 戊交易口座等の開設理由及び管理状況
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
被告会社の代表取締役であった被告人は、被告会社の営業活動をするに当たり必要となる各種機密費を管理するため、被告会社の簿外の口座を開設することにし、昭和五二年一〇月から平成三年六月にかけて、①○○銀行○○支店の戊交易株式会社K名義の普通預金口座(以下「戊交易口座」という)、②××銀行××支店の壬研究会L名義の普通預金口座、③△△信用金庫蔵前支店の壬研究会L名義の普通預金口座(②及び③については「壬口座」という)を開設した。右各口座開設に当たっては、いずれも被告人において、代表者印等を用意し、開設後は、被告会社東京支店社長室兼応接室にあった被告人の机の鍵のかかる引き出しの中に通帳等を保管し、入出金も主に被告人が一人で行っていたが、被告人の実弟で、被告会社東京支店副支店長であったMに指示して、戊交易口座から払戻しをさせ、それを丙墓園や己信用金庫等へ振り込ませたことが四、五回あった。戊交易等の関係者が右各口座について関与することはなかった。
国税局の任意調査が入った後の平成八年四月か五月ころ、被告人は、Mに指示するなどして戊交易口座等を解約し、その通帳を破棄した。
(2) 戊交易口座等の入出金状況
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
① 入金状況
同口座には、※※*等を注文主、被告会社を受注者とする架空工事によって捻出された架空材料費・外注加工費から関係会社への手数料等を除いた金員が入金されていた。
また、被告会社の丙墓園に対する貸付金一三億円のうちα産業株式会社に肩代りさせた一〇億円についての利息は、丙墓園振出しの手形、小切手で取り立てられていたが、戊交易口座等は、その取立等に使われていたほか、丙墓園と取引関係にあるβ石材株式会社から、被告会社の丙墓園に対する貸付けに関する手数料及び利息が振り込まれるなどされていた。
なお、被告人の供述によれば、これらの預金口座の預金のうちその約七〇パーセントは※※*から入金されたものであった。
② 出金状況
戊交易口座等の資金は、被告会社東京支店の役員・従業員に対する平成四年一二月及び平成五年六月の賞与の支払、被告会社のγエンジニアリング株式会社及び株式会社δ建設への手数料支払、被告会社の海外事務所開設費用の送金等に充てられていた。
(3) 戊交易口座等についての被告人の認識
捜査段階において、被告人は、戊交易口座等が被告会社の借名口座であると認めていたものの、公判に至って、自分の借名口座であると供述しているが、そもそも戊交易口座等は、被告人が被告会社の機密費を管理するために設けた口座であり、現に、その入出金の大部分が被告会社において支払うべき又は被告会社に支払われるべき金員によってなされているところ、公私の区別は厳しくしていたとの被告人の供述を前提にすれば、何らかの事情で一時的に使うことがあったというのであるならともかくとして、被告人が、被告会社の簿外資金であることが明らかな架空材料費の計上等によって得た金員を、日常的かつ継続的に自己の借名口座に振り込ませ、これを被告会社の経費支払等のために使用するようなことはないはずであり、戊交易口座等が自分の借名口座である旨の被告人の前記公判供述はおよそ信用の限りではない。また、被告人の右供述では、被告人個人の借名口座を水戸ではなく東京において、三つも設ける必要があったのかについての合理的な説明がなされているともいえない。
(4) 小括
以上の事情、殊に戊交易口座等開設の理由、その管理及び入出金の状況にかんがみれば、戊交易口座等はいずれも被告会社の借名口座と認められる。
弁護人は、これらの口座から支出された資金は、被告会社の営業活動費のみに使われたものではなく、被告会社以外にも丁商会等を支配する事業家である被告人が、それらの活動費としても使っているし、被告人個人の債券等の購入や個人所有の不動産関係の支払、被告人の妻名義の経費の支払等にも使っているから、戊交易口座等は被告人個人の借名口座であると主張している。
しかしながら、右口座の資金のうち、架空外注加工費等の支払により捻出されて留保された分については、被告会社が関与した限度において同社のものと見ざるを得ないと弁護人自身が主張するのと裏腹に、被告会社の借名口座に被告人個人の金員が混入することも十分考えられるのであるから、弁護人が主張しているような事情は、戊交易口座等が被告会社の借名口座であることと何ら矛盾するものではないというべきである。
また、弁護人は、被告会社の関係者は誰一人として戊交易口座等の存在を知らなかったのであるから、戊交易口座等は被告会社の借名口座ではない旨主張するが、前述のとおり、被告会社東京支店副支店長等の役職に就いていたMは戊交易口座の存在を知っていたし、そもそも、戊交易口座等の存在を被告人以外の被告会社の関係者が知らなくても、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人が同口座を管理していた以上、戊交易口座等が被告会社の借名口座か否かの認定に当たり、その点は特段問題とならないというべきである。
(二) いわゆる時貸し等による貸付け及び受取利息等の帰属
丙墓園に対する二八〇〇万円から四八〇〇万円までの比較的少額な貸付け(いわゆる時貸し)は、被告会社の代表取締役である被告人において行い、その原資は被告会社の借名口座である戊交易口座又は壬口座の資金であり、その目的は丙墓園のつなぎ資金を援助することで、その利息等は戊交易口座と××銀行××支店の壬口座に入金されていることからすれば、右各時貸しが被告会社の貸付けであることは明らかである。
また、戊交易口座の資金を使って行われた丙墓園に対する一億円の貸付けは、被告会社が平成三年一月三一日に丙墓園に貸し付けた三億円のうちの一億円について、被告会社の借名口座である戊交易口座から丙墓園名義で被告会社の当座預金口座に振り込んで一億円が返済されたことにしてなされたものであるが、右の事情によれば、右時貸しと同様に、この貸付けは被告会社の丙墓園に対する新たな貸付けと認められるから、その利息が被告会社に帰属するのは当然である。
(三) 戊交易口座等を利用したその他の取引等の帰属
(1) 交際接待費
弁護人は、戊交易口座等から支出された交際接待費は、被告会社とは関係がないと主張するが、戊交易口座等が被告会社の借名口座であることは前述のとおりであるところ、被告人はこれらの出費が被告会社の業務に関するものであることを認めているのであるから、弁護人が否認するところの交際接待費はいずれも被告会社の接待交際費であると認められる。
(2) 雑費
弁護人は、××銀行××支店の壬口座からNに送金された金員は、被告会社から送金されたものではないから、被告会社の雑費としては認容できない旨主張するが、この送金にかかる金員は、被告会社の借名口座からのもので、被告会社の海外における事務所開設費用として費消されたものであるから、被告会社の雑費として計上すべきものである。
(3) O及びε建設株式会社に対する貸付け及びその利息
弁護人は、右貸付けは、戊交易口座等からの資金によりなされたもので、その利息も戊交易口座等において受領しているから、被告会社とは関係がない旨主張するが、前同様に、右貸付けは、被告会社の業務に関連してなされたもので、貸付金及びその利息も被告会社の借名口座である戊交易口座等から出金され、又はこれに入金されていることから、これらは被告会社に帰属するものと認められる。
(4) 戊交易口座等の預金利息
被告会社の借名口座である戊交易口座等の預金利息は当然被告会社に帰属する。
(5) a公園墓地造成工事関係の受取手数料
弁護人は、a公園墓地造成工事に仮装した貸付けの受取手数料六〇〇万円のうち、戊交易口座に入った三〇〇万円は被告会社には関係がない旨主張する。
しかしながら、この三〇〇万円が被告会社の借名口座である戊交易口座に入金されていることからすれば、右は被告会社の受取手数料と認められる。
四 丙墓園に対する一七憶五〇〇〇万円の支出
1 弁護人の主張
弁護人は、被告会社は、丙墓園との間で、平成六年一二月、(仮称)bパーク建設工事について、請負代金三一億三九三七万四〇八〇円で工事請負契約を締結しており、右一七億五〇〇〇万円はその立替工事金として支出したものであり、右立替工事金の一〇パーセントの金額を毎年その内入金とするとの契約条項に基づいて毎月一四五八万円を受け取っていたのであるから、これは丙墓園への貸付金に対する利息ではない旨主張する。その根拠として、①被告会社と丙墓園との間の工事請負契約書には、「乙工業(株)は請負代金の内 ¥175,000万円につき発注者の指定業者へ立替払する。発注者は同立替払金につき、年率10%を、月割りにて請負工事代金の内入として手形にて前払いする。(最終支払完了時に精算する。)」との記載があること、②検察官が主張するような貸付金に対する利息であれば、前記手形の支払期日を三ないし六か月先とするのが通常であって、本件のように年率一〇パーセントの金額を月割りにしたり、工期に合わせた一四か月分の手形一四枚を振り出すようなことはしないこと、③一七億五〇〇〇万円は平成六年一二月から平成七年四月にかけて一五回にわたり支払われているが、一五回の出金により合計一七億五〇〇〇万円に達するのであるから、貸付金であれば、一五回目の入金以前に年率一〇パーセント分の金利が発生することはあり得ないこと等を挙げている。
そこで、以下検討する。
2 関係各証拠から明らかに認められる事実
(一) bパーク建設工事の施行状況
平成六年三月三〇日、丙墓園とc建設株式会社との間でbパーク建設工事について請負代金一七億五一〇〇万円の工事請負契約が締結されたが、c建設株式会社は、右建設工事に関し、同年四月一三日付けで、株式会社d組との間で請負代金一五億三八〇万円で請負契約を締結した。株式会社d組において、右建設工事が進められたが、丙墓園から同年七月分以降の工事代金が支払われなくなったため、同年一〇月に工事を中断する事態となった。同年一二月二〇日、被告人が、被告人と丙墓園の記名押印のある約束手形一二枚(額面の合計一三億八四二六万四〇〇一円)をc建設株式会社に渡し、工事が再開された。c建設株式会社は、右手形によって請負代金を全額回収した。被告会社と丙墓園との間では、平成七年四月一七日、bパーク建設工事に附帯する工事について、さらに、同年九月二八日、bパーク造成管理棟の建設工事について、それぞれ請負契約が締結されたが、右各工事については、いずれも、そのころ、被告会社から工事を受注した株式会社d組が施工して完成させている。bパークは、同年一二月二六日付けで、株式会社d組から丙墓園に引き渡された。bパーク建設工事の完成により墓園全体の造成は完成し、第二期、第三期工事は予定されていなかった。
(二) bパーク建設工事を巡る被告人と丙墓園との交渉経過
bパーク建設工事が、平成六年七月分の工事代金の支払ができなかったため中断してしまったことから、丙墓園の理事長Dから被告人に対し、これを被告会社との共同事業としてする旨の申入れが再三あったが、被告人はこれを断っていた。平成六年一一月になってD及び丙墓園の資金繰りを担当していたPから、資金を半分出してくれれば、総売上げの半額を提供すると持ちかけられたが、被告人は再度断った。しかし、丙墓園が出資し、Pが代表取締役となっていたe開発株式会社が進めていたゴルフ場開発が法律改正の影響で頓挫した状態にあり、同様にbパーク建設工事が中断したままでは、丙墓園自体の倒産の可能性が高くなることから、被告人は、もしそうなれば、自分が関与した丙墓園に対する貸付金の回収も困難になると考え、丙墓園の事業内容等について理事全員を集めて詳細に検討を行った。同じころ、被告人は、D、Pからbパークの収支計画書を見せられ、説明を受けた。その内容は、bパークが完成すれば、墓地永代使用料、建墓手数料の合計で約六三億円余りの売上げがあり、工事費、土地購入費等を含む原価は三七億円ということであった。
その際、重ねて費用(原価)半分、利益半分にするとの申入れがあり、数値に間違いはないとの確認の意味で、F、P、被告人が右収支計画書にサインした。その後、被告人は、被告会社の専務取締役Qと常務取締役環境プラント建設部長Rとともにbパークの工事現場を視察し、Pや株式会社d組の関係者から話を聞いた。その結果、被告人は、墓地事業として採算性があると判断し、結局、利益半分、費用半分を前提に丙墓園に対して一七億五〇〇〇万円を支出することとした。そこで、被告会社と丙墓園との間でbパークの工事請負契約書を作成し、丙墓園側は、被告人を除く理事全員が連帯保証をし、被告会社は、その請負代金として額面が一〇億四〇〇〇万円と二〇億六〇〇〇万円の手形を受け取った。
(三) 一七億五〇〇〇万円の流れ
(1) 丙墓園への入金状況
被告会社の経理課長であったSの作成したメモによれば、前記請負契約書に記載された一七億五〇〇〇万円は、平成六年一二月九日から平成七年四月一一日の間に一五回に分けて丙墓園の借名口座である株式会社癸名義の口座に宛てて支払われている。具体的には、当時、被告会社の常務取締役管理本部長であったA作成の受注調整表(受注調整表は利益調節の目的で作成したものであることは作成者のA自身が認めている。また、同表記載の第二期、第三期工事の記載が実態を反映したものでないことも被告人自身が認めている。)に基づいて、第一期工事分のうちの六億二〇〇〇万円については、平成六年一二月九日に一億一一五〇万円と一億八九二九万円、同月一九日に二億九九二一万円、平成七年一月九日に二〇〇〇万円とに分けて株式会社癸口座に入金し、第一期工事分のうちの二億七〇〇〇万円については、平成七年一月に九五〇〇万円と七五〇〇万円、同年二月に一億円とに分けてα産業株式会社を経由する形で株式会社癸口座に入金し、第二期工事分のうちの二億三〇〇〇万円については、平成七年一月に二億一〇〇〇万円、同年三月に二〇〇〇万円とに分けて株式会社f興産を経由する形で株式会社癸口座に入金し、第二期工事分のうちの四億三〇〇〇万円について、平成七年二月に一〇〇〇万円と二億四〇〇〇万円、同年三月に一億三〇〇〇万円と五〇〇〇万円とに分けて卯興業株式会社を経由する形で株式会社癸口座に入金し、第三期工事分のうちの二億円について、平成七年三月と同年四月に一億円ずつγエンジニアリング株式会社を経由する形で株式会社癸口座に入金した。
いずれの入金に際しても架空工事の形で資金が移動し、実工事は全くなされていない。
(2) 一七億五〇〇〇万円の使途
査察官報告書によれば、丙墓園側に入金された一七億五〇〇〇万円は以下の用途に費消されたことが認められる。すなわち、①丙墓園のg会社からの借入金の返済に二億五四三二万八七八六円、②c建設株式会社への工事代金支払に四億九六七六万七一二四円、③丙墓園の工事代金支払に二億七六一二万五一二〇円が費消されているほか、④丙墓園の諸経費支払に三億五三五七万六九七〇円、⑤被告会社関係の利息支払に一億五七九三万円、⑥被告会社の立替未収分の元利支払に一億五五五六万一七六四円、⑦その他に六一五〇万円が費消されている。
(3) 額面一四五八万円の手形一四枚の処理状況
検察事務官作成の捜査報告書添付の丙墓園の銀行勘定帳(写し)等の関係各証拠によれば、平成六年一二月から平成八年一月までの間、計一四回にわたり、毎月二五日前後に、丙墓園から被告会社に手形で各一四五八万円が支払われている。被告会社では、右各手形を被告会社の借名口座である□□銀行□□店T名義の普通預金口座において取り立てて、α産業株式会社に肩代わりさせた一〇億円の貸付けの利ざや分の一部と合わせて、決算期末にbパーク建設工事の未成工事受入金として公表処理していた。
3 当裁判所の判断
(一) bパーク建設工事に関する丙墓園と被告会社との間の請負契約
bパーク建設工事に関する丙墓園と被告会社との間の請負契約書には、請負人である被告会社の社印、代表者印がない。また、同契約書に添付された見積書の内容が金額を除いて工数、工程等の細かな点まで丙墓園とc建設株式会社との間の請負契約書に添付された見積書と同じである上、添付された測量図面も同じである。当時、被告会社の常務取締役環境プラント事業部長として被告会社における土木工事を管理していたRは当該契約書の作成には関与していなかった。被告会社内部において、各見積項目についての具体的な見直し作業がなされた形跡がないにもかかわらず、請負金額は、丙墓園とc建設株式会社との間の請負金額一七億五一〇〇万円から三一億三九三七万四〇八〇円と大幅に増加している。以上の事情からすれば、bパーク建設工事に関する丙墓園と被告会社との間の請負契約書の記載は実態を反映したものとは認められない。
さらに、前記のとおり、被告会社がbパーク建設工事に関連して関係各社に発注したことになっている工事等はすべて架空であり、被告会社が直接工事等に関与したのは前記の附帯工事、管理棟建設工事以外にはない。被告会社から株式会社d組に対してbパーク建設工事施工に関し具体的な指示監督をしていたとの事情もうかがわれない。丙墓園とc建設株式会社との間の請負契約及びc建設株式会社と株式会社d組との間の請負契約は、丙墓園と被告会社との間の請負契約の締結によっても何ら変更がなかった上、被告会社とc建設株式会社又は株式会社d組との間で何らかの契約・約定を結んだ事実も存在しない。
以上の事情を総合すると、被告会社においてbパーク建設工事の実工事に関与していたとは到底認められないから、丙墓園と被告会社との間の請負契約は実体のない架空のものというほかない。
この点に関し、弁護人は、本体工事を受注していなければ、附帯工事を受注することはないというのが業界の常識であるから、丙墓園と被告会社との間の請負契約は実体がある旨主張するが、本件において、当時の丙墓園の経営状況からすると、c建設株式会社その他の建設会社に対して附帯工事を発注しようとしても、これを受けてもらえない可能性が高かったと思われるが、他方、被告会社としては、それまでの経緯から工事代金の支払は墓地の販売により資金を回収してからでもかまわないと判断して右工事を受注したものと考えられる。加えて、被告会社としては多額の貸付けにより丙墓園に深入りしている以上、bパークを完成させて墓地の販売をしなければ、それまでの丙墓園に対する貸付金の回収もできなくなるという特殊事情があったのであるから、被告会社がbパーク建設工事に関し、その附帯工事を受注したからといって、その本体工事に関する丙墓園と被告会社との間の請負契約が実体のあることの根拠にはならないというべきである。
(二) 一七億五〇〇〇万円の性格
丙墓園と被告会社との間のbパーク建設工事に関する請負契約が実体のないことに加えて、前述のとおり、被告会社から丙墓園に対する一七億五〇〇〇万円の入金の仕方が関係各社を経由するなど不自然であること(この点について、Aは被告会社一社で負担するにはかなり多額なので、丙墓園に対して資金的にこれ以上用意ができない状態にあることを認識してもらう意味合いから、他社の協力を得て支出している形をとった旨供述するが、このような処理をすることの合理的な説明になっていないし、丙墓園の関係者においてそのような認識を持っていたとの事実も認められない。)、額面一四五八万円の手形を取り立ててから未成工事受入金として公表処理するまでの会計処理が不自然であること、立替金とされる金員の中から工事代金以外にかなりの額が流用されていること等の事情が認められるが、これらの事情を総合すると、一七億五〇〇〇万円の支出がbパーク建設工事の立替金であるとは到底認めがたい。株式を店頭公開するに当たっては、丙墓園に対する多額の貸付金が存するのは好ましくないとの監査法人の指導を受け、一時期一三億円あった丙墓園に対する貸付金を公表上なくした被告会社としては、新たに丙墓園に対して貸付けを行うことは難しく、丙墓園に対して貸付けをなすに際しては、被告人個人又は丁商会等の第三者の名義を使うか、架空工事を装う以外に採り得る手段はなかったが、前者の方法は、被告人個人等において金融機関の融資枠を使い切るような状態で、利用できなかったことから、後者の方法を採らざるを得ず、実際、そのような形での貸付けが、本件当時、複数回行われていたのであり、一七億五〇〇〇万円の支出も右のような貸付けの一環として行われたことがうかがわれる上、これを貸付金と見ると、被告会社において、額面一四五八万円の手形で取り立てた金員を他の利息と合算して経理処理していることや、丙墓園において、これを工事代金支払以外の用途に費消していたことを矛盾なく説明できることからすると、一七億五〇〇〇万円の支出は貸付金とみるのが合理的である。
右支出を貸付金とすることについて、弁護人は、一七億五〇〇〇万円全額が丙墓園に入金される以前に年率一〇パーセントの月割り一四五八万円の利息が発生することはあり得ない旨主張する。
確かに通常であれば、一七億五〇〇〇万円全額が入金されるまで、右貸付金全額に対する利息が支払われることはないのであるが、丙墓園としては、何としても被告会社側から資金の提供を受けなければ事業が頓挫してしまうことから、資金を提供してもらえるならば、いかなる条件をも認容する状況にあった上、一七億五〇〇〇万円を一度に入金しなかった理由としては、被告会社の資金繰りの都合もあろうし、当時の丙墓園理事長のDの杜撰な資金管理の状況から、一度に多額の金員を入金すれば、これを勝手に費消されるおそれがあると判断して、多数回に分けて入金したとも考えられるのであるから、一七億五〇〇〇万円の入金状況が前記のようなものであっても、これを貸付金とし、手形による各一四五八万円の支払がその利息の支払であるとすることも特段不自然とはいえない。
(三) 小括
以上のとおり、被告会社から丙墓園に対して支出された一七億五〇〇〇万円は、被告会社からの丙墓園に対する貸付金であり、額面一四五八万円の手形で一四回にわたり支払われた金員は、その利息として計上すべきであるから、この点に関する弁護人の主張は認められない。
五 受取利息・受取手数料の収益計上時期等
1 立替払の主張について
弁護人は、「丙墓園が振り出した手形が不渡りになった場合、その取消しは、被告人が戊交易口座から資金を立て替えて行っていた上、丙墓園から受取利息等として受け取った手形の決済や利息の支払についても、戊交易口座等から立替払していたところ、平成六年九月二六日、丙墓園に対する貸付金から生じる利息等のうち、それまで未収となっていたものを一本化し、それを元本として丙墓園に対する貸付けを行っている。国税局は、それを貸付金として調査書に計上しながら、それまでの発生主義による受取利息等は調査書に計上したままになっているが、そのうちの立替払分については、重複課税となるから除外すべきである。また、当時の丙墓園が前記の立替払がなければ、資金繰りがつかない状況であったのであるから、立替払によって決済された受取手形等について、これを被告会社の収益と見て課税するのは経済常識に反する。」旨主張している。
しかしながら、未収利息等の一本化による貸付けは、被告人個人又は丁商会等の名義による各貸付けにおいて発生した未収利息を元本としたものであるが、前述のとおり、被告人個人名義による貸付け等はいずれも被告会社の丙墓園に対する貸付けであるから、それらの未収利息等を一本化した本件貸付けも被告会社に帰属するというべきである。そして、未収利息等を一本化し、これを元本とした金銭消費貸借契約を締結した時点において、この貸付元本となった利息等の相当額は被告会社において回収され、それが新たに貸し付けられたことにより新たな利息が発生したのであるから、弁護人が主張するような重複課税とはならないというべきである。
また、戊交易口座等が被告会社の借名口座であり、その口座の資金により丙墓園の被告会社に対する利息等が支払われていても、前述のとおり、被告会社と丙墓園との間で貸借関係が存在し、その利息等として現実に資金が移動している以上、受領した利息等を被告会社の収益として計上するのは当然というべきである。
以上のとおり、この点についての弁護人の主張は理由がない。
2 受取利息・受取手数料の収益計上時期
弁護人は、丙墓園が経営の破綻に瀕し、倒産が危ぶまれる状態であったことが極めて明白であったのであるから、単に発生主義をもって受取利息等を計上すべきではなく、法人税法基本通達二―一―二五に従って、受取利息等の計上は見合わすべきである旨主張する。
しかしながら、右通達には、「実際に支払を受けた金額を除く。」との記載があり、実際に支払を受けた分は収益として計上しなければならないとされている。本件において、収益として計上されているのは、丙墓園から戊交易口座等に実際に振り込まれた分のみであるから、前記通達によっても、右受取利息は当然計上しなければならないのである。
以上のとおり、この点についての弁護人の主張も理由がない。
六 Gに対する三億円の貸付け
1 弁護人の主張
弁護人は、被告会社は、h製薬熊本工場の仮装工事により調達した三億円を、平成六年七月二九日にh商事株式会社を通じてGに貸し付けているが、Gは、被告人に対し、架空の事業の話をして被告会社にもその工事の一部を受注させるかのような虚言を弄して被告人をだまし、その資金として三億円を貸し付けさせたのであり、当時のGは無資力であったから、Gに対する貸付金三億円は、同額の詐欺被害として平成六年八月期における雑損失として損金処理されるべきであると主張している。
2 当裁判所の判断
(一) 被告会社のGに対する貸付けの経緯
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
被告人は、平成六年七月二〇日ころ、知人を介してGと知り合い、Gから、北海道砂川市焼山の山林を買収して健康ランド建設を計画しており、建設工事はi建設にやらせるが、その設備関係の工事を被告会社に受注させるので、土地の買収資金の一部として三億円を貸してもらいたいと言われたことから、被告会社の先行投資のつもりで、焼山の土地の購入代金の一部として三億円をGに貸し付けることにし、同月二九日、Gの預金口座に三億円を振込送金した。貸付けに際しては、被告会社を債権者、h商事株式会社を債務者とし、Gを担保提供者とする抵当権設定金銭消費貸借契約書を作成した上、公証人の確定日付けを取った。その後、Gから西麻布の霊廟建設の話を聞かされ、その資金を貸してもらいたいと言われたことから、平成六年九月二九日に二億五〇〇〇万円をGの預金口座に振り込み、さらに、平成七年二月から平成八年二月までの間に一四回にわたり合計三億七〇〇万円を振込送金した。
(二) 損金算入の可否
弁護人は、内国法人の詐欺被害に係る損失の額を当該事業年度における損金の額に算入することを認めた最高裁判所昭和六〇年三月一四日判決(昭和五五年(行ツ)第一一号法人税更正処分取消請求上告事件)及び内国法人が受ける損害賠償金等の帰属の時期について、「損害に係る損失の額は、その損害の発生した日の属する事業年度の損金の額に算入することができる。」旨定めた法人税法基本通達二―一―三七を引用するなどして、内国法人が、詐欺被害に係る損失の額を当該事業年度の損金の額に算入するためには、当該内国法人において、当該事業年度終了の日までに右損失があったことを認識することも、また、その日までに損失額が具体的現実的なものとして算定できることも必要ではなく、右のような認識がないなどの理由により、当該事業年度の確定申告においてこれを明らかにすることが不可能であっても、その後の事業年度においてこれを明らかにすれば足りるとして、前記主張を展開している。
しかしながら、法人税法上、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、①当該事業年度の益金の額に算入された収益に対応する原価の額、②①に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用でその事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額、③当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るものとされ(同法二二条三項)、当該事業年度の損金の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すべきものとされている(同条四項)。したがって、ある損失をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであるが、これによれば、当該事業年度の損失というためには、これを当該事業年度中に損金処理できることが前提になるから、客観的に損失が発生したというだけでは足りず、最低限、当該内国法人において、当該事業年度の終了の日までに損失があったことを認識し、その損失額を具体的現実的なものとして算定できなければならないと解すべきである。
そうすると、詐欺被害に係る損失が発生した場合に、内国法人である被告会社がこれを当該事業年度の損失として損金算入するためには、被告会社において、当該事業年度の終了の日までに損失があったことを認識し、その損失額を具体的現実的なものとして算定しなければならず、後日これが判明したとの理由をもって、後の事業年度において更正の請求をし、損失が発生した事業年度にさかのぼって課税処分を修正する余地はないと解されるのである。
本件において、Gに対する貸付けが同人の詐欺によるものか否かは必ずしも判然としないが、仮にこれがGの詐欺によるものとした場合、被告人及び被告会社において、Gの詐欺被害を認識したといい得る時期は、早くとも被告人が弁護人にGの件を相談した平成九年五、六月ころというべきである(なお、第一五回公判において、被告人は、融資の返済が約束どおりに履行されないので、最初の融資から二か月後くらいでGはおかしいと気付いたと、右の時点で詐欺被害の認識を有するに至ったかのような供述をしているが、その後も被告人がGに多額の融資を重ねていることからすれば、右は、約束どおりに債務の履行をしないGに対して、被告人が漠然とした不安感を抱くに至ったことを述べたにすぎないもので、これをもって、被告人ひいては被告会社が、Gによる詐欺被害の認識を右の時点で有するに至ったと見ることはできない。)。そうすると、平成六年八月期において、被告会社が右詐欺被害を具体的に認識したことはないといえるから、当然のことながら、右事業年度において、右の損害に係る損失額が具体的現実的なものとして算定し得たとの事実も認められない。
弁護人がその論拠として引用する前記最高裁判決は、係争事業年度中に被害が発覚して加害者が逮捕され、詐欺罪により公訴提起されたばかりか、被害内国法人において当該事業年度の確定申告に当たり、右被害を同年度の損失として損金計上した事案について判示したものであって、本件とは事案が異なり、また、前記法人税法基本通達二―一―三七の規定も、損害の発生が当該事業年度中に判明した場合の損金処理の方法について定めたものにすぎないと解されるから、弁護人の右主張は理由がない。
(三) 小括
以上によれば、仮にGによる詐欺被害があったとしても、被告会社において、右被害があったとされる平成六年八月期に損金処理する可能性はなく、実際にもそのような処理はなされていないのであるから、本件詐欺被害が真実存在したのか否か、Gが無資力であったか否か等について論ずるまでもなく、弁護人の主張は理由がない。
七 その他の勘定科目について
1 完成工事原価(材料費、外注加工費)
弁護人は、平成七年八月期の※※*お台場第三線倉庫及び※※*深川物流の架空工事に関し、水増し工事の粗利率、水増し分を含めた全体工事の粗利率及び全体工事から水増し分を除いた想定実工事の粗利率の三者を比較すると、著しい違いがあるが、それは水増し工事の原価に実工事の原価が混入しているためであると思われるので、正確には水増し工事分を含めた全体工事の粗利率を基準として材料費、外注加工費を算出するのが合理的である旨主張している。
国税局の調査による完成工事原価は、被告会社提出の答申書に基づいて、戊交易口座等の入出金状況、被告人ら関係者の供述を参考にして算出されたものであるが、当該工事の原価を一つ一つ証拠に当たり実額計算して算出されたわけではなく、そこには一定限度で推計の部分があることは弁護人指摘のとおりである。
しかしながら、一部に推計部分が存在するからといって、それに基づく原価の算定全体が不合理となるわけではない。
この問題は、結局のところ、国税局の推計と弁護人主張の推計のいずれが合理性を有するかの問題に帰着するというべきである。そこで検討すると、建設工事の原価は、工事の内容、現場の状況等に応じて千差万別である上、請負代金は客先との力関係に応じて金額が大きく異なり得るものであることからすると、建設工事の原価を推計するに当たり、弁護人が主張するような粗利率を基準とすることは必ずしも合理的とはいい難い。他方、国税局がした推計は基本的には被告会社が提出した答申書に基づくものであり、右各答申書は、被告会社の担当者が関係会社の帳簿類や関係金融機関の答申書等の証拠資料を基に作成したもので、いずれも事実に相違ない旨の記載があるところ、右各答申書の作成者がことさら実工事分の原価を水増し工事分の原価に混入するような答申を行ったとは考えられないから、右各答申書の内容は基本的には信用することができ、それを基礎として推計した国税局調査の完成工事原価は合理的なもので、信用できる。
以上のとおりであるから、この点についての弁護人の主張は採用できない。
2 租税公課・雑費(「ロイヤルj」関係)
弁護人は、被告人個人が、マンション「ロイヤルj」を所有し、これに関する不動産取得税、固定資産税、別荘税、市県民税を支払ってきたのであるから、これらは被告会社の租税公課ではないし、右マンションの管理費も被告会社の雑費ではない旨主張している。
確かに、本件マンションの購入及び売却は被告人個人名義でなされている上、被告人個人においてローンの支払に当たっていたとの事実が認められるものの、被告人の供述等の関係各証拠によれば、本件マンションは、被告人が、被告会社の取引先から工事受注と引き換えに購入を求められ、被告会社の先行投資のつもりで購入したものであること、それにもかかわらず、被告会社ではなく被告人個人名義で本件マンションを取得したのは、当時、被告会社が株式の店頭公開を控えていたため、不良資産化するおそれのある本件マンションを被告会社の資産として公表に載せたくなかったという事情があったこと、購入資金の一部は被告会社の借名口座から支出されていること、被告人は本件マンションに一度も寝泊まりしたことがないこと等の事実が認められるが、右事実からすると、本件マンションは被告会社の業務に関し、被告会社において取得したものというべきである。弁護人は、本件マンションが被告人の個人所有として税務申告がなされている(B確定申告関係調査票)ことを論拠の一つに挙げて前記主張をしているのであるが、これは、右マンションが被告人個人の名義になっており、かつ、被告人が、右マンションは被告人個人の所有に係るもので、被告会社のものではない旨主張している以上、当然のことであって、右認定を左右する事情とはなり得ない。
以上のとおりであるから、この点についての弁護人の主張は理由がない。
3 支払手数料
弁護人は、被告人が被告人個人又は丁商会名義で行った取引は、被告会社のものではないので、これら取引に関する支払手数料は、被告会社には帰属しない旨主張する。
しかしながら、前述のとおり、被告会社のみならず、被告人個人又は丁商会名義でなされている丙墓園に対する貸付けは、いずれも被告会社の貸付けと認められるから、右貸付けに付随して発生する支払手数料が被告会社に帰属するのは当然である。また、その他の支払手数料についても、被告会社の業務に関し、工事原価に仮装するなどして支出されたものであることからすると、いずれも被告会社に帰属するものと認められる。
4 受取手数料(卯興業株式会社関係)
弁護人は、卯興業株式会社の丙墓園に対する平成五年三月九日付け二億円の貸付けについて、同日付けで丙墓園から支払われた四〇〇万円の手数料は、被告会社とは関係がないものである旨主張する。
しかしながら、被告人の供述及び受取利息・割引料調査書等の関係各証拠によれば、右手数料は、右貸付けに際し、被告人が被告会社の手数料として受け取り、これを被告会社の借名口座である戊交易口座に入金していることが認められるから、右手数料は被告会社に帰属するものと認められる。
5 雑収入(α産業株式会社の一〇億円肩代り分に関し受け取った利息の利ざや分)
弁護人は、右利ざや分は、戊交易口座等の預手又は同口座からの振込みにより被告会社に支払われているが、被告会社が取得した右利ざや分は、被告会社がその存在について認識のなかった同社の金が還流してきたにすぎないから、雑収入には当たらない旨主張する。
しかしながら、戊交易口座等からの振込等は、いわば丙墓園に対する追い貸しともいうべきものであるが、それらが丙墓園が支払うべき利息の原資となっていても、実際上の貸付けに伴う利息である限り、被告会社としては、支払われた利息を収益(雑収入)として計上するのは当然である。
6 支払利息・貸倒損失(k有限会社関係)
弁護人は、k有限会社関係の支払利息、貸倒損失は、同社が銀行から借入れをした際、被告人個人が同社の代表取締役Uに頼まれて保証人となったところ、同人が行方不明になったので、被告人において借入れを行って残元金及び利息を代位弁済したものであり、被告会社とは関係がない旨主張し、同様に、右代位弁済のための借入れにかかる支払手数料も被告会社とは関係がない旨主張する。
しかしながら、被告人の供述によれば、Uは、ゴルフ場の造成に関する情報を持っており、その紹介により、被告会社がゴルフ場のクラブハウスの設備工事などを受注したこともあったこと、被告人は、ゆくゆくは被告会社においてゴルフ場の造成工事を一括受注したいと考えていたことから、被告会社の営業戦略の一環として、将来的にUから工事を紹介してもらいたいという思惑を抱き、前記借入れに際しては、被告会社において、その保証人となることとしたが、被告会社の内規により被告会社は他社の債務保証ができないことになっていたので、被告人個人名義で保証することになったとの事実が認められる上、証人Cの供述によれば、k有限会社関係の支出については、国税局の調査の際に、被告会社の側からの申出によって調査が行われ、その調査結果に基づいて国税局側が被告会社の損失として認容したとの経緯が認められ、これによれば被告会社も右支出が被告会社に帰属することを認識していたことがうかがわれるから、被告人個人名義でしたk有限会社関係の右支出は被告会社に帰属すると認めるのが相当である。
7 雑損失
(一) Q管理の簿外預金口座の不突合分
弁護人は、被告会社の専務取締役であったQが管理していた被告会社の簿外預金口座の不突合部分も雑損失として認められるべきである旨主張するが、これらの不突合部分は使途不明金というべきものであるから、損失として損金の額に算入されないことは明らかであり、弁護人の右主張は理由がない。
(二) 架空工事に伴う手数料
弁護人は、※※*関係のいわゆるスルー取引において、被告会社が各社に支払った手数料は、脱税経費として否認されているが、これらは各社において公表処理し、税務申告しているものである上、被告会社において、スルー取引各社の存在を認識しておらず、右手数料が脱税経費であるとの認識はなかったといえるし、法人税法には所得税法にいう必要経費の概念はなく、すべての費用及び損失を損金と見ていることからすれば、これらは被告会社の雑損失とすべきである旨主張する。
しかしながら、右手数料は、被告会社において、簿外の資金を得るために実工事を装って行われた一連の架空取引において支払われたものであって、その実質は脱税経費にほかならない。また、これら手数料を各社が税務申告していることと、これを被告会社の損失として計上すべきかどうかということの間には何らの関係もない上、これら一連の取引は、被告会社の代表取締役である被告人が指示して行っていたのであるから、被告人以外の被告会社の関係者が右スルー取引全体についての認識がないとしても、これを被告会社の脱税経費とするのに何ら問題はないというべきである。そして、このような脱税経費を法人税の課税標準である所得の金額の計算上、損金の額に算入することができないことは判例(最高裁判所平成六年九月一六日決定等)の示すところであるから、この点に関する弁護人の主張は理由がない。
八 結論
以上によれば、本件公訴事実に関する弁護人の主張はいずれも理由がないから、「罪となるべき事実」記載のとおり、被告人らによる法人税ほ脱の各事実が認められる。そして、被告人は、被告会社の代表取締役として、脱税のための各種工作の大半を自ら実行するか、被告会社の従業員に指示して行わせていたとの事実が認められるから、被告人に法人税ほ脱の犯意があったことは明白である。
(法令の適用)
一 罰条
1 被告会社
判示の各事実につき、いずれも法人税法一六四条一項、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項、情状により平成一三年法律第六号による改正前の法人税法一五九条二項
2 被告人
判示の各所為につき、いずれも平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項
二 刑種の選択
被告人
判示各罪につき、いずれも懲役刑を選択
三 併合罪の処理
1 被告会社
刑法四五条前段、四八条二項
2 被告人
刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重)
四 未決勾留日数の算入
被告人
刑法二一条
五 刑の執行猶予
被告人
刑法二五条一項
六 訴訟費用の負担
刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条
(量刑の理由)
本件は、被告会社の代表者であった被告人が、被告会社の業務に関し、三事業年度にわたり、架空の材料費等を計上するなどして行った法人税の過少申告ほ脱の事案である。
被告会社は、その業績拡大のため、公共事業の受注に影響力を持つ政治家への献金等多額の交際費を必要としていたところ、被告人は、それら交際費を捻出するために架空の材料費等を計上し、それによって得た資金を借名口座に隠匿するなどの工作をしていたというのであるから、その自己中心的な動機に酌量の余地は全くない。本件のほ脱所得は、三期合計で約四億八一四〇万円余りで、そのほ脱税額は、三期合計で約一億七四一四万円余りといずれも高額であり、この種事案の中では悪質なものと評することができる。被告人は、被告会社本体の組織を利用しているのみならず、多数の関係会社、知人等に脱税のための各種工作への協力方を依頼して本件各犯行を敢行していることからすれば、本件は組織的で、かつ、大がかりな脱税事犯というべきである。その態様を見るに、工事受注を仮装して架空の材料費・外注加工費を計上しているほか、脱税により得た簿外資金を多数の関係会社を介在させた上、借名口座に分散隠匿するなどしており、その手段は巧妙かつ悪質である。被告人は、被告会社の代表取締役としての地位を最大限に利用して、自己の指揮・支配下にある関係会社、知人等に指示、依頼するなどして、脱税のための各種工作の実行、簿外資産の管理、その処分を行うなど、終始主導的、積極的に本件各犯行を敢行しており、本件脱税事件の中心人物というべきである。それにもかかわらず、被告人は、公判廷において不合理な弁解に終始しているほか、被告会社代表者及び同社社員らも、公判廷において不合理な供述をしていることからすると、いずれも反省の態度に乏しいというほかない。
以上によれば、被告人及び被告会社の刑事責任は、いずれも重いというべきである。
他方、前述のとおり、各期におけるほ脱率は、同種事案に比較するといずれも低いこと、国税局による税務調査が始まった当初は、被告人及び被告会社とも協力的であったこと、被告会社は設備工事の分野においては茨城県随一の企業であり、このような工事を通じて地域社会の発展に貢献してきたこと、被告人は、被告会社の代表取締役として同社の発展拡大に尽力してきたこと、被告人は、国税局の強制調査後、被告会社の代表者を辞任し、その後、取締役の地位も退いていること、本件により約半年間身柄を拘束されたこと、隠匿した簿外資産を個人的用途に費消していたわけではないこと、被告人には前科前歴がないこと、本件脱税事件が広く報道されたことにより、被告人の社会的地位や被告会社の営業活動に少なからぬ悪影響を与えたものと考えられ、被告人らは既に一定の社会的制裁を受けたといえることなど、被告会社及び被告人に有利に考慮すべき事情も認められる。
以上の事情を総合考慮すると、被告人に対して主文の刑を量定した上で、その執行を猶予するとともに、被告会社を主文掲記の罰金刑に処するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木秀行 裁判官 下津健司 裁判官 日野浩一郎)
<編注:『*』部分は原文のとおり。>