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水戸地方裁判所 平成11年(わ)625号 判決 2000年3月23日

主文

被告人甲野春子及び同乙川夏子をいずれも懲役六年に、同甲野太郎を懲役四年六月に各処する。

被告人三名に対し、未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれの刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人甲野春子(以下「春子」という。)は、茨城県内の高校を卒業して事務員等として働いていたが、平成四年四月に前夫と婚姻して専業主婦となり、平成五年二月八日、前夫との間の長女秋子(以下「秋子」という。)を出産した。同被告人は、平成六年一二月、前夫がギャンブル等にのめりこんで借金を重ねるなどしたことから、秋子を引き取って前夫と離婚し、その後は、秋子を養育しながら事務員等として働き、平成一〇年九月ころから被告人乙川夏子(以下「乙川」という。)とともにリサイクル品販売の仕事をしていた。被告人甲野太郎(以下、「太郎」という。)は、同県内の高校を卒業後、昭和六〇年ころから旋盤工として働いていた。被告人春子と被告人太郎は、平成一一年ころ、被告人乙川の夫の紹介で知り合って婚姻し、秋子を被告人太郎の養子とし、以来、親子三人で肩書住居地にあるアパート(以下「甲野方」という。)で生活するようになった。被告人乙川は、同県内の高校を中退し、事務員等として働いた後、平成二年に婚姻して長男を、平成七年には長女を出産した。

被告人春子と被告人乙川は、同被告人の実兄と被告人春子の前夫とが同級生で、秋子が生まれた際、被告人乙川がその出産祝いを持ってきたことを契機として知り合い、親しく付き合うようになった。そして、被告人春子は、秋子が生まれて間もないころ、秋子の寝付きが悪く、突然泣き出してなかなか泣きやまず、手足をばたつかせる状態が続いた際、友人や医師に相談しても、個人差があるから余り気にしないように言われたため、そのことを被告人乙川に相談したところ、同被告人から地縛霊のせいなので、近所の無縁仏にお参りに行くように言われてこれを実行し、その数日後、秋子の寝付きがよくなったことから、被告人乙川には霊的な能力があるなどと信じるとともに、育児等について、その助言を得るようになっていった。その後、被告人春子は、前夫と離婚した際にも被告人乙川の助言を得ていたほか、昼間仕事をしていたことから、その間秋子を同被告人に預けるなどして、同被告人に対して深い信頼を寄せるようになり、秋子も同被告人になついていた。その後、被告人春子と被告人太郎が婚姻し、甲野方で生活するようになって間もなく、被告人乙川も甲野方の近くに転居してきたことから、被告人らは、家族ぐるみの交際をするようになり、被告人春子は、被告人乙川を一層信頼するようになった。

ところで、被告人春子は、秋子が二歳のころ、秋子の食が細いうえ、前夫に似て我が強いと感じていたことから、秋子を前夫のような人間には絶対にしたくないと思い、それには早いうちに手を打っておいた方がよいと考えたものの、そのための育児方法について思い悩むようになり、そのことを被告人乙川に相談したところ、同被告人から、自分の子育てを例に挙げ、「個人差はあるだろうけど口で言って聞かなければ手を上げた。」などと助言されてこれに同感し、秋子に対し、食事が遅いなどとして、しばしば尻を叩くなどの暴行を加えるようになった。被告人春子は、再婚後も、しばしば秋子に対し、食事が遅い、約束を守らないなどとして、その臀部、腹部を叩いたり、一晩中外に出したりするなどの体罰を加え、それでも一向に秋子の行動が改まらないとして、次第に秋子に加える体罰の時間と回数が増え、その程度も強くなっていったため、これを見かねた被告人太郎から、「虐待みたいだよ。やりすぎではないか。」などと意見されたことがあったが、それでも、「今が大事だから。」などと言って体罰を加えることをやめず、ただその一方では、秋子が思いどおりに食事ができれば、「よく食べたね。」などとほめたり、秋子の勉強をみてやったりすることもあった。

平成一一年七月になると、被告人春子は、秋子が食事をしたがらず、無理に食べさせようとして食事を口元まで持っていっても、顔をそむけるばかりか、「食べるのに二、三時間かかるよ。」などと口答えしたことに立腹し、以後、秋子に十分な食事をとらせないようになったため、秋子は次第にやせ細っていった。一方、被告人乙川は、同月二〇日ころ、被告人春子から、秋子を叱って殴る際、「一緒にやってよ。」などと言って頼まれたことから、秋子に体で覚えさせてやろうなどと考え、そのころから、秋子に対し、しつけの名目で、平手で叩いたり、けったり、突き飛ばしたりするなどの暴行を加えるようになり、同月末ころには、秋子が鉄火丼を食べたいと言うので買ってきたのに、突然いらないと言い出したことで立腹し、被告人春子とともに、秋子に対し、平手や手拳で、その臀部、腹部等を多数回にわたり、青あざができるほど強く殴打する暴行を加えたこともあった。被告人春子は、そのころの秋子が、十分な食事をとっていないため、相当やせ細った状態であり、しかもその臀部等には暴行による青あざが残っていたことから、秋子を登校させることによって、自分たちの秋子に対する暴行が発覚することを慮り、二学期が始まっても、学校には秋子が結膜炎にかかったなどと嘘をついて秋子を登校させなかった。また、被告人春子は、同年九月四日ころ、被告人乙川とともに、秋子を椅子に縛りつけ、モップの柄で殴るなどの暴行を加え、さらに、翌日五日にも、寄り道をしない約束で秋子を被告人乙川方に使いに行かせたところ、秋子が約束を破って近所の中華料理店に寄ったことから、同店から連れ帰った秋子に対し、約束を守らなかったとして殴るなどして叱責した。

被告人春子は、同月六日午後六時ころ、秋子を心配した学級担任の訪問を受けたが、同人には秋子が風邪をひき、下痢がひどいため休ませるなどと嘘をついて学級担任を帰した後、前日同様、寄り道をしないように言いつけて秋子を被告人乙川方に行かせた。一方、被告人乙川は、自宅にやってきた秋子を帰宅させる際、「まっすぐ帰るんだよ。」などと言ったところ、秋子が「ううん、ラーメン屋さんに寄るんだ。いじめられているから、ジュースちょうだいと言うんだ。」などと答えたため、秋子が寄り道しないように送り届けることにし、秋子には家に着いたら謝るように言い聞かせたうえ、甲野方に着くと、被告人春子に対し、秋子がラーメン屋に寄ろうとしたことを話した。これを聞いた被告人春子は、秋子に対し、「何で約束を守らないの。」などと問い詰め、秋子が素直に「ごめんなさい。」などと謝ったのに、言い聞かせただけで秋子が分かるはずはなく、口先で謝っているだけだと思った。そして、同日午後八時過ぎころから、被告人太郎と被告人春子、秋子とともにこたつで夕食をとりはじめたが、秋子の食べ方が相変わらず遅く、しかも秋子が片膝を立てるようにして食べていたため、これに憤りを覚えた被告人乙川が「何だ、その食べ方は。」などと怒りながら、プラスチック製のハンガーでテーブルや頭を叩くなどし、被告人春子も「ほら、早く食べろ。」などと言って早く食べるように叱り、同日午後九時半過ぎころ秋子が食事を終えた。

(罪となるべき事実)

被告人春子及び被告人乙川は、平成一一年九月六日午後一〇時ころ、秋子(当時六歳)の前記のような態度に立腹し、このような秋子の態度を改めさせるため、秋子に暴行を加えて痛めつけようと決意し、被告人太郎も、被告人春子らの秋子に対する暴行に手を貸さなければ、被告人春子から「秋子を自分の子供だと思っていない。」などと言われるだろうし、悪いことをすれば殴って分からせるのが一番であるとの思いもあって、被告人春子らとともに秋子に暴行を加えようと決意し、ここに、被告人三名は共謀のうえ、そのころから翌七日午後四時ころまでの間、茨城県ひたちなか市大字東石川<番地略>所在の甲野方において、秋子に対し、継続して、こもごも、同人の腹部、臀部及び下肢等を手拳及び金属製モップの柄などで数百回にわたって殴打し、さらに、両足をつかんで放り投げ、両腕をライターの火であぶるなどしたうえ、その両手足をスチール製ラックにはりつけ状態にして縛りつけるなどの暴行を加え、よって、同人に腹部、背面、臀部等皮下・筋肉内出血等の傷害を負わせ、同日午後四時ころ、同所において、同人を右傷害に基づく外傷性ショックにより死亡させたものである。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

被告人太郎の弁護人は、被告人太郎は、平成一一年九月七日午前四時ころ、秋子に暴行が加えられている部屋から立ち去り、一人で寝室に行っているが、被告人三名の共謀に基づく一連の暴行は、その時点で目的を達して終了しており、また、秋子の死亡の直接の原因は、同児をスチール製ラックにはりつけ状態にして縛り付けたという、被告人春子及び同乙川との新たな共謀に基づくその後の暴行及びこれに続く放置行為にあるから、被告人太郎については傷害致死罪は成立せず、傷害罪が成立するにとどまる旨主張しているので、以下検討する。

まず、関係各証拠によれば、被告人三名は、平成一一年九月六日、秋子が夕食を終えた午後一〇時ころから同月七日午前四時ころまでの間、約六時間にもわたり、秋子を押さえつけ、その臀部、腹部等を殴打し、その両手首を縛りつけるなどの執ような暴行を加え続けており、その間、被告人らにおいて雑談したりラーメンを食べたりするなどして、秋子に対する暴行を一時中断したことがあったこと、被告人太郎は、自らも右暴行に加わっていたのみならず、同日午前三時ころ、被告人春子から、「もう寝たら。」などと言われた際も就寝することなく、被害者に対してカセットテープを投げつけるなどの暴行を加え続けていたこと、被告人らは、暴行を加えることで、しつけとして秋子にどのような反省や態度を求めるのかについて、何ら具体的な話合いをしていないばかりか、被告人らにおいてそのような思いなど有していなかったのであり、そのため、秋子に対して、暴行を加える過程で、何ら具体的な指示や要求をすることなく、ただやみくもに暴行を継続していること、被告人太郎は、同日午前四時ころ、右一連の暴行によりぐったりとして倒れている状態の秋子を気づかったり救護したりするような行為に出ていないばかりか、被告人春子及び被告人乙川に対し、これ以上の暴行をやめるように注意することもなく、「もう寝る。」と言って、寝室に行ってしまったこと、その後、被告人春子及び同乙川において、秋子をラックに立たせた状態で縛り付けたうえ、そのまま放置したまま、間もなく被告人乙川は帰宅し、被告人春子も助けを求める秋子をそのまま放置して朝を迎えたこと、被告人太郎は、同日午前七時一〇分ころ起床し、秋子がラックに縛り付けられている状況を見ながら、そのまま放置して仕事に出掛け、被告人春子もそのまま放置して出勤したこと、秋子は、同日午後四時ころ、判示の傷害に基づく外傷性ショックにより死亡したこと等の事実が認められる。

以上の事実を総合すれば、被告人太郎は、被告人春子及び被告人乙川とともに秋子に暴行を加えた後、就寝する時点で、被告人春子及び被告人乙川の秋子に対する更なる暴行をやめさせるなどの、従前の状況を解消するような措置を講じることなく、かえって、右両被告人が更に秋子に対する暴行を加えることを認識し、これを認容しながら就寝したものと認められる。そして、被告人太郎が就寝した後に被告人春子らによって加えられた、ラックに手足を縛り付けるという暴行は、被告人太郎にとって予想外のものではなく、それ以前に加えられた暴行の継続と評することができる。そうすると、被告人太郎が就寝したことによって、本件に関する被告人春子及び同乙川と被告人太郎との共犯関係が解消されたものとは到底認められないから、被告人太郎も就寝後の被告人春子や同乙川が加えた暴行についても、共同正犯としての責任を負わなければならない。のみならず、秋子の死因は、多数の皮下・筋肉内出血等の傷害に基づく外傷性ショックであるところ、前判示のとおり、被告人太郎が就寝した後には、秋子の腹部等に皮下・筋肉内出血を生じさせるような暴行は加えられていないのであり、そうすると、秋子の直接の死因は、被告人太郎が就寝する以前に、同被告人も実行に加わってなされた一連の暴行により生じた傷害に基づくものと認められ、この点からみても、被告人太郎に傷害致死罪の共同正犯が成立することは明らかである。

被告人太郎は、当公判廷において、「時間も四時だし、次の日も仕事もあるし、春子らも次の日なんか仕事だとか言っていたので、もう終わりだろうと思いまして、寝ました。そうすれば、みんなも寝るだろうと思ってました。」と供述している。しかし、被告人らには、しつけと称していながら秋子に対する暴行を終了すべき時期について何ら共通の了解を有していなかったばかりか、被告人太郎は、起床後、秋子が前記ラックにはりつけ状態で縛りつけられているという衝撃的な事態を目撃したにもかかわらず、何の措置も講じることなく平然と出勤しており、被告人太郎の当公判廷における供述によれば、同被告人は、被告人春子が秋子を一晩中ベランダに立たせていたことがあるのを知っていたというのであるから、被告人太郎は、自己が就寝した後も、被告人春子及び同乙川が、秋子に対して更に何らかの暴行を継続することを当然に予見していたというべきである。そして、前記認定の事実によれば、被害者をラックにはりつけにするという被告人春子及び同乙川の行為は、被告人太郎が臨場していた際に加えられた暴行と質的に異なるものではなく、その延長というべき態様のものであるから、被告人太郎が被告人春子らにおいて、自己の就寝後、さらに秋子に暴行を加えることの認識がなかった旨の右弁解は到底信用することができない。

したがって、被告人太郎の弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人三名の判示所為は、刑法六〇条、二〇五条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人甲野春子及び同乙川夏子をいずれも懲役六年に、同甲野太郎を懲役四年六月に処し、被告人三名に対し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれの刑に算入することとする。

(量刑の事情)

本件は、被害者の実母、養父及びその知人が、被害者に対し、しつけと称して長時間にわたり、多数回にわたって、腹部や臀部等を殴打し、その両足をつかんで放り投げ、スチール製ラックにはりつけにする等の暴行を加えて、被害者を外傷性ショックにより死亡させた事案である。

まず、犯行の経緯、動機について見ると、犯行前にとった夕食の際、被害者の食事が相変わらず遅いことや、その際の被害者の姿勢が悪いなどとして、しつけと称して被害者に対する暴行を開始し、その後、三人がかりで、被害者の言動等に難癖を付けてその暴行を激化させてゆき、最悪の結果を引き起こしたものであって、被害者の心情等に全く思いをいたすことなく、また、その生命や身体への危険をも顧みることなく、ただただ感情の赴くまま敢行された。酌量の余地のない犯行というほかない。すなわち、被告人春子は、被害者が食事をとるのが遅いこと、我が強いこと等を強く気に病み、被告人乙川の助言に従って、しばしば、これを改めさせようとして、安易に被害者に体罰を加えるようになっていたところ、平成一一年八月下旬ころ、被害者から、「ママなんかこわくない。ママに殴られても痛くない。」などと言われたことや、被告人乙川が叱りつければ言うことをきくと思ったことなどから、被告人乙川に対して、体罰を伴う叱責を頼むようになり、以後、被告人乙川も加わって、被害者に対する体罰を加えるようになって、本件に及んだもの、被告人乙川は、被告人春子の頼みに応じて、被害者に対し、言うことをきかせるために、自己の子供に対してする以上の強い暴行を加えるようになり、それでも被害者が思い通りにならなければ、その暴力を一層強くしていって本件に及んだもの、被告人太郎は、被告人春子との夫婦仲が悪くなることを慮り、約半年もの間、同被告人らの被害者に対するゆき過ぎた体罰を制止することなく放置し、本件においては、被告人春子らの暴行を制止しないどころか、当初からこれに加担して本件に及んだものであって、本件犯行は、被告人らの被害者に対する歯止めの利かない継続的暴行がエスカレートして引き起こされたもので、親の一方的な思いのみに駆られ、幼い子に対する思いやりとその尊厳に対する思いに欠けた、その実、しつけの名に値しない誠に陰惨な犯行であって、被告人らの行為を正当化する余地は全くない。

次に、犯行態様を見ると、食事を終えて食器を片づけた被害者が、口の中に食べ物をいれたままであったため、まず、被告人乙川において、平手で被害者の臀部を殴打し、被害者がテーブルの上にうつ伏せに倒れると、被告人春子において被害者の両足を押さえつけ、被告人乙川の要請に応じた被告人太郎において被害者の両手を押さえつけ、被告人乙川が被害者の臀部を平手で殴打し、その後、被告人春子が被害者の腹部を数回手拳で殴打し、さらに被害者の背中に馬乗りになって被害者の両腕を押さえつけ、被告人乙川が被害者の臀部を手拳で多数回殴打し、手が痛くなったと言っては被告人春子から金属製のモップの柄を受け取り、これでなおも被害者の臀部を立て続けに約一〇〇回殴打し、被告人春子も同様に前記モップで被害者の臀部を数十回殴打し、さらに被告人太郎も、被告人乙川から、「パパもやりな。」などと言われて右モップを受け取り、うめき声を上げたり身をよじったりする被害者の臀部をこれで約一〇〇回も殴打し、次いで、被告人春子が被害者の両手首を頭の上にまわして靴下で縛り上げ、被告人乙川らがその被害者を台所にあるテーブルまで引きずり、被告人太郎が右テーブルを持ち上げてその脚部に縛り上げた両手首をくぐらせたうえ、被告人乙川らにおいて前記モップで被害者の臀部を多数回殴打するなどした挙げ句、苦痛に耐えかねた被害者が「焼け死んだ方がいい。」などと言うと、被告人春子において、ライターの火を被害者の両腕にあててあぶるなどの行為に及び、被害者が「うんちがしたい。」と言っていたにもかかわらず、これを聞き入れずに殴打し続け、被害者が大便を漏らすと、その衣服を着替えさせるどころか、被告人三名で汚いなどと言って被害者を互いに何度も突き飛ばして押しつけ合い、被告人乙川が、弱った被害者を立たせて前にならえの姿勢をとらせ続け、被告人三名それぞれが被害者の両足を持ち上げて放り投げるなどし、なおも、被告人乙川及び被告人太郎が、被害者に対して数メートル離れた位置からカセットテープ等を多数回投げつける等の暴行を長時間にわたって加え続けた挙げ句、被告人春子から「これ、どうするの。」と聞かれた被告人乙川が、「立たせておけば。」と言い、被告人春子から布切れを受け取るや、ぐったりなった被害者を無理矢理立たせて、右布切れでその両手両足をラックに縛り付けてはりつけ状態にし、被告人乙川は、被害者には朝食を立ったまま食べさせればいいなどと言い残して帰宅し、朝出勤時間になっても、被告人太郎及び被告人春子は、被害者が助けを求めているのを無視して、被害者をはりつけ状態にしたまま出勤するなどして放置したというものである。以上のとおり、犯行の態様は、無抵抗の六歳の児童に対し、成人三名でよってたかって一方的に強力な暴行を約六時間もの長時間にわたって加え続け、しかも、金属製モップの柄等を用いてその臀部、腹部、下肢等をおびただしい回数殴打し、被害者の体を持ち上げて投げ飛ばすなどという、それ自体、幼い被害者の生命・身体を高度な危険にさらす行為に及び、あまつさえ、被告人らの暴行により、被害者がうめき声や、動物のような叫び声を上げているにもかかわらず、何ら手加減することなく、また、被害者が大便をしたいと言っているにもかかわらず、これを嘘と決めつけてさらに暴行を加え続け、耐えられずに大便を漏らした被害者を互いに押しつけるように突き飛ばし合うなどの行為にも及んでいるのであり、被害者の人格を全く無視した残虐かつ卑劣極まりないもので、言語道断の虐待行為というほかない。

その結果、被害者に、腹部、背面、臀部等に皮下・筋肉内出血等の重大な傷害を負わせたうえ、右傷害に基づく外傷性ショックにより死亡させるに至っており、その結果が重大であることはいうまでもない。被害者は、とがめられるような理由さえないのに、最も愛情を注いで然るべき実の母親や、父親と慕っていた養父、さらには幼いころからなついていた被告人乙川から、長時間にわたって理不尽な暴行を加えられ続けたうえ、ラックにはりつけにまでされ、誰にも助けを求めることすらできない状態で長時間一人で放置された挙げ句、その尊い生命を絶たれることになったもので、被害者のこうむった絶望的な恐怖、肉体的・精神的苦痛には察するに余りあるものがあり、孤立無援の中でなすすべもなく虐待行為を続けられた幼い被害者の心情を思うと、誠に哀れというほかない。また、実の娘らの手で、愛する孫を失うこととなった祖父母らの衝撃にも極めて大きいものがあるばかりか、被告人らの犯行は、閑静な住宅街において、何の罪もない被害者が、その実母、養父とその友人の手によって虐待された末、一命を奪われたということで、社会に与えた影響にも多大なものがあったと認められる。そして、近時、幼児や児童に対する虐待が社会問題化し、しつけの名の下に行使されるこれらの者に対する無軌道な暴力の抑止が社会的に緊急の課題となっていることは周知の事実であり、断じて繰り返してはならないこの種事犯を抑止するという一般予防の見地からみても、被告人らに対しては厳しい態度をもって臨む必要がある。

被告人春子は、被害者の実母であり、本件犯行において、被告人乙川が暴行を加えている際、被害者を押さえつけ、自らも金属製モップの柄や手拳等で被害者を多数回殴打し、その両腕をライターの火であぶるなどの実行行為に及んでいるほか、共犯者に被害者を殴打するためのモップや被害者に投げつけるための洗濯ばさみを手渡すなどし、被告人乙川が夫からの電話の後帰ろうとすると、これを引き止めて暴行を継続させているばかりか、被害者をラックにはりつけにしたまま出勤しているのであり、本件犯行において中心的な役割を果たしている。また、食事が遅いと被害者が学校等でいじめられるかもしれないなどと憂慮し、被害者をしつけようとの意図から出たものとはいえ、成長過程での個人差等を考慮できず、被告人乙川以外の者からの助言を仰ぐこともないまま、長期間にわたり、被害者がいうことをきかないとして安易に手を上げ続け、被告人乙川にも体罰の協力を求め、歯止めのない暴行の激化を誘発するに至っているのであり、同被告人のこのような誤った養育についての姿勢や態度が本件犯行の背景にあることは明らかである。また、被告人太郎は、被害者の養父であり、被害者を養育すべき義務を負っていたにもかかわらず、被告人春子が被害者に対して激しい体罰を加えていることを認識しながら、夫婦関係が悪化することをおそれて、半年もの期間これを放置し、共犯者らの被害者に対する暴行が激化してゆくことを助長したというべきであり、また、本件犯行においても、妻である被告人春子らの暴行を制止するどころか、共犯者の誘いに応じ、被告人乙川らが被害者に暴行を加える際、被害者を押えつけるなどし、さらに自らも被害者の臀部を殴打したり、被害者を放り投げたり、カセットテープを投げつけたりする暴行を加え、しかも、被告人春子らがいまだ被害者に対する暴行をやめていないことを認識しながら、これを放置したまま就寝し、起床後に被害者がはりつけ状態にされていることを認めながら、何ら救助することなく平然と出勤しているのであり、同被告人が本件犯行において果たした役割にも大きいものがある。さらに、被告人乙川は、被告人春子に対し、言うことを聞かなければ体罰を加えればよいなどと助言して、被告人春子の被害者に対する体罰に頼る養育姿勢を助長し、自らも以前から被告人春子とともに、しつけと称して被害者に対する暴行を加えてきたばかりか、本件犯行において、被害者に対する暴行を開始し、被告人太郎に対しても被害者に対する暴行を慫慂し、以後、終始積極的かつ長時間、手や金属製のモップの柄等を用いて多数回殴打し、ラックにはりつけ状態にするなどの行為に及んだもので、被告人春子とともに本件犯行において中心的役割を果たしたことは明らかである。しかも、被告人乙川は、本件犯行の途中、空腹を感じると、被告人らの暴行により倒れている被害者の傍らで、被告人春子が作ったラーメンを平然と食し、また、被害者の異常に気付いた被告人春子から被害者の様子がおかしいと聞き、ようやく縛っていた布を解いたものの、崩れ落ちるように倒れた被害者に水や氷水をかけるなどしており、同被告人の被害者に対する非人間的態度には慄然とするものがある。

以上の事情を総合考慮すると、被告人三名の刑責は誠に重いといわなければならない。

そうすると、被告人三名は、捜査段階及び当公判廷を通じて事実関係を素直に認め、深く反省していること、被告人春子については、前夫と離婚して、一人で被害者を養育することになって、仕事のため子供を預けたり、諸々の相談に乗ってもらっていた被告人乙川を深く信頼するようになっていたところ、そのような中で、被害者のしつけについての悩みを同被告人に相談し、その助言もあって、しつけのために体罰を加えるようになってゆき、本件犯行においては、その過程で怒りや憎しみの感情をも伴い、これが高じていったとはいえ、その背後には被害者を思う母親としての感情が存していたことは否定できないこと、被告人太郎は、被告人春子に対し、被害者に対する体罰を控えるよう意見したこともあり、被告人春子らから、被害者が実の子ではなく、愛情がないから体罰を加えないのだろうなどと非難されていた経過もあって、毅然とした態度をとることができないまま、本件犯行に加担するに至ったもので、その関与は従属的であること、被告人乙川は、被告人春子の加える体罰では被害者の態度が改まらないとして、同被告人に頼まれて被害者に対する体罰を加えるようになった経過が認められ、また、本件犯行においても、途中帰宅しようとしたところを被告人春子に引き止められて犯行を継続することになったという経緯もあること、被告人乙川の実母及び夫が、当公判廷に出頭し、被告人乙川の早期の社会復帰を望み、その更生に助力する旨述べていること、被告人三名にはいずれも前科がないこと等の被告人らに有利な事情を考慮しても、なお、主文の刑は免れないところである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・松尾昭一、裁判官・鈴木秀行、裁判官・日野浩一郎)

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