大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 平成12年(ワ)487号 判決 2003年6月24日

原告(反訴被告)

A野株式会社

同代表者代表取締役

A野太郎

同訴訟代理人弁護士

江口弘一

江口十三郎

被告(反訴原告)

株式会社 ジェー・シーオー

同代表者代表取締役

稻見智之

同訴訟代理人弁護士

亀山晴信

被告訴訟代理人弁護士

椙村寛道

相葉和良

永塚弘毅

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  反訴被告は、反訴原告に対し、九一八万一〇〇〇円及びこれに対する平成一四年五月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

被告は、原告に対し、三七二九万六五〇〇円及びこれに対する平成一二年九月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

主文第二項同旨

第二事案の概要

本件は、水産物の加工、販売等を業とする原告(反訴被告。以下「原告」という。)が、被告(反訴原告。以下「被告」という。)の東海事業所で発生した放射線放射事故(以下「本件事故」という。)の結果、取引先に加工製品の引取を拒否され、製品(以下「本件製品」という。)を焼却処分することを余儀なくされたとして、被告に対し、①原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)三条一項、②民法七一五条、③民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた(本訴)のに対し、本件事故による被害の補償仮払金を原告に支払った被告が、原告には本件事故による損害が発生しなかったとして、原告に対し、仮払金額と後に資料等に基づき確定した補償金額との過不足分を精算するとの合意(以下「本件精算合意」という。)に基づき、仮払金の返還及び遅延損害金の支払を求めた(反訴)事案である。

一  前提事実

(1)  当事者

ア 原告は、水産物、冷凍食品の加工、販売等を業とする株式会社である。

イ 被告は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年法律第一六六号。以下「規制法」という。)一三条一項の許可を受けた原賠法所定の原子力事業者であり、原子力燃料の製造及び売買、ウラン化合物の精製及び売買等を業とする株式会社である。

(2)  本件事故の発生

平成一一年九月三〇日午前一〇時三五分ころ、《住所省略》所在の被告東海事業所転換試験棟内で、精製後のウラン酸化物を溶解後、当該溶液を均一化する作業中、放射線放射事故が発生した。

(3)  仮払金の支払

ア 原告は、被告に対し、平成一一年一二月二〇日、本件事故により損害を被ったとして、四五九〇万五〇〇〇円の損害の補償を求めた。

イ 原告は、被告に対し、平成一一年一二月二五日、本件事故による損害の補償金の仮払を申し込み、その際、当該仮払額は、補償金額が確定次第、確定金額と精算する(過払の場合には上回った金額を返還し、不足の場合には不足金額を追加払する)ことを承諾した(本件精算合意)。

ウ 被告は、原告に対し、平成一一年一二月二九日、前記趣旨による補償仮払金(以下「本件仮払金」という。)として、九一八万一〇〇〇円を支払った。

二  争点及び当事者の主張

本件の中心的争点は、本件事故によって原告に損害が発生したといえるかどうかであり、これに関する当事者の主張は、次のとおりである(なお、その余の主張は、別紙のとおりである。)。

(1)  原告の主張

ア 原告は、本件製品の焼却処分により、四一四七万七五〇〇円の損害を被った。

(ア) 原告は、本件事故当時、株式会社B山(以下「B山社」という。)から、エビ、カニ、カキ等の冷凍原料を購入し、これを原告工場で解凍し、小分けして(カキについては、フライ用にパン粉をつけるなどの加工をして)パック詰めの製品にした上、再冷凍し、B山社に再販売する取引をしていたが、本件事故の結果、各地の市場が茨城県産品を嫌ったため、B山社は、本件製品の引取を拒絶した。

(イ) 原告は、茨城県産品の引取拒否が続いていた当時の状況下で、他の業者に本件製品を他に売却することも不可能であった。

(ウ) そのため、原告は、品質の劣化を防ぐため、本件製品を冷凍倉庫に保管し続けたが、賞味期限の関係もあっていつまでも保管しておくわけにいかなかったので、平成一一年一一月一日ころ、やむなく、これらを「大洗、旭、水戸環境衛生組合」(以下「環境衛生組合」という。)に搬入し、生ゴミとしての焼却処分を依頼した。

(エ) しかし、当時、同組合には、各方面から多量の生ゴミが搬入、集積されており、原告は、同組合から、「今搬入されても焼却生ゴミとして受理できない」と言われ、やむなく、本件製品を持ち帰り、再び、原告の冷凍倉庫に保管した。

(オ) 平成一三年一一月八日、前記冷凍倉庫が競売により売却され、買受人から明渡を請求されて、冷凍倉庫内に保管していた製品、原料等を確認、整理した原告は、平成一四年一月ころ、冷凍倉庫内の二階奥の方に本件製品を発見した。

(カ) 原告は、買受人と話し合い、平成一四年二月末日まで、冷凍倉庫の明渡を猶予してもらい、平成一四年一月中旬から冷凍倉庫の整理を始め、平成一四年二月に入ってから二月末までの間に、本件製品二二・〇六tを含む二三・三九tを環境衛生組合に搬入して焼却処分してもらった。

(キ) 平成一一年九月一日ころ、原告がB山社との間で取り決めた本件製品の売却価格は、次のとおりであり、その総額は、四一四七万七五〇〇円となる。

① カキフライ 八五〇ケース(一ケース当たり一万一〇〇〇円) 九三五万〇〇〇〇円

② エビ尾数建 八〇〇ケース(一ケース当たり二万四〇〇〇円) 一九二〇万〇〇〇〇円

③ タラバガニ(4L)五〇〇ケース(一ケース当たり一万七〇〇〇円) 八五〇万〇〇〇〇円

④ タラバガニ(3L)五五〇ケース(一ケース当たり八〇五〇円)

ただし、加工前であったため、B山社からの買入価額である四四二万七五〇〇円を損害額とする。

(ク) 前記損害は、本件事故と相当因果関係がある。

① B山社には、原告との契約上引取義務はなく、B山社が商品の引取を拒否したのは、売買契約をしないという同社の判断によるものである。

② 本件製品には、加工業者名、加工場所、加工年月日、賞味期限(エビ、カニは三か月、カキフライは二か月)が記載されており、茨城県産品の引取拒否が続いていた状況下では、B山社以外の業者に販売することも不可能だった。

③ 被告は、風評被害には本件事故との間の相当因果関係がないと主張するが、本件事故発生後、社会的な諸要素が複合的に作用し、複雑な過程をたどって原告の損害が発生したものであり、本件事故との相当因果関係を判断するに当たっては、file_2.jpg仮に、転換試験棟の外に物理的影響を及ぼす放射性物質が散逸したり、放射線が放射されたりした事実がなかったとしても、本件事故は、国際評価尺度(INES)レベル4の重大な事故であり、現実に作業員三名が被爆して極めて重い放射線障害を被り、うち二名が死亡した我が国では前例のない重大事故であったこと、file_3.jpg本件事故後、行政当局が、近隣住民に対し、避難を勧告し、半径一〇km以内の住民に屋内待避を求めたこと、file_4.jpg新聞、テレビ等のマスメディアも、事故発生後、長期間にわたって連日、空前ともいえる大規模な報道を繰り返したこと、file_5.jpg我が国は、世界唯一の被爆国であり、近時、スリーマイル島やチェルノブイリの原子力事故が報じられ、一般国民の放射線、放射能に対する恐怖感には著しいものがあることなどを看過してはならない。本件事故によって茨城県産の水産加工製品が市場性を失った背景にマスメディアの報道が介在していることは事実であるが、本件事故が起きなければ、このような大規模な報道もなく、大規模な報道がなければ、消費者等が茨城県産の水産加工製品を拒絶し、敬遠することもなかったというべきであって、本件事故と原告の損害との間に条件関係があることは明らかである。

④ 市場関係者や消費者の心理的反応が介在することによって、因果関係の相当性を一律に否定することは、損害の公平な配分という不法行為制度の理念から適当でない。すなわち、反復可能性が確実でなくとも、蓋然性が認められれば、心理的反応が介在していても因果関係の相当性を認めるべきである。

⑤ 被告は、安全性に関する適切な情報が早期に提供されたと主張するが、国や県が食品等の安全性に関する情報を提供したとしても、一般国民に情報が周知徹底されるまでには相当の時間を要することは明らかであり、また、原子力事故に対する恐怖感が著しい国民一般がそれらの情報を被告が主張するほど安易に信用したとは考えられない。

イ 原告は、原告訴訟代理人との間で、本件訴訟遂行につき弁護士費用として五〇〇万円を支払うことを合意した。

ウ 前記損害四一四七万七五〇〇円と五〇〇万円の合計四六四七万七五〇〇円から、本件仮払金九一八万一〇〇〇円を控除すると、三七二九万六五〇〇円となる。

(2)  被告の主張

ア 原告は、本件製品を焼却処分したことによって本件製品の価額相当額の損害を被ったと主張するが、B山社に本件製品の引取義務があったのであれば、B山社の債務不履行の問題にすぎず、被告が賠償すべき筋合いではなく、原告主張の損害と本件事故との間には相当因果関係はない。

イ B山社の引取拒否が契約自由の原則のもとで売買契約を締結しなかったことを意味するにすぎないとしても、以下のとおり、本件事故との間に相当因果関係を肯定することはできないというべきである。

(ア) 本件事故は、転換試験棟外に物理的影響を及ぼす放射性物質を散逸させたり、放射線を放射したりするものではなかったから、原告主張の損害と本件事故との間には相当因果関係はない。原告が主張する損害は、いわゆる風評被害にすぎず、民法四一六条の類推適用により、特別事情によって生じた損害として、加害者において、右事情を予見し又は予見することを得べかりしときに限り、賠償責任を生ずるにとどまる(最高裁判所昭和四八年六月七日第一小法廷判決等)が、本件においては予見可能性はなかったから、被告に賠償責任はない。

(イ) 本件事故に関しては、本件事故の翌日である平成一一年一〇月一日には、茨城県が県のホームページ等で農産物の安全性を宣言し、また、同月二日には、政府が農産水産物の安全性を明らかにし、その他、茨城県農水産物の大々的な無料配布キャンペーンが行われて五〇〇〇人以上の人に配布されるなど、農産水産物の安全性に関する適切な情報提供が行われたから、風評被害が生じたとしても、本件事故との間に相当因果関係はないというべきである。

(ウ) 前記のように安全性に関する適切な情報提供がされたのに、購入しないという消費者の行動は、極めて主観的、個別的な心理状態に基づくものであって、同一条件の下で常に同一の結果が生ずるとはいえないから、予見可能性がなく、相当因果関係があるとはいえない。

第三争点に対する判断

一  本件製品の廃棄によって原告が被ったとする損害に関する原告の主張が前記摘示の主張に至る経緯は、次のとおりである。

(1)  平成一二年九月二〇日提出の訴状では、B山社から引取を拒否された加工済製品を平成一一年一一月二五日に環境衛生組合に搬入して焼却することを余儀なくされ、少なくとも四五九〇万五〇〇〇円の損害を被ったと主張し、続いて平成一二年一〇月一七日提出の準備書面で、焼却処分した製品を特定して主張した(前記原告の主張(キ)の本件製品に相当するが、④のタラバガニ3Lについては、B山社への売却価額一ケース当たり一万六一〇〇円と主張されており、後に、前記主張適示のとおり変更された。)。

(2)  被告の答弁書における求釈明を受けて、原告は、平成一三年三月六日付準備書面で、「カキ八kgのバルク八五〇個(合計六八〇〇kg)、エビ一・二kg×六入りのバルク八〇〇個(合計五七六〇kg)、タラバガニ八kgのバルク五〇〇個、一〇kgのバルク五五〇個(合計九五〇〇kg。以上の総合計量は、二万二〇六〇kgとなる。)の各冷凍原料をB山社から購入し、これらの冷凍原料を平成一一年九月一〇日ころから九月末ころにかけて原告の工場で解凍し、小分けして(更にカキについては、フライ用にパン粉をつけるなどして)パック詰めにして再冷凍した、これらをパック詰めにして再冷凍したものを平成一一年九月一〇日ころから一一月二五日まで原告の冷凍倉庫で保管していた」と主張し、併せて、「一九九九年は、生ごみ二万二五〇〇kgを環境衛生組合焼却施設へ搬入したことを証明する」旨の甲第三号証(平成一二年二月八日付環境衛生組合作成の「生ごみ搬入証明書」)を提出し、同号証は、本件製品を焼却処分したことを立証するための資料であり、通常原告の工場で生ずる生ごみ量は年間一〇〇〇kg前後にすぎないが、平成一一年に環境衛生組合で焼却処分した二万二五〇〇kgのうち大部分は前記二万二〇六〇kgの原材料を加工した本件製品の分であると説明した。

(3)  さらに、平成一三年一〇月九日付準備書面で、原告は、水産物加工の際に出る生ごみの処理について詳細に説明し、従来、環境衛生組合に生ごみは搬入していないので、平成一一年に同焼却施設に搬入した二万二五〇〇kgは、全量が平成一一年一一月二五日に搬入して焼却処分した水産原料であると主張した。

(4)  しかしながら、当裁判所の平成一三年一一月二九日付調査嘱託の結果、環境衛生組合から平成一三年一二月三日付でされた回答により、原告が同組合に搬入した生ごみの量は、平成一〇年は三万六四一〇kgであり、平成一一年は二万二五〇〇kgであり、平成一二年は二万六八一〇kgであって、平成一一年はむしろ少ないのみならず、平成一一年の二万二五〇〇kgのうち、本件事故前に搬入された生ごみの量は一万五八二〇kg、本件事故後に搬入された生ごみの量は六六八〇kgであり、同年中は、毎月、一定間隔でkg単位の生ごみが搬入されたが、t単位の生ごみが搬入されたことはないことが判明し、前記(2)、(3)の主張は破綻した。

(5)  平成一三年一一月から平成一四年三月までの本件訴訟の進行状況は、本件記録によると、平成一三年一一月二七日に第七回口頭弁論期日が開かれ、前記調査嘱託の申立が採用された後、平成一三年一二月五日に回答が到着し、その後、原告訴訟代理人が辞任して交代し、平成一四年一月二二日に第一回進行協議期日において和解勧告があり、同年二月二六日に和解期日が開かれたものの打切となったことが認められる。

(6)  なお、原告は、訴状においては、他に平成一一年一〇月から平成一二年一月までの売上減少額四四〇五万八五〇〇円の四五%に当たる一九八二万円余の売上減少の損害をも主張していたが、証拠関係と附合せず、同損害の主張を撤回している。

二  原告は、最終的に、前記主張摘示のとおり、平成一四年二月中に本件製品二二・〇六tを環境衛生組合に搬入して焼却処分したと主張するに至り、その証拠として、平成一四年七月一六日の第三回弁論準備手続期日以降、甲第五号証の一ないし四(平成一四年二月一四日撮影とする原告の冷凍倉庫内の写真)、甲第六号証、第八号証の一ないし三(平成一四年二月の環境衛生組合への搬入量を示す。)等を提出し、従前の主張との関係について、次のとおり説明する。すなわち、平成一一年一一月一日ころ、原告代表者の息子A野一郎が原告代表者に命ぜられて、いったん環境衛生組合に本件製品を搬入したが、同組合から受入を断られたため、本件製品を原告の冷凍倉庫に持ち帰ったが、原告代表者に報告しないまま、再度同倉庫に保管するようになり、そのまま報告もせずに忘れてしまった、その後二年を経た後である平成一三年一一月八日、前記冷凍倉庫が競売により売却され、買受人から明渡を求められて冷凍倉庫内に保管していた製品、原料等を確認、整理した際、平成一四年一月ころ、冷凍倉庫内の二階奥の方に本件製品を発見したというのである。

三  しかしながら、前示の本件訴訟の進行経過、特に、原告は、平成一三年一〇月時点で、原告の水産物加工の際に出る生ごみの処理について詳細に説明した上、平成一一年に同焼却施設に搬入した二万二五〇〇kg全量が平成一一年一一月二五日に搬入して焼却処分した水産原料であると主張していたが、平成一三年一二月五日に到着した調査嘱託の結果により前記主張が破綻した経過、また、平成一三年一一月二七日には第七回口頭弁論期日が、平成一四年一月二二日には第一回進行協議期日が、同年二月二六日には和解期日がそれぞれ開かれていた経過、当時の訴訟代理人は、当然のことながら、原告代表者なり原告側関係者に事情聴取した上で前記主張をしていたと推認し得ることに照らすと、原告の現在の主張及び前記二の説明は、単に不自然な変遷があったというにとどまらず、具体的な本件訴訟の前記進行、主張状況にもかかわらず、これと同時並行した時期に、本件訴訟のテーマとなっている本件製品そのものについて、本件訴訟における主張と関わりなく処分したと現在主張することになるものであって、それ自体として甚だしく不自然、不可解であるといわざるを得ない。

四  さらに、原告の主張の骨格は、本件事故により、本件製品の引取をB山社に拒否され、他にも転売し得なかったから、本件製品の時価相当額の損害を被ったというものであり、原告代表者及びその息子であり原告の専務取締役である証人A野一郎の各供述中には、一応これに沿う部分があるが、いずれも重要な点について供述内容を裏付けるだけの的確な客観的証拠がないといわざるを得ない。

(1)  まず、B山社代表者の陳述書(甲第一号証)には、本件事故後、原告からの製品買いを拒否したことがあるとの記載があり、B山社が原告からの引取を拒否した製品として、本件訴えで原告が主張する品物と同じ記載がされている。そして、同号証には、引取を拒否した理由について、原告の製品には、製造場所、製造年月日、賞味期限等が記載されているので、本件事故前に加工した製品については、販売できなかったためであるとの記載がある。しかしながら、証人A野一郎は、甲第五号各証の写真を示しつつ、本件製品には、製造場所、製造年月日、賞味期限等が記載されていなかったと供述したり、製造場所の記載はあったが、製造年月日、賞味期限の記載はなかったと供述しており、原告主張の本件製品が引取も転売もできなかった根拠として原告が主張する点の一角は崩れている。

(2)  また、原告代表者及び証人A野一郎は、環境衛生組合から搬入を拒否された品物が平成一四年二月まで原告の冷凍倉庫の中にあった旨供述するが、平成一一年度(平成一一年五月一日から平成一二年四月末)の原告の決算報告書(乙第三七号証)には、期末資産の「製品」の中にも、「原材料」の中にも、原告主張の本件製品は入っていないのであり、前記各供述は裏付けを欠くのみならず、むしろ平成一二年四月末当時存在しなかったことを示す反対証拠があることになる。同様に、乙第三三号証は、平成一一年度(平成一一年五月一日から平成一二年四月末)の原告の法人事業概況説明書であり、甲第四号証の三も同年度の法人事業概況説明書である(なお、内容は異なっている。)が、いずれについても、資産の部のうち「棚卸資産」の項に本件製品は入っていない。

(3)  甲第二号証の一、二は、B山社の原告に対する平成一一年九月六日付及び同月一〇日付請求書であり、カキ八kg八五〇個、エビ一・二kg×六入り八〇〇個、タラバガニ八kg五〇〇個、一〇kg五五〇個(平成一三年三月六日付原告準備書面で主張されていたB山社からの買い入れた原材料と一致する。)の代金合計四八二〇万〇二五〇円がB山社から原告に対し請求されている。現在主張されている代金額も原告が加工前であったと自認する前記第二の二(1)ア(キ)④を除くとB山社の請求額と同額である。そうすると、原告主張の損害額は、冷凍原材料の買入代金額ということになるが、他方、原告は、前記第二の二(1)ア(キ)④を除いて、B山社から購入した冷凍原材料は加工済であったから、製造場所等の記載があり、引取も転売も不可能だったので、本件事故による損害といえると主張し、加工済製品の代金相当額を損害とも主張して、矛盾した主張、証拠関係となっている。

(4)  さらに、平成一二年八月二五日付のB山社代表者の陳述書(甲第一号証)によると、甲第二号証の一、二の請求にかかる代金は、全部未だに支払がないというのであり、原告代表者も同旨の供述をする。原告は、B山社には引取義務はなかったと主張し、B山社から購入した原材料は原告の物であったとの前提で主張するようであるが、代金が全額未払であるにもかかわらず、既に原告の物となっていたとの主張には不自然な点がある。ことに、前掲乙第三三、第三七号証には、B山社に対する買掛金の記載がないのであって、B山社から原告が買い取って原料を原告のものとし、買掛金が残っていた関係にあったとすれば、前掲乙第三三、第三七号証にその記載がないことは不可解である。さらに、甲第一号証、証人A野一郎の供述によると、B山社は、平成六年から、原告に対し、エビ、カニ、カキなどの水産物のバルクと呼ばれる冷凍原料の塊を解凍し、小分けしてパック詰めにした上で再冷凍させる等の加工(カキは、フライ用にパン粉をつけた上でパック詰めにして再冷凍等し、カニは裁断してパック詰めにすることもある。)を委託してきたが、平成一一年三月からは、取引金融機関との関係で、売上高を多くする方が有利なこともあって、取引形式を原料売りの製品買いという形に改め、そのため、本件事故当時、原告とB山社の間の取引は、B山社が原告に原料を販売し、加工後の製品を原告がB山社に販売する形となっていたというのであるが、同時に、原告の買掛金の実際の決裁方法は、加工製品の売掛金から控除されて残額が支払われる場合が多かったというのであり、このことに買掛金を計上しない前記の原告の取扱いを併せて考えると、形式的には、原料買いの製品売りの形態にしたとはいえ、実質的には、従前からの加工委託と何ら変わりがなかったことが窺われ、原告主張の品物が原告の所有物であったと断ずることは困難である。

(5)  原告が平成一四年一月に発見した冷凍倉庫内の本件製品の写真であると主張する甲第五号各証の写真について、証人A野一郎の供述と併せてみても、原告が主張する物のうち、前記第二の二(1)ア(キ)の①から③が全て加工済であったことの客観的裏付けがあるとはいうことはできない。冷凍原材料のままであったものについては、転売可能性すらなかったといえるためには、転売努力をしてもなお売れなかったなどの事情が認められなければ損害と認めることはできないというべきであるが、転売努力をしていないことは証人A野一郎の自認するところである。

(6)  さらに、原告代表者は、平成一四年一月一〇日前後に本件製品が原告の冷凍倉庫に保管されているのを発見したと供述する一方、同月二二日の進行協議期日に原告代表者とA野一郎とが出頭したが、本件製品が発見されたことを話しもしなかったと自認するところであり、また、証人A野一郎は、発見したのは平成一三年一〇月のことであると供述しながら、直ちには、当時の原告訴訟代理人弁護士に話さなかったと供述し、原告の主張によると、その後、手続の進行と関わりなく、廃棄処分にしたというのであり、経緯は余りにも不自然、不可解というほかはない。

(7)  乙第三四号証は、平成一一年度の原告の顧客別売上の一覧表であるが、B山社に対する売上は、五月は二九八万円余、六月は二一三万円余、七月は一三五万円余、八月は二〇五万円余、九月は一八三万円余、一〇月は一五五万円余、一一月は六一二万円余、一二月は六三一万円余、平成一二年一月は二〇六万円余、二月は六一万円余、三月は一九九万円余、四月は二一五万円余と記載されており、証人A野一郎も、本件事故後も、B山社との同様の取引が継続していた旨供述するところである。原告代表者は、売上計上は、二か月前の納品に対するものであると供述するが、そうであったとしても、平成一一年九月分が六一二万円余、一〇月分が六三一万円余、一一月分が二〇六万円余あったことになるのであり、これを否定するごとき原告代表者の供述部分は採用できない。そうすると、B山社との継続的取引のうちで、本件で原告が主張する品物だけが引取拒否されたというのも不可解であり、これを合理的に説明する資料は何もない。

以上のとおり、原告の主張は、変遷しており、その内容も不自然であるのみならず、現主張に沿うかのような原告代表者及び証人A野一郎の供述部分については、これを裏付けるに足りるだけの的確な客観的証拠はなく、かえって、これに反する証拠状況である以上、原告主張の損害があったと認めることはできない。

五  なお、付言するに、前記の点を措いても、原告は、製品や原料の転売が不可能であったと主張するが、原告がB山社に対し更に引取を求めて交渉したり、当該品物の転売先を探す努力をした形跡は全くないのであり、そのような努力をしてもなお損失を被らざるを得なかったことを認めるに足りる証拠はないから、原告主張の損害には、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。

第四結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるから全部認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本光一郎 裁判官 廣田泰士 秋元健一)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例