水戸地方裁判所 平成13年(レ)9号 判決 2001年9月26日
控訴人
甲野一郎
被控訴人
乙野二郎
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(一) 控訴人は、被控訴人に対し、金九万八九五七円及びこれに対する平成一二年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金七万七二五二円及び内金六万七二五二円に対する平成一二年四月二一日から、内金一万円に対する平成一三年一月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 被控訴人の控訴人に対するその余の本訴請求及び控訴人の被控訴人に対するその余の反訴請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じ本訴反訴ともこれを一〇分しその六を控訴人の負担としその余を被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項(一)及び同(二)に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の本訴請求を棄却する。
三 被控訴人は、控訴人に対し、金三九万六〇七五円及び内金九万六〇七五円に対する平成一二年四月二一日から、内金三〇万円に対する平成一三年一月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原審本訴原告である被控訴人が、原審本訴被告である控訴人に対し、民法七〇九条に基づき、後記一の交通事故により被った被控訴人所有車両の修理費相当額の賠償を求め、原審反訴原告である控訴人が、原審反訴被告である被控訴人に対し、民法七〇九条及び同法七一〇条に基づき、上記交通事故により被った控訴人所有車両の修理費相当額並びに被控訴人の本訴提起及び脅迫行為により被った精神的苦痛の慰謝料の各賠償を求めた事案である。
一 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨から明白な事実)
(一) 次のとおり交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 発生日時 平成一二年四月二一日午後八時一五分ころ
イ 発生場所 茨城県ひたちなか市馬渡三八四五番地二先十字路交差点(以下「本件交差点」という。)
ウ 事故車両
(ア) 控訴人が所有し運転する普通乗用自動車(練馬五四せ五五七五、以下「控訴人車両」という。)(甲一号証、乙一号証及び弁論の全趣旨)
(イ) 被控訴人が所有し運転する普通乗用自動車(水戸五〇〇せ四〇一〇、以下「被控訴人車両」という。)(甲一号証、甲五号証及び乙一号証)
エ 事故の態様
本件交差点において、信号に従い左折進行した被控訴人車両と同様に右折進行した控訴人車両が接触した事故である。
(二) 被控訴人は、本件事故発生日時ころ、同発生場所付近において、本件事故を巡り口論となり、控訴人に対し、「控訴人を連れ去って殺してやる。」等と述べた。
二 争点及びこれについての当事者の主張
(一) 本件事故における控訴人の過失の有無及び控訴人と被控訴人の過失割合
(被控訴人)
ア 被控訴人車両は、左折のため、片側一車線道路を進行して、本件交差点内に進入しようとしたが、被控訴人車両の先行車両二台が続けて同交差点内に進入し左折して路肩寄りの左側車線を進行したため、被控訴人車両は、渋滞を避けて、時速約一〇キロメートルで本件交差点内に進入し、左折して中央寄りの右側車線を進行しようとして左折を終えたところ、右折のため、本件交差点内に進入し対向車線を進行してきた控訴人車両が被控訴人車両の後方から右折進行し、その際、被控訴人車両の右後方側面部に控訴人車両の左前方側面部が接触して、本件事故を発生させた。
イ 控訴人は、左折車両の進行を妨げてはならない注意義務(道路交通法三七条)を負いながら、同義務に違反して本件事故を惹起したのであるから、本件事故の態様に照らし、控訴人の過失を八割、被控訴人の過失を二割とするのが妥当である。
(控訴人)
ア 控訴人車両は、右折のため片側一車線道路の右折用の通行帯から本件交差点内に進入しようとしたが、対向車線を青信号に従い左折のため本件交差点内に進入しようとしていた車両を認め、同対向車線から左折進行しようとしていた二台目の車両が同交差点内に進入し左折を開始した際、右折進行するため同交差点内に進入し右折を開始したところ、同交差点内中央寄りの右側車線において、同路肩寄りの左側車線を進行していた前記車両と併走したため、同交差点内横断歩道前で停車し同歩道上の歩行者の有無を確認していたところ、前記車両と停車中の控訴人車両の間に後方から、徐行せずに左折のため本件交差点に進入してきた被控訴人車両が加速して前記車両及び控訴人車両の間を追い越し、その際、被控訴人車両の右前部ドア付近を控訴人車両の左前部に接触させ、本件事故を発生させた。
イ 被控訴人は、追越しの禁止義務(道路交通法三〇条)、安全運転の義務(道路交通法七〇条)等に違反しおよそ考えられない重大な過失により本件事故を惹起させたものであること、本件のような片側二車線道路の交差点において、左折車両は左側車線を左折進行すべきであって、右折進行する車両に対し、画一的に左折車両の進行妨害の禁止義務(道路交通法三七条)を認めるのは妥当でないこと等から、控訴人には過失はなく、被控訴人の過失のみにより本件事故が惹起されたというべきである。
(二) 本件事故による当事者の損害額
(被控訴人)
本件事故により、被控訴人が被った損害は被控訴人車両の修理費三二万九八五八円である。
控訴人が被った損害は争う。
(控訴人)
本件事故により、控訴人が被った損害は控訴人車両の修理費九万六〇七五円である。
被控訴人が被った損害は争う。
(三) 被控訴人の本訴提起による不法行為の成否
(控訴人)
被控訴人は、その暴走追越運転という明白な過失により本件事故を惹起したのであって、自己の請求が法律上事実上の根拠を欠き、かつ、このことを容易に認識し得たにもかかわらず、本訴を提起したのであるから、被控訴人の本訴提起は違法である。
本訴提起により控訴人が被った精神的苦痛による損害は二〇万円である。
(被控訴人)
本訴提起が違法であること及び損害の発生は争う。
(四) 被控訴人の脅迫による不法行為の成否
(控訴人)
控訴人は、前記前提事実のとおり、被控訴人を脅迫したのであって、同脅迫により控訴人が被った精神的苦痛による損害は一〇万円である。
(被控訴人)
控訴人が被った損害の発生は争う。
第三当裁判所の判断
一 本件交差点の状況及び本件事故の態様
前記前提事実に証拠(甲一号証ないし三号証、四号証の一ないし八、五号証、六号証の一及び二、七号証の一及び二、八号証の一ないし六、九号証、一〇号証の一ないし九、乙一号証、二号証、四号証の一及び二、五号証の一及び二、六号証の一及び二、七号証の一ないし六、八号証、九号証の一及び二、一〇号証の一及び二、一一号証の一及び二、一二号証ないし一八号証、二一号証、原審原告本人、原審被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、信号機による交通整理が行われ、片側二車線の車両通行帯が設けられた道路及び片側一車線の道路が交差する十字路交差点である。本件事故当時、雨が降っていたが、本件交差点付近の見通しは悪くなかった。
控訴人車両が進行してきた道路は、本件交差点手前付近で、右折用の通行帯と左折直進用の通行帯が区切られて指定されており、被控訴人車両が進行してきた道路は、本件交差点手前付近で、左折直進用の通行帯と右折用の通行帯が区切られて指定されていた。
(二) 控訴人車両は、本件交差点を右折進行するため、前照灯を灯火させて右折用の通行帯を進行してきたが、信号が赤色灯火を表示していたので、同信号表示に従い、右折の合図を出して、本件交差点手前の停止線で停車した。
被控訴人車両は、本件交差点を左折進行するため、控訴人車両が進行してきた道路の対向車線上の左折直進用の通行帯を進行していたが、同車両の前方を進行していた車両が本件交差点内の信号表示に従い停止したので、左折の合図を出して停止した。その際、同通行帯において、同車両の前方には少なくとも二台の車両が本件交差点の信号表示に従い停車していた。
(三) 控訴人車両は、本件交差点内の対面信号が青色灯火に変わったので、右折のため中央付近に寄って本件交差点内に進入したが、対向車線の左折直進用通行帯を進行してきた車両を視認したため、同交差点内中央付近において、右折の合図を出したまま停車し、同車両通行帯を進行していた被控訴人車両の前方二台目の車両が左折し路肩寄りの左側車線を進行した直後に、被控訴人車両の前方一台目の車両及び被控訴人車両が左折進行しようとしていたのを認識し、前記中央付近から中央寄りの右側車線を進行するため右折を開始したが、その後前記一台目の車両が左折し路肩寄りの左側車線を進行して併走する状態となったので、控訴人車両は進行していた道路先の横断歩道上の歩行者を確認しながら、直前を徐行で進行した。
そのころ、被控訴人車両は、前記一台目の車両に引き続いて、左折のため本件交差点内に進入したが、路肩寄りの左側車線に前記二台の車両が渋滞していたため、中央寄りの右側車線を進行することとし、時速約二〇キロメートルに加速して進行したところ、徐行で進行中の控訴人車両の左前方側面部に被控訴人車両の右後方側面部を接触させた。
(四) 上記接触により、控訴人車両のフロントバンパー、クリアランスランプ等の左前方側面部に損傷が生じ、被控訴人車両の右フロントドア、サイドステップ等の右後方側面部に損傷が生じた。
(五) なお、被控訴人は、控訴人車両が、被控訴人車両の後方から被控訴人車両とほぼ同速度で徐行進行し同車両に接触した旨主張供述をするが(原審原告本人)、被控訴人車両の損傷は右後方側面部に擦過痕が広範囲に渡って認められるのに対し、控訴人車両の損傷は左前方側面部の狭い範囲に擦過痕が認められるにすぎず、控訴人車両に対して被控訴人車両が相当加速して進行していたことが認められるから、被控訴人の前記供述は措信することができず、他に同主張を認めるに足りる証拠はない。
また、控訴人は、本件交差点内の横断歩道手前で停車していたところに被控訴人車両が接触した旨主張するが、本件事故当時は降雨はあったものの、見通しが悪いというほどではなく、同横断歩道上に現に横断者が存在したと認めることもできないから、この点に関し控訴人車両は本件事故時に徐行で進行しているのを視認したとする被控訴人の供述は信用に値し、他に控訴人の前記主張を認めるに足りる証拠はない。
二 争点(一)について
交差点を左折しようとする車両は、あらかじめその前からできる限り道路の左側に寄り、かつ、できる限り、道路の左側に沿って徐行しなければならず(道路交通法三四条一項)、交差点においては他の車両を追い越すための進路変更をしてはならないところ(同法三〇条三号)、被控訴人車両はこれらの義務に違反して、左折にあたり加速しながら、先行車両を追い越そうとして、本件事故を惹起したものであり、しかも、被控訴人は同追い越しに先立ち、本件交差点内を徐行進行中の控訴人車両を視認していたのであるから、本件事故は基本的に被控訴人の前記交通法規違反及び控訴人車両と先行車両との間の通過が可能と判断した被控訴人の判断過失により惹起されたものというべきである。
他方、控訴人においても、交差点で右折する場合に左折車両の左折完了を待って本件交差点中央付近からの右折を開始すべき義務(同法三七条参照)があるのにこれを怠り、漫然右折進行した点に過失があるというべきである。
そして、被控訴人及び控訴人の前記各過失に本件事故態様全般をあわせ考慮すれば、本件事故に係る両者の過失割合は、被控訴人七割、控訴人三割と認めるのが相当である。
三 争点(二)について
証拠(甲三号証、五号証、六号証、乙二号証)によれば、本件事故により生じた被控訴人車両の損傷部位の修理費の見積が三二万九八五八円であり、同事故により生じた控訴人車両の損傷部位の修理費見積が九万六〇七五円であって、それぞれ本件事故による同額の損害発生を認めることができる。
四 争点(三)について
控訴人は、本訴提起が違法であり精神的苦痛を受けた旨主張するが、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当であるところ、本件において、このような事情を認めるに足りる証拠はないので、控訴人の主張を採用することはできない。
五 争点(四)について
被控訴人が本件事故直後に控訴人に対して告げた発言の内容(前記前提事実(二))、本件事故が基本的には被控訴人の過失から生じた事故であることなどを考慮すると、被控訴人の発言は控訴人の生命身体に対する脅迫行為と評価されてもやむを得ないもので、これにより、控訴人が被った精神的苦痛による損害は一万円と認めるのが相当である。
六 以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は金九万八九五七円及びこれに対する平成一二年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容しその余は失当として棄却すべきであり、また、控訴人の被控訴人に対する反訴請求は金七万七二五二円及び内金六万七二五二円に対する平成一二年四月二一日から、内金一万円に対する平成一三年一月二七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容しその余は失当として棄却すべきである。
よって、これと結論を異にする原判決はその限度において変更を免れず、本件控訴は一部理由があるから原判決を上記趣旨に従って変更し、主文のとおり判決する。
(裁判官 仙波英躬 清野正彦 名島亨卓)