水戸地方裁判所 平成20年(む)40号 決定 2008年4月03日
主文
本件証拠開示命令請求を棄却する。
理由
第1本件事案の概要と本件開示請求の基礎となる弁護人の予定主張
1 本件事案の概要
本件(証拠開示請求と関連しない強要の事実は除く。)は,被告人が,保険金を騙し取る目的で,Aら被害者の親族3名,B,C,D,E,F及びGと共謀の上,平成12年7月中旬ころから同年8月12日ころまでの間,殺意をもって,被害者に酒類を多量に飲ませて肝機能を低下等させた上,同日午後7時ころから同月13日午前2時ころまでの間,被告人方等において,さらに被害者に飲酒をさせた上,酩酊した被害者の口内にアルコール分約96度のウオッカを流し込んで無理に飲用させ,同日午前3時ころ,被告人方からH市内に向けて走行中の自動車内において,被害者を高濃度アルコール摂取による呼吸不全により死亡させて殺害し,さらに被害者の親族3名と共謀の上,生命保険金を騙し取ったという殺人,詐欺の事案である。
2 弁護人の予定主張
弁護人は,本件を全面的に否認しており,多岐にわたる主張をしているが,本件証拠開示の基礎となる予定主張は以下のとおりである。
ア 被害者が,平成12年8月13日午前2時ころ,Bに連れられて被告人方を立ち去ったことはあるが,被告人は同行していない。
イ D,F及びG(以下「Dら」という。)は,本件について不起訴処分となっているが,Dらの供述は,「話せば起訴猶予にする」旨の捜査官の言葉を信じ,起訴猶予になることを期待してなされたものであって,特信性を欠き,証拠能力がない。
ウ Bの供述は,別件で宣告された自己の死刑判決の執行を先延ばししたいがために,被告人を犯罪に引っ張り込み,その責任を被告人に転嫁した虚偽供述である。
第2本件請求の趣旨及び理由
本件請求の趣旨及び理由は,弁護人ら作成の平成20年2月6日付証拠開示命令請求書,同月27日付反論書及び同年3月19日付反論書2に記載されているとおりであるが,要するに,下記記載の各証拠は,刑事訴訟法316条の20第1項により検察官が開示をすべき証拠に当たるのに,検察官が開示をしないので,その開示を請求するというものである(なお,そのほかの証拠については,既に開示請求が取り下げられている。)が,その具体的な証拠と開示を求める理由は以下のとおりである。
1 Nシステム関係
(1) 開示を求める証拠
a I自動車道上り線のJインターチェンジからHインターチェンジ間に設置されたNシステムにより,平成12年8月13日に記録された,Bらが乗車した車両の通行記録,映像等の全て,b I自動車道Hインターチェンジ付近の国道○号線に設置されたNシステムにより,平成12年8月13日に記録された上記Bらが分乗した各車両の通行記録,映像等の全て(以下,a,bの各証拠を「Nシステム関連証拠」と総称する。)
(2) 開示を求める理由
検察官は,被告人が,Bらとともに,自動車でK県L市内の被告人方からJ市内の事務所まで被害者を搬送したと主張する。Nシステム関連証拠により,Bが運転している車両の同乗者が明らかとなるのであるから,弁護人予定主張アに関連する証拠であって,開示を受ける必要性は高い。
2 Dらの不起訴裁定書
(1) 開示を求める証拠
Dらの不起訴裁定書
(2) 開示を求める理由
Dらは,本件により起訴されて当然であるが,不起訴処分となっており,捜査官からDらに対し,起訴猶予にするとの働きかけがあったと強く推認される。
不起訴裁定書の開示により,Dらの不起訴処分の理由が明らかとなるのであるから,同人らの不起訴裁定書は,Dらの供述が捜査官の起訴猶予にする旨の発言によりなされたという弁護人予定主張イに関連する証拠であって,開示を受ける必要性も高い。
3 Dらの取調べを担当した警察官が作成した犯罪捜査規範13条に該当する備忘録等
(1) 開示を求める証拠
Dらの取調べを担当した警察官が犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管している書面のすべて(以下「13条備忘録」という。)
(2) 開示を求める理由
13条備忘録の開示により,Dらの取調経過,供述経緯等が明らかとなるのであるから,13条備忘録は弁護人の予定主張イと関連し,開示を受ける必要性も高い。
4 共犯者Bが上申書を作成した別事件の検証調書,実況見分調書等
(1) 開示を求める証拠
Bが,被告人らとともに,人を生き埋めにして殺したとされる場所であるK県M市内の土地を掘削した際の状況を明らかにする検証調書,実況見分調書等のすべて
(2) 開示を求める理由
Bは,被告人が所有する(あるいは実質的に所有する)土地に,Nという者を生き埋めにして殺した(以下,この件を「N事件」という。)と供述しており,B供述に基づき,警察がK県M市内の土地を掘削している。
上記検証調書等の開示を受けると,N事件に関するB供述の真偽が明らかとなるところ,上記供述が虚偽であれば,本件に関するB供述も虚偽である可能性が高く,弁護人予定主張ウに関連する証拠であって,開示を受ける必要性も高い。
5 共犯者Bが上申書を作成した各事件に関する一切の証拠
(1) 開示を求める証拠
Bが上申書を作成した各事件(本件を除く。)に関する一切の証拠(本証拠開示命令請求書に記載のある各証拠及び既に開示されている証拠を除く。)
(2) 開示を求める理由
Bは,本件以外の殺人事件についても,上申書を作成しており,その作成動機は本件と同一とみられる。したがって,Bが上申書を作成した別件の事件が虚偽であれば,本件も虚偽である可能性が高い。
Bが上申書を作成した別件の殺人事件の証拠は,弁護人予定主張ウに関連し,開示を受ける必要性も高い。
第3当裁判所の判断
1 Nシステム関連証拠について
Nシステムは,機器の下を通過する車両のナンバー等の画像を記録化するものであるが,Nシステムの性質上,その記録は警察の内部資料に止めておくべきものであって,他に見せたり提出することを想定していないものというべきである。したがって,Nシステムの記録は,証拠書類とされたり,公判において証拠として利用されることが想定されておらず,検察官に対して送致書等とともに送付されるべき証拠には当たらない。
以上のことからすると,Nシステム関連証拠の開示請求は認められない。
2 Dらの不起訴裁定書について
弁護人らは,Dらが捜査官の「話をしたら不起訴にする。」との発言を信じて虚偽供述をしている旨主張するが,結局のところ,その主張は,Dらの供述の信用性を弾劾することに尽きると思われる。そうすると,被告人の防御のためには,Dらの供述録取書が作成された経緯,同人らがそのような供述をした動機等が問題となるところ,同人らの不起訴裁定書は,検察官が同人らを不起訴処分にした理由を示すものにすぎないのであるから,被告人の防御に資する証拠とはいいがたい。
これらのことからすると,Dらの不起訴裁定書の開示が相当であるとは認められない。
3 13条備忘録について
(1) 13条備忘録は,Dらの取調経過等が記載されているものと考えられ,弁護人予定主張イに関連する証拠であるということができる。
(2) ところで,検察官は,警察に照会した回答を根拠として,13条備忘録は存在しないと主張しているところ,弁護人は,証拠の標目の提示を命じるべきであると主張しているので,この点について検討する。
弁護人の主張が,検察官が現に保管している証拠の標目の提示を求めるべきであるという趣旨であれば,検察官が13条備忘録を保管していることをうかがわせる事情はないのであるから,無意味である。
また,警察が保管している備忘録等の標目の提示を求める趣旨であれば,裁判所において,警察が保管する一切の備忘録等の標目の提示を求め,それらが13条備忘録に当たるかどうかを判断することは相当ではないというべきである。犯罪捜査規範13条が,取調官に備忘録の作成を命じているのは,取調官が将来当該事件の公判審理に証人として出廷する場合に,捜査経過等を正確に供述するためであると解されるところ,そうすると,警察官が作成した備忘録等が犯罪捜査規範13条に基づくものであるかどうかは,作成した警察官が判断すべきものであって,裁判所が客観的に判断するようなものではないと考えるのが自然である。また,13条備忘録については,特別の様式などは定められていないのであるから,証拠に接していない裁判所が,警察官が作成した備忘録等が13条備忘録に当たるかどうかを判断するのは,実際上困難である。
以上のことから,当裁判所は,特段の事情のない限り,13条備忘録の存否については警察の判断を尊重すべきものと考える。
(3) よって,証拠の標目の提示を命じるまでもなく,13条備忘録は存在しないといわなければならず,その開示請求は認められない。
4 N事件の検証調書,実況見分調書等
本件とN事件は,いずれもBが上申書を作成して殺人を自白している事件であるが,そもそも別個の事件であり,N事件に関する供述が虚偽であったからといって本件に関する供述も虚偽であると推認できる関係にはない。また,検証調書,実況見分調書等のみによってB供述の真偽が判断できるものでもない。そうすると,これらの証拠が弁護人予定主張ウと関連するということはできない。他方,N事件は現在も捜査中であって,証拠開示により,当該事件の捜査に支障が生ずる弊害も看過できない。
以上のことからすると,これらの証拠の開示を命ずることは相当でない。
5 共犯者Bが上申書を作成した各事件に関する一切の証拠
弁護人の開示請求は,開示請求の対象となる証拠が特定されていない上,弁護人予定主張との関連性も明らかではないから,失当である。
第4よって,刑事訴訟法316条の26第1項により,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鈴嶋晋一 裁判官 増尾崇 裁判官 水越壮夫)