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水戸地方裁判所 平成22年(行ウ)8号 判決 2012年1月13日

主文

1  本件各訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は、甲・乙事件を通じ、原告らの負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  争点(1)ア(原状回復命令がされないことにより原告らに重大な損害を生ずるおそれがあるか。)について

(1)  本件訴えは、行政事件訴訟法3条6項1号所定の義務付けの訴えであるから、行政庁が一定の処分をしないことにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り提起することができる(同法37条の2第1項)。

原告らは、(ア)a社が土砂等発生元証明書を偽造したこと、(イ)本件土地に搬入される土砂にはb社から持ち込まれた建設残土やc社石岡工場から持ち込まれた建設発生土が含まれており、これらには有害物質が含まれている可能性が高いこと、(ウ)原告ら代理人が本件土地を視察した際、本件土地には、一見しただけでも大きな石の固まりなどの廃棄物があったことなどから、本件土地に搬入された土砂に有害物質が含まれている可能性は高いとした上、原状回復命令がされなければ、本件土地から有害物質が流出し原告らの耕作地に到達するなどして、原告らに重大な損害を生ずるおそれがあると主張する。

(2)  しかしながら、上記主張事実のうち、(イ)本件土地に搬入される土砂がb社から持ち込まれた建設残土であり、その建設残土に有害物質が含まれていること、及び、c社石岡工場から持ち込まれた建設発生土に有害物質が含まれていることについては、これを認めるに足りる的確な証拠がない。また、その他の事実を総合しても、本件土地に搬入される土砂に有害物質が含まれていると認めることはできない。

かえって、証拠(乙4、証人A)によれば、かすみがうら市の業務委託を受けたd社が平成22年8月25日に行った調査の結果によれば、本件土地内の10か所から採取した土壌から、カドミウム、有機燐、鉛、六価クロム、砒素等について、基準値を超える有害物質は検出されなかったこと、また、本件土地内及びそこから水路を通って合流する飯田川の水からも基準値を超える有害物質は検出されなかったことが認められ、これらの事実は、本件土地に搬入された土砂に有害物質が含まれていないことを窺わせるものである。

以上によれば、本件土地に搬入された土砂に有害物質が含まれていると認めるに足りる証拠がないから、本件土地から有害物質が流出するおそれやこれが原告らの耕作地に到達するおそれがあると認めることはできず、被告が原状回復命令をしないことにより、原告らに重大な損害が生じるおそれがあると認めることもできない。

(3)  なお、原告らは、d社の調査が、本件土地の10か所から試料を採取したにすぎないなどとしてこれを論難するが、そもそも、原告らの立証によって、本件土地に搬入される土砂に有害物質が含まれていることが立証されていないのであるから、上記の点が前記判断を左右するものではない。

(4)  以上によれば、本件各訴えはいずれも不適法であるが、本件紛争の内容や訴訟経過にかんがみ、以下のとおり争点(1)ウについて付言する。

2  争点(1)ウ(原告適格、農地法51条の保護法益)について

(1)  行政事件訴訟法3条6項1号所定の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる(同法37条の2第3項)。

そして、当該処分の名宛人以外の者に上記法律上の利益があるかどうかを判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、また、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度が勘案されなければならない(同法37条の2第4項、9条2項参照)。

(2)  本件では、農地法5条1項の許可を求めるに当たり申請者が偽造文書を提出し、不正の手段により許可を受けたとして、被告が農地法51条1項4号による原状回復命令を行うことについて、当該命令の名宛人とはならない原告らが法律上の利益を有するかどうかが問題となる。

原告らは、農地法が農地を効率的に利用する耕作者による地域との調和への配慮を掲げていること、及び、被告が農地部長通知において、農地転用の許可事務に際して申請者に発生土証明書を提出するよう求める運用をしていることなどから、農地法51条は農地に有害物質を含む土砂等が搬入された場合に生命、身体及び営農上の被害を受けるおそれのある周辺住民や農家の個別的利益を保護していると主張する。

そこで検討するに、農地法は、前記第2の3の法令の定めにおけるように、農地が国内の農業生産の基盤であり、これが限られた貴重な資源であることにかんがみ、農地を農地以外のものにすることを規制することなどにより、農業生産の増大を図り、もって国民に対する食料の安定供給の確保に資することなどを目的とするものであり、主として、国民経済上の観点から、わが国の農業生産力の安定及び向上を図ることを目的とする法律であると解される。

そして、この目的を受けて、同法4条及び5条は、農地を農地以外のものにすること、及び、農地を農地以外のものにするために農地について所有権の移転や使用収益権の設定をする場合には、原則として、都道府県知事の許可を要するものとして、これを規制し、さらに、上記各規定に違反した違反転用者等に対しては、同法51条1項により、都道府県知事が許可の取消しや原状回復を命ずることができ、また、同法64条による刑事罰を科することができるとすることにより、上記各規定による規制の実現を担保している。

農地法が、上記のとおり、主として国民経済上の観点から、わが国の農業生産力の安定及び向上を図ることを目的する法律であると解されること、農地法上、農地を埋立てにより転用する場合にこれに供される土砂に含まれる有害物質を規制する規定は存しないことからすると、農地法は、農地の埋立てに供される土砂に有害物質が含まれることにより生じる不利益から周辺住民の生命、身体を保護することを目的あるいは趣旨としていないといわざるを得ない。

もっとも、周辺農地の営農上の利益については、農地法5条2項が、「前項の許可は、次の各号のいずれかに該当する場合には、することができない。」と定めた上、4号において、申請に係る農地を農地以外のものにすることにより、土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあると認められる場合、農業用用排水路の有する機能に支障を及ぼすおそれがあると認められる場合その他の周辺の農地に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合を定めていること、及び、同法51条も、原状回復等の措置を講ずべきことを命ずるかに当たって、土地の農業上の利用の確保及び他の公益並びに関係人の利益を衡量することを定めていることからすれば、農地法は、個別に周辺農地に関する一定の利益を保護する趣旨を有すると解する余地もある。

しかしながら、上記のとおりの農地法の趣旨に加え、農地法上埋立てにより転用する場合にこれに供される土砂に含まれる有害物質を規制する規定は存しないことからすると、上記各規定のうち、農地法5条2項4号の趣旨は、申請に係る農地からの土砂の流出又は崩壊その他の災害により周辺農地の営農条件に支障を生ずるおそれがないこと、また、そのおそれがある場合にはその流出等の防止措置が執られていることを求めることにより、土砂の流出又は崩壊等の災害から周辺農地の営農条件を守る趣旨にとどまり、埋立てに供される土砂に有害物質が含まれることにより生じる不利益から周辺農地を保護する趣旨まで含むと解することはできない。また、農地法51条により保護される他の公益や関係人の利益についても、埋立てに供される土砂に有害物質が含まれることにより生じる不利益から関係人を保護する趣旨まで含んでいると解することはできない。

なお、原告らは、農地部長通知により、農地転用の申請者に発生土証明書の提出が求められていることを主張するが、証人Aの証言及び弁論の全趣旨によれば、同通知は、農地法による委任又は同法による委任を受けた施行令若しくは施行規則による委任を受けて制定されたものではなく、被告が独自に定め、農地法による許可と関わりなく任意に提出を求めているものと解されるから、同通知の内容を農地法の解釈において重視することはできない。

以上のとおり、農地法5条及び51条は、埋立てに供される土砂に有害物質が含まれていることにより生じる不利益から周辺住民や周辺農地を保護しているとは解されないから、これが保護されていることを前提とする原告らの上記主張は理由がない。

(3)  なお、原告X1は、○○区長としての地位に基づいて原告適格が肯定されるべきであるとも主張するが、区長(地区の代表)であるからといって原告適格を肯定すべき理由は見出せないので、採用することができない。

(4)  したがって、原告らは、農地法51条1項に基づく原状回復命令の義務付けを求める本件各訴えについて、いずれも原告適格を有しない。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、本件各訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 脇博人 裁判官 吉田純一郎 藤田晃弘)

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