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水戸地方裁判所 平成24年(ワ)372号 判決 2014年4月11日

原告

X1

原告

X2

上記両名訴訟代理人弁護士

工藤一彦

髙木一嘉

被告

国立大学法人Y大学

同代表者学長

同訴訟代理人弁護士

大和田一雄

谷田部亘

水野純子

種田誠

熊谷裕夫

主文

1  被告は、原告X2に対し、100万円及びうち40万円に対する平成21年6月26日から、うち60万円に対する平成22年10月26日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告X1に対し、100万円及びうち40万円に対する平成21年6月26日から、うち60万円に対する平成22年10月26日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は、被告に登録された教職員のパーソナルコンピューターからのみ閲覧可能な教職員専用「○○掲示板」の中の「学長室だより」から別紙1の「2教授がY大学を訴えた訴訟問題に関する「学長所見」」及び別紙2の「大学における公式会議での私的録音記録の利用について」と題する書面を削除せよ。

4  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は、これを5分し、その2を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

6  この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は、原告X2に対し、270万円及びうち50万円に対する平成21年6月26日から、うち70万円に対する平成22年10月26日から、うち金150万円に対する平成24年7月25日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告X1に対し、270万円及びうち50万円に対する平成21年6月26日から、うち70万円に対する平成22年10月26日から、うち金150万円に対する平成24年7月25日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は、被告に登録された教職員のパーソナルコンピューターからのみ閲覧可能な教職員専用「○○掲示板」の中の「学長室だより」から別紙1の「2教授がY大学を訴えた訴訟問題に関する「学長所見」」及び別紙2の「大学における公式会議での私的録音の利用について」と題する書面を削除せよ。

4  被告は、別紙3謝罪文目録記載の謝罪文を同目録記載の文字の大きさ等で同目録記載の掲載媒体に同目録記載の掲載期間にわたって掲載せよ。

5  第1項、第2項につき仮執行宣言

第2事案の概要

本件は、被告が、被告a学部教授であった原告らが同学部の学部長訴外B(以下「訴外B」という。)から受けたハラスメント言動に関する苦情申立てに対する被告の処理が不適切であったとして被告に対し損害賠償請求訴訟(以下「前訴」という。)を提起したことを非難する内容の文書並びに上記言動を原因とする原告らの訴外Bに対する損害賠償請求訴訟(以下「B訴訟」という。)における原告らによる私的録音及び同録音記録の使用を非難する内容の文書を、それぞれ、被告教職員全員にメールで一斉配信し、かつ、被告管理の教職員専用電子掲示板に上記各文書を掲載したことにより、原告らの名誉が毀損されるとともに被告教職員らの原告らに対する新たなハラスメントを招くなど原告らの職場環境が悪化したなどとして、原告らが被告に対し、710条(仮に民法上の不法行為責任が認められない場合には国家賠償法1条1項)に基づき名誉毀損による慰謝料各120万円の支払及び民法415条に基づき職場環境整備義務違反による慰謝料各150万円の支払並びに各慰謝料に対する遅延損害金の支払を求めるとともに、民法723条(仮に民法上の不法行為責任が認められない場合には国家賠償法1条1項)に基づき上記各文書の上記電子掲示板からの削除を求める事案である。

1  前提事実

(1)  当事者等

ア 被告は、昭和24年5月31日、国立学校設置法に基づき、文理学部、教育学部及び工学部からなる新制Y大学として発足し、平成16年4月に国立大学法人法により国立大学法人となったものであり、現在、a学部、b学部、c学部、d学部及びe学部の5つの学部及び大学院研究科、専攻科等からなっている(争いがない)。

イ 原告X1(以下「原告X1」という。)は、昭和54年にf大学教育学部助手から被告の前身であるY大学教養部に転出し、平成元年に教養部教授となり、平成8年にa学部教授となり、平成14年8月に同学部学部長に就任し、平成16年7月末日に同学部長を辞して同年9月1日に被告理事・教育担当副学長及びハラスメント対策委員会委員長等となり、平成19年3月31日まで同委員長職にあったが、同年2月以降は病気のため執務せず、平成24年3月に定年退職をした(争いがない、証拠<省略>、原告X1本人)。

ウ 原告X2(以下「原告X2」という。)は、昭和58年にg大学総合科学部助手からY大学a学部助教授に転出し、平成4年に同学部教授となり、平成16年に被告a学部教授となり、平成24年3月に定年退職をした(争いがない)。

また、平成12年8月1日から平成18年3月31日まで同学部評議員、副学部長の職にあった(争いがない)。

(2)  被告におけるハラスメント救済制度

ア 被告は、平成16年4月1日、「国立大学法人Y大学ハラスメント等の防止に関する規程(以下「旧防止規程」という。)」を制定し、併せて「Y大学ハラスメント防止・救済・対策ガイドライン(以下「旧ガイドライン」という。)」を作成した(証拠<省略>)。

イ 被告は、平成22年9月22日、旧防止規程を改訂して「国立大学法人Y大学ハラスメント等の防止に関する規程」を制定し(以下「新防止規程」という。)、かつ、旧ガイドラインも改定して「ハラスメント防止・救済・対策ガイドライン(以下「新ガイドライン」という。)」を作成した(証拠<省略>)。

ウ 旧防止規程及び新防止規程によれば、被告においては、ハラスメントに関する苦情の相談及び被害の救済に関する事項を審議するため、ハラスメント防止委員会(以下「防止委員会」という。)を置くこととし、ハラスメントの被害救済及び排除に関し、関係部局への事実関係の調査依頼及び助言並びに関係部局との連絡調整等を行うため、ハラスメント対策委員会(以下「対策委員会」という。)を置くこととし、事実関係の調査等を行うため、必要に応じてハラスメント調査委員会(以下「調査委員会」という。)を置くこととしている(証拠<省略>)。

エ 新防止規程第15条及び第18条によれば、被告の教職員及び学生等は、ハラスメントを受けた場合にその状態を改善するための強制的な措置を求めるときは、相談員を通して苦情の申立てをすることができるとされており、苦情の申立てがあった場合には、対策委員会は苦情の申立ての内容を審議した上、調査の開始又は不開始の決定をし、その結果を申立者に通知することとされている(証拠<省略>)。

また、新防止規程第23条は、苦情の申立ての当事者は、当該申立てに係る結果通知のうち事実関係の認定について異議があるときは、通知を受けた日から14日以内に1回を限度として防止委員会に対し文書により異議の申し出を行うことができると規定しているところ、この規定は、旧防止規程においては定められていなかった(証拠<省略>)。

(3)  原告らによるハラスメント苦情申立てとその後の経過

ア 原告X2は、平成19年2月15日、対策委員会に対し、訴外Bを相手方とするハラスメント苦情申立てをした(以下「X2第1案件」という。争いがない)。

イ 原告X1は、平成19年7月3日、対策委員会に対し、訴外Bを相手方とするハラスメント苦情申立てをした(以下「X1第1案件」という。争いがない。)。

ウ 原告X2は、平成19年7月19日、対策委員会に対し、訴外B及び訴外G(以下「訴外G」という。)を相手方とするハラスメント苦情申立てをした(以下「X2第2案件」という。争いがない)。

エ 原告X1は、平成19年7月25日、被告に対し訴外C(以下「訴外C」という。)を相手方とするハラスメント苦情申立てをした(以下「X1第2案件」という。争いがない)。

オ X2第1案件については、平成19年6月25日に調査委員会が設置され、平成20年9月17日付けの「ハラスメントの申立について」と題する書面により、原告X2に対し、原告X2が訴外Bからハラスメントを受けたと認定することはできなかったとの結果通知がされた(争いがない、証拠<省略>)。

カ X1第1案件及びX1第2案件については、平成20年1月18日に調査委員会が設置され、平成20年9月17日付けの「ハラスメントの申立について」と題する書面により、原告X1に対し、原告X1に対する訴外Bによるハラスメントを確認することはできなかったとの結果通知在中の封書が原告X1に配達されたが(争いがない、証拠<省略>)、原告X1は、同封書の受領を拒否し、返却した(争いがない、証拠<省略>)。

被告は、その後、同封書を4回にわたって原告X1に送付したが、原告X1はそれらの受領を拒否し、そのうち3回については、封書を被告に返却した(争いがない、証拠<省略>)。

キ X2第2案件については、平成20年11月6日に調査委員会が設置されたものの、原告X2は、調査委員会による事情聴取等に応じなかった(争いがない)。

(4)  原告らは、平成20年7月28日、訴外Bに対し、訴外Bのハラスメント言動により受けた損害の賠償を求めるB訴訟(当庁平成20年(ワ)第502号損害賠償請求事件)を提起した(顕著な事実)。

(5)  被告代表者学長は、別紙4「大学における公式会議での私的録音について」と題する声明(以下「本件声明」という。)を発表し、本件声明は、平成20年10月30日、被告教育研究評議会で承認され、同年11月12日、被告役員会で承認された(証拠<省略>)。

本件声明においては、「議事録作成のための録音を除いて、公式会議の内容を私的に録音することは禁止する。」とされている(以下「私的録音禁止決定」という。証拠<省略>)。

(6)  原告らは、平成21年6月18日、被告に対し、上記(3)のハラスメントの苦情申立てに対する被告の処理が不当であるとして、ハラスメント調査のやり直し及びハラスメント調査等の過程で原告らが被告から受けた損害の賠償を求める前訴(当庁平成21年(ワ)第475号損害賠償請求事件)を提起し(顕著な事実)、茨城県庁において記者会見を行った(争いがない)。

(7)  前訴提起についての記事は、平成21年6月19日、b新聞、h新聞及びi新聞などに掲載された(証拠<省略>)。

(8)  前訴提起に対する被告学長所見の公表

ア 被告は、前訴提起につき、平成21年6月26日、被告に所属する全教職員宛に別紙1記載の「2教授がY大学を訴えた訴訟問題に関する「学長所見」」(以下「教職員宛学長所見」という。)を電子メールで一斉に配信し、被告に登録された教職員のパーソナルコンピューターからのみ閲覧可能な教職員専用「○○掲示板」(以下「本件掲示板」という。)の中の「学長室だより」に同学長所見を掲示して随時閲覧可能な状態に置き、この状態は現在まで継続している(争いがない)。

イ 被告は、前訴提起につき、平成21年6月29日、別紙5記載の「2教授がY大学を訴えた訴訟問題に関する「学長所見」」と題する文書(以下「学生宛学長所見」といい、教職員宛学長所見と学生宛学長所見をあわせて「本件各学長所見」という。)を別紙図面6及び7記載の被告の学生向け掲示板に掲示した(争いがない)。

(9)  本件各学長所見の記載内容

ア 教職員宛学長所見には、冒頭に原告らの氏名及び「両教授は一方的な考えで裁判に訴えるということは、大学に籍を置くものとして、恥ずべき行為と言わざるを得ません。」という文言(以下「A文言」という。)が記載され、本件各学長所見には、「大学を訴えるということは、大学の多方面に対して多大な負担を強いることになります。また、受験生を始め社会に対する大学の信頼を損なうことになります。」という文言(以下「B文言」という。)及び「今回の訴えはまったく一方的で不当なものであります。」という文言(以下「C文言」という。)が記載されている(争いがない)。

イ 学生宛学長所見では、「a学部の2名の教授は」と記載して原告らの氏名を明示していないものの、学生等が原告らを指していると認識することは可能である(争いがない)。

(10)  原告らのB訴訟における訴訟行為に対する文書の公表

被告は、平成22年10月26日付けで別紙2記載の「大学における公式会議での私的録音記録の利用について(以下「本件文書」という。)」を全教員に電子メールで一斉に配信するとともに、本件掲示板の中の「学長室だより」に本件文書を掲示して随時閲覧可能な状態に置き、この状態は現在まで継続している(争いがない)。

(11)  本件文書の記載内容

ア 本件文書には、「平成22年9月29日に開かれた水戸地裁での公開証人尋問において、本学a学部教員2名が本学の多くの公式会議において会議内容を私的に録音し、その録音記録を裁判で一方的に利用しようとしていることが明らかとなりました。上記の行為は、先の委員会・教育研究評議会決定「私的録音禁止決定」に反し、大学人のモラルと良識に反します。」との記述(以下「記述1」という。)及び「高度な守秘義務を要する会議(ハラスメントに関する調査委員会)における会議内容を秘密録音記録により外部に持ち出し、係争の場で利用することは、断じて許されないことです。」との記述(以下「記述2」という。)がある(争いがない)。

イ 本件文書では、「本学a学部教員2名が」と記載して原告らの氏名を明示していないものの、原告らを指していると認識することは可能である(争いがない)。

(12)  B訴訟は、平成23年11月4日、裁判上の和解が成立し、終了した(争いがない)。

(13)  平成25年4月18日、被告教育研究評議会において、原告らの名誉教授称号授与の選考が行われ、原告らはいずれも名誉教授に選考されなかったところ、被告学長から、原告らに対し、その結果が通知された(証拠<省略>)。

2  争点

(1)  本件各学長所見の公表は原告らの社会的評価を低下させるか

(2)  本件各学長所見の公表についての違法性阻却事由の有無

(3)  本件文書の公表は原告らの社会的評価を低下させるか

(4)  本件文書の公表についての違法性阻却事由の有無

(5)  被告の原告らに対する職場環境整備義務違反の有無

(6)  損害額、教職員宛学長所見及び本件文書の削除並びに謝罪文掲載の要否

3  争点に対する当事者の主張

(1)  本件各学長所見の公表は原告らの社会的評価を低下させるか

(原告らの主張)

ア A文言は、原告らが「大学人として恥ずべき行為を行った」と評価し、読み手である被告教職員に対して、原告らが被告に対して破廉恥な行為を行ったとの事実を摘示し、その社会的評価を低下させるものである。

イ B文言は、原告らの前訴提起行為をもって被告に対して大学の信用を失わせる行為を行ったと評価し、読み手である被告教職員及び被告学生に対して、原告らが被告に対して大学の信用毀損という不法行為を行ったという事実を摘示してその社会的評価を低下させるものである。

ウ C文言は、原告らの前訴提起行為は、被告に対する一方的で不当な行為であり、何らの正当性もないと評価し、読み手である被告教職員及び被告学生に対して、原告らがいわゆる不当訴訟を提起したとの評価を抱かせるものであり、原告らの社会的評価を低下させるものである。

(被告の主張)

ア 前記原告らの主張は、いずれも争う。

本件各学長所見は、(1)被告ではハラスメント苦情申立ての結果通知に対する異議申立てが可能であるにもかかわらず、原告らは、直ちに前訴を提起し、記者会見で「不当な調査や結論に対する不服の申立制度がなく、訴訟にしない限り、すべてが隠される」と事実と異なる発言をしたこと、(2)原告らのハラスメント苦情申立てに対して調査や結果の通知が適切に行われているにもかかわらず、原告らは、記者会見で「2件は調査されないまま、2件は結果が本人に通知されない」などと発言したことについて、原告らの主張が一方的で不当であることを明確にする趣旨で、大学の立場及び主張を説明したものである。

イ A文言における「大学に籍を置くものとして、恥ずべき行為」という記述は、原告らが上記のとおり、事実と異なる一方的な主張や思い込みで裁判に訴えることが、真理に対して謙虚であるべき大学に籍を置く者として極めて問題であるとして、強く反省を求める趣旨での批判的な見解を表明したものであり、原告らが被告に対し破廉恥な行為を行ったとの事実を表現するものとは理解されず、社会的評価を低下させたということはない。

ウ B文言は、原告らが被告に対して訴訟を提起したことをマスコミに発表し広く報道されることを企図して茨城県庁において記者会見を行ったことについて、この原告らの行為は世間に被告が問題を自律的に解決しえない大学であるとの印象を強く与えかねないものであり、受験生に対する計り知れない影響があると考えられたため、原告らの行為について批判的な意見を表明したものであり、原告らが不法行為を行ったとの事実を表現するものではないから、原告らの社会的評価を低下させたということはない。

エ C文言は、原告らが提起した前訴に対して被告が意見を表明したものであり、訴訟を提起された側が訴えを一方的で不当なものと感じた場合にこのような意見を表明することは社会的に許容されているから、訴訟を提起した側の社会的評価が直ちに低下させるものではなく、C文言が原告らの社会的評価を低下させたということはない。

(2)  本件各学長所見の公表についての違法性阻却事由の有無

(被告の主張)

ア 本件各学長所見の公表の目的

本件各学長所見は、原告らが前訴を提起し、マスコミに広く報道されるよう茨城県庁において記者会見を開き、上記のような一方的で不当な主張をしたことから、被告の教職員、学生、受験生に生じる動揺を鎮める目的で、訴訟当事者となった被告の立場を学内で説明するとともに、意見を表明したものであるから、公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的でされたものである。

イ 本件各学長所見の前提とする事実がその重要部分において真実であること

(ア) 本件各学長所見における意見の表明の前提となっている事実として、原告らが前訴を提起したこと及び原告らが記者会見で上記(1)アのような発言をしたこと及びそのような事実のないことは真実である。

(イ) 異議申立制度は、平成22年9月22日のハラスメント防止規程の改訂により創設された訳ではなく、従来から現実に行われていたものを改めて明文化したものである。

実際にも、平成17年度には1件、平成18年度には3件、平成21年度には3件の異議申立てが行われていたのであるから、被告では従前から異議申立制度が存在していたことも真実である。

ウ 本件各学長所見は意見の表明としての域を逸脱していないこと

(ア) A文言における「大学に籍を置くものとして、恥ずべき行為」という記述は、大学が知識の府として自律的に物事を解決するのが本来のあるべき姿であるにもかかわらず、原告らが事実と異なる一方的な主張や思い込みで裁判に訴えることが、真理に対して謙虚であるべき大学に籍を置く者として極めて問題であるとして強く反省を求める趣旨であるから、意見の表明としての域を逸脱したものではない。

(イ) B文言も、その内容からして、意見の表明としての域を逸脱したものではない。

(ウ) C文言における「一方的で不当なもの」という記述は、訴訟を提起された側が提起された訴訟に対して通常許される程度の論評であるから、意見の表明としての域を逸脱したものではない。

(原告らの主張)

ア 本件各学長所見の公表の目的

前記被告の主張アは争う。

本件各学長所見が問題にしている新聞報道の内容は、被告におけるハラスメント救済手続が適切に機能していないとして訴訟を提起したというにすぎないから、被告教職員や被告学生に動揺と評価しうるような事態が生じるものでないことは明らかであり、それを鎮める必要姓もなかった。

本件各学長所見は、被告が被告においてハラスメントが存在するという事実及びハラスメント救済手続が機能していないという実態を隠蔽しようとしたのに、原告らが本件訴訟を提起し、記者会見を行い、新聞報道がされたことに対する報復としての人身攻撃を真の目的として公表されたものであり、公益を図る目的でされたとはいえない。

イ 本件各学長所見の前提とする事実は真実でないこと

前記被告の主張イは争う。

なお、被告は、原告らが前訴を提起した後の平成22年9月22日になってハラスメント防止規程を改訂し異議申立制度を創設したにすぎず、前訴を提起した当時はハラスメント防止規程にもガイドラインにも異議申立制度に関する記載はないから、異議申立制度は存在しなかった。

ウ 本件各学長所見は意見の表明としての域を逸脱していること

前記被告の主張ウは争う。

A文言の「大学に籍を置くものとして、恥ずべき行為」との記述や、C文言の「一方的で不当」との記述などの表現は人身攻撃そのものであって、明らかに意見としての域を逸脱している。

(3)  本件文書の公表は原告らの社会的評価を低下させるか

(原告らの主張)

ア 記述1は、原告らが私的録音禁止決定に違反して公式会議において私的録音をし、同違反行為により得た録音記録を裁判の場で一方的に利用したと断じ、大学人のモラルと良識に反する行為をしたと非難することによって、原告らの社会的評価を低下させたものである。

イ 記述2は、原告らが守秘義務違反を犯したという事実を適示して、原告らの社会的評価を低下させたものである。

(被告の主張)

ア 前記原告らの主張はいずれも争う。

本件文書は、平成22年9月29日当時既に私的録音禁止決定が存在していたにもかかわらず、同日のB訴訟の尋問期日において、原告らが公式会議の私的録音記録を証拠として提出し、訴訟に利用しようとしていることが明らかとなり、被告としてはこれを放置すれば私的録音禁止決定の基本原則が崩壊してしまうため、改めて私的録音禁止決定の存在を明示すべき必要があるとして、公表したものである。

イ 記述1は、原告らが私的録音記録を公開の裁判で証拠として利用しようとしており、この原告らの行為が私的録音禁止決定に違反するとの事実関係を前提として、原告らの行為がモラルと良識に反するとの見解を表明したものである。

ウ 記述2も、同様に調査委員会のような高度な守秘義務を要する会議の内容を録音して訴訟の場で利用しようとする原告らの行為に対し、批判的な見解を表明したものである。

(4)  本件文書の公表についての違法性阻却事由の有無

(被告の主張)

ア 本件文書の公表の目的

本件文書は、平成22年9月29日当時既に私的録音禁止決定が存在していたにもかかわらず、同日のB訴訟の尋問期日において、原告らが公式会議の私的録音記録を証拠として提出し、訴訟に利用しようとしていることが明らかとなり、被告としてはこれを放置すれば私的録音禁止決定の基本原則が崩壊してしまうため、改めて私的録音禁止決定の存在を明示すべき必要があるとして公表したものであるから、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的でされたものである。

イ 本件文書の前提となる事実が重要な部分について真実であること

(ア) 大学に設置された諸会議、諸委員会における私的録音は、参加者の発言内容等が詳細かつ容易に外部に知られる事態を招くため、参加者の発言のみならず、諸会議、諸委員会への参加や諸委員会の委員への就任までも萎縮させることになるから、自由かつ適切な合意形成や意思決定が困難となるのみならず、諸会議、諸委員会の開催自体にまで支障を生じかねず、大学の自治の実現が不可能になる。

このような理由から、被告では、被告の諸会議、諸委員会において参加者が私的録音を行うこと、及びその録音内容を本来の目的以外に利用することは原則許されないとして暗黙の了解の下に運用されてきたところ、平成20年11月12日、被告学長は、私的録音禁止決定をもって、このような運用を公式見解として改めて表明したものであり、私的録音禁止決定は、私的録音の禁止のみならず、その決定以前に録音された記録も含めて、利用することも禁止している。

(イ) 原告らは、B訴訟において、公式会議における会議内容を私的に録音したものを証拠として提出し、平成22年9月29日の尋問期日において、録音記録の内容を裁判で一方的に利用しようとしたのであるから、原告らの行為は私的録音禁止決定に違反する。

したがって、本件文書において、原告らの行為がモラルと良識に反するとの意見の前提となっている事実である、原告らが私的録音禁止決定に違反して、私的録音記録を訴訟に証拠として提出し、利用しようとしたという事実は真実である。

ウ 本件文書は意見としての域を逸脱していないこと

本件文書は、意見としての域を逸脱したものではない。

(原告らの主張)

ア 本件文書の公表の目的

本件文書は「当該a学部教員は、上記の私的録音記録の利用行為を直ちに停止するよう警告を発します」と記載しており、その体裁は明らかに具体的事実を挙げて個人を非難し個人に警告するものであるから、専ら公益を図る目的でされたものではない。

イ 本件文書の前提となる事実が重要な部分について真実でないこと

(ア) そもそも本件声明が公表される以前から私的録音禁止の運用がされてきたという事実はない。

ハラスメント救済手続において録音テープは最も重要な証拠であるから、これを証拠として使用することを禁止することはあり得ないし、本件声明が公表される以前に、被告はそのような運用が存在することについて言及してこなかった。

(イ) 原告がB訴訟において提出した録音記録は、平成16年7月から平成20年7月までのものであって、私的録音禁止決定が公表される以前のものであるから、原告らが会議などの会話内容を録音した行為は私的録音禁止決定に違反しない。

また、本件声明の体裁からすると、私的録音禁止決定は、録音行為のみを禁止しており、利用行為まで禁止していない。したがって、原告らが本件声明が公表された後に録音記録を証拠として提出した行為についても、私的録音禁止決定に違反しない。

したがって、被告の主張は意見の前提となる事実の重要部分について誤りがある。

ウ 本件文書は意見としての域を逸脱していないこと

前記被告の主張ウは争う。

(5)  被告の原告らに対する職場環境整備義務違反の有無

(原告らの主張)

被告による本件各学長所見及び本件文書の公表によって、原告らは被告a学部で孤立を余儀なくされる組織的なハラスメントを日常的に受けた。

原告らと被告との間にはそれぞれ雇用契約が締結されているところ、被告は、原告らに対し、雇用契約に付随する義務として、職場環境整備義務を負っており、原告らが職場において同僚などからハラスメントの被害を受ける等職場環境が侵害されたときは、速やかにその救済を行い、職場環境を整備ないし調整する具体的な義務を負っているところ、本件では、被告学長自らが率先して原告らの職場環境を破壊したのであるから、被告には職場環境整備義務違反が認められる。

(被告の主張)

被告が原告の主張するような義務を負っていることは認めるが、本件各学長所見及び本件文書の公表は、いずれも正当な業務行為であるから、雇用契約上の債務不履行には該当しない。

(6)  損害額、教職員宛学長所見及び本件文書の削除並びに謝罪文掲載の要否

(原告らの主張)

ア 名誉毀損行為による損害

(ア) 被告の本件各学長所見の公表によって原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、1人当たり50万円とするのが相当である。

(イ) 本件文書の公表によって原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、1人当たり70万円とするのが相当である。

イ 職場環境整備義務違反による損害

原告らは、被告による本件各学長所見及び本件文書の公表によって、原告らの社会的評価の低下という損害とは別に、職場環境を破壊され、多大な精神的苦痛を被った。この苦痛に対する慰謝料は1人当たり150万円が相当である。

ウ 削除請求について

原告らは民法723条に基づき、原告らの名誉を毀損している教職員宛学長所見及び本件文書を本件掲示板から削除することを求める。

エ 謝罪文掲載請求について

原告らは民法723条に基づき、別紙3記載の謝罪文を同記載の期間において、閲覧可能な教職員専用の「全学掲示板」及び学内の「学生用掲示板」に掲載することを求める。

(被告の主張)

否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件各学長所見の公表は原告らの社会的評価を低下させるか)について

(1)  証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件各学長所見を公表するに至った経緯について

(ア) 原告らの前訴提起について報道したb新聞の記事には、「五つの事案のうち、1件はハラスメントなし、2件は調査されないまま、2件は結果が本人に通知されないといい、手続きの異常や遅れや処理があるなどと主張。調査開始や再調査を求めている。」という記載や、「2人は「就業規則にある職場環境配慮義務を提供していない。同大には不当な調査や結論に対する不服の申し立て制度がなく、訴訟にしない限り、すべてが隠される」などとコメントしている。」との記載があるところ、原告らは、記者会見において上記記載と概ね同じ内容の主張をした(証拠<省略>)。

(イ) 被告では、前訴提起に関する原告らの記者会見及びそれに伴う新聞報道を受け、被告の理事、学長特別補佐、総務部長などハラスメント及び訴訟に関わるメンバーが集められ、被告代表者学長の下に対策を検討する会議を開いた(証拠・人証<省略>)。

(ウ) 上記(イ)の会議では、原告らの記者会見及びそれを踏まえた新聞記事の内容について、特に(1)対策委員会が原告らのハラスメント苦情申立てについて、2件は調査しないままであり、2件は結果が本人に通知されないと主張している点が事実に反すること、(2)被告には不当な調査や結論に対する不服の申立制度がなく、訴訟にしない限り、すべてが隠されるとコメントしている点が事実に反すること、(3)原告らのハラスメント苦情申立てに対する調査には多数の教職員が関与してきたところ、上記(1)のような主張はこれを否定するものであることが問題とされた(証拠・人証<省略>)。

(エ) 被告では、上記(ウ)の会議を踏まえ、原告らの前訴提起行為及び記者会見での主張があまりにも一方的であるため被告教職員及び被告学生に向けて大学としての見解を出す必要があると判断し、本件各学長所見を公表するに至った(証拠・人証<省略>)。

イ 新防止規程及び新ガイドライン制定以前の異議申立てについて

(ア) 被告では、平成17年度から平成22年度までにおいて、15件のハラスメント苦情申立てがあり、そのうち少なくとも5件については、平成19年5月から平成22年8月の間にハラスメント調査結果に対する異議申立てが行われていた(証拠・人証<省略>)。

(イ) 上記(ア)の異議申立てがあった場合、被告では、防止委員会において委員長及び副学長2名で構成される3人委員会を設置し、書類審査や当事者の事情聴取を行い結論を出して当事者に通知する扱いをしていた(証拠・人証<省略>)。

(ウ) 被告は、ハラスメント苦情申立ての当事者、当事者以外の一般の教職員及び学生に対して、上記のような異議申立ての扱いがあることを告知したことはなかった(人証<省略>)。

(エ) X2第1案件、X1第1案件及びX1第2案件の結果通知書に、ハラスメント苦情申立ての結果に対し、異議申立てが可能である旨の記載はなかった(証拠<省略>)。

(2)  教職員宛学長所見は原告らの社会的評価を低下させるか

ア 一般に、文書による特定の表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断すべきであるところ(最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁)、一般の読者は、通常、文書に記載されている記事のうち、名誉毀損の成否が問題となっている記載部分のみを取り出して読むわけではなく、当該記事の全体及び前後の文脈から当該記載部分の意味内容を認識ないし理解し、これに評価を加えたり感想を抱いたりするものであると考えられるから、ある記事が他人の社会的評価を低下させるものであるか否かを判断するに当たっては、名誉毀損の成否が問題とされている記載部分の内容のみから判断するのは相当ではなく、当該記載部分の記事全体における位置付けや、表現の方法ないし態様、前後の文脈等を総合して判断するのが相当である。

また、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、当該表現がいずれの範ちゅうに属するかを判別することが必要となるが、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属すると解するのが相当である(最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁、最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)。

イ 教職員宛学長所見の一般の読者

前提事実のとおり、教職員宛学長所見は、全教職員に対し電子メールで一斉配信され、かつ、本件掲示板の中の「学長室だより」に掲示されたものであるから、教職員宛学長所見における一般の読者は被告の全教職員と解するのが相当である。

ウ(ア) C文言について

前提事実及び上記(1)アの認定事実のとおり、本件各学長所見は、原告らの前訴提起行為及び記者会見での主張があまりにも一方的であるため被告教職員及び被告学生に向けて大学としての見解を出す必要があると判断して、原告らによる前訴提起からわずか8日後に公表されたものであること、その題名及び第1段落において前訴提起に関する学長所見であること及び前訴の概要を説明していること、C文言自体は、その次の段落で始まる「まだ訴状が届いていないので詳しい内容は分かりませんが、新聞報道等で知る限り」との留保に続く文章の一部であって、その表現も訴訟を提起された相手方が対立当事者の主張に理由がないとの見解を示すものとして一般的に使用されるものであること、被告教職員であれば訴訟において対立当事者に理由があるか否かは最終的な判決が確定するまで明らかにならないことは当然理解しているといえることからすると、C文言は、被告教職員に対し、その普通の注意と読み方を基準とすれば、教職員宛学長所見が前訴提起に対する大学側の見解を早期に示したものであることを前提に、それ自体としては、あくまでも訴訟対立当事者として原告らの訴えに理由がないことを主張していることを印象づけるにとどまり、直ちに原告らが明らかに不当な訴訟を提起していることまで印象づけるものとはいえない。

したがって、C文言のみによって直ちに原告らの社会的評価が低下するとはいえない。

(イ) B文言について

前提事実及び上記(1)アの認定事実のとおり、B文言は、大学の多方面に対する多大な負担を強いるとの文言に続いて記載された被告の信用低下を問題とする内容であること、法人が訴訟を提起された相手方として自己の信用問題に関し相手方を否定する意見を述べることも通常あり得る行為であること、実際に大学の信用が毀損されているか否かは教職員宛学長所見からは直ちに断定できないことからすると、B文言は、被告教職員に対し、その普通の注意と読み方を基準とすれば、教職員宛学長所見が前訴提起に対する大学側の見解を早期に示したものであることを前提に、それ自体としては、被告が原告らの前訴提起によって大学の信頼が損なわれるとの被告の見解を主張していることを印象づけるにとどまり、実際に原告らが大学の信頼を損ねる不法行為を行ったということまで印象づけるものとはいえない。

したがって、B文言のみによって直ちに原告らの社会的評価が低下するとはいえない。

(ウ) A文言について

以上に対し、前提事実及び上記(1)アの認定事実のとおり、A文言は、被告が原告らのハラスメント苦情申立てに対して誠実に対応してきたとの記載を踏まえ、原告らの主張内容だけでなくそもそも前訴提起行為自体が問題であると指摘する内容であること、その文言自体も「大学に籍を置くものとして、恥ずべき行為と言わざるを得ません。」という表現で、原告らの主張内容や行為ではなく原告らの大学人としての人格を否定するものであること及び教職員宛学長所見は原告らと同じ大学教授として被告を代表する被告学長の所見として公表されたことからすると、A文言は、被告教職員に対し、その普通の注意と読み方を基準とすれば、教職員宛学長所見が前訴提起に対する大学側の見解を早期に示したものであることを前提としても、原告らによる前訴提起行為自体が、被告の大学としての自律性(大学の自治)や信頼性を損ねる一方的なもので、大学に籍を置くものとして道徳的に誤った行為であり、原告らが大学人として不適格であることを印象づけるものといえる半面、原告らの行為及び人格に対する批評と理解できるような証拠等による証明になじまない表現を含んでいるから、教職員宛学長所見が、原告らが大学に籍を置くものとして不適格な人物であるという意見ないし論評を表明することにより、原告の社会的評価を低下させるものというべきである。。

したがって、A文言は、それ自体として、原告らに対する被告教職員らによる社会的評価を低下させるものであるというべきである。

エ 以上のとおり、教職員宛学長所見のうちA文言は、それ自体として、原告らの社会的評価を低下させるものといえ、かつ、同文言とB文言及びC文言とが相俟って原告らが一方的な前訴提起により被告に対する社会一般の信頼を損ねたことが大学に籍を置くものとして恥ずべき行為であるとの論評により、原告らの被告教職員として不適格性を強く印象づけ、その社会的評価を低下させたものというべきである。

(3)  学生宛学長所見について

ア 前提事実のとおり、学生宛学長所見は、被告の学生用掲示板に掲示されたものであるから、学生宛学長所見における一般の読者とは被告の学生と解するのが相当である。

イ そして、学生宛学長所見のB文言及びC文言は、教職員宛学長所見と同じ文脈、体裁で記載されていること、学生宛学長所見は教職員宛学長所見と比べA文言が記載されておらず、A文言の「大学に籍を置くものとして恥ずべき行為と言わざるを得ません。」という表現が「大学として遺憾なことと考えています。」という柔和な表現がされていることからすると、学生宛学長所見のB文言及びC文言は、被告学生における普通の注意と読み方を基準とすれば、原告らが明らかに不当な訴訟を提起したとか、原告らが大学の信頼を損ねたということまでを印象づけるものとはいえない。

ウ したがって、学生宛学長所見のB文言及びC文言は、それ自体としても、各文言を総合したとしても、原告らの社会的評価を低下させるものとはいえない。

2  争点(2)(本件各学長所見の公表についての違法性阻却事由の有無)

(1)  上記1のとおり、被告は教職員宛学長所見のA文言のとおり原告らの行為及び人格に対する意見ないし論評を表明することにより原告らの社会的評価を低下させているところ、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分において真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

(2)  教職員宛学長所見の公表が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったか

前提事実及び上記1(1)アの認定事実のとおり、被告は、原告らの前訴提起行為及び記者会見での主張があまりにも一方的であるため被告教職員及び被告学生に向けて大学としての見解を早期に出す必要があると判断して本件各学長所見を公表しており、原告らの前訴における主張は被告のハラスメント救済手続の運用が不適切であるという内容であることも踏まえると、前訴提起に関する被告側の見解は、被告教職員及び被告学生が関心を持つものであるから、公共の利害に関する事実といえ、かつ、その目的が、大学内の問題を自律的に解決する(大学の自治)という公益に係るものであるということができる反面、それが原告らに対する報復の意図を含むものであったとまで認めるに足りる証拠はない。

したがって、教職員宛学長所見の公表は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったということができる。

(3)  教職員宛学長所見の前提となる事実のうち重要な部分について真実であることの証明があるか

前提事実及び上記1(1)アの認定事実のとおり、被告は、原告らの前訴提起行為及び記者会見での主張があまりにも一方的であるため被告教職員及び被告学生に向けて大学としての見解を出す必要があると判断し、本件各学長所見を公表するに至っているから、A文言による意見ないし論評の公表の前提となっている事実のうち重要な部分として、原告らが前訴を提起したこと並びに原告らが記者会見において、対策委員会が原告らのハラスメント苦情申立てについて、2件は調査しないままであり、2件は結果が本人に通知されず、かつ、被告には不当な調査や結論に対する不服の申立制度がなく訴訟提起をしない限り全てが隠されるとの原告らの主張が真実に反すると主張しているものといえる。

まず、原告らが前訴提起をしたことは前提事実記載のとおりである。

次に、原告らの上記主張のうち、被告には不当な調査や結論に対する不服の申立制度がないとの部分は、前提事実及び上記1(1)アの認定事実のとおり、新防止規程及び新ガイドライン制定以前においても被告が少なくとも5件の異議申立てに対応してきたという事実はあるものの、旧防止規程には明文で異議申立制度が定められているわけではなく、上記5件の異議申立ては事実上の取扱いとして認められたにすぎないと解されること、被告は当該異議申立ての取扱いの存在について周知していなかったこと、原告らに対する結果通知にもその存在を記載せず通知しなかったことからすると、ハラスメント苦情申立てに対する調査結果に不満がある場合に異議申立てをして解決を図ることが制度ないし権利として認められていたとはいえないことからすれば、真実に反するとはまではいえない反面、原告らが事実上の異議申立てをした場合に被告がこれを受理する可能性がなかったとまではいうことができない。

さらに、前提事実と証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、調査委員会が、X2第1案件につき平成19年6月25日に、X2第2案件につき平成20年11月6日に、X1第1案件及びX1第2案件につき平成20年1月18日にそれぞれ設置されたこと、X2第1案件につき同年9月17日付書面によりハラスメントを認定できなかった旨の通知をしたこと及び原告X2がX2第2案件に関し事情聴取等に応じなかったこと、被告労務課が原告X1に対し被告ハラスメント対策委員会平成20年9月17日作成の「ハラスメントの申立について」と題する封書を、その表に、同月24日には労務課からの親展である旨記載し、同月29日にはハラスメント対策委員会担当業務労務課H名の親展文書である旨記載し、同年10月の2日、21日には「ハラスメント対策委員会委員長名通知書在中」と明記してそれぞれ送付したところ、原告X1が防止委員長以外からの文書を受領するわけにはいかないとして、いずれも受領しなかったことが認められる。そうすると、原告らの上記主張のうち対策委員会が原告らのハラスメント苦情申立てについて、2件は調査しないままであり、2件は結果が本人に通知されないとの部分は真実に反するという外はない。原告X1は、上記各封書の差出人ないし通知人が不適切であり受領しなかった旨主張するが、上記各事実によると、原告X1が上記各封書がハラスメント対策委員会からの結果通知を送付すものであることを認識し、あえてその受領を拒絶したことが認められ、原告らの上記主張のうち、ハラスメント対策委員会が2件について結果通知をしなかった旨の主張が事実に反することは自明である。

また、上記各事実によると、原告らの前記主張のうち、訴外Bのハラスメントを巡る被告の不適切な対応につき訴訟提起をしない限り全てが隠されるとの部分が真実であるとはいえない。

したがって、教職員宛学長所見の前提となる事実のうち重要な部分が真実であるという外はない。

(4)  教職員宛学長所見は意見ないし論評としての域を逸脱したものでないといえるか

ア 前示のとおり、A文言は、B文言及びC文言と相俟って、原告ら教職員に対し、その普通の注意と読み方を基準とすれば、原告らによる前訴提起行為自体が、一方的で被告に対する社会一般の信頼を損ね、かつ、大学に籍を置くものとして道徳的に間違った行為であり、原告らが大学人として不適格であることを印象づけるものである。

イ そして、X2第1、第2案件並びにX1第1、第2案件の審査が長期化したこと、各調査結果のうちハラスメントの存在を認定したものがなかったこと及び原告らが上記各調査結果に不満がある場合に異議申立てをして解決を図る制度ないし権利が認められていたとはいえないことは前示(3)及び前提事実のとおりであることを考慮すると、大学が大学内の問題を自律的に解決することが公益に適うとしても、原告らが前訴を提起したことは、被告に籍を置くものとして道徳的に間違った行為ともいえないし、大学教授としての適格を否定されるべき根拠にもならないというべきである上、証拠(証拠<省略>、原告X2本人、原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告らが教職員宛学長所見の全教職員に対する電子メールの一斉配信及び本件掲示板への掲載後教職員らから非難、無視、疎外を受けて孤立を余儀なくされたことが認められ、被告には、当時、教職員らが被告の公式見解を信頼してそれに沿い、教職員らが原告らに対し上記のような態度に出る可能性のある関係性が存在したことを推認することができる。

ウ したがって、教職員宛学長所見のうちA文言は、原告らの訴訟提起行為に対する意見ないし論評としての域を逸脱し、かつ、教職員らの原告らに対する社会的評価の低下ないしその後の上記態度による精神的損害を及ぼすに足りるものであったといえる。

(5)  以上によれば、教職員宛学長所見の公表が違法性を欠くとはいえない。

3  争点(3)(本件文書の公表は原告らの社会的評価を低下させるか)

(1)  証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告X2及び原告X1は、平成17年から平成20年にかけて、被告における学部長懇談会、a学部教育会議、評議員懇談会、防止委員会、教育研究協議会、三役会議、評議員学科長会議、臨時評議員学科長会議、調査委員会、a学部教授会等において、訴外Bを含む出席者の了承等を得ることなく、出席者の発言内容をボイスレコーダーで私的に録音していた(証拠<省略>、原告X1、原告X2。)。

イ 原告X2は、平成19年9月7日、対策委員会に対し、X2第1案件におけるハラスメントの証拠として、上記アのとおり私的に録音していた記録の一部(以下「X2第1案件録音記録」という。)を採用するよう申出をした(証拠<省略>)。

ウ 上記原告X2の申出は調査委員会及び対策委員会において審議され、調査委員会は、平成19年11月15日、原告X2に対し、口頭で、X2第1案件録音記録を受理しないことを伝えた(証拠<省略>)。

エ その後、原告X2から、X2第1案件録音記録を受理しない理由を文書で回答するようにとの申出があったため、対策委員会は、平成19年12月19日付けで、原告X2に対し、受理しない理由を記載した回答文書(以下「本件回答文書」という。)を送った(証拠<省略>)。

本件回答文書には、X2第1案件録音記録を受理しない理由として、本件声明とおおむね同じ趣旨のことが記載されているものの、従前から私的録音禁止決定の運用が存在していた旨の記載はない(証拠<省略>)。

オ 被告においては、上記イの原告X2の申出があるまで、公式会議における私的録音が問題となったことはなく、その可否についての取決めは存在しなかったところ、上記イの原告X2の申出を契機として、初めて、大学における公式会議での私的録音に対する考えを整理する作業を開始し、平成20年10月30日の被告教育研究評議会及び平成20年11月12日の被告役員会における承認を経て、私的録音禁止決定を承認し、本件声明を公表した(証拠・人証<省略>)。

カ 私的録音禁止決定を承認するに当たり、上記オの教育研究評議会において、原告らを除く被告関係者が会議内容を私的に録音しているか否かは念頭に置かれなかった(証拠・人証<省略>)。

また、同会議において私的録音禁止決定に利用行為をも含めるかという議論はされなかった(証拠・人証<省略>)。

キ 原告X2及び原告X1は、B訴訟において、上記アの録音記録(以下「本件各録音記録」という。)を録音テープ又は録音反訳書の形式で証拠として提出した(証拠<省略>)。

ク 原告らの前訴提起に伴い、被告に大学訴訟対策会議が設置され、Iは、その下部組織である大学訴訟対策会議ワーキング・グループのメンバーであった(証拠<省略>、証人I)。

ケ J及びIは、平成22年9月29日、B訴訟における原告本人X2の尋問を傍聴したところ、本件各録音記録が訴訟で取り上げられていることを認識した(証拠<省略>、証人I)。

コ Iは、訴外Bから証拠目録等を示してもらい、本件各録音記録がB訴訟において証拠として提出され、利用されていることを確認した(証拠<省略>、証人I)。

サ 上記コの事実を踏まえ、大学訴訟対策会議ワーキング・グループで審議が行われ、本件各録音記録を訴訟で利用することが私的録音禁止決定に違反すること、これを黙認すれば私的録音禁止決定の基本原則が崩壊してしまうから、本件各録音記録の利用をやめさせる必要があるとの判断にいたり、私的録音禁止決定の内容を改めて公表するとの結論を出し、それを受けて平成22年10月26日付け本件文書の一斉配信及び掲示行為が行われた(証拠・人証<省略>)。

シ B訴訟では、平成22年10月27日、原告X2の本人尋問が行われた(証拠<省略>)。

(2)  記述1について

ア 上記(1)の前提事実及び認定事実のとおり、本件文書は被告教職員宛に一斉配信及び掲示されているものであることからすると、本件文書の一般の読者とは被告教職員と解するのが相当である。

そして、被告教職員が本件文書から「本学a学部教員2名」が原告らを指していると認識することは可能であること、記述1は、本件文書の題名と第1段落において被告では私的録音禁止決定の運用がされてきたことを示した上で、被告らが訴訟で私的録音記録を提出し利用した行為を取り上げたものであること、被告代表者学長の記名の下、原告らの行為が大学人のモラルと良識に反すると強く非難するものであることからすると、記述1は、被告教職員に対して、その普通の注意と読み方を基準とすれば、原告らがB訴訟において、私的録音禁止決定に違反して本件各録音記録を証拠として提出し、裁判で利用しようとしていること、当該行為は被告の大学人のモラルと良識に反するものであると印象づけるものといえる。

したがって、記述1は原告らの社会的評価を低下させるものであるというべきである。

イ そして、記述1は、原告らがB訴訟において本件各録音記録を準文書である録音テープ及びその反訳書という形式の書証として提出し、私的録音禁止決定に反する行為を行ったとの事実を記載しているだけでなく、「大学人のモラルと良識に反します。」という原告らの行為の善悪についての批評と理解できるような証拠等による証明になじまない表現をも含んでいるのであるから、原告らがB訴訟において、私的録音禁止決定に違反して本件各録音記録を証拠として提出したとの事実を前提として、当該行為が大学人として道徳的に不適格であるとの意見ないし論評を表明したものと認められる。

(3)  記述2について

ア 本件文書は、原告らの上記行為をを黙認すれば私的録音禁止決定の基本原則が崩壊してしまうことから、本件各録音記録の利用をやめさせる必要があり、私的録音禁止決定の内容を改めて公表する必要があるとして公表されていること、第1段落の記述1において既に原告らの行為が私的録音禁止決定に違反する行為であるとの意見ないし論評が表明されており、全体としても原告らの行為が私的録音禁止決定に反することを問題としているように読めること、記述2の文言自体も原告らが私的録音記録を訴訟に提出したことを問題とする内容であると読めることからすると、記述2は、被告教職員に対し、その普通の注意と読み方を基準とすれば、記述1と同様、原告らが、私的録音禁止決定に違反して、特に調査委員会などの通常高度な秘密が保持されるべき会議の録音記録を訴訟に提出したこと及びその行為は大学人として許されるべきものでないことを印象づけるものといえる。

したがって、記述2は記述1と同様、原告らの社会的評価を低下させるものというべきである。

イ そして、記述2は、録音記録を訴訟の場で利用することについて「断じて許されないことです。」などと記載して、原告らの行為の善悪についての批評と理解できる表現をも含んでいるのであるから、記述1と同様、原告らがB訴訟において本件各録音記録を証拠として提出したとの事実を前提として、当該行為が私的録音禁止決定に違反すること及び大学人として道徳的に不適格であるとの意見ないし論評を表明したものと認められる。

ウ なお、原告らは、記述2は、原告らが守秘義務違反を犯したという事実を摘示して、原告らの社会的評価を低下させたものであると主張するが、本件文書の全体の記載内容及び記述2の表現内容からすれば、本件文書は原告らの行為が私的録音禁止決定に違反することを問題として指摘している文書であると読めるものであり、単に「高度な守秘義務を要する会議」と表現されているからといって、被告教職員一般に原告らが守秘義務違反を侵したということ印象づけるとまでは認められない。

(4)  以上のとおり、本件文書は記述1及び記述2により原告らの社会的評価を低下させるものといえる。

4  争点(4)(本件文書の公表についての違法性阻却事由の有無)

(1)  前示3のとおり、本件文書の公表は原告らがB訴訟において本件各録音記録を証拠として提出したとの事実を前提として、当該行為が私的録音禁止決定に違反すること及び大学人として道徳的に不適格であるとの意見ないし論評を表明することで原告の社会評価を低下させるものである。

(2)  本件文書が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的でされたといえるか

前提事実及び上記3(1)の認定事実によれば、本件文書は、原告らがB訴訟において、本件各録音記録を証拠として提出し、尋問で利用したことを契機として、大学訴訟対策会議ワーキング・グループで審議が行われ、本件各録音記録を訴訟で利用することが私的録音禁止決定に違反すること及びこれを黙認すれば私的録音禁止決定の基本原則が崩壊してしまうから、本件各録音記録の利用をやめさせる必要があると判断して、私的録音禁止決定の存在も含めて公表されたものであるところ、本件各録音記録の取扱いが私的録音禁止決定に反するか否かは被告教職員にとって関心があるから、公共の利害に関する事実であるといえるし、原告らがB訴訟において本件各録音記録を提出したことが私的録音禁止決定に違反するとの上記解釈を前提とすれば、原告らの行為を停止させるため本件文書を公表することも公益(大学の自治の維持)に適うものといえる。

したがって、本件文書の公表は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったといえる。

(3)  本件文書の意見の表明の前提となる事実が重要な部分について真実であることの証明はあるか

ア 上記のとおり、本件文書の前提となる事実は、原告らが私的録音禁止決定に違反して、B訴訟において本件各録音記録を証拠として提出したという内容であるところ、上記3(1)の認定事実のとおり原告らはB訴訟において本件各録音記録を証拠として提出しているのであって、当該事実が真実であることは明らかであるから、原告らが本件各録音記録をとる行為(以下「本件各録音行為」という。)が私的録音禁止決定に違反するものであったか否かを検討する。

イ 上記3(1)の認定事実のとおり、本件各録音記録は私的録音禁止決定がされる以前に録音された記録であるから、本件各録音行為は、私的録音禁止決定に反するものではない。

ウ(ア) 次に、本件声明の記載内容によれば、私的録音禁止決定は、被告の大学としての機能を維持するため、公式会議における出席者の自由で率直な意見交換や、自由な意思決定が可能であるとの信頼を保護した上で、自由で活発な議論の環境を確保することを目的として、その目的を達成するために私的録音行為を禁止するとともに、その利用行為をも禁止したものといえるところ、上記3(1)の認定事実のとおり、被告においては、原告X2が調査委員会に対しX2第1案件録音記録を証拠として採用すべきとの申出をするまで、被告の会議における私的録音が問題になったことはなく、その可否についての取決めもなかったこと、本件回答文書には従前から私的録音禁止決定と同じ運用が存在していたとは記載されていないこと、被告は上記原告X2の申出を契機として、初めて大学における公式会議での私的録音に対する考えを整理する作業を開始し、私的録音禁止決定を承認したこと、証拠及び弁論の全趣旨によっても私的録音禁止決定が承認される以前に、被告教職員の間に私的録音は禁止されているとの共通の理解が存在したとは認められないことからすると、私的録音禁止決定が承認される以前の公式会議において、その会話内容が録音されていないという出席者の信頼が保護されていたとはいえない。

また、私的録音禁止決定が既にされた以上、本件各録音記録がB訴訟において提出されたことにより、被告における同決定後の公式会議における出席者の自由で率直な意見交換や議論の環境が損なわれるものでもないから、私的録音禁止決定の趣旨に反する結果を招くとはいえない。

そうすると、私的録音禁止決定が、同決定以前の録音記録の利用行為を禁止する趣旨と解することはできない。

(イ) この点について、被告は、被告では私的録音禁止決定が承認される以前から、公式会議において私的録音を禁止する運用が存在したと主張し、証人Iもこれと同趣旨の証言をするものの、会議において私的録音は普通に行われていたと原告らが供述していること、上記のとおり本件回答文書には従前から私的録音禁止決定の運用が存在していたとは記載されていないこと、証拠及び弁論の全趣旨によっても私的録音禁止決定以前に被告教職員の間に私的録音は禁止されているとの共通の理解が存在したことは認められないことに照らすと、Iの証言は直ちには採用できないから、これに基づく被告の主張を採用することはできない。

(ウ) したがって、原告らが本件各録音記録をB訴訟において証拠として提出したことが私的録音禁止決定に違反するとはいえないから、原告らが私的録音禁止決定に違反する行為を行ったとの事実が真実であるとの証明がされたとはいえない。

(4)  以上によれば、被告による本件文書の公表が違法性を欠くとはいえない。

5  争点(5)(被告の原告らに対する職場環境整備義務違反の有無)

原告は、被告による本件各学長所見及び本件文書の表明によって、原告らは被告a学部で孤立を余儀なくされる組織的なハラスメントを日常的に受けていたから、被告は原告らに対し、雇用契約に付随する職場環境整備義務違反を理由として債務不履行責任を負うと主張する。

しかしながら、原告らが本件各学長所見及び本件文書の公表後に被告a学部において孤立を余儀なくされたのは、上記各公表行為によりその名誉が毀損され、被告教職員らが原告らに対し個々に非難、無視、疎外等の態度に出たためであるということができる反面、被告が原告らに対し上記各公表行為後に組織的なハラスメントを加えたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告らの主張する債務不履行に係る各事実は、本件各学長所見及び本件文書の公表による名誉毀損行為と原告らの精神的損害との中途に生じた因果的ないし経緯的事実に過ぎないから、上記名誉毀損行為に基づく損害賠償請求を構成する事実と重複し、同行為による損害評価において考慮されれば足りる事情というべきである。そうすると、上記のとおり被告の原告らに対する名誉毀損が成立する本件では、本件各学長所見及び本件文書の公表によって、被告が上記債務不履行責任を負うか否かの点について判断するまでもない。

6  争点(6)(損害の額及び教職員宛学長所見と本件文書の削除及び謝罪文掲載の要否)

(1)  損害額

ア 教職員宛学長所見の公表による損害

上記1のとおり、教職員宛学長所見の公表については、原告らに対する名誉毀損による不法行為が成立する。

そして、前提事実及び前示各認定事実のとおり、教職員宛学長所見のうちA文言は、被告学長の名で原告らの大学人としての適格を否定する内容であること、原告らが教職員宛学長所見の公表後に実際に被告教職員から前訴提起を巡る非難、無視、疎外を受けて孤立を余儀なくされたことからすると、教職員宛学長所見の公表は原告らの社会的評価を低下させたものと認められる。

一方で、教職員宛学長所見は、全体としては原告らの前訴提起及び記者会見における主張に対して被告の見解を早期に表明した文書であって、B文言及びC文言はそれ自体としては社会的評価を低下させるものではないし、被告教職員にのみ公表された文書であるから、教職員宛学長所見が原告らの社会的評価に影響を与えた範囲は限定されているといえる。

以上の事情に加え、その他本件で現れた一切の事情を考慮すると、本件記事の掲載により原告らに生じた精神的損害の額はそれぞれ40万円と認めるのが相当である。

イ 本件文書の公表による損害

上記のとおり、本件文書の公表については、名誉毀損による不法行為が成立する。

そして、本件文書は、原告らが私的録音禁止決定に違反して本件各録音記録を訴訟の場に提出し利用しようしたことを非難するものであること、原告らが被告における内部規定に違反したことを示しているという点で、教職員宛学長所見と比べて被告教職員に与える影響は大きいといえること、原告ら本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば実際にも本件文書の公表により、原告らが被告教職員らからより一層疎外されるようになったことが認められることからすると、本件文書の公表は原告らの社会的評価に大きく低下させたものといえる。

一方で、本件文書も被告教職員にのみ公表された文書であるから、本件文書が原告らの社会的評価低下の範囲は被告学内に限定されているといえる。

以上の事情に加え、その他本件で現れた一切の事情を考慮すると、本件記事の掲載により原告らに生じた精神的損害の額はそれぞれ60万円と認めるのが相当である。

ウ なお、原告らは、本件各学長所見及び本件文書の公表によって、最終的に被告の名誉教授に選考されなかったことは、原告の社会的評価が低下した精神的苦痛の一例であると主張する。

しかしながら、証拠(証拠<省略>、原告X2本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告における名誉教授の称号が、被告の専任教授として勤務した者については教育上又は学術上特に功績があった者について、所属する部局の該当する教授会の議を経て教育研究評議会の選考により決定されるものと認められ、本件各学長所見及び本件文書の公表によって直ちに名誉教授の称号が与えられるか否かが決まる関係にはない上、証拠及び弁論の全趣旨によっても、上記教授会及び教育研究評議会が本件各学長所見及び本件文書の公表を直接の理由として、原告らに対し名誉教授の称号を授与しないことを決定したという因果関係を認めることはできないから、名誉教授に選考されなかったことによる精神的損害は本件と因果関係のある損害と認めることはできない。

したがって、原告の上記主張は理由がない。

(2)  教職員学長所見と本件文書の削除の要否

原告らは、本件掲示板から教職員宛学長所見及び本件文書を削除することを求めているところ、上記の各事情に加え、原告らは既に被告を退職しているものの、現在まで原告らと被告との間における前訴は継続していること、教職員宛学長所見及び本件文書は4年ないし5年以上も公表され続けていること、被告らが本件掲示板の中から教職員宛学長所見及び本件文書の削除をすることは容易であることからすると、原告らの名誉を回復する措置として、被告に対し教職員宛学長所見及び本件文書の削除を命じるのが相当である。

(3)  謝罪文掲載の要否

原告らは、謝罪広告の掲載を求めているところ、上記の各事情に加え、本件掲示板から教職員宛学長所見及び本件文書が削除されることで原告らの名誉が毀損されている状態は改善されること、各100万円の金銭賠償によって原告らの精神的苦痛も相当程度慰謝されると考えられることからすると、原告らの名誉を回復するために、被告に対して謝罪広告の掲載を命じる必要があるとまではいえない。

7  結論

よって、本件請求は、原告らが、被告に対し、それぞれ100万円及びうち40万円に対する教職員宛学長所見の公表による不法行為日である平成21年6月26日から、うち60万円に対する本件文書の公表による不法行為日である平成22年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払並びに本件掲示板から教職員宛学長所見及び本件文書の削除を求める限度で理由があるから、この限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日下部克通 裁判官 高橋静子 裁判官村上泰彦は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 日下部克通)

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