水戸地方裁判所 平成7年(行ウ)16号 判決 1996年2月20日
主文
本件訴えを却下する。
事実及び理由
一 本件請求の要旨は、「オオヒシクイ個体群」が、茨城県の住民であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、①茨城県は、県内において「人間は自然物の存在に敬意を払い、その生存を図らなければならない」との義務を負っている、②その知事である被告は「オオヒシクイ個体群」の越冬地全域につき鳥獣保護区を設定すべきであったにもかかわらず、それをしなかった、③そのため、「オオヒシクイ個体群」が衰退状態に陥り、よって、前記義務を負う茨城県の威信が損なわれ、同時に同県の重要な文化的財産が損傷された、④右は被告の不法行為というべきであり、その損害は金二二五七万二〇〇〇円を下らない旨主張し、茨城県に代位して同県に対する損害賠償の履行として金二二五七万二〇〇〇円及びこれに対する監査請求の日である平成六年九月二五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるというものである。
二 本件訴えは、日本に冬季渡来する最も大型の雁であるオオヒシクイのうち、本件訴状記載の「原告肩書地」に生息する個体群が原告であると主張して提起されたものであり、右「原告」が自然物たる鳥であることは明らかである。しかるに、本件訴状には、右「オオヒシクイ個体群」が当事者能力、訴訟能力、当事者適格を備えている旨の記載があり、まず、当事者能力については、要旨「自然物一般につきその存在の尊厳から、一種の権利(自然物の生存の権利)が派生する、その自然物の生存を図ろうとする自然人等が存在せず、あるいは現行法上当事者適格を認められるものが存在しない場合には、当該自然物自体が訴訟に直接参加することが当該自然物の生存のための究極、最善、不可欠の手段であることから、右権利の実定法的効果として自然物の当事者能力が認められる」と主張されている。
しかしながら、民事訴訟法四五条は「当事者能力……ハ本法ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外民法其ノ他ノ法令ニ従フ」と定めるところ、同法及び民法その他の法令上、右に主張される自然物に当事者能力を肯定することのできる根拠は、これを見出すことができない。事物の事理からいっても訴訟関係の主体となることのできる当事者能力は人間社会を前提にした概念とみるほかなく、自然物が単独で訴訟を追行することが不可能であることは明らかであり、自然物の保護は、人が、その状況を認識し、代弁してはじめて訴訟の場に持ち出すことができるのであって、自然物の存在の尊厳から、これに対する人の倫理的義務を想立しても、それによって自然物に法的権利があるとみることはできない。
よって、本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、当事者能力を有しないものを原告とする不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかである。
三 なお、複数の住民が提起する地方自治法二四二条の二第一項四号の訴えは、訴訟の目的につき合一的確定の要請が働く訴訟形態であるいわゆる類似必要的共同訴訟であり、一部の者の弁論を分離して終局判決をすることはできないと解せられている。しかしながら、右の理は、当事者能力を有する住民が提起する住民訴訟についての議論であり、本件のように明らかに当事者能力を欠き、これと異なる判断の可能性がないものを原告と表示して提起された訴訟にあっては、合一的確定の要請自体が働く余地がないというべきであるから、オオヒシクイを原告と表示する部分につき弁論を分離して終局判決をすることができると解するのが相当である。
四 以上の次第であるから、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法二〇二条により本件訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。
(判長裁判官 來本笑子 裁判官 松本光一郎 裁判官 山田真紀)