水戸地方裁判所 昭和23年(行)42号 判決
原告 浅川幾之介
被告 茨城県農地委員会
一、主 文
被告が別紙目録記載の土地に付き昭和二十三年九月三十日なした訴願棄却の裁決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として訴外五台村農地委員会は昭和二十三年二月中別紙目録記載の土地を原告の父訴外浅川鉄太郎の所有(其の以前に原告が同人の家督相続人となつていたから実質上は原告所有)として自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定により買収計画を樹て同月八日その旨を公告したので、原告は同日之に対して異議申立を為したところ同月二十日却下されたので更に同年五月二十八日之に対し被告に訴願したところ、被告は同年九月三十日之を棄却する旨の裁決を為し同年十一月四日その旨を原告に通知してきた。然しながら本件土地は元浅川鉄太郎の所有であつたが、昭和十二年九月二十日鉄太郎と同人の三男訴外昇(原告の弟)との間に鉄太郎は昇に対し同人が分家する為の財産分与として本件土地を贈与するとの契約が成立した。そうして鉄太郎は昇が同年十月二日分家の届出をしたので其の頃同人の代理人訴外浅川粂吉に対し本件土地を引渡し、粂吉は爾来同土地を管理することになつたが手不足の為その頃昇の代理人として訴外内堀幸雄との間に本件土地に付き小作契約を結び昭和十四年から之を内堀に小作させてきたものである。そんな訳で本件土地は登記簿上は未だ昇名義になつていないけれども真実は同人の所有であり、而も昇は分家当時より原告と世帯を異にしているのであるから、本件土地を鉄太郎所有(実質上は原告所有)として買収計画を樹てたのは違法である。而して原告は昭和十四年九月十四日鉄太郎の隠居に因り其の家督相続人となつた結果、昇に対し本件土地の所有権移転登記手続を為すべき義務があるので本訴請求に及んだと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張の事実中訴外五台村農地委員会が原告主張の土地に付きその主張通りの買収計画を樹てて公告したこと、原告がその主張のような経過で被告に訴願したこと、被告が昭和二十三年九月三十日に之を棄却する旨の裁決を為し同年十一月四日その旨を原告に通知したこと、原告、訴外浅川鉄太郎及び同浅川昇の身分関係並びに昇が原告主張の日に分家の届出をしたこと、訴外内堀幸雄が本件買収計画前より本件土地を耕作していること、原告がその主張の日に鉄太郎の隠居に因り其の家督相続人となつたことは何れも認めるが、鉄太郎と昇との間に原告主張の贈与契約が為されたことは争う。仮に右両名間に原告主張の贈与契約が為されたとしても、それは債権契約だけであつて所有権移転の物権契約は為されていない。何となればかゝる物権契約が為されたとするには一般には何等かの外部的な物的変動がなければならないと考えるのであるが、本件に於ては其の以前には鉄太郎が本件土地を訴外浅川広之介に小作させていたところ、昭和十四年秋以降は原告が内堀幸雄に之を小作させていた事情にあつて、右贈与契約と同時に本件土地の所有権が移転されなければならない特段な事情があつたとは推察できないし、外部的な物的変動たる所有権移転登記手続が為されて居ないばかりでなく、其の引渡も為されていないからである。又仮に物権契約が為されたとしても昇は前述のように本件土地に付き所有権移転登記を経由していないし、その引渡も受けていないから、農地調整法附則に依り有効な所有権取得と云うことができない。依つて原告の本訴請求は不当であると述べた。(立証省略)
三、理 由
訴外五台村農地委員会が昭和二十三年二月中別紙目録記載の土地を原告の父訴外浅川鉄太郎所有(其の以前に原告が同人の家督相続人となつていたから実質上は原告所有)として自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定により買収計画を樹て、同月八日その旨の公告をしたこと、原告が同日之に対し異議申立を為しその主張のような経過の下に同年五月二十八日被告に訴願したこと、被告が同年九月三十日之を棄却する旨の裁決を為し同年十一月四日その旨を原告に通知したことは当事者間に争いがない。
然るに原告は右土地は訴外浅川昇の所有であると主張するので、先ず此の点に付いて判断する。浅川昇が昭和十二年十月二日分家の届出をしたことは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第三号証、証人浅川粂吉の証言に依り成立を認め得る甲第一、二号証、証人浅川広之介(第一回)の証言に依り成立を認め得る甲第四号証の一、二に証人浅川粂吉、浅川昇、浅川広之介(第一、二回)、上田金雄(第二回)植田已之介の各証言及び原告本人訊問の結果を総合すれば、本件土地は元原告の父鉄太郎の所有であつたが、鉄太郎は昭和十二年九月十八日に以前から懸案になつていた三男の昇が愈々分家することに内定したので、同月二十日昇と本件土地につき贈与契約を結んだのであるが、当時同土地については原告の借金の担保として抵当権が設定してあつた為直ちに同人名義にその所有権移転登記手続をすることができないものと考えていたので、其の負債整理を済してから昇に対し登記をすることにし、昇は従来本件土地を事実上管理していた原告に対し税金諸掛りの意味において一ケ年一反歩につき十円の割合で合計六十九円十五銭を昇の住宅建設別居のできるまで訴外浅川粂吉を介して支払うことゝなり、その頃訴外浅川粂吉に対し本件土地を引渡して右負債整理を依頼し且つそれが完了する迄同土地を適当に利用して収益を挙げることを頼んだので(原告は浅川粂吉が昇の代理人として鉄太郎から本件土地の引渡を受けたと主張するけれども、原告提出の全立証を以てしても之を認めることができない)、粂吉は爾来息子の訴外広之介をして本件土地を耕作させていたが、同人が昭和十四年中に応召したので、同年秋作から之を訴外内堀幸雄に賃貸したこと、昇は贈与契約成立の年から前記約定通り一ケ年六十九円十五銭の税金等負担金を粂吉を介して原告に支払い、粂吉は昭和十三年より小作料として玄米七俵(内堀に小作させてからは二年分内堀の納めた同上小作米)を原告に納め、原告はこれを昇に渡していたことが認められる。証人内堀幸雄の証言中右認定と牴触する部分は措信できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。被告は右贈与契約は其の目的物たる本件土地に付き外部的な物的変動たる所有権移転登記或いは引渡が為されていないから、債権契約だけであつて、所有権移転の物権契約が為されていないと主張する。なるほど鉄太郎と昇との間に被告主張のような登記又は引渡というような外部的な物的変動が為されていないことは前段認定事実に依つて明らかであるけれども、特定物を目的とする贈与契約が為された場合には特に将来其の物の所有権を移転すべき約定をしない限り所有権移転の物権契約が為されたものと観るを相当とし、本件に於ては被告提出の全立証を以てしても右両名間に本件土地に付き所有権移転の物権契約が成立したことを妨げるような特段の事由が認められないので、被告の右主張は理由がない。
又被告は、昇は本件土地に付き所有権移転登記を経由していないしその引渡も受けていないから、農地調整法附則に依り有効な所有権取得と言うことができないと主張する。なるほど同附則及び同附則で引用されている同法第四条に於て農地に関する契約で当該契約に係る権利の移転等に関する登記及び当該農地の引渡のいずれもが完了していないものは其の効力を否定されているけれども、同附則はその規定中に「従前の第六条第三号云々」とあるに依つても明らかな通り、昭和二十年法律第六十四号農地調整法施行の期間内に於ける契約に付いて適用されるだけでそれ以前の契約には適用されないと解するところ、本件に於ける贈与契約は同法の施行前のものであることは前記認定に依つて明らかであるから、被告の右主張も理由がない。
そうすると浅川昇は本件土地の所有者であることが明らかであり、他方原告が昭和十四年九月十四日鉄太郎の隠居に因り其の家督相続人となつたことは当事者間に争いないから、原告は鉄太郎に代つて昇に対し本件土地の所有権移転登記手続を為すべき義務があるところ、本件買収手続が完了し、その効力が確定してしまえば右義務を履行できなくなる結果、昇に対し損害賠償債務を負担することになるので、前記訴願棄却裁決の取消を求める法律上の利益がある。依つて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 多田貞治 鈴木盛一郎 綿引末男)
(目録省略)