水戸地方裁判所 昭和23年(行)5号 判決 1948年11月16日
原告
幡谷仙三郞
被告
國
主文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負擔とする。
請求の趣旨
被告は原告に對し金十二萬圓を支拂うこと、訴訟費用は被告の負擔とする。
事實
原告訴訟代理人は請求原因として、茨城縣知事は昭和二十二年十二月二十三日原告に對し買收令書(昭和二十二年十月二日附茨城は第一五二七號)を交付して原告所有の茨城縣行方郡現原村大字芹澤字原二番山九百二十八番の十四山林一反六畝十七歩外同大字所在山林九筆合計十二町三畝二歩(別紙目録記載の通り)を對價金七千二百七十六圓三錢を以て買收することにした。然るに右買收すべき土地の近傍類似の農地の時價は一反歩金五千圓で開墾畑でさえ、一段歩金二千圓であるまして、本件土地は財産税徴收に當つては金一萬一千三百六十七圓と評價されて課税を受けている位であるから、茨城縣知事はこれを參酌して本件土地の時價を最低一反歩金二千圓の割として買收の對價を定めなければならなかつた。然るに前示のような對價で買收したのは全く不當である。よつて本件土地の買收の對價を一反歩金二千圓の割で算出するならば金二十四萬圓となり、前示買收對價との差額が金二十三萬二千七百二十三圓九十七錢となるから、内金十二萬圓のみの增額支拂を求めるために本訴請求に及んだと述べ、被告主張に對し從來地方長官が國を代表して買收事務と訴訟行爲とをしていたが、都道府縣知事が自治體となつた結果、買收は知事が取扱うが、訴訟に於ける國の代表權を失つたに過ぎない。舊來水戸地方裁判所に管轄權があつたのを變更する程の規則改正ではないと附陳し、立證として甲第一號證を提出した。
被告指定代表者は管轄違の抗辯を提出し、その事由として、本件訴訟については國を被告とする以上民事訴訟法第四條第二項の規定により、訴を東京地方裁判所に提起すべきであると述べ本案につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負擔とする旨の判決を求め、答辯として、茨城縣知事が原告主張の山林を、原告主張の日、原告主張の如き對價で買收する旨の決定をしたこと、原告主張の日、原告宛買收令書の交付があつたことは認めるがその餘の事實は否認する。即ち農地の價格は農地調整法第六條の二に規定するところであり、これによつて農地の價格は當該農地の土地臺帳法による賃貸價格に主務大臣の定める率を乘じて得た額の範圍内に制限され、從つてこれが農地の統制價格で、農地の取引においてはこれを超えて契約し、支拂い又は受領することは法の禁ずるところであり、又未墾地の買收計畫に基づく農地以外の土地の對價は自作農創設特別措置法施行令第二十五條により當該土地の近傍類似の農地の時價に中央農地委員會の定める率を乘じて得た額の範圍内でこれを定めることに規定され右近傍類似の農地の時價は前示農地の統制價格を指すのである。本件山林の買收についてはこれに則つて近傍類似の農地の賃貸價格である五十三級金二圓八十錢を採用し、これに中央農地委員會の定めた率である四十五%を乘じて得た金六十圓四十八錢を未墾地買收計畫における政府の買收對價としたのであつて何等不當の對價ではない。まして原告は右買收の對價が財産税課税の評價額より少額であることを理由として當該對價が不當であると主張するが財産税の評價額と政府による未墾地買收價格とはほぼ等しいのが原則であり若し後者の價格が前者の價格より著しく低いというときには二二開局第五一四號「自作農創設特別措置法により買收する未墾地の對價と財産税法との關係に關する件」、農林省開拓局長通牒に明かであるように課税額の更正をなすべきであると述べ、立證として證人仲川定男の證言を援用し、甲第一號證の成立を認めた。
理由
まづ被告の管轄違の抗辯につき按ずるに民事訴訟法第四條第二項によれば國の普通裁判籍は訴訟につき國を代表する官廳の所在地によつて定めるとあり、本件においては國を代表する官廳は法務廳であり、その所在地は東京都にあるから本件管轄も東京地方裁判所にあるかのようであるが、公法關係に關する爭の訴訟手續はまづ行政訴訟特例法を適用しなければならないから、同法第四條により土地管轄を被告である行政廳の所在地を管轄する裁判所にしなければならない。併し右は同法第二條の行政廳の違法な處分の取消又は變更を求める抗告訴訟の管轄の規定であつて本件は單に政府において既に適法に買收した未墾地の對價の額についてのみ不服で訴訟を提起したのに過ぎないのであつて、實質上は財産權上の訴であり、買收處分の取消變更を求める抗告訴訟でないから、同法第四條の適用は受けないと解する外はなく、他に管轄についての規定がないから同法第一條によつて民事訴訟法に則るべく、同法第五條により財産權上の訴は義務履行地を管轄する裁判所に提起することができ、成立に爭ない甲第一號證によれば、本件土地の買收の對價の支拂場所は日本勸業銀行土浦支店に指定されており、これは水戸地方裁判所の管轄區域内にあるを以て、原告の本訴提起は適法であつて、被告の管轄違の抗辯は採用するに由ない。
次で本案について茨城縣知事が昭和二十二年十月二日附を以て原告所有に係る別紙目録記載の山林十筆公簿面積合許十二町三畝二歩を自作農創設特別措置法第三十條により、對價金七千二百七十六圓三錢を以て買收する旨の決定をなし、同年十二月二十三日原告にその旨買收令書の交付があつたことは當事者間に爭がない。よつて本件山林の買收の對價は幾何を以て相當とするやにつき按ずるに、政府は自作農を創設し、又は土地の農業上の利用の增進をするため必要あるときは、自作農創設特別措置法第三十條により、農地以外の土地を買收することができ、同法第三十一條、同法施行令第二十五條により、當該土地の上に生立する立木のない未墾地の買收に當つてはこの對價は當該土地の近傍類似の農地の時價に中央農地委員會の定める率を乘じて得た額を超えてはならないことになつている。そして自作農創設特別措置法に基づく政府の農地買收の對價は同法第六條第三項により、當該農地につき土地臺帳法による賃貸價格があるときは畑にあつては當該賃貸價格に四十八を乘じて得た額の範圍内においてこれを定める旨規定され政府の政策が耕作者の地位の安定と勞働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ廣汎に創設し、土地の農業上の利用を增進して以て農業生産力の發展と農村における民主的傾向の促進を圖るを目的とする線を引續き堅持する限り前示政府の農地買收の對價は現下における農地の取引の統制價格であることは當然であり、右政策を實現する一翼として未墾地買收計畫の實施が取り入れられ、未墾地の買收等につき對價の算定の規準が指示されている以上同法の規定する農地の時價もいわゆるやみ相場をいうのでなく、統制價格を指稱するものといわなければならない。そして證人仲川定男の證言によると本件未墾地の買收の對價は行方郡現原村大字芹澤の全體の土地の賃貸價格が一樣に五十三級金二圓八十錢であつて、芹澤地内に存する本件山林の對價もこれを開墾して通常造成される農地を想定するときは、等位、土質、位置等からして大體芹澤全體の土地と近似すると認定した結果、この五十三級金二圓八十錢を採用し、右金二圓八十錢に四十八を乘じて得た金百三十四圓四十錢に更に中央農地委員會の定めた率である四十五%を乘じて得た金六十圓四十八錢を一反歩の買收對價としたことが認められる。從つて被告の買收の對價は妥當であつて何等不當なことはない。原告は財産税課税の標準額に比較する場合本件山林買收の對價は少額であると主張するが前説示のように本件買收對價が法令上適法に算出され他に特段の事情のない限り自作農創設特別措置法第三十一條第三項に所謂近傍類似の農地の時價を參酌して算定されたものと謂はなければならないのであつて財産税課税標準額は之を別途に考慮されるべき問題で假令右標準額が買收對價と異つているとしても之を以て前示買收對價の算定を不當たらしめる筋合のものではないから此の點に關する原告の主張も亦採用するの限りでない。果して、そうだとすれば原告の本訴請求は失當として棄却を免れないから訴訟費用の負擔について民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決した。
(目録省略)