水戸地方裁判所 昭和27年(行)44号 判決
原告 筒井樺太
被告 茨城県人事委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年八月十五日附で、先に茨城県教育委員会が昭和二十六年十一月二十八日附をもつて行つた原告に対する懲戒免職処分を相当として承認した処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は、昭和二十四年十月十五日茨城県立岩井高等学校の講師を命ぜられ、次いで昭和二十五年二月二十八日茨城県公立学校教員として採用され、同校教諭として勤務していたものであるが、茨城県教育委員会は昭和二十六年十一月二十八日附をもつて、地方公務員法第二十九条により原告を懲戒免職処分にした。原告は昭和二十六年十一月三十日被告茨城県人事委員会に対し右処分を不服として審査請求をしたところ、被告は昭和二十七年八月十五日教育委員会のなした処分を相当と認め、承認する旨の判定をした。
(二) 教育委員会が原告を懲戒免職にした処分理由は
原告が昭和二十五年二月二十八日茨城県公立学校教員に採用される際、次のごとく履歴を詐称して任用されたものである。
(1) 原告が当時提出した履歴書には昭和十一年五月三十一日より昭和十五年四月三十日まで高知県私立高知城東商業学校教諭として勤務した旨記載しているが、事実同校に勤務したのは昭和十五年三月三十一日より昭和十六年四月三十日までである。このことを指摘されたに対し、昭和十一年五月三十一日より昭和十五年三月三十日までの間は実は東京府私立桜ケ丘女子商業学校(現桜ケ丘高等学校)に勤務したと称しているが、これまたその事実がない。
(2) 昭和二十二年十月二十五日より東京都私立東京成徳高等女学校(現東京成徳高等学校)教諭として勤務し、昭和二十三年三月三十一日附で履歴偽称並びに体面汚辱の理由により懲戒免職された事実を記載せず隠蔽している。
以上の履歴詐称の事実並びに言を左右にして、その非をあらためようとしなかつた態度は、公務員として特に教育公務員としてあるまじき非行であり、地方公務員法第二十九条第一項第三号に該当するものであるというのである。
(三) しかしながら、右懲戒免職処分は次のごとき理由により違法にして取り消されるべきものである。
(1) 原告が当時の履歴書に、昭和十一年五月三十一日から昭和十五年四月三十日まで高知城東商業学校に勤務した旨記載したこと、事実その間同校に勤務しなかつたこと及び昭和十一年五月三十一日から昭和十五年三月三十日までの間桜ケ丘女子商業学校にも勤務していなかつたことはいずれも認める。しかし右のような記載をしたのは次のごとき理由によるものである。原告は右の期間のうち昭和十一年五月三十一日より昭和十三年十二月三十一日までは樺太公立鵜城青年訓練所並びに樺太公立鵜城尋常高等小学校の教員として、昭和十四年一月十日より昭和十五年三月三十日までは欧文社(現旺文社)添削教授としてそれぞれ勤務したものであるが、岩井高等学校に勤務するに至つた当時樺太在勤の事実は証明書を取ることが不可能であり、欧文社についても同社戦災のため証明書を取ることができなかつた。よつて原告は訴外岩井高等学校の校長吉葉誠之にその旨を告げ、勤務年数については間違いのないことを説明したところ、同校長は勤務年数さえ間違いなければとのことであつたので、差支えないものとして前記のように履歴書に記載したものである。原告は樺太から引揚げる時すべての資料を取り上げられてしまつたので記憶をよび起すべき資料は全然なく、年月に記憶違いがあつて多少記載の誤りがあるが、故意に履歴を詐称したわけでは絶対にない。
(2) 原告が成徳高等女学校の勤務事項を履歴書に記載しなかつたこと及び昭和二十二年十月二十五日より成徳高等女学校に勤務したことは認めるが、原告が事実上同校を退職したのは昭和二十三年二月頃で同校を任意退職したものである。私立学校には懲戒免職の制度はなく、懲戒免職という辞令を出せる筈もない。口頭の雇傭契約が存在するだけで辞令を出さないのが普通で、成徳高等女学校でも原告は採用、退職の辞令を貰つていない。仮りに懲戒免職という制度があつて、東京成徳高等女学校において、原告を懲戒免職にしたとしても、そのような事実を知つたのはこの度不利益処分に対する審査請求を茨城県人事委員会にしたについて、茨城県教育委員会名義の処分事実説明書と題する書面中に処分理由としてその記載があつたので、初めて知つて驚いたわけであるから、茨城県公立学校教員に採用の時に提出した履歴書には記載し得なかつたわけである。なお原告が同校を任意退職した当時は早稲田大学文学部文学科に在学中であり、その学業履歴の中に同校に在学中である旨を記載したので、成徳高等女学校に在職した事実は記載しなかつた次第である。
(3) 履歴詐称の事実について、言を左右にしてその非を認めようとしないとの点は否認する。原告は昭和二十六年十月十六日吉葉校長から樺太在住の期間を明示されたいといわれたことがあるのみで、履歴書記載の事項が虚偽であるというような点について同校長から訂正せよといわれたことはない。
(4) 原告の在任中岩井高等学校においては教員の提出する履歴書について、ある程度の虚偽の記載があつた。例えば兵籍にあつたものがその事実を秘して履歴書を記載したり、また教職以外の職業についていた場合その事実を記載しなかつたりしている。又昭和二十六年四月頃いわゆる級別推定によつて教員が昇給した際には岩井高等学校他県下の全高等学校において各教員が履歴書を書き直し脱落したところを追加し、その他を訂正したため、県下教職員の約五割、岩井高等学校の教員全員が昇給した。右の事実は明らかに履歴書を訂正したものであつて、訂正前の履歴書に履歴の偽称があつたか、訂正後の履歴に偽称があるかのいずれかでなければならない。このように教職員の履歴にも多少の偽りがあることは右の事実によつて明白である。もとより履歴書に偽りを記入することはよいことではないが、当時右履歴書の書かえについては吉葉校長が教員全員に対して指示したものである。なおまた履歴書には必要のない限り主な事項を記載するのが常識であつて、その場合多少の事項に脱落があるからといつて履歴の詐称だと非難するのは余りにも酷である。
(5) 又前記懲戒免職処分は次の如き不純の動機によつてなされたものであつて、原告には免職せられるべき事由はない。即ち岩井高等学校において、無断で教職員の俸給からその一部を差引いて物品を購入するなどの会計上の不正事実があつたので、原告は昭和二十六年四月頃その旨吉葉校長に告げて俸給の正当なる交付を要求した。そのため同校長は原告を退職させるにしかずと考え、当時種々の手段を講じて原告に退職を迫つた。しかし原告がそれに応じなかつたため、同校長はかねて同人が了解していた原告提出の履歴書の僅かな記載の誤りを針小棒大に取りあげ、茨城県教育委員会を動かし、原告を懲戒免職処分に付するに至らしめたものである。これ全く同校長の私怨により教育委員会をして判断を誤らしめたものといわねばならない。
以上のような次第で原告には教育委員会が懲戒免職の処分理由とした地方公務員法第二十九条第一項第三号にいう非行にあたるような履歴詐称はないから本件懲戒処分は違法な処分である。仮りに原告の履歴書の記載が同法にいう非行にあたり懲戒事由になるとしても免職処分は重きに失し相当ではなく、裁量権の範囲を逸脱した違法な処分である。故に被告が右懲戒免職処分を相当としてなした判定処分もまた違法にして取り消されるべきである。
二、被告の答弁及び主張
(一) 原告の主張事実中原告がその主張日時に茨城県公立学校教員に採用され茨城県立岩井高等学校の教諭の職にあつたこと、茨城県教育委員会が昭和二十六年十一月二十八日附をもつて原告を懲戒免職処分にしたこと、原告は昭和二十六年十一月三十日被告茨城県人事委員会に対し右処分を不服として審査請求をしたところ、被告は昭和二十七年八月十五日教育委員会のなした処分を相当と認め承認する旨の判定をしたことはいずれもこれを認める。
(二) 県教育委員会が原告に対し懲戒処分をした理由は原告主張のとおりである。
(1)(イ) 高知県私立高知城東商業学校及び東京府私立桜ケ丘女子商業学校(現桜ケ丘高等学校)の勤務期間の記載について。
原告は右の点につき原告が履歴書を記載する際、吉葉校長に勤務年数さえ間違いなければ適当に記入されたいといわれたので原告主張のように記載したものであるというけれども、この点は否認する。同校長がそのようなことをいうわけもないし、仮りにいつたとしても、そのために原告の責任が免れるものではない。原告は昭和十一年五月三十一日から昭和十三年十二月三十一日まで樺太公立鵜城青年訓練所並びに樺太公立鵜城尋常高等小学校の教員として勤務し、昭和十四年一月十日から同十五年三月三十日までは欧文社に添削教授をしていたと述べているが、いやしくもこのように樺太在勤の期間及び欧文社在職期間が明瞭であるならば証明書がとれるといなとにかかわらず最初からその事実を記載すべきであり、その証明がとれない事情を校長等に弁明すればよいわけである。普通一般の人ならば自分が学校を卒業して最初に就職した場所を忘れるはずはないから、原告は明らかに故意に履歴を詐称したものとみるべきである。
(ロ) 東京都私立東京成徳高等女学校(現東京成徳高等学校)における勤務及び同校における懲戒免職処分の点について。
原告は私立学校には懲戒免職の制度はなく、同校より辞令も受けとつていないと主張するが、私立学校である成徳高等女学校には行政処分としての懲戒免職はないかもしれないが、それに相当する処分はあり、原告は同校よりその旨の辞令を受けたものである。なお原告は同校に勤務中は早稲田大学文学部文学科に在学中であつたから、成徳高等女学校の勤務事項は記載しなかつたと述べるが、如何なる理由があるにせよ履歴書には実際の勤務或は就学等につき重複しているといないとにかかわらず、事実は事実として記載すべき性質のものである。
(2) 以上のように原告提出の履歴書に詐称又は隠蔽の事実があり、そのことについて校長及び事務当局より再三注意を与えたが、原告は全然その非を認めようとしない。即ち昭和十一年五月三十一日より昭和十五年四月三十日まで高知城東商業学校に勤務の事実なきことを指摘されるや、昭和十一年五月三十一日より昭和十五年三月三十日までは桜ケ丘女子商業学校に勤務したと主張し、右の事実を証明せんがために原告自ら同校へ出向き、昭和二十六年九月七日附同校々長片岡光枝名義の右の旨を証明する証明書(甲第一号証)を受領して来たものである。同書面は片岡が原告の申出により原告が桜ケ丘女子商業学校に勤務した事実のみを証明したものにすぎないのに、原告は行使の目的をもつて擅に同書面余白に事実に反した「記自昭和十一年五月三十一日至昭和十五年三月三十日、自昭和十六年四月一日至昭和十七年十月三十日」の記載をなし、同書をもつて右期間同校に勤務したことの証明にあてんとしたものである。原告は右書面の期間補記の点は片岡の依頼により記載したものであると主張しているけれども、片岡は原告に対してそのようなことを依頼したこともなく、仮りに補記を依頼したとしても、事実に反することまでも記載することを承認するはずもない。更に又昭和二十六年十月二日茨城県教育委員会が原告を呼び出した際原告は前記証明書に照応する同年九月七日附履歴書(乙第六号証)を同委員会に提出し、前記期間の桜ケ丘女子商業学校勤務を事実視せしめようとしたものである。この行為は前記の履歴詐称の非を改めようとせず、更に新しい偽りの事実をもつて教育委員会を瞞着せんとしたものである。
(3) なお教育委員会が本件懲戒免職処分をするには原告の勤務態度についての次のような事実をも合せ考慮してなされたものである。
(イ) 原告は昭和二十六年六月十五日医師の診断書を添付した欠勤届を岩井高等学校一年生倉持幸枝を介して提出したのみで長期欠勤をなすに至つた。学校としては授業補充のため事務引継が必要であつたので、吉葉校長は同年六月十九日以後再三教頭らを原告方に遣わして教科書、出席簿、英語クラブ備品、教案、生徒発達記録等の引継ぎを求めたけれども、これに応ぜず後にいたつて僅かにその一部を人伝により提出したにすぎなかつた。
(ロ) 原告が欠勤届に添付した診断書の病名は頭部及び陰部の湿疹で原告はこれを理由に同年六月十五日より同年八月末日まで欠勤を続けたのであるが、その間診断書発行の医師に治療をうけた形跡なく、病気の程度にも疑問がもたれた。原告の近隣の者の言によると、右長期欠勤中殆ど家にいたことなく外出していたようであるのに、前記の事務引継ぎのため吉葉校長が原告に対して出校の督促をしたにも拘らず遂に出校しなかつた。なお原告は右病気欠勤中の七月二十四日より八月三十一日までの二十四日間法政大学通信教育スクーリングに出席していたものである。
茨城県教育委員会は以上の事実を綜合して原告の行為は地方公務員法第二十九条第一項第三号に規定する「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」に該当し、懲戒処分をなす場合にあたりその程度は免職処分が相当なりとして本件処分をなしたものである。右の判断は正当であり、右の処分を適法として維持すべきものとした被告委員会の判定にも何ら違法はない。
三、右に対する原告の陳述
(2)について、
原告が桜ケ丘高等学校校長片岡光枝名義の証明書(甲第一号証)の交付をうけるにいたつた経緯は昭和二十六年九月初め頃吉葉校長は原告に対し原告の在勤証明書を取ることが不可能である昭和十一年五月三十一日より昭和十五年三月三十日までの期間について、桜ケ丘女子商業学校の勤務証明書を貰つてくれば県教育委員会で認めるから提出するようにいつたので、原告は同年九月七日同校に出向き、同校校長片岡光枝に対し同日附の原告の履歴書(乙第六号証)を示し、右の事情をつげ証明書のいる期間を説明したところ片岡はこれを了解してその旨を証明してくれたものである。同証明書の記以下の期間は原告が記入したことは認めるが、これはその時偶々原告が汽車の都合により帰途を急いだため片岡より原告において記入することを依頼されたもので決して無断で記入したものではない。右のように乙第六号証の履歴書は甲第一号証の証明書の交付をうけるとき片岡に対して事情を説明するために記載したものであつて、これを昭和二十六年十月二日茨城県教育委員会に提出したような事実はない。これがどうして同委員会の手許にあるかは不明であるが、前記桜ケ丘高等学校において証明書を受領する際同校に提出して来たものが、同委員会の手にはいつたか或は岩井高等学校における原告の机の中にいれてあつたものが何者かのために持ち出され、同委員会の手許に至つたものと思われる。
(3)(イ)について、
昭和二十六年六月十五日医師の診断書を添えて欠勤届を提出し欠勤するにいたつたことは認めるがその余は否認する。
同(ロ)について、
原告提出の診断書の病名は頭部及び陰部の湿疹であり、このため昭和二十六年六月十五日より同年八月末日まで欠勤したことは認めるがその余は否認する。
第三(立証省略)
三、理 由
原告がその主張日時に茨城県公立学校教員として採用され、茨城県立岩井高等学校教諭として勤務していたものであること、茨城県教育委員会が昭和二十六年十一月二十八日附をもつて原告を懲戒免職処分にしたこと、原告は昭和二十六年十一月三十日被告に対し右処分を不服として審査請求をしたところ、被告は昭和二十七年八月十五日同教育委員会の処分を相当と認め、右処分を承認する旨の判定をしたことは当事者間に争がない。そこで右懲戒免職処分が適法であるかどうかについて判断するに、
(一) 履歴詐称の点
(1) 原告が昭和二十五年二月二十八日茨城県公立学校教員に採用される際、茨城県教育委員会に提出した同年二月十日附履歴書(乙第一号証)に昭和十一年五月三十一日より昭和十五年四月三十日まで高知県私立高知城東学校教諭として勤務した旨記載したことは当事者間に争いがない。しかし、実際は、原告は右の期間のうち昭和十一年五月三十一日から昭和十三年十二月三十一日までは樺太公立鵜城青年訓練所講師並びに樺太公立鵜城尋常高等小学校の代用教員として、昭和十四年一月十日から昭和十五年三月三十日までは欧文社に勤務し、いわゆる添削教授をしていたのであることは原告本人尋問の結果(一部)及び弁論の全趣旨により明らかである。原告は履歴書に前記のように記載したのは当時樺太在勤の事実及び欧文社についての証明書を取ることができなかつたので、岩井高等学校の吉葉校長にその旨を告げてその了解を得てなしたもので、又年月については資料がなく、記憶違いがあつて、多少の記載誤りはあるが、故意に履歴を詐称したものではないと主張するからこの点について案ずるに、証人吉葉誠之の証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果(一部)によれば、原告が乙第一号証の履歴書を茨城県教育委員会に提出して茨城県公立学校教員に採用される際には同履歴書に記載してある勤務事項につき証明書を添附又は提出することは必要でなかつたこと、昭和二十六年三月頃になり俸給の再計算をする給別推定表適用基礎調査表に記入するにつきはじめて従来提出してある履歴書に記入してない事項についてのみ、証明書を提出することが必要とされるに至つたものであること、原告が前記履歴書を記載するに際し、吉葉校長は原告に対し勤務年数さえあつていれば適当に記入されたいというようなことを話したことのないのは勿論、原告から履歴書の記入について相談をうけたこともないことが認められる。右認定に反する原告本人の供述部分はこれを信用しない。履歴書を記載するにあたり、任命転任発令等の日時を多少間違えることはあり得るけれども、任地の順序殊に初任地がどこであつたというようなことはうつかり間違えて書くというようなことは普通は考えられないことなので、前記のように原告が昭和十一年五月三十一日より昭和十五年四月三十日まで高知県私立城東商業学校に教諭として勤務した旨の履歴書の記載は記憶違いのため誤つて真実に合致しない記載をしたものとは到底認められず、原告は故意に不実の履歴を記載したものといわねばならず、原告の主張は採用することができない。思うに、教員の採用につき、教育委員会が採用志望者から履歴書を提出させるのは採用し得べき能力経験を有するや否や、いかなる職務の担当に堪え又は適するやを知ると同時に給与等の待遇を決する資料とするために必要とするからであつて、(このことは公共団体において私企業においても同様である)もし履歴書に不実の履歴を記載するときは採用すべからざる者を採用し或は不適当な職務を担任せしめ、生徒に対する教育を誤るような結果を生じ得べく、他の職員の担当職務の決定にも影響し、ひいては結局当該学校の教育活動全般に悪影響を及ぼすことにもなるのであり、且つ場合によつては過当の待遇を与え、他の職員の勤労意欲をも阻害する結果を招来することも考えられるのであるから、採用志願者の提出する履歴書には真実の履歴を記載することが強く要請されるものといわねばならない。もつとも、辞令その他履歴記載の資料がなく、単に記憶のみに頼つて記載する外ないような場合には、日時期間等につき多少の誤りがあり得ることは了解することができるけれども、故意に事実をまげて記載することは許されないことは当然である。そしてこの場合、資格経験年数等が結局同じに帰するならば、過去の勤務先を違えて記載してもかまわないということのできないのは勿論であると同時に、全然資格を詐つた場合、資格は詐らないが経験能力等の評定を誤らしめる虞のあるような不実の記載をした場合そのような虞もない場合、というようにそれぞれその不当さの程度も段階的に色々あり得ることもまた明らかなところである。
原告の前記履歴書不実記載は証明書がとれない云々の理由によるものでなく、故意になしたものであることは前記認定のとおりで、右は原告の旧制中等学校教員(英語科)としての経験能力等についての評価を誤らしめる虞のある場合に当り右のような行為は苟も教育公務員たる者として許すべからざるもので、地方公務員法第二十九号第一項第三号にいう全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるというを妨げず、まさしく懲戒事由にあたるものといわなければならぬ。
原告は原告在任中の岩井高等学校の教職員の履歴書には多少の虚偽の記載がありその例として級別推定表適用基礎調査表の記入をあげて原告の行為も非難されるべきではないと述べるが、仮に他の教職員の履歴書に虚偽の記載があつたとしても、そのために原告のなした履歴の詐称を正当化するものでないのであるから、この点の原告の主張は採用することができない。
(2) 成徳高等女学校の勤務事項を乙第一号証の履歴書に記載しなかつたこと及び原告が昭和二十二年十月二十五日より成徳高等女学校に勤務したことは当事者間に争がない。私立学校に懲戒免職制度があるか否かについては行政処分としての懲戒免職制度のないことは明かで、団体協約等によりそれに相当する制度を定めることは考えられるが、成立に争いのない乙第十二号証の二、甲第二十九号証及び原告本人尋問(第一回)の結果を綜合すれば、昭和二十三年三月当時前記学校には懲戒免職の制度はなく、又辞令も出していなかつたこと、原告が同校を退職する時にも懲戒免職という辞令をもらつておらず、原告が同校を退職するに至つたのは主として学校当局との間に感情の疏隔を来し、学校当局より退職を求められたによるものであることが認められる。右認定に反する証人木内四郎兵衛の証言はこれを信用せず、乙第十六号証の一をもつてしても右認定をくつがえすに足らない。してみれば、原告は乙第一号証の履歴書に成徳高等女学校を懲戒免職になつた旨の記載をなす必要もなく、又なしえなかつたものであつて、この点については原告に非行はなかつたといわねばならぬ。もつとも、原告が同校に勤務していたことは事実なのであるから、退職の時期について原、被告において喰違いがあるが、少くとも原告において正しい記憶と信ずるところに従つて、その期間同校に在職したことを記載すべきであつたのである。原告は右事項を記載しなかつたのはその期間は早稲田大学文学部文学科に在学中で学歴欄にその旨を記載したからであると主張するが、履歴書にはその日時の点において学歴と職歴とが重複するといなとにかかわらず事実を事実として記載すべき性質のもので、原告の行為は履歴書の記載としては正当とはいえない。しかしながらこれは単に履歴の記載事項を脱落した程度にとどまり、いまだ教育公務員たるにふさわしくない非行であるというには足らず懲戒事由とまではならないものといわねばならない。
(二) 非を改めなかつた点
原告が昭和十一年五月三十一日から昭和十五年三月三十一日までは桜ケ丘女子商業学校に勤務しなかつたこと、桜ケ丘高等学校長片岡光枝名義の証明書(甲第一号証)の記以下期間の点は原告が記入したものであることは当事者間に争いがなく、原告が右学校に勤務していたのは昭和十六年四月三十日より昭和十七年十月三十日までであることは成立に争のない乙第二号証によつて明らかである。原告は右昭和十一年五月三十一日から昭和十五年三月三十一日まで同校に勤務したということは事実に反するのであるが、証明書の必要なる理由を片岡に説明して甲第一号証の証明書の交付をうけたもので、期間の点の補記は片岡の依頼によるものであると主張するが、成立に争のない乙第十三号証の二(証人片岡光枝の供述記載部分)によれば、甲第一号証の証明書は片岡が以前原告が桜ケ丘女子商業学校に勤務したという原告の申出を信用し、その旨の証明をしたにすぎないもので、原告に勤務期間についての補記を依頼したこともないことが認められる。右認定に反する部分の原告本人の供述はこれを信用しない。次に原告は、原告作成にかかることについて争いのない乙第六号証の履歴書は、甲第一号証の証明書の交付をうけるために説明用として作成したもので、県教育委員会に提出したものでないと主張するが、成立につき争のない乙第十四号証の二によれば、右乙第六号証の二は県教育委員会の手許に存したものを昭和二十七年六月十九日の被告委員会の第三回公開口頭審理の席上証拠として提出せられ、県教育委員会側より原告が提出したものである旨説明したのに対し、原告はそれは自分が書いて出したものであると答えたことが認められるから、右は原告が県教育委員会に提出したものと認定することができる。そして同履歴書の作成日附は甲第一号証の証明書の日附と同じ日である昭和二十六年九月七日で、同履歴書には桜ケ丘女子商業学校に二度勤務した旨の記載があり、これは甲第一号証の証明書になした原告の記載に照応するものである。このことと証人吉葉誠之の証言(第一回)を合せ考えると、原告は乙第一号証の履歴書の高知城東商業学校勤務事項が事実に反することを吉葉校長から指摘されるや、再び事実をまげて昭和十一年五月三十一日より昭和十五年三月三十日までは桜ケ丘女子商業学校に勤務したものであり、一旦他に転じたが再び昭和十六年四月一日から昭和十七年十月三十日まで同校に勤務したのであると主張し、前記認定のごとき事情により交付をうけた甲第一号証の証明書の余白に行使の目的をもつて擅に事実に反する昭和十一年五月三十一日より昭和十五年三月三十日まで同校に勤務した旨の記載をなし、更に右証明書の記載に照応する乙第六号証の履歴書を県教育委員会に提出して右虚偽の事実の証明資料とし、以て事実を糊塗せんとしたものであることが認められる。およそ履歴書の記載に真実性の要求されることは前述のとおりであり、もしその記載内容に真実と合致しない部分のあることが判明し訂正を求められた場合には遅滞なくこれを真実に合致するように訂正すべきは当然である。乙第一号証の履歴の詐称もさることながら、そのことを指摘されての原告の前記行為はこれまた教育公務員として全体の奉仕者たるにふさわしくない非行にあたり懲戒事由になるといわねばならない。
以上認定の(一)の(1)及び(二)の事実は、前記のようにいずれも全体の奉仕者たるにふさわしくない非行として懲戒事由に当るのであつて、その情状も前記認定事実自体に徴しても到底軽微のものとはいい得ないのであるが、更に原告の岩井高等学校における勤務態度等について考察するに、
(1) 証人吉葉誠之の証言(第一回)によれば、原告が昭和二十六年六月十五日欠勤届を提出して欠勤するにいたつた後、吉葉校長が再三教頭らを原告方に遣わして原告に対し事務引継のため教科書、出席簿等の引渡しを求めたが原告はその引継をおくらせ、出席簿教案指導案等は結局その引継ぎをしなかつたことが認められる。又
(2) 原告が昭和二十六年六月十五日より八月末日までの欠勤中診断書発行の医師の治療をうけた形跡がないこと、病気の程度に疑問がもたれたこと、欠勤期間中殆んど家にいなかつたとのことについてはこれを直接証明するに足る証拠はないが、証人橘田英憲の証言によりその成立を認められる甲第二十一号証の二、甲第二十二号証の二乙第十八号証及び証人橘田英憲、同吉葉誠之(第一回)の各証言を合せ考えれば、原告は右病気欠勤中である同年七月二十四日より八月三十一日までのうち二十四日間法政大学の通信教育夏季スクーリングに出席したものであることを認めざるを得ない。右認定に反する原告本人の供述はこれを信用しない。してみれば原告は欠勤をせねばならぬ程度の病状でないにもかかわらず欠勤届を提出して欠勤し、その間約一ケ月にわたり法政大学通信教育夏季スクーリングに出席したものといわねばならない。
尤も原告本人尋問の結果(一部)と吉葉証人の証言(一部)を合せ考えると、夜間特殊勤務手当支給等のことから右(1)(2)の行為の当時にはすでに原告と吉葉校長とは互に面白からぬ感情を抱いていたことも推察せられるのであつて、このような事情をも考慮に入れて考えねばならぬではあろうけれども、それにしても原告の右(1)(2)の行為の如きは自己の職務の遂行に甚だしく誠実さを欠くものと評するの外ないのであつて、前記認定の(一)の(1)及び(二)の事実の如きも右と同じような不誠実不真面目がその根底に存するものと考えられるのである。かくして以上を綜合し茨城県教育委員会が原告に対する懲戒免職処分の理由とした事実のうち前記認定の(一)の(1)、(二)の各事実はいずれも懲戒事由にあたり、しかもその情状は相当重いものであるというべく、同委員会が地方公務委員法第二十九条所定の懲戒処分のうち最も重い免職処分を選んだことは必ずしもその裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。
なお原告は本件懲戒処分は吉葉校長の原告に対する私怨によるもので、その動機において不純であるから違法であるというけれども、すでに認定した如く原告において懲戒事由が存することが明らかであり、且つ吉葉校長は懲戒処分権者ではなく懲戒処分をなし得るのは県教育委員会であるから、仮りに吉葉校長が原告に対し私怨をもつていたとしても、このことのために県教育委員会のなした原告に対する懲戒免職処分は何ら違法となるものではい。
以上の次第で県教育委員会のなした本件懲戒免職処分には原告主張のような違法はなく、被告の右処分を承認した処分もまた違法ではないから原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 多田貞治 広瀬友信 高井清次)