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水戸地方裁判所 昭和28年(レ)4号 判決

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお当審において本訴請求の趣旨を変更し控訴人は茨城県結城郡江川村(現在結城市)大字大木字金井戸一七七一番の二田一反三畝二歩に対する被控訴人の占有を妨害してはならない旨の判決を求めると申し立てた。

被控訴代理人は請求の原因として、「右農地(昭和二九年三月から結城市に編入合併さる)は被控訴人の祖父にあたる訴外福田伊勢三郎の所有に属し、昭和一六年より控訴人に賃貸し小作させてきたが、昭和二一年一〇月中任意に右農地の返還を受けた。そして伊勢三郎においてこれを自作してきたところ、昭和二二年八月同訴外人は中風症にて倒れ、老齢のことでもあり、農耕はもとより家政一般の掌理も覚束ない状態に陥つたので、同訴外人を含め家族間において協議した結果、爾今被控訴人において同訴外人に代り被控訴人家の農業経営を主宰することゝなり、秋の収穫の終了を機会に同年一〇月中旬被控訴人は同訴外人より右農地の引渡をうけた上次年度耕作に備えて鍬入れをなし、又当時の供米割当機関であつた居村食糧調整委員会に対してもその旨の届出をなして名実共にいわゆる鍬頭として右農地を占有し、被控訴人の名においてその耕作の業務に従事してきたのである。

然るところ控訴人は前記昭和二一年一〇月の返地を捉えて小作地の不法引上げと称し、右農地を奪還しようとして昭和二三年五月一〇日には日農組合員の支援の下に、被控訴人に無断で、右農地内に日農農民組合江川村支部共同耕地として地主の立入を禁止する旨の立札を立て、更に翌六月の田植時にはさきに被控訴人において植付けた稲苗を抜取つて自己の苗を植付くるの暴挙を敢てしたので、被控訴人は自衛上止むなく右苗を抜取り田植を強行して右農地の占有耕作を継続し、同年秋の収穫期に至つたところ、控訴人はまたまた多数の前記組合員を引具して右農地に立入り、成熟した水稲約四俵相当分を刈取り、更に翌昭和二四年の収穫期には執ようにも再び多数の組合員と共に夜間秘かに右農地に立入り、被控訴人の折角丹精生育せしめた水稲を全部刈取り運び去るの暴挙を繰り返した。

被控訴人家においては控訴人の暴挙を黙視することができず、前記伊勢三郎において昭和二三年中水戸地方裁判所下妻支部に右農地に対する所有権に基く耕作権存在確認(同支部昭和二三年(ワ)第四二号東京高等裁判所昭和二五年(ネ)第二六六号現在上告中)その他の訴を提起する一方、控訴人の右急迫なる強暴を防ぐため右農地の立入及び耕作妨害禁止の仮処分(同支部昭和二三年(ヨ)第二四号、東京高等裁判所昭和二五年(ネ)第一四五号)を申請したところ昭和二五年一月三〇日前記下妻支部から右仮処分について被控訴人勝訴の判決をえたので、直ちにこれを執行した結果、前記暴挙後の昭和二五年、同二六年度における耕作に対する控訴人の妨害は辛うじてこれを排除することができた。一方伊勢三郎の提起した前記耕作権確認の本案は第一審たる下妻支部において伊勢三郎敗訴の判決がなされ、同人より控訴したが第二審たる東京高等裁判所でも控訴棄却の判決がなされ、目下上告審に係属中であるが、このように本案訴訟が第一、二審とも伊勢三郎の敗訴となつたので、控訴人は前記仮処分を取り消すべき事情の変更を生じたものと主張し、下妻支部に仮処分取消の申立をなし、昭和二七年一〇月二一日同支部が控訴人の申立に基き事情変更を理由とする右仮処分取消の判決をなすに及び、控訴人はこれに勢をえてまたまた実力による妨害を計画しており、現に最近前記農民組合の幹部等三名が、控訴人の依頼に基き被控訴人方を訪れ、被控訴人に対し、そのような事実がないのに村農業委員会の議決により本件係争地は控訴人において耕作することとなつた旨豪語し右農地の引渡を強要してきた。

このようにして控訴人は昭和二三年以来継続的に本件農地に対する被控訴人の占有を妨害してきたのであつて、その為すところは極めて計画的且つ強暴であるのみならず、その意図するところ亦機をみて右農地を奪還し、その耕作に供しようとするにあること明らかであるから、控訴人が右農地の侵奪に及ぶであろうことは必定であつて、妨害の危険はいよいよ増大しつゝある。よつて被控訴人は控訴人に対し占有保全の訴により妨害の予防を求めるため本訴請求に及んだ」と述べ、控訴人の主張事実に対し被控訴人が伊勢三郎と以前から同居していることは認めると述べた。

被控訴代理人は答弁として被控訴人の主張する事実のうち、本件農地が被控訴人の祖父伊勢三郎の所有に属すること、被控訴人主張のように控訴人が右伊勢三郎から右農地を借り受けて耕作したこと及び被控訴人主張の仮処分がその主張のような経過で発せられ、その後取消されたことはいずれも認める。控訴人が昭和二一年一〇月中本件農地を任意に福田伊勢三郎に返還したとの点、被控訴人が右農地につきその主張のような事情により伊勢三郎から占有を取得したとの点及び控訴人が被控訴人主張のように前記農民組合の幹部等に土地引渡の交渉を依頼したとの点は否認する。同人等が被控訴人方においてその主張のような暴言を吐いたとの点は知らない。(一)本件農地は被控訴人の祖父である伊勢三郎の所有し占有するところであつて、被控訴人は同訴外人と生計及び住居を一にする親族として、同訴外人の占有補助者たる地位を有するにすぎない。農地法第二条第五、六項の趣旨からみてもそのように解すべきであり、被控訴人が鍬頭となつたからといつてその関係にかわりはない。(二)仮に被控訴人主張のように被控訴人が本件農地の占有を取得したとしても、控訴人は本件農地を廻る訴訟の結果をまち、法の定める手続に従つて右農地の耕作権を確保しようとしているのであつて、少くとも現在においては右農地を侵奪したり、被控訴人方の耕作を実力を以て妨害しようとする気持は更になく、被控訴人主張の妨害のおそれは全く存しないと述べた。<立証省略>

三、理  由

茨城県結城市(昭和二九年三月一五日の編入合併前に結城郡江川村)大字大木字金井戸一七七一番の二田一反三畝二歩(以下本件農地と称する)について、被控訴人がその占有者として占有訴権を行使し得べき地位にあるか否かについて先ず考えてみる。

本件農地が被控訴人の祖父伊勢三郎の所有であり、控訴人が昭和一六年以来伊勢三郎より賃借小作していたところ、昭和二一年一〇月以後伊勢三郎が耕作するようになつたこと、被控訴人が伊勢三郎と以前から同居していることは当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第一ないし第五号証・第七、八号証・第一三号証・乙第一号証、当審証人岡田隆一の証言を合せ考えると、本件農地の耕作名義人は昭和二二年度は伊勢三郎であつたが、昭和二三年度以降は被控訴人となつていて、(昭和二三年同二四年度の各収穫期に控訴人のため無断で稲を刈り取られて収穫を妨げられたことがあるが)専ら事実上被控訴人が主宰して耕耘、播種、植付、施肥、収穫等一切の耕作の仕事をやつてきたし、供出も被控訴人の名でしてきたこと、被控訴人が昭和二四年度に本件農地に作付し生育せしめた水稲を、同年一〇月控訴人が無断で刈り取つたことに関する紛争についても、被控訴人は自ら原告として右の者等に対し損害賠償の請求訴訟(水戸地方裁判所下妻支部昭和二四年(ワ)第八九号、東京高等裁判所昭和二六年(ネ)第八六号事件)を提起し、(請求額の全部ではないが)認容されていることが認められ、このことと伊勢三郎が被控訴人のいうように老齢病弱であること自体については口頭弁論の全趣旨によつても控訴人において敢えて争うものともみられないことを総合すると、被控訴人は本件農地について、いわば一家の農業経営の主宰者として、(つまり一々伊勢三郎の指図を受けずに、自己の責任において)本件農地の耕作をしてきたものとみるべきであり、被控訴人は本件農地の占有者として占有訴権を行使し得べき地位にあるものと認めるのが相当である。

控訴人は農地法の規定を引用し、被控訴人は本件農地につき伊勢三郎の占有を補助する者たるに過ぎずして、自ら占有を有するものでないと主張している。なるほど農地法や自作農創設特別措置法は、ある世帯の世帯員が所有している土地を同じ世帯の他の者が耕作の業務に供している場合には、これを自作地として扱い、(但し所有者が耕作の業務を営んでいるものと擬制することはせずに、逆に耕作の業務を行つている者の所有地とみなすことにしている)又同一世帯に属する二人以上の者の所有する農地は保有面積の関係ではこれを合算する建前をとつているのであつて、一般社会通念上も前記のような場合に自作地として、世帯単位に考えられてきているのである。であるから、そこには占有の関係その他について純粋に個人法的に割り切つて考えられず、いわば団体法的に考えなければならない余地が多分にあるのであつて、例えば本件において伊勢三郎が所有者として有する占有と、被控訴人の有する占有とは、赤の他人その他別個の世帯の者の間の小作関係にみられる直接占有間接占有と全く同じものだとはいえないであろうし、被控訴人が自己の名において供出代金を受領し、或は前述の損害賠償金を受領しても、同人の個人財産とは考えないであろう。そのような金で伊勢三郎にかゝつてくる固定資産税を支払つても、それは当然自明のことゝし、敢えて代払したとは思われないであろう。つまりこのように農業経営に供されている農地は端的にいつて、当該世帯換言すれば当該所有者と住居及び生計を一にする親族の団体(事実上耕作の業務に無関係な幼者の如きは別としても)の耕作し占有するところであり、いわゆる耕作名義人として事実上耕作の業務につき主宰者たる地位にある者が、その団体のなす占有につきその代表者たる立場にあり、(それは世帯主たる所有者であることが多いのであろうが、そうでない場合にはその者が)所有者とは別個に、右のような立場において(所有者が所有者としていわば個人法的に占有を主張するのと別に、いわば団体法的に)外部に対し、自己の名において占有訴権の如きを行使し得るのであると考えるのが、実質的な考え方でなかろうかとも思われる。が、いずれにしても前記のような事実関係の下において、被控訴人がその名において本件農地につき占有訴権を行使し得べき地位にないとする控訴人の主張はこれを採用するわけにいかないのである。

そこで、本件農地につき控訴人が被控訴人の占有を妨害するおそれがあるかどうかについて検討する。

前記甲第七号証・第一三号証・乙第一号証・成立に争のない甲第六号証同第一二号証・乙第二ないし第四号証・証人岡田隆一証言その他弁論の全趣旨を綜合すると、

一、本件農地については、昭和二三年一月江川村農地委員会が買収計画を樹立したのであるが、これに関し所有者たる伊勢三郎の方では、本件農地は昭和一六年被控訴人寿夫の応召や伊勢三郎の養子(被控訴人の父)顕治の江川村収入役就任などで手不足となつたゝめ、やむを得ず昭和二〇年までを期間として控訴人に賃貸したところ、後に期間を一ケ年延長し、昭和二一年一〇月円満に返地を受けたものだといゝ、控訴人の方では、右賃貸借は初から期間の定めのないものであり、昭和二一年一〇月伊勢三郎の方が不法に強引に本件農地を取り上げたのであるといゝ、伊勢三郎側即ち被控訴人側と控訴人側の争が激化し、昭和二三年春には、本件農地に、日農茨城県本部の名で地主の立入を禁止するとの立札が立てられ、双方とも互に相手方が植えた苗を抜きとり、自分の方の苗を植えつけようとして争い、結局被控訴人側で最後に植えつけてしまつたが、収穫期になつて、控訴人側がこれを刈り取り半分は被控訴人側で持つて帰つたこと、昭和二四年度は被控訴人側で植付をしたところ、秋の収穫期には、控訴人側で全部刈り取つて持ち帰つたこと、(これに対し被控訴人が控訴人その他の者を相手取つて損害賠償訴訟を提起し、認容されていることは前述のとおりである。)

一、伊勢三郎は、前記買収計画に基いてなされた知事の買収処分に対し行政訴訟で争つた結果、手続面における法令違背により、買収処分は判決により取り消されたが、これと別に、伊勢三郎から昭和二三年に、控訴人を相手取り、耕作権存在確認の訴を水戸地方裁判所下妻支部に提起し、(同庁昭和二三年(ワ)第四二号事件)これを本案として、立入耕作妨害禁止の仮処分を同支部に申請した(同庁昭和二三年(ヨ)第二四号事件)。右仮処分事件については下妻支部において、昭和二五年一月三〇日伊勢三郎の申請を認容し、控訴人が本件農地に立ち入り、伊勢三郎側の耕作を妨害することを禁止する旨の仮処分命令が判決でなされ、控訴人はその判決に対し東京高等裁判所に控訴したが(同庁昭和二五年(ネ)第一四五号事件)昭和二五年八月八日控訴棄却の判決が言い渡され、その判決は確定した。(この判決は伊勢三郎が本件農地につき占有権を有するとし、控訴人がその占有を妨害するおそれがあることの疏明ありとし、仮処分を是認したものである)。これに反し本案訴訟たる前記耕作権存在確認の訴については、下妻支部において昭和二五年一月三〇日伊勢三郎の請求を棄却する旨の判決がなされ、伊勢三郎から東京高等裁判所に控訴したが、(同庁昭和二五年(ネ)第二六六号事件)昭和二七年三月二四日控訴棄却の判決がなされ、(この判決は伊勢三郎と控訴人間に賃貸借契約が存続していることを認定し、伊勢三郎の所有権に基く耕作権は認められないとしたものである)、これに対し伊勢三郎から上告し、現在上告審に係属中であること、

一、他方控訴人は昭和二五年中伊勢三郎を相手取つて、賃借権に基き本件農地の引渡を求める訴を前記下妻支部に提起したところ、(同庁昭和二五年(ワ)第一五号土地取戻請求事件)、敗訴の判決を受けたので、東京高等裁判所に控訴した結果(同庁昭和二七年(ネ)第一〇一五号事件)昭和二八年二月二〇日原判決を取り消し、被控訴人(伊勢三郎)は本件農地を控訴人に引き渡すべき旨の仮執行宣言つき判決がなされ、これ亦上告中であること。

一、伊勢三郎が提起した前記耕作権存在確認の訴が前記のように第一、二審とも伊勢三郎の敗訴に帰したので、控訴人は昭和二七年に、事情変更を理由とし、前記下妻支部に前記仮処分取消の申立をなし(同庁昭和二七年(モ)第三六号事件)、昭和二七年一〇月二一日仮処分取消の判決(仮執行宣言つき)がなされ、伊勢三郎から東京高等裁判所に控訴したが(同庁昭和二七年(ネ)第一九四三号事件)、昭和二八年二月一六日控訴棄却の判決があつたこと。

が認められる。

被控訴人は右のように昭和二三年・二四年に控訴人の方で実力行使の挙に出たことがあり、最近にも控訴人の方から本件農地の引渡を強要してきているので、前記仮処分が取り消されている今日、再び実力を以て本件農地に対する被控訴人の占有を妨害するおそれがあるというのである。そして、当審証人福田てふの証言によると、渡辺某外二名が昭和二九年三月中被控訴人方へ、東京での裁判が決まつたから、本件農地を控訴人に返してやれと交渉に行つたことが認められる。しかしながら、それが控訴人の意を受けてなされたものであることについては、これを認むべき何らの確証もなく、却つて控訴本人尋問の結果によると、控訴人において渡辺等にそのような交渉方を依頼した事実のないことが認められる。そしてその当時には先に伊勢三郎の提起した耕作権確認の訴につき第一、二審とも伊勢三郎敗訴の判決がなされていたし、東京高等裁判所において伊勢三郎に対し本件農地を控訴人に引き渡すべきことを命ずる仮執行宣言つき判決がなされており、又下妻支部において前記立入防害禁止の仮処分を取り消す判決がなされ、控訴審でも認容されていたことは前記認定のとおりであるから、渡辺等の前記交渉も、裁判の結果がこうなつているのだから、控訴人に本件農地を渡してやれとの趣旨のものとみられるのであつて、又福田証人の証言によつても、被控訴人の方で右農地を渡さなければ実力に訴えても取り戻すというようなことをほのめかしたわけでもないのである。従つて右のような交渉の事実からして、控訴人が実力行使に訴えて本件農地をとりもどそうと企図しているのだとみるのは、到底是認し得ないところといわねばならぬし、控訴人が曾つて昭和二三年、二四年に実力行使の挙に出たことがあるからといつて、現在もそのおそれがあるとは推断できず、他にこのような事実を認めるに足る証拠はない。却つて控訴本人尋問の結果と前記認定の本件農地をめぐる紛争のいきさつを合せ考えると、控訴人の方では昭和二五年以来ひたすら訴訟によつて本件農地の耕作権をめぐる紛争を解決しようと努めてきたものであり、既に約四年間にわたり全く実力行使の跡を絶つていることが認められるのであるから、現在において控訴人が被控訴人の占有を妨害するおそれがあるという被控訴人の主張事実は到底これを肯認することができないのである。

それ故、右占有妨害のおそれの存することを前提とし、占有保全請求権ありとする被控訴人の本訴請求は理由のないものとしてこれを棄却すべきであり、これと趣を異に右請求を認容した原判決は失当としてこれを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三八六条・第九六条・第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 石崎政男)

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