水戸地方裁判所 昭和29年(ワ)129号 判決 1958年12月15日
原告 今井亦次郎
被告 鯉淵次夫
主文
被告は原告に対し金八萬円及びこれに対する昭和二十九年五月十一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金三萬円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 被告は昭和二十七年四月金融並びに投資を目的とする訴外常磐殖産相互株式会社の設立を図り訴外岡磐同岡ヤスヱ同深見栄一外三名と共にその発起人となり同年四月三十日設立登記を了したが、被告は右岡磐岡ヤスヱ深見栄一らがいずれも右会社設立の意思がないのに同人らの印章を借用して形式上同会社の原始定款を作成し、更に同会社の株式の引受その株金の払込、創立総会の招集その開催、取締役の選任取締役会の招集その開催、株主総会の招集その開催等がいずれもなされた事実がないのに拘らずこれら同会社設立並びに存立に関する書類中被告名義の部分を除くその他の部分全部を偽造し同会社の設立並びに存立を偽装している。従つて右会社は法律的にも社会的にも実体なき仮装虚偽のものであるから設立無効の判決をまつまでもなく同会社は不存在である。
(二) 然るに被告は右会社設立以来代表取締役と称して同会社の事務一切を主宰して会社の運営を独断専行して来たものである。そして原告は右会社不存在の事実を知らずに別表第一記載のとおり昭和二十八年四月六日から同年五月七日までの間に同会社に対し合計金八万円を同表「優待金」欄記載の優待金をつけて同表「返還年月日」欄記載の各期日に返還する約旨で預金したのであるが、前述のとおり右会社は不存在であつて、同会社は被告が自己営業のために用いた商号に過ぎない。仮にそうでないとしても代表取締役(法定代理人)と称する被告に対する本人に当る会社が不存在であつて、代表権(代理権)の証明なきことに帰するから民法第百十七条の趣旨に則り被告は前記会社名義の下になされた預金受入れ並びに之が返還につき直接その責に任ずべきである。従つて被告は原告に対し金八万円を返還すべき義務がある。
(三) 仮に右会社が不存在でなく、従つて原告の右請求が理由がないとしても、被告は右会社の代表取締役として同会社の業務を執行するに当り前記預金の受入れが同会社の定款記載の目的である金融並びに投資に関する業務の範囲に属しないこと及び預金の受入れは主務大臣の許可なきときは銀行法第二条、貸金業等の取締に関する法律第七条違反の行為であることを知つていたに拘らずことさら悪意で少くとも預金の受入れができないことを金融関係従業者として当然知り得べき事情にあつたに拘らず重大なる過失に基因して漫然原告より前記の如く預金の受入れをなしたのであるから、被告は商法第二百六十六条の三の規定により第三者たる原告に蒙らしめた損害を賠償すべき義務がある。而して前記訴外会社はその後経営不振に陥り事実上破産し返還不能の状態となつたため原告は前記預金相当額の損害を蒙つた。
(四) よつて被告に対し金八万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和二十九年五月十一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告の答弁
(一) 被告が昭和二十七年四月金融並びに投資を目的とする訴外常磐殖産相互株式会社の設立を図り訴外岡磐同岡ヤスヱ同深見栄一らと共に発起人となり同年四月三十日設立登記を了したことそして右会社設立以来被告がその代表取締役となつて一切の事務を処理し会社の運営をなして来たことは認めるがその余の原告主張の事実は全部不知又は否認する。
(二) 被告及び訴外深見栄一その他別表第二の「発起人氏名」欄記載の者が右訴外会社設立の意思があつてこそ発起人となりその目的を金融並びに投資に関する業務及びこれに附帯する総べての業務と定め、昭和二十七年四月二十日定款(乙第一号証)に署名し、その頃公証人武川佳海の認証を得、各発起人において別表第二「株式引受人の持株数」欄記載の各株式を引受け更に訴外浜野喜平同浜野正同宮本宣一から同欄記載の各株式の応募を得、いずれもその払込をなして株主となり同年四月二十八日創立総会を開催し別表第二の「取締役氏名」欄記載の者が取締役に、訴外浜野正が監査役にそれぞれ選任され、その取締役会において被告が代表取締役となつて同年四月三十日設立の登記を了したものである。そしてその後訴外赤城ヒサ同岡磐同遠藤安次らがそれぞれ取締役に就任したが、取締役会並びに株主総会はいずれも適宜招集開催されその議を経て漸次定款変更により増資を行い、その払込あつてそれぞれその登記をなした。しかも右会社は大蔵省に事業計画書を提出しその業務につき監督を受けて来たのであるから会社の実体を備へ法律上は勿論社会的にも一人格者として取扱を受けて来たのである。従つて右訴外会社が不存在であることを前提とする原告の請求はすべて理由がない。
(三) 次に原告は商法第二百六十六条の三の規定に基き被告に対し損害の賠償を請求するが本件には同条の適用はない。
まず原告は訴外会社が原告から預金の受入れをし、それが法令、定款に違反すると主張するが、右預金受入れの事実はない。仮に訴外会社が原告からその主張の如き金員を受取つたとしても(後記の如く訴外会社の債権者代表と称する三木政男らが昭和二十九年三月自らの手で同会社を管理すると称して会社の帳簿や証書類の殆んどを持ち去つて了つたので、被告としては果して訴外会社が原告からその主張の金員を受取つたかどうか不明である。)、それは会社の目的の範囲内である金員の借入れをしたに過ぎない。そもそも訴外会社が設立せられたのは昭和二十七年初頃被告が訴外深見栄一、浜野正、岡磐らと共に当時隆盛であつた日本興業短資株式会社に倣つて設立したものであるが、右日本興業短資がいわゆる株主相互金融を標傍し日掛、月掛で会社の株式を売渡し、一定の期間後にその株式の他人への譲渡を斡旋すること、株主に対しては会社より融資をすることをその営業としていたが、右融資の資金を得る必要から金員の借入れをしていたことは周知の事実である。訴外会社定款に金融並びに投資に関する業務及びこれに附帯する総べての業務とある事項中に右のような資金調達のため必要な借入金をなすことを含むことは右設立の沿革からも明らかである。本件において問題となつている原告と訴外会社間の金員の授受も、仮にそのような事実があつたとしても、それは正に右の借入金に外ならないからこれが会社の目的の範囲外であり、従つて会社定款に違反するとの原告の主張は誤つている。又訴外会社と同様の営業を目的とするいわゆる株主相互金融組織による殖産会社が朝鮮動乱発生当時から全国的に無数に設立せられたことは公知の事実であつて、しかもそれらの会社(本件訴外会社も含む)はいずれも監督官庁たる大蔵省やその出先機関たる財務局財務部の監督を受け、毎月一切の帳簿証憑書類をはじめ本件の如き借入れや自己株式の売買の斡旋に関する宣伝パンフレツトの類に至るまで検査を受けていたに拘らず監督官庁より何等の注意も受けていなかつたのである(このことは当時の行政解釈においてかかる行為を合法と認めていたからに外ならない)から、仮に原告からの金員の受入れが借入金でなく銀行法等にいう預金であつたとしても、被告において右の行為が銀行法等に違反するという認識はなく、かつその認識のないことにつき過失もない。のみならず訴外会社破綻の原因は次に述べる如く外的のものであつて、被告の「取締役の職務遂行上の故意又は重大過失ある行為」に基因するものではないから、仮に原告主張の通り返還不能による損害が生じたとしても、その損害と被告の行為との間には因果関係がない。すなわち本件訴外会社は会社設立後順調なる経過をたどつていたが、昭和二十八年八月頃から同年十月にかけて公知の如く保全経済会が無軌道なる経営のため倒産したことにはじまり殖産会社一般に対する信用が根底より覆つたいわゆる保全旋風事件の結果、会社に対する世間の信用が失われ新規加入を申込む者も激減し返還を求める者のみ増加すると共に会社の倒産を予想して債務者が会社への返済を渋つたため極度に資金難に陥つたのが本件訴外会社倒産の直接の原因である。会社の運営自体の誤りによるものではない。右のようなわけで同年秋頃訴外会社の赤字は千五、六百萬円に達した。そして被告は法律的には必要ないが道義的責任を果すために同年九月二十八日頃右会社のため債務支払の資金を調達する目的で被告が社員である訴外鯉淵合名会社所有山林中社員間で被告の持分と定めていた山林五十八筆台帳面積二十八町歩余実測面積五十七町歩余の地上に生立する松杉等立木(この価格は少くも三千萬円以上であつた)を売渡担保として金千三百萬円を調達することを債権者代表と称する三木政男に依頼して同人に売渡証を交付した。ところが三木政男は右立木売渡証を悪用して第三者に山林立木を擅に転売してその代金を他に流用したため右資金調達は不能となり従つて右会社の債権者に対する支払は不能となつた。更に翌昭和二十九年三月には右三木や深見をはじめとする他の取締役や従業員等が被告の命に服せず自らの手で会社を管理すると称して会社の帳簿や証書類の殆んどを持ち去つたり勝手な取立流用を行つて遂に会社を混乱状態に陥れて了つたものである。斯様な次第で昭和二十八年秋頃の会社の赤字は千五、六百萬円で被告が右赤字解消のため会社に提供した不動産は三千萬円の価格を有するから、右の如き三木政男その他の者の不正行為さえなければ原告に対し会社が返還不能となつた筈がないのである。従つて原告に仮に損害があつたとしてもその原因は被告の何等の行為とも因果関係がない。
三、右答弁に対する原告の陳述
原告の主張に反する被告の主張事実は全部不知又は否認する。
第三、証拠方法
一、原告訴訟代理人は甲第一号証・第二号証の一ないし七・第三号証の一ないし三・第四号証の一ないし八・第五号証の一ないし九・第六号証の一ないし十一・第七号証の一ないし四・第八号証の一ないし九・第九ないし第十二号証の各一ないし十・第十三号証の一ないし十四・第十四号証の一ないし九・第十五号証の一ないし三・第十六号証の一ないし九・第十七ないし第二十号証・第二十一、第二十二号証の各一ないし六を提出し、証人成島隆之助同三木政男の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、同第八、第九号証の各二・同第十九、第二十号証の各一、二・同第二十二号証の各成立を認めその余の乙号各証の成立(乙第二十一号証については原本の存在も)はいずれも不知(但し乙第七号証の二、三・第八、第九号証の各一のうちいずれも郵便官署作成部分の成立は認める)と答え、なお甲第二ないし第十六号証中被告及び訴外鯉淵堯作成の株式申込書を除きいずれも偽造文書であると述べた。
二、被告訴訟代理人は乙第一ないし第五号証第六号証の一、二第七号証の一ないし三・第八、第九号証の各一、二・第十、第十一号証の各一ないし三・第十二、第十三号証・第十四ないし第十七号証の各一、二・第十八号証の一ないし三第十九、第二十号証の各一、二・第二十一号証(写)・第二十二号証を提出し、被告本人尋問の結果を援用し、甲第十七ないし第二十号証のうちいずれも番号、債権者名、契約年月日、満期日欄の年月日、優待金支払欄の金額、営業所名の各記載部分を除く印刷の部分と被告の記名捺印部分の成立のみ認め、右除外部分の成立はいずれも不知、爾余の甲号各証の成立は認める。なお甲第二ないし第十六号証中被告及び訴外鯉淵堯作成の株式申込書を除きいずれも偽造文書であるとの原告の主張は否認すると述べた。
理由
被告が昭和二十七年四月金融並びに投資を目的とする訴外常磐殖産相互株式会社の設立を図り訴外岡磐同岡ヤスヱ同深見栄一らと共にその発起人となり同年四月三十日設立登記を了したことは当事者間に争がなく、証人成島隆之助の証言とこれによつていずれもその成立を認め得る甲第十七ないし第二十号証(同号各証のうちいずれも番号、債権者名、契約年月日、満期日欄の年月日、優待金支払欄の金額、営業所名の各記載部分を除く印刷の部分と被告の記名捺印部分の成立については当事者間に争がない。)並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、原告はその主張のとおり昭和二十八年四月六日から同年五月七日までの間に右訴外会社に対し合計金八萬円を別表第一「返還年月日」欄記載の各期日に同表「優待金」欄記載の優待金を付して返還する約定で交付(この金員の交付が預金であるか借入金であるかは暫く措く)した事実を認めることができる。
ところで、まず原告は被告は前記訴外岡磬同岡ヤスヱ同深見栄一らがいずれも右訴外会社設立の意思がないのに同人らの印章を借用し形式上同会社の原始定款を作成し更に株式の引受その株金の払込創立総会の招集その開催、取締役の選任、取締役会並びに株主総会の招集その開催等がいずれもなされた事実がないのに拘らず同会社設立並びに存立する書類中被告名義の部分を除くその他の部分全部を偽造し同会社の設立並びに存立を偽装している。従つて右訴外会社は法律的にも社会的にも実体なき仮装虚偽のものであるから、設立無効の判決をまつまでもなく同会社は不存在であつて、同会社は被告が自己の営業のために用いた商号に過ぎない旨主張するが、原告の右主張はこの判決と同日言渡さるべき当裁判所昭和二十九年(ワ)第一七七号事件判決において説示したと同じ理由により採用しない。すなわち成立に争のない甲第一号証同第二十一号証の二、四、五・同第二十二号証の二ないし六の各供述記載・同乙第一号証・同第八、第九号証の各二・同乙第十九号証の二の供述記載(但し一部)及びこれによつていずれもその成立を認め得る乙第七号証の一ないし三・第八、第九号証の各一・第十号証の一ないし三・第十四号証の一、二(乙第七号証の二、三・第八、第九号証の各一のうちいずれも郵便官署作成部分の成立については当事者間に争がない。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告は昭和二十六年夏頃からいわゆる株主相互金融を行う訴外関東興産株式会社の社長をしていたが同年暮同社を退社したので、新に自ら同種会社を設立せんことを図り相互金庫の経営に通じていた訴外浜野喜平らと話合つて資本金十萬円の訴外会社設立の準備を進め、訴外岡磐同深見栄一その他別表第二の「発起人氏名」欄記載の六名の承諾を得て被告及び右六名が発起人となり、その事業目的を「金融並びに投資に関する業務及び前項に附帯する総べての業務」と定め、昭和二十七年四月二十日乙第一号証の定款を作成し、その頃水戸地方法務局所属公証人武川佳海の認証を受け、各発起人において別表第二「株式引受人の持株数」欄記載の各株式を引受け、更に訴外浜野喜平同浜野正同宮本宣一から同欄記載の各株式の応募を得、被告が立替えて右株金十萬円の払込を完了し、同月二十八日創立総会を招集開催して別表第二の「取締役氏名」欄及び監査役氏名欄記載の者が取締役及び監査役にそれぞれ選任され同月三十日設立の登記を了したものであること、そして同年五月一日大蔵省の出先機関である関東財務局水戸財務部に貸金業等の取締に関する法律第三条所定の貸金業の届出をなし同月十五日受理され、爾来いわゆる株主相互金融組織による貸金業を開始すると共に土浦市その他に営業所若しくは出張所を設け昭和二十八年三月末現在その数二十箇所に及び同年七月二十一日登記の資本金七百四十萬円に達したこと、そしてその間甲第二号証の一ないし第十六号証の九中の取締役会及び株主総会議事録並びに株式申込証等に記載してあるように必ずしもその記載の通り全部が実際には行われたものではなかつたが、とにかく開催されたことは少なかつたとしても取締役会や株主総会が招集開催され、新株式の発行、増資その他の事項が決議されその旨の登記がなされたことを認めることができる(前記乙第十九号証の二及び甲第二十一号証の三の各供述記載中以上認定に牴触する部分は信用しない。又以上認定に反し訴外岡磐同岡ヤスヱ同深見栄一らがいずれも右訴外会社設立の意思がないのに同人らの印章を借用して形式上同会社の原始定款を作成し、更に同会社の株式の引受、その株金の払込、創立総会の招集その開催、取締役の選任等会社設立に必要な諸手続を経た事実がないのにこれら会社の設立に関する書類中被告名義の部分を除くその他の部分全部を偽造したとの原告主張事実についてはこれを認めるに足る証拠がない。)のであつて、以上認定の事実によると訴外会社設立後における取締役会や株主総会の決議等について無効の問題が生ずかどうかは別として、同会社の設立に当り、被告外六名の発起人が存在し、定款の作成、公証人の認証、発起人による株式の引受及び縁故募集による株式の申込がいずれもなされたこと、そして右株金の払込がたとえ被告の立替によるにせよ実質的に払込がなされ、創立総会の招集開催、取締役及び監査役の各選任等株式会社設立の手続が実際に履践され、しかも設立登記を完了しているのであるからこのような場合に会社が不存在であるとはいえないからである。それ故原告が右訴外会社の不存在を主張しこれを前提として被告に対し金員の返還を求める原告の請求は他の点につき判断するまでもなく失当といわなければならない。
よつて次に原告の商法第二百六十六条の三の規定に基く損害賠償請求の当否について判断する。
前記訴外会社設立以来被告がその代表取締役となつて一切の事務を処理し会社の運営をなして来たものであることは被告の認めるところである。そして右訴外会社が貸金業等の取締に関する法律第三条所定の貸金業の届出をなしていわゆる株主相互金融組織による貸金業を営んでいたものであること、原告が昭和二十八年四月六日から同年五月七日までの間に右訴外会社に対し合計金八萬円を別表第一「返還年月日」欄記載の各期日に同表「優待金」欄記載の優待金を付して返還する約定で交付したことはいずれも前に認定したとおりである。
そこでまず右金員交付の性質について考えて見るに、前記乙第十九号証の二の供述記載(一部)に弁論の全趣旨を総合すると、被告のいう株主相互金融というのは日掛、月掛で会社の株式を売渡し一定の期間後にその株式の他人への譲渡の斡旋をすること、株主に対しては会社より融資をするという仕組のものであることがほぼ認められる。然し訴外会社が実際に行つていた業務の内容は一般不特定多数人との間に一定の給付金額を定め一定の期間の途中まで日掛、月掛で一定の金額を払込ませたときにその掛金者に対し融資を受ける資格を取得させ約定の金額を一定の利息を付して貸付け、その後その貸付金及び利息を日賦又は月賦で返済させる、貸付を受けないで一定の期間払込んだ者には満期に優待金名義で一定の利率による利息を付して返還する。または掛金者の希望により株式を譲渡する。或はまた右の外に一時預りと称し借入金名義で一般から預金を募集しこれに応じた不特定多数の加入者から、六ケ月とか一ケ年というように一定の期間後に優待金名義で一定の利息を付して返還する約束で一時に金銭の受入れ(この場合には甲第十七ないし第二十号証の如き証券を発行する。)をしていたこと、そしてこれら受入金は相当の高利をつけてこれを右加入者その他の株主と称する者に貸付けて利潤を挙げると共に貸付を受けない加入者に対してはその希望により株式を譲渡するか或は満期に約定どおり利息をつけて返還支払い、もつて運転資金の調達を図つていたものであつて、原告からの前示金員の交付も右の一時預りの方法による預金の受入れをしたものであること前記甲第二十一号証の二、四、五・同第二十二号証の二ないし六の各供述記載、証人成島隆之助同三木政男の各証言・原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合してこれを窺い知ることができる。
被告は原告その他の者から一時に金銭の交付を受けたのは預金の受入れをしたのではなく、訴外会社の目的の範囲内である金融業務遂行のために必要な資金として借入金をしたに過ぎないと主張し、前記乙第十九号証の二の供述記載中に右主張に照応する部分があるけれども右供述記載部分は前記各証拠と対比して信用できないし、他に前示認定を覆し被告の右主張を認めるに足る証拠はない。
然らば以上認定の事実に徴して考えると、訴外会社はたとえ相互金融を利用し得る者の資格を株主に限定し株式の売買又はその斡旋をする。そしてこれに必要な資金として借入金をするとしても、それは形式だけで実際は日掛、月掛又は一時預りの方法で原告その他一般不特定多数人から金銭を預り、満期に利息を付して返還するという約束で金銭の受入れをしていたのであるから、右金銭の受入れは名義の如何に拘らず貸金業等の取締に関する法律第七条にいう預金、貯金、掛金と同様の経済的性質を有する預り金をしたものと解するのを相当とする。そして訴外会社の事業目的として定款に記載してある金融並びに投資に関する業務及びこれに附帯する総べての業務中に右のような預り金をすることを含んでいないことは勿論であるから、被告は訴外会社の代表取締役としてその業務を執行するにつき定款並びに法律に違反する行為をなしたものといわなければならない。
而して株式会社の取締役は法令及び定款の定を遵守し会社のため忠実にその執務を遂行すべき義務並びに会社に対し善良なる管理者の注意を以て会社の業務を執行すべき義務があるのであるから、貸金業を営む訴外会社の代表取締役たる被告は同会社の自己資金又は特定少数人から受入れた資金によつてのみその営業を行うべきであり、名義の如何を問わず不特定多数の者から掛金、借受金その他の名義で預金類似の資金を受入れ、これをその営業に利用してはならないのであつて、被告はこの種金融会社の代表取締役とし会社の業務一切を処理し会社の運営をしている者として右のことは当然諒知しているべきであり、仮に知らなかつたとすれば、それは取締役として著しく注意を欠いた結果というべく、前示違反行為については少くとも被告に重過失の責任を認むべきである。そうすれば被告は訴外会社の取締役としてその職務を行うにつき少くとも重大な過失によつて前示違反行為をしたのであり、しかもその結果結局は訴外会社が破綻し返還不能となつて原告その他の預金者に損害を蒙らしめるに至ることは当然予見し得べかりしものというべきであるから、被告は商法第二百六十六条の三の規定に従い前示違反行為の結果会社以外の第三者である原告に蒙らしめた損害を賠償すべき義務がある。そして前記証人三木政男の証言・乙第十九号証の二の供述記載(一部)並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、訴外会社は昭和二十八年七、八月頃から営業不振に陥り同年暮頃には事実上破産状態となり、原告はその預金八萬円の返還支払を受けることができず同額の損害を蒙つたことを認めることができる。
被告は監督官庁たる大蔵省に訴外会社の事業計画書を提出し、その業務につき監督を受けていたに拘らず何等の注意も受けていなかつたのであるから定款違反は勿論違法の認識がなく、かつその認識のないことについて過失もない旨主張するが、訴外会社がその業務につき監督官庁たる大蔵省やその出先機関である水戸財務部の監督を受けていたのに何等の注意も受けなかつたということは被告が訴外会社の代表取締役として前示の如き違反行為をしながら形式上帳簿その他の証憑書類を適法なるものの如く装つていたからに外ならないのであつて、右注意を受けなかつたということは被告の前示違反行為につき重過失を認定する妨げとなるものではない。
又被告は訴外会社破綻の原因は外的のものであつて、被告の「取締役の職務遂行上の故意又は重過失ある行為」に基因するものではないから、仮に原告に返還不能による損害が生じたとしてもその損害と被告の行為との間に因果関係がない旨主張する。而して前記証人三木政男の証言・乙第十九号証の二の供述記載(一部)並びに被告本人尋問の結果とこれによつて原本の存在及びその成立を認め得る乙第二十一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、訴外会社が前示の如く昭和二十八年七、八月頃から営業不振に陥り同年暮頃には事実上破産状態となつた直接の原因は、被告の主張するように保全経済会その他の同種金融会社が破綻した影響を受けて殖産会社一般に対する不信と新規加入者の減少並びに返還請求者の増加等により極度の資金難に陥つたためであること、そして被告は右資金調達のため同年九月下旬頃自己が代表社員である訴外鯉淵合名会社所有の価額約千数百萬円相当の山林立木を提供したけれども結局その効なく遂に破綻倒産する至つたものであることを窺い知ることができるが、原告の蒙つた前示損害は被告の前示違法行為が根本の原因であるからその間に因果関係のあること勿論であるし、元来株主相互金融組織による営業方式は自己資金に乏しい業者によつて営まれるものであるから、株主その他の者からの出金をかり集めることによつて遮二無二進まなければ倒れる危険のあるいわゆる自転車経営を続けざるを得ない状態にあるのであつて、遅かれ早かれいずれは破綻する運命にあること業者として当然予見し得るところである。従つて訴外会社破綻の直接原因が前示のように保全経済会その他の同種金融会社の破綻にあつたとしても、それはただ訴外会社の破綻時期を早やめたに過ぎないから、被告の前示違法行為とこれによつて原告の蒙つた損害との間に因果関係がないということはできない。
然らば被告は原告に対し前示金八萬円の損害を賠償すべき義務があるから、被告に対し右金額とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年五月十一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 広瀬友信)
別表第一、別表第二<省略>