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水戸地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決 1955年12月28日

原告 海老沢友雄

被告 茨城県知事

主文

被告が別紙目録記載の土地及び建物につき昭和二十四年七月二日を買収期日としてなした買収処分並びに同日を売渡期日としてなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告は「主文同旨」の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)(1)  茨城県東茨城郡茨城町(もと鹿島郡沼前村)網掛字上宿一〇八番の一宅地百十五坪及び同宅地上所在木造草葺平家居宅一棟建坪十坪五合は、もと原告先代海老沢武次の所有に属していたが、昭和二十五年七月二十日同人が死亡したのに伴い他の相続人がすべて相続を抛棄したので、原告において同人の権利義務一切を承継し、右土地及び建物の所有権も取得した。

(2)  訴外沼前村農地委員会(現在は茨城町農業委員会以下村農委と略称する)は、訴外牧野寛二の宅地買収申請により、昭和二十三年九月十五日前記宅地百十五坪につき、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十五条の規定に基き買収期日を同年十月二日とする買収計画を樹立した。これに対し原告先代はその当時村農委に異議を申し立てたが、同年十月十四日附で右異議に対する決定がなされた。その決定の内容は百十五坪のうち三十五坪について異議を容認し、八十坪については買収計画を維持して異議を却下する趣旨のものであつた。原告先代は右異議決定に対し同月二十一日更に茨城県農地委員会に訴願をしたところ、同委員会は昭和二十四年八月十二日右訴願を棄却する旨の裁決をし、同裁決書謄本はその当時原告先代に送達された。

(3)  村農委は昭和二十三年十月二十一日網掛字上宿一〇八番の二、宅地五十二坪八合九勺につき買収計画樹立の議決をなし同年十一月四日村農委は原告先代に対し買収すべき土地は前記八十坪ではなく、一〇八番の二宅地五十二坪八合九勺である旨を通知した。

(4)  さらに村農委は同年十一月二十四日、網掛字上宿一〇八番の三、畑一畝十六歩につき自創法第三条第一項第二号により同時にその当時なされた訴外牧野寛二の建物買収申請に基き同一〇八番の三所在木造草葺平家建坪十坪五合につき同法第十五条により、いずれも買収計画を樹立し、縦覧期間を同月二十四日より十日間と定めて公告した。そこで原告先代は同年十二月三日村農委に対し異議を申し立てたが、同月八日村農委は畑一畝十六歩については異議を認容し、建物については異議を却下する決定をなしたので、原告先代は右決定書送達後十日内である同年十二月十五日茨城県農地委員会に訴願した。

(5)  ところが村農委は昭和二十四年六月十日、網掛字上宿一〇八番の二、宅地五十二坪八合九勺及び同一〇八番の三所在木造草葺平家居宅建坪十坪五合につき、買収期日を同年七月二日と定めて買収計画を樹立し、同時に右買収物件につき売渡の相手方を牧野寛二、売渡期日を同年七月二日と定めて売渡計画を樹立し、その後所定の手続を経て被告知事は右計画に基き買収令書並びに売渡通知書を発行し、買収令書はその当時名宛人原告先代に交付しようとしたところ拒絶されたので、昭和二十五年二月十八日県報告示第七七号を以て令書の交付に代る公告の手続により買収処分をなし、またその当時牧野寛二に売渡通知書を交付して売渡処分を了した。

(二)  しかしながら右買収並びに売渡処分は次の各点において重大且つ明白な瑕疵を帯びた無効な行政処分である。即ち、

(1) 本件買収処分のなされた宅地は買収令書上網掛字上宿一〇八番の二と表示されているが、そのような地番は原告先代の全く関知しない村農委内部限りの分筆の結果生じたものにすぎず、勿論そのような土地は現実に存在しない。本来右五十二坪八合九勺は同一〇八番の一、宅地百十五坪という一筆の土地の一部であるが、右百十五坪のうちどの部分の五十二坪八合九勺を買収する趣旨か買収令書上全く特定されていないので、結局内容不明確な買収処分といわざるを得ないものであり、その違法なることは明らかである。

(2) 本件買収の対象たる建物についても、網掛字上宿一〇八番の三所在と表示されているが、これが村農委内部限りの分筆の結果生じたものであることは前記(1)の場合と同様であり、そのような土地は現実に存在しないのであり、従つて買収建物の所在は不明確で、買収令書上その特定に欠けるところがあるので、その行政処分の違法なことは前記(1)と同様である。

(3) 仮りに本件買収の建物が、網掛字上宿一〇八番の一所在の原告先代所有の建物を対象としその令書上特定に欠けるものでないと解し得られるとしても、右建物は原告先代が昭和十四年十月十四日牧野主女行に対し使用貸した事実はあるが、賃貸したことはない。従つて自創法第十五条を根拠として右建物を買収することはできないのは当然であり、これを買収処分するのは違法たるを免れない。

しかも買収計画当時原告先代は村農委に対し家賃を受領していない事実を申し立てゝあり、訴外牧野主女行との間に賃貸借関係のない事実は極めて明瞭であつたのにかゝわらず、これを全く無視してなした違法な買収処分は当然に無効なものといわざるを得ない。

(4) 右のとおり本件建物には賃貸借関係はなく、また本件宅地については原告先代は特にこれを貸借した事実はないが、仮りに右建物及び宅地ともに貸借関係ありとするも、それは訴外牧野主女行との間であり、原告先代は専ら主女行の母親が右家屋に寝泊りするのに使用するため主女行に貸したものであり、しかも同人は息子の寛二とは世帯を別にし、全然農業を営んでいないのである。寛二は農業を営んでいるけれども本件土地建物は同人には何らの関係もないのである。然るに前記買収計画は右のような事実関係を無視して、寛二の申請に基いて樹立されたものであつて、その違法たることは明らかであり、同計画に基く本件買収処分も違法である。

(5) 本件土地及び建物については、前記(一)記載のとおり昭和二十三年九月十五日網掛字上宿一〇八番の一宅地百十五坪、同年十月二十一日同一〇八番の二、宅地五十二坪八合九勺、同年十一月二十四日同一〇八番の三所在居宅建坪十坪五合としてそれぞれ買収計画が既に樹立されたが、右いずれの計画に対する取消決定も有効になされていないのであるから、昭和二十四年六月十日の買収計画は、同一の土地及び建物について重複して樹立された計画であり違法たるを免れないから、同計画に基いてなされた本件買収処分も同様に違法である。

(6) また建物買収については、前記のとおり昭和二十三年十二月十五日原告先代が県農地委員会に訴願したが、その裁決がなされないうちに買収処分がなされたものであるから、その点においても本件建物買収処分は違法といわざるを得ない。

(7) 前記のとおり村農委は昭和二十四年六月十日委員会を招集して買収計画を議決したのであるが、訴外牧野寛二は買収申請者で自己に関する事件のため議事に参与することを得ないのに拘らず、農地委員として右議事に参与したものでこれは明らかに違法である。

右の各点よりして本件買収処分は無効であり、前提をなす右買収処分が無効である以上、本件売渡処分もまた当然無効のものというべきである。よつて本件買収並びに売渡処分の無効確認を求める。

二、被告の答弁

(一)  原告主張の(一)の事実は原告先代の死亡及び原告の相続関係並びに(4)の訴願提起の点は不知であるが、その余の事実は認める。

(二)  本件買収並びに売渡処分が無効であるとの点は否認する。

(1) 原告主張の(1)については、一〇八番の二と令書上表示されていること、その主張のとおり買収宅地が百十五坪の一部であること、その点につき買収部分の対象たる地域が買収令書上特定されていなかつた事実は認める。

しかし昭和二十四年六月十日の買収計画前に村農委は原告先代及び牧野寛二立会の下に境界を確定し宅地五十二坪八合九勺を一〇八番の二として買収することにつき諒解を得ていたものであるからこの点に関しては何等違法はない。

(2) 原告主張の(2)については、前記(1)と同時に同様な手続により、本件建物は一〇八番の三所在とすることに当事者の諒解を得たものであるから、その所在は明確であり買収物件の特定に欠けるところはない。

(3) 原告主張の(3)については、その主張のとおり使用貸借であつたことは認める。しかし村農委はこれを賃貸借であると誤認したものであつて明白な瑕疵ではないから、その買収処分は無効とはならない。

(4) 原告主張の(4)については、本件土地及び建物の貸借の当事者が、原告先代と牧野主女行であることは争わないが、主女行と寛二とは同一世帯員の間柄であるから、このような場合に寛二の申請により買収計画を樹立したことは違法ではない。

(5) 原告主張の(5)については、その主張の各買収計画はいずれも一旦取消した上で、後の買収計画を樹立したものであるから重複した買収計画ではない。

(6) 原告主張の(6)については、その主張の訴願の裁決がなされていないことは不知、仮りにそうであるとしてもそれによつて本件買収処分が当然無効になるものではない。

(7) 原告主張の(7)については、牧野寛二が村農委の委員であつたことは認めるが、原告主張の委員会には出席しなかつたものである。仮りに出席していたとしても右議決をなす際には議場より退場していたものである。

第三立証<省略>

理由

原告先代海老沢武次が昭和二十五年七月二十日死亡し、他の相続人がすべて相続を抛棄したので、原告において先代武次の権利義務の一切を承継したことは成立に争のない甲第十二号証及び原告本人尋問の結果によつて認められ、その余の原告主張の請求原因事実中(一)((4)の訴願提起の点を除く)については当事者間に争がない。

そこで原告において被告のなした買収並びに売渡処分が違法であると主張する点について判断する。

(二)の(1)について、本件買収の宅地は買収令書上は網掛字上宿一〇八番の二と表示されているが、公簿上同一〇八番の一宅地百十五坪なる一筆の土地のうち五十二坪八合九勺を買収するものであること、その点については本件買収令書上買収部分が特定してなかつたことは被告の認めるところである。ところで買収処分は買収令書の交付によつてなすべきもので、その記載するところに従つて所有権変動の効果を生ずるものであるから、一筆の土地の一部を買収の対象とする場合に買収令書において買収の対象地域を明確にしないときは、かゝる令書による買収処分は内容不明確な行政処分であつて無効であるといわなければならない。

被告は、昭和二十四年六月十日の買収計画前に村農委は、原告先代及び牧野寛二立会の下に境界を確定し、宅地五十二坪八合九勺を一〇八番の二として買収することにつき諒解を得ていたものであるからこの点に関し何等違法はないと主張するが、証人小曾納善吉の証言及び原告本人尋問の結果によれば、買収計画当時買収の対象となる牧野方で使用していた宅地の範囲につき貸借の当事者間に争があつたので、村農委は現地測量をすることとなつたが、原告先代及び訴外牧野寛二の立会がないのに拘らず、農地委員が自己の推測に基いて右宅地の範囲を決めてその測量をなしたもので、右測量の結果の五十二坪八合九勺を同村農委内部限りの分筆として「一〇八番の二」となしたものに過ぎない事実が認定できるのである。そこで右「一〇八番の二」と買収令書に記載したからといつて、前記百十五坪のうち如何なる部分を買収の対象としているか買収令書によつては全然推知することはできないものであるから、右被告の主張は採用に価しないものであり前記本件宅地買収処分が無効であるとの判断に何等の影響を及ぼすものではない。

つぎに(二)の(3)について考えてみるに、自創法第十五条により建物を附帯買収するには賃貸借のなされている建物でなければならぬところ、本件建物については原告先代と訴外牧野主女行との間に使用貸借関係が存したのみであることは当事者間に争がない。成立に争のない甲第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告先代は昭和九年中貸借期間を昭和十四年までとして本件建物を訴外牧野主女行に同人の母さわが寝泊りに使用するために貸したのであるが、貸借期間満了に当りさわが病気をしているため、更に昭和十四年十月中期間を昭和十九年十月までとし、その期間内でもさわが主女行の居住する家屋に同居することになれば返還することにし、なお屋根の雨漏り等の修繕だけは牧野がなすことを特約し家賃はとらない旨を定め、甲第九号証(借受証)を作成して貸したもので、現に一度も原告先代は家賃を受領した事実のないことがみとめられる。さらに証人小曾納善吉と原告本人尋問の結果によれば、最初宅地について買収計画が樹立されたときなした異議申立の段階(昭和二十三年十月)において、原告先代は村農委に対し、借受証(甲第九号証)を示して、それに記載してあるように本件建物については家賃は全然とらないことになつており、使用貸借関係にすぎない旨を説明したことが認められる。前記建物買収計画の樹立までに、右原告先代の主張の真実性を疑うに足りるような反対資料が存したことを認むべき何らの証拠もない。

ところで使用収益の対価としての賃料は、賃貸借の要素であつて賃料支払の約定のない限り賃貸借関係を認め得ないことは当然であるから、前記認定事実よりして家屋の使用収益に対する対価としての賃料支払の約定もなくこれを受領していた事実もないことの明白であつた本件建物の貸借を、賃貸借であると認定してなした買収計画は重大且つ明白な瑕疵ある処分として無効といわざるを得ないのであり、右計画に基いてなされた本件買収処分もまた当然無効の処分といわねばならない。

してみれば、本件宅地及び建物の買収処分はいずれも爾余の点につき判断するまでもなく当然無効である。従つて政府が本件宅地及び建物について所有権を取得するいわれはなく、かゝる宅地及び建物についての本件売渡処分もまた当然無効である。よつて本件買収並びに売渡処分の無効確認を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 藤原康志)

(目録省略)

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