大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和34年(行)6号 判決 1964年2月27日

原告 大津三蔵

被告 茨城県知事

主文

一、被告が原告に対し別紙目録記載の各土地につき買収期日を昭和二三年一二月二日と定めてなした買収処分は無効であることを確認する。

二、本件訴のうち、売渡処分が無効であることの確認を求める部分を却下する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

主文第一、第三項と同旨及び「被告が訴外大森清に対し別紙目録記載の各土地につき売渡期日を昭和二四年三月二日と定めてなした売渡処分は無効であることを確認する」旨の判決を求める。

第二、被告の申立

「原告の請求を棄却する。」との判決を求める。

第三、請求原因

一、別紙目録記載の各土地(以下単に本件土地という。)は、原告の先代亡大津福松の所有で、同人が訴外大森清に賃貸し耕作させていたが、亡大津福松は、昭和一九年中に死亡し、原告が家督相続人として、本件土地の所有権を取得し、その賃貸人としての地位をも承継した。

二、被告は、本件土地につき茨城県久慈郡機初村(現在は合併により常陸太田市の一部となつている。)農地委員会が自作農創設特別措置法(以下単に自創法という。)第六条の五に基き買収計画を樹立したとし、これについて茨城県農地委員会の承認を経て、買収期日を昭和二三年一二月二日と定めて買収処分(以下単に本件買収処分という。)をなした。さらに、同法第一六条に基き、本件土地を大森清に対し売渡期日を昭和二四年三月二日と定めて売渡処分をなし、昭和三〇年七月二一日付で同人のため所有権移転の登記が経由された。

三、しかし、本件買収処分は、次のような重大かつ明白なかしがあるので無効である。

(一)、機初村農地委員会は、実際には本件土地について買収計画を樹立していない。

(二)、機初村農地委員会が本件土地につき買収計画を樹立したとしても、同委員会は、自創法第六条第五項の公告、縦覧の手続をしていない。

(三)、被告は、本件土地に対する買収令書を原告に交付していない。

(四)、原告は、昭和二〇年一一月二三日当時は久慈郡河内村(現在は合併により常陸太田市の一部となつている。)西河内上小学校に教員として勤務し、昭和二一年三月三一日同郡世矢小学校へ転勤した。西河内上小学校勤務当時はもとよりのこと、本件買収処分のなされた時期においても、引き続き久慈郡機初村幡四九七番地(現在は常陸太田市幡町四九七番地)に住所を有し、そこから勤務先へ通勤していた。従つて、昭和二〇年一一月二三日当時と本件土地の買収計画樹立の時期とで原告の住所に変更はないから、自創法第六条の五の遡及買収の要件を具備していない。

(五)、原告は、本件土地の買収計画につき、その縦覧期間内である昭和二三年一〇月一日機初村農地委員会に対し適法に異議申立をなした。ところが、これに対し何らの決定もないまま、被告は本件買収処分をなした。

(六)、被告は、原告に対し本件土地の買収対価を支払つていない。

四、前記のとおり、本件土地の買収処分は無効である。従つて、これを前提としてなされた被告の大森清に対する本件土地の売渡処分もまた無効である。

よつて、本件土地の買収処分および売渡処分の無効確認を求める。

第四、請求原因に対する答弁

一、請求原因一および二の事実はいずれも認める。

二、同三の(一)ないし(六)の主張はいずれも争う。

三、本件買収処分のなされた経過は、次のとおりである。

(一)(1)、原告は、昭和二〇年一一月二三日当時久慈郡河内村(現在は常陸太田市)西河内上小学校に教員として勤務し、同村西河内中町七八六番地田所徳之介方に住所を有し、昭和二一年三月三一日久慈郡世矢小学校に転勤して、同郡機初村幡四九七番地(現在は常陸太田市幡町四九七番地)の自宅に住所を移転するまで、右田所方から西河内上小学校へ通勤していた。すなわち、昭和二〇年一一月二三日当時と本件土地の買収計画樹立の時期である昭和二三年八月三日とでは、原告の住所に変更があつた。

(2)、そこで、機初村農地委員会は昭和二三年八月三日開催の委員会で、自創法第六条の五により、昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基いて原告を不在地主として、買収期日を昭和二三年一二月二日と定めて本件土地の買収計画を樹立した。

(二)、機初村農地委員会は、昭和二三年九月二七日、本件土地につき買収計画を樹立した旨および縦覧期間を同月二九日から一〇日間とする旨を公告し、右買収計画に関する書類を縦覧に供した。

(三)、被告は、右買収計画につき茨城県農地委員会の承認を経て、本件買収処分をなし、その買収令書を昭和二四年二月二五日機初村農地委員会を通じて原告に交付した。

(四)、前記(一)の(1)記載のように、昭和二〇年一一月二三日当時と買収計画を定めた時期とで原告の住所に変更があり、昭和二〇年一一月二三日当時の事実によると、原告は不在地主であつたから、自創法第六条の五の遡及買収の要件を具備している。

(五)、本件土地の買収計画については、原告から適法な異議申立はなかつた。

(六)、本件土地の買収対価は、昭和二五年九月二八日日本勧業銀行水戸支店を通じて原告に対し支払済である。

四、従つて、被告のなした本件買収処分には何らの違法もない。また、大森清に対する本件土地の売渡処分も有効である。

第五、証拠関係<省略>

理由

第一、買収処分の無効確認についての判断。

一、請求原因一および二の事実はいずれも当事者間に争がない。

二、買収計画の樹立について

(一)、成立に争のない甲第七号証、乙第一、第三号証、証人柿崎勇夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証の一、二および証人稲田彪、同柿崎勇夫の各証言を総合すると、

茨城県久慈郡機初村(現在では常陸太田市)農地委員会が、昭和二三年八月三日開催の第三〇回農地委員会において、第八期買収計画(ただし、県農地委員会の承認の段階で手続がおくれたため、以後は第九期買収として扱われるようになつた。)の一環として、自作農創設特別措置法(以下単に自創法という。)第六条の五に基き、別紙目録記載の各土地(以下単に本件土地という。)につき遡及買収の買収計画を樹立した

事実を認めることができる。

(二)、なお、右第三〇回農地委員会の会議録である乙第一号証(甲第七号証も同一内容)の記載は、非常に不備である。その中でもとくに、「(第八期)買収につきましては後で良く検討していただきまして決定致すことにいたしまして、次の……」旨の議長の発言の記載(乙第一号証写三枚目の裏六行目以下)などは、疑問を生じさせる余地があるが、これも、その全体の趣旨および前記各証人の証言と総合して考えれば、その趣旨は、第八期買収については次回以降の委員会に持ちこして検討するというのではなく、当日他の議案の朗読、説明の後で検討してもらうという意味と解すべきものである。結局、右第八期買収計画は、右会議録末尾に記載のとおり、買収と決定されたものということができる。

(三)、前記認定に反する証人稲田彪、同大畠昌明、同柿崎浅吉の各証言および右証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一、二の記載は信用し難い。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)、従つて、買収計画の樹立がなかつたから、本件買収処分が無効である旨の、原告の主張は理由がない。

三、買収計画の公告および書類の縦覧について

(一)、成立に争のない乙第三号証および証人柿崎勇夫の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、

機初村農地委員会は、昭和二三年九月二七日公告第四六号をもつて、原告外三〇名所有の農地につき第八期買収計画を定めた旨および希望者は昭和二三年九月二九日から一〇月八日まで農地委員会で書類の縦覧をするよう公告し、右期間中買収計画に関する書類を縦覧に供した事実を認めることができる。

(二)、もつとも、原告の本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、縦覧期間は九月一八日から一〇月八日までとなつている。また、乙第五号証の二によれば、公告期日は昭和二三年九月二〇日となつている。これらは本件買収処分に関する事務取扱のずさんであることを示すものではあるが、いずれも誤記と認められ、右公告の効力に影響をおよぼす程のものではないと解すべきである。他に前記(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)、従つて、適法な公告、縦覧の手続を経なかつたから本件買収処分は無効である旨の、原告の主張は理由がない。

四、買収令書の交付について

(一)、証人柿崎幸枝、同柿崎勇夫の各証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二および証人柿崎幸枝、同柿崎勇夫の各証言を総合すると、

被告は、本件土地の買収令書を昭和二四年二月二五日機初村農地委員会を通じて原告に交付した

事実を認めることができる。証人大津よ志の証言および原告の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)、従つて、買収令書の交付がないから本件買収処分が無効である旨の、原告の主張は理由がない。

五、遡及買収の要件について

(一)、昭和二〇年一一月二三日当時の原告の住所

成立に争のない甲第一三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九、第一〇号証ならびに証人田所源一、同根本幸蔵、同大津よ志の各証言および原告の本人尋問の結果を総合すると、昭和二〇年一一月二三日当時、

(1)、原告は、機初村幡四九七番地(現在は常陸太田市幡町四九七番地)に居宅および農地を所有し、同居宅に原告の家族(妻と子供五人)が居住し、農業に従事していた。

(2)、原告は、昭和一七年に機初農業協同組合の組合員となり、昭和二〇年以降引き続き原告の名義で米の供出をしていた外、前記居宅の所属する区および部落内の諸交際、義理の遂行などをしていた。

(3)、原告は、教員として久慈郡河内村(現在は常陸太田市)西河内上小学校に勤務していたが、自宅から学校まで約二里二八町もあり、時間にして一時間ないし一時間半を要し、帰りの遅い時、風雨の時は通勤困難であつた。一方同小学校は、校長を除けば原告はただ一人の男子教員であつたため、校長の出張や差支えの時は、原告が、宿直室の設備がないのに、宿直をしなければならなかつた。その宿直回数は多いときには週二二、三度におよんだ。

(4)、原告は、これらの理由から、学校の近くの同村西河内中町七九二番地所在の田所源太郎所有家屋の一間を間借りして、そこに単身で自炊して住み、通勤していた。

(5)、原告は、右田所方には炊事道具、寝具、身の廻り品を置く程度で、土曜、日曜には必らず自宅へ帰る外、必要に応じて帰宅し、食料品も自宅から運んでいた。

(6)、原告の妻が右の田所方へ来たのは、原告の病気の際一回だけである。

(7)、原告は、西河内上小学校に一年間勤務した後、昭和二一年三月三一日に久慈郡世矢小学校へ転勤してからは、現在に至るまで家族とともに前記自宅に居住するようになつた。

以上の事実を認めることができる。なお、右証人根本幸蔵、同大津よ志の各証言および原告の本人尋問の結果中、原告が自宅から西河内上小学校へ通勤していた旨の部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、右のような事実関係のもとでは、原告の住所(生活の本拠)は、前記田所方における間借り居住の事実にもかかわらず、昭和二〇年一一月二三日当時から本件土地の買収計画の樹立された昭和二三年八月三日に至るまで一貫して、原告の家族らの居住していた機初村幡(現在では常陸太田市幡町)四九七番地にあつたものと解するのが相当である。

(二)、遡及買収をなすに至つたまでのいきさつ

成立に争のない乙第六、第七号証、証人大畠昌明の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証および証人大畠昌明、同稲田彪、同黒沢八郎の各証言を総合すると、

(1)、本件土地の小作人大森清は、昭和二〇年一一月二三日当時を基準とすると、原告は不在地主であると主張し、他方、原告も、これに反論を加え、さらに、同人に対し本件土地の返還を求めて、昭和二三年初めころ機初村農地委員会へ本件土地の賃貸借解除の承認を求めたりした。

(2)、機初村農地委員会は、原告の住所について色色と調査したが、昭和二〇年一一月二三日当時の原告の住所が前記田所方にあつたことについて決め手となるべきものがなく、心証を得ないでいた。

(3)、そのうち仲介する者があり、原告が本件土地を大森清に代金三万円で売り渡す旨の合意が成立した。しかし、そのころ、農地の売買は自由でなかつたため、便宜上、認定買収の形式をとることになつた。

(4)、大森清は、本件土地につき認定買収の措置がとられるや約定の金三万円の支払を拒んだため、この問題が再燃した。

以上の事実を認めることができる。原告の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)(1)、前記(一)記載のとおり、原告の住所は、昭和二〇年一一月二三日当時と本件土地の買収計画の樹立された昭和二三年八月三日とにおいて変更はなく、他に遡及買収をなすべき原因も認められないから、被告の本件土地に対してなした遡及買収は、その要件を欠き違法であるといわなければならない。

(2)、しかも、前記(二)記載のところから明らかなとおり、機初村農地委員会は、本件土地につき遡及買収の要件が備つていると考えて買収計画を樹立したのではなく、その要件が備つているかどうかが不明のまま買収計画を樹立したものと認めることができる。現に、原告本人尋問の結果によつても明らかなとおり、原告は、従来八反三畝の保有地が認められていたのに、本件土地(計一反九畝一〇歩)だけが遡及買収になり、残余はいぜん保有を許されている事実は、この間の事情を物語るものとして受け取られても仕方がないであろう。

(3)、このような事情のもとにおいては、右買収計画は、重大かつ明白な違法があるというべきであるから、無効といわざるを得ない。従つて、これにもとづいてなされた本件土地の買収処分もまた無効と解すべきである。

六、本件土地の買収処分は、右のとおり、他の点について判断するまでもなく無効である。従つて、右買収処分の無効確認を求める本訴請求は、理由がある。

第二、売渡処分の無効確認についての判断。

一、本件土地につき、原告主張のとおり売渡処分がなされたことは、前記のように当事者間に争がない。そこで、まず、原告がこの売渡処分の無効確認を訴求する訴の利益について判断を加える。

(1)、原告は、本件土地の被買収者という地位に基いて、本件土地の買収処分の無効を主張して、その無効確認を求めると同時に、本件土地の売渡処分も無効であるとして、その無効確認を求めていることは、主張自体から明らかである。

(2)、被買収者は、買収処分によつて、その土地所有権を失うわけである。売渡処分によつて所有権を失うわけでないことはもちろんである。すなわち、売渡処分は、被買収者の地位に何の影響をも与えない筋合のものである。被買収者は、売渡処分の無効確認を求める利益はない。

売渡処分に存するかしによつて売渡処分が無効になるという場合であるならば、当該農地の所有権は国に帰属するという結果になるだけのことである。売渡処分の無効は、当該農地の買収処分に何の影響をも与えるものではない。

(3)、売渡処分の無効は、被買収者の当該農地に関する法律上の地位に何の影響をも及ぼさない。但し、売渡処分が無効と確認される結果として、農地法八〇条により、被買収者に当該農地が売り払われるべき場合は別である。そうではなく、ただ単に被買収者の地位に基いて、売渡処分の無効確認の訴を提起するのは、訴の利益がないというべきである。

(4)、買収処分が無効であれば、国は、当該農地について所有権を取得していないのに売渡処分をしたことになり、売渡処分も、論理必然的に当然無効となる。売渡処分の無効は、買収処分が無効であることの論理的帰結に過ぎない。

被買収者は、買収処分無効確認の訴を提起すれば、その目的を達するに必要にしてかつ十分であり、それ以外に売渡処分の無効確認の訴を提起する利益はないこと、前記のとおりである。

関係行政庁は、買収処分無効確認の(確定)判決がなされれば、買収処分を無効として取扱うのはもとよりのこと、買収処分の無効の論理的帰結として売渡処分をも無効として取扱わざるを得ない筋合であるに過ぎない。

二、以上の理由により、売渡処分無効確認の訴は、不適法であるから、却下を免れない。

第三、結論。

以上の理由により、買収処分の無効確認を求める本訴請求を正当として認容し、売渡処分の無効確認を求める本件訴を不適法として却下する。訴訟費用について、民事訴訟法第九二条本文、但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横地正義 古沢博 村岡登美子)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例