水戸地方裁判所 昭和36年(行)8号 判決 1962年2月01日
原告 山中藤太郎
被告 水戸地方法務局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告訴訟代理人は
「被告は原告に対し茨城県猿島郡五霞村元栗橋字池成三二六番の一、宅地三五三坪につき水戸地方法務局境出張所登記官吏が昭和三五年七月六日受付第一五八七号を以つてした土地所有権移転登記に対する異議申立を被告が昭和三六年三月一六日水戸地方法務局登異第一号でなした棄却する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求めた。
二、被告指定代理人らは主文同旨の判決を求めた。
第二、原告の請求原因
一、訴外金子武雄は、訴外吉野辰雄を代理人として、水戸地方法務局境出張所に対し、茨城県猿島郡五霞村元栗橋字池成三二六番の一、宅地三五三坪(以下本件土地という)につき登記申請書一通と、添付書類として申請書副本、判決正本(控訴人訴外金子武雄、被控訴人原告間の水戸地方裁判所昭和三四年(レ)第一四号、土地所有権移転登記請求控訴事件)更正決定正本、確定証明書、委任状、住民票抄本各一通を提出して、判決による登記として単独で土地所有権移転登記を申請した。同所登記官吏は、同所昭和三五年七月六日受付第一五八七号をもつてこれを受理し、訴外金子武雄のために所有権移転登記をなした。
原告は右の登記官吏の処分を不当として、同年九月一四日付で、被告に対し、不動産登記法(以下法という)、第一五二条に基き異議の申立をなした。その要旨は、訴外金子武雄が右登記申請にあたり、確定判決を添付しつつ、登記原因を証する書面が始めより存在せず、又はこれを提出すること能わずとして申請書副本を提出してなしたが、右申請は、添付された確定判決の主文の趣旨と牴触するので却下すべきであるのに、登記官吏は、これを受理して登記を完了したのは不当であるというにある。
しかるに被告は昭和三六年三月一六日「訴外金子武雄の右申請が不当であり、登記官吏はこれを却下すべきであつたことを認めながらも、その違法は法第四九条第一号第二号にあたらず、登記が完了した以上は、かかる異議申立の方法をもつてしては争いえないものとして、原告の申立を棄却する」との決定をなし、同日、これは原告に到達した。
二、しかしながら登記官吏が本件登記申請を受理して登記をしたことは法第四九条第一号および第二号にあたる違法がある。
(一)、前記水戸地方法務局境出張所登記官吏は訴外金子の本件登記申請を単独申請として受理したのであるが、単独で登記申請のできる場合は法第二七条に規定されている。単独申請のできる判決に因る登記申請の場合は、法第三五条により、同条第一項第二号の「登記原因を証する書面」としては判決正本を提出すべきであり、同条第二項によれば登記原因を証する書面が執行力ある判決であるときは第三号(登記義務者の権利に関する登記済証)および第四号(登記原因につき第三者の許可、同意又は承諾を要するときはこれを証する書面)の書面の提出は不必要とされているのである。ところで前記判決の主文によれば、被控訴人(本件原告)は控訴人(本件訴外金子武雄)に対し茨城県猿島郡五霞村元栗橋字池成三二六番の一畑一反一畝二三歩につき知事の許可を条件として所有権移転請求権保全の仮登記の本登記の手続をなすべきことを命じているのであるが、右畑地は右判決の確定前である昭和三五年三月二一日(判決の確定日は三月二四日)原告の申請により宅地三五三坪と地目が変更されたのである。そして本件登記申請にあたつては、知事の許可書の添付はなく、また右判決は執行力ある判決ではないので判決に因る登記申請としては法第三五条所定の書類を完備していないのであるから不適法とこれを却下さるべきであつたのである。ところが、登記官吏は判決を登記原因を証する書面として提出させることなく、登記原因を証する書面は提出することができないとして法第四〇条により申請書の副本、判決正本、確定証明書、住民票等を附属書類として添付した本件登記申請を受理して登記を完了したことは、判決正本の主文に表示された条件は畑地が宅地と変更された以上不必要であると判断したものであつて、このことは登記官吏に与えられた形式的審査権の範囲を逸脱するものであるばかりでなく、登記官吏が判決に因る登記申請の場合に法第三五条第一項第二号の登記原因を証する書面として判決正本を提出さすことなく、法第四〇条の申請書の副本を提出させて登記をする取扱いは不動産登記法の根本理念に反するものであり、右の違法は法第四九条第一号および第二号に該当する。
(二)、そればかりでなく、本件登記申請書に添付された判決主文に表示された不動産は畑一反一畝二三歩であり、本件登記申請書ならびに登記簿に記載された不動産の表示は宅地三五三坪であるから、右判決主文の形式的審査によつて本件登記の申請人たる訴外金子が本件土地につき登記権利者であるとすることのできないことは一見明瞭であり、したがつてその形式的審査において既に登記権利者からの登記の申請があつたとすることのできないことは明らかであるから、形式上登記申請自体を欠くものとして本件登記は無効である。
三、以上のように、本件登記は法第四九条第一号および第二号に該当する違法事由が存するにかかわらず、原告の異議申立を棄却した決定は違法であるから、その取消を求めるため本訴に及んだと陳述した。
第三、右に対する被告の答弁及び主張
一、被告の答弁
(一)、請求原因第一項は認める。
(二)、同上第二項中、本件登記申請を登記官吏が単独申請として受理したこと、添付された判決の主文が原告主張のような内容であつたこと、本件土地の地目が原告主張の経過で変更されたこと、右判決は執行力ある判決ではないので、法第三五条所定の書類を完備していないことになり、従つてこれは不適法としてこれを却下すべきであつたことは認めるが、かかる登記手続の瑕疵が法第四九条第一号第二号にあたるとの主張は争う。
二、被告の主張
(一)、本件登記申請は、添付された判決をもつて法第三五条二項及び第二七条の適用があるものと解して受理されたものであるが、当該判決は農地につき、県知事の許可を得ることを条件としているので、このような場合には、民事訴訟法第七三六条後段を準用して、執行文の付記されたものをもつて「執行力アル判決」となすべきであつた。ところで本件土地の登記簿上の地目が、変更されたのは昭和三五年五月六日で、本件判決の確定後であるから、民事訴訟法第五一八条二項により条件が成就したものとして、執行文が得られた筈であり、又本件判決に基いて登記をなすに際し、申請書の副本が添付されたのは、判決の物件の表示と、申請書の物件の表示(又は登記簿の表示)が厳密には一致しない場合であつても、当該物件の同一性が判決および登記簿から確認しうる場合に登記済証の交付を受ける便宜のために提出される従来から一般に行われている取扱によるのである。もつともかかる取扱は厳密にいえば妥当でなく本件においても「登記原因を証する書面」としては、執行文の付与をうけた判決を提出すべきであつたのであり、このとき単独申請が許されるのであり、かかる判決の添付を欠くときは、法第四九条第八号によつて却下すべきであつたことは認めるが、かかる瑕疵は同条第一号或いは第二号にあたらない。
(二)、登記官吏の不当な処分に対し、異議の申立をなしうることは法第一五二条の明示するところであるが、異議の申立によつて、登記の抹消を求めうるのは、当該登記が法第四九条第一号、又は第二号に該当する場合に限られる。同条第三号以下の事由があつて、申請又は嘱託を却下すべきである場合は、これを看過してその登記を完了した場合にはもはや異議の申立によつては、登記の抹消を求めえない。法第四九条第二号の「事件が登記すべきものに非ざるとき」というのは、登記の申請自体が、本来登記を許さない事項の登記、即ち、入会権又は留置権の登記、同一不動産に対する同一内容の登記のように登記申請が、その趣旨自体において、既に法律上許すべからざること明らかな場合を指すものである。かかる登記は、当然かつ絶対的に無効であり、それは当該登記から明らかであるから、その抹消がなされても登記名義人には何ら不利益を与えるものでなく、却つて抹消することが好ましいものであるからである。
三、そうすれば、結局原告の異議申立を棄却した決定は相当であるから、原告の主張は理由がない。
第四、証拠<省略>
理由
一、訴外金子武雄が、訴外吉野辰雄を代理人として、水戸地方法務局境出張所に対し茨城県猿島郡五霞村元栗橋字池成三二六番の一、宅地三五三坪(以下本件土地という)につき、登記申請書一通と添付書類として申請書副本、判決正本(控訴人訴外金子武雄、被控訴人原告間の水戸地方裁判所昭和三四年(レ)第一四号土地所有権移転登記請求控訴事件)更正決定正本、確定証明書、委任状、および住民票抄本各一通を提出して、判決による登記として単独で土地所有権移転登記を申請し、同所登記官吏は同所昭和三五年七月六日受付第一五八七号をもつてこれを受理し、訴外金子武雄のために所有権移転登記をなしたこと、原告は右の登記官吏の処分を不当として同年九月一四日付で被告に対し、法第一五二条に基き原告主張のような理由で異議の申立をしたこと、および被告は昭和三六年三月一六日右異議の申立を原告主張の理由で棄却する旨の決定をなし、同日これは原告に送達したことはいずれも当事者間に争いがない。
二、よつて登記官吏が訴外金子武雄の本件登記申請を受理して登記したことが法第四九条第一号および第二号に該当する違背があるかどうかにつき順次判断する。
(1)、およそ登記申請につき登記権利者および登記義務者双方からの共同申請を原則としたのは、登記の真正を保持せしめるために外ならないから、共同申請によらなくともその真正を保持できると認められる場合、すなわち判決による登記申請の場合には登記権利者のみの単独申請が認められているのである(法第二七条)。そして本件の場合訴外金子武雄は判決に因る登記申請をなし、登記官吏も単独申請として取扱つたものであることは当事者間に争いがない。ところで判決でも(イ)例えば詐害行為を取消し不動産の返還およびその登記義務の履行を命ずる判決のように、判決によつて始めて権利変動が生ずる場合にあつてはその登記原因は当該判決であるが、(ロ)例えば売買を原因として不動産の移転登記義務の履行を命ずる判決の場合は、判決は単にその原因による権利変動を確認しその義務を履行しない者に登記手続をなすべきことを命ずるに過ぎないのであるから、この場合の登記原因は判決ではなく判決において認められている権利変動の原因たる法律行為(売買)そのものと解すべきである。そして判決に因る登記の場合にも、その申請書には「登記原因およびその日附」を記載し(法第三六条第四号)、これに「登記原因を証する書面」を添付すべきことは法第三五条第一項第二号により明らかである。登記申請の場合「登記原因を証する書面」を提出させる理由は、第一には登記官吏をして申請された登記についてその原因が形式上(書面上)適法に成立しているかどうかを一応審査させ登記原因の存しない不真正な登記又は登記原因証書からうかがわれる内容と異る誤謬ある登記申請を防止しようとするためであり、第二には法第六〇条第一項の規定による登記済証を作成するためであるから登記原因証書となり得るためには右の二つの目的に即した適格を有していることを必要とするのである。ところで判決による登記の場合の登記原因を証する書面は何であるかについては、前記(イ)の判決のように判決自体が登記原因であるときは判決正本以外に登記原因証書は存在しないのであるから判決正本が登記原因証書であることは疑問の余地はないが、(ロ)の判決のように登記原因が判決により認められている権利変動の原因たる法律行為(売買)であるときは、売買証書が登記原因を証する書面であるとする見解とその場合にも判決において売買の権利変動の原因、すなわち登記原因の成立が確認されているのであるから判決正本が登記原因を証する書面であるとする見解とに分れている。そして証人富山純の証言によりうかがわれるように従来の登記官吏の実務の取扱としては、判決に因る登記の申請の場合には、判決正本を登記原因を証する書面としてではなく、登記権利者の単独申請が適法なこと、すなわち単独で申請できる適格を証する書面として提出させ、判決において認められている権利変動の原因を証する書面(例えば売買契約書)が別にあるときはこれを「登記原因を証する書面」として提出させるが、そうした書面がないときには法第四〇条の規定により申請書の副本を提出せしめ、法第六〇条の規定によりこれに登記済の手続をして申請人に還付し、判決正本は適法な単独申請であることの証明資料として登記所に保存しておく方法がなされているのである。
原告は判決に因る登記申請の場合には法第三五条に依り判決正本を登記原因を証する書面として提出すべきであつて、法第四〇条により申請書副本を提出させて登記することは不動産登記法の理念に反し違法であると主張する。思うに、不動産登記法において判決に因る登記を登記権利者が単独で申請できることを認めているのは登記原因が判決により真正に存在することを認めることができるからであつて、判決を信頼してこれに基いて登記するからである。それゆえ判決に因る登記申請の場合には常に判決正本を登記原因を証する書面として提出すべきであるとの原告の所論は正当であるけれども、従来の実務の取扱いのように登記原因を証する書面を提出することができないとして申請書の副本をもつてし判決正本は単独に申請できる適格を証する書面として提出させても、その判決正本の登記事項と申請書に記載されている事項が一致している場合には、登記の真正は保証されるわけであるから、従来の右実務の取扱いは妥当ではないにしても、常に違法であるとはいえないであろう。今本件につきこれを見るに成立に争いのない乙第一号証の一ないし七および前記証人富山純の証言を綜合すると、本件登記を取扱つた登記官吏富山純は判決に因る登記申請として従前の実務の取扱いに従つて処理しようとしたが、前記のように判決正本の主文には、畑一反一畝二三歩を知事の許可を条件として移転登記手続をなすべきことを命じてあるのに、申請書には登記原因として代物弁済と記載してあり、移転登記手続を求める不動産の表示は宅地三五三坪と記載してあり、知事の許可書は添付されていないので、そのまゝ受理して差支ないかどうかにつき疑念を抱いたが、上司の意見を徴した上、判決正本に表示された畑一反一畝二三歩は判決確定の直前において原告が宅地三五三坪と地目を変更したものであり、したがつて既に畑地が宅地に変更されている以上は、本件土地の所有権移転の登記については知事の許可はもはや必要はなくなつたものと考え、そのまゝ受理して登記手続をしたものであることが推認される。ところで土地台帳、登記簿を見れば右判決正本の主文に表示された畑一反一畝二三歩と申請書記載の宅地三五三坪とは全く同一物件であることが、直ちに判明するので、登記官吏がこれを同一物件であると認めたことは何ら登記官吏の形式的審査権の範囲を逸脱したとはいえないけれども、畑地が既に宅地に地目変更された以上は、知事の許可は必要ないと判断することは、形式的審査権の範囲を逸脱し実質的審査をしたもので不当といわねばならない。本件のように判決正本の主文では知事の許可を条件として畑地の登記手続を命じているのに、申請書の記載は宅地の登記手続を求めているような場合にはたとえ知事の許可は不必要となつたとしても、形式的審査権しか有しない登記官吏としては民事訴訟法第七三六条を準用し、執行文の付与を得た判決正本を提出したときに単独申請できる適格を証する書面として取扱うべきであると解するを相当とする。ところで本件においては執行文の付与を得ていないことは当事者間に争いのないところであるから、登記官吏としては本件登記の申請を却下すべきであり、これを受理したことは違法であるけれども一旦これを受理して登記を完了した以上は、その違法は法第四九条第一号および第二号に該当する事由とは認められないので原告の右主張は採用できない。
(2)、原告は、判決正本の主文に表示された物件と申請書記載の物件とが相異し、しかも判決正本の主文によれば、知事の許可を条件としているのであるから、本件登記申請は判決主文の形式的審査によつて訴外金子を登記権利者であるとすることのできないことは一見明瞭であり、したがつてその形式的審査において既に登記権利者からの登記の申請があつたとすることのできないことは明らかであるから、本件登記は形式上登記申請自体を欠くものとして無効であると主張する。申請によつてなさるべき登記につき全然(表見的にも)申請がないにもかかわらず、登記官吏がなした登記は、たとえ結果が実体的権利関係に合致していても無効であり、右の場合は法第四九条第二号に該当することは勿論であるけれども、本件においては訴外金子が本件土地につき登記申請を現実になしており、判決正本によれば、原告は知事の許可を条件として金子に畑地一反一畝二三歩を移転すべき義務があり、右畑地一反一畝二三歩と本件土地とは全く同一不動産であるから、金子が登記権利者であることは明らかであり、ただ本件登記申請については登記官吏は執行文の付与を得た判決正本を提出したときに始めて判決に因る登記の単独申請の適格を証する書面として受理すべきであつたのに、執行文の付与のない判決正本を単独申請の適格を証する書面として取扱い本件登記申請を受理したことは手続上瑕疵のあることは前段説示のとおりであるけれども、本件登記は形式上登記の申請を欠くもので無効であるとの原告の右主張は採用の限りでない。
三、そして登記官吏がなした登記が法第四九条第一号および第二号に該当する場合は、その登記は法律上当然かつ絶対的に無効であり、その無効なことが当該登記自体から明白であるから、法第一四九条によりその登記は職権をもつて抹消さるべきであるが、法第四九条第三号以下に該当する場合には、たとえ申請手続に瑕疵があつたとしても、登記官吏がこれを受理して登記を完了した以上は該登記は必ずしも無効とはいえない。けだしその登記が実体的権利関係に合致し、真実の権利者を登記簿上に表示する場合においては、その登記は無効ではなく、申請の瑕疵は治癒されるからである。そして登記官吏は登記申請を受けた場合、形式的審査権を有するに過ぎないので、たとえ申請手続に瑕疵があつても、それが一旦登記されたときは、その登記が実体的権利関係に合致するかどうかについては審査する権限を有していないのである。それゆえ、この場合にはもはや法第一五二条に規定する登記官吏の処分に対する異議申立をすることはできない。すなわち、法第一五二条に規定する異議は、法第四九条第一号および第二号の登記の当然無効の場合においてのみ申立てることができるが、同条第三号以下に該当する場合には申立てることはできないと解するを相当とする。
そうすると、原告が法第一五二条によつて、本件土地の登記の抹消登記を求める異議申立をしたのに対し、法第四九条第一号および第二号にあたる事由がないとしてこれを棄却した被告の決定は相当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)