水戸地方裁判所 昭和42年(わ)70号 判決 1967年6月06日
被告人 富田三一
主文
被告人を懲役一年に処する。
但し、この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。
押収してある略式命令謄本一通(昭和四二年押第三七号の一)の判示変造部分は、これを没収する。
訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四一年一一月三〇日大子簡易裁判所において、道路交通法違反(酒酔い運転)の罪により罰金一〇、〇〇〇円の略式命令を受け、同年一二月二五日該略式命令が確定したため、同四二年一月六日付をもつて大子区検察庁検察事務官河原井六合左右から右罰金一〇、〇〇〇円を同月一三日までに同区検察庁に納付すべき旨の納付告知書(昭和四二年押第三七号の五)の送達を受けたが、当時金銭に窮していたところから、大子簡易裁判所裁判所書記官木村文男作成名義の前記略式命令謄本(同号の一)が手許にあつたのを奇貨として、これを改ざん変造し、罰金を郵送する場合に同封することとされていた右納付告知書にかえてこれを罰金徴収係員に送付提出しようと企て、同年一月一四日行使の目的をもつて、茨城県久慈郡金砂村大字上利員一、二二二番地の一の自宅において、擅に、前記略式命令謄本の罰金額欄にある「10,000円」の最後の「0」及び最初の「0」の右側の「,」を消しゴムで抹消したりえ、「1」の右側に万年筆を使用して「,」を付し、罰金一、〇〇〇円に処せられた如くにこれを改ざんし、もつて恰も被告人が略式命令により前示道路交通法違反の罪につき罰金一、〇〇〇円に処せられた旨の有印公文書である右略式命令謄本一通の変造を遂げ、同日これに千円紙幣一枚(同号の三)を添えて、常陸大田郵便局窓口より現金書留郵便(同号の二)で大子簡易裁判所に郵送し、同月一六日情を知らない同簡易裁判所裁判所書記官木村文男を介して同郡大子町大字大子五六四番地大子区検察庁徴収係事務官大内庸右のもとに、右変造公文書を真正なものの如く装つて提出して行使したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中、有印公文書変造の点は刑法第一五五条第二項、第一項に、変造有印公文書行使の点は同法第一五八条第一項、第一五五条第二項、第一項に各該当するところ、右有印公文書変造と同行使との間には手段結果の関係があるので同法第五四条第一項後段、第一〇条により一罪として犯情の重い変造有印公文書行使罪の刑で処断し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してある略式命令謄本一通(昭和四二年押第三七号の一)の判示変造部分は、右変造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法第一九条第一項第一号、第二項に従つてこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとする。
(本件公訴事実中詐欺未遂の公訴事実に対する無罪の判断)
本件公訴事実の要旨は、「被告人は道路交通法違反(酒酔い運転)による罰金一〇、〇〇〇円のうち九、〇〇〇円の納付を免れようと企て、前判示のとおり罰金額一〇、〇〇〇円を一、〇〇〇円の如く改ざん変造したうえ、更に変造にかかる右略式命令謄本を真正な略式命令謄本の如く装つて千円紙幣一枚とともにこれを同封して大子区検察庁徴収係事務官大内庸右に提出し、同人をして恰も右罰金が一〇、〇〇〇円でなく一、〇〇〇円である如く誤信させてその差額九、〇〇〇円の納付を免れようとしたが、同人に右謄本が変造されたものであることを発見されたため、その目的を遂げなかったものである。」というにある。
そこで審究するに、被告人が金銭に窮していたことから、道路交通法違反(酒酔い運転)の罪によつて処せられた罰金一〇、〇〇〇円のうち九、〇〇〇円の納付を免れようと考え、昭和四二年一月一四日右略式命令謄本の罰金額一〇、〇〇〇円を一、〇〇〇円と改ざん変造し、即日これと現金一、〇〇〇円(千円紙幣一枚)を同封して書留郵便により大子簡易裁判所宛に郵送し、同月一六日情を知らない同簡易裁判所裁判所書記官木村文男を介して右謄本及び右現金一、〇〇〇円を大子区検察庁罰金等徴収係事務官大内庸右に提出したが間もなく同人に右変造の事実を発見されたため、所期の目的を達し得なかつたことが認められ、しかして右略式命令謄本の改ざん及び改ざんされた該謄本を罰金等徴収係員に郵送提出した行為が公文書変造罪及び同行使罪を構成することは前判示認定のとおりである。しかるところ、検察官は更に変造にかかる右略式命令謄本及び右現金一、〇〇〇円を罰金等徴収係員に郵送提出して右罰金差額九、〇〇〇円の納付を免れようとした所為が刑法第二四六条第二項の詐欺の未遂罪に該当すると主張するので按ずるに、被告人が道路交通法違反罪により、罰金一〇、〇〇〇円(略式命令)に処せられ、その納付告知を受けて納付するにあたり、右罰金の一部九、〇〇〇円の納付を免れようと考え、右略式命令謄本の罰金額欄の一〇、〇〇〇円を一、〇〇〇円と改ざん変造したうえ、これを真正に作成されたものとしてこれと現金一、〇〇〇円とを同封した現金書留郵便により、大子区検察庁罰金等徴収係員に送付提出して行使したが、同係員にこれが発見されたため、その目的を遂げなかつたとの検察官主張の本件公訴事実は証拠上認められる。
ところで刑法第二四六条所定の詐欺罪は欺罔手段を用いて他人を錯誤に陥れ、よつて不法に財物を交付させ又は財産上不法の利益を領得することによつて成立するが、本来個人的法益としての財産的法益の侵害を本質とする犯罪であるから、そのような行為が国家に対してなされた場合には、本来の国家的法益を侵害しただけでは足りず、同時に個人的法益としての財産的法益を侵害しない限り、本罪を構成しないと解すべきである。ところで、本件においては、被告人が罰金の一部九、〇〇〇円につきその納付を免れようとして前記手段を用いて刑罰の執行を免れようと意図したものであるが、そもそも納付告知によつて罰金が納付された場合は、罰金刑の執行として結果的にこれが国庫に帰属するけれども、それはあくまで罰金刑の執行の結果にほかならず、従つて所犯は、国家の秩序維持を目的とする刑罰の執行を免れようとしたもの、すなわち罰金徴収権能としての国家的法益を侵害しようとしたものというべく、更に何等個人的法益としての財産的法益を侵害しようとしたものとも認め難い。
なお被告人が徴収係員から罰金一〇、〇〇〇円の納付告知を受けるや、金銭に窮していたところから、恰も罰金が一、〇〇〇円であり、これを納付することによつてその差額九、〇〇〇円の納付を免れようとする意図のもとに、前記のような欺罔的所為に及んだものであるが、かかる所為が刑法にいわゆる詐欺罪の欺罔行為に該当するかどうかにつき更に検討する。罰金徴収手続については現に徴収事務規程(昭和三一年三月九日法務省刑事局秘第五九号訓令)に詳細に規程(特に第五条、第八条、第九条、第一九条、第二〇条等参照)されており、これと大内庸右の検察官に対する供述調書(二通)によれば、実務上罰金等にかかる裁判が確定したときは徴収金係事務官が右規程にもとづき裁判書の原本等により徴収金原票を作成し、その後、検察官によつて納付告知がなされる等その徴収手続がなされるのであるが、納付者から罰金として現金が郵送された場合は、徴収主任等がすみやかに徴収金原票により収納すべき金額等を確めたうえ、徴収通知書を収入官吏に送付することになつており、このように罰金が納付されたときは、徴収係員が必ず徴収金原票により、その罰金額を確認し、納付金が罰金額に満たない等の場合は、これにつき調査する等のことが手続上要請されている現行の取扱いに鑑みると、前記のような変造略式命令謄本と現金一、〇〇〇円とを同封した現金書留郵便による欺罔的手段をもつては、徴収係員等をして未だ錯誤に陥れ、よつて罰金差額の納付を免れることは予想することができないと認められるので、本件欺罔的所為は、未だ刑法にいわゆる詐欺罪の欺罔行為に該当しないと認めるのが相当である。
以上いずれの点から検討するも本件は罪とならないというべきところ、右詐欺未遂は前判示有印公文書変造、同行使の罪と牽連一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるので、主文において特に無罪の言渡をしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 高野平八 長久保武 竹田穣)