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水戸地方裁判所 昭和42年(ワ)79号 判決 1968年4月15日

原告

郡司栄

ほか一名

被告

大谷文喜二

主文

被告は、原告郡司栄に対し金三二万六、〇〇〇円、原告郡司クラに対し金五、〇〇〇円および各金員に対する昭和四二年四月六日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、原告郡司栄と被告との間に生じた部分は五分してその二を同原告、その三を被告の各負担とし、原告郡司クラと被告との間に生じた部分は四分してその三を同原告、その一を被告の各負担とする。

この判決の第一項は原告郡司栄において金五万円、原告郡司クラにおいて金八〇〇円の各担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告ら訴訟代理人は「被告は原告郡司栄(以下原告栄と称する)に対し金四九万二、六〇〇円、原告郡司クラ(以下原告クラと称する)に対し金一万八、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四二年四月六日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二、原告らの主張

(請求原因)

(一)  (事故の発生)

被告は昭和四一年八月四日午後五時一〇分頃、普通貨物自動車(日産ピツクアツプ茨四は九五七二号)(以下本件自動車という。)を運転して勝田市中央町一〇番四号関山商会前道路上に停車した際、右道路上を後方より進行して来た原告栄運転にかかる原動機付自転車(勝田市二―〇七一七号)(以下本件バイクという。)に本件自動車を接触させ、よつて原告栄を路上に転倒させて負傷させるに至つた。

(二)  (被告の地位)

被告は当時本件自動車を自己のために運行の用に供していたものである。

(三)  (損害)

(1) 原告栄の財産的損害

同原告は本件事故により左肘関節部切創、右前腕擦過創、左腓骨々折の傷害を受け、勝田病院に昭和四一年八月四日より同年一〇月六日まで入院して治療をうけ、退院後四四日間の自宅療養をしたので、この間働くことができなかつた。同原告は大正九年一二月二二日生れの大工職であるが、本件事故前には毎日仕事があり、一日の賃金は一、八〇〇円であつたから、本件事故により働くことのできなかつた一〇七日分合計金一九万二六〇〇円の賃金収入を失い、同額の損害を蒙むつた。

(2) 同原告の慰藉料

同原告は本件事故による受傷のため前記のとおり加療したが、まだ全治せず、しかも骨折した左腓骨の部分は力が入らず、力を入れたときや寒いときには痛む。大工職は力のいる仕事であるし、左腓骨部分が痛んでは仕事も充分にできないので、将来が思いやられる。

以上のような同原告の肉体的、精神的苦痛を慰藉するため、金三〇万円が相当である。

(3) 原告クラの財産的損害

同原告は原告栄の妻であり、昭和三七年より株式会社三栄塗装工業へ勤務しているが、夫が右事故で入院したゝめ昭和四一年八月五日より同年八月二〇日まで(一六日間)および同年九月一日より同年九月一〇日まで(一〇日間)それぞれ勤務を休んで、骨折により歩行困難であつた夫に附添い看護した。右附添は必須であつた。その間勤務をすれば一日金五〇〇円の収入があつたのに欠勤したゝめ、その間の給料金一万三、〇〇〇円が得られなかつた。そして昭和四一年度末賞与も右のように欠勤日数が多かつたので、休まないときの場合より金五、〇〇〇円少なかつた。

したがつて同原告は合計金一万八、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(四)  よつて被告に対し、原告栄は金四九万二、六〇〇円、原告クラは金一万八、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日の昭和四二年四月六日より完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁事実に対する答弁)

被告抗弁事実のうち、本件事故発生につき被告側に過失がなく、原告栄に過失があつたとの事実は否認する。当時本件自動車につき構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは知らない。

(再抗弁)

昭和四一年八月一〇日に原告栄と被告との間に、被告が同原告に対してその蒙むつた損害の一切を賠償する旨の示談が成立した。したがつてかりに本件事故に際して同原告に過失があつたとしても被告は損害額の全部を賠償すべき義務がある。

第三、被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

請求原因事実(一)、(二)は認める。(三)(1)のうち、原告栄の傷害の部位、程度は不知、その余の事実は争う。同(2)、(3)も争う。

(被告の抗弁)

(一)  被告は原告ら主張の日時、場所において、本件自動車を停車し、降車しようとして後方確認のために右側ドアを約四〇センチメートル位開けたところへ、原告栄が後方より本件バイクを高速で運転進行して来て前記ドアに自車を打当てゝ転倒負傷したものであるから、右事故は同原告の前方注視義務違反によるものである。

被告にはなんら過失はなく、かつ本件自動車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告にはなんら責任がない。

(二)  かりに右抗弁が容れられないとしても本件事故発生の状況からすれば被告の過失に比し、原告栄の過失が大であるから損害額の算定にあたつて同原告の過失が斟酌されるべきである。

(再抗弁に対する答弁)

原告栄と被告との間に示談が成立したことは認めるが、その内容が同原告主張のとおりであることは否認する。

第四、証拠関係 〔略〕

理由

(一)  被告が昭和四一年八月四日午後五時一〇分頃、本件自動車を運転して勝田市中央町一〇番四号関山商会前の道路上に至り、同所に停車した際後方より進行して来た原告栄の運転する本件バイクに本件自動車を接触させて同原告を路上に転倒させ、よつて負傷させるに至つたこと、そして当時被告が本件自動車を自己のため運行の用に供していたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  被告は本件事故の発生につき過失がなかつたと主張するので、先ずこの点を検討する。

〔証拠略〕を綜合すると、本件道路は勝田市中根笹野団地方面より国鉄勝田駅に向い東西に通ずる車道の幅員二五メートル、両側歩道の各幅員三メートルの道路で、車道中央には幅員七メートルのグリーンベルトが敷設されているため、片側車道の幅員は九メートルとなつていること、当時被告は本件自動車を運転して右道路を西方勝田駅方面に進行し、道路左側の前記関山商会に立寄つて用件を果たすため、同店前車道の左側端に本件自動車を寄せて停車したこと、折柄同所附近の車道の一部が工事中となつており中央グリーンベルト附近に堆積させてあつた工事用土砂が僅かに車道寄りにはみ出してはいたが、停車した本件自動車の右側はなお他の大型車が通過するに足る程度の幅員の余裕は残されていたこと、本件自動車が停車した直後、その後方より原告栄が本件バイクを運転して毎時約三〇キロメートルの速度で進行し来たり、先行の本件自動車が停車したことや、被告の姿が運転席にあることを目撃しながら同車に近接してその右側を通過しようとしたこと、その際被告が運転席の位置から後方を確認することなく、したがつて本件バイクに気付かないまゝに降車のため運転席右側ドアを約四〇センチメートル開けたゝめ、そこへ差しかゝつた原告栄は本件バイクの左ハンドルを本件自動車右側ドアに接触させ、その衝撃により同原告は路上に転倒して受傷するに至つたこと、以上のとおりの事実を認めることができる。

右認定に反する原告栄本人の供述部分は措信し得ず、ほかに右認定を動かすべき証拠はない。

およそ運転者としては道路上において自動車の右側ドアを開けるに際しては、後方から来る他の車両にドアを接触させることのないようにするため、ドアを開けるに先だつて後方の安全を確認し、事故の発生を未然に防ぐ注意義務があるものといわなければならない。

右認定事実によれば、被告が停車した本件自動車から降車しようとするに当り、右注意義務を怠り、後方の安全を確認することなく漫然右側ドアを開けたゝめ、後方から来た本件バイクがドアと接触して本件事故を惹起するに至つたことが明らかであるから、被告が無過失であつたとの主張は理由がなく、したがつてその主張の他の免責要件の有無を問うまでもなく、被告としては原告栄の受傷により生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(三)  原告栄の損害

(イ)  財産上の損害

(1)  〔証拠略〕によれば、

同原告は本件事故によりその主張のような傷害を負つたゝめ、事故当日の昭和四一年八月四日より同年一〇月六日まで六四日間勝田市本町勝田病院において入院加療し、退院後も四四日間の療養を余儀なくされたこと、および同原告は事故当時まで大工職として働らき毎月一日と一五日の各定休日を除いて毎日金一、八〇〇円の割合の収入があつたことが認められる。

そうすると同原告としては本件事故がなかつたならば、右入院および療養期間中の定休日を除いた一〇〇日闇は稼働することができた筈であつたから、本件事故のためその期間働らくことができず、合計金一八万円の収入を失い、同額の損害を蒙つたものといわなくてはならない。

(2)  過失相殺

本件事故発生につき被告に過失があつたことは右に述べたとおりであるが、当時原告栄の側においても本件バイクを運転して現場を通過するにあたつては、停車中の本件自動車の運転席にいた被告が降車のため右側ドアを開けるべきことを充分予想し得たのであるから、ドアとの接触を避けるため本件自動車の右側を充分な間隔を保つて通過すべき注意義務があつたものといわねばならず、これを怠つて本件自動車の右側に近接して通過しようとしたことが事故の一因となつたものと認むべきである。

すなわち、本件事故は被告の過失と原告栄の過失とが競合して発生したものといわなければならないが、双方の過失の程度は先に認定の事故発生の状況に照らすと被告につき七、原告栄につき三の各割合と認めるのが相当である。

したがつて同原告の前記損害額一八万円のうち被告をして賠償せしむべき額は金一二万六、〇〇〇円と定むべきである。

(3)  示談成立の再抗弁について

成立につき争いのない乙第四号証(示談書)によれば、本件事故後の昭和四一年八月一〇日に被告は原告栄に対して入院、治療代、休業補償費一切を負担することを約したことが認められる。

しかし同号証はその形式と記載内容からすれば、被告の刑事事件につき所轄捜査機関に提出するための示談書として作成されたものであることが窺われ、したがつて事故に関しては被告を加害者、原告栄を被害者としてそれぞれ取扱つており、同原告の側に過失がない場合を前提として作成されたものと解されるから、果して同原告の主張のように示談の内容として、同原告の過失が認められる場合でも被告が全損害につき賠償の責に任ずることゝし、いわゆる過失相殺の適用を排除することゝする趣旨の約定が成立したかどうかは同号証の記載のみによつては未だ明らかではないといわなければならない。

ほかに同原告の主張するような趣旨で示談が成立したことを肯認し得べき証拠はないから、この点の同原告の再抗弁は理由がない。

(ロ)  慰藉料

〔証拠略〕を綜合すると、

原告栄は大正九年一二月二二日生で、所謂大工棟梁として職人および同見習各一人を雇い自家営業に従事していたこと、家庭には妻の原告クラとの間に一九才の長男(大工職人)を頭に一七才の高校生、一四才の中学生の三人の子供があること、本件受傷により長期加療を余儀なくされ、現在においては受傷部位の痛みがなくなり一応治癒した状態にはあるが、事故前に比べ左手握力が幾分低下したほか、左足が疲れ易くなり、長時間立仕事を続けると膝の附近に震えを生じ、大工仕事にも差支えがあること、以上の事実を認めることができる。

したがつて本件事故による受傷のため原告栄が多大の精神的苦痛を受けたことは推察するに難くないが、右の事実や本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すれば、同原告が被告より支払を受くべき慰藉料は金二〇万円をもつて相当と認むべきである。

(ハ)  以上により原告栄が本件事故により蒙つた損害は前記(イ)の金一二万六、〇〇〇円および前記(ハ)の金二〇万円の合計金三二万六、〇〇〇円と認むべきである。

(四)  原告クラの損害

(イ)  〔証拠略〕を綜合すると、

同原告は本件事故当時勝田市勝倉の株式会社三栄塗装工業に工員として勤務し、日給五〇〇円を得ていたこと、夫である原告栄が本件受傷により入院したゝめ、翌日の昭和四一年八月五日より一〇日間病院において附添看護に当り、その間会社を欠勤したことを認めることができる。

〔証拠略〕によつて同原告の出勤状況を見ると、毎日曜日は休業日であつたことが認められるから、同原告としては前記附添期間のうち日曜日を除いた八日間の欠勤を余儀なくされたものと認むべく、したがつてその間同原告は合計金四、〇〇〇円の収入を得ることができず、同額の損害を蒙つたものといわなければならない。

同原告は夫である原告栄の前記入院期間中二回にわたり合計二六日間附添看護のため会社を欠勤した旨主張し、なるほど〔証拠略〕によれば、同原告が会社を欠勤した期間日数は日曜日を含めると右主張と一致していることが認められるが、同原告本人尋問の結果によれば、原告栄は前記入院後約一〇日経過してからは自身で便所へ行ける程度にまで症状が回復したことが認められるから、それ以後における附添看護は同原告の治療にとつて必要であつたとは認めがたく、したがつて原告クラが実際に前記一〇日間を超えて附添看護に当つたゝめ会社を欠勤した事実があつたとしても、これにより得べかりし収入の喪失を本件損害の範囲に含めることはできない。

前記甲第二号証の記載のうち右認定に反する部分は原告クラ本人尋問の結果に照らして採ることができず、ほかに反対の証拠はない。

(ロ)  次に同原告はその主張のような合計二六日間の附添のための欠勤により年末の賞与につき金五、〇〇〇円の減額支給を受け、同額の損害を受けた旨主張し、前記甲第二号証にもその旨の記載がある。

しかし原告クラ本人尋問の結果によれば、年度末賞与は年度後半の欠勤日数に応じて減額される取扱いであることが認められるところ、〔証拠略〕によれば同原告は昭和四一年七月より同年一二月までの間に合計三七日間にわたり会社を欠勤したことが明らかであるから、前記金五、〇〇〇円の賞与の減額は三七日間の欠勤によつて生じたものと認むべきである。これに反する前記甲第二号証の記載部分は措信できず、ほかに反対の証拠はない。

そうすると金五、〇〇〇円の減額分のうち、前記認定の八日間の附添看護のための欠勤によつて生じた部分は金一、〇〇〇円と認めるのが相当であり、原告クラとしては本件事故のため同額の損害を蒙むつたものと認むべきである。

(ハ)  以上により原告クラが本件事故によつて蒙ろた損害は前記(イ)の金四、〇〇〇円および前記(ロ)の金一、〇〇〇円の合計金五、〇〇〇円と認めなければならない。

(五)  よつて原告らの請求は、被告に対し原告栄において金三二万六、〇〇〇円、原告クラにおいて金五、〇〇〇円と各金員に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年四月六日より完済まで民事所定利率年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、原告ら勝訴部分の仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋連秀)

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