水戸地方裁判所 昭和43年(ワ)325号 判決 1970年7月15日
原告
丹毅
ほか一名
被告
昭和道路工業株式会社
主文
被告は原告丹毅に対し金一二七万円、原告丹ことに対し金八〇万円および右各金員に対する昭和四三年一二月二二日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを十分し、その二を被告の、その余を原告等の連帯負担とする。
この判決は原告等勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は「被告は原告丹毅に対し金九六四万円、原告丹ことに対し金一〇〇万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因としてつぎのとおり述べた。
一、訴外小田部隆信は昭和四二年六月二八日午後九時頃、水戸市大塚町一、五五九番の二附近の国道五〇号線においてダットサンバンV520型四二年式茨四ふ二六五一号自動車(以下被告車という)を運転進行中原告毅に対し重傷を与えた。
二、その事故の状況はつぎのとおりである。
被告車は笠間方面から水戸市方面に向けて進行していたのであるが、事故現場附近には道路左側に水戸市方面に向つて自動車(以下故障車という)が停車し、バッテリー故障のため前照灯、尾灯がついていなかつたが、故障車と向い合つた状態(即ち笠間方面に向つて)で道路左側に原告毅の自動車(以下原告車という)が停車し、右故障の修理を補助するため、その前照灯四個のうち二個を下目につけて故障車を照らしており、同原告は右両車の中間の道路端に立つて、修理作業を補助していた。ところが、被告車は道路左側に寄りすぎて進行したため、故障車の後部右側部分に追突し、そのため故障車は急激に前方に押し出され、対向停止していた原告車に激突したが、そのため、両車の中間に立つていた同原告ははさまれて後記の如き重傷を負うに至つたのである。
三、右事故は右小田部の過失に基くものである。即ち、原告車の前照灯は故障車に遮られて照明力は非常に弱まつていたのであるから、対向進行して来る自動車でなく、停車中の自動車であることは右小田部において前方を注視していれば容易に判別することができ、しかるときはセンターラインを越えることなく右側に寄つて通過し(かりにセンターラインを越えても対向車がなかつたから無事に通過でき)事故の発生を未然に防止することができたのに同人は右の注意義務を怠つたため、原告車の弱い前照灯を発見して対向車がセンターラインを越えて左側を進行してくるものと誤認し、左側へ寄りすぎて進行した過失により故障車に追突し、本件事故を惹起させたものである。
四、(一) 被告は被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、右小田部は被告に雇われて自動車運転業務に従事し、被告の事業の執行としての運転中に本件事故を惹起させたものである。
(二) そこで被告は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条の保有者として、または民法七一五条の使用者として、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
五、原告等は本件事故によりつぎのような損害を受けた。
(一) 原告毅の逸失利益
1 原告毅は本件事故によつて左大腿骨々折、左下腿骨々折、高度挫傷の傷害をうけ、昭和四二年六月二八日から同年一二月二〇日まで水戸整形外科病院に入院し、その後退院してからも引続き同病院に通院して加療し、昭和四三年六月末日をもつて一応治癒の状態となつた。しかし、同原告は左大腿部を二回に亘つて切断し、結局、左大腿前上棘より三八糎以下は欠損し、義肢をつけてようやく歩行するような状態であり、通常以上の労働は不能である。
2 ところで、同原告は事故前、訴外早川建設株式会社の取締役ならびに現場管理監督者として勤務し、月給三万八千円を得ており、ほかに、現物給与として一ケ月金二万円(家屋貸与)、賞与として毎年七月に金六万円、一二月に金四万円を得ており、一ケ年合計金七九万六千円の収入があつた。同原告は事故当時四〇才の健康な男子であり、爾後二三年間は右の業務に従事し得た筈であるから、その間の収入は合計金一、八三〇万八千円となるところ、同原告の労働能力の喪失率は九二%であるから、金一六、八四三、三六〇円が逸失利益となるが、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、その逸失利益を現在一時に請求するときは、金七七四万円となる。
(二) 原告毅の慰謝料
原告毅は妻の原告こと(昭和五年生れ)および幼少な長女と長男を養つていたが、本件事故により重傷をうけて不具者となり、ために重大な精神的苦痛をうけた。よつて、これが慰謝料としては金五〇〇万円が相当である。
(三) 弁済関係
原告毅は昭和四三年一二月二〇日頃、自動車損害賠償責任保険金二〇〇万円の支払を受け、また、同月一日、被告より損害賠償として金一一〇万円の支払を受けた。
(四) よつて、原告毅は被告に対し、(一)、(二)の合計金一、二七四万円から右支払金合計三一〇万円を差引いた金九六四万円を請求する。
(五) 原告ことの慰謝料
原告ことは原告毅の妻であるが、夫が生死の境をさまよい、現在左足切断により不具者となつたため、前記の如く、幼少な子二人をかかえ、その心痛ははかり知れぬものがある。夫の症状は一時絶望と言われた程で、死にも比肩すべきものであり、原告ことは精神的苦痛を慰謝するため、金一〇〇万円を請求する。
六、以上の次第で、被告は原告毅に対し金九六四万円、同ことに対し金一〇〇万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告等はこれが支払を求めるため、本訴請求に及んだ。
このように述べ、被告の抗弁事実中事故当時雨が激しく降つていたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、請求原因一の事実は認める。
二、同二の事実中、原告毅が故障車のバッテリーが故障し前照灯、尾灯がつかなくなつたため、原告車の前照灯四個のうち二個を下目につけて故障車を照らし、修理作業を補助していたことは不知。被告車が道路左側に寄りすぎていたために故障車に追突したことは否認する。その余の事実は認める。
三、同三の事実中訴外小田部が原告車の前照灯を発見して対向車が進行して来るものと誤認したことは認めるが、その余の事実は否認する。
四、同四の事実中(一)の点は認めるが、(二)の主張は争う。
五、同五の事実中(一)、1の事実は認めるが、(一)、2の事実は不知。
(二)の事実は否認する。
(三)の事実は認める。
(四)の主張は争う。
(五)の事実は否認する。
六、同六の主張は争う。
と述べ、抗弁として、
(一) 本件事故現場付近は比較的幅員の狭くなつた舗装された国道上であること、右国道は全線駐車禁止となつていること(故障による長時間の停車も道路交通法にいう「駐車」にあたる)、時間が夜で暗く、しかも当時雨が激しく降つていて視界が極めて悪かつたこと、故障車は一個の燈火もつけずに路上に違法駐車していたこと、原告車は前照灯をつけ反対駐車していたこと、事故現場付近に若干左カーブになつているところがあつたことなどから、被告車の運転手たる小田部は原告車があたかも反対方向から前照灯をつけて走行してくるものと錯覚し、事故現場付近から道路が左にカーブしているものと考え、原告車と通常の方法ですれ違うことを試みた。ところが、小田部は原告車に接近するや、原告等主張の如く二台の車両が道路左側に向い合つて駐車していることを発見し、あわてゝハンドルを右に切つたが、間に合わず、本件事故に至つたものである。
(二) 右国道は交通ひんぱんで見通しが悪く、しかも比較的狭くなつているところであり、このようなところに、漫然駐車することは追突等の重大な事故を惹起する危険があるから、故障車を取扱う原告毅としては他の交通の障害とならないところに当該車両を移動してこれを修理するか、または少くとも燈火、標識、誘導等の方法により故障車の存在を明らかにすべきであつたのに、これを怠り、前記の如く漫然駐車して修理を継続したため、本件事故を惹起するに至つたものであつて、本件事故の発生については同原告にも過失があるから、損害賠償額の算定にあたつては、右過失が斟酌されるべきである。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
一、訴外小田部隆信が昭和四二年六月二八日午後九時頃、水戸市大塚町一、五五九番の二付近の国道五〇号線を笠間方面から水戸市方面へ向かつて被告車を運転進行中、道路左側に水戸市方面に向つて停車していた故障車に追突し、これと向い合つた状態(即ち笠間方面に向つて)で道路左側に停車していた原告車に故障車を激突させたが、その際、右両車の中間に立つていた原告毅がはさまれて重傷を負つたこと、被告は被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたもので、右小田部は被告の事業の執行中に本件事故を惹起させたものであることは当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により自動車の運行供用者として、よつて生じた人的損害を賠償すべき義務がある。
二、そこで損害額について判断する。
(一) 原告毅の逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告毅は事故前、建築および土木業を営む訴外早川建設株式会社の取締役ならびに現場管理監督者として勤務し、月給三万八千円を得、ほかに現物給与(社宅入居)として一ケ月金二万円相当の利益を得ており、また賞与として毎年七月に金六万円、一二月に金四万円を支給され、一年間で合計金七九万八千円の収入のあつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告毅は本件事故により左大腿骨々折、左下腿骨骨折、高度挫傷の傷害をうけ、左大腿部を二回に亘つて切断し、左大腿前上棘より三八糎以下が欠損し、義肢をつけてようやく歩行するような状態で通常以上の労働が不能であることは当事者間に争いがなく、この事実に水戸査定事務所に対する調査嘱託の結果を総合し、なお、労働省労働基準局長通達(昭和三二・七・二基発五五一)を参考にして考察すると、原告毅の労働能力喪失率は九〇%を下らないものと認めるのが相当である。そして、原告毅の本人尋問の結果によると、同原告は事故当時四〇才で健康体の持主であつたことが認められるから、爾後更に二三年間は前記の業務に従事し得る筈である。
しかしながら、〔証拠略〕を総合すると、原告毅は本件事故による休職中も殆んど従前通りの給与の支給を受け、昭和四三年四月頃から再び前記会社に勤務してからも、従来の現場の管理監督の仕事はできないが、会社の経営に必要な設計や積算の仕事をして従前の給与以上の収入を得ていることが認められるから、原告毅は本件事故によつてうけた傷害により現実に収入減少による損害を来しているものと言うことはできない。
もつとも、前記の如き身体障害者たる原告としては将来会社が倒産し、その結果失業することにでもなれば、再就職も困難となり、従前どおりの収入を得られなくなることは推認するに難くはないが、〔証拠略〕によれば、右会社の経営は比較的順調であつて、会社としては特段の事情のない限り今後できるだけ長く事故以前の給与以上で原告毅を雇用して行く意向であることが認められるから、同原告が労働能力喪失により現実に従前の収入の減少を来すことは現在のところ予見できず、他に原告毅が前記の如き労働能力喪失により、従前と比較し、現実に得べかりし利益を失つていることを認めうる適確な証拠は存しない。
以上の如く、原告毅が主張する逸失利益が存するものということができないが、労働能力自体を喪失したことについては慰謝料額算定にあたり、十分斟酌されるべきものと考える。
(二) 原告毅の慰謝料
原告毅は一家の柱として妻である原告ことと幼少な長女および長男を養つて来たが、本件事故によつてうけた重傷および後遺症により重大な精神的苦痛を受けたことは原告両名の本人尋問の結果によつて認められるところである。当裁判所としては諸般の事情を考慮し、同原告の精神的苦痛は金四〇〇万円をもつて慰謝せらるべきものと認める。
(三) なお、原告毅が昭和四三年一二月二〇日頃、自動車損害賠償責任保険金として金二〇〇万円の、同月一日被告より損害賠償として金一一〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないが、前記調査嘱託と原告毅の本人尋問の各結果によれば、水戸査定事務所は原告毅の後遺症の認定を誤り、保険金として全部で金二〇六万円を支給したが、内金七五万円は超過支払となるため、右金額については同原告において返還すべきものであることが認められるから、結局右保険金として金一三一万円、損害賠償として金一一〇万円合計金二四一万円が前記慰謝料額から差引かれるべきことになる。
(四) よつて、被告は原告毅に対し、金一五九万円を支払うべき義務がある。
(五) 原告ことの慰謝料
〔証拠略〕によると、原告毅は前記のような重傷を受け、六ケ月に及ぶ入院の間に生死の境をさまよつたこともあり、退院後六ケ月間の通院加療により一応治癒したものの、前記の如く左大腿部を二回に亘つて切断し、義肢をつけてようやく歩行するような状態であり、現在生活上多大の制約を受けているため、幼い二子を抱えている妻たる原告こととしては夫の生命が侵害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたものと認めることができるから、原告こととしては自己の権利として慰謝料を請求することができるものと解すべきところ、諸般の事情を考慮すると、同原告の精神的苦痛は金一〇〇万円をもつて慰謝されるべきものと認めるのが相当である。
三、つぎに、本件事故は前記認定の如き状況の下で惹起したのであるが、〔証拠略〕によると、原告毅は原告車の前照灯四個のうち二個を下目にして故障車を照射し、バッテリーの故障修理を見守つていたが、原告車は右側の方向指示器をつけて、事故現場を通過する車に合図しており、また、事故現場は見通しがよいところであつたのであるから、被告車を運転する右小田部としてはたとえ当時激しく雨が降つていたとは言え(これは当事者間に争いがない)、前方をよく注視していれば、故障車が停車しているのを遠くから発見することができ、しかるときは対向車に注意して安全に故障車の右側を通過することができたのにかかわらず、右注意を怠つて漫然時速五〇粁の速度で進行したため、故障車を約三〇米手前で発見し、やゝ速度を落して約一五米手前でハンドルを切つて右側に出て通過しようとしたが、折から対向進行して来る車を発見し、あわてゝ急ブレーキを踏んだが間に合わず、衝突してしまつたことが認められるから(右認定に反する証人小田部隆信の証言部分はたやすく措信できない)、右小田部に運転者としての注意義務を怠つた過失が認められるのであるが、他方、前記各証拠によれば、故障車と原告車はやゝ道路中央線に寄つたまゝ停車していたこと、また事故当時現場は暗く、前記の如く雨が降つていたのであるから、原告毅においてもなお非常信号燈や標識その他の適切な方法により故障車や原告車の存在をより一層明確にすべきであつたのに、このような方法を講じて車の存在を明らかにせず、漫然修理を見守つていたため、本件事故を惹起するに至つたものであることが認められるから(右認定に反する原告毅の本人尋問の結果の一部は措信し難い)、右のような原告毅の不注意も本件事故発生の一因をなしたものというべく、このような事情を斟酌するときは原告毅の慰謝料額は金一二七万円、原告ことの慰謝料額は金八〇万円と定めるものを相当とする。
四、以上の次第で、被告は原告毅に対し金一二七万円、原告ことに対し金八〇万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四三年一二月二二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告等の本訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。
よつて、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田昭雄)