水戸地方裁判所 昭和49年(わ)98号 判決 1974年6月17日
主文
被告人を懲役八月に処する。
ただし、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
本件公訴事実中、有印公文書偽造、偽造有印公文書行使の点については、被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和四四年一二月二〇日ころの午前五時五〇分ころ、茨城県北茨城市磯原町内野四六八番地長瀬弘喜方庭先に駐車中の普通貨物自動車内から、同人所有の茨城県公安委員会交付にかかる長瀬弘喜名義の普通自動車免許および自動二輪車免許の併記された自動車運転免許証一通(免許証番号第四〇六七〇七七三九三〇―〇一七五号)を窃取し、
第二、昭和四九年一月四日午後八時三五分ころ、同県北茨城市関南町神岡下四一九番地の一付近の県道上において、公安委員会の運転免許を受けないで、しかも、呼気一リットルににつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で普通貨物自動車(茨四四ひ一〇七三号)を運転し
たものである。
(証拠の標目)<略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中、第一の窃盗の点は、刑法第二三五条に、第二の無免許運転の点は、道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に、酒気帯び運転の点は、同法第六五条第一項、第一一九条第一項第七号の二、同法施行令第四四条の三にそれぞれ該当するところ、第二の無免許運転と酒気帯び運転は、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い無免許運転の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により重い第一の罪の刑に同法第四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役八月に処し、情状により、同法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り、全部被告人に負担させることとする。
(量刑の事由)
被告人は、これまでに道路交通法違反等の罪で三回にわたり罰金等に処せられているのに、またも、自動車運転免許証の更新手続を忘れて無免許となつていたことから、免許証欲しさに第一の窃盗を犯し、さらに交通事犯のうちでもとりわけ悪質な無免許、酒気帯び運転をも犯したものであつて、これら各犯行の動機・経緯・態様・結果・罪質等に、被告人が数年前から自動車を購入して日ごろ無免許運転をしていた事跡も窺われることなどを考慮すると、被告人の刑責は軽視することができない。しかしながら、被告人は、本件犯行後、深く反省悔悟し、自動車を他に処分し、再び無免許運転等をしないことを誓い、被害者長瀬弘喜も被告人に対する寛大な処分を望んでいること、その他被告人の年齢・経歴・家庭環境等諸般の情状を考慮すると、相当期間刑の執行を猶予し、自らの更生を期待するのが刑政の目的にそうものと思料される。
(一部無罪の理由)
一本件公訴事実中、有印公文書偽造、偽造有印公文書行使の点は、
「被告人は、昭和四八年九月上旬ころ、肩書住居地の被告人方奥八畳間において、行使の目的をもつて、ほしいままに、茨城県公安委員会発行の長瀬弘喜名義の自動車運転免許証(免許証番号第四〇六七〇七七三九三〇―〇一七五号)のビニール覆いと写真欄に貼付された右長瀬の写真を手ではぎとり、右写真欄に自己の写真を貼り付け、運転者氏名欄の「長瀬弘喜」なる文字をカミソリで剥ぎとり、その跡に「村田繁雄」のゴム印を押捺し、さらにカミソリおよび黒のボールペンを用い、生年月日欄の「昭和3」の「3」を「7」に、免許年月日欄の第二種免許欄の「昭和00年00月00日」の「0」を「昭和33年05月20日」に、免許の種類の大型二の有無欄の「0」を「1」にそれぞれ改ざんし、また、有効期限欄の「昭和45年05月12日」と記載されている数字のうち「45」の「5」の数字をカミソリで削つてぼやかし、一見右自動車免許証が有効期限内のように見せかけ、もつて同公安委員会作成名義の大型第二種免許などの自動車運転免許証一通の偽造を遂げたうえ、昭和四九年一月四日午後八時三五分ころ、同県北茨城市関南町神岡下四一九番地の一先県道上において、普通貨物自動車(茨四四ひ一〇七三号)を運転中、高萩警察署勤務巡査塙敏夫、同宇留野好道から道路交通法違反の被疑者として取調べを受け、自動車運転免許証の呈示を求められた際、右両巡査に対し、前記偽造にかかる自動車運転免許証を呈示して行使したものである。」
というのであつて、これが有印公文書偽造、同行使の罪として、刑法第一五五条第一項、第一五八条第一項にあたるというのである。
二そこで、前掲各証拠に、司法警察員作成の「運転免許台帳カード謄本の作成報告」と題する書面、押収してあるゴム印一個(昭和四九年押第三八号の二)を綜合すると、つぎの事実が認められる。
すなわち、被告人は、昭和四八年九月上旬ころ、長瀬弘喜名義の運転免許証(免許証番号第四〇六七〇七七三九三〇―〇一七五号、昭和四二年五月一三日交付、有効期限昭和四五年五月一二日)を利用して自己名義の運転免許証に偽造しようと企て、肩書住居地の被告人方奥八畳間において、行使の目的をもつて、ほしいままに、右運転免許証のビニール覆いの右端および下端をはがして、写真欄に貼付されていた長瀬弘喜の写真を剥離したうえ、同欄に自己の写真を貼付し、運転者氏名欄の「長瀬弘喜」なる文字をカミソリで削つて消し、そのあとに「村田繁雄」のゴム印(昭和四九年押第三八号の二)を押捺し、さらに、カミソリで、生年月日欄の「昭和3」の「3」を削つてその跡に黒ボールペンで「7」と書き入れたほか、同様の方法をもつて免許年月日欄中第一種免許その他年月日欄の「昭和36」の「36」を「29」に、第二種免許年月日欄の「昭和00年00月00日」を「昭和33年05月20日」に(ただし、上記数字のうち「33」は黒のサインペンで書き入れた)、免許の種類大型二の有無欄の「0」を「1」にそれぞれ改ざんし、有効期限欄については、「昭和45年5月12日」と記載されてあつたうち「45」の「5」をカミソリで削つて消し、その跡に黒色サインペンで「9」と書き入れようとしたが、インクがにじんでしまい、「9」と読めないのはもちろん、いかなる数字が記載されているかまつたく判読不能な状態になつた。その後の昭和四九年一月四日午後八時三五分ころ、被告人は、同県北茨城市関南町神岡下四一九番地の一付近の県道上において、高萩警察署司法巡査塙敏夫、同宇留野好道から道路交通法違反の被疑者として取調べを受け、自動車運転免許証の呈示を求められるや、右改変した自動車運転免許証(以下、本件免許証という)をあたかも真正に作成交付されたもののように装い、同巡査らに対し、これを呈示したものである。
三ところで、無効な公文書に改変を加えても、有効な新文書と見誤るおそれのない場合には公文書の偽造といえないところ、昭和四七年法律第五一号道路交通法の一部を改正する法律による改正前の道路交通法第九二条第三項(なお、前示道路交通法の一部を改正する法律による改正後の道路交通法第九二条の二参照)によれば、運転免許証の有効期間は、当該免許証の交付を受けた日から起算して三年とされているから、被告人が改変を改えた本件免許証は、その交付年月日の昭和四二年五月一三日については改変されておらず、その有効期限はもともと昭和四五年五月一二日であつたので、その日の経過により当然無効に帰したものであり、それをその後の昭和四八年九月上旬ころ被告人が一見有効な運転免許証と見られるようにその有効期限の年月日を改変しようとした際、その部分にインクがにじんで判読不能の状態になつたこと前記認定のとおりであるから、その有効期限の年月日は不明というのほかはなく、したがつて、改変された本件免許証についても、前示第九二条第三項に則り、前記交付年月日から起算して三年を経過した昭和四五年五月一三日には当然無効に帰したものというべきである。そこで、被告人がかかる無効の本件免許証につき、それが有効かどうかという文書の本質的な部分を改変して一見有効なものとしないまま、換言すれば、それが有効な新免許証と見誤るおそれもないのに、他の部分に前記認定のような改ざんをしたにしても、それをもつて直ちに一見有効な新免許証に改変されたとはいえないから、被告人の本件免許証の改変は、公文書偽造罪にいう公文書の偽造にあたらないものというのほかはない。そうすると、被告人が有印公文書偽造の犯意をもつてした前記二の本件免許証の改変は、有印公文書偽造罪の構成要件に該当しないから、同罪の成立を前提とする偽造有印公文書行使罪も成立しないものといわなければならない。
四以上のように、本件公訴事実中、有印公文書偽造、偽造有印公文書行使の点は、罪とならないから、刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し、この点について、無罪の言渡しをする。
よつて、主文のとおり判決する。
(金子仙太郎 佐野精孝 寺尾洋)