水戸地方裁判所 昭和53年(レ)20号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
「被控訴人を申立人、控訴人を相手方とする登記抹消調停事件につき、昭和四九年七月一五日、本件調停が成立し、右調停調書三項には「相手方と申立外亡小林謹之亟との間で昭和三〇年一二月一一日付をもつて売買契約をし、代金一万二六四六円也を支払済であつた大穂町一五三番の二宅地続きの土地二畝一六歩(現在筑波郡大穂町大字要元南口堀字合ノ山一五三番の四のうちの一部)については、代金三二万円で申立人が相手方から買戻すことに合意し、この代金三二万円也は申立人が昭和四九年七月末日限り相手方に対し持参又は送金して支払う。」との記載がある。
右の「大穂町一五三番の二宅地続きの土地二畝一六歩」(宅地続きの土地)は本件係争地に当たる」かどうか争われたが、判決は「調停調書三項記載の「大穂町一五三番の二宅地」とは本件第一の土地を指し、その「続きの土地」とは本件第一の土地の南続きにある本件係争地及びその南側の土地をあわせた地積合計二畝一六歩の土地を指すものと解するのが相当である。」と認定したうえ、控訴人の抗弁につき次の判断をした。
【判旨】
三そこで、次に控訴人の、本件調停は錯誤により無効であるとの主張につき検討する。
1 <証拠>並びに前記二項1の当事者間に争いのない事実によれば、控訴人は昭和一六、七年にかけて謹之亟から土地をその位置、範囲を確定して賃借し居宅を建てて住んでいたが、昭和三〇年四月五日に同人から右賃借地を買受け現在まで同所に居住していること、その間控訴人が占有していた土地の範囲には増減がなく、右の土地は現在同人が占有している本件宅地と同一であること、そして控訴人が買受け占有してきた土地が五畝二〇歩とされたのは別に実測したわけではなく、本件宅地にあたる土地を一五三番二の土地と誤認し、右一五三番二の土地の登記簿上の地積が五畝二〇歩であつたためであること、しかるに控訴人は本件宅地の現況地積が五畝二〇歩であると信じていたこと、前記二項3の昭和四八年八月三一日の話合の際も右のとおりと信じて合意に達したこと、その後右合意に基づき同年九月一一日に高儀稔が本件宅地を測量した際には、同人は控訴人に本件第一の土地にあたる五畝二〇歩の地積図(甲第四号証)を渡したものの現地でその範囲を示したこともなく、本件宅地の地積図(甲第五号証)を見せたこともなかつたこと、ここから控訴人は本件宅地の現況地積を知らず、一五三番一一の土地が、右本件宅地と同一のものであると信じていた事実が認められる。
2 右の事実によれば、控訴人は本件調停調書三項記載の「宅地続きの土地」が本件第二の土地にあたるとのみ信じ込み、本件係争地も含まれることを知らなかつたものと解され、ここから、控訴人には本件調停の条項により被控訴人に売戻すことになつた土地の範囲につき錯誤があり、右錯誤に基づき本件調停を成立させたものであつて、且つ、右の錯誤は争いとなつた権利関係の前提となる事実で、右条項の目的物そのものについての錯誤であるから、要素の錯誤にあたるものというべく、この結果本件調停三項記載の条項は、金三二万円の支払を約した部分も含めて要素の錯誤により無効であると解される。」
(早井博昭 有満俊昭 平賀俊明)