水戸地方裁判所 昭和55年(行ウ)1号 判決 1984年6月19日
甲・乙事件原告
福嶋浩彦
甲事件原告
井筒浩
同
志柿禎子
同
宮本慈子
同
高橋宏通
原告ら訴訟代理人
矢田部理
小野幸治
森井利和
西畠正
高野真人
被告
筑波大学長
福田信之
右訴訟代理人
堀内昭三
外三名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一請求の趣旨(原告ら)
1 (甲事件、原告五名)
被告が昭和五五年三月一四日付で原告らに対してなしたところの各無期停学処分(以下「本件無期停学処分」という。)をいずれも取り消す。
2 (乙事件、原告福嶋)
被告が昭和五六年三月三一日付で原告福嶋浩彦(以下「原告福嶋」という。)に対してなしたところの除籍処分(以下「本件除籍処分」という。)を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二請求の趣旨に対する答弁(被告)(乙事件に対する本案前の答弁)
1 原告福嶋の本件除籍処分取消しを求める訴えを却下する。
2 右訴えにかかる訴訟費用は原告福嶋の負担とする。
(両事件に対する本案についての答弁)
主文同旨。
第二 本案前の答弁の理由(被告)
《以下、省略》
理由
第一 本案前の主張について
被告は、原告福嶋は六年の在学年限の経過によつて学生たる身分を当然に失つたものであり、本件除籍処分は単なる内部的事務的事実行為にすぎないから、行政事件訴訟法上の処分ではない旨主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、学則二三条は、「学生は六年(医学専門学群の学生にあつては九年)を超えて在学することはできない。」旨定めるにとどまり、在学年限を超えた学生の身分については何ら明記していないこと、他方学則四五条は、「次の各号の一に該当する者は、学長が除籍する。」として、学長による除籍処分があつて初めて学生としての身分を失うことになることが明らかな「授業料の納付を怠り、督促してもなお納付しない者」や「入学料の免除を申請した者のうち、免除が不許可になつた者又は半額免除が許可になつた者で、所定の期日までに入学料を納付しない者」等とともに「第二三条に定める在学年限を超えた者」と定めていること、以上の事実が認められ、右によれば、学則上、在学年限を超えた者は、そのことによつて当然に身分を失うものではなく、学長の除籍処分によつて初めて、その効果として学生たる身分を失うものであることが明らかというべきであつて、他に右認定を左右するに足りる事実あるいは学則上の規定はない。
そうすると、本件除籍処分が、行政事件訴訟法上の処分に当たることは明らかであり、原告福嶋の本件除籍処分の取消しを求める訴えは適法である。
なお、被告は、原告福嶋が本件無期停学処分についての取消請求事件(甲事件)において勝訴の確定判決を得れば、本件除籍処分は当然に無効となるから、取消しを求める訴えの利益を欠く旨主張するが、原告福嶋が右事件につき勝訴の確定判決を得ていないことは本件記録上明らかであるから、被告の右主張は、それ自体失当である。
第二 本案について
一原告らが、請求原因一項記載のとおり、筑波大学生であつたこと、並びに請求原因二項記載のとおり、原告らに対し本件無期停学処分及び本件除籍処分がなされたことは、当事者間に争いがない。
二被告が、原告らには、被告の主張二項の1ないし4記載の各行為があつたものとして、本件無期停学処分を行なつたことは当事者間に争いがないところ、原告らは、右行為の存在について争うので、以下検討する。
1昭和五四年一〇月二三日から同年一一月二日までの間の学生規則違反行為について
(一) 昭和五四年一〇月二三日、松美池西側広場において、「一〇・二三学園祭完全実現学生集会」と称する学生らの集会が開催され、原告らも主催者の一員として右集会に参加していたこと、右集会開催について被告の許可がなかつたこと及び右集会の際、立看板、横断幕の掲出、拡声器、ビラ配布、肉声による参加呼びかけがなされたことは当事者間に争いがない。
そして、<証拠>によれば、右集会は同日午前一一時四五分ころから、同日午後零時四五分ころまで続いたこと(これに反する<証拠>は採用できない。)、右集会は原告らを含む約三五名の学生が主催し、同日午前一〇時ころからビラを配布して参加を呼びかけ、三〇〇名ないし四〇〇名の学生がこれに参加したこと、筑波大学の教職員約二〇名が午前一一時ころから、松美池前広場に集まり、くり返し、集会及び集会への参加呼びかけの中止を求めたが、学生らはこれを聞き入れなかつたこと、右集会開催に際し、原告福嶋、同井筒は立看板掲出、拡声器使用を、原告宮本は横断幕掲出及び文書(ビラ)配布を、原告志柿は、横断幕掲出、文書(ビラ)配布、立看板掲出を、原告高橋は拡声器使用を、それぞれ行なつていたこと、右立看板及び横断幕の掲出、ビラ配布、拡声器の使用については、被告の許可を得ていなかつた(許可申請自体もされていなかつた)こと、以上の事実が認められる。
ところで、原告らは、右集会開催については、許可申請をしたにもかかわらずこれが拒否されたものである旨主張し、<証拠>には、許可申請書を学生担当教官に提出したのに、許可が得られなかつた旨の記載部分がある。しかし、<証拠>によれば、右は、学生集会顧問教官になつてほしい旨の依頼を学生担当教官にしたところ、これを拒否されたというものであつて、許可申請自体までには、至つていなかつたことが明らかである。
しかるところ、<証拠>によれば、筑波大学においては、その学生規則により、学内における集会(集団示威行動を含む。)の開催(一六条)、文書等の提示(二二条)、配布(二八条)、拡声器の使用(二九条)は学長の許可を得たうえでしなければならないとされていることが認められ、原告らの前記各行為が、右学生規則の各条項に違反するものであることは明らかである。
(二) 同月二九日、中央図書館前広場において「公開直接交渉要求集会」と称する集会が開かれ、原告高橋を除くその余の原告らがこれに参加したこと、右集会の際、拡声器の使用がなされたこと、右集会開催について被告の許可はなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右集会は原告らを含む学生が開催したもので、約一〇〇名の学生が集まり、午前一一時四五分から約一時間、開かれていたこと、右集会の際、前記拡声器の使用のほか、立看板の掲出、ビラ配布が行なわれたが、いずれも被告の許可は得ておらず、かつ、大学教職員十数名によるその場での指導説得を無視してなされたこと、右集会の際、原告福嶋及び同井筒は拡声器を使用していたこと、以上の事実が認められる。
なお、原告らは、一〇月二九日、三〇日の集会開催については、同月二八日に原告高橋らがその許可申請書を中林学生担当教官に交付したのに、同教官がこれを握りつぶしてしまつたために許可を得ることができなかつた旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、原告らの右各行為(ただし、原告高橋については、無許可集会を開催した点のみ)は、前記学生規則の各条項に違反するものである。
(三) 同月三〇日午前一一時四五分から約四五分間、中央図書館前で「公開直接交渉要求集会」と称する集会が開催され、原告福嶋を除くその余の原告らがこれに参加していたこと、右集会について被告の許可はなかつたこと、同日午後零時四〇分ころから本部棟前で集会が開かれ、これに原告らが参加していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、「公開直接交渉要求集会」は原告らを含む学生の開催したもので、約一五〇名の学生が参加していたこと、右集会中、教職員十数名が再三指導、警告を与えたが、学生らはこれを無視したこと、午後零時四〇分ころから開始された集会は右「公開直接交渉要求集会」を開催した者らが引続き開催したもので、本部棟前のほか一階ロビーにおいて午後六時三〇分まで続けられ、約一〇〇名の学生が集まつていたこと、右集会は被告の許可を得ていなかつたものであつたこと、以上の事実が認められる。
原告らの前記各行為は、それぞれ前記学生規則の各条項に違反するものである。
(四) 同月三一日中央図書館前で「公開直接交渉要求学生集会」と称する集会が開催され、原告らがこれに参加したこと、右集会開催前に立看板、横断幕の掲出、ビラ配布のあつたこと、右集会開催について被告の許可がなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右集会は原告らを含む学生が開催したもので、午前一一時四五分から約一時間、学生ら約五〇名を集めて行なわれたこと、右集会開会に先立つ午前一一時三〇分ころから、立看板、横断幕の掲出、ビラ配布のほか拡声器の使用による参加呼びかけがなされ、その際、原告井筒は横断幕の掲出及び拡声器の使用を、同志柿はビラ配布を、同宮本は立看板の掲出を、同高橋は拡声器の使用を、それぞれ行なつたこと、右はいずれも無許可でかつ、教職員らによる指導警告を無視してなされたこと、以上の事実が認められる。
右はそれぞれ、学生規則の前記各条項に違反する行為と認められる。
(五) 同年一一月二日に、中央図書館前において、「学園祭突入総決起集会」と称する集会が開催され、原告井筒を含む約二〇名の学生がこれに参加したこと、右集会開会前にビラ配布が行なわれたこと、右集会開催について被告の許可がなかつたこと、同日午後四時三〇分ころから、本部棟前において「座り込み」があり、原告福嶋、同志柿、同宮本がこれに参加したこと、その際拡声器の使用がなされたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、前記集会は同日午前一一時四五分から午後一時三〇分までの間開かれたこと、右集会に先だち、立看板の掲出及び原告井筒によるビラ配布が行なわれたこと、原告福嶋、同宮本は同日午後二時前ころ、「大衆団交要求集会」等と書かれた立看板を同所に掲出し、その前で同日午後四時三〇分ころまで、断続的に、原告福嶋、同宮本、同志柿、他一人の学生が、午後四時三〇分からの本部管理棟前での座り込み参加を学生らに呼びかける演説を行なつたこと、右四名の学生は同日午後四時三〇分ころから翌日午前一時三〇分ころまでの間、教職員数名の説得指導を無視して、本部管理棟前に座り込んだこと、その間の、同月二日午前四時三〇分ころから同日午後五時三〇分ころまで、拡声器を用いての演説が交互に行なわれたこと、以上の事実が認められる。
ところで、原告らは、一一月二日午後二時前ころから翌三日午前一時三〇分ころまでの原告福嶋ら四名の行為は「集会」にはあたらない旨主張する。しかしながら、原告ら四名が大学との大衆団交要求という一定の目的のもとに中央図書館前及び本部棟の前に集まり、演説あるいは座り込みを行なつていたこと、及び結果的には原告福嶋ら四名が集まつたにすぎないが、他学生の参加が拒まれていたわけではなく、むしろ、参加することが当然の前提とされていたことは、右事実から明らかであり、そうだとすれば、右原告福嶋らの右行為は学生規則一六条にいう「集会(集団示威行動を含む。)」に該当するを妨げないと解すべきである。
したがつて、右原告福嶋らの右各行為はいずれも、前記学生規則の各条項に違反するものである。
2昭和五四年一〇月二九日、三〇日及び三一日の本部棟乱入等の行為について
(一) <証拠>によれば、同年一〇月二九日に、被告の主張二項の2の(一)の(1)ないし(3)記載の事実が存在したことが認められる。
もつとも、<証拠>中には、集会において、学園祭実行委員長等が「学生部に軟禁されている。」旨発言したことはない旨の供述部分が、また<証拠>中には、遠藤課長補佐が原告福嶋の入室を拒否する際、同原告を突き飛ばした旨の供述部分があるが、いずれも、前掲各証拠に照らしにわかに措信しがたく採用できない。
(二) 右(一)掲記の各証拠によれば、同二項の2の(二)記載の事実を認めることができる。
これに対し、原告らは、大学側の職員による暴行がなされた旨主張し、<証拠>中には、右主張に沿う部分が存する。しかしながら、大学側職員が強引に侵入して来た学生らに対し、これを実力で制止しようとしたことは事実であり、その際、ガラスの破片等により手等に傷を負つたことがあつたとしてもそれ以上、ことさらに原告らに対し暴行したとするかのような右各供述部分は直ちに採用しがたく、他に原告らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。
(三) 同二項2の(三)の事実のうち、一〇月三一日午後零時四五分から同日午後二時三〇分までの間、本部棟正面入口前において、原告らが参加して集会が開かれたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、その余の事実が認められ、これに反する証拠はない。
3昭和五四年一一月二〇日午後四時ころから同日午後五時二〇分ころまでの間の藤田職員らに対する行為について
<証拠>によれば、被告の主張二項の3記載の事実を認めることができ、<証拠>中の右認定に反する部分はにわかに採用しがたい。
ところで、原告らは、原告らが藤田職員を連れ出そうとしたのは、同職員に対し、学生らの前で、同職員らが原告高橋を強制的に倉谷社会工学類長のもとに連行した理由を明らかにしてもらうためのものであつたこと、及び同職員が一旦は、原告らの申出を承諾したにもかかわらず、その態度を翻すなど不誠実な態度をとつたことにあるとし、その非は大学側にある旨主張するが、仮に右のような事情があつたとしても、これをもつて、原告らの前記各行為が正当化されるものでないことは明らかである。のみならず、<証拠>によれば、原告高橋を呼び出した第三事務区学生担当の職員二名が原告高橋と連れそつて倉谷学類長のもとに赴いたことは認められるが、この際に何らかの強制力が用いられたことを認めるに足りる証拠はなく、原告らの自認するとおり原告志柿が同様の出頭要請を拒否していたことからも、原告高橋が出頭を拒否しようとすればできたものと推認することができる。また、藤田職員が一旦は、原告らの申出に応ずる態度を示したにもかかわらず、その態度を翻したとの点についても、藤田証言によれば、同職員は、それまで倉谷学類長への出頭を拒んでいた原告志柿が「行きましようよ。」と声をかけてきたので、同学類長のもとへ行くものだと思つて、これに同意したところ、そうでないことが判明したので、態度を翻したものであつたことが認められるのであり、同職員が、学園祭実行委員会室に行つて説明することについて積極的な態度を示していたとする<証拠>は措信することができない。
なお、原告らは、原告高橋が、倉谷学類長に呼び出されたことによつて期末試験を受ける機会を奪われた旨主張するが<証拠>によれば原告高橋が倉谷学類長に対し次の時間に試験がある旨発言した形跡はなく、また弁論の全趣旨によれば実際にも原告高橋が受けようとしていた試験は変更されていたことが認められ、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。
4前同日の三浦学類長に対する行為について
<証拠>によれば、被告の主張二項の4の(一)ないし(四)の事実を認めることができ、<証拠>中の右認定に反する部分は、措信することができない。
ところで、原告らは、右のような原告ら学生と三浦学類長らとの交渉は、その場には常に大学側教職員の方が多数いたこともあつて、緊迫した情況にはなかつたものであるから、原告ら学生が三浦学類長の身体を拘束したり、軟禁したりしたとの評価は当たらない旨及び、第三事務区のペデストリアンにおいて、原告ら学生に対し、大学側職員による暴行がなされた旨主張し、<証拠>中にも、右主張に沿う部分が存する。しかしながら、右認定の事実経過に鑑みれば、原告ら学生と三浦学類長との交渉が緊迫したふん囲気でなかつたとすることは到底できないし、また、退出しようとした三浦学類長に追いすがつて来た学生らを、排除しようとしてその際大学側職員が実力を行使した事実は認められるとしても、それ以上に、ことさらに暴行を加えたとする<証拠>はにわかに措信しがたく、他に右暴行の事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告らの前記主張はいずれも採用しがたい。
三 学生規則条項の違憲無効の主張について
1原告らは、学生の行なう集会の開催、文書掲示、配布、拡声器の使用について学長の許可を受けなければならないなどとする学則一六条、二〇条、二二条、二八条、二九条は憲法二一条、二三条に違反し、無効である旨主張する。
しかしながら、国立大学が、学校教育法五二条に定める目的を達成するために、その内部秩序を維持するとともに施設を適正に管理すべく、学生を含む構成員に対し、一定の行為を規制することは、右の内部秩序維持等のために必要であり、かつ合理的な規制方法である限り、許されるものと解すべきであり、これによつて学生の研究成果の発表等を含む表現活動がある程度制約されることとなるとしても、これをもつて、憲法二一条や憲法二三条に違反するとすることはできないというべきである。そして、右の必要性の有無及びどのような規制方法を用いるかは、第一次的には当該国立大学の裁量に委ねられているものと解すべきであり、そのことがまさに、憲法二三条によつて保障されているところの大学の自治の理念に合致するものということができる。
これを本件について見るに、<証拠>によれば、学生規則一六条は、学内における集会開催について、場所使用についての管理者の承認のほかに、学長の許可を要するものとし、同規則二〇条は一定の場合には学長はその集会の禁止又は解散を命ずることができるとし、同規則二二条、二八条、二九条は文書の掲示(同規則二五条は、掲示場所についても別途規制している。)、配布、拡声器の使用について学長の許可を要するものとし、更に、細則により右一六条、二二条、二八条、二九条の各許可申請書の要式として、顧問教官の署名捺印を要求していることが認められるが、学内における集会の開催や拡声器の使用はもちろんのこと、文書の掲示や配布も、それが大学内における研究活動等に支障をもたらすおそれがないわけではなく、したがつて、規制の必要なしとすることはできず、また、その規制方法も、顧問教官の存在を要求していることを含め(被告は、顧問教官の要求は規制手段となるものではないかのような主張をしているが、何ら理由がない。)、直ちに合理的でないとすることはできないというべきである。
したがつて、学生規則の前記各条項が憲法二一条、二三条に違反するとの原告らの主張は採用することができない。
原告らは、右各条項が違憲であることの証左として、その運用が恣意的であり、この結果、昭和五〇年の学園祭において合計一一の企画が不許可となつた旨主張するが、<証拠>によれば、右はいずれも、大学と学生間の正規の機関を通じての協議の結果、取り下げられたものと認められる。また、原告らは、顧問教官たろうとする教官に対する圧力によつて、事実上恣意的に不許可にした例がある旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、また顧問教官を得ることができないことによつて事実上実行を断念せざるを得なくなつたことがあつたとしても、顧問教官の存在を要求する規制方法が前記のとおり、合理性を欠くものとまではいえないことからすれば、右をもつて恣意的な運用とすることはできない。
四 本件無期停学処分自体の違憲性について
原告らは、本件無期停学処分自体が、原告らの思想表現に対する不合理な制約としてなされた点で憲法二一条に、大学に対する意見表明を封ずる目的を有する点で憲法二三条に、原告らの有している自主的活動規制反対の思想故に過酷な処分を課した点で憲法一四条、一九条に違反する旨主張するが、本件無期停学処分は、原告らのなした行為につき、その裁量の範囲内でなされたものであることは後記認定のとおりであり、本件無期停学処分の目的が原告らの学内における自主的活動を封殺し、原告らに過酷な処分を課すことによつて、原告ら自身の思想の変更を強い、更には学生らの自主的表現活動を抑圧することにあつたことを認めるに足りる証拠はない。
したがつて、原告らの前記憲法違反の主張は、いずれも理由がない。
五 本件無期停学処分の手続的瑕疵の有無について
<証拠>によれば、本件無期停学処分の手続が、被告の主張三の2記載のとおりなされたことが認められ、これに対する証拠はない。
1原告らは、本件無期停学処分手続の開始が、懲戒規則六条に違反している旨主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、同条は、その標題に「手続の開始」と掲げられてはいるものの、その内容は学群長等が懲戒等に該当すると思料される学生の行為を知つたときの手続を定めたものであつて、懲戒処分手続の開始が、常に必ず同条の定めによつて開始されなければならない旨定めているものでないことは、文言上明らかである。
したがつて、前記認定によれば原告ら指摘のとおり、本件無期停学処分手続は、担当副学長による調査とこれに基づく各学群長への事実関係調査の指示によつて開始されているが、このことによつて懲戒規則六条に違反するものとすることはできない。
2次に原告らは、本件無期停学処分手続においては、担当副学長からの調査書に基づいて事実関係の整理が要求されているところ、右は懲戒規則六条、七条に違反している旨主張する。
しかしながら、担当副学長からの調査書に基づいて事実関係の調査を要求したからといつて、これによつて学群長による事実関係の整理や学群教員会議の発議が拘束されるいわれはなく、現に、原告らも主張しているとおり、第一学群教員会議は発議をしていないのであるから、原告らの右主張が失当であることは明らかである。
3原告らは、原告福嶋について、担当副学長が直接発議したことを問題としている。
しかし、<証拠>によれば、懲戒規則七条二項は、学群教員会等が発議しなかつた場合において、特に必要があると認めるときは担当副学長が自ら発議することができる旨定めていることが認められるところ、前に認定したとおり、原告福嶋を除くその余の原告らの属する第二、第三学群においては懲戒規則七条一項の発議がなされたが、原告福嶋の属する第一学群は担当副学長に対し、「学群長及び学群としては、担当副学長が厚補審に発議することについて異論はないが、学群教員会議としては厚補審に発議することはできない。」旨及び「発議の可否について結論を得られない。」旨報告してきたため、担当副学長においては、原告福嶋を含む第一学群の処分対象学生についても第二、第三学群から発議のあつた者と同等もしくはそれ以上の違法事実があつたと思料し、各学群間の学生の公平を期す必要があるものと判断して、自ら厚補審に発議したというのであり、右事実によれば、担当副学長が懲戒規則七条二項により自ら厚補審に発議したことは、何ら違法と目すべきものでないことは明らかである。
4原告らは、原告らに対する事情聴取等が全くなされなかつた旨主張するが、<証拠>によれば、原告福嶋を除く原告らについては昭和五四年一〇月二三日から同年一一月二日までの一連の行為につき、発議の前の時点で、各学類による面接調査が行なわれ、右面接調査については、原告井筒、同高橋は応じたが、同志柿、同宮本はこれを拒否していた(原告福嶋については、右の面接調査がなされたか否か不明である。)こと、発議の後の時点で、厚補審会長高橋進名義で、原告福嶋を除く原告らについては、同月二〇日の行為につき、原告福嶋については、同年一〇月二三日から同年一一月二〇日までの行為につき、厚補審調査委員会への出頭を求めたにもかかわらず、原告らにおいて、これを拒否したこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、原告らは、事情聴取の機会が与えられたにもかかわらず、原告井筒及び同高橋が一部これを受けたほかは、これを受けることを放棄したものということができるから、原告らの前記主張は理由がない。
5原告らは、原告福嶋に特別補導担当教官が付されていなかつたことを問題としているが、特別補導担当教官を付さなければならないとする懲戒規則上の根拠は見い出しがたいばかりでなく、<証拠>によれば、原告福嶋については、他の原告らと異なり、クラス担任の教官が特別補導担当教官に付されていなかつたが、学生担当教官室所属の大島教官が特別補導担当教官とされていたこと、右事実については直接原告福嶋に通知されていなかつたが、学生等を介して、原告福嶋自身は右事実を認識していたこと、以上の事実が認められるのであり、右事実によれば、原告らの右主張は理由のないことが明らかである。
なお、原告らは、原告らに対する特別補導担当教官による指導が全く欠けていた旨主張するが、右指導は懲戒処分後の手続であるから、右をもつて、本件懲戒処分手続の瑕疵ということはできない。
6原告らは、懲戒規則五条に基づく懲戒基準が定められていない旨主張するが、原告ら自身も認めているように、このことをもつて本件無期停学処分が恣意的になされたことの一つの事情とすることはできる(もつとも、このことは、本件無期停学処分が恣意的になされたということを意味するものではない。)としても、このこと自体をもつて、手続的瑕疵とすることはできないというべきである。
六 懲戒処分権限の濫用、逸脱について
1原告らは、本件無期停学処分は、その権限を濫用ないしは逸脱してなされたものである旨主張するが、学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、また、懲戒処分のうちいずれの処分を選択すべきかを決することは、原則として懲戒権者の裁量に任されているものであつて、当該処分がまつたく事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、もしくは、社会観念上、著しく妥当を欠き、懲戒権者に任された裁量の範囲を逸脱しているものと認められる場合に限り、違法な処分として取り消されるべきである。
しかして、前記認定事実からすれば、本件無期停学処分が事実上の根拠に基づくものであることは明らかであり、かつ、その行為の態様等に照らせば本件無期停学処分が社会観念上著しく妥当性を欠くものとも評しえないというべきであり、したがつて、本件無期停学処分が裁量権を濫用ないしは逸脱してなされたものということはできない。
2これに対し、原告らは、本件無期停学処分は、学校教育法施行規則に定める退学処分に等しいから、重きに失する旨主張する。
しかしながら、本件無期停学処分には、「ただし、一年間は解除を認めない。」旨付記されていたことからすれば、処分から一年を経過した後においては、その情状により処分の解除がなされることが予定されていたものと解されるのであり、現に<証拠>によれば、原告福嶋を除くその余の原告らについてはいずれも後に処分が解除されていることが認められる(解除の日は、原告井筒及び同宮本は昭和五七年二月二〇日、同志柿は同年七月一七日、同高橋は昭和五六年一〇月一七日である)。したがつて、処分によつて確定的に学生たる身分を失わしめるところの退学処分と、本件無期停学処分とを同一視することは相当でない。
もつとも、原告福嶋については、処分の解除がなされないまま、本件除籍処分がなされたのであるが、これは、本件無期停学処分を受けた時点において原告福嶋に残されていた在学期間が、すでに一年余りしかなかつたことによる結果であつて、このことをもつて原告福嶋につき、本件無期停学処分が退学処分と等しいとすることはできないものというべきである。
3次に原告らは、昭和五三年暮の茨城県議会議員選挙に際し発生した筑波大学学生による買収事件の被疑者たる学生一四三名に対する懲戒処分が、全くなされなかつたことに比して、原告らに対する本件無期停学処分は重きに失する旨主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、昭和五三年一二月に施行された茨城県議会議員選挙において、筑波大学学生一三七名が、特定候補のために、数千円の対価を得て、不在者投票した疑いで捜査当局の取調べを受け、昭和五四年三月三日、右全員が起訴猶予処分を受けたこと、厚補審においては、右事件が表面化した後直ちに、不在者投票を行なつた者、不正な誘いを受けた者は自発的に申し出るように要請し、その後、昭和五三年一二月二一日の評議会において、不正行為を自ら認め、十分な反省を行なつた学生に対しては厳重な注意を与えるとともに教育的指導を行なうとする厚補審の方針が承認されたこと、右不起訴処分を受けた一三七名については全員が自発的に大学に事実を申告し、反省の態度を示したので、右方針に従い、厳重な注意等がなされたこと、以上の事実が認められるのであり、右の各事実と、前判示の本件無期停学処分の対象となつた事実、原告らのとつたその後の態度等とを対比すれば、本件無期停学処分に裁量権の濫用ないし逸脱があつたとすることはできない。
4原告らは、許可制の運用によつて学生の行動を抑圧してきた大学側の非あるいは原告らに対する大学職員による暴行を不問に付したにもかかわらず、原告らに対してのみ重い処分を課した旨主張するが、大学において許可制の運用によつて学生の行動を抑圧してきた事実や大学側職員が原告らに対し暴行を加えた事実を認めるに足りる証拠がないことは前に判示したとおりであるから、原告らの右主張は失当である。
更に、原告らは、本件無期停学処分の目的は、原告らの学外放遂あるいは自主的活動の断念にあつた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。
5また、原告らは、前記学生規則違反の行為は懲戒処分事由たりえない旨主張するが、そのように解すべき合理的な根拠は見い出しがたい。
七 本件除籍処分手続について
原告福嶋(以下本項と次項においては同原告を単に「原告」という。)は、本件除籍処分を行なうについても、懲戒規則六条ないし一〇条等の手続が履践されるべきであつた旨主張するが、本件除籍処分は、学則二三条に定める在学期間満了という事由に基づいてなされたものであることが当事者間に争いがなく、懲戒処分としてなされたものではないから、本件除籍処分に際し、懲戒規則の手続の定めが適用ないし類推適用される余地はない。
また、原告は学校教育法五九条一項を根拠に、本件除籍処分を行なうについては、原告の所属する社会学類教員会議の審議等を経るべきであつた旨主張するが、どのような事項を同項にいう「重要な事項」として教援会(教員会議)の議に付せしめるかは、各大学がそれぞれの判断に基づいて決定しうるところであつて、筑波大学において、学生の身分を喪失せしめる処分とはいえ、在学期間の満了という客観的な事実に基づいてなされるところの本件除籍処分を、学則の定めにより教員会議の議に付せしめないこととしていることをもつて、違法とすることはできない。そして、この理は、仮に、本件除籍処分について、社会学類を中心に反対の声があつたとしても左右されるものではない。
したがつて、本件除籍処分に手続的瑕疵があるとする原告の主張はすべて理由がなく、他に、本件除籍処分手続が違法であることを認めるに足りる証拠はない。
八 本件除籍処分における権限濫用・逸脱の有無について
原告は、本件除籍処分は、原告を学内から放逐することを目的としてなされたものである旨主張するが、右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
したがつて、本件除籍処分が、その権限を濫用ないし逸脱してなされたものであるとの原告の主張は、その前提を欠くから、失当というほかない。
九以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないことに帰する。よつて、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(龍前三郎 大橋寛明 大澤廣)