水戸地方裁判所 昭和56年(行ク)4号 決定 1981年9月21日
申立人 三宅禎子
被申立人 筑波大学長
主文
一 被申立人が、申立人に対し、昭和五五年三月一四日付でなした無期停学(ただし、一二か月を経過するまでは解除を認めない)処分の効力は、昭和五六年九月二四日以降、本案判決が確定するまでこれを停止する。
二 申立費用は被申立人の負担とする。
理由
第一 申立人の申立の趣旨及びその理由は、別紙執行停止申立書、及び申立補充書(一)ないし(三)のとおりであり、被申立人の意見は、別紙意見書のとおりである。
第二 当裁判所の判断
一 (本案訴訟の係属等)
疎明資料によれば、申立人が昭和五二年四月に入学した筑波大学の学生で第三学群社会工学類に在籍し、社会経済計画を専攻していること、申立人が昭和五五年三月一四日付で被申立人(但し、当時は宮島龍興学長であつた。)より「申立人を筑波大学学則第四七条第一項及び第二項により、無期停学に処する(ただし、一二か月を経過するまでは解除を認めない)。」との懲戒処分(以下「本件処分」という。)を受けたこと、申立人が右処分につき違法があるとして、昭和五五年六月一三日、当裁判所に右処分取消の訴えを提起していることが認められる。
二 (回復の困難な損害と緊急の必要について)
本件処分により申立人が、回復の困難な損害を被るか否かについて検討するに、疎明資料によれば、筑波大学における学生の在学年限は医学専門学群の学生を除き、最長で六年間であり(同大学学則二三条。なお申立人の在籍する社会工学類では、通常、四か年間で卒業できる制度である。)、停学処分の期間も右在学年限に算入され(同学則四七条四項)、そして右在学年限六年を超えた者は学長が除籍する(同学則四五条二号)旨規定されており、又単位取得には当該授業科目の出席時間数が三分の二以上あることが必要であるところ、疎明資料によると、本件処分時までの申立人の履習状況に照らすと、申立人は昭和五六年九月二四日までに履習を再開しなければ、在学期限(六か年)である昭和五八年三月までに卒業に必要な単位を修得できず、ひいては右学則四五条二号により除籍されるに至ることが認められる。
しかるところ、このような除籍すなわち、学生たる身分そのものの喪失という結果を発生せしめることは、学生たる身分を保持することを前提として行なわれるところの処分である無期停学処分が通常もたらすところの事態を超えるものであり、このような結果は行訴法二五条の回復の困難な損害にあたるというべきである。
そして右履習を再開しなければならない昭和五六年九月二四日の間近かな現時点においては、右損害の発生を避けるための緊急の必要があると認められる。
なお、被申立人は、「筑波大学における無期停学処分は、改悟の情が認められる場合に、所定の手続を経て学長が解除できるにすぎず、その解除がとられないまま右六か年の在学年限を経過したときは、望ましくはないが、除籍に至ることは本件処分に伴う当然の結果であつて、行訴法二五条にいう回復の困難な損害にはあたらない。」旨主張するところ、右主張に沿つて除籍に至る旨の疎明資料はある。しかしながら、疎明資料によれば、昭和五四年度の学園祭の実施に際しての紛争に加担した学生一八名が昭和五五年三月一四日付で懲戒を受け(無期停学七名、停学六か月二名、停学三か月四名、訓告五名)、その内の一人として申立人が無期停学の本件処分を受けた事実が認められるとともに、本件処分に付加された「一二か月間は解除しない」旨の期間を経過し、かつ、その後も引続き六か月の期間を経過している事実も明らかである。このような状況をたどつている本件処分たる無期停学処分を、個別的に除籍との関連について検討を加えるときは、除籍という結果を、その内容として含ませしめるのであるとすれば、その実質は退学処分と同等であつて、学則四七条が最も重い懲戒処分として退学処分を定め、その要件を厳格に規定している趣旨を没却するに等しくなり、また無期停学処分は、その処分の性質からして、将来解除がなされることがあることを前提としているものと解されるのであるから、被申立人の右主張は採用しがたい。
三 (消極的要件について)
1 いまだ本案について証拠調べが十分に行なわれていない(主要な証拠方法であると考えられる証人の尋問は未だ一人も実施されていない。)現段階においては、本件全疎明資料によるも「本案について理由がないとみえる」とは、認め難いといわざるをえない。
なお、被申立人は、行訴法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」の要件につき、「学生に対する懲戒処分の執行停止という特殊性(即ち、執行停止に伴い、履習が積み重ねられる結果、被処分者は本案判決の確定を待たず終局的な満足を得る虞れがある。)に照らし、申立人側が本案訴訟において勝訴の合理的確実性を有する場合に限り執行停止が許容されるべきであるところ、本件処分は自由裁量行為であつて一応の適法性の疎明がなされているのであるから、執行停止は認められるべきではない。」旨主張する。
しかしながら、執行停止により終局的満足を得る虞れがあるとの一事のみにより、「理由がないとみえるとき」との要件をことさら明文と別異に右主張のように解さなければならないものとは考え難い。
2 次に、被申立人は、「本件処分の執行を停止すれば、再び学内を混乱させ、他の学生多数の勉学を妨げ、ひいては公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。」旨主張するが、本件全疎明資料によつても、本件処分の執行停止により、申立人が履習すること自体をもつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは認められない。なお疎乙第六七号証によれば、社会工学類学生委員長から申立人に対する(郵便による)呼びかけについて、昭和五六年八月二四日付で申立人の父は、「保護者としては、申立人がぜひ復学・卒業のコースを歩み始める事を切望します。」という趣旨の返信を右委員長に差出している事実が認められる。そして、本件申立をとおして勉学に励みたい旨の申立人の態度と併せ考えるならば、被申立人の抱く右危惧の発生の可能性は減少しているものとみることができる。
四 (結論)
以上によれば、本件処分に付加された「一二か月は解除を認めない」旨の期間を含めて既に一八か月間を経過しており、この停学のまま推移すると、在学年限六か年以内に卒業に必要な単位取得が不可能となり、右六か年経過に伴い除籍になるので、これを暫定的に避けるために履習の機会を与える意味で、本件執行停止の申立は理由があるものとして、これを認容することとし、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 龍前三郎 新崎長政 大澤廣)
執行停止申立書、申立補充書(一)~(三)及び意見書<省略>