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水戸地方裁判所下妻支部 平成15年(ヨ)12号 決定 2003年6月19日

債権者

全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部

同代表者執行委員長

X1

債権者

全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部東京金属支部

同代表者執行委員長

X2

債権者

全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部東京金属協和支部

同代表者執行委員長

X3

3名代理人弁護士

鷲見賢一郎

谷萩陽一

横山聡

五來則男

八坂玄功

債務者

東京金属株式会社

同代表者清算人

債務者

株式会社東京金属協和工場

同代表者清算人

両名代理人弁護士

宮谷隆

高谷知佐子

松村正哲

猿谷直樹

山岸良太

主文

1  債務者らは,債権者らと事前に協議し,その合意なしに,別紙生産設備等目録記載の14,17ないし21,23,24,38ないし40,51,55,62,65,66の物件を別紙工場目録記載の工場から搬出してはならない。

2  債権者らのその余の申立てを却下する。

3  申立費用は債務者らの負担とする。

理由

第1申立て

債務者らは,債権者らと事前に協議し,債権者らとの合意なしに,別紙工場目録記載の工場から,別紙生産設備等目録記載の生産設備等を含む生産設備等を搬出してはならない。

第2事案の概要

本件は,債務者らの従業員で構成されている労働組合(及びその上部組合)である債権者らが,債務者らの解散にかかる団体交渉において,債務者らが債権者らの同意なしに債務者らの工場にある生産設備等を搬出しない旨合意して確認書等を作成したことについて労働協約が結ばれたとして,これに基づき債務者らに対し生産設備等の搬出の差止めを求める事案である。

争点は,(1) 確認書等が作成されたことで労働協約が結ばれたといえるか,(2) 労働協約が結ばれたとして,債権者らが生産設備等の搬出の(特に第三者の所有物件の搬出の)差止めを求めることができるか,である。

1  争いがない事実等

(1)(ア)  債権者ら

全日本金属情報機器労働組合(「JMIU本部」という。)は,全国の金属機械及び情報機器に関連する産業で働く労働者を組織する産業別労働組合で,平成元年2月に結成され,全国労働組合総連合(全労連)に加盟している。

債権者全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部(「債権者JMIU茨城地本」という。)は,JMIU本部に加盟している茨城県内の労働者で構成されている労働組合である。

債権者全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部東京金属支部(「債権者JMIU東京金属支部」という。)は,債務者東京金属株式会社(「債務者東京金属」という。)の労働者によって同債務者設立の翌年である昭和27年に結成された労働組合であり,JMIU本部の結成と同時にこれに加盟している。

債権者全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部東京金属協和支部(「債権者JMIU協和支部」という。)は,平成13年11月債務者株式会社東京金属協和工場(「債務者協和工場」という。)の労働者によって結成された労働組合であり,JMIU本部に加盟している(債権者JMIU東京金属支部と債権者JMIU協和支部を併せて「債権者JMIU両支部」という。)。

(イ)  債務者ら

債務者東京金属は,昭和26年に設立されたオリンパス光学工業株式会社(「オリンパス光学工業」という。)の子会社である(従業員は約15名)。

債務者協和工場は,債務者東京金属が昭和45年に設立した同債務者の子会社であり,その代表取締役は,設立以来債務者東京金属の代表取締役が兼務している(従業員は百数十名)(債務者東京金属と債務者協和工場を併せて「債務者会社」という。)。

債務者会社の製造事業場は,別紙工場目録記載の工場(「協和工場」という。)のみであり,債務者会社の事業は協和工場で一体となって営まれている。

(2)(ア)  債権者JMIU東京金属支部と債務者東京金属との間の労働協約には,「事業の拡大,縮小,閉鎖あるいは機構の改廃等組合員の身分に重大な影響を及ぼす場合は,会社はその方針及び大綱に関し予め組合と協議する」旨の事前協議約款がある。

(イ)  債権者JMIU協和支部と債務者協和工場との間には,平成13年11月1日両者とJMIU本部及び債権者JMIU茨城地本が当事者となって,包括的な労働協約が成立するまでの暫定的な労働協約とする趣旨で,確認,合意がされている。同確認書には「会社は,今後の労使関係及び労働条件について,東京金属株式会社とJMIU東京金属支部との労働協約を基本的に適用する」とされているので,債務者東京金属と債権者JMIU東京金属支部との労働協約中の事前協議約款も,債権者JMIU協和支部と債務者協和工場との間にも適用されることになる。

(3)(ア)  オリンパス光学工業は,同社のホームページに平成15年1月14日付「子会社の解散に関するお知らせ」と題する文書を掲載した。上記文書には債務者会社が,同日開催の取締役会において同年3月31日付で解散することを決議したことを知らせる旨,解散に至った経緯,両社の概要,解散の日程,今後の見通しなどが記載されていた。

(イ)  債務者会社は同年1月14日債権者JMIU両支部に対し,労使協議会の開催を申し入れ,債務者会社が同年3月末日をもって解散し,全従業員を解雇する旨申し入れた。債権者JMIU両支部は同年15日,会社の一方的な通告が労働協約の事前協議条項違反であると指摘してこれに抗議し,同月17日開催された債務者会社と債権者JMIU両支部との間の労使協議において,債務者会社の解散,従業員全員解雇通告の白紙撤回を求めた。

1月22日債務者会社と債権者JMIU両支部との間で団体交渉が行われ,会社と組合は労働協約に基づき誠実に協議し,合意なしに生産設備等の搬出をしないことを確認する旨記載され,債務者会社と債権者JMIU両支部及び債権者JMIU茨城地本が当事者としてこれに記名捺印した別紙「議事録確認」が作成された(「本件議事録確認」という。)。

(ウ)  債務者会社は,同年3月9日協和工場から工作機械3台と金型(341型)を搬出した。同年3月12日債権者らにより本件申立てがされ,同月13日,債務者会社は客先などからの強い搬出の要望があった場合は労働組合と事前に協議し,労働組合の合意なしに生産設備等の搬出をしないことを確認した旨記載され,債務者会社と債権者JMIU両支部及び債権者JMIU茨城地本が当事者としてこれに記名捺印した別紙「確認書」が作成された(「本件確認書」という。)。(<証拠省略>)

(エ)  債務者会社は,同年4月22日,別紙生産設備等目録(「目録」という。)記載63のダイカスト金型のうち8型を搬出した。

2  当事者の主張

(1)  債権者ら

(ア) 被保全権利

本件議事録確認及び本件確認書は,いずれも債権者JMIU両支部と債務者会社との団体交渉の中で書面化されて当事者がこれに記名押印して取り交わされたもので,労働組合法14条に定める様式を充たす労働協約であることは明らかであり,労働協約としての効力を持つものである。そして,債務者会社は,債権者らの合意なしに生産設備等の搬出をしない不作為の履行義務を負い,債権者らは,労働契約上の権利として,「債権者らの合意なしに生産設備等の搬出をされない」権利を有しており,債務者会社の生産設備等の搬出の禁止を求める権利を有するものである。なお,本件議事録確認及び本件確認書の対象である金型等に第三者の所有物件が含まれていることは,その趣旨及び表現から明らかである。第三者の所有物件でも会社が組合に対し自らは搬出しないと約束することはできるし,平成15年3月9日債務者会社が搬出した工作機械等は取引先の所有にかかる第三者の所有物件であるが,それを踏まえて本件確認書が作成され,同書に,客先などからの強い搬出の要望があった場合は労働組合と事前に協議する旨記載されたことからも,このことが裏付けられる。

債務者会社と債権者JMIU両支部との間には,会社の事業閉鎖等組合員の身分に重大な影響を及ぼす場合には,会社は予め組合と協議する旨の事前協議約款があるが,債務者会社は未だに会社解散,従業員全員解雇の問題について事前協議義務を尽くしていない。本件議事録確認に「労働協約に基づき誠実に協議し」とあるのは,会社と組合は上記の問題について前記事前協議約款に基づいて誠実に協議することを確認したものであり,本件議事録確認及び本件確認書には,会社解散,従業員全員解雇問題についての労使の事前協議が尽くされる前に生産設備等の搬出という会社解散の作業が進められるのを防ぐ意味もあるのである。

(イ) 保全の必要性

債務者会社は,平成15年3月9日前記労働協約に反して債権者らの合意なしに工作機械等を搬出し,本件申立後の同年4月22日にも債権者らの合意なしにダイカスト金型8型を搬出し,引き続き目録記載の生産設備等の搬出を強行しようとしている。したがって,債務者会社の生産設備等の搬出の禁止を求める必要性も高いものである。そして,債務者会社において解散決議があって特別清算手続が開始されても保全の必要性が失われることはない。

(2)  債務者ら

(ア) 本件議事録確認は,平成15年1月14日段階での団体交渉の議事の経過を記した議事録に過ぎない。そこでの協議は,債務者会社が3月末に解散することを前提に,それまでの労使間の協力を確認する趣旨で作成されたものである。そして,本件議事録確認は,生産設備等の搬出について記載されたもので,「労働条件その他」に関する定めではなく,単なる合意以上の労働協約にあたるものではない。本件確認書も同様に同年3月13日段階での団体交渉の議事の経過を記した確認書であって,労働協約にあたるものではない。したがって,債権者らにおいて,本件議事録確認及び本件確認書に基づいて,債務者会社に対し生産設備等の搬出の差止めを求める権利はない。

(イ) 本件申立ての対象物件には,債務者会社の取引先が所有している物件(目録のAと付記されているもの),リース物件(目録のBと付記されているもの)等の債務者以外の第三者が所有する物件も含まれており,これらの物件については債務者会社は第三者への返還を拒むことはできないものである。債務者会社において,第三者の所有物件については何ら処分権を有していないのであって,同物件の処分,占有,搬出に関し債権者らとの間で何らの合意ができる地位にはなく,債権者らにおいて搬出禁止を求め得る何らの権利もないものである。

(ウ) 本件生産設備等のうち,第三者の所有物件については,その所有者が返還を求めてきた場合にはこれに応じざるを得ず,また,債務者会社が所有する物件について,債務者会社としても今後債権者らと協議せずに搬出するつもりはなく,そのことは既に債権者らと債務者会社との間で確認済みであり,債権者らに保全の必要性がないものである。

第3当裁判所の判断

1  疎明資料(<証拠省略>)によると,次の事実が認められる。

(1)  債務者東京金属は,オリンパス光学工業の子会社として,ダイカスト製品の製造販売を中心として(ダイカスト事業は売上の50ないし60パーセントを占めていた。),プラスチック成形,金型及び組立製品の製造販売事業を行ってきた。債務者協和工場は,債務者東京金属の製造部門の一部が独立し,債務者東京金属の100パーセント子会社として昭和45年4月設立され,平成12年には債務者東京金属に残っていた製造部門全てが債務者協和工場に移管された。

ダイカスト業界では,平成5年ころからダイカスト部品の製造販売を行う企業の海外進出,これに伴なう国内での競争の激化により,債務者会社も次第に受注が減少して恒常的な経常損失になり,事業継続は困難との経営判断から,親会社であるオリンパス光学工業の意向を受けて,平成15年3月末をもって会社を解散することを決定した。

(2)  平成15年1月14日債務者会社の申入れにより,債務者会社と債権者JMIU両支部の労使協議会が開催され,債務者会社から,3月31日をもって解散し,生産は同年3月末に停止すること,全従業員の雇用契約を3月31日に解除すること,退職金のほかに特別加給金を支給することなどの申入れがあった。そして,業務の移管方法と会社の清算手続の予定が示され,会社解散後設備は原則として撤去し,転用可能な設備はオリンパスグループ及び協力会社で転用するとされた。

(3)  債権者らは,1月15日,債務者会社の申入れに対し,会社の一方的な通告が労働協約の事前協議条項違反であると指摘して,これに抗議し,債務者会社が申入れを白紙撤回した上で労働協約にのっとり労働組合と誠実に協議を尽くすこと等を要求して,債務者会社に対し団体交渉の申入れをした。そして,前記のとおり,1月22日行われた団体交渉において,債務者会社と債権者JMIU両支部及び債権者JMIU茨城地本が当事者として記名捺印した本件議事録確認が作成された。

(4)  債権者JMIU両支部は,1月27日債務者会社に対し,労働組合と事前に協議して労働組合との合意なしに一方的に解散を強行しないこと,事業の継続と雇用を保障し,合意協力型の労使関係に基づく生産・営業体制の改善強化を図ること等の要求をした。これに対し,1月29日債務者会社から,労働組合との協議にできるだけ努力し,確認内容を尊重して進めるが,事業の継続はあり得ない等の回答がされた。

(5)  2月18日債権者らは債務者会社に対し,団体交渉を打ち切ることなく,組合員の納得の得られるまで引き続き協議を継続し,労使合意するまで当面会社解散と解雇を凍結すること,事業存続のための努力を行うとともに労使で事業存続のための施策について協議と協力を行うことなどの要求をした。そして,債務者会社と債権者JMIU両支部は,同日,会社は今後も債権者JMIU両支部との団体交渉を打ち切ることなく,合意が得られるまで引き続き協議を継続することを表明したこと等を確認する旨の確認書を作成してこれに記名押印した。債務者会社は,同月21日前記の要求に対し,労働組合との協議にできるだけ努力をし,労使合意に達したいと考える等の回答をした。

(6)  2月28日,JMIU本部と債権者らは債務者会社及びオリンパス光学工業に対し,組合の解散案を一時凍結して労使が合意するまで協議すべきという要求を無視して3月末解散を強行しようとする理由は何か等8項目にわたる質問書を提出した。そして,3月7日債務者会社から債権者JMIU両支部に対し,解散が延びれば従業員に支払う退職金も取り崩さざるを得ないという状況で,できるだけ早く清算することが従業員への還元を最も有利にできると判断して解散を3月31日とした旨等の8項目の質問に対する回答がされた。

(7)  債務者会社は,当初,3月10日から25日までの間に生産設備等を順次搬出する計画を立てていたところ,債権者らが債務者会社の取引先等に会社解散に対する労働組合の考え方を記載して関係者の理解と協力を願うビラを頒布したことなどから,取引先から生産設備等の返却を求められた。そのため,債務者会社は3月9日,急遽,協和工場から工作機械3台,金型(341型)を搬出した。同月10日債権者らはこれに抗議し,同月12日,当裁判所に本件申立てをした。そして,同月13日債務者会社と債権者JMIU茨城地本及び債権者JMIU両支部との間で,両者が当事者として記名捺印した本件確認書が作成された。

(8)  3月12日債務者会社から従業員に対し,前記金型等を搬出したことについての弁明と,再就職支援室開設を伝えるお知らせが発せられた。さらに,同月18日債務者会社から従業員に対し退職届提出と退職金支給,再就職支援のお知らせが出され,同月21日これに対し,債権者らから債務者会社に対し組合員の切り崩しを図るもので不当労働行為である旨の抗議がされた。3月25日債務者会社から各従業員に対し,退職届の提出を促し,退職金の支給,再就職支援について説明した連絡文書が配付された。

(9)  3月20日本件の第1回審尋期日が開かれ,債務者会社代理人の責任において,次回期日(4月22日)までは,本件確認書の趣旨に従って,労働組合との合意なしには生産設備等の搬出をしない旨の約束がされた。同月25日,債務者会社代理人から債権者ら代理人を通じて,目録記載1,54,55の生産設備搬出の了解を求めたが,債権者らは4月1日これを拒否した。債務者会社代理人は,同日その具体的必要性を示して再度同物件の搬出の了解を求めたが,債権者らは,4月8日これを拒否した。さらに債務者代理人は,同月11日及び14日債権者ら代理人を通じて目録記載63の金型のうち合計8型についてH工機ほかの所有者から返却を要請されていることを理由に,その搬出についての同意を求めたが,債権者ら代理人からは,団体交渉の場で協議するのが適切である旨債権者らの意向を伝える回答がされた。そして,4月22日,本件の第2回審尋期日の後,債務者会社は,前記金型を協和工場から搬出した。

(10)  3月31日までの間に合計10回の団体交渉が行われたが,債権者らが債務者会社の解散,従業員の解雇に同意しないまま,債務者会社は,3月31日株主総会において解散を決議し,その旨の登記がされた。そして,4月に一部残務処理が行われた後,同月25日事業を停止して,事務棟以外の工場設備を含む施設は閉鎖された。

2  以上の事実に基づき,本件議事録確認及び本件確認書の性質,効力について判断する。

(1)  本件議事録確認は,債務者会社が債権者らに対し会社解散,従業員解雇を通告した1週間後に作成されたもので,債務者会社と債権者らとの第1回団体交渉において確認された事項を文書化したもので,債務者会社とその取締役社長,債権者JMIU両支部及び債権者JMIU茨城地本とその各執行委員長の記名押印がされている。1項は,「会社と組合は労働協約にもとづき誠実に協議し,合意なしに生産設備等の搬出をしないことを確認する。」という内容で,労働協約の事前協議約款に基づくことを明記している。そして2項は「会社は,従業員の生活と雇用を守るため,最大限の努力をはらうことを表明する。」という内容で,1,2項を併せてみれば,労働条件その他に関連する事項が記されていると認められるものである。従って,本件議事録確認は,その表題にかかわらず,団体交渉の議事内容を単に備忘的に記録したものではなく,債務者会社と債権者らが,債務者会社が打ち出した解散,従業員解雇との方策について,既存の労働協約に規定された事前協議約款を具体的に履践するための今後の協議についての指針を合意して確認したもので,労働協約にあたると認めることができる(債務者協和工場とJMIU協和支部との間でも債務者東京金属とJMIU東京金属支部との労働協約中の事前協議約款が適用されることは,前記のとおりである。)。また,本件確認書は,3月9日債務者会社が金型等を搬出したことに対し債権者らが抗議し,その直後に行われた団体交渉において債務者会社と債権者らが確認した内容が記載されているが,本件議事録確認と同様に,債務者会社,債権者らの両当事者の記名捺印がされている。そして,その内容は,債務者会社が債権者らの抗議を受けて,今後債権者らの合意なしに生産設備等の搬出をしないことを表明し,「会社は,今後客先などからの強い要望があった場合は,その都度,労働組合と事前に協議し,労働組合の合意なしには搬出をしないことを確認した。」という内容であって,債務者会社に本件議事録確認に反する行為があったことを踏まえて,本件議事録確認の内容について改めて具体的に確認したものとみられ,本件確認書もやはり労働協約にあたるものと認めることができる。

(2)  債務者らは,本件議事録確認は,3月末に解散するまでの労使間の協力を確認する趣旨で作成されたものである旨主張する。しかし,そうであれば,端的に3月末までは労働組合の同意なしに生産設備等を搬出しない旨合意すれば足りるのである。本件議事録確認の内容を改めて具体的に確認した内容となっている本件確認書は,会社が解散する予定の僅か20日足らず前に合意され,作成されたものであり,本件議事録確認にも本件確認書にも全く期限が定められていないのである。これらの事情に鑑みれば,本件議事録確認が単に3月末までの期間に限定されて確認されたものとは認められない。

(3)  次に,労働協約である本件議事録確認及び本件確認書の効力として,債権者らが債務者らに対し生産設備等搬出の差止めを求めることができるか検討する。

本件議事録確認及び本件確認書における,債権者らの合意なしに生産設備等の搬出をしない旨の事項については,会社解散,従業員解雇という債務者会社の方策の遂行にあたって,会社の生産設備等の処理に関して使用者である債務者会社と労働組合である債権者らとの間でひとつのルールを設定したものとみられ,債務者会社と債権者らの間の契約として債務的効力が生ずるといえる。したがって,債務者会社は,契約当事者として,合意内容を遵守し,履行すべき義務(不作為義務)を負うといえる。他面,債権者らは,債務者会社に対しその履行を請求する権利を有するものであり,債務者会社が不作為義務に違反して,債権者らの同意なしに生産設備等を搬出しようする場合,これの差止めを請求することができると認められる。

(4)  ところで,証拠(<証拠省略>)によれば,目録の生産設備等のうち,「A」と付記されているのは第三者が所有し債権者らが預かっている物件であり,「B」と付記されているのは第三者からのリース物件であることが認められる。これらの第三者の所有物件についても,債務者会社が債権者らの同意なしに搬出しないことを確認した労働協約たる本件議事録確認及び本件確認書の対象に含まれているのか問題になるところではある。が,少なくとも,本件確認書は,債務者会社が債権者らの同意なしに第三者の所有物件を搬出したことが問題となって,これを踏まえて作成されたもので,その文言(2項)からしても,第三者の所有物件もその対象としているとみることができる。しかしながら,第三者の所有物件については,債権者らはもちろん債務者会社においても全く処分権を有していないのである。第三者は,債務者会社の解散,事業閉鎖の事態に至って,いつでも任意に所有する生産設備等の返還を債務者会社に求めることができるのであって,債務者会社も債権者らもこれを拒むことができない関係にある。債務者会社において,第三者の所有物件の搬出等の処分に関して債権者らとの間で何らかの合意ができる地位にないし,債権者らにおいても搬出の禁止を求める権利はないというべきものである。したがって,同じ労働協約の対象となっているとしても,その効力に関しては債務者会社の所有物件とは別異に考えるのが相当であり,第三者の所有物件については,債権者らにおいて,本件議事録確認及び本件確認書の効力として,債務者会社に対し搬出の差止めを求めることはできないと解すべきである。

(5)  なお,労働協約では,会社は事業の閉鎖等にあって,その方針及び大綱に関しあらかじめ組合と協議する旨定められており,債権者らの同意までは求められていない。本件議事録確認及び本件確認書も前記労働協約に基づいて作成されたものであり,会社解散に関して債権者らとの協議が尽くされたとみられる事態に至れば,債権者らの同意がなくても,会社の事業の閉鎖は効力を有することになり,そうであれば,債権者らの同意がなくても生産設備等の搬出ができると解することができる。また,債務者会社が生産設備等の搬出について,その必要性等の説明,協議,説得等を尽くし,これに同意することもやむを得ないと認められ,債権者らにおいてそれでもなお同意しないことが信義則に反すると認められるような場合は,債権者らの同意があったものとみなして生産設備等の搬出をすることもできると解することもできる。しかし,本件においては,未だいずれの事態にも至っているとは認められないものである。

3  保全の必要性について

(1)  前記の認定,判断によれば,債権者らの同意のないままに生産設備等の搬出が行われてしまえば,本件議事録確認及び本件確認書で合意した趣旨が没却され,ひいては,事業閉鎖に関して債権者らとの協議を必要としている労働協約も意味を失なわせるものであって,債権者らが著しい損害を被ることは明らかであり,債権者らにおいて債務者会社に対して生産設備等の搬出の差止めを求める必要があるというべきである。

(2)  債務者らは,債務者会社の所有物件については,今後債権者らと協議せずに搬出するつもりはなく,保全の必要はない旨主張する。しかし,債務者らは,本件議事録確認及び本件確認書について労働協約であることを否定していて,債務者会社の所有物件についても債権者らの搬出差止めの被保全権利を認めているわけではないのであるから,債務者会社が当面これらを搬出する予定がないとしても,保全の必要が失われるということにはならないものである。

4  よって,本件申立ては,主文1項の限度で理由があるから,担保を立てさせないで,主文のとおり決定する。

(裁判官 木下秀樹)

工場目録

茨城県真壁郡協和町大字<以下省略>所在の債務者東京金属株式会社及び債務者株式会社東京金属協和工場の両社が管理している「協和工場」という名称の工場

議事録確認(甲第8号証)

東京金属株式会社,株式会社東京金属協和工場(以下会社という)と全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部,同東京金属支部,同東京金属協和支部(以下組合という)は,2003年1月22日の団体交渉において,下記の通り確認する。

1. 会社と組合は,労働協約にもとづき誠実に協議し,合意なしに生産設備等の搬出をしないことを確認する。

2. 会社は,従業員の生活と雇用を守るため,最大限の努力をはらうことを表明する。

3. 会社は,組合に対し,これまでの財務,生産・営業状況及び資金繰りなどの情報を提供する。

2003年1月22日

会社:東京金属株式会社・株式会社東京金属協和工場

取締役社長 A

組合:全日本金属情報機器労働組合

茨城地方本部 執行委員長 X1

同 東京金属支部

執行委員長 X2

同 東京金属協和支部

執行委員長 X3

確認書(甲第34号証)

全日本金属情報機器労働組合,同茨城地方本部,同東京金属支部,同東京金属協和支部(以下,組合という)と,東京金属株式会社・株式会社東京金属協和工場(以下,会社という)は,2003年3月13日の団体交渉において,下記の通り確認する。

1. 会社が,去る3月9日,生産設備等の一部の搬出を行ったことは,1月22日に組合との間で取り交わした「議事録確認書」第1項,「会社と組合は,労働協約にもとづき誠実に協議し,合意なしに生産設備等の搬出をしないことを確認する」に反する行為であったと,組合が強く抗議した。これに対し会社は,今後かかる行為を行わないことを表明した。

2. 会社は,今後客先などからの強い搬出の要望があった場合は,その都度,労働組合と事前に協議し,労働組合の合意なしには搬出をしないことを確認した。

2003年3月13日

(会社)東京金属株式会社・株式会社東京金属協和工場

代表取締役社長 A

(組合)全日本金属情報機器労働組合茨城地方本部

執行委員長 X1

全日本金属情報機器労働組合東京金属支部

執行委員長 X2

全日本金属情報機器労働組合東京金属協和支部

執行委員長 X3

生産設備等目録

<省略>

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