大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所下妻支部 昭和44年(ヨ)35号 決定 1969年7月29日

申請人

生田目松男

代理人

古川太三郎

平林良章

被申請人

宮田トシ

外一名

代理人

大木市郎治

主文

被申請人らは各自申請人に対し昭和四四年八月一日から昭和四五年一月三一日まで毎月末日限り一カ月四万九〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

理由

一申立

申請人代理人は「被申請人らは各自申請人に対し四一万六五〇〇円および昭和四四年六月一日から昭和四五年六月三〇日まで毎月末日限り一カ月四万九〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え」との裁判を求め、被申請人ら代理人は「本件申請を却下する」との裁判を求めた。

二認定事実

疏明によつて一応認められる事実は次のとおりである。

被申請人宮田トシは自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四三年九月一四日午後零時四〇分ごろライトバンを運転して結城駅方面から上三川町方面に向かつて進行し結城市大町六三番地先交差点付近にさしかかつた。

申請人は同時刻ごろ同場所付近を右車輛と同一方向に向かつて進行し右交差点の手前で右折のため一時停止した。

被申請人トシはこれを追越そうとしたが、その際車輛間の間隔を十分にとらなかつた過失により、自車を申請人の身体に接触させて同所に申請人を転側させ、よして申請人に対し回復予測困難な右肩鎖関節脱臼、頸椎捻挫などの傷害を負わせた。

申請人は当時大工職で毎月平均二六日稼働し一日一九〇〇円の収入を得ていたが右交通事故のため同日以降就業することが出来なくなつた。

申請人の家族構成は、申請人(四五才)、妻(四五才)、長男(二二才)、長女(二〇才)、次女(一八才)、次男(一五才)、三女(一二才)であり、長男、長女、次女はそれぞれ職を得て稼働しており妻も本件事故後は他に就労して賃金を得ている。

被申請人らは夫婦で鶏肉および鶏卵の卸売および小売を共同して営み、右車輛を営業のために使用している。

被申請人らは申請人に対し、生活費の一部として合計一六万円を支払つた。

三判断

申請人は、被申請人トシの過失による不法行為のために一カ月四万九四〇〇円(日収一九〇〇円に月平均稼働日数を乗したもの)の得べかりし利益を喪失したから、同被申請人に対し事故の日から稼働可能な程度に傷病が治癒される日まで毎月同額の割合による損害賠償債権を有すべきことになる。

そして、被申請人宮田光は自己のために自動車を運行の用に供するものであるから、同被申請人もまた申請人に対し被申請人トシと同一内容の損害賠償債務を負うべきこととなる。

ところで、この種仮処分は、争いある権利関係について、本案裁判確定前に、一応の疏明によつて申請人に債権者としての仮の地位を与えて暫定的状態を作出し、当面の著しい損害を避けることを目的とするものであるから、必ずしも疏明された債権のすべてを満足させなければならないものではない。ことに交通事故訴訟においては被害者側にも過失がありその結果賠償額の算定についてこれを斟酌する場合が多いのであるから、仮処分が本案化しているいわゆる労働事件のように口頭弁論を開いて当事者双方に主張立証を尽くさせた場合は格別、本件のように書面審理もしくは審尋のみによるような場合には、本案訴訟における反証によつて一応疎明された賠償額が低額となることのありうる点を考慮し、満足的仮処分は原則として発すべきではないと考えられる。したがつてこの種の仮処分は被申請人に対し本案審理のために通常予測される期間中、申請人の家族が生計を維持しうる程度の額の仮払いを命ずることをもつて足りるというべきである。

これを本件についてみると、申請人の家族構成および稼働状況は前示のとおりであるが、長男、長女、次女は職を得ているとはいいながら、年令からみて自己の生活費程度の収入を得ているに止まると推定されるから、申請人、妻、次男、三女の生活は申請人の収入に依拠していたものと認められる。そしてこの程度の家族の生活を維持するためには、申請人主張の一カ月四万九〇〇〇円の額は相当であると考えられる。なお、妻が本件事故後他に就労して賃金を得ていることは前示のとおりであるけれども、妻は事故前にあつては家庭を守り子女の育児教育を図つて来たが、本件事故のため収入が止絶えたため、やむを得ず就労したものと推認されるところ、被害者側の所大な犠牲、努力によつて加害者側の負担が軽減されるとすることは、信義則上是認できないから、妻の収入は前示必要生活費から控除すべきでなく、被申請人らにこれを支払わせて、妻を家庭に戻すのが相当である。

そして、本案審理のために要すべき期間は、本件交通事故の事案の態様などからみて六カ月程度と考えられるから、本決定の直後である昭和四年八月一日から六カ月間被申請人らに対しその仮払いを命ずることとして、主文のとおり決定する。 (山口忍)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例