水戸地方裁判所土浦支部 昭和60年(ヨ)119号
当事者
別紙当事者目録記載のとおり
主文
本件申請を棄却する。
申請費用は債権者らの負担とする。
理由
第一当事者の申立て及び主張
一 債権者らは、「債務者は、債権者らに支給する給与からネッスル日本労働組合(代表者村谷政俊)の組合費を控除してはならない。申請費用は債務者の負担とする。」との裁判を求めた。申請の理由は要するに、「債権者らは債務者の従業員として給与請求権を有するところ、斎藤勝一を代表者本部執行委員長とするネッスル日本労働組合の組合員であって村谷政俊を代表者とするネッスル日本労働組合の組合員ではなく、また債務者に対し給与から組合費を控除しないよう申し入れたにもかかわらず、その給与から村谷政俊を代表者とするネッスル日本労働組合の組合費を控除され、給与の一部を支給されない状態にあり、このような組合費控除が継続されると、債権者らは回復し難い損害を被る。」というにある。
二 債務者は主文と同旨の裁判を求めた。その主張の要旨は、「債務者の従業員によって組織されるネッスル日本労働組合は一つしか存在せず、債権者らは現在もその組合員であるから、債務者が同組合の正当な代表者本部執行委員長である村谷政俊との間で締結した労働協約に基づき、債権者らの給与から組合費を控除することに何ら違法はない。また債権者らが毎月の給与から控除される組合費は一人あたり数千円にすぎず、昭和六〇年一二月支給の賞与から控除される組合費も多い者で一人あたり一万一一四〇円にとどまるのであるから、保全の必要性もない。」というにある。
第二当裁判所の判断
一 一件記録及び当事者各審尋の結果を総合すると、次の事実が一応認められ、これを覆すに足りる資料はない。
1 債権者らは債務者との間で別紙(略)雇用契約一覧表のとおりそれぞれ雇用契約を締結してその従業員となったものである。
2 ネッスル日本労働組合(以下「ネッスル労組」という。)は昭和四〇年一一月債務者の従業員によって組織された単位労働組合であり、債権者らは昭和五七年一〇月当時いずれもその組合員であって、当時、他に債務者の従業員によって組織される労働組合はなかった。
3 ネッスル労組の組合規約には次の規定がある。
第一七条 この組合に、次の機関をおく。
1 本部機関
(1) 全国大会
(2) 本部執行委員会
2 支部機関
(1) 支部大会
(2) 支部執行委員会
3 分会機関
(1) 分会大会
(2) 分会執行委員会
第一八条 会議は、決議機関においては議決権をもつ構成員の、執行機関においては構成員の三分の二以上の出席をもって成立し、かつこれをもって議決の定数とする。
第二三条 全国大会(以下「大会」という。)は、この組合の最高決議機関であって代議員および本部役員で構成する。
第二四条<1> 全国大会は、定期大会と臨時大会の二種類とし、本部執行委員長の招集により開催する。
第二六条<1> 全国大会代議員は大会に出席して議事の審議決定に参加するとともに、組合員に大会の報告をしなければならない。
第二七条<1> 議長、副議長および本部役員(監査委員を除く)は議決権を行使することができない。
第五二条<1> 役員の任期は各級定期大会の翌日から、次の各級定期大会終了日までとする。ただし、再選は妨げない。
<2> 役員は、任期満了後でも、後任者の決定があるまでは、その業務を遂行する。
4 ネッスル労組の第一七回定期全国大会は昭和五七年一一月六日、七日に開催されることが公示され、同年一〇月一八日に行われた大会代議員選挙の結果七七名の代議員が選出された。また一九八二年度本部役員選挙においては、同年一一月三日に行われた開票の結果、本部執行委員長に三浦一昭が選出された。第一七回定期全国大会は同月六日、七日に開催されたが、大会代議員七七名中四二名が出席したのみで、三五名は同大会に欠席した(当時の監査委員は二名であった。)。ところが、当時本部副執行委員長であった斎藤勝一らは、欠席した大会代議員が代議員たる資格を放棄し、議決権を有しないものとみなして、出席代議員のみで三浦一昭ら一三名を組合員権利停止処分に付すること、同月一三日に続開大会を開催し同大会において本部役員を選出することを決議し、直ちに三浦一昭ら本部役員三名の解任を債務者に通知したうえ、同月一三日に開催された続開大会においても、三九名の大会代議員の出席のみにより、あらためて三浦一昭らを組合員権利停止処分に付する旨の決議をし、更に出席代議員らにより本部役員選挙を行い、本部執行委員長に斎藤勝一を選出したほか、八名の役員を選出した。
5 このようにして選出された執行委員会は同年一二月二九日、第一七回定期全国大会の決定に反する選挙や支部大会には参加しない旨の確認書を昭和五八年一月九日までに提出した者を組合員とする旨決定したうえ、斎藤勝一の招集により昭和五八年一月一五日開催した第一八回臨時全国大会において、右確認書を提出しなかった組合員らはネッスル労組から集団的に脱退したものである旨の大会決議を採択したが、当時の組合員約二一〇〇名のうち右確認書を斎藤勝一のもとに提出した者は二百数十名にとどまり、三浦一昭らその余の組合員は右確認書を提出しなかった。斎藤勝一は、更に同年三月二〇日、右確認書を提出した者のみが組合員であるとして、その招集により第一九回臨時全国大会を開催し、本部役員の再選挙を行って同人が再び本部執行委員長に選出されるとともに組合規約の改訂を行った。
6 他方、三浦一昭は、第一七回定期全国大会における決議が無効であるとして、本部執行委員長の職務を執行したが昭和五九年八月二六日退任し、村谷政俊が代わって本部執行委員長に選出され、定期全国大会を経て現在に至っている。
7 ネッスル労組は昭和五七年三月一八日債務者との間で、有効期間を同年四月一日から一年六か月間と定めて、債務者が組合員の給与から組合費を控除してこれをネッスル労組に交付する旨の労働協約(以下「本件協約」という。)を締結し、その後債務者との間では、三浦一昭がネッスル労組本部執行委員長として昭和五八年九月二八日及び昭和五九年三月二三日に、村谷政俊がネッスル労組本部執行委員長として昭和六〇年三月二九日及び同年九月三〇日に、それぞれ本件協約の有効期間を延長する旨の合意をし、右の最後の合意による延長期間は昭和六一年九月三〇日までとされている。他方、斎藤勝一はネッスル労組本部執行委員長として昭和五八年一月四日債務者に対し本件協約の破棄を通告した。
8 債権者らはいずれも斎藤勝一のもとに前記確認書を提出した者であるが、昭和五八年九月債務者に対し、自分が三浦一昭を代表者とする組合の組合員でないとして、給与から組合費を控除しないよう申し入れた。
二 以上の認定事実に基づき、三浦一昭、村谷政俊と債務者との間でされた本件協約の有効期間を延長する合意の効力が債権者らに及ぶか否かについて判断する。
三浦一昭は、前記認定のとおり、ネッスル労組において、一九八二年度本部役員選挙の結果、本部執行委員長に選出され、その職務を遂行したが、他方、昭和五七年一一月六日、七日に開催された第一七回定期全国大会及び同月一三日に開催された続開大会において、同人らを組合員権利停止処分に付する旨の決議がされたうえ、斎藤勝一が本部執行委員長に選出されている。しかし、右大会の出席代議員数は、同月六日、七日の大会については七七名中四二名、同月一三日の大会については三九名にすぎず(当時の監査委員は二名であった。)、当時本部副執行委員長であった斎藤勝一らは、欠席した大会代議員が代議員たる資格を放棄し、議決権を有しないものとみなしたというのであるが、ネッスル労組においてそのようにみなし得る旨の定めが組合規約等にあることの疎明はなく、組合規約等の定めなしに、大会に欠席したということから代議員資格を放棄したものとみなすことはできないというべきであるから、他に大会欠席代議員が代議員資格を喪失していたといった事情の疎明のない本件においては、右大会の決議はいずれもネッスル労組の組合規約第一八条所定の定足数を充たしていないというほかない。よって、右大会においてされた三浦一昭らを組合員権利停止処分に付する旨の決議及び続開大会を開催する旨の決議並びに同月一三日に開催された続開大会における三浦一昭らを組合員権利停止処分に付する旨の決議及び本部役員選挙はすべて無効であるといわなければならない。
以上のところから明らかなとおり、三浦一昭は、組合規約第五二条第一項により、第一七回定期全国大会の開催された同月六日、七日の翌日である同月八日、ネッスル労組の本部執行委員長に就任したというべきであり、同人は昭和五九年八月二六日をもって本部執行委員長を退任し、村谷政俊がかわって本部執行委員長に選出され、定期全国大会を経て現在に至っているのであるから、三浦一昭、村谷政俊が債務者との間でした本件協約の有効期間を延長する旨の前記合意の効力は、特別の事情のない限り、ネッスル労組の組合員に及び、同組合員であった債権者らにも及ぶというべきである。
なお、斎藤勝一は昭和五八年一月四日ネッスル労組の本部執行委員長として債務者に対し本件協約の破棄を通告しているが、斎藤勝一の本部執行委員長選出が無効であることは前示のとおりであるから、同人のした右破棄通告がネッスル労組の本部執行委員長のしたものとして効力を有しないことはいうまでもない。
三 そこで、右の特別の事情の有無についてみるに、債権者らはこの点につき、斎藤勝一を代表者とするネッスル日本労働組合と村谷政俊を代表者とするネッスル日本労働組合とが併存していること、債権者らが債務者に対し、給与から組合費を控除しないよう申し入れたことを主張するので、以下、その当否について判断する。
1 まず、労働組合が併存しているとの主張について、昭和五七年一〇月当時債務者の従業員によって組織される労働組合がネッスル労組のみであったことは前記認定のとおりであるところ、債権者らは本件審尋手続において、斎藤勝一らと三浦一昭、村谷政俊らとのいずれがネッスル労組の正統な承継者であるかが争われていると述べていることからみて、斎藤勝一及び債権者らがネッスル労組と別個独立の新たな労働組合を組織したと主張する意思を有しないことは明らかであり、また自らがネッスル労組を脱退したとの主張はしない旨を明言しているものの、労働組合が併存するに至った経緯につき、それ以上の主張をしない。ただ、右の主張と前記認定事実によると、三浦一昭らがネッスル労組の組合員資格を喪失し、ネッスル労組と別個独立の労働組合を組織したこと又はネッスル労組が分裂したことのいずれかを労働組合併存に至った事情として主張するほかないと考えられるので、以下この点について検討する。
(一) まず、三浦一昭らがネッスル労組の組合員資格を喪失したか否かについてみるに、前記第一八回臨時全国大会において、確認書を提出しなかった者はネッスル労組から脱退したものとみなす旨の決議が採択され、三浦一昭らは確認書を提出していないのであるが、斎藤勝一の本部執行委員長選出が無効であることは前示のとおりであるから、招集権限のない同人の招集により開催された第一八回臨時全国大会における右決議はネッスル労組の全国大会の決議としての効力を有しないとみるべきことに加え、そもそも除名の手続によらずして右のような決議により組合員の資格を剥奪し、除名と同一の効果を生じさせることは許されないと解されるところ、右決議が除名の手続によっていることの疎明はないのであるから、いずれの点においても、右決議により、確認書を提出しなかった三浦一昭らがネッスル労組の組合員資格を喪失することはないというべきである。
そして、一件記録によっても、他に三浦一昭らがネッスル労組の組合員資格を喪失したとの事由は見出し得ず、よって、同人らが右組合員資格を喪失したことはないといわなければならない。
(二) 次に、ネッスル労組が分裂したか否かについてみる。
斎藤勝一及び債権者らがネッスル労組を脱退したこと、同人らがネッスル労組と別個独立の労働組合を設立したことの主張はなく、三浦一昭らもネッスル労組の組合員資格を喪失していないこと、ネッスル労組の本部執行委員長には、昭和五七年一一月に三浦一昭が就任し、その後これに代わり村谷政俊が就任して現在に至っていることは前示のとおりであり、これに加えて、一件記録によると、三浦一昭らはネッスル労組の従前の組合規約等に則って、従前と同様に労働組合の運営、活動を行っていること、ネッスル労組には昭和五七年当時約二一〇〇名の組合員がいたが、そのうち、斎藤勝一のもとに前記確認書を提出した者は二百数十名にとどまり、その余の者は、三浦一昭、村谷政俊がネッスル労組の本部執行委員長であることを是認してきていること、斎藤勝一らはその所属する組合の名称をネッスル労組と同一のネッスル日本労働組合としており、その所在地もネッスル労組と同一であるとみられること、ネッスル労組は昭和五七年以前から現在に至るまで全日本食品労働組合連合会に加盟しており、同連合会は斎藤勝一らと三浦一昭、村谷政俊らとの争いを一個の労働組合内の派閥闘争とみたうえで、現時点においては村谷政俊をネッスル労組の正当な本部執行委員長として扱っていること、三浦一昭、村谷政俊らも斎藤勝一らの行為を分派活動とみていること、以上の事実が一応認められる。
そして、労働組合の分裂の法理は、労働組合の内部対立により、その統一的な存続、活動が極めて高度かつ永続的に困難となり、労働組合そのものが統一的組織体としての機能を保持し得なくなった場合にはじめてその導入の可否につき検討する余地を生ずるものと解されるところ(最高裁昭和四九年九月三〇日判決・民集二八巻六号一三八二頁、同日判決・判時七六〇号九七頁、昭和五二年一二月八日判決・労判二九四号五五頁参照)、右認定事実に鑑みると、斎藤勝一らが前記のとおり組合員の確定手続、本部役員の選挙、組合規約の改訂等を行ったこと及び前記確認書を提出した組合員らによって、ネッスル労組のいくつかの支部において支部設立登記が経由され、またその所在地の地方労働委員会で労働組合法二条、五条による資格審査を経ていること、組合員間の対立は既に三年余にわたって続いており、その間、労働組合が事実上併存していることを窺わせるある程度の外観をも呈するに至っていること等の一件記録によって一応認められる事情を勘案しても、なお本件が右分裂法理導入の可否につき検討する余地を生ずる場合にあたるということはできず、結局本件においてネッスル労組の分裂を法的に肯認することはできないといわなければならない。
(三) 以上のとおりであるから、斎藤勝一を代表者とするネッスル日本労働組合と村谷政俊を代表者とするネッスル労働組合が併存しているとの債権者らの主張は理由がない。
2 更に、債権者らが債務者に対し、給与から組合費を控除しないように申し入れたとの点についてみるに、債権者らが昭和五八年九月債務者に対し右の申入れをしたことは前記認定のとおりであるが、労働組合法一六条に定める労働協約の組合員に及ぼす効力を組合員の個々の意思表示によって排除し得ないことはいうまでもないから、債権者らが債務者に対する右申入れをもって本件協約に基づく組合費の控除を免れることはできないというべきである。
3 よって、本件協約の効力が債権者らに及ぶことを排除する特別の事情は、これを見出すことができず、結局、債権者らは本件協約に拘束されて、給与からネッスル労組の組合費を控除される地位にあるというべきである。
四 以上の次第で、本件申請はいずれの点からみても理由がなく、他にこれを理由あらしめる事情も窺われないのであるから、その余について判断するまでもなく、申請の理由につきその疎明がないことに帰し、その疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないので、これを棄却することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 佐賀義史)
当事者目録
債権者 富田真一
債権者 栗村新市
債権者 岡沢清
債権者 谷貝邦夫
債権者 宮本利夫
債権者 岩瀬尚志
債権者 平野敏治
債権者 徳永一成
債権者 根本等
債権者 浅見一男
債権者 宮本浩
債権者 高島裕之
債権者 山本政治
債権者 池本俊治
債権者 根本健一
債権者 高須和喜
債権者 越川正己
債権者 高柳輝男
債権者 石塚新一
債権者 浜田富夫
債権者 小島良雄
債権者 仲川英子
債権者 荒川和彦
右債権者ら訴訟代理人弁護士 岡村親宜
同 山田裕祥
同 古川景一
債権者 ネッスル株式会社
右代表者代表取締役 エッチ・ジェイ・シニガー
右訴訟代理人弁護士 青山周