津地方裁判所 平成10年(ワ)279号 判決 2002年7月25日
原告
株式会社甲山鉄工所
同代表者代表取締役
甲山花子
原告
甲山太郎
上記両名訴訟代理人弁護士
松葉謙三
被告
阿児町
同代表者町長
乙川一郎
同訴訟代理人弁護士
楠井嘉行
同
北薗太
同
川端康成
被告補助参加人
乙川一郎
同訴訟代理人弁護士
宇都木寧
主文
1 被告は,原告株式会社甲山鉄工所に対し,金660万円及びこれに対する平成10年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告株式会社甲山鉄工所のその余の請求及び原告甲山太郎の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用のうち参加によって生じた費用を除いたものは,原告株式会社甲山鉄工所と被告との間においては,原告株式会社甲山鉄工所に生じた費用の10分の1を被告の負担とし,その余は各自の負担とし,原告甲山太郎と被告との間においては,全部原告甲山太郎の負担とし,訴訟費用のうち参加によって生じた費用は,原告株式会社甲山鉄工所と被告補助参加人との間においては,原告株式会社甲山鉄工所に生じた費用の10分の1を被告補助参加人の負担とし,その余は各自の負担とし,原告甲山太郎と被告補助参加人との間においては,全部原告甲山太郎の負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は,原告株式会社甲山鉄工所(以下「原告会社」という。)に対し,1221万円及びこれに対する平成10年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告甲山太郎(以下「原告甲山」という。)に対し,116万円及びこれに対する平成10年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被告
(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 事案の概要
本件は,原告らが被告に対し,「被告の町長が,原告会社の代表取締役であった原告甲山による住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)の報復措置として,原告会社への配水管布設工事の入札に関する指名を1年半もの間保留したこと(以下「本件指名保留」という。)は,原告らに対する不法行為に当たる。」として,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償及びこれに対する民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲げた事項以外は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告会社は,工事業者である。
原告甲山は,阿児町の住民であり,平成10年当時には原告会社の代表取締役をしていたが,平成11年4月9日に,原告会社の代表取締役・取締役を退任した(弁論の全趣旨)。
(2) 被告における指名競争入札参加者の指名等
阿児町会計規則(乙23)71条は,被告における指名競争入札参加者の指名基準として,指名競争入札に指名することのできる者は,①過去における町との契約の履行が誠実であった者,②契約の履行が誠実かつ確実と認められる者のいずれかに該当するものでなければならないとしており,同72条は,①入札者の指名につき,指名競争入札に付そうとするときは,主務課長は,指名競争入札に参加する資格を有する者のうちから71条の基準により競争に参加する者を3名以上指名しなければならない,ただし,特別の事情があるときはこの限りでない,②指名する者に対しては,やむを得ない理由がある場合を除き,入札期日の前日から起算して10日前までに通知しなければならない旨規定している。
また,阿児町建設工事指名審査会内規(乙24)は,①阿児町において発注する建設工事の入札参加者の指名審査は,この内規の定めるところによる(1条),②発注工事の指名の適正を期し優良業者を選定するため,阿児町建設工事指名審査会を置く(2条),③審査会の構成は,会長が助役,副会長が参事,委員が総務課長,産業振興課長,建設課長,地域整備課長,下水道課長及び水道課長とする(3条1項),④指名は,阿児町会計規則58条2項の規定により作成された建設工事入札指名資格者名簿に登録された者のうちから行う(4条),⑤審査会は,阿児町建設工事発注基準に基づき,建設工事業者の工事施工能力,技術者の有無,経営規模,保有機械,信用度,資金状況等を考慮し,公平かつ厳正に選定するものとする(5条),⑥審査会は毎年4月に開くものとする,ただし,会長が必要と認めたときは,随時開くことができる(6条)旨規定している。
(3) 原告会社の入札参加
原告会社は,阿児町会計規則58条2項(70条)の規定により作成された阿児町建設工事入札指名資格者名簿(以下「本件名簿」という。)に登録されており,長年にわたり,被告の工事指名業者として配水管布設工事の入札に指名され参加してきた(弁論の全趣旨)。
なお,平成9年度の阿児町の配水管布設工事の入札は20件あり,落札金額合計は2億2219万8000円であったが,そのうち原告会社が落札したのは3件で,落札金額は,それぞれ,1877万円(甲10の3),990万円(甲10の4),1717万円(甲10の6),合計金額は4584万円であった。
(4) 本件監査請求
原告甲山は,平成10年6月19日,阿児町監査委員に対し,「阿児町水道課平成9年6月20日入札会の農道農免道路線配水管布設工事入札」につき,町長において最低制限価格を予定価格の5分の4に設定したことにより,落札価格と失格者の最低価格との差が141万円となり,同額の税金が無駄に使われたとして,町長が同額を阿児町に支払うよう求める住民監査請求をした(乙27。本件監査請求)。
阿児町監査委員は,平成10年8月3日,本件監査請求につき,最低制限価格に不当性は認められず,違法若しくは不当な公金の支出に当たらないなどとして,原告甲山の主張を却下する旨決定した(乙28)。
(5) 本件指名保留
被告においては,平成10年8月26日以降,別紙工事目録記載の13件の工事(平成10年度分)及び別紙入札落札結果調書記載の11件の工事(平成11年度分)につき指名競争入札がなされた(以下それぞれ「本件平成10年度分の入札」,「本件平成11年度分の入札」といい,また,まとめて「本件各入札」という。)。なお,落札額は,それぞれ,「落札額(円)」欄,「落札金額(円)」欄に記載のとおりであった。
阿児町建設工事指名審査会(以下単に「指名審査会」という。)は,平成10年7月29日,少なくとも平成10年8月26日の入札については,原告会社についても指名業者として答申したが,被告は,同日の入札について原告会社を指名せず,その後の本件各入札についても原告会社を指名しなかった(本件指名保留)。
(6) 本件新聞記事
本件指名保留に関する町長の発言について,①平成10年8月12日付け朝日新聞には,「乙川町長は「設定価格など入札そのものをうんぬんする監査請求期間中であり,監査結果が出るまでは,遠慮してもらった方がいいと判断した。今後,ずっと排除することはない」と話した。」との記事(甲1)が,②同日付け伊勢新聞には,「乙川一郎町長は,これまで指名業者として入札に参加してきた同社を外した理由について「今回は監査請求期間中で遠慮された方がいいと判断した」と述べた。」との記事(甲2)が,③同日付け中日新聞には,「乙川一郎町長は「指名業者は事業に適しているか,工事ごとに決めている。安心して仕事をしてもらえる業者を選んだ。選んだ当時,この業者は町に対し監査請求中だったので,外した方がいいと判断した。永久に指名を外すという考えはない」と話している。」との記事(甲3)が,それぞれ掲載された(以下まとめて「本件新聞記事」という。)。
2 争点
本件の主たる争点は,①本件指名保留の違法性の有無並びに②原告らの損害の有無及び額である。
3 当事者の主張
(原告らの主張)
(1) 町長が本件指名保留をしたのは,原告甲山が本件監査請求をしたことに対する報復措置であることは明らかであり,原告らに対する不法行為に当たるから,被告は,原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
ア 助役を委員長とする指名審査会が原告会社を指名業者として答申した(平成10年7月29日)にもかかわらず,町長は,「監査請求が終わるまで原告会社には入札を遠慮して貰う」という理由(本件新聞記事参照)で原告会社を前記工事の入札の指名から排除した(同年8月4日)のであり,本件指名保留は,明らかに原告甲山が本件監査請求をしたことに対する報復措置であり,町長の指名権の裁量を大幅に逸脱するもので違法である。
なお,被告及び被告補助参加人は,「原告会社の工事施工は,仕事が雑で施工上の不備や住民からの苦情等が多く,平成10年4月から資料の整理をすすめ,平成10年6月初めに町長は,原告会社の工事入札指名の保留は指導の観点から当然であると確信するに至り,指名審査会長である助役に検討を命じた。」旨主張するが,原告会社の工事がそれほどずさんであり,町長が6月初めに原告会社を指名保留することを決め,助役にも伝えていたのであるならば,指名審査会(助役が会長)が,原告を指名業者に入れて答申するはずはない。指名につき専門的立場にある指名審査会は原告会社を指名から外すことを全く考えていなかったのに,町全体の行政を指揮する多忙な町長が,指名審査会を飛び越えて,原告会社を指名から外すのはいかにも不自然である。
イ 被告発注の建設工事においては,指名保留はこれまでに全く例がなく,指名停止でもせいぜい3回分の入札につきなされる例が数件ある程度であったところ(乙25),指名保留は指名停止より軽いものであるはずであり,処分でもないのであるから,本件指名保留のように1年6か月もこれを続けるのは異常であり,違法である。しかも,被告は,本件指名保留を始めてから平成11年末になるまで,原告会社に対し,本件指名保留の理由を知らせてもいない。
なお,被告は,本件指名保留につき,原告の入札を排除するものではない旨主張するが,指名がなければ入札に参加することはできない。
ウ 被告や参加人は,「原告会社は,不良工事や住民の苦情が多く,水道課の指導に限界があったので,指名を保留した」旨主張し,「ミス」の具体例を挙げているようであるが,ミスといえないものをミスとしたり,どの業者でもあるようなものを原告会社だけがミスをおかしたと主張するものであり,このような被告の主張自体が原告会社を差別して,指名をしない不利益処分をしている証拠でもある。
原告会社は,町長から,平成6年度から9年度までの被告の請負契約を誠実に履行した旨の証明を受けており(契約履行証明書。甲4ないし6),指名停止されたことも指名保留されたこともなく,他の水道業者以上に誠実に工事を履行してきたことは明らかである。
(2) 原告会社の損害 1221万円
ア 得べかりし利益の喪失 901万円
平成9年度の阿児町の配水管布設工事の入札の落札額合計2億2219万8000円のうち,原告会社が落札した分の合計金額は4584万円であり,全体の20.6%である。これらの工事を施工すると,原告会社には,約20%の利益が上がった。
(ア) 本件平成10年度分の入札の落札額は別紙工事目録記載のとおりであり,その合計は1億5298万円であるところ,原告会社は,その約20%に当たる3000万円の工事を落札できた可能性があり,さらにその約15%に当たる450万円の利益を上げ得る可能性があった。
(イ) 本件平成11年度分の入札の落札額は別紙入札落札結果調書記載のとおりであり,その合計は1億5038万円であるところ,原告会社は,その約20%に当たる3007万6000円の工事を落札できた可能性があり,さらにその約15%に当たる451万円の利益を上げ得る可能性があった。
原告会社は,本件指名保留により,この(ア)及び(イ)の利益合計901万円を上げることができなくなった。
イ 非財産的損害等 150万円
また,指名を外されることにより,原告会社の名誉は毀損され,公共工事以外の仕事も減る可能性があり,その損害は非財産的損害を含め150万円を下らない。
ウ 弁護士費用 170万円
弁護士費用は,日弁連報酬基準に基づき算定される170万円が相当である。
エ したがって,本件指名保留により生じた原告会社の損害は,1221万円を下らない。
(3) 原告甲山の損害 116万円
ア 精神的損害 100万円
原告甲山が本件監査請求をしたために,みせしめとして原告会社が指名から外されたため,原告甲山は,今後阿児町民としての当然の権利である住民監査請求をするにも困難となる。また,原告会社の代表取締役としても,会社の経営が苦しくなり,原告会社にも大きな迷惑を与えたことになり,これらによる原告甲山の精神的苦痛は著しく,その損害を金銭に見積もるとすると100万円を下らない。
イ 弁護士費用 16万円
弁護士費用は,日弁連報酬基準に基づき算定される16万円が相当である。
ウ したがって,本件指名保留により生じた原告甲山の損害は,116万円を下らない。
(4) よって,原告会社は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,1221万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成10年9月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,原告甲山は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,116万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成10年9月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告及び被告補助参加人の主張)
(1) 本件指名保留は,本件監査請求とは無関係であり,公共工事における内在的公正の原理と原告会社の利益損害とを比較考慮すれば,社会的相当性を逸脱しておらず,町長に権限の濫用はないから,原告らの請求は理由がない。
ア 指名競争入札と不誠実業者の排除について
(ア) 指名競争入札の行われる場合においては,地方公共団体と受注業者との関係は,私法上の契約であり,一般の工事請負契約と異ならず,指名競争入札自体は,契約締結の方法にすぎないものであるから,特定の工事について指名業者中いかなる業者を指名するかは,地方公共団体の長の裁量に委ねられている。
(イ) また,行政においては,中立性のほか公正さが保たれなければならず,納税者の税金が費やされる公共工事については,工事の目的が公共の福祉にかなうべきものであるほか,その支出自体が住民の利益と住民の理解に基づかなければならない。すなわち,支出自体についても,支出の相手方が入札制度及び公共工事請負契約について,信義誠実に履行し公共の秩序を尊重する者であることが要求されるべきである。これに反することが明らかな者を契約当事者とすること自体,公共工事に内在する公正な事業と公正な支出により公正な社会を保持するという要求に反することとなる。
イ 町長が本件指名保留を決断した理由・経緯について
(ア) 原告会社の工事施工は,従来から,仕事が雑で施工上の不備や住民からの苦情等が多く(その具体例は,別紙「原告会社の水道工事における施工の悪さ,住民からの苦情の具体例について」に記載のとおりである。),現場代理人であった原告甲山が被告水道課職員の指導や注意をなかなか聞かないため,だれも監督員のやり手がなく,仕方なく経験年数の長いベテラン職員や係長が勤めていたような状態であり,担当課職員等からも工事指名の排除の声がしばしば出ていたところである。しかし,町長は,企業経営や従業員(阿児町の住民)の生活に影響を及ぼすところから,担当課職員には工事を通じて長い目で指導・育成するように助言してきた。ところが,原告会社は,これを理解せず,平成9年度の工事施工現場では,契約事項に記載された安全対策(交通整理員)を怠ったり,手抜きによる工事出来高不足があったり,契約事項を無視するなど施工上の誠実性に欠けた。また,原告会社は,工事施工管理者たる町職員の指示に従わず,変更契約締結時には双方納得済みの上で進めていた契約締結を一方的に破棄し,被告水道課の職員と大声で口論している。さらに,原告会社が,平成10年度に入札会場で,落札できなかった腹いせに「こんな入札会があるか……」といった暴言を吐いて机を足蹴にするなどの暴挙に出,自らの威勢を示し,公正な入札を妨害するかのような行為に及んだ。これでは,公共工事の請負業者として,相互の信頼性に欠け,誠実かつ確実な履行が危ぶまれるので,工事の入札指名を再考する必要が生じてきた。そして,事実関係を確認・説明できるよう町長の指示を受け,被告水道課は平成10年4月から資料の整理をすすめることとなった。平成10年6月初めに水道課の中間報告により,町長は,公共工事を誠実に履行するという誓約がなされない限り,原告会社の工事入札指名の保留は指導の観点から当然であると確信するに至り,指名審査会長である助役に検討を命じ,水道課職員には資料整備の充実を急ぐよう命令した。
(イ) このように,町長は,原告会社が今後も不誠実な工事を続ける可能性が極めて高いと確信し,指導の一環として誠実に公共工事をすることの誓約をなさしめる意味で本件指名保留を行ったものであるが,これは平成10年6月初めに決断していたものであり,同年6月19日になされた本件監査請求とは関連がない。原告会社のように過去において不正があり,また,将来においても同様に不正の可能性が極めて高い業者を指名保留することは当然の責務である。
(ウ) なお,本件新聞記事については,町長は,長年の工事における不備や,反省がみられず誠実かつ確実な履行が危ぶまれる旨のコメントをしたはずであるのに,かなりニュアンスの違う記事となってしまったにすぎない。
ウ 被告が指名保留を継続せざるを得なかった理由
被告は,当時から,信頼関係が回復できれば(誓約書が提出されれば)いつでも指名の対象にするという考えであり,原告会社が工事を誠実に履行する意識が確認できれば,直ちに本件指名保留を解除し,指名通知を行う考えであった。
被告水道課の職員は,本件指名保留がなされるようになった後,原告会社に対し,再三誠実に工事を行うよう話合いを求め,誓約書の提出により指名保留が解除される旨再三説得してきたが,原告らは,これを拒絶し,平成12年5月になって,ようやく誓約書が提出されたものである。このように原告らが頑強かつ偏狭な態度であったため,被告との信頼関係の回復が遅れ,指名保留期間が1年数か月となってしまったものである。指名保留の期間の長さは,もっぱら,工事を誠実に履行する意思をみせない原告らの頑強かつ偏狭な態度に起因するものであり,被告の責任ではない。
エ 本件指名保留による原告会社の不利益について
本件指名保留は,指名登録自体を認めないということではなく,また,指名を一定期間停止する指名停止とは異なり,当分個別具体的な工事について指名競争入札の通知をなさないという事実行為であり,処分行為ではない。すなわち,入札参加資格について,これを奪ったり制限するものではない。仮に,原告会社が指名保留の期間内に入札をなしたとしても,原告会社において入札資格について制限がない以上,原告会社の入札を排除するものではないのであり,原告会社における不利益は単なる具体的な公共工事についての入札の通知(申込みの誘因)が被告からなされるか否かという事実上の不便にとどまるものである。また,誓約書の提出という原告会社にとって何ら精神的経済的負担のない手段によって,その不利益は容易に解消することができるものであった(被告は,原告会社から誓約書が提出されれば,本件指名保留を解除する考えであった。)。
(2) 原告会社に損害は発生していないことについて
ア そもそも,入札における指名業者が落札できるであろうとの地位は一種の期待権にすぎず,入札により何人が落札するか分からないことをもって入札制度の公平としているのである。したがって,原告会社が落札するであろうことをもって損害とすることは,入札制度そのものの無理解に起因するものである。
イ 原告会社は,「本件平成10年度分の入札及び本件平成11年度分の入札につき,その20%を落札でき,落札額の15%の利益を得たはずである。」旨主張する。
しかし,本件証拠上,原告会社の損益状況は不明である。被告の水道工事事業者は9社あり,競争が激しく利益率は相当低いと推測されるから,原告会社は,平成9年度以前から原告会社主張のような収益を上げておらず,原告会社主張の損害は発生していない。
(3) 原告甲山に損害は発生していないことについて
原告甲山に損害は発生していない。
第3 当裁判所の判断
1 本件の経緯等
(1) 証拠(甲2,17,18,乙25,29,証人丁谷三郎,原告甲山本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告会社は,「甲山鉄工所」が平成3年にいわゆる法人成りして設立された株式会社であるが,法人成りする前も含めると,昭和60年前後ころから,被告の工事指名業者として配水管布設工事等の入札につき,指名通知を受け,これに参加してきた。本件指名保留がなされるまでは,指名通知がなされなかったのは1度だけであり,その際には被告から指名されない理由について説明があった。
イ 被告には,本件名簿に登録された業者の指名停止に関する公表された基準はない。ただし,指名審査会においては,成文のものかどうかはともかくとして,工期の遅延や工事の不備等の程度等により停止の回数や期間が決まる旨の内容のある程度の基準は設けられている。指名保留については,特に何らの基準も設けられていない。
ウ 被告における建設工事指名停止等の事例は,別紙「建設工事指名停止の事例」に記載のとおりである。なお,同表のI社は原告会社であり,被告において,指名保留がなされたのは,原告会社に対する本件指名保留が初めてである。
エ 原告甲山は,平成10年8月26日の入札について原告会社が指名されなかったことを知り,平成10年8月11日,阿児町役場に行き,指名審査会の構成員であるA助役,B参事,丙田総務課長及びC水道課長,並びに丁谷工務係長と面会し,「指名から外した理由を書面でいただきたい。」旨頼んだところ,A助役(審査会会長)は,「指名審査会では原告会社を指名から外さなければならない旨の意見はなかった。原告会社を指名に入れた名簿を町長に渡した。審査会の知らないところで決まったので,文書での理由の説明はできない。」旨回答した。
実際に,指名審査会においては,原告会社を指名業者として答申しない旨の議論はなく,議題にも上がらなかった。
オ 被告は,本件訴訟において本件指名保留の理由を主張した以外は,平成11年末ころになるまで,原告会社に対し,本件指名保留の理由や再び指名されるようになるためにはどうすればよいのか等について,特に知らせたことはなかった。
カ 平成12年度以降は,原告会社に対しても指名がなされるようになった。
なお,原告会社は,上記指名に先立ち,平成12年5月15日付けで,町長に対し,「平成12・13年度,阿児町建設工事における指名競争入札参加者として,関係法令及び阿児町会計規則並びに阿児町諸規則等を遵守するとともに,公共工事の施工に当たっては設計図書等に従い誠実に履行することを誓約する」旨の誓約書(乙29)を提出しているが,上記誓約書は,既に文面が印刷された用紙に記名・押印をしただけのものであり,原告会社だけが特に提出したというものではなく,指名競争入札申請者全員が,阿児町総務課の要請に応じて,同様のものを提出している。
(2) 被告及び被告補助参加人は,「原告会社の工事施工は,従来から,仕事が雑で施工上の不備や住民からの苦情等が多く,担当課職員等からも工事指名の排除の声がしばしば出ていた。」旨主張し,証拠(甲7,14ないし17,19,21,22,25,26の1ないし4,27,28,31ないし33,34の1ないし3,35ないし38,乙1ないし11,13,14,17ないし21,33ないし46,証人丁谷三郎,証人丙田二郎,原告甲山本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,原告会社には工事施工の不備や住民からの苦情等が一定程度あり,また,原告甲山が平成10年度に入札会場で,「こんな入札会があるか。」と大声で言って退出していったことがあることは認められる。しかし,原告会社が他の請負業者と比較して工事施工の不備や住民からの苦情等が格別に多かったとは認められず,また,担当課職員等から原告会社につき工事指名排除の声がしばしば出ていたことは認めるに足りない。
2 そこで,まず,本件指名保留の違法性の有無につき,上記前提となる事実及び上記1の認定事実に基づき検討する。
(1) 地方公共団体と受注業者との間の工事請負契約は,私法上の契約であるから,契約自由の原則が妥当する。ところで,地方公共団体のなす契約締結の方式には法令上制限が付されているが(地方自治法234条6項,同法施行令167条ないし167条の14等),これは,公共工事の経費が税金で賄われるものであることから,契約締結に当たっての公正性,透明性及び適正な競争を通じた経済性を確保することが必要であり,契約締結の相手方の選択,契約条件の決定等を地方公共団体の契約担当者の全面的な自由裁量に委ねるのは相当ではないことによる。そして,一般競争入札が原則的な契約締結の形式とされている(同法234条1項)のは,一般競争入札は契約担当者の恣意が介入する余地が少ないからであると解される。これらのことにかんがみると,指名競争入札が許される場合において,いかなる者を指名競争入札に参加させるのが相当であるかの判断が契約担当者である地方公共団体の長の広範な裁量に委ねられているとしても(同法施行令167条の12は,指名競争入札の参加者の指名について具体的な指名基準や手続を定めていない。),契約締結の相手方の選択等は合理的になされなければならず,契約担当者が恣意的にこれをなすことは許されるものではないと解される。特に,長年指名競争入札に参加してきた特定の業者を一定期間恒常的に入札指名から排除するようなことは,当該業者の重大な利害に関わり,また,公正な競争への影響も大きいと考えられることから,恣意的な運用がなされないようにすることが特に求められる。そのため,各地方公共団体は,指名からの排除については指名停止措置に関する基準や手続を設けて公表するなどして,その公正さの担保に努めており(甲8,20の2),また,地方自治法施行令も,一定の非違行為を列記して,その事実があった後2年間競争入札に参加させないことができると定めている(地方自治法施行令167条の4,同条の11)。被告においても,指名停止については,ある程度の基準が設けられている。こうした定めは,継続的に特定の業者を入札参加者に指名しない措置を執り得る事由や期間等を具体的に定め,これにより,入札参加者の指名又は指名排除をする際の契約担当者の裁量権を制限したものということができる。したがって,このような定めに基づかずに,契約担当者が特定の業者をことさら入札参加者に指名せず,競争入札から継続的に排除するような措置を執ることは,特段の事情のない限り,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものであるというべきである。そして,地方公共団体の契約担当者がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用し,指名競争入札に参加しようとする請負業者に損害を加えた場合には,国家賠償法1条の適用があると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに,被告が原告会社の工事施工の不備や住民からの苦情について何らかの対応をすること自体は不当であるとはいえないが,被告(町長)は,本件各指名競争入札を実施するに当たり,本件名簿に登録され長年にわたり入札参加者に指名されてきた原告会社を,約1年半の長期にわたり,継続して,指名から排除したものである(本件指名保留)。そして,上記前提となる事実及び上記認定事実,特に①本件指名保留は,被告において過去になされた指名停止の事例と比較しても期間の点等で格段に重い措置であること(なお,指名がなければ指名競争入札に参加することができないことは明らかである。),②指名停止措置についても議論がなされる指名審査会において,原告会社を指名から外すべきであるといったことについて,全く議題に上がっていなかったこと,③指名審査会は,原告会社を指名業者として答申しているにもかかわらず,本件指名保留がなされていること,④被告は,指名保留について何ら基準がないにもかかわらず,本件指名保留をしたこと(なお,被告が指名保留をしたのは本件指名保留が初めてである。),⑤阿児町会計規則72条は主務課長が(町長から権限の委任を受けるなどして)競争入札に参加する者を指名するものとされているところ,本件指名保留は,あえて町長自らが決めていること,⑥被告は,平成11年末ころになるまで,原告会社に対し,本件指名保留の理由や再び指名されるようになるためにはどうすればよいのか等について,特に知らせたことがなかったこと,⑦本件指名保留がなされなくなった理由が明確ではないこと,⑧町長自身,報道関係者に対し,「本件指名保留をなしたことには本件監査請求がなされたことも関係している。」旨の発言をしていることからすれば,上記工事施工の不備等の対応策としては本件指名保留は非常に重い措置となっており,手続的にも,本件指名保留には法令上の根拠がなく,原告会社にその理由等も告げられないなど,不適正であるといわざるを得ない。以上のほか,本件指名保留に際し原告会社に対し格別指導がなされた形跡がない等の事情をも勘案すると,町長は,原告会社の工事施工の不備や住民からの苦情について対応するために本件指名保留をしたものではなく,原告会社の代表取締役であった原告甲山が本件監査請求をしたことに対する報復措置として,本件指名保留をしたものと認めるのが相当である。
したがって,本件指名保留の措置には,町長の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるといわざるを得ず,被告は,国家賠償法1条により,本件指名保留によって原告会社に生じた損害を賠償する責任がある。
3 次に,原告会社の損害の有無及び額について検討する。
(1) 得べかりし利益の喪失について
上記前提となる事実に記載のとおり,原告会社は,長年にわたり,被告の工事指名業者として配水管布設工事の入札に指名され参加してきており,平成9年度の阿児町の配水管布設工事の入札20件(落札金額合計2億2219万8000円で)中3件(落札金額合計4584万円)を落札したのであるから,本件指名保留がなければ,原告会社は,本件各入札(合計24件)のうちの何件かについて落札,受注することができ,これにより利益を上げることができたものと推認される。そして,証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば,原告会社は上記平成9年度の落札分の工事について落札価額の15.61%の利益を上げていたこと,そのうち県道的矢大王線配水管布設工事についてはその利益率が4.94%であり,潮霞苑配水管布設工事についてはその利益率が34.36%であったことが認められる。
しかしながら,原告会社が本件各入札のうち,具体的にどの入札につき落札することができたか,あるいは,いくらで落札することができたか,その工事の利益率がどの程度であるか等の点については,入札制度の仕組みからしてその立証が極めて困難である。そうすると,本件においても,原告会社に損害が生じたことは認められるが,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるということができる。
そこで,当裁判所は,民事訴訟法248条の規定により,平成9年度の入札の原告会社の落札状況や当該工事による原告会社の利益状況,本件各入札の落札状況等,本件証拠調べの結果及び弁論の全趣旨に基づき,原告会社の損害額(得べかりし利益の喪失分)を600万円と認定することとする。
(2) 非財産的損害等について
原告会社主張の非財産的損害については,上記(1)の財産的損害の賠償が認容されることにより,回復されるといえるから,この賠償を求める部分は理由がない。なお,原告会社は,「公共工事以外の仕事も減る可能性があり,その損害は非財産的損害を含め150万円を下らない。」旨主張し,非財産的損害以外の損害の賠償をも求めるかのような主張をしているが,原告会社に,上記(1)及び下記(3)以外に,被告が賠償責任を負担すべき損害があるとは認められない。
(3) 弁護士費用について
本件事案の性質,審理の経過,認容額にかんがみると,原告会社が本件における損害として被告に対して賠償を求め得る弁護士費用の額は,60万円と認めるのが相当である。
4 原告甲山の請求について検討するに,仮に本件指名保留により原告甲山が精神的苦痛を受けたとしても,原告会社の請求が上記3のとおり認容されることにより,原告甲山の上記精神的苦痛は慰謝されるといえるから,原告甲山の請求は理由がない。
5 結論
以上によれば,原告会社の請求は,660万円及びこれに対する平成10年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は棄却すべきである。
原告甲山の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・内田計一,裁判官・後藤隆,裁判官・大竹貴)
別紙<省略>