津地方裁判所 平成12年(ワ)176号 判決 2002年1月10日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,被告設立時から平成12年5月31日に至るまでの間定められていた被告の規約ないし規約に相当する文書を開示せよ。
2(1) 被告は,原告に対し,昭和53年ないし平成11年までの財産目録を閲覧及び謄写させよ。
(2) 被告は,原告に対し,昭和53年9月22日以降平成12年4月30日までの間の現金出納帳及び普通預金出納帳を閲覧及び謄写させよ。
3 被告は,原告に対し,被告が名古屋国税局の税務調査を受け,平成10年4月15日ころまでに約200億円の申告漏れを指摘され,約60億円の贈与税の追徴課税を納付したこと,及び平成9年ないし平成11年分につき申告納付した贈与税に関し,別紙説明要求事項目録記載の事項に回答せよ。
4 被告は,原告に対し,昭和53年分ないし平成11年分(平成5年分は除く。)の実質生活費支出額(参画者1か月1人当たりの平均値)を開示せよ。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,権利能力なき社団である被告の構成員である原告が,被告に対し,被告の構成員として,共益権としての閲覧謄写請求権(請求の趣旨第1項並びに同第2項(1)及び同(2)記載の各文書につき),同説明要求権(請求の趣旨第3項記載の事項につき)及び同情報開示請求権(請求の趣旨第4項記載の情報につき)を有していると主張して,文書や情報の開示,閲覧謄写,説明を求めている事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)ア 被告は,「無所有共用一体の理想社会」の実現を目指して,ヤマギシズム理念(一体,無所有,無我執)を実践し顕現するヤマギシズム生活(一体生活,無所有生活,研鑽生活)をする人々を構成員とする権利能力なき社団である。そして,全国各地に単位実顕地がある(弁論の全趣旨)。
イ 原告は,昭和51年11月にヤマギシズム特別講習研鑽会を受け,昭和53年1月と同年9月に研鑽学校に参加し,同年9月22日に入村(参画)し,豊里,飯田,水沢内部川(四日市),伊賀町のヤマギシズム研鑽学校,日和佐(徳島県),恵那(平成2年6月)の各実顕地に配置されて現在に至っている。
(2) 名古屋国税局は,平成9年被告に対し税務調査をし,被告は,平成10年贈与税を納付した。
2 争点
本件の主たる争点は,対象文書の存否並びに共益権としての閲覧謄写請求権,説明要求権及び情報開示請求権の有無である。
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 権利能力なき社団の構成員(社員)は,共益権と自益権とを有している。 共益権は,権利能力なき社団の担当する社会的作用を全うさせるために事業に参与することに関係する権利であって,閲覧謄写請求権,表決権,少数社員権及び説明要求権等がその重要なものである。自益権としては構成員個人に関わる情報の閲覧謄写請求権及び説明要求権等である。
(2)ア 規約ないし規約に相当する文書(請求の趣旨第1項)について
(ア) 権利能力なき社団の場合,商法263条2項を類推適用して,構成員は,規約ないし規約に相当する文書の閲覧謄写請求権を有しているというべきである。
(イ) 権利能力なき社団といい得るためには,団体としての組織を備え,代表の方法,総会の運営,財産の管理,その他社団としての主要な点が規則によって確定しているものでなければならない。被告がヤマギシズム生活中央調正機関と称されていた当時,「性格,参画者資格,運営と機構」を文章化しており,実質的に「規約」の役割を果たしていた。その後,同文書は改訂されるなどして被告に存在しているはずである。
イ 財産目録並びに現金出納帳及び普通預金出納帳(請求の趣旨第2項)について
(ア) 被告は,参画者の持込み財産と参画者が稼働して得た賃金の管理を扱っている。したがって,原告は,その構成員の共益権として,民法51条,商法293条の6,農業協同組合法35条4項,36条2項を類推適用して,会計帳簿,財産目録を閲覧謄写する権利がある。
(イ) 財産目録は,民法51条に法定されているものであり,権利能力なき社団として法律上認められるためにも,存在するか,作成していない場合には過去に遡って作成すべきである。
ウ 説明要求(請求の趣旨第3項)について
(ア) 民法645条(受任者の報告義務)の類推適用,民法1条2項の信義則からして権利能力なき社団は,構成員に対し,団体に関わる金の流れ,使途,管理,帰属,税務申告,各年度分の実質生活費支出額の統計情報等について開示及び説明義務を負うと解する。
(イ) 被告はその管理する財産に関する情報をほとんどの構成員には開示せず,一部の幹部のみが情報を独占し,運営を支配している。
平成9年に名古屋国税局の税務調査を受け,平成10年には約60億円という多額の贈与税の追徴課税を受けたが,それについても構成員に何らの説明責任を果たしていない。平成9年,平成10年分の贈与税申告及び納付についても同様である。
エ 実質生活費支出額(請求の趣旨第4項)について
(ア) 上記ウ(ア)記載のとおり,民法645条の類推適用,民法1条2項の信義則からして権利能力なき社団は,構成員に対し,各年度分の実質生活費支出額の統計情報等について開示及び説明義務を負うと解する。
(イ) 平成5年分の実質生活費支出額(1か月当たり)が,参画者向け機関誌「ヤマギシズム生活」に掲載されているが,その他の年分の当該情報は開示されていないので,その開示を求める。
(被告の主張)
(1)ア 被告は,商法や民法,農業協同組合法とは全く別の行動規範により律せられており,原告は,原告が主張するような共益権を有しない。
すなわち,被告はヤマギシズムという思想の実践団体であり,その構成員はヤマギシズムに即した生活(無所有共用一体の生活)をすることを目的に参画したものであり,被告においては,物事の決定の方法として多数決原理ではなく「研鑽方式」(決めつけをもたないで徹底的に検討し,全員の一致点を見出してそれを一応の結論と措定してそれを実行し,さらに実行の結果を判断材料にしつつ検討と実行を繰り返し,その繰返しの中で真理を検討しようとする方法)を採用し,ヤマギシズムに適合した「運営の原則」(その中には「世話係制」「自動解任制」等がある。)に則り,6か月毎に選任される複数の世話係が,世話係間の研鑽により担当事務を処理することとしてきた(詳細は後記イで述べる。)。かかるやり方は,被告の発足以来,被告のすべての事柄の事務処理において行われてきたもので,会計事務についてはヤマギシズム生活実顕地調正機関本庁経理世話係が処理してきた。このような運営の下では,他の団体においてなら構成員が役員に対し業務執行を是正したり責任を追及する場合の手段となる会計帳簿の閲覧請求権を,被告において各構成員に認める理由もない。
そして,参画契約は,「終生ヤマギシズム生活をすること」を誓約して,いわば「身ぐるみ」「財産ぐるみ」で被告の構成員(参画者)になることを目的としており,それゆえ,被告は参画者の全人格を包摂する団体となる。なお,被告の構成員になるには,被告に対し「参画申込書」,「出資明細申込書」,「誓約書」を提出して参画申込みをし,被告の承諾を得なければならない(参画契約)ところ,誓約書による誓約の対象事項は,出資明細申込書による出資に関し,①ヤマギシズム生活実顕地調正機関に無条件委任します,②しかる上は,権利主張,返還要求等,一切申しません,③以後,私は調正機関の公意により行動し,物財は如何様に使用されても結構です,というものであり,出資に関し,参画中はもちろん,脱退後も,いかなる権利主張も返還請求も一切しないこととされている。参画者は,はじめから会計関係書類等の閲覧謄写請求権などないことを当然の前提として参画したのである。
つまり,構成員が会計関係書類等の閲覧謄写請求権を認められないのは,ヤマギシズムに即した生活をするとして参画した以上,当然の帰結である。
なお,こうした扱いが,法令に明らかに違反するとか,公序良俗に反するということはできない。
イ 被告の運営等について
(ア) 研鑽による一致点を「公意」といい,生活上のあらゆる事柄が「公意」によって決定され実行されるが,ただ,すべてのことについて全員が検討を加えるために話し合うというのは現実的に不可能であり,合理的でもないので,全員が所属している「仲良し班」において,「仲良し班世話係」を選び,「仲良し班世話係」の研鑽会において,「調正世話係」を選び,「調正世話係」が複数人の「各部門世話係」を選ぶ。そして,その世話係間の研鑽会において,その部門に関わることを「公意」として決める。
(イ) そして,このような「研鑽方式」に適合した「運営の原則」として,次のようなものがある。
① 無階級,長なし
ヤマギシズム生活においては,人と人はすべて横のつながりであり,上下の関係がない。しかも自律生活である。したがって,命令する人もそれに従う人もいない。
② 機会均等
ヤマギシズム社会では,生まれや育ちや年齢によって居住地が固定したり制限されることがなく,また,どのような係役にも就く機会が誰にもある。
③ 専門分業
生活に必要な役割や各種の「世話係」は,みなで分担して分業体制で行う。
④ 1役3人制
世話係の選出に当たっては,1人で何役ももつのでなく,1役3人以上を基本としている。これは,独断や独走を回避する仕組みである。
⑤ 自動解任
本庁の「世話係」や単位実顕地の「世話係」はもちろん,どの役割に就いている人も,その「任期」はすべて6か月であり,毎年6月と12月には,例外なく,「自動的」に解任される。
⑥ 代表制,世話係制,委し合い
専門分業になっている係役に就いている者(すべての参画者一人一人)は,参画者みなの「代表」であって,6か月だけ,その役割を委されているにすぎず,すべての参画者の「代表」として,その「公意」によって行動する。「世話係」にしても,6か月間だけ,委された部門や事項についての世話をするという立場であり,みなの意思を汲み取って「公意」に反映させ,「公意」を執行する役割にすぎない。
⑦ 権利なし・義務なし
ヤマギシズム社会は,「われ,ひとと共に繁栄せん」の会旨に主体的・自律的に沿って生活することによって成り立つ社会であり,そこでは,他に対して作為又は不作為を求める権利は不要であり,その反面としての義務もない。
⑧ 報償なし,罪罰なし
自分の身体,生命,能力,知識,経験のどれを取っても,何一つ自分だけで生み出し,維持しているものはないのであり,ヤマギシズム社会には報償も罪罰もない。
⑨ 報酬なし,分配なし
ヤマギシズム社会は無所有社会であるから報酬はなく,また,一体社会であるから分配もない。
⑩ 規則なし,監視なし
規則や監視とは,間違いを表面的に押さえようとする方法であるところ,ヤマギシズム社会では,もし間違いがあれば,その原因を探究して取り除くという方式をとっており,規則や監視によって行動を制限するのでなく,あくまで一人一人が自律的に行動して成り立つ社会を目指している。
⑪ 対立なし,一体運営
研鑽は,各人がもてる知識や経験を出し合って,何がその時点・状況から最良であるかを検討する場であるところ,多種多様な意見からよりよい結論を出すためには,各人の心の中に対立意識や対立感情のないことが肝心であり,そのためにも,一人一人が自らの我執を取り除いていくことが大切になる。
また,特定の部門の「世話係」や係役の担当する役割はもともと一つのことをみなで手分けして分業で行っているのであるから,他の部門すべてに関わりがあり,独立した部門は一つもないという意識に立ち,部門の公意といえども,全体からみれば私意である場合もあり,自分の部門や自分の係役を他に優先させないで,他と同列にみて,全体を運営していこうとするのが一体運営である。
⑫ 自発的・自覚・納得・無妥協・任意・自律・反省・自由意思・服従なし
被告においては,参画者各自が「調正」機能を有していることにより,指揮命令系統や規則や罰則がなくても,円満に運営されていく仕組みであり,個人のあり方として,自発的・自覚・納得・無妥協・任意・自律・反省・自由意思・服従なしの諸原則がある。
(2)ア 規約ないし規約に相当する文書(請求の趣旨第1項)について
被告には原告が主張するような成文の「規約」は存在しない。
社団性の要素といわれてきたものは,「体内独立性」(構成員が明確になっているか,入退会の手続が具備しているか,団体が構成員から独立しているか,構成員の変動に関係なく団体の同一性が保持されるかなどの要素),「財産的独立性」(団体に独自の財産があるか,独自の財政が維持されているかなどの要素),「対外的独立性」(代表者についての定めがあるか,現実にその者が代表者として行動しているか,他の組織から独立しているかなどの要素),「内部組織性」(組織運営,財産管理等につき規約があるか,構成員の意思が団体の意思形成に反映されているかなどの要素)であるが,権利能力なき社団の要件を備えている団体には,全面的に権利能力なき社団としての効果を認めるという方法を否定し,逆に,各効果の方から,そのような効果を認めるのにふさわしい団体はどのようなものでなければならないかと考えていくべきであるという見解も有力に主張されているのであり,成文の規約がないことは,被告が「権利能力なき社団である」こととは矛盾しない。
よって,本件訴えのうち請求の趣旨第1項に係る部分の却下を求める。
イ 財産目録並びに現金出納帳及び普通預金出納帳(請求の趣旨第2項)について
被告に現金出納帳と普通預金出納帳が存在することは認めるが,財産目録を作成する義務はない。
第3当裁判所の判断
1 請求の趣旨第1項に係る請求について
被告が成文の規約を有していることを認めるに足りる証拠はない。被告は成文の規約を有することをも根拠として自己が権利能力なき社団であると主張しているわけではない以上,被告が自己を権利能力なき社団であると主張しているからといって,成文の規約を有していると認めることはできない。なお,開示を求める文書が存在しないとしても,当該文書の開示を求める訴えが不適法となるわけではないので,本件訴えのうち規約の開示を求める部分(請求の趣旨第1項)が不適法である旨の被告の主張は採用することができない。
2 請求の趣旨第2項ないし第4項に係る請求について
権利能力なき社団における会計処理のあり方,それに対する審査,構成員の関与の仕方等は,当該団体によって自主的に決められるべきものであり,それが法令に違反するとか,公序良俗に違反するとかいうものでない限りは尊重されるべきである。
弁論の全趣旨によれば,おおまかにいうと,被告は,「無所有共用一体の理想社会」の実現を目指して,ヤマギシズム理念(一体,無所有,無我執)を実践し顕現するヤマギシズム生活(一体生活,無所有生活,研鑽生活)をする人々を構成員とし,成文の規約はないものの,発足の当初から物事の決定の方法として「研鑽方式」を採用し,前記第2の3(被告の主張)(1)イ記載のような「運営の原則」に則り,複数の世話係が,世話係間の研鑽により担当事務を処理するものとされていること,個々の構成員が,本件請求に係るような閲覧謄写請求権,説明要求権,情報開示請求権等を有するとか,決算等の審議承認権を有するとか,役員に対し直接に業務執行を是正したり,責任を追及する権利が認められているということを前提としたような運営はなされていないことが認められる。また,被告の構成員は,参画する際に,終生ヤマギシズム生活をする旨誓約し,出資に係る財産につき被告に無条件委任する,権利主張,返還要求等はしない,物財は如何様に使用されてもよい旨も誓約していること(弁論の全趣旨)に上記ヤマギシズム理念の内容等を合わせ考えると,被告の構成員の大部分は,被告の会計に関する事務処理を重大な関心事とはとらえていないことが推認できる。
以上の諸事実を総合すると,原告が,被告に対し,本件請求に係る閲覧謄写請求権,説明要求権,情報開示請求権を有しているものとは認めることができないといわざるを得ない。なお,法人格を有する団体であっても,そのすべてにつき,構成員に閲覧請求権,説明要求権及び情報開示請求権が当然認められているというわけでもないことにもかんがみれば,被告が本件請求に係るような各権利を構成員に認めていないことが,法令に違反するとか,公序良俗に違反するということもできない。これに反する原告の主張は採用することができない。
3 結論
以上のとおりであり,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山川悦男 裁判官 後藤隆 裁判官 大竹貴)
別紙説明要求事項目録
第1 持込み財産について
1 平成8年から過去5年分の申告漏れの対象となった各年度における
(1) 贈与税対象参画者名
(2) 贈与金額
(3) 追徴された贈与税額
(4) 各人の合計追徴贈与税額
(5) 報道では名古屋国税局から更正決定処分を行ったとあるが,それは誤報であり,期限後申告に応じた(をした)というのが正しいと原告は考えるが,更正決定処分があったのか期限後申告をしたのか。
2 平成9年分ないし平成11年分について贈与税申告の対象となった各年度における
(1) 贈与税対象参画者名
(2) 贈与金額
(3) 贈与税額
(4) 各人の合計贈与税額
第2 参画者がヤマギシの農事組合法人から得ている賃金ないし参画者が外部の会社や病院の医師等として勤務して得る給料から生活費を控除したもので,参画者に支給されず被告に滞留されている金員について
1 平成8年から過去5年分の申告漏れの対象となった各年度における
(1) 贈与税対象参画者名
(2) 贈与金額
(3) 追徴された贈与税額
(4) 各人の合計追徴贈与税額
2 平成9年分ないし平成11年分についての贈与税の申告の対象となった各年度における
(1) 贈与税対象参画者名
(2) 贈与金額
(3) 贈与税額
(4) 各人の合計贈与税額
第3 上記第1の1,第2の1の更正決定処分の受容れ又は期限後申告の応諾による税金の納付の決定協議に参加したのは誰か。
それらの人々は被告のどのような機関に属し,決定協議に参加できたのはどのような権限に基づいていたのか。