津地方裁判所 平成12年(ワ)43号 判決 2001年10月03日
甲事件・乙事件原告
三重県信用組合
(以下「原告」という。)
同代表者清算人
楠井嘉行
同訴訟代理人弁護士
川端康成
原告引受参加人
株式会社整理回収機構
同代表者代表取締役
鬼追明夫
同訴訟代理人弁護士
渡邉和義
同
櫻林正己
同
南谷直毅
甲事件・乙事件被告
甲野太郎
(以下「被告」という。)
主文
1 被告は,原告引受参加人に対し,5157万0588円及びこれに対する平成12年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告引受参加人に対し,1450万0036円及びこれに対する平成12年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
主文1項同旨
2 乙事件
主文2項同旨
第2 事案の概要
原告は,中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であるが,金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(金融再生法)8条に基づき金融整理管財人による業務及び財産の管理を命じるとの処分を受けた。原告は,その理事長であった被告に対し,甲事件においては,乙川次郎に対する本件融資が本来は融資すべきでないものであることを知りながら本件融資について決裁してこれを実行させたことによってその回収不能となった融資元金相当額1億5767万8514円の損害を原告に与えたと主張して,中小企業等協同組合法38条の2第1項,42条,商法254条の3に基づき,損害金1億5767万8514円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,また,乙事件においては,菰野支店用地として適格性を欠く別紙物件目録1ないし3記載の土地(以下「本件1ないし3の土地」という。)を取得したことにより本件1ないし3の土地の売買代金1億0304万5500円,測量・合分筆費用92万3104円,移転登記費用76万0432円,土地取得税61万1000円及び土地造成費用207万9000円の合計1億0741万9036円の損害を原告に与えたと主張して,中小企業等協同組合法38条の2第1項に基づき,損害金1億0741万9036円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年2月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。ところが,原告は,その訴訟係属中である同年3月21日に甲事件及び乙事件の損害賠償請求権を譲り渡したとして原告引受参加人に本件訴訟を引き受けるように求めたので,当裁判所において原告引受参加人にその引受けを命じた。原告引受参加人は,被告に対し,甲事件においては,①Cから支払を受けた5000万円,②本件融資に際して乙川所有の不動産である乙川ビルに設定された根抵当権の物上代位に基づく債権差押命令により,乙川ビルの賃借人らから支払を受けた95万6761円,③乙川ビル等に対する根抵当権の実行により配当を得た4215万1165円,④A及びBとの間で成立させた和解に基づき支払を得る見込みである1300万円の合計1億0610万7926円を上記請求額元金1億5767万8514円から控除した残額である5157万0588円及びその遅延損害金の支払を,乙事件においては,①損害の主張を撤回した上記土地造成費用207万9000円,②原告が取得した本件1ないし3の土地の鑑定評価額9084万円の合計9291万9000円を上記請求額元金1億0741万9036円から控除した残額である1450万0036円及びその遅延損害金の支払を求めた。
1 前提となる事実
(1) 原告は,昭和63年4月1日,菰野信用組合が,亀山信用組合,鳥羽信用組合,名張信用組合及び海山信用組合を合併して設立された中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であるが,平成11年5月14日,金融再生法8条に基づき,金融整理管財人による業務及び財産の管理を命じるとの処分を受けた。被告は,本件融資及び本件1ないし3の土地取得当時,原告の理事長であったものである(争いがない。)。
(2) 原告における融資の審査体制は,融資金額1500万円を超える大口融資については,取扱支店長の事実上の審査を経て,本店融資部における融資部長の審査を経由し,常務理事,専務理事及び理事長の回議を経た上で理事長が決裁するものとされており,また,平成9年4月ころからは,融資金額5000万円以上の融資案件については,理事長,専務理事,常務理事の三役が集まった場で融資部長から説明を受けた後,三役が協議して決裁をするという実務慣行が行われていた。したがって,被告は,理事長として,原告が顧客に組合資金を貸し付けるための審査判断,決裁をするに際し,関係法令及び原告の定款の定めを遵守し,予め貸付先の経営状態,資力,信用状態,融資資金の使途,対象事業計画を調査するとともに,その返済原資を確認して十分な担保を徴求し,貸付金の回収の確実を期するなど,原告のためにその職務を誠実に遂行すべき任務を有していた(争いがない。)。
(3) 被告は,平成9年7月,専務理事であったA及び常務理事であったBとともに,乙川次郎に対する総額1億7000万円の本件融資に関し,本店融資部長であるEから説明を受けたが,その際,E部長から本件融資は原告の有力理事であるCからの紹介案件であるとの説明を受けた。しかしながら,本件融資は,名目上は設備資金等となっているが,真実は乙川が株式会社住宅金融債権管理機構,クレジット,消費者金融,高利貸し等に対して負担する債務を整理するためのもので,このような消費者金融などの負債整理のための融資を市中金融機関が行うことは一般には考えられないものであった。また,本件融資による債務の返済は月額106万9893円に上るところ,その返済原資としては,禀議書上は乙川ビルについてのテナント収入月額約90万円及びゲーム機リース収入月額約40万円とされているものの,乙川らの生活費も必要であることや,ゲーム機リース収入というのはいわゆる賭博ゲーム機のリース収入であり,税務申告もしておらず真実月額約40万円の収入があるかどうか明らかでないことなどからすると,債務者の返済原資についての確認が不十分といわざるを得ないものである。さらに,本件融資の担保として徴求した抵当物件は,平成11年度の固定資産税評価額が6485万2505円で,その時価は6780万円程度に止まり,融資金額に比して担保価値が大幅に不足している上,保証人についても乙川の妻,息子及び娘であって,いずれも乙川と生計を同一にする者であり,特段資力のある者もいないことからすると人的保証も不十分である。このように乙川に対する本件融資は,返済を行うだけの資力がないことが資料等から認められ,十分な返済原資の確認及び担保の徴求がされていないものであったが,それにもかかわらず,被告は,C理事の原告内部における影響力が大きいことから自らの地位を確保するため,C理事の紹介案件である本件融資の要請を断ることができず,同月11日,乙川に対する1億7000万円の融資を包括的に決裁した。その結果,原告は,同日,乙川所有の乙川ビル及びその敷地に対して極度額1億7000万円の根抵当権を設定し,その後何度かのつなぎ融資を経て,同年8月11日,乙川に対し,1億1500万円と5000万円の合計1億6500万円を貸し付けたところ,本訴を提起したころである平成12年2月7日当時におけるその残元金額は1億5767万8514円である(争いがない。)。
(4) 乙川は,平成11年9月ころ所在不明になるとともに,そのころから本件融資の返済もされないようになった(甲20,23,丙1,3,8)。また,本件融資について乙川の保証人となっていた乙川の妻,息子及び娘は,津地方裁判所四日市支部に自己破産の申立てを行い,同年10月29日午前10時,同裁判所において破産宣告及び同時廃止の決定がされており,これらの者から融資金を回収できる可能性はない(争いがない。)。
(5) 原告は,平成9年3月期末の決算期において,自己資本比率が4パーセントを割っていることが判明したところ,自己資本率が4パーセントを割った場合,金融機能の早期健全化のための緊急措置に関する法律,同施行令,同施行規則によるいわゆる早期是正措置の対象となり,監督官庁から経営改善計画の作成及びその実施命令の措置がされることになる。そこで,被告らは,拡大常務会などで業務方針の再検討を行わざるを得なくなり,3億円の増資や有価証券の含み損約16億円余りを金外信という特定金銭信託以外の金銭信託契約を締結することによって対処するなどの方針を採ることにした。そして,増資については,ほぼすべての役職員に出資を求めることを取り決めたが,理事に対しては一人当たりの増資負担額である700万円を原告から融資するという見せ金ともいい得る方法で増資を実行した。しかし,原告の監督官庁である三重県は,平成9年12月,①貸出債権約307億円余りのうち,いわゆる第Ⅱ分類(要注意債権)債権額が約28億円,第Ⅲ分類(回収に困難を伴う債権)債権額が約8億円余り,第Ⅳ分類(破綻先債権)債権額が約9億円余りであり,第Ⅱないし第Ⅳ分類債権額の全貸出債権額に対する割合が15パーセント余りに及んでいる,②特定金銭信託や株式,転換社債などを処分して約41億円を金外信に振り替えたため有価証券の評価損は約7億円に減少しているが,多大な為替リスク,金利リスク,信用リスクを背負ったために経営上の負担が著しい,③自己資本比率は金外信によって有価証券の評価損20億円の償却を13ないし17年後に先送りしたため,外見上は1.54パーセントとなっているが,金外信の時価評価を行えば自己資本比率は0パーセント未満と実質的に債務超過状態である,との検査結果を出し,平成10年3月27日,同検査結果を受けて,三重県知事から原告に対して抜本的対策を実行に移すべく示達が発せられた。このように,原告は,平成8年から平成9年にかけて既に破綻状態であり,このことは被告や幹部役職員の間では公然の事実であった(争いがない。)。
(6) 原告は,平成7年の検査において,三重県から事務効率化のための支店の統廃合を勧めるよう指導を受け,老朽化した菰野支店を新築移転して桜支店と統廃合するためにその場所の選定をD理事に依頼していたところ,平成10年7月末ころ,D理事から原告の総務部長に対し,移転先の場所は水路を含む本件1ないし6の土地として(その位置関係は別紙図面のとおり),本件1ないし3の土地についてはその所有者がD理事の親戚であって交渉がまとまりつつあるとの報告があった。しかしながら,D理事からは,その時点で本件4及び5の土地並びに水路を取得する具体的可能性についての報告は何らされていなかった。そして,原告の平成10年7月29日付け経過報告書においては,本件1ないし3の土地に関し坪当たり22万5000円の公簿売買による契約締結を進めるものの,最終結果は理事会に報告し承認を得ることとされていたが,同年8月25日付け禀議(伺)書では,契約締結を早急に進め,手付金1010万円を含む代金総額は1億0304万5500円として,同年10月6日の理事会開催後売買契約をするとされ,さらに同年8月27日付け禀議(伺)書では,契約を同年10月6日の理事会開催後締結するとの方針を変更して同年9月7日に締結し,手付金1010万円は仮払金で支出することになったが,被告はこれらの経過報告書ないし禀議(伺)書をいずれも決裁してこれを承認した。そこで,原告は,同年9月7日,本件1ないし3の土地の所有者らとの間で,同土地を手付金1010万円を含む代金1億0304万5500円で買い受け,残金を同年10月6日までに支払うとの約定で売買契約を締結した(争いがない。)。そして,原告は,同年10月6日,手付金を除く残代金を支払って本件1ないし3の土地の引渡しを受けた(乙事件甲2の6ないし8,8,9,13ないし16)。
(7) 原告は,訴訟係属中である平成12年3月21日,原告引受参加人に対し,甲事件及び乙事件の損害賠償請求権を譲り渡した(弁論の全趣旨)。そして,原告は,原告引受参加人に本件訴訟の引受けを求めたので,当裁判所は,原告引受参加人及び被告を審尋した上,同年8月21日,原告引受参加人にその引受けを命じた(当裁判所に顕著である。)。
2 争点
(1) 被告が乙川に対する本件融資について決裁をして原告に貸付けの実行をさせたことが,原告のためにその職務を誠実に遂行すべき義務ないし忠実義務に違反するものかどうか。
(2) 原告が本件融資によって被った損害の額はいくらか。
(3) 被告が本件1ないし3の土地の売買契約締結について決裁をして原告に契約を締結させたことが,原告のためにその職務を誠実に遂行すべきに違反するものかどうか。
(4) 原告が本件1ないし3の土地を買い受けたことによって被った損害の額はいくらか。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件融資についての被告の義務違反の有無)について
上記認定の事実及び証拠(丙1,4,5)によれば,被告は,平成9年7月10日ころ,乙川に対する総額1億7000万円の本件融資についてE本店融資部長から説明を受けたが,その際,本件融資は乙川が株式会社住宅金融債権管理機構,クレジット,消費者金融,高利貸し等に対して負担する多重債務を整理するためのものであり,本件融資による債務の返済原資についても真実月額約40万円の収入があるかどうか明らかでないゲーム機のリース収入も含まれている上,本件融資の担保として徴求した抵当物件は融資金額に比して大幅に不足しており,また,保証人についても乙川の妻,息子及び娘であっていずれも乙川と生計を同一にする者であり,特段資力のある者もいないことからすると人的保証も不十分であることが分かったにもかかわらず,E部長から原告の有力理事であるCからの紹介案件であるとの説明を受け,C理事の原告内部における影響力が大きいことから自らの地位を確保するために本件融資の要請を断ることができず,同月11日,乙川に対する1億7000万円の融資を包括的に決裁し,その結果,原告は,同年8月11日,乙川に対し,1億1500万円と5000万円の合計1億6500万円を貸し付けたことによってその回収が著しく困難になったことが認められる。そうすると,このような被告の行為は,理事長として原告のためにその職務を誠実に遂行すべき義務ないし忠実義務に違反したものと認められるのであって,この認定を覆すに足りる証拠はない。
2 争点(2)(本件融資による損害額)について
上記認定のとおり,平成11年9月ころに乙川の所在が不明になるとともに,そのころから本件融資の返済もされないようになり,また,本件融資について乙川の保証人となっていた乙川の妻,息子及び娘は破産宣告及び同時廃止の決定を受けていて,これらの者から回収できる可能性はないところ,本訴を提起したころである平成12年2月7日当時における本件融資の残元金額は1億5767万8514円である。そして,弁論の全趣旨によれば,原告から本件損害賠償請求権を譲り受けた原告引受参加人は,①Cから5000万円の支払を受け,②本件融資に際して乙川ビルに設定された根抵当権の物上代位に基づく債権差押命令により,乙川ビルの賃借人らから95万6761円の支払を受け,③乙川ビル及びその敷地に対する根抵当権の実行により4215万1165円の配当を受け,④A及びBとの間で成立させた和解に基づき1300万円の支払を得る見込みであることが認められる。したがって,これら①から④までの合計1億0610万7926円を上記残元金額1億5767万8514円から控除した残額である5157万0588円が本件融資による損害額と認められるのであって,この認定を覆すに足りる証拠はない。
3 争点(3)(本件1ないし3の土地買受けにつき被告の義務違反の有無)について
証拠(乙事件甲17)によれば,原告が買い受けた本件1ないし3の土地は主要街道である湯の山街道に面していないことが認められるところ,金融機関の支店用地としては,顧客が来店しやすいように主要街道に面しているか,又は商店街の中に立地するなどの配慮が不可欠であるから,原告において湯の山街道に面した本件4及び5の土地についても取得しなければ,本件1ないし3の土地は支店用地として機能しないというべきである。しかしながら,原告が本件1ないし3の土地を買い受けるにつき,本件4及び5の土地の取得について具体的な交渉がなされていたことを認めるに足りる証拠はないし,また,被告がこの点について明確に指示していたことを認めるに足りる証拠もない。かえって,証拠(乙事件甲13ないし16)によれば,本件4及び5の土地は,三重県が施行する計画であった下水道工事の施工区域に位置していたため,すぐに同土地を取得して使用することはできない状況であったことが認められる。加えて,上記認定の事実及び証拠(乙事件甲13ないし16)によれば,被告は,本件1ないし3の土地取得につき理事会に事前に報告してその承認を得ることなくその売買契約締結を決裁しており,本件1ないし3の土地取得につき審議されることになっていた平成10年10月6日開催予定の理事会も,その数日前になって突然同月26日に延期し,その間の同月6日に残代金の支払と本件1ないし3の土地の引渡しを受けていたこと,また,支店用地としては200坪程度の面積があれば十分であり,それ以上の面積は不要であることが認められる。そして,上記認定のとおり,原告は,当時実質的に債務超過状態で,三重県知事から抜本的対策を実行に移すべく示達が発せられていたのであるから,このような状況の下では,用地取得のような巨額の費用を伴う事項については,慎重に計画を立案して実行すべきであるのに,被告は,湯の山街道に面した本件4及び5の土地取得についての具体的な計画もないまま,また,本件1ないし3の土地取得につき理事会に事前に報告してその承認を得ることもなかったのに,その売買契約締結を決裁しており,その面積も支店用地として必要な面積の倍以上にも上るものであって,理事会に対しては契約締結及び履行のすべてが終わってから事後報告を行ったのみであることなどを総合すれば,このような被告の行為が理事長としての職務に著しく違反し,任務を怠ったものと認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
4 争点(4)(本件1ないし3の土地買受けによる損害額)について
証拠(乙事件甲2の1ないし8,19,20の1ないし3,21)によれば,原告は,菰野支店用地として直ちに使用できる見込みのない本件1ないし3の土地を取得するため,売買代金1億0304万5500円,測量・合分筆費用92万3104円,移転登記費用76万0432円及び土地取得税61万1000円の合計1億0534万0036円を支出したところ,証拠(乙事件甲13)によれば,本件1ないし3の土地は9084万円と鑑定評価されていることが認められるから,9084万円を1億0534万円0036円から控除した残額である1450万0036円が本件1ないし3の土地買受けによる損害額と認められるのであって,この認定を覆すに足りる証拠はない。
5 以上によれば,原告引受参加人の請求は理由がある。
(裁判官・後藤隆)
別紙物件目録<省略>