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津地方裁判所 平成15年(行ウ)30号 判決 2004年11月04日

原告 甲

同訴訟代理人弁護士 川嶋冨士雄

同補佐人税理士 片山茂則

被告 四日市税務署長 河合孝喜

同指定代理人 安福達也

同 佐藤雅典

同 浅井俊延

同 池内牧子

同 倉田和久

同 曽根教生

同 青島邦好

同 松田清志

主文

1  被告が平成14年5月17日付けで原告に対してなした更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消請求を棄却する。

2  原告のその余の訴えを却下する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告が平成14年5月17日付けで原告に対してした原告の平成8年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

(2)  被告が平成12年6月29日付けで社会福祉法人Aに対してした平成8年5月分及び同年6月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び重加算税賦課決定処分を取り消す。

(3)  被告が平成12年6月29日付けで社会福祉法人Aに対してした平成8年5月分及び同年6月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び重加算税賦課決定処分が無効であることを確認する。

(4)  原告が平成10年10月12日付けでした平成8年分所得税の期限後申告、及び被告が同年11月6日付けで原告に対してした平成8年分所得税に関する無申告加算税賦課決定処分を取り消す。

(5)  原告が平成10年10月12日付けでした平成8年分所得税の期限後申告、及び被告が同年11月6日付けで原告に対してした平成8年分所得税に関する無申告加算税賦課決定処分が無効であることを確認する。

(6)  被告は、原告に対し誤納金678万1000円を、社会福祉法人Aに対し誤納金9076万7000円をそれぞれ返還せよ。

(7)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  本案前の答弁

主文2項、3項に同旨

3  請求の趣旨に対する答弁

主文1項、3項に同旨

第2  事案の概要

本件は、被告が、原告に対して、社会福祉法人A(以下「A」という。)の実質的な代表者であった原告がAに支給された施設新増築のための補助金の一部を請負業者を経由して受けた経済的利益がAからの給与所得(賞与)に当たるとして、原告からの更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の通知処分等をしたのに対し、原告がその取消し等を請求した事案である。

1  争いのない事実等

(1)  Aは、平成2年5月30日に設立された、特別養護老人ホームの設置経営等の第1種社会福祉事業及び第2種社会福祉事業を行っている。平成13年5月31日に、社会福祉法人Aに名称変更された(甲25の1~7)。

原告は、Aの理事であった者である(乙18)。

(2)  Aは、平成7年から平成8年にかけての施設新増築に際し、工事代金を水増しした内容虚偽の補助金交付申請書を三重県及び四日市市に提出し、①三重県から、国庫補助金を財源の一部とする社会福祉施設等施設設備費補助金を不正に受給し、②三重県から、同県が単独の財源で負担する三重県民間社会福祉施設設備県単補助金を詐取し、③四日市市から、同市が単独の財源で負担する四日市市民間福祉施設等整備補助金を詐取した(以下「本件不正受給」という。)。

(3)  原告は、Aから工事を請け負った業者から、水増しした工事代金に相当する金員として、平成8年5月10日に7600万円、同年6月27日に6874万1000円の合計1億4474万1000円(以下「本件金員」という。)を受領した(以下「本件金員受領」という。)。

(4)  原告の被告に対する期限後申告並びに被告の原告及びAに対する課税の経緯は、別表「課税の経緯」に記載のとおりである。

(5)  原告は、平成14年1月25日、津地方裁判所四日市支部において、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反、詐欺被告事件(以下「本件刑事事件」という。)につき、懲役3年、執行猶予3年の判決を受けた(甲4別紙資料No.1)。

(6)  Aは、三重県及び四日市市に対して、本件不正受給に係る金員を返還した。

(7)  原告は、平成14年3月20日、被告に対して、平成8年分の総所得金額を858万8914円とする更正の請求をした(甲2)が、被告は、同年5月17日、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした(甲3)。

これに対する異議申立て及び審査請求の経緯は、別表「課税の経緯」に記載のとおりである(甲4~7)。

(8)  原告は、平成15年10月1日、本件訴えを当裁判所に提起した。

(9)  原告は、Aから本件金員を含む合計1億9987万5275円の返還を請求されている(甲4別紙資料No.5)が、現在まで本件金員を返還していない。

2  争点

(1)  本件訴えの適法性

(2)  被告のなした処分の適法性

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件訴えの適法性)について

(被告の主張)

ア 請求の趣旨(2)項の訴えについて

(ア) Aに対する源泉所得税の納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)及び重加算税の賦課決定処分(以下「本件重加算税の賦課決定処分」といい、本件納税告知処分と併せて「本件納税告知処分等」という。)は、Aに対してなされた処分であり、原告に対してなされた処分ではない。したがって、原告は本件納税告知処分等の取消しを求める原告適格を有しないから、訴えは不適法である。

(イ) 源泉徴収による所得税に関しては、課徴権者と直接の対立当事者関係に立つのは徴収義務者たる支払者のみであって、租税負担者たる受給者は、源泉徴収による所得税の法律関係の当事者にはならないものであり、国と支払者との間の法律関係と支払者と受給者との間の法律関係(前者は公法上の法律関係、後者は私法上の法律関係)が別個に併存しており、源泉徴収による所得税と申告納税による所得税とは、納税義務者、納税義務の成立・確定の時期及び手続等において全く異なるものである。したがって、両租税債務は、法律上同一性がない全く別個のものというべきである。

(ウ) 行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格を有する者を、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有する者に限る旨規定するところ、上記(イ)のとおり、本件納税告知処分等は、原告を名宛人としていないばかりか、あくまでAに対する関係で源泉所得税に係る納付義務及び税額を確定させるものにすぎないから、何ら原告に対する法律関係を発生させるものではなく、原告に対して義務を課すものではない。

したがって、原告は、本件納税告知処分等の取消しを求める訴えについて原告適格を欠くので、同訴えは不適法である。

イ 請求の趣旨(3)項の訴えについて

行政事件訴訟法36条は、無効等確認の訴えの原告適格を有する者を、当該処分の無効確認を求めるにつき「法律上の利益」を有する者に限る旨規定するところ、上記ア(イ)のとおり、本件納税告知処分等は、原告を名宛人としていないばかりか、あくまでもAに対する関係で源泉所得税に係る納付義務及び税額を確定させるものにすぎないから、何ら原告に対する法律関係を発生させるものではなく、原告に対して義務を課すものでもない。

したがって、原告は、本件納税告知処分等の無効確認を求める訴えについて原告適格を全く欠くものである。

ウ 請求の趣旨(4)項の訴えのうち、平成10年10月12日付け期限後申告(以下「本件期限後申告」という。)に係る部分について

処分の取消しを求める訴えの対象は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」でなければならない(行政事件訴訟法3条2項)ところ、納税申告は、私人による公法行為の1つではあっても、行政庁が主体となって行う行為ではないため、公権力の行使には該当せず、納税申告に行政処分性は認められない。

期限後申告も納税申告の1つであるから、本件期限後申告の取消しを求める訴えは、取消しの対象を欠く不適法なものである。

エ 請求の趣旨(5)項の訴えのうち、本件期限後申告に係る部分について

上記ウのとおり、納税申告は私人による行為であって行政庁が主体となって行う行為ではないため、行政事件訴訟法3条2項に規定する「処分」には該当せず、これの無効の確認を求める訴えは行政事件訴訟法3条4項に定める「無効等確認の訴え」には該当しない。

そうすると、原告の上記訴えは、公法上の当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)ということになろうが、国又は地方公共団体の機関である行政庁は、本来私法上の権利義務の主体となり得るものではなく、行政事件訴訟法11条、38条は抗告訴訟の特殊性から特別に行政庁の被告適格を規定したものであって、このような特別の規定のない民事訴訟においてはもちろん、公法上の当事者訴訟の場合でも、行政庁に当事者能力はないというべきである。

したがって、原告の上記訴えは、当事者能力のない行政庁を被告とするもので不適法である。

オ 請求の趣旨(4)項の訴えのうち、平成10年11月6日付け無申告加算税賦課決定処分(以下「本件無申告加算税賦課決定処分」という。)に係る部分について

国税に関する法律に基づく処分で不服申立てができるものの取消しを求める訴えは、異議申立てをすることができる処分にあっては異議申立てについての決定を、審査請求をすることができる処分にあっては審査請求についての決定を、それぞれ経た後でなければ提起することができないところ(国税通則法115条1項本文)、原告は、本件無申告加算税賦課決定処分に対する異議申立て及び審査請求をいずれも行っていない。

よって、本件無申告加算税賦課決定処分は、適法な不服申立前置を経ていないのであるから、その取消しを求める訴えは不適法である。

カ 請求の趣旨(5)項の訴えのうち、本件無申告加算税賦課決定処分に係る部分について

本件において原告は、本件無申告加算税賦課決定処分に基づき無申告加算税を既に納付済みであり、上記処分に続く処分(たとえば滞納処分)により損害を受けるおそれがないことは明らかであるし、本件無申告加算税賦課決定処分の無効を前提として、これらに基づいて納付した税額相当額の返還を求めることができるから、本件無申告加算税賦課決定処分の無効を既判力をもって確定する必要はない。ゆえに、他に「当該処分の存否又はその効力を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」(行政事件訴訟法36条)場合に該当しないのであるから、原告は本件無申告加算税賦課決定処分の無効確認を求める訴えについて、原告適格を欠くというべきである。

キ 請求の趣旨(6)項の訴えについて

(ア) 被告適格について

誤納金の還付を求める訴えは、行政事件訴訟法2条に規定される訴えのいずれにも該当しないから、民事訴訟であると解されるところ、行政機関である課税庁は、私法上の権利能力を有せず、民事訴訟法上の当事者能力も有しないから、これを被告とする訴えの提起は許されず、不適法である。

(イ) 原告適格について

Aに対して9076万7000円の還付を求める部分は、民事訴訟であると解される。そして、原告の上記訴えは民事訴訟上の給付の訴えに分類されるものであるところ、給付の訴えについては、「訴訟物たる給付請求権を自らもつと主張する者に原告となる適格がある」とされている。例外的に、特別に第三者が権利関係について管理権を認められ、それに基づく当事者適格が認められることがあるにすぎない(訴訟担当の場合)。

しかし、上記訴えは「Aに対し還付せよ。」とされており、この文言からは、9076万7000円に係る給付請求権は、Aが国に対して有する誤納金の還付請求権であると解されるが、これは国とAとの間の不当利得返還請求権の法的性質を有するものである。そうすると、上記訴えは、訴えそのものが原告自らの給付請求権についての訴えではないことを自認するものであり、「原告は原告適格を有しない。」と宣言するに等しいものである。また、訴訟担当についても、原告は上記訴えを提起できる根拠を何ら示していないばかりか、法律の規定により第三者が当然に訴訟追行権を有する法定訴訟担当の場合に該当しないのみならず、Aからの授権があったことも認められない以上、係る授権によって訴訟追行権を取得する任意的訴訟担当の場合にも該当しないのであるから、上記訴えを追行し得る資格に欠けるというべきである(最高裁昭和60年12月20日第2小法廷判決、判例時報1181号77頁)。

したがって、上記訴えは、原告適格を有しない者による訴えであるから、この点からも不適法である。

(原告の主張)

ア 被告の主張ア、イ、キ(イ)に対する反論

被告は、Aあての納税告知処分を行っていない。原告は、Aの代表権を有しておらず、処分を受ける権限を有していない。したがって、原告以外に、Aあての納税告知処分の取消し及び無効確認を求める者は存在せず、原告は原告適格を有する。

また、本件の場合、本件金員は原告の所得とすべきでなかったのであるから、所得税法の適用はなく、源泉徴収に関してもこれにより被害を被った原告に、原告適格を認めるのが道理である。

イ 被告の主張ウ、エに対する反論

納税は憲法上の義務であり、まさに強権的公権力の行使そのものである。本件期限後申告は、納税の手段・方法でしかなく、取消しの対象となると解すべきである。

ウ 被告の主張オに対する反論

原告は、異議申立書の理由中で、「平成8年分の所得税の更正及び無申告並びに申告加算税の課税決定処分の取消しを求める」と記載しており、異議申立て及び審査請求を経ている。

エ 被告の主張キ(ア)に対する反論

国税通則法56条1項は、「税務署長は過誤納金あるときは、遅滞なく金銭で還付しなければならない。」と規定しているから、請求の趣旨(6)項に係る訴えは行政訴訟であり、しかも税務署長は被告適格を有するというべきである。

(2)  争点(2)(処分の適法性)について

(被告の主張)

ア 給与所得としての課税の適法性

(ア) 不法所得に対する課税

a 民法上取り消し得べき行為は、取消しがなされるまで有効で、そのような行為に基づいて一定の法律関係が形成され、それにより対価の収受等の経済的成果が発生する。また、無効の行為があっても、初めから法律関係を形成する意図のない仮装行為に該当するような場合は別として、当事者が無効であることを知らないような場合、あるいは利息制限法に違反する利息の授受のように、仮に法律上無効であることを知っていても、経済的必要性からその支払を余儀なくされる場合などには、やはり現実に経済的成果の発生が認められる。このような場合、私法上の法律関係に瑕疵があり、現実に所得の発生が認められても、完全な意味での法律上の裏付けを欠いているが、現実に所得の発生が認められる以上、取消し又は無効に基づいてその所得の発生が消滅するまでは、課税所得を構成すると解される。

最高裁も、「税法の見地においては、課税の原因となった行為が、厳密な法令の解釈適用の見地から、客観的評価において不適法、無効とされるかどうかは問題ではなく、税法の見地からは、課税の原因となった行為が関係当事者の間で有効なものとして取り扱われ、これにより、現実に課税の要件事実がみたされていると認められる場合であるかぎり、右行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何ら妨げられないものと解すべきである。たとえば、所得税法についていえば、売買による所得が問題となる場合、右売買が民商法の厳密な解釈、適用上無効とされ、あるいは物価統制令の見地から不適法とされる場合でも、当事者間で有効として取り扱われ、代金が授受され、現実に所得が生じていると認められるかぎり、右売買が有効であることを前提として所得税を賦課することは何等違法ではない。」と判示してこの理を認めた(最高裁昭和38年10月29日第三小法廷判決・訟務月報9巻12号1373頁)ほか、制限超過利息等について、当事者間で約定の利息等として授受され、元本充当の処理がされていない限り、課税所得を構成すると判示している(昭和46年11月9日第三小法廷判決・民集25巻8号1120頁)。

b 違法所得、すなわち闇所得、賭博による所得等のほか、詐欺、強迫、窃盗、横領等の違法行為により財物を取得した場合の財産の増加も、同様に課税所得を構成するものと考えられる。現実の財の増加をもって担税力ある所得と考える限り、民法上の法律関係に拘泥すべきではない。このことは、国税庁長官通達においても、所得税法上の収入金額は、その収入の基因となった行為の適法、不適法を問わない旨規定している(所得税基本通達36-1)ことからも明らかである。

(イ) 給与所得としての課税

a 給与所得の意義

給与所得の意義について、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」(所得税法28条1項)と規定している。したがって、それは、勤労性所得(人的役務からの所得)のうち、雇用関係又はそれに類する関係において使用者の指揮・命令のもとに提供される労務の対価を広く含む概念であり、非独立的労働ないし従属的労働の対価と観念してもよい。法人の役員が法人から受ける報酬も給与所得に含まれ、給与所得は、定期に支払われる必要はなく、役員賞与や従業員賞与も給与所得に当たると解されている。

b 税法上の役員賞与

税法における役員賞与には、商法における利益金の処分として株主総会の承認を得た公然の利益処分はもちろんのこと、株主総会の決議を経なくとも、また、決算期間中での役員賞与の前払も、商法上は許されるものではないが、税法上は利益処分として賞与とされるのである。

c 認定賞与

たとえば、法人が役員に対して実際は金銭、物又は権利によって支給しているが、その事実を隠ぺいし、帳簿に計上せず、あるいは、他の費目の支出に仮装して計上するなどの工作をしている場合、支払われたものは賞与と認定される。これを認定賞与という。このような認定賞与の判例として、最高裁平成8年3月5日判決(同判決により支持された福島地裁平成5年7月19日判決)及び仙台高裁平成7年7月31日判決)は、学校法人の不正経理により生じた簿外資金を、同法人の実権を握っていた理事長が費消したものと認定し、課税庁が同法人から理事長への賞与と認定したことは相当であると判示している。

また、同族会社等の使途不明金についても同旨により、使途不明というだけで、又は使途に関する合理的説明がないことを理由に、代表者ら役員に対する賞与とされている(最高裁昭和60年10月3日第一小法廷判決により支持された水戸地裁昭和54年6月14日判決及び東京高裁昭和57年12月20日判決参照)。

このような認定賞与の概念は、法人税法上の役員賞与に関して使われているものであるが、法人の支出金が役員賞与と認定されると、当該支出金は、法人の所得金額の計算上、損金の額に算入されない(法人税法35条1項)のみならず、源泉徴収による所得税の納税告知の対象となる。

このような考え方は、法人の代表者による金銭の不法取得について、賞与の支給としては、違法、無効なものであっても、経済的実体に着目して課税することが許されるとする上記(ア)のような考え方の帰結であり、多くの裁判例によって支持されているものである。

d 本件へのあてはめ

原告は、Aの理事であったから、Aと委任関係にあったことは明らかであるところ、原告の検察官や司法警察員、税務調査担当者らに対する供述等からすれば、原告のAにおける権限は包括的で、その資産に対する全面的な支配権を有していたことは明らかである。

本件金員は、Aにおける包括的権限を有する原告がその権限により自らが取得したものであり、原告がAの理事として勤務してきたこと以外に、原告が本件金員を得る理由は何も存しない。

そうすると、原告のAにおける地位、権限、実質的に有している全面的な支配権に照らせば、本件金員の取得はAの意思に基づくものであって、Aが、Aの理事としての立場にある原告に対して経済的な利得を与えたものとみるのが相当である。そして、本件金員は定期的に定額が支払われたものではなく臨時的な給付であるといえるから、給与所得のうち賞与に該当するものと解するのが相当である。

イ 更正の請求の理由がないことについて

(ア) 国税通則法23条2項1号の非該当性

a 国税通則法23条1項は、その柱書で「納税申告書を提出した者・・・は、次の各号の一に該当する場合には、同項の規定にかかわらず、当該各号に掲げる期間において、その該当することを理由として同項の規定による更正の請求をすることができる。」として、1号で「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき。」は、「その確定した日の翌日から起算して2月以内」に更正の請求をすることができると規定している。

b しかし、国税通則法23条2項1号の規定の趣旨は、同条1項に規定する一般の更正の請求の例外であるいわゆる後発的事由による更正の請求ができる場合の1つとして、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について民事上の紛争を生じ、判決や和解によってこれと異なる事実が明らかにされたため、申告等に係る課税標準等又は税額等が過大となった場合に、更正の請求を認めようとするものである。したがって、国税通則法23条2項1号に規定する「判決」とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私人間の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否範囲を確定するにすぎない刑事事件の判決はこれに含まれないものと解されている。

すなわち、税法は経済的成果を得た原因である行為につき適法又は違法の法的評価をして課税するのではなく、納税義務者に帰属して担税力を示すところの実現された経済的成果に対して、納税義務者の担税力に応じて公平に課税するという見地から課税しているのである。上記税法の見地に基づいて適法に課税され、その課税関係が確定したとしても、租税制度は国民の経済生活現象の上に樹立されており、租税の課税要件もまた係る経済事象に基礎を置いているのであるから、租税法の対象は主に私法上の取引であり私法上の規定が不可欠の前提要件となっている。この私法上の取引に対して法の解釈適用の最終的判断権を持つ者は、適法の民事訴訟が提起されたことを通じて判断することのできる民事裁判所であることはいうまでもない。したがって、いったん適法に課された課税関係も、課税の基礎となっている経済的成果の基因たる私法上の事実が民事判決と異なることとなり、これが確定したときは、この民事判決に適合させるべく課税関係を是正することが必要とされるのである。

これを本件についてみると、本件刑事事件判決は、原告を被告人とする「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反、詐欺被告事件」に係る刑事事件の判決であるから、国税通則法23条2項1号に規定する「判決」に該当しないことは明らかである。

c 刑事事件と課税処分の関係について、最高裁は、「課税庁が課税標準を更正又は決定するについては、必ずしも刑事裁判の確定したほ脱税額に拘束せられるものでもなく」として、刑事事件と異なる納税義務の判断をしても差し支えないとの判断を示し(最高裁昭和33年4月30日大法廷判決)、わが法制の下においては、脱税事件に対する裁判があった場合、更正又は決定に係る法人税の課税標準がその裁判によって確定した事実によって拘束かつ決定されるという制度は採用されていない(最高裁昭和33年8月28日第一小法廷判決)とした上、「(国税通則法23条2項1号)にいう「判決」とは、親告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私人間の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否範囲を確定するにすぎない刑事事件の判決はこれに含まれないものと解するのが相当である。」とした大阪地裁昭和58年12月2日判決及びその控訴審である大阪高裁昭和59年8月31日判決の判断を支持している(最高裁昭和60年5月17日第二小法廷判決)。

よって、これらの最高裁判決に照らしても、本件刑事事件判決が国税通則法23条2項1号に規定する「判決」に該当しないことは明らかであるといえる。

(イ) 国税通則法23条2項3号の非該当性

a 国税通則法23条2項柱書の規定は、上記(ア)aのとおりであるところ、同項3号は、「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない事由があるとき。」は「当該理由が生じた日の翌日から起算して2月以内」に更正の請求をすることができる旨規定し、上記規定の委任を受けた国税通則法施行令6条は、上記「やむを得ない事由」について、1号で「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた行為の効力に係る官公署の許可その他の処分が取り消されたこと」と、2号で「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」と定めている。

b 国税通則法23条2項の規定は、「納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に生じ、これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果が生じる場合等があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものであると解される。」とされている(名古屋地裁平成2年2月28日判決、名古屋高裁平成2年7月18日判決)。

しかし、原告の本件金員の利得は、原告がその実質的支配権に基づき、Aの意思として、Aが三重県及び四日市市に対して不正な補助金を申請するという方法により行われたのであるから、事の次第が明らかになれば三重県及び四日市市が各補助金の交付決定を取り消すことは当然に予想し得たものであり、「納税申告時に予想し得なかった事由が後発的に生じ」たものとは到底いうことができないものである。また、上記交付決定の取消しは、原告の犯罪行為という帰責事由によるものであるから、「更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果が生じる場合」にも該当しないものである。ゆえに、そもそも本件における国税通則法23条2項の規定の適用はないというべきである。

c また、三重県及び四日市市による補助金交付決定取消しは、Aによってなされた補助金申請及び受領に対する処分であるから、Aが三重県及び四日市市に補助金を返還しているのであるところ、本件で審理されるべきは、原告が現在なおも利得している1億4474万1000円に対する課税の適否である。上記交付決定取消しは、Aにとっての更正の請求の理由とはなり得ても、原告にとっての更正の請求の理由とはなり得ないのである。

(ウ) 所得税法152条の非該当性

a 所得税法152条は、「確定申告書を提出し、又は決定を受けた居住者は、当該申告書又は決定に係る年分の各種所得の金額につき63条又は64条に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、国税通則法23条1項各号(更正の請求)の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、税務署長に対し、当該申告書又は決定に係る120条1項1号若しくは3号から8号まで又は123条2項1号、5号、7号若しくは8号に掲げる金額について、同法23条1項の規定による更正の請求をすることができる。」と規定し、所得税法施行令274条は、「法152条に規定する政令で定める事実は次に掲げる事実とする。」として、1号で「確定申告書を提出し、又は決定を受けた居住者の当該申告書又は決定に係る年分の各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的効果がその行為の無効であることに基因して失われたこと。」を、2号で「前号で掲げる者の当該年分の各種処分の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと。」を定めている。

b 所得税法施行令274条1号に規定する「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」とは、公序良俗に違反する行為、虚偽表示及び意思表示の欠陥等により法律行為が無効であることが確認されたため先に生じていた経済的成果が失われた場合をいい、無効な行為がなされたが、その無効であることが知られず、経済的成果が発生してそのまま存続している場合などにおいては、課税が納税者の担税力に着目して行われ、現実に享受した利得が返還されるまでは担税力を有することから、無効な行為に係る経済的成果に対してもその成果が失われるまでは課税が行われるべきであると解される。

また、所得税法施行令274条2号に規定する「取り消すことができる行為が取り消されたこと」とは、無能力又は意思表示の欠陥等により取り消し得べき行為に基づいて納税義務の内容が確定した後にその行為の取消しが行われた場合をいうのであって、その取消しが行われるまでは既に行われた課税は有効であると解されている。

c これを本件についてみると、本件刑事事件判決は、原告の本件不正受給について犯罪事実の存否範囲を確定したにすぎず、本件期限後申告及び本件納税告知処分の計算の基礎となった事実である本件金員受領について、民事上無効な行為であるか又は取り消すことができる行為であるかを確定したものではないことは明らかである。

また、原告は、Aから本件金員の返還を請求されているようであるが、原告が本件金員を返還した事実はないことから、原告の本件金員受領による経済的成果はいまだ失われていないというべきである。同様に、他に原告の本件金員受領が取り消された事実も認められない。

したがって、本件刑事事件判決をもって、所得税法施行令274条1号及び2号に規定する事由が生じたとは認めることはできず、この点に関する原告の主張もまた失当というべきである。

(エ) まとめ

以上のとおり、本件刑事事件判決の言渡しが行われ、これが確定したことは、国税通則法23条2項にも、所得税法152条にも該当しないのであるから、原告の更正の請求に対して「更正すべき理由がない」としてなされた本件通知処分は適法である。

(原告の主張)

ア 請求の趣旨(1)項について

本件不正受給は、公序良俗に反し、かつ給与や賞与でもなく、無効なものである。

それゆえ、原告は、詐欺罪及び補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反の罪で処罰された。そこで、Aは、本件不正受給に係る金員を、国、三重県及び四日市市に返還し、原告に対して返還請求をしている。よって、原告には、経済的成果は全くない。

そして、そもそも、本件不正受給に係る金員について、Aには何ら関与も認知もなかったもので、源泉徴収の機会がなかったのであり、被告がこれを給与、賞与と認定することは誤りである。

したがって、国税通則法23条2項1号、3号、所得税法152条により、更正の請求をすることができることになる。

イ 請求の趣旨(2)~(5)項について

本件金員をAが取得した事実はなく、被告がAに対して本件納税告知処分等をした事実もないのに、被告は、原告に平成8年分所得税の期限後申告をさせ、かつ重加算税賦課決定処分をしており、重大かつ明白な瑕疵があるというべきである。

ウ 請求の趣旨(6)項について

国税通則法56条により、誤納金は返還されるべきである。

第3  当裁判所の判断

1  請求の趣旨(2)、(3)項の訴えについて

所得税の源泉徴収に関して、実質的な租税負担者が源泉所得税の徴収を受ける受給者(原告)であることは明らかであるが、国税通則法2条5号は納税者を支払者(A)と定めていることからすると、被告のなした本件納税告知処分等はAに対する処分であって、原告に対する処分ではないというべきである。

源泉徴収による所得税についての納税の告知は、課税処分ではなく徴収処分であって、支払者の納税義務の存否・範囲は処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立てをせず、又は不服申立てをしてそれが排除されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼし得るものではない。したがって、受給者は、源泉徴収による所得税を徴収され、又は期限後に納付した支払者から、その税額に相当する金額の支払を請求されたときは、自己において源泉納税義務を負わないこと、又はその義務の範囲を争って、支払者の請求の全部又は一部を拒むことができるものと解される(最高裁昭和45年12月24日第一小法廷判決、民集24巻13号2243頁)。

そうすると、原告は、Aから源泉徴収により所得税を徴収され、又はAが納付した所得税の源泉徴収分の支払請求を受けたとしても、源泉徴収義務の存否及び範囲を争うことが許されるのであるから、請求の趣旨(2)及び(3)記載の処分の取消しの訴え及び無効等確認の訴えのいずれについても原告適格を欠き、同訴えは不適法というべきである。

2  請求の趣旨(4)、(5)項の訴えのうち、本件期限後申告の取消し及び無効確認を求める部分について

取消訴訟は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求めるものであり、無効等確認の訴えは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求めるものである(行政事件訴訟法3条2項、4項)。

原告が取消し及び無効確認を求める本件期限後申告は、私人たる原告の行為であり、「行政庁の処分その他公権力の行使」にも「裁決」にも当たらない。

そうすると、原告は、処分性を有しないものについて取消し及び無効確認を求めていることになるから、同訴えは不適法というべきである。

3  請求の趣旨(4)項の訴えのうち、本件無申告加算税賦課決定処分の取消しを求める部分について

国税に関する法律に基づく処分の取消しを求める訴えは、異議申立て及び審査請求を経なければ提起することができない(国税通則法115条1項)。

そして、証拠(甲4~7)によれば、原告がした異議申立て及び審査請求は、本件通知処分のみを対象とするもので、無申告加算税賦課決定処分は対象とされていないことが認められる。

これに対して、原告は、異議申立書(甲4)の「異議申立ての理由」中に無申告加算税賦課決定処分についての取消しも求めると記載している旨主張するが、異議申立て及び審査請求の対象を明らかにする異議申立書の「異議申立ての趣旨」欄及び審査請求書(甲6)の「審査請求をしようとする処分(原処分)」欄には、本件通知処分に対する不服しか記載されてないことからして、同主張は採用できない。

そうすると、原告は、無申告加算税賦課決定処分について、法定の不服申立てを前置していないから、本件訴えは不適法である。

4  請求の趣旨(5)項の訴えのうち、本件無申告加算税賦課決定処分の無効確認を求める部分について

原告は、本件無申告加算税賦課決定処分に基づき無申告加算税を既に納付済みであり(甲4)、上記処分に続く処分(たとえば滞納処分)により損害を受けるおそれがないことは明らかである。また、本件無申告加算税賦課決定処分の無効を前提として、これらに基づいて納付した税額相当額の返還を求めることができるから、本件無申告加算税賦課決定処分の無効を既判力をもって確定する必要はない。

そうすると、他に「当該処分の存否又はその効力を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」(行政事件訴訟法36条)場合に該当しないのであるから、本件無申告加算税賦課決定処分の無効確認を求める訴えは、不適法というべきである。

5  請求の趣旨(6)項の訴えについて

原告は、被告に対して、国税通則法56条に基づき、原告及びAへの誤納金の還付を求めているところ、これは行政事件訴訟法4条所定の当事者訴訟であると解される。

そうすると、原告は権利能力を有する国を被告として訴えを提起すべきところ、行政庁たる四日市税務署長を被告としているから、被告適格を欠く者に対する訴えであり不適法というべきである。

6  請求の趣旨(1)項の請求について

(1)  上記争いのない事実等、証拠(甲4、25の1~7、乙15~19)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

ア 原告の夫である乙は、Aの理事長であり、Aの運営する在宅介護支援センターBのセンター長であった。

原告は、Aの常勤理事で、Aの運営する特別養護老人ホームBの園長であった。

原告は、実質的にAの実権を握っており、A及び理事長の印鑑を管理し、自由に使用していた。

イ Aは、平成7年から平成8年にかけての特別養護老人ホーム増設工事及び在宅介護支援センター創設工事に際し、工事代金を水増しした内容虚偽の補助金交付申請書を三重県及び四日市市に提出し、①三重県から、国庫補助金を財源の一部とする社会福祉施設等施設設備費補助金を不正に受給し、②三重県から、同県が単独の財源で負担する三重県民間社会福祉施設設備県単補助金を詐取し、③四日市市から、同市が単独の財源で負担する四日市市民間福祉施設等整備補助金を詐取した(本件不正受給)。

ウ 原告は、Aから工事を請け負った業者から、水増しした工事代金に相当する金員として、平成8年5月10日に7600万円、同年6月27日に6874万1000円の合計1億4474万1000円(本件金員)を受領した。

エ 原告は、平成10年10月12日、被告に対し、平成8年分の総所得金額を1億4609万2864円、納付すべき税額を536万7400円とする本件期限後申告をし、同日、延滞税60万9900円とともに納付した。

オ 被告は、平成10年11月6日、原告に対し、無申告加算税80万4000円の賦課決定をしたところ、原告は、同月30日までに同金員を納付した。

カ 原告は、平成14年1月25日、本件不正受給に関し、津地方裁判所四日市支部において、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反、詐欺被告事件(本件刑事事件)につき、懲役3年、執行猶予3年の判決を受けた。

キ Aは、三重県及び四日市市に対して、本件不正受給に係る金員を返還した。

ク 原告は、平成14年3月20日、被告に対して、平成8年分の総所得金額を858万8914円とする更正の請求をしたが、被告は、同年5月17日、更正をすべき理由がない旨の通知処分(本件通知処分)をした。

ケ 原告は、現在に至るまで、Aに対し本件金員を返還していない。

(2)  以上の認定事実によれば、本件金員は、Aが理事である原告に対して支給したものと認められ、Aにおける包括的権限を有する原告がその権限により自らが取得したものであり、原告がAの理事として勤務していたこと以外に、原告が本件金員を受領する理由は存しないことからすると、本件金員は給与所得(賞与)と認定すべきである。本件金員の原資が本件不正受給という犯罪行為によって生じたものであるとしても、税法の見地からは、課税の原因となった行為が関係当事者の間で有効なものとして取り扱われ、これにより、現実に課税の要件事実が満たされていると認められる場合である限り、その行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何ら妨げられない。

これに対して、原告は、「Aには何ら関与も認知もなかった」と述べ、Aから原告へ支給された事実がないと主張していると解されるが、上記のとおり、原告は、Aにおいて包括的権限を有する実質的な代表者であり、本件不正受給に係る金員を原資として、Aから原告に本件金員を支給したとみることができるから、原告の同主張は採用できない。

(3)  国税通則法23条2項1号の適用の有無

国税通則法23条2項1号は、「その申告に・・・に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決・・・により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」は、「その確定した日の翌日から起算して2月以内」に更正の請求をすることができると規定しているところ、その趣旨は、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について私人間に紛争を生じ、判決によってこれと異なる事実が明らかにされたため、申告等に係る課税標準等又は税額等が過大となった場合に、更正の請求を求めようとするものである。したがって、上記判決とは、申告等に係る課税標準又は税額等の計算の基礎となった事実についての私人間の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否範囲を確定するにすぎない刑事事件の判決はこれに含まれないものと解するのが相当である。

そうすると、原告のした更正の請求に、国税通則法23条2項1号の適用はないというべきである。

(4)  国税通則法23条2項3号の適用の有無

国税通則法23条2項3号は、「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない事由があるとき」は、「当該理由が生じた日の翌日から起算して2月以内」に更正の請求をすることができると規定し、国税通則法施行令6条1項は、上記「やむを得ない事由」について、1号で「その申告・・・に係る課税標準等・・・又は税額等・・・の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた行為の効力に係る官公署の許可その他の処分が取り消されたこと」と、2号で「その申告・・・に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」と定めている。

しかし、本件において取り消されたのは三重県及び四日市市のAに対する補助金支給決定であり、Aの原告に対する賞与支給ではないから、本件金員受領に関して、国税通則法施行令6条1項1号所定の「官公署の許可その他の処分が取り消された」とはいえない。

また、国税通則法23条2項の規定は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に生じ、これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果が生じる場合等があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものであると解されるところ、原告による本件金員受領は、原告がその実質的支配権に基づき、Aの意思として、Aが三重県及び四日市市に対して不正な補助金を申請し、交付を受けた補助金を原資として原告に支給するという方法により行われており、本件不正受給の実態が明らかになれば補助金の交付決定は取り消され、Aは補助金の返還を余儀なくされ、原告に対して返還請求することは当然に予想し得たものであるから、「解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消された」ということはできない。

そうすると、原告のした更正の請求に、国税通則法23条2項3号の適用はないというべきである。

(5)  所得税法152条の適用の有無

所得税法152条は、「確定申告書を提出し・・・た居住者・・・は、当該申告書・・・に係る年分の各種所得の金額につき第63条・・・又は第64条・・・に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、国税通則法第23条第1項各号(更正の請求)の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、税務署長に対し、当該申告書・・・に係る第120条第1項第1号若しくは第3号から第8号まで・・・又は第123条第2項第1号、第5号、第7号若しくは第8号に掲げる金額・・・について、同法第23条第1項の規定による更正の請求をすることができる。」と規定し、上記「政令で定める事実」について、所得税法施行令274条1号は、「確定申告書を提出し・・・た居住者の当該申告書・・・に係る年分の各種所得の金額・・・の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的効果がその行為の無効であることに基因して失われたこと。」を、同条2号は「前号で掲げる者の当該年分の各種処分の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと。」を定めている。

この点、所得税法施行令274条1号に規定する「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」とは、公序良俗に違反する行為、虚偽表示及び意思表示の欠缺等により法律行為が無効であることが確認されたため先に生じていた経済的成果が失われた場合をいい、無効な行為がなされたが、その無効であることが知られず、経済的成果が発生してそのまま存続している場合などにおいては、課税が納税者の担税力に着目して行われ、現実に享受した利得が返還されるまでは担税力を有することから、無効な行為に係る経済的成果に対してもその成果が失われるまでは課税が行われるべきであると解される。

また、所得税法施行令274条2号に規定する「取り消すことができる行為が取り消されたこと」とは、無能力又は意思表示の欠缺等により取り消し得べき行為に基づいて納税義務の内容が確定した後にその行為の取消しが行われた場合をいうのであって、その取消しが行われるまでは既に行われた課税は有効であると解される。

これを本件についてみると、本件刑事事件判決は、原告の本件不正受給について犯罪事実の存否範囲を確定したにすぎず、本件金員受領について、民事上無効な行為であるか又は取り消すことができる行為であるかを確定したものではないことは明らかである。

また、原告は、Aから本件金員の返還を請求されているが、原告は本件金員を返還しておらず、本件金員受領による経済的成果はいまだ失われていないというべきである。

そして、他に原告の本件金員受領が取り消された事実も認められない。

したがって、本件刑事事件判決をもって、所得税法施行令274条1号及び2号に規定する事由が生じたとは認めることはできない。

7  結論

以上によれば、請求の趣旨(1)項に係る請求は理由がないから棄却すべきであり、その余の訴えは不適法であるから却下すべきである。

(裁判長裁判官 内田計一 裁判官 上野泰史 裁判官 後藤誠)

別表 課税の経緯

原告に係る課税の経緯

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Aに係る課税の経緯

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